● 目の前の鏡面で醜い顔が嗤っている。指先で辿る、嗚呼、何て醜いのだろう。この顔も、この身体も、全て醜くて、とても愛おしい。死にたい訳ではない、殺されたい。殺されたくて、殺されたくて、醜く惨めにこの身体を抉って欲しい。その姿をこの鏡越しで見れたらどれほど幸せなのだろうか。 背筋に駆け上がるのは快楽。変質嗜好の偏執思考。偏愛。自身を構成する要素はたった二つだけ。 一つ、鏡に映った者が堪らない位に愛おしい。 二つ、誰かに殺されたい。但し、自分で傷つく事は嫌い。 其れだけだった、殺してほしい、この醜い体を愛するように、愛して合して哀してくれればそれでいい。 鏡に囲まれた場で少年が笑みを湛える。目の前に自分の顔が映る、嗚呼、嗚呼、もうすぐ殺してくれるんでしょう。 ぞわりと背筋を駆け巡るのは快楽。偏愛、変哀。オートアサシノフィリアでエストペクトロフィリア。唯の自己愛だなんて言わせない。何だって愛おしい。血でも、コップでも椅子でも、何かの欠片でさえも鏡に映る物全てが愛おしい。其れでも一番に映したいのは自分の死に顔。殺して、殺してほしい。ぞわりと背筋を駆け巡る。 ――嗚呼、醜くて惨めで可愛そうな自分の死に顔はどんなものなのだろう。 ● 「偏執的な性愛。個人的なものであれば別に構わないんでしょうけれど」 桃色がかった白髪を揺らして『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は呟いた。 「お願いしたい事が三つ。先ずは二つを紹介よ。アーティファクトの奪還回収、其れからフィクサード『自鏡偏愛』飯先・嗣への対応。まあ、なんというか、食中りなのよ。お味としては最悪。季節の限定フレーバーだとか突飛な新作ってお味」 恒例行事の様に出てくる味の冒険。つまりは、気色の悪い変質者であるとでも言いたいのだろうか。相変わらず味覚で表現した後にフォーチュナは手鏡をリベリスタに向ける。 「鏡に映るモノに興奮を覚える。後は自分が殺される姿に――嗚呼、自殺や自傷ではないわ――興奮を覚える。二つの偏愛が嗣にはあるわ」 「変態……」 「ええ、まあ、性嗜好は人それぞれなのだけど、彼には一つ問題があるわ。殺されたいの」 殺されたい。死にたいとは別の言葉。死ぬならば自殺と言う手がある。首を絞めて、咽喉を掻き切って、何だってどんな手だってある。そうではない『殺されたい』のだ。そんな偏愛。気色が悪いと表情を歪めたリベリスタに世恋は苦笑する。 「鏡に映るモノに興奮、と言ったけれど――皆に行ってきてほしいのはミラーハウスなの。廃園になった遊園地の、ね」 彼が大好きな鏡だらけのその場所。彼にとっての聖地だろう、鏡だらけ、どこを見たって自分が映る。此処で殺してもらえたら本望なのだろう。 「殺してほしいという人を『殺す』って遣り難いかもしれないわね。ただ、彼は『殺されたい』。殺してくれない人はいらないわ。殺して、と詰め寄って、他の誰かを呼ばれたら如何すればいい? 邪魔になってしまう、殺してくれないなら」 ――殺すしかない。 フォーチュナは桃色の瞳を歪める。其処に在るのは、寂しげな顔。殺されたいだなんて、自虐的であって被害者。その思考が加害者となっている事を彼は理解していない。唯、殺してほしい、殺されたいけど殺して貰えないなら、殺すしかない。邪魔されたくないんだと嘯くから。 「彼は千里眼を使用してミラーハウスの中を見つめている。識別名は『caleidoscopio』。所有者の血を代償に虚像を作り出すものよ」 caleidoscopioによって嗣は何人にも分身する。本体は一番奥のゴール地点である『証明の間』で只、ぼんやりと座っているだけの様だ。その代償は『血』。流し続けた血の量で嗣自身に戦闘能力はもはや存在していない。鏡の迷路を抜けた先、ほぼ戦闘能力を失った少年からアーティファクトを奪い取れば其れで良い。 ――彼の分身は元気よく、ミラーハウスに存在している。勿論アーティファクトによって生み出されている物なのだ。戦闘能力も存在している。鏡に映った自分の死に顔が見たいと笑うフィクサード。 「アーティファクトは所有者が死んだ途端にその姿を消すわ。個体として危険な物だから、嗣が死ぬ前に――所在が確認できているうちにアーティファクトの回収をお願いしたいの。 ここでラストのお願いしたい事をご紹介よ。その遊園地ってね、肝試しによく利用されるの。今から急いで現場に向かって欲しいわ。皆の到着の後に一般人が肝試しにミラーハウスへと訪れる」 ――出逢ってしまう。殺してほしい変態と。どうなるのか――殺してとせがむ彼を殺す事が出来ない一般人が殺されてしまうという最悪のケースが、リベリスタらの頭に過ぎる。 「一般人を守って。さあ、目を開けて。悪い夢を醒まして頂戴な。歪みきったらもう戻らないのかしら」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月29日(土)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『殺されたい』と願った、露骨な偏執的な情愛。常人には理解できない其れに『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)は表情を歪めた。 「とんでもねぇ変態がいたもんだねぇ」 困った様に視線を動かし、ミラーハウスの迷宮へと足を踏み込む。その隣で首を傾げた『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)はへらりと笑った。 「彼が愛するモノを僕は否定しないけどね」 博愛主義者。愛の形は人其々で嫌悪感で否定なんて出来ない。サングラスで隠した視界の中でへらへらと笑う。まるで鏡の国に迷いこんだ様な幻想に囚われる。真・月龍丸を握りしめ、長い髪を掻きあげた御龍は困った様に笑った。 「まぁ、どうでもいいけど人様に迷惑掛けるんじゃぁないよぉ」 「うん、その通りだね」 へらり、へらり。鏡の国に踏み込んで、周囲を囲む自分に困る。暗い色になった視界の中で、背の高い御龍の背中を見つめて伊藤は楽しげに笑った。嗚呼、なんだろう、とっても楽しくて不思議な場所。 只、目的は『自鏡偏愛』飯先・嗣の願いをかなえることだ、と『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は紡いだ。天元・七星公主を握りしめ、背後に居る『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)の様子を振り返る。 「不思議、ね。死に様なんて大体あっけなくて、惨めで無残で、そうでなくても酷く静かなのに」 如何して其れを望むのかと紡いだ。唯、命を終わらすだけなのに。到底理解できない不思議な想いに羽衣はマジックガントレットで包まれた掌を見つめて呟く。 「誰にも理解されず。誰にも受け入れられぬ偏愛じゃな」 血色の瞳が細められる。その偏愛に目覚めたきっかけは何なのか。自分とよく似た者に触発されたのか。人間と言うのは常に細い綱を辿って歩いているのだ。其処から転がり落ちる事など容易い。 嗚呼、それでも聞かねば解らぬことではあるのだが―― ふと、彼女らの前にまだ年若い少年が現れる。こてん、と首を傾げたその顔は醜く、笑っていた。 サングラスの奥で淡い赤の瞳を細めた『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は常に首から下げている赤い石の輝くアクセス・ファンタズムを通して他の入り口から潜入している仲間の声を聞いていた。 「殺される事を望む、か」 ミラーハウスに自分の姿が重なって映っていく。前も後ろも横も全て何がどうなっているのかすらわからないその場所で『罪ト罰』安羅上・廻斗(BNE003739)は《Crime》を握りしめゆっくりと進んでいた。 殺されたいと望む――嗚呼、それはとても自分と似ていると思う。けれど、決定的に自身と違う部分に気付いていた。決して相容れぬ。隔離している部分がある。 鏡の向こうを見透かす様にじっと前を見つめていたアンジェリカの目の前にふらり、と現れたのは虚像。唯の『ウソ』が現れる。廻斗はサングラスの奥の瞳を細めて逸らす。だが、サングラス越しでもアンジェリカと『虚像』の瞳は合わさってしまった。 ひゅ、と現れるは道化のカード、少女はブラックコードを握りしめ、笑った。 「変態だか何だか知らないけど、ボクにはただの弱虫にしか思えない」 他人に任せて、拒否されれば逆上し命を奪う。嗚呼、そんなの。 「ボク、嫌いだな」 理解できないな、と『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)はバツが悪そうにつぶやく。ガスマスクで口元に浮かんだ感情は読み取れないが、その眸はあからさまに拒絶を示している。 「殺されたいなんて願望は、理解できねぇ」 「ったく、とんでもねぇ趣味だよ……」 隆明の言葉に頷いた『断魔剣』御堂・霧也(BNE003822)は斬馬刀を握りしめる。フォーチュナがブリーフィングルームで言っていた言葉が頭によぎり溜め息をついた。食中り。季節限定で不思議な味をリリースする炭酸飲料が頭によぎる。だが、ソレは解ってて口にしているから、違うとも思えた。 「まあ、突飛だよな……んじゃ、始めるとしようぜ?」 現れた鏡像。サングラスの奥で霧也は瞳を細めて見せる。 救いは何もない。唯、歪みを断ち切る『ソレ』だけなのだ。一気に踏み込んで少年は剣を振るった。 ● 鏡に囲まれた廊下を走る。聞こえる通信。匂いを辿りながらも瑠琵は目の前に現れた虚像から目を逸らす、だが、周囲か鏡に囲まれている。背筋がぞわり、とする。 目が、あった。 何処を見たって鏡越しなのに、瞳が合う。爛々と輝く少年の瞳。 「のう、他者に殺されたいのじゃろ」 虚像の放つ鴉と彼女の鴉がぶつかり合う。サングラス越しに黒い瞳を細めた羽衣は魔力の弾丸を撃ちだして、ゆるやかに微笑んだ。嗚呼、同じ顔がたくさん。お揃いの代わり映えしない顔。 「――お揃いの顔、お人形さんみたいね?」 その身を苛む怒りに瑠琵の体は虚像へと向かっていく。遠く見つめた鏡の向こうに、同じように笑う虚像を見つめて羽衣は唇をかみしめた。 「あんまり羽衣の事、甘く見ちゃ嫌よ?」 打ち出される雷撃が、鏡に反射してきらりと輝く。光を放ち、其の侭全てを飲み干す様に虚像を消し去る。 「ねえ、嗣。羽衣に教えて頂戴」 大好きな鏡越しだから? それとも望んだ殺害だから? 其処に居ない誰かの視線を感じた気がして羽衣は顔をあげる。何故、『殺される』を望むのか。死を望む訳ではない癖に。 「さて、往こう」 瑠琵は銃を構えなおす。唇の端から一筋垂れた血を拭い、瞳を細める。牙が、きらりと光った。 嗚呼、結局叶わぬ願いだというのに。 死に顔など、『死』んだ後など、見れないというのに。其れでも望むなら。 「わらわが、殺してやろう」 その身に快楽をあげよう。悦楽に浸らせよう。我慢できないのなら『死』という快楽を。箍の外れた可愛そうな少年の末路には持ってこいだろう。 じ、っと見通す。生きててもしょうがないと思える少年と瞳があった気がして、アンジェリカはドレスの裾を握りしめる。 嗚呼、なんて、末路なのか。 死の刻印を刻みながら彼女は『視』たものを伝えて仲間達をサポートしていく。 「――ボク、嫌いだ」 命を軽く見る少年。面白い位心が弱いのだろうと思う。自分でも死ねない弱虫なのだろうと。その言葉で、身体を撃ち抜いて。全て、投げ出したくなるくらいになったら殺してやろう。 ――もし、もしも、生きたいと願ってくれるなら。そんなことはないのだろうか、とちらりとペアの死にたがりの顔を見つめた。 魔力が精神を蝕んでいく。黒き力を身に宿しながらも廻斗は赤茶色の瞳を細めた。こうして虚像を殺してる間にも自身が死んでいくその死に様を見て、ぞわりと体を震わせていると思うと虫唾が走る。 殺してやりたいとは思わない。その望みを叶えて、死にたいとは自分でも思う。けれど、其れでも――殺されるのを見るという事が願いなので有れば、殺してやる訳にはいかないだろう。 「廻斗さん、次、左だよ」 「了承した」 彼は《Punishment》を振るう。その意味は罰。《Crime》を振るう。その意味は罪。罪と罰。彼女を失った罪を振るい、自身を戒める罰を振るう。 殺されたがりと死にたがり。どちらも同じよう手違う。唯、思う。 似ているからこそ、虫唾が走るのではないか、と。 全てを斬ろう。斬って、斬って刀身の赤い斬馬刀で命を奪うが如く。 踏み込んで、剣を振るう。足を止めやしない。通信から聞こえるアンジェリカのアシストに応えながらも彼らは走る。 「足を、止めてんじゃねーよッ!」 自身に言い聞かせる。サングラス越しでも瞳が克ち合う時もあった。繰り出される黒き瘴気に蝕まれながらも少年は唇をかみしめた。 「目の前に、クソ野郎が居んなら、ぶった切って道を切り拓けってな!」 霧也と隆明は走る。無視した虚像が隆明の背を狙ってその刃を振り下ろす。一閃する其れに背中から流れる血もお構いなしに踏み込んで、狭い通路で地面を踏みしめる。 「邪魔くさいんだよッ! 退きやがれ!」 歪な形のGANGSTER。青年は振るいながら黒い瞳を細める。嗚呼、無性に腹が立つ。全てに対して。虚像の下衆い笑みがその目から離れない。放たれる凶悪な魔力に体が蝕まれる。 「俺の剣は、逃しはしねーよ!」 振るう、唇をかみしめた霧也の剣が彼らの進路を邪魔する者を全て切り裂いていく。全てを薙ぎ払う。 其れが彼――御堂・霧也と言う少年なのだろう。 キラキラと輝いている。不思議な空間だ。自分の存在すらも朧気に感じてしまう。廃墟は好きだ。だが、怖いお化けばかりの空間はいらないが。うち出す精密的な射撃。消えて無くなれと口から飛び出た言葉をそのままに、打ち出して。 目線がかち合う。色違いの瞳が狂気に染まる。楽しげに細められるソレ。 嗚呼、何て楽しいのだろう――? 「我が力をコピーできるかな?」 其れは問いにもならぬ言葉。体内に漲る破壊的な闘気に御龍は身震いする。嗚呼、戦おう。戦いだ、何と楽しいのだろうか。 虚像が刀を振るう。一閃する。 『――伊藤さん、近いよ!』 遠くを見通すアンジェリカの声が伊藤のアクセスファンタズムから響く。消耗し続けていた御龍の体に一度視線を送った伊藤は余りにも人間らしい動作でためらいを見せる。 「此処は我に任せて先に行け」 埃を被った廊下の板を踏みしめる。握りしめた龍をも断ち切る刀が月の光を表す様にゆるく鏡に反射して輝いた。 「すぐ追いつく!」 彼女は戦闘屋だと、笑う。タイムリミットがある、其れならば此処で自分が喰いとめればいい。傷の痛みなど感じなかった。全てを遮断する。唯、叩き潰すその『楽しみ』が胸に湧き上がる。嗚呼、全て望み通りぶっ殺してやろう! 追いかけてくる虚像の動きが良くなっている。アンジェリカの言う通り『近い』のだろう。伊藤は視線を揺れ動かした後、走り出した。 彼の前に阻害する者はいなかった。ただ、鏡に囲まれた廊下を走りぬけて、肩で息をしながら扉を開く。 『証明の間』と書かれた傾げた看板の部屋。扉を開いた先に椅子に腰かけて血を流す少年。その顔は青ざめている。一呼吸置いて、伊藤は彼に近づいた。 「ハロー! I'll kill You」 へらり、伊藤が浮かべたのはまるで親愛なる友人に向けるかのような笑顔。長い桃色の髪が揺れた。 ● 続々と仲間達が集まってくる。背後にそれを感じた伊藤は立ち上がり、少年と距離を取った。 じゃり、と鏡の破片を踏みしめる。ぱきり、ぱきり、調子良い音を立てて割れて行くソレに構うことなく廻斗は椅子に座り俯いている青年へと歩み寄った。 「待たせたな、『殺されたがり』。望み通り、殺しに来たぞ」 その言葉とともに振りおろそうとされる剣。瑠琵は囁く声で、待て、と制止の声をかける。 「のぅ、願いをかなえる代わりにアーティファクトを寄越すのじゃ」 静かな声であった、只、囁くような声。少女の身でありながら、長き時を過ごしてきた彼女だからこそその声を発する事が出来たのだろう。力強くも、静かな声。 「異論はあるまい。自力で外せぬなら、わらわが外す」 瑠琵は近づく。手にした天元・七星公主を終いゆっくりと。喰い込む鎖のブレスレットに指先を差し込む。彼女の白い指先が、嗣の赤い血で汚れて行く。爪先にも侵食する様に紅が差し込まれる。 「なあ、殺されたいか――?」 その問いに嗣は頷く。其れは『caleidoscopio』というアーティファクトの影響ではない事が瑠琵には解った。其れが『彼』――『自鏡偏愛』飯先・嗣という少年だという事が、嫌というほどに解る。 「死にたい奴を殺すのは癪だが、安心しろ。我が主を殺してやるさ」 御龍の瞳は褪め切っていた。色違いの瞳は、凄惨な事件を思い出すたびに、罪を浮かべる。巫女でありながら人を殺す罪深さ。嗚呼、そんな事、彼女が一番知っているのに―― 「死にたいじゃなくて、殺されたい、か」 じっと嗣をアンジェリカは見つめた。赤い唇が、ゆっくりと紡ぐ。 「――何か、よほど罪の意識でもあるのかな? 鏡像が好きなのはリアルを愛せないから?」 気付いていないだけ、其処に何らかの意識があるんじゃないか。その言葉に嗣はぼんやりとした瞳をアンジェリカに向けた。まるで慈しむ様な、優しい笑み。 「死にたいのは罪? 愛する事は、罪?」 ゆっくりと、愛を求める少女に対して紡がれる言葉。床を汚す赤黒い生臭い液体。自分で死ねないのは『自分で死にたい』と思わないから。唯、殺されたいだけ。異常な性癖、歪みきった偏愛、偏執思考で嗜好。 『ソレ』が異常で常人に理解出来ない事は解っている。飯先・嗣は半ば絶望しきった目でアンジェリカを見つめた。 「やっぱり――『理解してくれない』んだね」 鏡に囲まれたその部屋で、瑠琵は少年の手を引いた。唯、もう血を失い過ぎて立てない彼の体は鏡の前に立つことなんてできないけれど。目の前の鏡をじっと見つめる少年のこめかみへと銃を当てる。 囁くように、甘く、何かに誘う様に瑠琵は笑って、銃の引き金を引く。 ――かちり。 その中には銃弾は入っていない。唯の空。嗣の体にぞわりと快楽が訪れる。嗚呼、嗚呼、殺してくれれば良いのに。倒錯的な愛情が胸を占める。嗚呼――なんて甘美なのだろう。 「如何じゃ? 気をやりそうかぇ?」 嗚呼、鏡越しの自分を見て『幸せ』になれるなんて―― 「ねえ、鏡越しの世界って、綺麗? 羽衣には解らないけど」 きっとみている世界が違うんだ、と深い闇色の瞳を細める。解らないからこそ『可笑しい』。唯、其れだけはわかる。望むなら、一番幸せなのだという事は考えなくても解った。 望むなら何度だって何度だって、その手で。唯、幸せにできるんでしょう、と綺麗な言葉を吐き出した。泡のように、曖昧で直ぐに消えていく幸福論。 「綺麗なままが良いなら羽衣が手首も繋いであげる」 失った手首を茫然と見つめて、嗣が顔をあげた所に伊藤はそっと手鏡を手渡した。小さな、未だ真新しい其れ。 「君の愛を忘れない。安心して、君は僕の中で永遠に死に続ける」 ゆるりと彼は顔をあげる。嬉々として輝く瞳、永遠に死に続ける。永遠に殺し続ける。其れが歪みきった性癖であるなれば。其れほどの幸運はない。 「楽しいのが一回きりなんてつまんないでしょ?」 くすり、と伊藤は笑う。それに廻斗は唇をかみしめた。自分は『死にたがり』なのだ。殺される事を望む事は自分も、相手も一緒。けれどその意味が違う、失った人の為に死を望む廻斗と悦楽の為に死を望む嗣。その違いは大きい。 満足なんてさせてやりたくなかった。その目を抉って見せない様にもしたかった。踏みとどまる。狂って嘆いて、その身を満たせないまま死ねばいい。其れがお似合いだというのに。 彼の優しき仲間は只、優しい侭に呟くのだ。 「ねえ、嗣。鏡越しでもいいから、羽衣の目を見て頂戴」 嗣、嗣、と彼女は呼び続ける。まるで恋する様に、優しく、優しく、想いを湛えて。薄氷のドレスが揺れる。姿を隠す天女は只、そのかんばせに浮かべた。情愛。 透き通った黒い瞳に醜い笑顔を浮かべる顔が映っている。嗚呼、綺麗な鏡だ。沢山の人間の瞳の中で反射されている。ぞわり、と背筋に『幸福』が走った。胸を押さえる、揺れる思いを湛えながら。 「ねえ、羽衣の心に遺してよ。わたしが、あなたを」 幸せにした証を。その顔に浮かべて、この瞳の中に閉じ込めて。拳を固める、その前に、そっと霧也が手を差し伸べた。 気分が悪かった、こんな変態的な趣味も、こんな偏執的な想いも、其れで『幸せ』にするという事も。此処で伊藤や羽衣が殺せば『幸せ』なままで逝けるのだろう。未だ、夢をみる少年の瞳が揺らぐ。 「俺が、殺る」 気分が悪い、だからこそ、他の奴には譲りたくなかった。背負いあげた斬馬刀を握りしめる。唇を噛む。 「じゃあな、ダチ」 余興は終わりだ、幕を閉じて遣ろう。 くてん、と少年の首が落ちる。 「――全く、反吐が出る」 一部始終を見守っていた廻斗は吐き出した。『死にたがり』と『殺したがり』。嘆いて狂って幸せなんて感じさせないままの終りで絶望に溺れさせたかった。嗚呼、けれど、其れも無理なのであれば。 床の破片に映った自分の顔が、あからさまに殺意を湛える。 折れそうな程に力を込めた奥歯。《Crime》を下ろす。 紡ぐ、まるで謳う様に。少年の死に様をその黒い瞳に刻み込んで、彼は笑った。 「さよなら、ハロー」 機械化した無機質な指先で拳銃を作る。自分のこめかみに当てたゲオルクの人差し指。幼い子供の様に笑って引き金を引いた。 「ばぁん」 羽衣の唇から零れたのはごっこ遊びの様な銃声。 伊藤の頭を撃ち抜くのは、彼らの言葉の弾丸。 鏡の国の中だけで威力を放つ『ニセモノ』。けたけたと彼は笑う。 「今日から君は僕の心の中で死に続けます。これからも宜しく」 もう一度うち抜こう、紡ぐのは只一言だけ。 さあ、どうか、お幸せに。 ばぁん。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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