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<六道>術士の有情


「アーティファクトの回収をお願いします」
 告げられた言葉は唐突でありながらも、しかし簡素なもの。
『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)は解説を始めると同時に、背後のモニターへ未来映像を映し出した。
 それに現れたのは……初老の男性と妙齢の女性、一人ずつ。
「六道のフィクサード二名です。彼らは現在、あるアーティファクトを奪取し、自身らの拠点へ帰還しようとしています。
 彼らは基本的に人通りの多い場所を帰還ルートに選んでいるため、戦闘を仕掛けるチャンスはそれほど多く得られません。この一度で仕留めてください」
 語る和泉の目は、真剣だ。
 平時、穏やかな彼女が、こうしてハッキリと解る形でプレッシャーを与えることは少ない。それこそが本依頼の重要性を物語っている。
「……アーティファクトの名称は、ニーチェの『擬』眼と言います。
 これは『深淵ヲ覗ク』革醒者が所持することにより、その能力にブーストをかける能力を保有しています。勿論限界はありますし、高位の神秘となるほど解析に時間を要する部分は、元のスキルとは変わりませんが」
「フィクサードの対処は?」
「あくまでも奪取が目的である以上、必要はありませんが……難しいです。
 アーティファクトの外見は精巧な義眼そのものであり、サイズ的に隠すことは容易。尚かつ、彼ら二人は何れも対探知能力に長けておりますから」
 探すなら、相当上手く立ち回らない限り難しい。
 かと言って、ならば倒した方が早いかと言えるほど、リベリスタは暗愚ではない。
 襲撃される可能 性を見越して、されど唯二人で行動している彼らが何らかの手を隠していること等、リベリスタには直ぐに解っていた。
「……表情から見てお解りのようですが、当然、彼らも襲撃用の戦力を有しています。
 『荒御霊の碑』――敵味方の区別無く、唯ひたすら周囲に破壊を振りまくE・フォース。それを生み出し続けるアーティファクトを」
「……無限か?」
「貯蔵された魔力の分まで、ですが……その量がどれほどか解らないので、放置は危険でしょうね。
 幸い、此方は持ち運びに不向きな設置型アーティファクトなので、破壊は兎も角、目星を付けることは容易でしょう」
「……」
「そして、最後に一つ」
 その言葉と同時、
 和泉の表情。その厳しさに、緊張――或いは焦りめいたものが、加えられた。
「彼ら……六道のフィクサード二人には、同組織の協力者が存在します。
 この協力者たちは基本的に二人を援護する動きを見せ、一定時間後には増援として皆さんの前に現れるでしょう」
「……おい」
「いえ、勿論対処の方は別班に連絡してあります。
 只……それまでの間、最悪敵に大規模な増援が送られてくることは、考慮しておいてください」
「……」
 予想以上に、厄介ごとが多い依頼である。
 回収に手間取るアーティファクト、無限に湧く障害、尚かつ時間制限の可能性もありとなれば、立てる作戦は綿密に練らねばならない。
 リベリスタ達は表情を引き締め、ブリーフィングルームを退出していった。


 六道第三召喚研究所、と言う部署がある。
 現在に於いて『或る目的』の為に活発化し始めた彼ら所員達の中で、一つ、異端として動く者達が居た。
「……セリエバの解析、ですか?」
 怜悧さを思わせる口調で応えた女性は、眼前の冴えない研究員に咎めるような視線を送る。
「うん。丁度良いアーティファクトの目星がついてね。良かったら回収を手伝って欲しいんだけど」
「理由が有りません」
 おどおどと話しかける男性に対し、女性の側はにべもない。
「私たちの目的はあくまで『特定のアザーバイドの召喚』自体であり、召喚されるアザーバイドが何か、などと言う情報は無駄に過ぎません。
 其方に興味が移ったのでしたら、どうぞお一人で研究して――」
「――報復阻止のため、って言っても?」
 ぴたりと、両者の言葉が止む。
 暫しの沈黙の後、再度口を開いたのは、男性の側。
「怖くない? 剣林の中で一派閥として名を轟かせている十文字家。
 今現在、僕たちは彼らと契約している形だけど、その実が、単なる利用だったと知ったとき、彼らはどういう行動に出るか、想像すると、さ」
「……」
 睨む女性に対して、男性は未だに気弱な笑顔の侭だ。
 が、女性はそれに対して憎まれ口の一つも叩くことが出来なかった。

 第三召喚研究所の本計画――『望んだ世界のアザーバイド召喚は可能か』と言う命題には、二つの組織が協力している。
 一つは狂人の集合体、黄泉ヶ辻。此方はあくまで個々の目的で動いている者達が多いため、明確な対処法を取ることは出来ない。
 が、もう一つの協力者、剣林――正確に言えば、その派閥の一つ、十文字一派――に対しては、先の黄泉ヶ辻との対応は全く異なる。

 ――セリエバの召喚に手を貸せ。さすれば、御身を解析し、彼の毒に浸された娘を目覚めさせてやる――

 此度、召喚しようとしているアザーバイド、『セリエバ』。
 その毒に侵され、今も尚眠り続けている女性の名を、十文字菫という。
 六道は、それに心痛める親族に対して、先のような取引を持ちかけたのだ。

「……けれど、うちの所長にその気はない」
 粗方を語ったところで。
 そう、言葉を継いだのは、男の側。
「召喚技術が確立されれば、それで良いと思ってる。
 黄泉ヶ辻も、剣林も、それまでは利用して、目的が達成された後はポイ、だ。
 まあ、黄泉ヶ辻は刹那的な感情で動く分、仕返しは来ないかも知れないけど、彼ら『家族』はそうはいかない」
「……だから、せめて餌くらいはくれてやろうと?」
 有益な情報一つでもくれてやるつもりか、と言外に語る女性に対し、
「ううん、取引を守ろうと思う」
 男性の笑顔は、苛立つほどに朗らかだった。
「……正気ですか?」
 胡乱げな目を向ける女性。
 実際、男が語る解析系アーティファクトを利用すれば、或いはセリエバの毒、その解毒方法も見つかるかも知れない。
 だが――
「僕はね。それこそその辺りの尻ぬぐいは一人でやるよ。
 けど、回収だけは手伝って欲しい。束廼君にも協力をお願いしてあるから、それほどキツい任務には成らないと思うよ」
「そう言う意味ではありません」
 女性は再度、彼を睨んだ。
 自分がこの話に逆らえないのは知っている。
 あの『不運な男』の実力も知っている。其処に異論はない。
 問題は、何故関わる必要も無い他組織に対して、其処まで親身に付き合うのか、なのだと。
「……笑われるかも、知れないけどさ」
 それに対して、男は語る。
「剣林の資料を見てね。十文字家の覚悟を知ったんだ。
 たった一人の女の子のために、親族の『達磨』さんだけじゃない。大勢の仲間が、自分のプライドを傷つけて、お金を稼いだり、僕らのような『唾棄すべき対抗組織』に力を貸してるのを見たら、こう……ね」
 照れを交えた、苦笑い。
 冷め切った視線の女性は、憎々しげに言う。
「……下らない」
「だと、思うよ。
 それでもね。それでも――最後くらい」
『六道』。
 魂を奪われた、探求の徒。
 其の者達が行う、死と破壊の山を築く、狂気の実験。
 行えば、最早戻れまいそれを以て、
 自らもまた、真に狂人となる、その前に。

「見てみたいんだ。誰かの、喜ぶ顔、っていうのを」

『救いの狂気』。
 その欠片を、男は残そうとしていた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田辺正彦  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年10月17日(水)00:04
STの田辺です。
以下、シナリオ詳細。

目的:
アーティファクト『ニーチェの『擬』眼』の回収

場所:
都市部を覗く郊外。その道路上です。
周囲には街灯がぽつぽつと並び、民家が少し遠くに見える以外は何も無し。開けた場所で、戦いやすいです。
時間帯は夜明け前。空が白むには未だ時間が掛かるくらいです。

敵:
『蜂竪・乎一(はちたて・かひと)』
六道のフィクサードです。外見年齢四十代過ぎ。ひょろりとした痩身です。
種族はメタルフレーム、ジョブはマグメイガスです。
傾向としては『前衛型魔術師』。Rank2スキル全般と高速詠唱、そしてこっそり他職のRank1スキルもちらほら。

『弓削・瑞霞(ゆそぎ・みずか)』
六道のフィクサードです。外見年齢二十代半ば。整った体型。
種族はジーニアス、ジョブは不明。
傾向は『耐久型支援特化』。HP、WP、防御に加え、BSに関してもある程度対応しつつ、各ジョブからの支援をひたすら『蜂竪・乎一』に付与し続けます。

その他:
『ニーチェの『擬』眼』
アーティファクトです。見た目は精巧なガラス製の義眼。耐久性高し。
『深淵ヲ覗ク』を活性化し、毎ターンごとのメンタル値判定に成功した者が使用可能(失敗したらEPロスト+使用不可)。
E属性を持つ者に対して高度な解析を行うことが出来ます。

『荒御霊の碑』
アーティファクトです。およそ1mサイズの直立する石。耐久性は当然高いです。
貯蔵された魔力の分だけ、一定ターン毎にフェーズ1のE・フォースを生み出す能力を持ちます。
生み出されるエリューションは火力、命中に特化したタイプであり、なおかつ行動は常に遠近自在の単体攻撃、対象はランダムに決定されるため、有利、不利になるかは正しく運次第となります。

『連動依頼について』
本依頼は茶零四STの依頼『<六道>撃手の視線』と連動しております。
彼方の依頼に於けるフィクサード側の戦場突破数・優位状態次第では、本依頼の成否に影響が及ぼされる可能性があります。



それでは、参加をお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
インヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
覇界闘士
付喪 モノマ(BNE001658)
デュランダル
ノエル・ファイニング(BNE003301)
プロアデプト
御厨 麻奈(BNE003642)
ダークナイト
一ノ瀬 あきら(BNE003715)


 ――それをどう例えようか。
 力と力のぶつかり合いと言うには、交わされた想いは余りにも多すぎて。
 けれど、意地の張り合いと呼ぶには、流れた血肉は酷いくらいのリアルだ。
 しかし幾多の傷を負いながら、爛々と光る瞳は、得物を携える手は、その気配が強まるごとに尚力を増していく。
「……乎一……っ!!」
 満身を朱に染める『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は、泣きそうな感情をコトバに込めた。
「――――――」
 視線の先に映る白衣の男。六道第三召喚研究所のフィクサードは、それに対して何も応えない。
 唯、唯。今一度の呪言を紡ぎ、黒鎖を象る葬送の謳を展開する、それだけ。
 それが、自らの命を、心を、削り費やし失わせるものだとしても。
「向こうの余力は高くありませんが、此方も……」
「うん。当たり所が悪ければ、何人かが一気に倒れる」
 すんでの所で呼吸を続けられている『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の言葉に、四条・理央(BNE00319)が是と首肯を返す。
 戦況は正しく佳境である。彼方も此方もタイトロープの線上を踏み外さぬ事に死力を尽くし、故に此処まで持ちこたえて居られる。
「ああ――ああ、畜生!」
 追い込まれた自らの弱音を、或いは敗戦の予期を振り払うかのように、声高に叫んだのは『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)である。
「倒れてられるかよ、まだおねーさんとの約束も取り付けてないってのに!」
 付与一つもない一刀一剣は、それでも自身と敵の血の曇りを帯びる度に輝きを増すようで。
 リベリスタとフィクサード。ヒトコトと無言の交錯を切欠とするならば、後に待つのは言うに及ばす、死線と死線の重ね合い。
「驕るな、蜂竪乎一――」
 幾らかの気力を振り絞り、魔術書を基点とした術式を構築する『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、叫ぶ。
「――キミの偽善も、ボク達と同じ善でしかない!」
 感情の発露、意志の奔流、整えもせずに叩きつけたその想いは、だからこそ純粋な刃として彼を貫く。
 起点は、故に其の言葉こそが全てであった。
 黒鎖が、氷針が、清風が、豪剣が、浄光が、劈槍が、
 一重に、交わる。


 時間帯は深夜、場所は都市部を前にする長い道路の車線上。
 立ちはだかるリベリスタに対して、待ちかまえていた『それ』は、予想より幾分あっさりと車を止め、彼らの方へ顔を出した。
「リベリスタ、新城拓真。六道のフィクサード、蜂竪と弓削に相違ないな」
「うん。そう言う君たちは……まあ、アークだよねえ」
 『舞姫が可愛すぎて生きるのが辛い』新城・拓真(BNE000644)の言葉に対して、飄々とした口調で応えるのは一人の男性――フィクサード、蜂竪乎一。
 長旅だったのだろうか、着ている白衣は少しよれており、顔色も何処か精彩を無くしてはいるものの、少なくとも体裁は整っている。
 車を駐めて降りる彼と――もう一人、弓削瑞霞と名乗る女性フィクサードもまた、その傍に寄り添って歩く。
 自身がフィクサードであり、相手がリベリスタである以上、常に『其の可能性』に備えるのは当然のことであり、
「……っ」
 故、『他力本願』御厨 麻奈(BNE003642)を主とする、探査、解析の異能を持つ者達の視線に、二人は常に注意を払っている。
(……迂闊な事は出来へんな)
 彼らが活性化している能力はリーディングではない。
 要は『使えば必ず気づかれる』類の非戦スキルではない以上、気取られるか否かのラインは受け手の警戒と、攻め手の針の穴を通すが如き隙の突き方の勝負である。
「……こんばんは、アークから派遣された者です」
 その好機を作るため、作為に過ぎぬ程度の笑顔を以て近づいたのは理央。
 一方は気さくな笑顔で、もう一方は胡乱な瞳で彼女を見据え、それぞれ挨拶代わりの軽い首肯を返す。
「用件は解っているとは思います。ボク達の目的は、あなた方の解析用アーティファクト、『ニーチェの『擬』眼』。
 叶うことなら、其れをお譲りいただけませんか。当然、タダでとは言いません。そのアーティファクトを利用して為そうとしたことを、ボク達が代わりに成し遂げます」
「但し、解析する対象は『幹』ではなく『枝』になって、だよね?」
「……はい」
「その狭まった情報で、救いの糸口が掴める可能性はどれくらい?」
「……逆に聞きたいのですが」
 返答に窮した理央の代わりに、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)がゆっくりと口を開く。
「あなたは……セリエバがどんなモノか、御存じですか」
「……ちょっと、話が見えないかな」
「フェイトを喰らい、少なくとも異世界一つ滅ぼしているような化け物……そんなモノを召喚して解析等していられるのですか?
 そもそも、本体の召喚が毒に侵された十文字菫の身体に影響を及ぼす可能性は? それら全てを考慮に含んだ上で、貴方はそれを行動に移すのですか?」
「んー……まず後者に対しては剣林の『達磨』さんが決めたことだから、僕がどうこう言うのは筋違いとは思うけど」
 苦笑を浮かべて。
 それでも、「推測を交えた話で良いなら」と、乎一は言葉を続ける。
「僕としては、今回の件は良い機会だと思ってるよ。
 アザーバイドの毒なんて神秘以外の治療じゃ対処も出来なさそうなシロモノ、容態を維持するだけでも莫大な金額が必要になる」
「要は経済面の話、と?」
「惜しい。それは要因だ。原因じゃない。……彼らが今回の件で動いたのは『機会の喪失』が原因だと思ってる。
 改めて言うと、単なる推論だけど――回復の機会はそれこそ幾らかはあったと思うよ。三ツ池公園の『穴』依頼、この国は神秘の属性を特に色濃くしているからね。或いは、あのアザーバイドの毒に効果を発揮するアーティファクトが生まれたこともあったかも知れない。ただ、まあ……」
 其処で言葉を切り、乎一は悠月に向ける視線を僅かに細めた。
 何が『機会の喪失』を生んだのか。瞳は雄弁に語っている。
「……苦慮の決断だったと思うよ。元より菫さんのための資金集めのためにプライドを捨て続けた彼らでも、『六道』や『黄泉ヶ辻』なんかと手を取るなんて、発狂しても可笑しくはないくらいだ。
 それでも、一文字家は永遠じゃない。実力があると言っても所詮一派閥だ。そのパワーバランスが何時崩れるか解らない以上、蜘蛛の糸ほどの機会が有れば、それに縋るのは自然なことだ」
「……前者の質問については?」
「言うまでもないでしょ。新興組織にしてバロックナイツが来ても逃げなかった君たちなら。
 リスクが有れば手を出さない? ともすれば無駄と思えるような救いはやらない主義? 生憎、僕はこのなりでも、それほど大人になれちゃいない」
 自慢できるほどの事でも無かろうに、それを堂々と語るフィクサード。
「……で、もう良いかな。早いところ研究所に戻りたいんだけど」
「ええ、話は解りました」
 ふ、と。
 普段には無いほどに柔和な笑顔を見せた悠月は――同時、氷のような言葉を周囲に響かせる。

「『荒御霊』は車両の後部座席、『『擬』眼』は彼が所有しています。行動を」

 ああ、やっぱりと苦笑を漏らした乎一と、ため息を吐いた瑞霞。
 直後に動いた『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)と一ノ瀬 あきら(BNE003715)の、身体を張った拘束に対して、彼は一歩を退く事で伸ばされた腕から逃げ延びる。
「いやあ、良く見抜いたねえ。これでも頑張って対策張ったつもりだったんだけど」
「此方には通信網が有りましたので」
 行動の開始と共に即座の陣形を組んだリベリスタに対して、フィクサードの二人は車両から距離を取る形でリベリスタ達と対峙する。
 空気が一瞬でその質を変えた状況下、其処は終ぞ戦場となった。


「チーッス、アークが介入だ! 大人しくして欲しいけど駄目かー!!?」
「ごめんちょっと無理!」
 声と共に魔力の循環を効率化させた俊介に対して、乎一は自身の周囲に『陣』を張ることで自身の回路自体を強化する。
 それぞれが自身や仲間の強化、或いはモノマ達のように即座の攻勢に移る者達が居る中、それぞれが抱く思いは、また、違う。
「ボクはリベリスタだ。セリエバという脅威を看過出来ない」
 語りながら、自らの周囲に存在するものを逃さぬ陣地を構築しつつある雷音。
 瞳を眇めて、夜の向こうの彼を見る。其処に宿る感情の色は――
「けれど『彼女』が救われる道は在って欲しい」
 ――祈り。
 ばつん、と音が響いたと同時、セカイは見えない膜に覆われた。
 乎一も、瑞霞も、それを確と知覚しながら、けれど其処に気を取られる暇はない。
「はじめまして、おねーさん! 綺麗なおねーさんとか大好きです! 今度一緒にお食事でもどうっすか! 綺麗なチャンネーとザギンでシースーっすよ!」
「黙りなさい種馬」
 竜一と、拓真。
 それぞれが近づいて彼女にメガクラッシュを叩き込めば、数秒の後にその姿は乎一から切り離された。
「うわ。弓削く――」
「余所見する暇は与えへんで!」
 言いかけた彼に対し、文字通り夜の闇を纏ったあきらが、双つのナイフで彼を切り刻む。
 瞬断。前衛型と称されるに相応しいタフネスと敏捷性ながらも、同時に接敵しているモノマのブロックによって移動を閉ざされた乎一は、彼らの応対をするしかない。
「……まぁ、別にてめぇがどうしようが知ったこっちゃねぇ訳だが」
 籠手に巻いた極熱の炎が、一転に収束される。
「てめぇのはあれだろ、てめぇの都合のついでに救おうって腹だろ? ただ寄り道してるだけだ」
「……ダメかな?」
「はっ、別に。否定する気もねぇよ。
 俺は唯、てめぇの本筋が六道としての狂人なら俺の敵だって事を確認してるだけだ」
 ――刹那、業炎。
 フレアにも相応しい熱量が彼の身体を焼かんとするも、乎一の側はその衝撃と当たり所を可能な限り軽減していた。
 炎の残滓が残る気配はない。舌打ちをしたモノマに対して、彼は。
「んー、ちょっと悪いけど、逃げさせて貰うね」
「……あ?」
 パキン、と指を鳴らす音が響く。
 虚空に無数のマトリクスが出でては消える。『それ』が何を意味するかを理解するよりも早く、
「――J・エクスプロージョン」
 0と1のカタマリが爆発を起こす。
 与えられる衝撃に溜まらず吹き飛ばされた二人であるが、それ以上に。
「来るのが遅すぎます」
「……容赦無いなー」
 『自身も巻き込んで』吹き飛ばし、支援役の瑞霞に近づいた彼は、それと共に有効な支援を授けられていく。
「く――――――」
 徐々にその能力を増しつつある彼に対して、一先ずに『荒御霊』の破壊に着手したノエルは気を乱すも。
「ノエルさん!」
「解って、おります……」
 悠月の声が、乱れ掛けた彼女の気を整え直す。
 ――視線の先には三体の異形。その何れもが、『荒御霊の碑』が生み出した四足のエリューション・フォース。
 フィクサードとて、探知を行うリベリスタ達に対して行動を取っていなかったわけがない。
 彼らがリベリスタと会話を始める段階で、既に『荒御霊』は起動を始めさせられていたのだ。
 悠月が発見をした段階で、既に『荒御霊』は二体のエリューションを生み出していた。
 其処からノエルと悠月の攻勢が『荒御霊』諸共にエリューション達を叩くも、ノエルの側はそう広くはない車内に於いて次々と生み出されるエリューションをかき分けながらの行動を強いられる為、肝心の『荒御霊』に与えられるダメージはそう高くないのが難点だった。
(誰かの喜ぶ顔が見たい。およそ六道とは思えぬ行動の動機であり、それ自体は素晴らしい理念でしょう)
 ノエルが視線を定めると同時、捉われたエリューションの側も彼女に対して一本の脚をずるりと伸ばす。
(……ただ、わたくしの為すべき事は変わりません)
 一つ足に肩口を貫かれながら、騎士槍が一瞬の挙動でエリューションを四散させる。
 彼のフィクサードが為すことがセカイに害為すものならば、その全てを滅することが彼女の全て。
「麻奈さん、『『擬』眼』の正確な位置は?」
「ちょい待ち。何やよう解らんけど、妙なブロック掛けられててん!」
 問いながら天使の歌を繰り返し謳い続ける理央に対して、ひたすらエネミースキャンを行使する麻奈は苦み走った顔を隠せない。
 嘗てアークが回収した召喚用アーティファクト……『女神像』からの情報(勿論ブラフだ)と、乎一のアーティファクトを使って交渉出来ぬかとも考えたが、生憎と彼らが欲するアーティファクトは『解析』の属性であって、『召喚』の属性を持つ『女神像』など二束三文でしかない。
 結果、単純に探し、奪うしか行かなくなったわけだが――対探知能力に長けているとは言え、敵方のガードは予想以上に硬かった。戦闘行動を捨ててひたすら解析に動く麻奈が、そこで漸く表情を変える。
「……っ!」
 喜び、に見えたそれは、瞬時の内に落胆、あるいは絶望の其れに代わる。
「……無理や。彼奴、アーティファクトを『飲んどる』!」
「――――――!!」
「……あ、バレた」
 微か、動きを止めたリベリスタの視線の先。
 蜂竪乎一は、困ったように頭を掻いた。


 リベリスタ達が取った行動とは、各対象に於ける少数毎のパーティ分けである。
 全体への回復、支援、攻撃を取り持つのは雷音、俊介、理央、麻奈の四名。
 次いで、対『荒御霊の碑』として応ずるのは悠月とノエル。乎一への対応はモノマとあきら。瑞霞への対応は竜一と拓真、と言った構成だ。
 大凡の行動に於いてリベリスタは、フィクサードは互いに順調なダメージの積み重ねを行えているが、其処に一つだけ問題が存在する。
「く……っそ!」
 幾度目かの葬送曲、血液によって構成される黒鎖が全員を縛ったと同時、俊介が聖神の息吹を飛ばす。
 囚われた者達の幾らかはそれによって、或いは自力で拘束を解いた者もいる中、ひたすら回復に徹し続けた俊介の息は、二、三分を過ぎた頃から徐々に荒いできている。
 そう。単純に言えば、戦場全体を巻き込む乎一の攻撃により、リベリスタはその動きを大きく制限される事態が多々発生しているのだ。
 本パーティに於ける回復役は俊介と理央である。双璧の布陣は一見安定性を持っているように見えるが、生憎と回避に秀でない両者が彼の葬送曲・黒によって行動を止められた場合、状態異常の回復のみならず負傷の回復さえもストップする事となるのだ。
 そうでなくとも、フィクサードの二人は前衛型と耐久型である。
 どちらも持久戦に富んだスペックを誇る以上、チャージ能力を持とうとも燃費が悪い俊介の貴重な回復能力が、理央を含む一定数が縛られた際、所々で状態異常のみの回復に回らざるを得なくなるのは非常によろしくない。
 結果、乎一に対してのブレイク能力を持つ雷音が傷癒術によるサポートへと回る部分も増え、それ故にオーバースペックと化した乎一に対してリベリスタ達はゴリ押しで削り続けるという事態が発生しているのだ。
「敵のリソースの枯渇に期待するのは……厳しいだろうね」
「無理やろ」
 ふうと呼吸を整えた理央に対し、麻奈は血に濡れる脇腹に手をやりながら、呆れすら含んだ声で叫ぶ。
「オートキュアー、クロスジハード、翼の加護、浄化の鎧、大天使の吐息、インスタントチャージ。んでもって戦闘指揮系。冗談やろ。この姉ちゃん本当に強化しかせえへん!」
「当然でしょう、その為にのみ私の存在が有るのです」
 恥じることなく堂々と言い切った瑞霞が、それと同時に再度の術式を行使する。
 乎一のみならず、自らに対しても傷んだ身を即座に賦活強化するその様に、リベリスタは何度臍を噛んだか知れない。
 殊に、神秘攻撃に耐性の低い前衛陣は既に運命の変転さえ余儀なくされ、あきらに至っては倒れる寸前にまで追いつめられている。
 敵方は二人のみの構成と言えど、キーパーソンは確かに存在した。
 そう言う意味では、分断は十二分に功を奏しているのだが――此処で乎一がリベリスタ側の逃亡阻止(ブロック)のために用意していたノックバックがこうして役に立つという偶然が、彼らの劣勢に拍車を掛けている。
「……とは言え、こっちもそろそろ後がない」
 けほ、と軽くむせる乎一の口から、並々ならぬ量の血がこぼれ落ちる。
 自然と言えば自然。放つ技の殆どは反動を有する葬送曲か、支援を受けるために自身を巻き込むJ・エクスプロージョンのみ。その上で高火力のモノマとあきらによる連携である。
 瑞霞の側も、気力こそ未だ余力の大半は残していようが、膂力ではなく術技偏重の能力を持つ彼女がひたすらに竜一と拓真による物理攻撃を受け続けるのは相当に拙い。
 重ねて言えば、『荒御霊』とて既に破壊寸前の状況である。生まれるE・フォースのペースよりも、攻手に置いた悠月とノエルの火力が上回っていたと言うことだ。
「弓削くん、あと幾ら保つ?」
「……一分弱でしょう。非常に認めたくありませんが、この種馬ともう一人の剣士、噂に聞くより強い」
「ううん……」
 困った表情で頭を掻いた彼に対して、ぽつりと、彼方から声が聞こえる。
「――擬眼だけが救う手段じゃない。渡してくれ」
「………………」
 声の主は、俊介。
「渡してくれたら嬉しいし、狂人にならないでくれたらもっと嬉しいよ」
「……驚いた」
 真剣そのものの表情で、何かを求めるように手を差し伸べる彼を見て、乎一は呆然と声を上げる。
「人一人のために化け物を呼び出そうとする僕らに、未だそんなことが言えるだなんて」
「ああ。これは俺の単なる感情論。だけど、本気のつもりだ」
 戦場の時間は、会話と共に経過する。
 撃ち放たれた麻奈のピンポイントが彼の左腕を貫けば、同時に襲う憤怒の感情に挙動が乱れた。
「どうしても、狂人にならなくちゃいけないのか?
 俺はなって欲しくない。善意ある人が、戻れない道にいくのは見たくない。
 最後に喜ぶ顔がみたいなんていうなよ、悲しくなる」
「……僕は、君たちほど楽観で物を見られない」
 返す刀。『魔陣』葬送曲・黒。
 縛鎖の雨が戦場にいる者ほぼ全てを絡め取ると同時、四重の呪いが囚われた者達の身体を次々と蝕んでいく。
「例えば明日、R-Typeが再来したら? バロックナイツが一挙に世界へ攻勢を仕掛けたら? 此の世界のリベリスタだけで、今それらを押し返す自信は有ると本当に言えるのかい?
 不安定な世界でも、僕は此の世界が大好きだ。だから守る。例え『良き隣人』を盾に、犠牲にしたって」
「――――――!!」
 六道第三研究所の命題。『望む世界のアザーバイドを召喚することは可能か』。
 彼個人が、狂人と成ろうとも、其れに賛同した、理由は。
「此処の彼――付喪くんが言ったとおりだ。僕がすることなんて所詮気まぐれに過ぎない。
 それでも、僕はこの『下らない一事』に命を賭けるよ。そうでなきゃ、ここから先の泥の道で、最初に抱いた思いを、絶対に忘れてしまう」
「……馬鹿野郎」
 理央が破邪の光を振りまいた。
 縛鎖の全てが塵に帰す。それでも傷む者が数多くいる中で、
「お前が好きだ、乎一」
「……ああ、其れを聞けるのも、最後だろうね」
 俊介は、今一度の清風を靡かせる。


 そうして、物語は冒頭に至った。
 戦況は佳境である。
 奇跡的に倒れた者こそ未だ居ないが、運命を消費した者が増えつつある現状にて、荒いだ呼吸は誰のものか最早解らない。
「……『救えるのならば救いたい』。ああ、性善説なんてものを謳う気は無いが、小市民なら誰でも抱く思いだ」
 その最中。戦場にて一人の青年の声が響く。
「だから、十文字とやらが、こちらを頼ってくれば俺のできる限りのことはしただろう。
 だが、そうならなかった。選択肢など、そもそも無かったのかも知れないが――」
 打ち放った絶剣は、何度目であろうか。
 着込んだ重装を幾度も叩く衝撃、その度に伝わる骨を折る感覚、臓腑を滅茶苦茶に掻き回す不快感にも、しかし竜一は表情を変えない。
「ならば、俺もその選択に応えるだけだ。
 俺はすでに選択している。アークのリベリスタとして生きることを。少女の命より、任務を遂行させることを!」
「……ッ! 二重も超えぬ年月で、知ったように語るな、『正義風情』が!」
 一刀一剣を聖銀の籠手で受け止め、瑞霞が咆えるように言葉を返す。
「バーナード所長の崇高な研究に、たかが女一人の命がどうした!
 あの方が語る命題にすれば、このような世界一つさえ矮小に過ぎはしないことを、何故理解できない!」
「はっはあ! まあ世界一つは兎も角、女じゃなく男相手だったら、俺もそんな個人的感情すら浮かばねえけどな! ヒャッハー!」
「……一々人の怒りを掻き立てる下衆が……!」
 呼吸を整えると同時、戦場を吹き荒らす大天使の吐息が彼女と乎一を癒せば、其処に気を緩めた隙を拓真が穿った。
「何が正義で、悪かを論議する心算は無い」
「……!」
 胴の中程を差し込み、其処から斬り捌く。
 肋骨の間を抜いたとは言え、臓腑にしても剣が通りにくい部位は無いわけでもない。其れをあっさりと切り裂く彼の技量は、即ち覚悟が為せる技。
「リベリスタであるとはそういう事だ。小を切り捨て、大を得る。故に――」
 瑞霞が、倒れた。
 拓真は既に、其処に視線を送っては居ない。
「アーティファクトは渡せん。蜂竪乎一。貴様が此処で諦めるというのなら、それは尚のことだ。
 此処で手段を失っても尚足掻こうとせん者を信用する心算など、俺には、俺達には無い!」
「――――――」
 対する彼は、その言葉を、視線を、受け止める。
 支援役が倒れた以上、彼の継戦能力も格段に落ちた。
 尚かつ、
「……漸く、此方の対処が出来ます」
「ッ!」
 気を緩めた瞬間。
 ノエルのデッドオアアライブが、悠月のチェインライトニングが、次々と彼の身を焼いていく。
 一瞬、拓真に気が向いたのが悪かった。右肩から先を吹き飛ばされた彼の身に、此処が勝機と叫ばんばかりに、モノマが彼の四肢を、身体を張って封じに掛かる。
「――あきらァ!」
「合点や、付喪さん!」
 飛びかかる彼は、ナイフを手にしていた。
 予感していたのだ。彼は。
 蜂竪が、何らかの手法で体内にアーティファクトを埋め込んでいる可能性を。
 ……痛いやろなあ、と。
 口中でそれを呟いて。彼は、最後に。

「……ごめんな」

 双刃が、乎一の腹を突き刺し、抉った。
「が………………っ!!」
 声にも成らぬ声。
 つんと漂う濃厚な血と臓物の香りに、他ならぬあきら自身が吐き気を催した。
 それでも、その腕を止めるわけには、いかない。
 涙すら零そうとして、其れを堪える。何を今更、罪悪感など、と。
 一点、
 柔らかくも重い感触をかき分けて、かちん、と、何か硬質なものに触れる感触がする。
「見つけ――」
「させん!」
「!?」
 喜色を浮かべ、言いかけた彼の身を、次々と銃弾が叩きつけられる。
 揺らいだ身体。
 宙に咲いた血の花々。
「増援――!!」
 叫んだ声は、誰でもない、皆のもの。
 たどり着いたのは二人のフィクサードだった。スターサジタリーと、インヤンマスター。
 多少の傷こそ有れど、此処に至って投入された戦力は、リベリスタ達に小さな焦燥を呼ぶには十分だった。
 ――だが。
「……朱鷺島くん、だったかな」
「……?」
 唐突に。
 声を掛けられた雷音は、乎一に胡乱げな視線を向ける。
「『上手くやってくれ』。……それじゃあ」
 失礼、と。
 残る強化能力が切れるギリギリのタイミングで、彼は最後の術式を行使する。
 増援にかき乱された混乱が拙かったのか、これが最後と覚悟を決めた彼の集中の為せる技か。最後の黒鎖は戦場そのものを埋め尽くす勢いで広がっていった。
 倒れた者が居たかも知れない。しかしそれを確認することもなく、術の行使と同時に、乎一は走り出す。
 向かう先は戦場の外ではなく、瑞霞の側だった。応じようと二人が剣を構えるも、それをさせじと二人のフィクサードは彼らのブロックに回る。
 次いで、ノエルが、モノマが動いた。けれどその瞬間、男は残る左腕を、自身の腹部に突き入れる。
 苦悶の声がした。
 同時に、掻き出されたアーティファクト――『ニーチェの『擬』眼』がぽおんと宙に投げ出されれば、残る二人はそれに気を取られ、受け止めようと手を伸ばす。
 だが。

「――――――駄目だ!」

 声が。
 雷音の叫びが、響いた。
 伸ばし掛けた手を止めて、序でに動きまでもが、一瞬、硬直する。
 そして、それがターニング・ポイント。
 倒れ伏す瑞霞の身体を、彼は片腕だけで抱え上げ、
 雷音が展開すると同時に、既に『『擬』眼』の能力によって読み切られていた結界を、彼は難なく突破した。
「……っ!」
 誰かが、小さく、畜生と呟く。
 追うことは不可能ではない。ないが――それをこのフィクサード達が邪魔するのは目に見えている。
 尚かつ、今一度戦場を見渡せば、倒れた者が二名と、運命を消費した者がほぼ全員。
 依頼目的を達成した以上、此処で欲を掻いて更なる被害を呼ぶのは得策ではない。
「……さて」
 暫しの静寂。
 その後に呟いたフィクサードは、武器を捨てて、笑いながら呟く。
「流石に二人程度の増援で勝てるとは思ってなかったが、死ななかったのは運が良い……のかね。あの人流に言うと。
 それじゃ、独房までのエスコート、よろしく頼む」


「……あーよかった。財布はまだ有ったよ。取りあえず残ったお金やりくりして帰らないと」
「……」
 誰も居ない、明け方の路上で。
 蜂竪乎一は、弓削瑞霞は、緩慢な足取りで歩みを続けていた。
「まあタクシーは無理でも、電車とバスを乗り継げば予算以内かなあ。
 血まみれの格好とかは……まあ、幻視で隠すとして。弓削くんは幾らか持ってない?」
「……何故、助けたんです」
「僕の主義」
「……」
 頭を抱えるようにした彼女に笑みを見せながら、乎一はひとまず、無人のバス停に腰を下ろした。
「ま、冗談は兎も角さ。チャージ持ちの瑞霞くんが居ない以上、あのままだと僕死んでたし。
 結果としてあの『『擬』眼』を捨てる羽目になったけど、そうでなければ君の存在は必須だったから」
「……厄介のみ成らず、はた迷惑なアーティファクトです」

「所有者の気力と共に、精神そのものも喰らい尽くすアーティファクト、などと」

 ――怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。
 彼の著作、善悪の彼岸において、長く語られる名言はこうある。
 そう言う意味では、彼のアーティファクトは其れを体現していたと言えるだろう。
 深淵を覗く革醒者の能力をブーストする能力の反面、あのアーティファクトには二つの反動があった。
 一つは、所有者の技巧が足りぬ場合、その者が持つ、術を行使するための気力を奪い続ける特性。
 もう一つは、奪えるだけの気力が所有者に存在しなかった場合、代わりにその者の精神、人格を残さず喰らい尽くす特性。
「……例の女の子、朱鷺島君は、その辺り上手くやってくれたみたいだねえ。良かった良かった」
「何がですか。アークはあのようなアーティファクトの使用を認めない以上、今回の件は単純な無駄骨ですよ」
 笑う乎一と、嘆く瑞霞。
 相反するようで、案外上手く嵌っている両者は、しばらくの間朝日を眺めた後に、ぽつりと呟く。
「……まあ、こうなったらやるしかないか」
「何を?」
「現存で僕等が確認できる『枝』は三本。アークと、こっちと、坂木の一族。まあまだ他に有るかも知れないけど。
 残念ながらこっちが有する分は召喚の触媒に使う以上、専門的な解析に使うには、元から直接持ってくるしかない」
「……まさか」
「そのまさか」
 乎一は、笑う。
 それは、朗らかに思えながら、何処か死を、敗北を覚悟したような、苦み走った笑みにも見えて。

「最後の賭け――『大規模剪定』、手伝ってくれるかな。弓削くん」
「……不必要極まりない行為ですが、貸したままも不本意です」
 
 二人は、再び歩き出した。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
田辺です。相談お疲れさまでした。
火線の集中で強引に押し切った形となります。大まかな理由についてはリプレイにて。
次回以降も、皆さんの相談、プレイングに期待しております。
本シナリオのご参加、本当に有難う御座いました。