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<世界を飲み干す者>かつて長足と呼ばれていた、モノ


「あのぼんやりした森の連中すら戦うというのだ。ひょっとしたら、もっと面白いことになるかもしれない。あの世界の向こうからやってきた連中みたいに、森の連中の中からも戦士が出るかもしれないな」 
 そうしたら、存分に戦おう。
 命には命をもって応じよう。
 きっともっと楽しくなるぞ。 
 闘争は、魂の喜びなのだ。
 長腕もきっと満足して逝ったに違いない。
 あいつの最後は壮絶なものだったが、戦士に相応しい死に様だった。
 いつか再びあいつに逢う日が着たら褒め称えてやろう。 
 そして、あいつに褒め称えられる最後を迎えるべく、更に精進しようじゃないか。

 バイデンにとって闘争は喜びだ。
 ならば、闘争にすらならない一方的な暴力は、一体なんと分類されるのか。

 空に巨大な眼球が現れてから数日。
 ラ・ル・カーナは、どんどん壊れていく。
 山野の姿が歪み、おぞましい色や形に変わるのはもとより、生き物の姿も形もどんどん変わっていく。
 最初は集落で飼っていた巨獣だった。
 世話係の若い者の頭をくわえてそのまま咀嚼した。
 その場にいた者全てで狩り終える頃には、そのあぎとにかかった者の手足や顔が巨獣のごつごつした皮膚から生えていた。
 やがて狂乱は集落の中のバイデンにも広がった。
 血気盛んなものからおかしくなっていく。
 いきなり何かを呟きだしたかと思うと、みるみるろれつが回らなくなり、まともな受け答えはおろか、言葉も通じないようになり。
 まともさや矜持や誇りを対価にしたように、体がぶくぶくと膨れだし、頭から新しい顔が生えたり、新たな腕が生えたり。目が増え耳が増え鼻が増え。
 思い至るのは、それは、そいつらがおかしくなる前に「もっとこうなれば俺は強くなれるんだ」などと言って努力していたところばかりで。
 もっと目がよければもっと耳が聞こえればもっと気配に敏感にもっと長い腕もっと速い足もっと強靭な皮膚もっと大きな体強靭な肉体強靭な体大きく大きくもっと大きく!
 おかしくなった者は、倒した。
 そうして数は減る。
 おかしくなるものが多くなるほど、仲間は減る。
 おかしくなって減る。おかしくなったものに殺されて減る。仕舞いにはあんな者になりたくないと自刃して減る。
 もっと強ければ。
 渇望する。すればするほどおかしくなる。分かっているのにやめられない。 
「違うだろう……」
 あの日、共に生き抜いた仲間。
 俊敏な動きこそ目指す道と切磋琢磨し、戦場を駆けた誇り高き仲間、共に「長足」達と称され、そう呼ばれることに誇りを感じていた、大事な存在にもう言葉は通じない。
「それは、俺達の目指したものではないだろう……」
 闘技場の柱よりまだ太い、巨獣のものと遜色つかないほど肥大した脚。
 そこに、鍛え上げられた美しさはない。
 ただの欲望の固まりだ。
 蹴り飛ばし、粉砕するためだけの脚だ。
 踏み潰し、蹂躙するためだけの足だ。
 見上げるばかりに巨大化したその二本の足の付け根に、すっかり干からびた、矮小な、上半身が申し訳程度についていた。
 元の、鍛え上げられ、均整の取れた、「長足」といわれたバイデンの姿はどこにもない。
 比べ物にならない、醜悪な存在だ。
 へらへらと浮かされたような笑いを続け、まともな姿勢を保つことも出来ず、カクンカクンと前後左右に揺れる、何もかもを「あし」の捧げ尽くした搾りかすが申し訳程度にくっついている。
「そんな者になるな! そんな者になりたかったんじゃない! 俺達は誇り高い戦士で、ずっと戦い続けると、死んでも共にあるのだと……!」
 たすけてくれ。
 先の戦いで誇り高く死んでいった仲間の顔が脳裏によぎる。
 俺に力を貸してくれ。
 世界は狂っている。
 俺にこいつらを倒す力を貸してくれ。
 こいつらの誇りを守る力を貸してくれ。
「ああああああああああっ!!」
 十分な集中だった。
 動きはあくまで的確且つ正確だった。
 気迫みなぎる一撃だった。
 だが。
 彼の力は及ばなかった。
 一矢報いるのが精一杯で。
 だむだむだむだむ。
 蹴り割られ、踏み折られ、丁寧に、執拗に、地面と一体になるように。
 厚みというものを憎んでいるかのように、出来るだけ広範囲に血や肉や骨のかけらがが広がるように。
 最後の「長足」は、長い時間をかけて「踏み広げられた」
 彼の死を、誉れとしてくれる者はいなかった。 

 二体の、かつて長足と呼ばれた、もはやバイデンとも呼べぬモノは、彼らの誇りを守ろうとした仲間の血肉を足にこびりつかせたまま、ふらふらと荒野に出て行く。
 もっと、力を示さなくては。
 もっともっともっともっと。
 要望は肥大する。
 それに肥大して、足も肥大する。
 干からびた上半身は笑う。
 笑う笑う笑う笑う笑う笑うもう笑わずにいられない。
 世界は壊れている。
 だから、怒れる世界の申し子たるバイデンも壊れるしかないのだ。
 それが自然の摂理なのだ。

 一方その頃。
 この状況を打開すべく、アークの研究開発室は世界樹の変異を回復させる手段として一つの可能性に思い当たっていた。
 それはかねてより研究を進めていたラ・ル・カーナの『忘却の石』の転用である。
『忘却の石』は神秘存在の持つその構成を『リセット』する為のアイテムとされていたが、純度を高めた『忘却の石』と世界樹にリンクする事が可能であるシェルンの能力を合わせればかの存在を構築する要素に潜り込んだ『R-typeの残滓』のみを消失出来るのでは無いかという推論だった。
『R-typeへの強い感情』を持つ時村沙織はこの状況に強行する判断を下す。
 この世界からの退却ではなく、可能性への挑戦を。
 
 壊れることを受け入れた戦士の成れの果てと、それに否と唱えるものが。
 変異体バイデンと世界中エクスィス突入のために進軍するリベリスタと苦渋の決断を受け入れたフュリエの連合軍と合間見えるまで、もう間もない。
 誰かがここで踏みとどまり、あれを倒さなくてはならなかった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田奈アガサ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年10月10日(水)23:49
 田奈です。
 ハードです。
 地形効果もなく、敵二体だというのに、ハードです。
 下手すると、憤怒と嘆きの荒野と一つになれます。 
 何の小細工もありません。
 圧倒的な力による蹂躙が迫っています。

<注意>
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

 覚悟はよろしいですか?
 世界は壊れていきます。
 誇り高き戦士の心も体も壊れて捻じ曲がっていきます。
 皆さんのお仕事は、ここでこいつらを倒すことです。
 
 変異体バイデン「太足」×2
 *下半身だけで3メートル、干からびた1メートルの上半身。
  足や脚には踏み潰したバイデンがこびりついてますので、色々生臭いです。
  ちなみに生命体としての重要な部分は全て下半身に移動していますので、上半身を切り取っても「太足」は死にません。
  でかくて重いです。
  ブロックするのに、最低四人必要です。
  ブロック要員がある基準を満たしていなければ、力負けします。(フィジカルで判断します)
  その場合は、より多くの人数が必要です。
 *知性も理性もありません。
  意思の疎通は無理です。破壊衝動の権化です。何を言っても無駄です。
 *もう怖いものはありません。もう誰も止められません。
  「絶対者」です。
   神秘でも物理でも構いません。力でねじ伏せて下さい。 
 *ソードミラージュと覇界闘士に出来ることは皆出来ます。
  ただし、技は足から出ます。
 *戦闘不能や重傷で動けなくなったら、EX「蹂躙」します。致命、必殺、弱点。
  演出としては、憤怒の荒野と一つになります。

  ちなみに、元はこんな連中でした。彼らは理性と知性以外の特色も失っていません。
 バイデン「長足」
 *バイデンの中でも細身です。
  背も高く、とりわけストライドが大きいです。
 *彼らは、リベリスタの頭上を飛び越えて行くくらいは普通に出来ました。
  飛び、走り、乗り越え、障害をものともせずに突進することに特化したバイデン。
 *生来の筋力を膂力ではなく、移動手段として、より早く敵陣に突っ込み、機先を制すことに特化されていました。
 詳細は、拙作「<箱舟の復讐>我ら、自らに倒れること赦さじ。」をご参照ください。
 ただし、知らなくても何の支障もありません。
 彼らは、もうあの「長足」ではないのです。

  
 *場所:憤怒と嘆きの荒野
  視界・足元、共に良好。
  傾斜、障害物、一切ありません。

●重要な備考
『<世界を飲み干す者>』はその全てのシナリオの状況により決戦シナリオの成否に影響を与えます。
 決戦シナリオとは<世界を飲み干す者>のタグを持つイベントシナリオを指します。
 予め御了承の上、御参加下さるようにお願いします。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
覇界闘士
アナスタシア・カシミィル(BNE000102)
ソードミラージュ
リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)
クロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
ホーリーメイガス
ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)
ホーリーメイガス
レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)
ソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
スターサジタリー
桜田 京子(BNE003066)
インヤンマスター
小雪・綺沙羅(BNE003284)


 ラ・ル・カーナの空気は、もっとすがすがしかった。
 森は清浄だったし、憤怒と嘆きの荒野の乾いた空気にも潔さがあった。
 腐っている。
 歪んだ世界樹から垂れ流される空気はどこまでも腐っている。

「あんなに綺麗だった湖や森は……どんどん枯れ果てて濁っていく……」
『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)は、知らず手で鼻と口を押さえていた。  

 狂った世界で狂った鬼が狂った姿で狂って走ってくるよ。
 ほら僕らの戦列に。
 これからあの木を倒しにいくのに。
 誰か、あれを止めておくれ。
 あれを倒して、後からゆっくり来るといい。
 僕らは君らの露払い。
 さあ、あの化け物を倒して、僕らを前に進めておくれ。
 
 そこに踏みとどまったリベリスタは十人。
 二対の脚だけに見えるモノが、土煙を上げて突っ込んでくる。

「バイデンも、ちょっと野蛮だったかもしれないけど、話してみれば、筋は通ってたし……もしかすると、分かり合えるかもって所まできたのに……!」
 そうだったら、よかったね。
 そうなれたら、よかったね。
 少しずつ皆変わって、寄り添いあうくらいできるようになれればよかったのにね。
「巨人はこうやって世界を壊していくんだね……」
 ほんの短い時間だった。
 あれは通り過ぎただけだった。
 偶々足元を通り過ぎていた蟻の巣を束の間見やっただけのこと。
 
 たったそれだけで、この世界は狂ってしまった。
 狂えてしまうくらい脆弱な世界だった。

 蟲毒。
 同種の生き物を狭いところに閉じ込めて殺し合わせるのだ。
 生き残ったものを殺し、呪いの媒体にする。
 下法だ。
 ならば、これは、世界を呪う媒体になりえる存在だろうか。

(……いやに血生臭い相手だね)
『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)はあどけない眉を僅かにひそめた。
(あんなに綺麗だったラ・ル・カーナも、今じゃ異変だらけ。そんな簡単な言葉で片付けられないくらい、世界も生物も狂っていく)
 だから狂った世界を飛び抜けるための翼を。
 仮初の翼がリベリスタの背に生える。
 巨大な敵から逃げるため。
 不動不沈の後衛を預かるレイチェルの祈りの発現だった。
 
 いやな予感はしたのだ。
 だから、ここに残ったと言っていい。
 脚。足。足。脚。
 かつてリベリスタの前に立ちはだかった一団がいた。
 手足は長く、全身をバネのようにし、それはとても強く強靭で美しいとさえいえる戦士たちだった。
 戦の末、三人と痛み分けとなったが。
 あそこにある脚は、二対。
 もう一人は。もう一人は。もう一人はどうした?
 皮が。
 へばりついていた。
 太足の急激に肥大した脚部に断片化した刺青と同じ色、同じ模様の皮がすねにへばりついて、ぴらぴらと頼りなく揺れている。
 けけけけけ……と耳障りな笑い声を上げる、干乾び、急激にやせ細った上半身。
 数は合った。と、リベリスタの頭で虚ろな足し算が終わる。

「……すまない、間に合わなかった」
『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が呻いた。
 資料は読んできた。
 なにが起こったのか、想像に難くなかった。
 バイデンへの共感を高めている今、誇り高いバイデンの戦士がどんな行動をとり、その結果変異体バイデンの足にぺらぺらになって張り付くことになったのか。
 エルヴィンには、フォーチュナのごとく推測できてしまった。

『たすけてくれ』

(貴方の心の叫び、届きました)
『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)は、ゆっくりと息を吐く。
(遅くなってごめんなさい、助けられなくてごめんなさい)
 世界を、あなたを、あなたの仲間を。
「せめて貴方の戦友の誇りを守る戦いをさせてください。おかしくなった世界、おかしくなった貴方の戦友に、誇りを思い出させる為の想いを彼に届けるお手伝いをさせてください」
 そして、唇に乗せられない、空気を震わせることのない、だからあの人にも届かない、秘められた想い。
(この戦いが沙織さんの決断だとしたら、私はそれを支える力になりたい)
 無鉄砲と、あの人は笑うだろうか、苦笑するだろうか、叱るだろうか。
(彼の代わりに私はここに立っていたい。あの人の背負う業が少なくなる為に) 
 あなたの年の半分にも満たない娘の覚悟を、あの人は受け止めてくれるだろうか。

「気に食わねぇ……バイデン達をこんな目に……」
 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は声を振り絞る。
 こびりついた、肉、皮、骨片。
 どれだけ執拗に踏みしだけばこんな風に固体が足に塗りこめられたようになるのだろう。
 戦闘する者としての冷静な勘が、こいつらの前で転んだら危ないとリベリスタに告げる。
 それ以上に、そういう目にあったバイデン達のことを考えると反吐が出そうだ。
「てめぇ、戦場を汚したな?」
 あれほど名誉ある戦いを愛した種族が。
 魂が。
 戦場を汚し、戦闘を穢し、そして、もう、そんなことはどうでもいい存在に堕ちてしまった
 尊厳が踏みにじられていた。
 自らの尊厳が踏みにじられ、それに気がついていない哀れなモノがいた。

「バイデンは嫌いじゃ無い。生きる事=戦闘では無いとしても、生きる事が戦いだというのはキサの持論でもある」
『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は、低く呟いた。
「かつて相対した長足は、彼らなりの誇りがあり、それは嫌いではなかった」
『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は、綺沙羅の言葉にうなづき、成れの果てを見て唇を引き結ぶ。
「――だが駄目だ、そんな無意味で無残な有様は駄目だ」 
 化け物に堕ちたか、骸と成り果てたか。
 恩寵を失えば、明日はわが身だ。
「その狂った歩み、止めて見せよう」 
 完全なる鎧の加護を身にまとい、静謐な表情が覚悟を物語る。
 押し止めるのが、アラストールの役目だった。
「まさか再会がこんな形になるとは思いもしなかったよぅ」
『灯色』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)が切ない声を上げる。
 あの日、最も長足と拳と蹴りを交わして打ち合ったのはアナスタシアなのだから。
「……ねぇ、長足」
 答はない。
 からからに干乾びた上半身からは耳障りな笑い声しか聞こえてこない。
「変異した長足も、それに殺された長足も覚えておいてあげる」
『戦士とは、己が意思で獣ともなれる者だ!』
 その姿が自らの意思だとでもいうのか。
 アナスタシアは、あの日の長足の言葉を思い返す。
『我らにお前を倒したという誇りを与えてくれる者か。倒れた我らをお前の誇りとしてくれる者か?』
 戦う相手を選んでいた彼らは、バイデンの中ではひときわ誇りを重視していたに違いない。
 だからこそ。
 お前は倒した仲間を誇りとしているか。倒れた仲間はお前を誇りとしてくれていると思うか。
 けたたましい哄笑は、その在りし日の彼らを裏切るものだ。
 
「嘆いてもしょうがないの! 少しでも被害を抑えて、世界樹を元に戻すお手伝いをしないと!」
 小さな体で、ルーメリアは精一杯叫んでいた。
「忘レナイデヤルヨ カツテ 速サ追求シテイタ バイデンガイタッテコトヲ」
『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の手足が風をはらむ。
「だけどアンタの戦いは、俺達が知っている。アンタの意思は、俺達が受け取った」
 二対の太足にばらばらになって張り付く「最後の長足」にエルヴィンは語りかける。
(最期まで気高く、仲間の為に散ったひとりの戦士。その誇りを、俺達に護らせてくれ)
「せめてあんたらの死が何かを残す死であるように、ねぃ」 
 アナスタシアは、拳を握り締めた。
「限りある生を戦い抜いた誇り……踏みにじった代償は高くつくよ」
 手にしたPC用キーボード「綺沙羅ボード」が途切れることなき打旋律を刻む。
「サラバ 長足」
 狐が風になる。
 語り合う時間などない。
「……あんたが成せなかった事の続きをキサ達が引き受ける。こいつ等を眠らせる事でその誇りを護り、あんたの死を誉れあるものにしよう」

 これは命をやり取りする戦い。
 どちらかがくたばるまで、この戦いは終わらない。


「Hetkia sanon Uskalsin――」
(さぁ、この瞬間に言わせて貰おう)
「Aika kiihtyvyys Olen nopeampi kuin kukaan―」
『時よ加速しろ  私は誰よりも速いのだから』 

 その動き、まさに青天の霹靂。
 もはや如何なるものも彼女の動きを減じ得ない。
 改めて見上げる、足だけで、3メートル。
 リュミエールの体躯では、太足の膝にも届かない。
 一人突出して太足の前に立ちはだかり、金色の飛沫が腐った空気の中で光を放つ。
 リュミエールは僅かに眉を乗せる。
 十分な加速だったというのに、急所を外された。
(曲りなりにも速度を活かした奴らだったんだろう? 犬畜生に成り果てて強くナッタンダロウガ それでも凌駕シテミセヨウ)
 赤黒いしぶきが舞う。
 太さと鈍重さがいつも肩を並べているとは限らない。
 繰り出される蹴りの美しさと見た目の異様さが妨げるとは限らない。 
 そして速さと重さが反比例するとは限らない。
 懸命に急所をずらしたリュミエールの体をごっそりと削っていく。
 ぐしゃりと言う湿っぽい感触に、地面にたたきつけられるまでの時間がやけに長い。
 刹那の間をおいて駆け込んできたリンシードもまた小さい。
 太足の蹴りの隙をついた音速の刃が、その大樹の幹のごときすねを切り刻む。
 肉は裂けても、骨は見えない。
 翻る華やかなスカートに影が落ちる。
 太足は、もう一対。
 限りなく一音に近い二つの打撃音がリンシードの脇腹に叩き込まれる。
 リンシードは目を見開く。
 およそ、リンシードにまともに攻撃を当てるなど、よっぽど精密に狙い済まさない限り無理だ。
 なのに。
 執拗な連撃に、リンシードの防御行動に隙が生じる。
「くっ……重い……です……」
 痛む脇腹に手を添える。
 鈍く痺れたその箇所をかばえば、他に支障をきたすのはわかっていた。
「そう簡単にねじ伏せられると思わないでください……!」
 並みのリベリスタなら、今の連撃で踏みにじられていただろう。
 しかし、リンシードはしぶとい。
 その身にレイチェルから光の鎧のプレゼントだ。
 より、堕ちにくくなった。
 人形のような少女の口元に、不敵な笑みが浮かんで消えた。

 太足に翻弄される二人の下に精一杯の速さでリベリスタ達が駆け寄り、二人が攻撃した方の太足に殺到する。
「一発目のぉ……だよぉっ!」
 アナスタシアが太足のくるぶしに突進する。
 諸手刈りの構えだ。 
 しかし、転ばせきるには至っていない。
「すばしっこいねぃ……」
 長足の敏捷性をそのままに、膂力と強靭さを身につけた太足への有効打は至難だ。
「こぉぉのぉぉぉっ!!」
 初めての戦いから共にある幅広の刃が、一点の曇りなく輝きを放つ。
 威風堂々。
 その光は邪を払うため。
 ツァインの放つ一撃は、太足の急所を捉える。
 二の太刀と継がれた刃の威光すら、噴出す瘴気が無に帰した。
 
 もはや、なにもかもどうでもいい。
 壊れた世界の壊れた存在は、完膚なきまで壊れているがゆえにこれ以上壊れることもなく、それがゆえに絶対なのだ。

 太足の動きは変わらない。
(相性が悪い敵だけど、キサの真骨頂は環境操作にある。BSが使えなくても好機を掴んでみせる)
 つかませてみせる。
 場を支配してこそのインヤンマスターだ。
 間断なく叩き続けるキーボードを叩く音が渦となり、憤怒と嘆きの荒野に綺沙羅の秩序を押し立てる。
(敵の動きを瞬時に記憶理解して、敵のパターンを集める。足の向き、屈伸の深さや筋肉の動きを見れば次の動きはおのずと分かる)
 ただぶら下がるだけの太足の上半身の落ち窪んだ目は、何も見てはいなかったけれど。
(収集した情報と超直感でもって好機を見つけ出し、危険をすぐさま知らせる)
 後方に控えた小さな綺沙羅は、巨大な足の動きを丸裸にするため大きく見開かれていた。
 仲間が攻撃に回る分、アラストールは防御に回る。
 自動治癒の加護を身にまとい、アラストールは完全防備だ。
 抜き放った剣は守りのため。
 握ったままの剣の鞘は、全員無事に帰すための祈りの結晶だ。
「――鼻血噴キソウダナ」
 ルーメリアからの急速な回復付与に、リュミエールは小さく呟く。
 体からいい感じに緊張が抜けていく。
 よどんだ空気の中でも思う存分手足が動く。
(リュミエールさんとアラストールさんは優先しなくちゃ、なの)
 本当は常に皆を完全な状態に保ちたい。
 しかし、それが許される状態ではない。
 一歩下がってでも、その二対の足は異常に大きく、どれだけの手をかければ倒せるのか、ルーメリアには全く読めなかった。

 仮初の翼がなければ難しかったかもしれない。
 三次元的に太足の行く手をさえぎった前衛リベリスタは、回復要員であるエルヴィンに下がれと言った。
 エルヴィンはうなづくと、注意深く、いつでも前衛の誰かと交代できる場所に陣取る。
 防衛職の中に置いても見劣りしないほど堅固な回復役は、始終動き回る前衛にとって貴重な存在だ。
 ふと、エルヴィンの脳裏に誰かの感情の波が触れる。
 それは、一対一を好まなかったか?
 強い戦士を欲していなかったか?
 後方に陣取るものではなく、仲間の為に前に出るものを好まなかったか?
 前衛ラインからも、共倒れを警戒して散会した後衛ラインからも孤立したエルヴィンに、あえてブロックしなかった方の太足が強襲を仕掛ける。
 強靭な足が地面を駆ける度、衝撃を逃がす尾のようにがくんがくんと上半身が揺れるのだ。
 そのまま千切れて飛んでいってしまうのでは危惧するほど揺れるのだ。
 エルヴィンは、気づいてしまう。
 異界の存在をわがことのように感じる能力が、そうと気づかせてしまう。
 ああ、あの頭の中には、もう何もない。
 そう思った時には、巨大な足は、エルヴィンの体など中に埋め込めてしまうほど太い脚はすでに目の前に迫っていて、真っ赤なのは、生来なのか、こびりついた血肉なのか、それとも噴き出す炎のせいなのか、とっさの判断は出来なくなっていた。
 アナスタシアの喉から声にならない叫びがもれる。
 覇界闘士の彼女にはわかる。
 それは、ボトム・チャンネルなら拳を使う技。
 炎腕。
 太足は、それを巨大な足を使って撃った。
 エルヴィンの周囲が、燃えるものとてない荒野が、刹那にして炎の柱と変わる。
 その中心に黒い影となったエルヴィン。
 ツァインの目が見開かれる。
 エルヴィンが前衛にいる間は、エルヴィンをかばうのが彼の役目だった。
 しかし、前衛ラインから外れたとたんのこの体たらく。
 いつから、後方は安全だと錯覚していた?
 そもそも後方とはどこだ?
 たった二対の太足に、戦線などありはしない。
 あるのは、圧倒的な「点」が二つだ。
 瞬時に燃え上がった炎が治まっても、熾き火がその体内で猛威を振るう。
 腹の奥から焼け爛れていく。
 吐き出す息に火の粉が混じる。
 お前も赤に染まってしまえと、空っぽの喉からあふれる笑い声がどこまでも耳障りだ。
 リボルバーを握る京子の手が震える。
(もう一体の太足は好き放題動くかも知れませんが……後回し!)
 次に同じような目に遭うのが自分だというのも織り込み済みだ。
 仲間を信じて、銃の引き金を引き続けるしかない。
 対神秘戦では脅威のロングレンジから放たれる銃弾が、五人がかりで押さえ込まれている太足の膝を穿つ。
 至近の仲間達は聞こえただろうか。
 ぐしゃぐしゃと皮膚の下で暴れまわる銃弾で粉々にされる骨の音が。
 与えているダメージは少なくない。
 決して、リベリスタの切っ先が鈍っている訳ではない。
 
 それでも。
 太足の様子は変わらない。
 もうなにもかもどうでもいい。
 それは自分の境遇を意にも介さない傲慢か。
 考えるのを放棄した怠惰か。
 ただ、自己放棄の法悦に酔いしれる。

 萎れた上半身の嘲笑のユニゾンが荒野に響く。
 頼れるのは自分だけ。
 後衛に陣取る四人の目が、知らず細められた。


 分析、検討、解釈、予測。
 見たものを見たまま細密に覚えるアナスタシアは、投手の投球フォームを盗むように、太足の動きを脳裏に焼き付けた。
 余計な音も声も聞こえない。
 耳を脈動する血流の音が連写するカメラのシャッター音のようだ。
 固有のクセ、予備動作。
 自分の周りに群れるリベリスタ目掛けて振り上げおろされる質量。
 それが幾重にもぶれ、それぞれ別の動きをしながら、リベリスタ五人に襲い掛かってくるのだ。
 衝撃の瞬間、前後左右天地の別も狂う。三半規管が自己制御をボイコットし、この世の全てが敵にさえ思える混乱。
 絶叫の末、打ち据えるのが仲間だったときの絶望は、リベリスタを焦燥と恐怖に駆り立てる。
 謝っている時間はない。それに応じる時間も惜しい。
 緊張の糸を切ったら、やられる。
「でも、あんたも痛いよねぃ? ざまあみろぉ」
 アナスタシアは黙って打たれるばかりではない。
 避けきれぬとわかると、打撃箇所に刺だらけのフレイルをそっとしのばせ、太足の肉をえぐる。
 攻撃は最強の防御だが、その瞬間が大きな隙となるのは否めない。
 よらば斬ると、節棍で武装するアナスタシアはまさに針鼠だ。
「こっちも蹴られっぱなしじゃないよぅ!」
 相手の動きを読むことに費やした時間は無駄ではない。 
 振り下ろされた足を対を裁きつつ横から抱いて、そのまま靭帯ぶち切れろと思い切り捻って地面に叩き付ける。
 アラストールが、ふと束の間転がった太足の膝の上、大腿部の筋肉と筋肉の継ぎ目に目を止めた。
 リベリスタ達のインパクトポイントより上。
 そう、背の高い、バイデンとしても長身の部類ならこの位置が絶好の攻撃点だったかもしれない。
 それだけのことで。
 アラストールの勘が叫ぶ。
 これは、「最後の長足」の抵抗の跡ではないかと。
 彼の者は、ただ諾々と踏み潰されたのではなく、精一杯戦って死んだのだと。
 フォーチュナでもない身ではわからない。
 アラストールの目は過去も未来も見通せはしない。
 それでも、今、現実に見ているこの跡が、痛々しいくらい何かを物語っている。
 ここが突破口になる。
 何の根拠もない。
 それでも、アラストールは渾身の力を込めて叫んだ。
「我が名はアラストール、守る者、騎士である!」

『戦士よ。なぜ戦わぬ。なぜ我らと切り結ばぬ』
 あの日、アラストールの長足の一人が問うた。
 あの長足が、この太足なのかどうかはわからない。
『これが私の戦い方だ。そういう私と戦え、何なら二人掛りでも構わんぞ?』
 
 今、守ろう。
 お前と仲間の誇りを。
 そこが起点だ。
 アラストールの守るための刃が、深々とその部分に突き刺さる。
 上半身の哄笑が悲鳴に変わる。
 まるで、竜殺しの菩提樹の葉の跡。
 あるいは、アキレスのかかと。
 一人のバイデンが命を賭して作った、針の穴だった。 

「ソコカ」
 リュミエールのナイフがとまらない。
 金色の飛沫が、火花のよう。
 掘削機のように肉と血の池を掘り進む。
 リュミエールのナイフが深部を侵すなら、リンシードの剣はその傷を更に広げる。
 四方、八方と切り開かれた肉は、京子の魔弾でその繋がりを断ち割られる。
 臨界点だ。
 今まで蓄積されていた負傷が、バイデンの再生能力を上回ったのだ。
 音を立てて巻き上がり、足に醜悪な大輪の花を咲かせた。 
 自らの片足が半壊寸前だというのに、上半身の哄笑は止まらない。
 だらんとぶら下げられて弛緩した足が大きく振られる。
「皆、散開! 逃げてぇ! 皆巻き込む蹴りが飛んでくるよぅ!」
 今までの太足のクセを読んでいたアナスタシアが叫ぶ。
 斬風脚は、風が斬る。
 ならば、虚空は?
 飛翔し、貫通線を持つ蹴りが、立ちふさがる全てを貫きながら、京子を強襲した。
 その身の挙動を殺して狙撃する射手は、逆に攻められると非常にもろい。
 しかし、京子には研ぎ澄まされた反射神経があった。
 その僅かな挙動は残像を生み、一撃殲滅だけは免れる。   
 だが断ち割られた頭皮からあふれる血は明るいピンク色の髪を染め、なきぼくろを伝ってぼたぼたと荒野に滴り落ちる。
「追い詰められても、まだひとつ踏ん張り――」
 まだ恩寵にすがる時間じゃない。
 小さく呟く言葉から、京子のしぶとさがうかがいしれる。 
「そしてその追い詰められた時こそ、想いは一際輝きます」
 沙織さん。
 内緒だ。
 音にしない呼びかけ。
 手の下に隠した唇が呟く。
 沙織さん沙織さん沙織さん……。
 立て続けに体を癒す高次存在。
 顔を伝う血も乾く。
 次の一撃は、太足の運命を食らい尽くす。
 そんな予感があった。

 えてして、その予感は当たっていた。 


  猫がネズミをいたぶるように、太足はルーメリアを、レイチェルを、綺沙羅を、京子を行ったり来たりしながら、気まぐれに踏みつけて回っている。
 前衛との距離、十数メートル。
 一気に大技で全滅することを避けるため、散開している彼女たち。
 互いに互いをかばい会う心積もりはあっても、実際に行うには全力で広げた距離を縮めなくてはいけない。
 そのためには一時詠唱を中断しなくてはいけなくなる。
 エルヴィン、ルーメリア、レイチェルの男女混声詠唱で、リベリスタの命脈はかろうじて繋がれていた。
 身を寄せ合いたいが、そうすれば太足に皆まとめてやられてしまう。
 七匹の小山羊のように、それぞれの場所で死力を尽くすしかない。

 その魔法杖の名は、「キュベレ・改」
 大地母神の名を与えられた杖は近接戦闘を念頭に置かれている。
 畏怖すべき死と再生の女神の名を冠する装備群で神秘武装するレイチェルに襲い掛かる太足と相対する。
(誇りも勇猛さも捩じれひしゃげて、今は悪意という名の泥を吐き出し続けるよう)
 吐瀉物のように振りまかれる嘲笑。
 意味を成さない音のつながりは、きっと罵詈雑言の類だろう。
(戦士として倒すことは出来ない。それでも、世界という盤上の駒を、文字通り倒すことはできる)
「やってみせる。私達はリベリスタだもの。世界を守る、リベリスタ」
 その「世界」は、ボトム・チャンネルという「次元」だけを指すわけではない。
 かかわりを持った時点で、次元を超越して「世界」は広がる。
 半径5メートルが自分の世界なら、今踏んでいるラ・ル・カーナの荒野も、レイチェルの「世界」だ。
 レイチェルの動きでは、太足にとっては止まっている的と同じだ。
 的確に急所をえぐりこまれる。
 一撃で内臓が全部抜けて地面にぶちまけてしまいそうな衝撃だ。
 回復役として、行動不能となる不調の全てに耐性を付けているレイチェルは、鼻の先で死神がラインダンスを踊っているこの期に及んで、なお正気を保っている。
 もうどうなってもいい。と、言ったらいい。
 圧倒的な暴力は、全てをなぎ払う嵐だ。
 思考も、思想も、名誉も、矜持も、何もかもを地べたで磨り潰され、せいぜい足を生臭くするのが関の山だ。 
 その程度なのだと。
 一回か二回蹴り飛ばされれば終わってしまうはかない存在なのだから、何もしないで流されてしまえばいいのに。 
 それは理不尽な暴力の権化。
 バイデンの正当性を侮辱し、冒涜する存在。
 そんなモノにくれてやる、安い命などではない。
 恩寵は、諦めの悪い者のところに降りてくる。
「――途切れさせたりしないよ」
 詠唱するたびに、口から血が零れ落ちる。
 命が削れる音がする。
 だけど、まだ戦える。
 ギリギリの所で踏みとどまれているのなら、この詠唱は、自分とみんなの背中を押すための請願。
「あたしはみんなの支援を最後までやり遂げて見せる!」


 ほんの十秒の全力疾走が、やけに長く感じられた。
「グルアアアァァァーーーァォォオオッ!!」
 ツァインは、叫ばずにはいられない。
「足だけ、強大な力だけ……つくづく心技体揃ってこそ戦士なのだなと思います」
 アラストールは、悲鳴を上げる関節の痛みを黙殺しながら、所見を述べる。
 先ほど倒した太足が、どうして急激に動きを鈍らせたのか。
 己の勘だけではなく、誰かからのヒントが欲しかった。
「この上半身では、下半身を支えきれない」
 頑強な下半身と干乾びた上半身。
 強く握れば折れてしまいそうな細腕では、下半身を支えられない。
 だから、屈強な二本の足が同時に蹴りを放つのは物理的に不可能だ。
 どちらかの足はもう片方を支える軸とならざるをえない。
「その通りよ!」
 綺沙羅が、符に祈念する合間にアラストールに向かって叫ぶ。
「ストライド走法に必要なのは強靭な足だけじゃない。バランスを取る為に必要な上半身が無い以上、必ずバランスを崩す瞬間がある! それを待つのではなく、呼び込むのよ!」
 ならば、立っていられないようにすればいい。 
 振り上げられた足の裏に、リュミエールのナイフが閃き、足の甲にツァインの雄叫びと共にブロードソードが突き立てられる。
 突き立てるというよりは、掘り返すといったほうがいいかもしれない。
(足裏にこびり付いたバイデン達の血肉。敵の血、俺の血、仲間の血――!)
 痛みとわずらわしさに、鉄球のごとき膝が、ツァインのこめかみ目掛けてたたきつけられる。
 鎧のない箇所。脳みそが盛大に鋼の頭蓋骨の中でかき回されて、衝撃で悲鳴も出ない。
 ごろごろと荒野に転がるツァインに、ルーメリアの請願による高次存在からの癒しがもたらされる。
 それでも傷が治りきる訳ではない。
 だが、戦える。
 ツァインは再び剣を握り締める。
 突き立てる。突き立てる。突き立てる。
 執拗に。同じ場所を、刺して指して刺しまくる。
「誇り無き肉塊め、お前に掛ける言葉は無い。ただ痛みを感じるならば、もがき苦しみ抜くがいい」
 ツァインの脳裏に浮かぶ、別の戦場で命を懸けているだろう仲間達。
 如何に変容を遂げたとしても、どうして彼らを害せられようか。
 お前もそうじゃなかったのか。
 心や魂が歪んだら、そんなことはどうでもよくなるとでも言うのか。
 足にこびりついた最後の長足の断片が、ツァインの義憤を掻き立てる。
「世界が壊れた? くだらねぇ……」
 血肉はあれども、骨は鋼。
「壊れた世界ごと喰らい尽くせばよかったんだ! 望む闘争がそこにある限り! お前が今一番戦いたかったのは誰だったんだ!?」 
 もはや答えられる存在ではない。
 わかっている。
 だから、せめて苦しめ。
 こんなモノにならなければよかったと、あの世で後悔するがいい。

 それは、原始的な戦いだった。
 絶対者たる太足を止めるには、単純にその命を削るしかなかった。
 更に、こちらの太足には、これといった急所はない。
 リンシードが飛ばされた。
 ずっと太足の「攻撃しやすい」場所をうろうろして、囮役を買って出るカタチになっていたのだ。
 回避に特化したリンシードがまともにけりを食らうことはなかったが、それでも蓄積された痛手は研ぎ澄まされた一撃で、リンシードの体力を一気に奪い去る。
 小さな体が鞠のように荒野の上を弾む。
 力なく横たわるさまは、文字通り人形のようだ。
「ここで倒れる訳には……速い、重い……ですが、当たらなければ……」
 熱に浮かされ、うわごとのように呟く。
 途切れ途切れの言葉は熱を持ち、恩寵は再び彼女を立ち上がらせる。
「しかし、こちらも……倒せなければ……あと少し……もう少し……力を……!」
 振り絞らせて下さい。
 声にならない願いに、恩寵がもたらされる。
「まだ、ちょろちょろし足りません……ので……潰したくても潰せない、目障りな蟲のように……挑発……して差し上げます……」
 そして、また、太足も、幾度狂乱に陥れても、あっという間に正気を取り戻すリベリスタを攻めあぐねていた。
「この俺が居る限り、どんな拘束だろうとブチ壊す!」
 エルヴィンが吼えた。
「あっさり何もなかったみたいに、地面と一緒にされるのはごめんなの……!」
 ルーメリアが立ち上がる。
 最後には、ただひたすらに相手の血肉を引き裂き合う様相を呈する。
 もはや、魔力も尽き果てた。
 回復詠唱も、体内に魔力の泉を喚起しての断続的なものに変わり、互いが互いをかばいあう。
 巨大なゾウも、蟻にたかられればやがては死ぬ。
「知れ、お前はお前が汚した戦士達の無念と怒りによって死ぬのだと!」
 ツァインの怒号と共に、ずっと続いていた哄笑がやんだ。


「なんか、証。ほしいんだよ、なんか記念になるようなもの」
 リュミエールには、強敵と認めたものが身につけていた物品を欲しがる癖がある。
「足の……爪とか?」
 衣服も装飾も、変異の際千切れ落ちてしまったのだろう。
 しかし、思春期真っ只中の少女の戦利品が血と脂に汚れた足の爪というのはいかがなものだろうか。
「ああ、いいよ。これにする」
 リュミエールは、アラストールががなぞった傷から手を突っ込んで砕けた骨の欠片をつまみ出した。
「最後の長足がつけた傷から取り出した太足の骨。うん、このくらいで勘弁してやる」
 エルヴィンは何度か咳払いをした。
 まだ、喉の奥に火の粉の気配がする。 
 すでに癒されているのだから、錯覚なのはわかっている。
「……行こう、まだ戦いは終わっちゃ居ない」
 リベリスタにはまだ、向かうべき戦場がある。
 仲間達が先に征って待っている。
 綺沙羅は、僅かに振り返った。
 転がる巨大な下半身。
 もう、上半身も笑わない。
 ぽっかりと、見開かれた両眼はとうに光が失われている。
「さよなら。その俊足でもって仲間達の元へ駆けていけ」
 そう呟く綺沙羅の背を見つめ、ツァインはきびすを返す。
 その目は、遥か世界樹を望む。
(我等戦士の末裔、未だ不名誉を知らず――)
 いざ、出陣。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 リベリスタの皆さん、お疲れ様でした。
 連撃とDAは、回り始めると手に負えませんね。
 おまけにこっちが苦労してたBSをほいほい外されると、はらわた煮えくり返ってストンピングしたくなりました。
 蹂躙したかったのですが、その前に一体崩されてしまったので出来ませんでしたっ!
 悔しいっ!
 
 とはいえ。
 完全に一体をフリーにしたのは危ない選択だったと思います。
 太足が理性を失った存在でなければ、確実に踏み潰して歩いていました。
 ひょっとしたら、何人かはラ・ル・カーナで赤い水溜りになっていたかもしれません。
 
 最後の長足のことを思い出して戦ってくれてありがとう。
 ゆっくり休む暇もないでしょうが、次のお仕事がんばってくださいね。
 どうぞ、御武運を。