● 誰がなんと言ったって。 それは間違いなく、愛だった。 愛したい。愛されたい。交わしたい。結びたい。それが叶わないものだと知っていても。 焦がれて欲して手を伸ばして。集めて増やして、けれどそれでも心は満たされない。 寒気を覚える程に情愛は燃え滾るのに。 それは何も得られない。形にならない。愛は概念でしかなく、何処まで行っても一方通行でしか有り得ない。 それで良いと思っていた。それで良いと思っている、筈なのに。 胸を焦がす想いは消えない。そういうものだと割り切った筈の感情は燻って燻って。 そうして、また。火を点す。 「……ねえ、あなた暇でしょう? ちょっとわたしの弾除けになってくれない?」 唐突に投げられた言葉。桃色の髪を揺らして。まるで散歩にでも出掛けるかの様に日傘を取った女は、蹲るこどもに声を投げる。 ぴくり、と跳ねた肩。別に了承なんて求めていない。コレは、Noとは言わないのだから。 「なにしにいくの、かなめ」 掠れた、けれど恐らく少女のものであろう声。ばさばさと伸ばされた黒髪の隙間から、おんなじ色の瞳が覗く。 がりがりに痩せて、背ばかりひょろりと高くて。あんまりにも貧相な姿に肩を竦めて。女は外を示す。 「わたしの、こいびとを作ろうと思うの。その為に必要なものを取りに行くわ。……でも当然、あのアークが邪魔しに来るでしょう」 わたしの恋を叶えるだけなのに、彼らはきっとそんな事さえ許さないから。 面倒なものね、と呟いた女は、少女の瞳が動いた事に気づかない。あーく、と、口内でその単語を繰り返した。 あーく。りべりすた。 「……いく」 ふらり、立ち上がる。じゃあ宜しくね。相手を待ちもせず外に出て行くその背を追いながら、痩せ細った少女は、腹部を押さえる。 身体の何処か、深く。埋め込まれたソレを想う。 もしかしたらコレが唯一のあいというものだったのかもしれないと、想っていた。 道具として、自分を売り払った親からの。 結局。自分はあいとか、かぞくとか、わからなくて。でも、あの日少しだけ、見えたものがあった。 明確な殺意と、少しのあたたかさ。そんなものを与えた、あの箱舟のにんげんたち。 もしかしたら自分もそうなのかもしれない。どうぐではなくて。あたたかい、にんげんってものなのかもしれない。 それはやっぱり、どうしてもうまく理解できないものだけれど。 「……ケイは、しりたいわ」 ぽつり。呟いた言葉は何処に向かうものなのだろうか。 ● 「今日の『運命』。……何て言うか、簡単に言うとフィクサードの始末と、アーティファクト奪取ね」 何時も通り。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は資料と共に、その日の依頼を口にした。 「フィクサードは2名。『デンドロフィリー』結崎・愛芽に、『ヘマトフィリア』相沢・慧斗。……全く別々の事件を起こした二人だけど、意外な共通点が合った。 2人共、どっかのフィクサード集団に育てられてるんだよね。……可笑しな『性癖』って奴を教えられて。 愛芽なら、植物を。慧斗なら、血液を。ある種異常な程に好んでる。まぁ、その辺は各報告書を読んで貰いたいわ。変な性癖とかきっつい。 ……で。今回この2人は、連れ立ってとあるアーティファクトを確保しに来たの。まぁ、愛芽が慧斗を連れてきた形ね」 その能力を、弾除けにでも使おうという心算だったらしい。 そんな言葉に何とも言えない表情を浮かべたリベリスタを一瞥して、フォーチュナは話を続ける。 「んで。慧斗の方はね、嫌、とか言わない子らしいんだけど。……今回は、何故だか比較的はっきり目的を持って付いて来てるのよ。 一言で言うと、あんたらに会いたがってる。アークのリベリスタ、に。 ……理由は、まぁ良くわかんない。前回の事件で思う所でもあったのかもね。戦闘中に本人に聞くのが一番早いんじゃないかしら」 まあ、余裕があれば、だけど。そう前置く声は少し、重い。 「……敵は強い。愛芽は、特殊なショットガンで、広範囲の攻撃を可能にしてるし、元々の実力が明らかに上手。 そして、慧斗もかなり強くなってる。あんたらと同程度。しかも、あの子はその身に飼ってるアーティファクトと仲良しになっちゃったのよ。 全体的な血液使役能力の向上と、……諸刃の剣だけれど、最大出力を強引に保つ術を身に付けた。文字通り命懸けで。 あんたら次第では、容赦なくソレ、使ってくるでしょうね。具体的な能力については、資料を見て頂戴」 軽減に撹乱、全体を襲う真紅の雨。中々に凶悪だ、と、不安げな声。 「勿論、慧斗が使役する血液の補充要員、って名前のアンデッドも居るわ。フェーズは既に2。全20。 こっちの使役能力も、慧斗は向上させたみたいでね。こいつら、倒しても倒しても蘇る。それこそ、必殺でも決めない限り。 ……かなり厄介よねえ。この戦闘を凌ぎながら、あんたらは部屋の中央に埋められたアーティファクト、『牡丹一華』を奪わないといけないの。 これが愛芽の手に渡るのは駄目。……あの女の大好きな植物に、自我を与えて、強力なエリューションに変えるものだから」 まぁ、そんな所かしら。そう言って、差し出される資料。 「狂っちゃった偏愛の行く先って何処かしらね。結局何も得られないまま終わるのかしら」 その結末、決めて来てあげて頂戴。それだけ告げて、フォーチュナは席を立った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月08日(月)22:36 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 錆びた臭いで満ちた戦場を駆け抜けて『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は顔を上げた。 「それじゃ、征きますか」 やっぱりと肩を竦める女と、視線を彷徨わせる少女を見遣る。 何故、と聞かれたら困るのだけれど。出来るなら、両方とも殺したくは無いと思った。 女の方は放って置いても大丈夫かもしれないけれど。其処まで考えて首を振る。 今すべきは此処で地に埋まるモノを死守する事。全てはその後だ。 「もう、あなた達本当に邪魔するのが好きね」 嫌になっちゃう、呟きと共に天井を向く銃口。開幕早々全てを焼き尽さんと放たれたそれに、リベリスタの顔が歪んだ。 より精度を増した技術を目に焼き付けながら。後衛の更に後ろに立つ『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は無言で愛器を構える。スコープ等必要としない。己を頼りに照準を合わせ迷い無く引金を引いた。 咄嗟に身を逸らしたのか肩口を撃ち抜いたそれに、女の瞳が此方を向いたのを感じた。 「御機嫌よう八咫烏。相変わらずね」 「今回は満足出来そうか、結崎」 交わる視線。悪くないわ、と笑った彼女を横目に『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)は軽やかに踏み込む。 ダンスでの不文律。即ち時計の逆廻り。美しいラインを描く楽器から飛び出す刃が、敵を切り裂いていく。 愛とは複雑なものだ、と思った。その在り様は様々で。けれど。 焦がれても焦がれても、一歩が怖くて触れないのはきっと、どんな愛でも変わらない。 「……汚れた手でも、握ってくれる人がいるってのは嬉しいもんス」 どれだけ怖くても求めてしまう。あたたかいことを知ってしまったら。リルは少女を見つめる。 力を込め過ぎて真っ白な手。その手が選ぶのは、どんな結末だろうか。 「久し振りだな、愛芽! またおかしな事をしようとしてるみたいだが、今回も邪魔させてもらうぜ」 一声。同時にばら撒かれたのは鉛の豪雨。あの日と同じく彼を庇い守る事を心に決めて。 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は女を見つめる。相変わらず可愛い恋人ね。くすり、笑う声。 「恋人なら普通の人間と普通の恋愛をして作れ、……まあ」 言っても聞かないだろうけど。木蓮にとってはある意味当然な事が彼女には当然ではない。笑みが崩れて。向けられるのは冷たい嘲笑。 「皆、あなたみたいに幸せな頭をお持ちだと思わないで」 これは偏愛。普通でない事など重々承知で。それでもそれしか、愛せない。自分はそう言うモノだ。 それ以外何て知りたいとも思わない。死体が、予想通り射手を護る様に動き出す。 全体の位置を凡そ頭に入れて。『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が放る神秘の閃光弾。容赦無く視界を焼くそれに、死者は呻く。 鉄錆のにおいが濃かった。あの日抱えた電子の温もりを思う。この心が求めるのは何時だって人では無い温度だけれど。 人と言うものに触れる事で得られたものは、確かに存在するのだ。だから、多分。 「――次は、キサの番なのかもしれない」 零れ落ちた呟き。迷いの無い瞳が真っ直ぐ、戦場の先を見遣った。 ● 紅の雨が降り注ぐ。深まる傷に表情を歪めたリベリスタを無表情で見遣る少女を見返して。 『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の力ある言葉が、高位存在の力を呼び寄せる。 吹き荒れる癒し。少女をも等しく癒すそれに、大きな瞳が瞬いた。 「……なんで」 先程から誰も自分に攻撃をしない上に傷を癒していく。理解出来なかった。 知らない事は、こわいこと。揺れる瞳。自分を見上げて、知らないものを怖がる様に首を振ったあの日の様に。 「……慧斗、」 また会えて嬉しいわ。優しい声。次は無いと思っていた。けれど、もう一度は叶えられた。 だから。絶対に死なせない。今度こそ離さない。少女が本当に求めるものを教えてやれるまで。 少女を、愛してやれるまで。 「っ……ケイは道具よ、あなたのと違う」 だからやめて。怯えを含む声。その揺らぎを感じ取り、苛立った様に銃を構えようとした女の手が気糸の網に絡め取られる。 視線の先。『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)はすぅ、と青い瞳を細めて見せる。 「此度は前回の様には行きませんよ、結崎様」 前回の対峙を忘れる訳が無い。そして今回は忠義を尽くす主まで同じ戦場に居るのだ。 彼女と彼女の願いの為。そして、何より仲間の為に。万全の対策で事に望んだアルバートへ。 女は気分を悪くする所か楽しげに笑って見せる。 「嗚呼、こんなに楽しいのは久し振り。あの時とは違うって事」 もっと見せて。動きを止められた事すら面白いと笑う。 障壁等気にも留めない。軽やかに地を蹴って舞う踊り子。多角的に叩き込まれたリルの一撃が庇い手を阻む。続く龍治の精密射撃を受けても楽しげに笑う女を見遣って。 「――以前、暇が有るかと問われましたね」 全てを焼き尽くす煉獄の砂嵐と共に『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)は微笑む。 そんな事もあったわね。興味なさげな声に肩を竦めて。解答しよう、と神父は言う。 知の探求こそが目的で、任務の遂行はただの手段。 「それが私の愛。その狂気蒐集しに参りました」 宣戦布告。投げかけられたそれに、女は微かに首を傾げた。 「興味無いけど。趣味悪いのね、あなた」 得られるのは狂気だけよ、とつまらなさそうに放られた声。血生臭さは増す。 リベリスタ側の戦場構築は、ほぼ完璧だった。綺沙羅の術式が神秘の密室を生み、リルの齎す必殺の一撃が地道に倒れた死体を減らす。 鮮血の雨が降る。操れる血が減っているのを感じ、少女が唇を噛んだ。ざわり、神秘が蠢く気配。 湧き出す様に増える紅。命を代償にその力を増した事を察したティアリアが首を振る。 「だめよ、貴女は死んではだめ。助けに来たの、ねえ」 知りたいのだろう、暖かさを。その身に流れる血の意味を。 何も知らない少女。あの日抱き締めた細すぎる身体はきちんと人のぬくもりを持っていて。 けれど彼女はそれを知らない。知らないのだ。だから。 「知りたいのでしょう、貴女と言う『人間』を」 肩が震えた。そんな事無いと言う様に少女は首を振る。蘇った死体が、後衛へと雪崩れ込む。 振り上げられた腕。それは距離を取っていた龍治をも傷つけていた。女との距離を取ったが故に彼を護り抜く筈の木蓮の手は明らかに遅れを取って伸ばされたのだ。 それでも庇う為即座に下がった彼女の献身によって、彼は狙撃の手を緩めずに済んでいる。だが、木蓮の傷は浅くない。そして、同じく後衛で絶対零度の豪雨を齎す綺沙羅を庇うイスカリオテの傷も、深かった。 「肉でも何でもくれてやる、だが龍治には触れさせないぜ!」 上げた声。その身を奮い立たせる愛のいろに、女の目が向く。 嗚呼、本当にお幸せな奴らだと零れた声。偶然自由を取り戻した手が銃を持ち上げる。 「呪殺する銃かもしれないッス、気をつけて!」 リルの言葉にご名答、と笑った。進み出た足。引金が引かれ、拡散した銃弾が容赦なく木蓮を、龍治を撃ち抜く。 厄災が、弾丸から広がる。重ねられた血の呪いが、炎の呪いが力を持つ。一気に拡散する。 意識が遠ざかるのを感じた。血の海に沈みかけた木蓮は自分を愛す運命を差し出す。震える膝に力を込めて。彼女は立つ。自分が為すべきは護る事。 「まだ倒れる訳にはいかないんでな!」 皹の入った眼鏡を押し上げる。即座に癒しの息吹を届けたティアリアは削れてゆく精神力に眉を寄せていた。 出血を覚悟で、敵の血を啜らねばならない。全体と自身。極限の選択を続ける彼女の尽力で戦線は支えられていた。 ● 唐突に湧き上がった思いの侭に。戦場を見渡す綺沙羅は不意に、口を開いた。 「……酷い顔色」 放られた声は決して大きく無い筈なのに少女の下まで届く。知りたい事があるなら生にしがみつけ。思考しろ。知る為の努力を惜しむな。 怖がって逃げるだけでは何も得るものなど無い。知りたいと思ったなら生きろ。生きて生きて、求め続ける以外に方法など無い。 「人に熱があるのは血が流れてるからじゃない、そこに意思があるからだよ」 そんなの知らない、と小さな声。知らないなら、知るしかない。 意思が、心があるから、その熱は意味を持つ。息をする、脈打つ、生きる事自体が。 人と言うものに意思があるからこその営み。だから。 「その熱に触れたいなら、覚悟を決めて手を伸ばせ」 選択肢が多い事は、ひとつの幸福だと綺沙羅は思う。けれど、人生に無限の選択肢が存在するなんて嘘。自分ひとりでは見えない選択肢は確かに存在する。 視線が交わった。怯えた瞳は逸らされて。己の生命を削り続ける少女の周りに、何かが蠢く。 「……ねえ、教えて」 手って、どうやって伸ばせばいいの。震えた声と共に、齎される痛まぬ傷。大量の血液がばら撒かれる只中で。 綺沙羅は『何か』を求め続ける少女の心を感じた。彼女はそれを知っていた。 求めるものは違っても。知りたいと望むのは同じで。けれど決定的に違うのは、その心の強さなのだろう。 綺沙羅は、迷わない。揺らがない。だからこそ、彼女は少女に答えを与えない。 「選べばいいだけだよ。……キサが教えられるのは此処まで」 其処から先は、自分で得るものだ。そう告げる彼女に、身動きの取れぬ女が眉を寄せる。 厄介な事だと呟いた。少女は動かない。力を止める事もせず、如何すれば良いの、と声を漏らすだけ。 「そうやって悩むのは人間だからだろ。迷うのも人間だからだ」 傷を押さえて木蓮は言う。もっと単純に思えばいい。望めばいい。大丈夫だから。 「否定する奴が居ても俺様は何度だって肯定するぞ」 その間も止まらぬ死体が、破界器を護るりりすの意識を遂に飛ばす。庇い続けていたイスカリオテも続け様に。けれど2人共躊躇い無く、運命を差し出した。 ふらつく身体を無理矢理支えて、りりすは顔を上げた。瞳を伏せてねえ、と囁く。 ――僕ら「家族」になってみない? 頭に直接流れ込む声に、瞳が瞬いた。愛も家族も、自分は良く知らないけれど。知らない同士上手く行くのでは無いか。 傷は深い。けれどそんなの如何でも良かった。少女が命を賭けるなら、自分もそうする。だって、家族とは対等なものだ。 だから惜しむものなんて無い。両手を広げて見せた。その姿を見つめて。 かぞく、と。声が漏れた。その形は知らないけれど。今からでも知る事が出来るのか。 「アンタを死なせたくないって人がいるッス」 彼だけが知って居る。彼女は泣いていた。血は温かい。けれど求めても虚しくて。本当に欲しいものが何なのか、彼女は未だ知らない。 そんな少女に教えたいと、与えたいと望む人が居た。だから。リルがする事はひとつ。 「リルは、覚悟を支えるだけッスよ」 仲間の、そして少女の覚悟に応える為なら、その運命さえ投げ出しても構わなかった。 死なせない。殺させない。否。強いて言うなら、『道具』としての彼女を殺すのだ。 瞳が、躊躇っていた。力は未だ止まっていない。戦闘は、終わりを見せなかった。 「……嗚呼もう、面倒ね!」 二度目の偶然。自由を取り戻した女が苛立ちを顕に漏らす。深く息を吸う気配。 その予兆を感知したのはイスカリオテ。素早く、その身を綺沙羅の前に出す。 読み取ろうとした。その狂気を。技を。けれど届かない。女が笑った気がした。 響き渡る絶叫。耳を劈くそれが動きを止める。精神を削る。 「欲しいだけじゃ手に入らないのよ、こういうのって」 続け様。もう一歩進んで、放たれたのは大地を焼き尽くす神の矢がイスカリオテを地に沈める。 苛々する。片付かない戦場も、揺れる少女にも。余裕を失いつつある彼女を庇う位置に動く死体へ、続いて放たれたのは煌く光弾。 「無粋な真似をしてくれるな」 格上の相手との腕試し。龍治とて思うところが無い訳ではない。だから邪魔が入るのは気に食わない。 冷静な瞳が女を見る。恐らく彼女と肩を並べて戦う未来は存在しない。だからこそ。その手腕全てを記憶する。 戦いは続く。もう幾度目かの血の雨が降り注いだ。 ● 「慧斗、その力を抑えて。貴女を死なせたく無いの」 戦いの趨勢に関わらず、声をかけるティアリアの望みは始めから変わらない。 誰かが必要なら傍に居る。知りたいのなら幾らでも教える。生きる意味が必要なら、自分が作ってみせるから。だから。 切に訴える声。ふらつき始めた少女の瞳が震えた。嫌だった。怖かった。 死ぬことも。新しいものに、手を伸ばすことも。 けれど。決断は待ってくれない。選ばなくてはいけない。自分に良く似たリベリスタが示した様に。 躊躇いは一瞬だった。駆け出した少女をアルバートは遮らない。主は護るべきものだがそれ以上に、主の願いを叶えるのが、執事の役目なのだから。 「――私めはお嬢様の望む侭に」 囁く様な声。其処に微かに込められたのは、祈りにも似た忠義だった。 飛び込んできた身体はやはり温かい。けれど、余りに細かった。 もう離さない、と折れてしまいそうな体を抱き締めた。暖かいでしょう、囁けば、頷きと共に微かにすすり泣く声がした。背に回った小さな手。貴女も暖かい、囁く声が微かに震えた。 「分かるでしょう、貴女が『人間』だからよ。……道具ではない、1人の『人間』だから」 こんなにも、暖かい。何度も何度も、頷いた。愛も恋も良く分からないけど、暖かいものが欲しくて。 でも叶うなら。その暖かいものはこれが、自分を抱き締める、この優しい温度が、良かった。 「ねえ、手を離さないで居てくれる? ケイを、あいしてくれる?」 嗚咽に混じって言葉になり切らない。本当に家族と呼んでくれるのか。傍に居てくれるのか。当たり前を知らない少女は泣く。 答えの代わりに、きつく抱き締めた。血液が、死者が力を失う。体内の奥深くにあると思しきそれが動きを止めた事に、リルもそっと、息を吐く。 少女は救えた。後は、全てを終らせるだけ。仲間が一様に女を見る中で。綺沙羅は1人、庇い手をすり抜け前に出ていた。 「あげる」 一輪。女へ差し出した花は、盾では無く剣。盲目を切り裂く為の。 愛なんて知らない。だけど、箱舟の連中を見ていて思う時があった。身の危険を厭わず何かを護ろうとする姿。微笑み合う姿。これが愛すると言う事ではないのか。 「ねえ、愛を得る為に必要なのは本当にそれ?」 投げかけられた声を遮るように引金が引かれた。癒し切れて居ない呪詛が体を蝕む。血を吐いた。遠のく意識は運命を対価に引き戻す。 倒れない。それが綺沙羅の『選択』。この姿は、答えに足るだろうか。新しい選択肢を映せるだろうか。 膝を支えて、真っ直ぐに見上げた。自分は変わらない。他者を必要だと思った事は無い。今もそれは同じ。けれど、人と関わる事で得た選択肢も、確かに存在した。 例えばそう、こうやって自分に良く似た相手に、選択肢を贈る事を決めた様に。 「……これ以外、知らないのよ」 受け取った花が揺れた。愛おしいもの。これ以外を選ぶには、もう自分は大人になりすぎたのだろうか。 否。それもきっと諦めているだけで。本当は、温かな腕の中で泣きじゃくる姿が羨ましくて。 けれど、それでも。 「わたしは、わたしが愛したものと愛し合いたいの」 目は開けない。盲目の偏愛。視線を交わした綺沙羅へ、微かに笑って。 血塗れ。もう上がらない肩を無理矢理上げた。 「勝負をしましょう、八咫烏」 簡単な撃ち合いよ。流れ落ちていく血も気に留めず、女は笑う。 途方も無い年月を重ね、それでもその機能美を損なわぬそれを龍治もまた、構える。 対等な相手が欲しいのだとりりすは思う。女が望むのはきっとそれだけ。 それが自分には荷が重いのも知っているから。鮫は静かに行く末を見守る。 撃つのは一発。狙うは互いの心臓。一度きり、チップは己の命。 合図は要らなかった。沈黙は一瞬。重なって響いた銃声は、ふたつ。 「……満足出来たか、結崎」 「ええそうね、――悪くないわ」 鈍い音を立てて、ショットガンが落ちる。貫かれた肩を押さえる事もせず、龍治は女を見遣る。 白いフリルは見る影も無く紅。鈍く咳き込んで、女は崩れ落ちる。 後少しだけ早く出会えていたなら、自分も変わる道を選ぼうと思えたのだろうか。 そんな事を思って、少しだけ笑った。後悔は無い。これも、示された選択肢から選んだ結末。 ああ、でも。 「あなたみたいな人が、良かったなぁ」 それ以上は言わない。意識が途切れる。緩く目を伏せた女から目を逸らさずに、龍治は静かに首を振る。 妄念さえ無ければ共に肩を並べて戦場に立つ未来も存在したのか。それはもう分からないけれど。 「……残念だ、本当に」 無表情。其処に込められた感情は、見えなかった。 戦場に静けさが戻る。血のにおいは消えなくて、けれどそれを誰より愛していた少女の手は、既に違うものを掴んでいる。 恐る恐る。けれど確りと繋がれた手。 1人は手を伸ばして。1人は己の愛を貫いた。そんな愛の始まりと終わりが、其処には在った。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|