● 透き通った空が、突如燻るような色に染まった。 綿飴の様な雲が、突如罅割れ口を開けた。 その向こうで、血走った眼球が大地を見下ろしていた。 幻想とも思える風景。ラ・ル・カーナに生きる誰もが目を疑い、唖然と見上げていた。 音を立てて崩れ始めた世界。それから数日の間に、『完全世界』は大きな変化を迎えていた。 恵みを齎す水源は干上がり、大地は割れ、空は淀んでいく。その向かう先は、崩壊の二文字であった。 狂っていく世界と共に壊れていく生き物達。かつて大地を闊歩していた獣は禍々しい異形となり、その凶暴性を加速させていく。 憤怒と闘争と相反する強い理性を持つフュリエ達でさえ、いつこの変化が訪れるのかも解っていなかった。 そんな中、この世界を護るという決断を下した『箱舟』は一つの可能性へ辿りつく。 それは、『忘却の石』の、神秘存在の持つ構成要素そのものをリセットするという効能の転用であった。 世界樹を狂わせたのは、世界を構築する要素に入り込んだ『R-Type残滓』である。 ならば、世界樹とリンクすることの出来る、フュリエの長・シェルンの能力と『忘却の石』の効果を合わせ、世界樹を変異する以前の状態に『リセット』することが出来るのではないか、と。 あくまでも、可能性でしかなかった。さらに、異形と化した『世界樹エクスィス』は現在、かつての様に遠隔的にシェルンとリンクすることが出来ないという。ならば。 「世界樹の内部迄、フュリエの長を送り届ける必要がある」 作戦の前のブリーフィング。この言葉にリベリスタ達は疑問の声を上げる。 「世界樹の内部って……木の内部?」 「入口があるわけでもないし、如何するんです?」 予想通りだと、司令官の男はにやりと笑みを浮かべて、遥か遠く、不安定に傾いた世界樹を指差す。 「入口など無い。ぶち抜いてみれば答えは自然と出るだろう」 要約すると、知らん。やってみろ。との言葉に、どっと沸く作戦室。 世界樹の脇腹を抉って中に入り、妖精の長を届けて世界樹を治す。余りに吹っ飛んだ作戦。緊張も一回りすれば余裕となる。 「さぁいくぞ皆。『R-Type』の残り香なんかに、世界を奪われてたまるかよ」 橋頭堡に雄叫びが響く。駆け出すリベリスタ達。 『完全世界』ラ・ル・カーナを救う戦いは、始まった。 ● 「なんだよ、あれ」 橋頭堡を出て暫くの処。世界樹を臨む荒野の真ん中で、露払いに走るリベリスタ達は奇妙なものを目にする。 聳え立つ『茸のようなもの』。形状は茸に類似しているが、彼らが見上げる程の大きさがあった。 表面をぬるりと覆う粘液を撒きながら、左右に揺れ『歩いてくる』茸。 丁度生物が二足歩行をするように、植物でいう根の部分を引き摺りながら移動していた。 リベリスタ達から数メートルほどの処で停止すると、かくりと首を傾げて。 ぴぎーっ 突如、耳を劈くような鳴き声が、辺りに響き渡る。 びりびりと空気を揺るがす程の、絶叫。動けないリベリスタ達を前に、垂れた触手を『腕』の様に用いてその一人を引き寄せ、抱え込む。 「や、やめっ……うわぁぁああああ!!」 巻き上がる煙。茸の身体に流れる粘液が、触手を濡らす液体が、鎧を、肌を、命そのものを溶かしていく。 「ま、待ってろ。今助ける!」 痺れを解いた味方の一人が、渾身の一撃を叩き込む。こんな所で、やらせるものか。 確かな手応え。容易く裂ける、茸の身体。振り抜いた剣に従って、真っ二つに裂け、大地に伏せた。 「――やったか」 ふうと一つ漏らす溜め息。倒れた仲間に、癒しの息吹を投げ掛け―― ぴぎゃーっ ぴぎゃーっ 背後で起こる、絶叫。今度は、二つ。 仲間が叫び、此方へと駆ける姿が見える。動かない、身体。 走馬灯の様にゆっくりと進む風景は、化物茸の触手に遮られて消えた。 ゆらり、ゆらりと進む茸。先の隊との戦闘の最中、いつしかその姿は四つに増えていた。 ラルカーナ復活の最後の希望、シェルンへと危険が迫っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ぐれん | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月10日(水)23:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「これが、完全世界。ねぇ……。」 戦場へと向かう道の途中で、『猛る熱風』土器 朋彦(BNE002029)は淀んだ空を見上げていた。 人間は、誰しも知らないモノに恐怖や嫌悪を抱くものだ。これまでずっと、『完全世界』ラ・ル・カーナに踏み込むことに踏ん切りが付かなかったのも、異世界というものに何処か壁を感じていたから。 今日、こうして此処に降り立ったのも、特別な理由があったからじゃない。ただ、彼らが――この地を救うと決めた仲間たちが、命を賭して戦うと決めたからだ。 ならば、僕が力を貸さない理由などない。出来ることは限られているかも知れない。それでも。僕の『強さ』が役に立つのなら、行こう。 頬を撫ぜる生温かな風も、肺を満たす濁った空気も。皆から聞いていた物とは何もかもが違うこの世界本来の姿を、取り戻してみせよう。 ● 「やれやれ、何でも有りだな。キノコまで居るとはね」 皆より少し先を行き、前方に怪しい影を確認したリオン・リーベン(BNE003779)は苦笑と共に呟く。 『完全世界』ラ・ル・カーナの存亡を賭けた大戦。その空気に御世辞にも似合うとは言えないフォルムの変異体が、彼の視線の先を歩いていた。 ぴぎゃーっ。 如何とも形容し難い声を上げて、キノコは時折御機嫌に左右に揺れる。“俺達の世界”では有り得ない不思議な光景。まったく、面白い世界だ。 そして改めて思う。この世界を、壊させる訳にはいかない。 そんなことを考えながらリオンが『幻想纏い』から取り出したのは、巨大な荷台を携える車両。 「敵の対処を頼む!速やかに搬出するぞ!」 ずしんと重い音と共にそれを設置すると、変異体から右に逸れた向こう。先遣隊のリベリスタ達の元へ駆けた。 リオンの突貫を引き金に、動き始めるリベリスタ達。一挙に距離を詰め、変異体に接敵したのは5人。 「誰だって、ここで死にたくはないだろうさ」 真っ先に茸の眼前に到着したのは、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)。 蒼く燃える瞳に宿すのは激昂。眼前の生物に舌打ちと共に拳、ではなく手にした蛍光塗料のスプレーを吹きかける。鮮やかに色づくのは、4体の変異体のうちの二つ。彼女が初手に選んだのは今後の作戦の布石だった。 今は未だこの怒りを爆発させる時では無いと自身に言い聞かせ、涼子はその時を待った。 「此処は通さないよ。少しの間大人しくしているんだな」 続いて茸の眼前に立ち塞がるのは、淡い珈琲の香りを漂わせる朋彦だった。脚を止めると同時に攻撃を捨て、全力で防御の体制を取る朋彦。別動隊に注意が行かない様、きりりと鋭く殺気を向ける。 コミカルな外見でも、その中身は彼の恐ろしい獣たちと変わらない変異体なのだ。キノコきのこ茸……否、切り替えていこう。 ぴぎゃーっ! リベリスタが接敵しても尚、左右に機械的に揺れていたキノコがその口――と思われる部分を開き、不意に鳴き声を上げた。 びゅんと響く風切り音。伸ばされた触手が朋彦の腕を絡め捕り、一挙に引き寄せる。その先で待ち受けるのは、酸と腐臭を放つ別の個体。一瞬の出来事。先遣隊の皆も、この様にしてやられたのかと朋彦は歯を食い縛った。 「御機嫌よう、ぷちでびるよ? よろしく、ねっ☆」 体勢を整える暇もなく朋彦へ飛び掛かる変異体を吹き飛ばしたのは、『Halcyon』日下部・あいしゃ(BNE003958)の鋭い一撃だった。 渾身の練気と共に叩き込まれた拳は、対象の自由を奪い動きを止めた。其処で一言、少女は零す。 「例えキュートなきのこさんが相手でも、この世界を救うためにあいしゃは戦うのっ!」 沢山の誰かが生きるこの世界は、幻になんてしちゃいけない。『R-Type』の残したこの歪みこそ、夢幻と掻き消えるべきものだ。 例えこの小さな両手で掴めるだけの一片でも良い。私がこの手で、この世界を救って見せる。 その為に私は、あいしゃは此処にいるの。 「――いくぜ、キノコ野郎。この俺を、倒せるか?」 突如、言葉と共に朋彦を捉える触手が捩じ切られ、彼の身体は解放された。この声の主は『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)。 大丈夫か。そう朋彦に告げる彼はそのまま変異体を引き寄せ、強い酸の粘液が流れるその身体をがっちりと掴み拘束する。じゅうじゅうと焼けるような音と発する痛み。それにも、彼は動じなかった。 俺の仕事は只々この怪物を押さえて、若い連中が仕事をし易くする事だと、ソウルは心に一つ決めていた。只一つでいい。考える必要もなく、シンプルでいい。悪いな、キノコ野郎共。仕事はきっちりさせて貰うぜ。 ソウルの瞳で燃える焔に、変異体は怯える様に一つ身体を震わせた。 「通さんぜよ、此処はわしの命を賭して守り抜く」 皆の後方、零れる敵が居ないようにと位置取るのは、『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)だった。 獣の因子を受け継ぐ瞳が、変異体の一つを捉える。神秘によって解析されていく彼の情報を、一瞬で頭に叩き込んだ。 うむ、予想通りといったところか。そう零す仁太が掴んだ情報は主に二つ。一撃ではそう簡単に変異体を分裂迄追い込めない事、そして生物学上でいう『目』に当たる器官が、各々の個体で16個ずつ存在する事。算出される残る分裂回数は、おそらく3回。 頭の中で算盤を叩く。やれやれ、32体の茸とは騒がしいことになりそうだなと、深いため息と共に手にした巨銃に弾倉を装填し構え直す。 この情報を掴むと掴まざるとに関わらず、こいつらは分裂し増えることになるのだ。目安がついた事だけでも有難い。 それより今は、集中する事。守れる命を零さないように、わしは一瞬一瞬に魂を込めるだけぜよ。 彼らが変異体を足止めしている間、その脇をすり抜け駆ける姿が3つ。 「倒れてる人を助けなきゃっ!」 リオンと共に駆けるのは『いつか出会う、大切な人の為に』アリステア・ショーゼット(BNE000313)と『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)。二人の天使を連れて先遣隊の元へ到着すると、リオンは救出作業に取り掛かった。 「大丈夫、羽衣と一緒に帰りましょう」 両手に一人ずつ男を抱えると、羽衣はふわりと飛翔し、トラック目掛けて放り投げる。ちょっと痛いかも知れないけど、少し我慢していてね。 他の二人も同様に先遣隊のリベリスタ達を抱え上げ、荷台に積み込み、救出を続ける。 二つ目の手番。皆は攻撃を避け、変異体を惹きつけて待って居た。見捨てるものかと、心を一つに。 ● 「これで全部、あとはお願いっ!」 見た目は非力な女の子。御年も小さな女の子。しかしその正体は紛う事なきリベリスタ。アリステアが軽々と車の荷台へ投げ込んだ先遣隊の男達は、ごしゃりと幾分嫌な音と共に収容される。我慢だ。オッサン達。 先に割り振っていた役割。待って居ましたとばかりにリオンはトラックの運転席に乗り込むと、戦場から遠ざかる様に加速。一気に戦線を離脱する。 「周囲に敵影なし。オーケー、少しだけ待って居てくれ」 その数十メートル先。攻撃の目標に成り得ないと判断すると、リオンはドアを蹴り開け再び戦場へと駆け戻る。未だ、俺の役割は終わっていない。 怪我人の収容を終えたリベリスタ達。一方的にやられる展開には飽き飽きだと、各々が魔力を練り上げ拳を固め、一気に反撃に乗り出した。 「前衛のみんな、お疲れ様。痛いの飛んでけ、だよっ!」 リオンのトラックを見送るとアリステアは戦場へと駆け戻り、変異体を抑えていた皆へと癒しの風を届ける。みんなの怪我をどうにか出来るのは、私だけなんだっ! 「……っし。だぁから、うざったいって」 アリステアの援護を受け真っ先に放たれたのは、涼子の一撃。言葉と共に迸る裂昂。先程迄燻らせていたそれを込め、眼前で揺れるキノコを手にした『鈍器』で打ん殴る。先程のあいしゃの時とは異なり、攻撃に従いぶちぶちと左右に裂ける変異体の身体。 ぴぎゃーっ ぴぎゃーっ ぐちゃりと粘液を迸らせながら、裂けた破片の両方が動き始めた。これで、5体。 「羽衣のお仕事はみーんな焼ききのこにすることなのよ」 小さく分裂する変異体の眼前で、羽衣がふわりと髪を揺らし、告げる。伸ばした指先で練り上げられる神秘。体現するは焼き払う灼熱。 放たれた火炎は、太陽が成す火柱をこの世へ呼び出し、焼き尽くす。ぴぎゃあという叫びさえ、許さない。 「私もいるのよ、いい声で啼いて欲しいの」 苦手な焔を避けて、逃げ惑う変異体。その背をあいしゃの渾身の拳が見舞う。ぶちぶちり、また左右に裂ける身体。きのこは更に加速し、全速力で逃走を始める。 分裂するだなんて、可愛い。もっともっと小さくなったら、袋詰めにして安売りしたいの。一袋50円くらいかなぁ。 その為に今はどんどん小さくおなり、あいしゃが可愛がってあげるの。 反撃が始まると、リベリスタ達は驚く程に効率的に殲滅を行った。ソウルが捕まえたものに、涼子の塗料を浴びていない個体を足して大型のものが二体。これらに関しては敢えて攻撃範囲に含めず、半数の小型の変異体を優先的に攻撃する。 皆で編み出した作戦が功を奏し、戦場の天秤は容易く傾いた。懸念するとすれば、一点。敵の数は、いつしか10体を優に超えていた。 「ん、しぶといきのこさん達、少し待っててね」 朋彦が放つ焔が、逃げ惑う変異体を掠めるに留まり、その身を燃やすに至らないものが増えてきたのだ。あかく、ではなく小さくなって速力云倍! と駆けまわるキノコ達。 伊達に小さくなっているだけではないのね、厄介な子達だわ。と漏らす羽衣は溜め息と共に、集中を重ねる。 「ぬわぁっ、御前達、危ないぜよ」 小型になった変異体の触手が時折陣形を乱す。けれど、それ止まり。触手により締め付ける力は、小型化に比例して弱体化していく。リベリスタ達に余裕が生まれ始めた、そんな時。 ぴぎゃーっ! ぴぎゃーっ!! ぴぎゃーっ!!! 突如、戦場の其処彼処で、共鳴する様に叫び声が響く。脳内を侵す程の音量の叫び。懸念されていた出来事。それでもどうにも出来ず、リベリスタ達の火線が、作戦が、ぐらりと揺らめく。 「うごご、ぴーぎゃー五月蝿いぜよ、ぴぎゃーっ!!」 幾重にも襲い来る音の衝撃に、消耗の末折れる膝。けれど、仁太は迷いなく運命を差出し力強く大地を踏みしめ立ち上がる。此処で倒れている場合ではない、もう誰も死なせないのだと、誓ったではないか。空高く吼え仁太は立ち上がると、密集して変異体が蠢く箇所目掛け、銃弾の雨を降らせる。 巨銃が吼える。その主の声を体現する様に放つ無数の弾丸に、堪らず変異体は幾多の傷を負い、倒れた――左右に裂けるのではなく、その身を地に伏せたのだ。 沈黙する変異体に気付いたソウルは、ぐらつく戦場に希望を絶やさぬ様、叫ぶ。 「もう少しだお嬢ちゃん達! 此処を耐えっ……」 途切れる声。皆の視線の先で、ソウルの身体が傾く。此れまで数分の間、大型の変異体の攻撃をその身一つで止めてきたのだ。その傷は、浅くなかった。 止まり掛ける身体のギア。それを運命の炎でもう一度フルスロットルで回転させる。倒れ掛ける身体を、ずんと踏み出した脚で制すと、口元を不敵に歪め、彼は言う。 「やるじゃねぇかキノコ共。だが、あと一歩足りねぇよ」 ソウル・ゴッド・ローゼス。この身はそんなに脆くない。言ったろ、仕事はさせて貰うと。 言葉と共に放つ閃光。皆の身体を侵す痺れを一挙に取り払う。再び動き出す、戦場。 「増えるのはビスケットだけで十分だよ、さっさと消え、ろっ!」 削られる運命も其の儘に、涼子は拳を振るう。視界を埋める変異体の全てに、荒れ狂う大蛇の如き殺気の奔流を叩き込む。毒牙にも例わる拳で抉り、穿ち、裂く。もう増えるんじゃない。朽ちろ、糞共。 容赦ない一撃に吹き飛ぶ数々の変異体。体勢を整える暇もなく、今度は羽衣の放つ火炎が追い討ちを掛ける様に注ぎ、何体かを只の消し炭と化した。 「美味しく貰ってあげるの」 羽衣の火柱でふらつく変異体の一体をあいしゃの手が捉え、足りない体力を供給しようとその『すーぷ』を吸い上げる。けれど。 「ん、茸汁は不味いのね、そう」 口元を拭って、枯れたきのこを投げ捨てる。べしゃりと地に伏せる小さなキノコ。容赦ない。流石ぷちでびる。容赦ない。 未だ其処彼処で起きる絶叫に、積み重なる被害は予想以上に膨れ上がっていた。――私が癒しを、皆に届けないと。 ふわりと広げる小さな翼。傷付いた羽をもろともせず、練り上げる神秘。只一人の癒やし手の負担も、決して小さく無かった。それでも、私が助ける。絶対助けるんだ。 その視界を不意に満たす、大きな影。敵の数が増え切った事で崩れた陣形を抜けて、大型のうち一体がアリステアの目の前まで迫っていた。 「わ、きゃあ!」 どんっ、とアリステアの身体が宙を舞う。突き飛ばす様にして庇ったのはリオンの咄嗟の判断だった。俺達の生命線を潰させる訳にはいかない。 「っく、此方はいい、立て直すんだ!」 酸に苛まれ焼ける身体をそのままに、リオンは叫ぶ。その声に弾かれた様に、練り上げた力でアリステアは聖神の癒しを体現する。 「――皆、もう少しだよっ、頑張ろうね!」 爽やかな夜風が過ぎ去るように、リベリスタ達の傷は見る見るうちに塞がっていく。誰も死なせやしないと、皆の望みを乗せて、聖神の風が吹き荒ぶ。一挙に戦況は、傾いた。 それから、最早敵は減る一方だった。坂を転がる蹴鞠の様に、とんとん拍子で変異体を除去していく各人。不安など、もう何処にもなかった。 「お疲れさんだな、御前で終了だ」 「貴方が最後よ、きのこさん」 残るは一体。羽衣と朋彦、二人の魔術師が集中を重ね、狙いを定める。 二人の掌で煌々と照る火球が練り上げられていく。下手気に手古摺らせた罰と、先遣隊さん達の分。 戦場の荒野の真ん中、遥か遠く迄届く程の轟音と共に、闘いは終わりを告げた。 ● (´∵)<ぴ、ぴぎゃ……。 未だその身を燻らせながら、変異体の最後の一体が力尽きる。嗚呼まさに、やきしめじ。 「さぁ、大人しく特売品になるのっ☆」 沈黙した変異キノコを、あいしゃは手にしたスコップで持ち上げてみる。へにゃりと力なく横たわる、最早もの言わぬ只のキノコ。 「あいしゃ、袋は持って来た?」 その様子を脇で見守る匂坂羽衣。その眼にも、僅かな迷いがあった。触手さえ無ければ、持ち帰ってあげたかったのに。ペットにしたらきっと可愛かったのに。 「きのこ……焼いたら美味しいのかな」 既にウェルダンを遥かに通り越し、黒焦げ燻る亡骸を見詰めながら、アリステアが小さく零す。嗚呼少女、おまえもか。 ああでも、なんだか毒がありそうな色をしていたかも。 「焼いて食っても、体に悪そうだな」 懐から取り出した葉巻に火を灯すと、アリステアの隣にソウルは屈み、変異体の亡骸の一つを摘み上げる。 斬っても斬っても増える性質は、食糧難解消には最適そうだな、丁度『フエールワカメ』だったか、あれみてぇにな。 真面目な顔でそんな事を考えた後で、左右にぶぶんと顔を揺らして、もう一言。 「ま、魔法のキノコみてえなモンは、流通させるべきじゃねえ。即刻焼却処分だ」 「それもそうだな。では遠慮なく。ちぇすとーっ」 戦いを終えた荒野に、示現流に旧く伝わる朋彦の掛け声が響く。それでも普段よりか、幾分力を抜いて。 それもそうだ。今日は鬼でも鳥でもマンボウでもなく、小さな小さな茸を焼き尽くす御仕事なのだから。 ふうと一つ息をついて、呆気なく燃え尽きる彼らを後にする。はやくこの世界から帰って、お店を亦開けたいものだな。 歩き出すリベリスタ達。その視界の先で、今も崩壊を続ける世界樹の姿があった。 「もうすこし頑張れるよね、私」 「ええ、きっと。羽衣も、まだまだ頑張らないと」 がたがたと揺れる荷台の上、壊れゆく世界を前に、二人の天使は言葉を交わす。 シェルンの行く手を阻む障害を取り除いた事でまた一つ、世界は救済に傾いた。勝利の余韻は、また次の戦場の頑張る糧となるのだ。 「うんやっぱり、すっごく可愛いの」 袋に詰めた一体のキノコ。うんともすんとも云わないその姿に、あいしゃの表情がぱっと晴れ渡る。 ――願わくは、この小さな小さなキノコが、てるてる坊主になりますように。 願わくは、淀んだ雲を掻き割って、明日天気になりますように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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