●語感的発音講義 ぽつり。 厳密に、そんな音がしたわけじゃない。表現をするための擬音に過ぎない。だが、それでも認識レベルで浸透したそれは、それが雨であるのだと容易く知らせてくれる。だからそれは、誰がなんと言おうと降り始めの雨音だった。 鼻先にあたったそれを感じて、フードをかぶる。そろそろだ。心臓が高鳴る。胸の内で、幾つかの感情が綯い交ぜになっていた。高揚感。緊張感。羞恥心。ごちゃごちゃになって一言で言い表すことなんてできやしない。だが、ある種の夢だ。これは夢なのだ。 密かに練習した。誰かに見せるのが、努力している様を見られるのが恥ずかしくて。こっそりと、こっそりと練習していた。それがようやっと、実を結ぶ。自分の汗と涙は無駄ではなかったのだ。これが幕開け。初舞台。感極まって叫びだしそうになるのを必死で堪えていた。 本降りになった。時間だ。顔が隠れる程の目深さは、表情を見せないためのものだ。まだだ、まだ笑うなと自分に言い聞かせてもそれを止めていられる自信がなかったのだ。 審判者の合図を皮切りに、腕を翳す。息を吸え。鼻につく水の匂い。構えと、印を結ぶ。何十何百と繰り返した自分の中のルール。 口を開き、唱えるは呪文。簡潔で、それ故に誰もが知っている。力強い言葉。 「サンダー!!」 雨音が虚しく響く。 ●客観的共感競技 「雨の日に格好良く雷呪文を唱えてきてください」 その日、いつものブリーフィングルームに集まったリベリスタらに向けて。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はわけのわからないことを言った。よし、なんだって。 「はい、詳細をお伝えいたします」 和泉は、彼らの何言ってんだこいつという表情をあっさりとスルーして続きを述べていく。 「カテゴリとしてはアーティファクトの回収にあたります。対象はこちら」 モニターに表示された3Dモデリング。そこには天狗の面が映しだされていた。確かに日常で見かけるようなものではないが、どこもおかしいところはない。さして言えば、鼻先が少し割れていることくらいだろうか。 「名称は不明。効力としては、股間に装備することで不必要な爆弾発言をどっかんどっかんくっちゃべるようになります」 うん、何言ってんだこいつ。 「この対象が『雨の日に格好良く雷呪文を唱える大会』の優勝賞品として出品されます。これに出場して回収してきてください」 ツッコミが追いつかない。そもそもなんなんだその大会。 「してきてください」 どうやら、和泉も割と投げやりのようだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月27日(木)22:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●精神的達観討議 必要な物は、自己愛と信じる心。 曇天。曇天である。雲は灰を通り越して黒くすらあり、それには容易く稲光を彷彿とさせた。稲妻、雷鳴。それと、大雨。予感させてくれる。もう間もなくであろう。つまるところこれは、絶好の雷呪文日和なのである。 その男、『KAMINARIギタリスト』阪上 竜一(BNE000335)はギターを片手に背中を向けて立っていた。誰に、とは言うまい。とにかく背中を向けていたのである。 「雨の日に!」 くるっとターンして。 「格好よく!」 ばばーんとポーズ決めて。 「雷呪文を唱える大会!」 ぎゃいーんと掻き鳴らした。試合前からのアピールである。リベリスタとしての仕事、当然ひとりで行うわけではないのだが。それでも勝者はひとり。皆、ライバルに過ぎないのだ。 雷呪文を唱える。そう、これは唱える大会なのだ。唱えるだけの大会なのだ。が。リアリティは必要である。今まで練りに練ってきたオリジナルの呪文。振付。そして衣装。それらを揃えたところで、雨音に隠されたのでは虚しさしか残らない。必要なものはリアリティなのだ。『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)には企みがある。そう、本物があればいい。僕らには電撃を使える能力が、チェインライトニングがあるじゃないか。危ねえよ。 天狗の面。それに関して、『いい男♂』阿部・高和(BNE002103)には思うところがある。これまで、その形状のものとは幾度と無く巡りあってきた彼ではあるが。その度に疼いたものだ。何が、とは聞くな。BNEに年齢指定ついちゃうから。車椅子に乗った彼のことを、思い出す。暴露癖をつけさせるというアーティファクト。これを身につけ、彼のもとで己を曝け出したいものだと。あと別方面でも使いたいと。きっとすげえ嫌な顔をするぞ。 『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)は満身創痍である。何を言っているのかわからないが安心してくれ。私も何が何だかさっぱりわからない。とにかく、満身創痍なのだ。戦場一張羅、そのファンタジックで綺羅びやかな鎧も。伝説一直線、その絢爛豪華でノスタルジックな剣も。ぼろぼろだ。ぼろぼろで、ぼろぼろだ。すっころぶだけでドラマ判定。使用指定があれば危うくフェイトも消費しそうな姿だがうわ書いてるよ指定あるよどういうことなの。 『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)。この一文を記載した上でもしも期待されたのなら申し訳ないが、彼女の今日は巫女衣装である。神道。ジャパニーズ民族信仰。儀式弓。つまりはそういう出で立ちだ。雷。カミナリ。神、鳴り。天地におわす、その御業なれば。故にその装束。身を諌めて一歩、清めて二歩、覚悟で三歩。鳴いて、戦かせて。その苑力、ご照覧あれと。つまり何を言いたいかといえばだ。嫌な予感しかしない。 「雷と聞いて、拙者参上!」 『ニンジャウォーリアー』ジョニー・オートン(BNE003528)はニンジャである。忍者ではない、ニンジャである。シュリケーンである。カミカゼである。ハラキリである。しかし、彼もまだまだ修行中の身だ。雷を即座に呼び寄せるようなパワーを持ちあわせてはいない。だが、必要なのは実力よりも表現力。全身全霊を持って相対しよう。見渡す仲間。つまりはライバル。ツワモノ揃えど、相手にとって不足はない。 可愛いので、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)の独白をお楽しみください。 「うー、依頼依頼。今、依頼を求めて全力疾走している私は三高平大学に通うごく一般的なリベリスタ。強いて違うところをあげるとすれば雷が超ニガテってとこカナー。名前はベルカです……」 ベルカは雷が苦手である。雨はいい。天狗の面もわけがわからぬがまあアリだ。しかし雷は、雷だけはダメなのだ。しゅーん。尻尾ぺたーん。 朝食食べて牛乳飲んで体操して訓練して昼食食べて牛乳飲んで訓練して夕食食べて牛乳のんで訓練してシャワー浴びて寝るという毎日を送ってたら、何時の間にか雷呪文を習得し、世界最強のマスターオブサンダーになっていた。そういう夢を今朝方に、『芽華』御厨・幸蓮(BNE003916)は見てしまったらしい。カルシウムの取り過ぎである。取り過ぎたら見られるんだろうか。ともあれ、誂えたようにこの大会だ。何かの、前兆やも知れぬ。 ぽつり。ぽつり。とつ、とつ、とつ。ざあざあざあ。 降り始めた。降り注ぎ始めた。見上げる。顔に瞳に口の中に雨、雨。そらに雲。真っ黒の雲。本当に、絶好の雷呪文日和。 プログラム開始の会場放送。ひとり、ひとりと動き始めた。ここからは仲間もライバルで、競り勝つべき敵となる。さあて。一世一代格好を、つけるとしよう。 ●状況的説明正義 マントは気合でたなびかせろ。 恵観区。メンコとか。牛乳とか。こういったイベントを催すといったら決まってこの商業都市が名を連ねてくるのだが。今回も例に漏れずこれである。 会場に屋根はない。当然だ。雷を呼び起こす呪文を披露する大会で、天井があるなど興ざめもいいところである。 ざあざあ。ざあざあ。雨音に混じり、光。数秒後に轟くそれ。秒数から距離を概算してしまうのは、その一撃にロマンを感じずにはいられないからなのだろう。 それは恐ろしい。それは力強い。それ故に、憧れも産む。偉大さを感じずにはいられない。だからこそ、だからこそ唱えるのだ。それでは種目を開始する。第一詠唱者、前へ。 ●簡略的風景風味 気合入れすぎで声裏返らないように。 それでは審査基準を順に追って行きましょう。まずは竜一選手。 まずはアフロ。何はなくともまずはアフロである。これだけは外せない。4時間もかけて形作られる究極至高のヘアスタイル。お前朝何時に起きてんの。それはまさにロックの証。雷呪文を唱えるに相応しき、黒雲のような象徴として君臨していた。 革のジャケットに丸サングラス。別段、この日のためにと工夫を凝らした衣装、というわけではない。彼がいつも駅前で歌う時のそれそのままだ。だがそれでいい。雷撃そのものを主張する彼にとって、この日限りの特殊な衣装を巡らせる必要などないからだ。 「Check it Out!」 刮目せよと、叫ぶ。機械には頼らない、己の声帯だけを奮わせた。言葉を理解する必要はない。真に魂を込められた詩は、歌は。理解なしに他者を揺さぶるだろう。それこそを音楽と言うのだから。 手元の弦楽器を掻き鳴らす。相棒。幾多の戦場を乗り越えた戦友を。歌に歌に歓声は次第高まり、その高潮を穿ち吼えるのだ。 「サンダー!」 青いベンチに、股間に自前の天狗面をつけた男が座っている。高和である。この上なく最悪だがこれからもっとひどくなるのでお待ちいただきたい。 座っている。待っている。そうは言っても、自分の出番を待ち構えているわけではない。彼の演順はとっくに訪れているし、今まさにそれがそうなのである。 では、何をしているのか。何をしているのかだ。股間につけた面鼻を誇らしげに掲げ、黒雲を仰いでいる。つまり、うん、あれだ。これを避雷針に雷を集めるつもりらしい。無茶言うな。 股間のそれを撫でる。心なしか、喜んでいるように思えた。確実に気のせいだ。 「一緒に、雷を起そう……まずは布団をしこう、な」 それアンタのセリフじゃねえよ。 詠唱を開始する。低く、しかしよく通る声。聴くものによっては魅了する、魔性のそれ。 ところで、呪文の内容は省略させていただきたい。いや、特定人物にすげえ見せたいんだがまあそれはそれ。高らかに叫ぼう。 「サンダアッーーーーー!!」 ぶれないなぁ。 光がふらつきながらも、得物を杖に身を立たせていた。演技ではない。本当に体力的な限界が近いのである。帰って寝ろよ。 だが、だからこそできることもある。この満身創痍でありながら、彼女の瞳は意志の色を失わない。それはまるで親の仇でも見るような、生涯を賭した怨敵と相対したかのような。決意の視線。その先に、見えているのだ。勇者の対極。世界を滅ぼさんとする混沌の魔王。それが、彼女だけには見えているのだ。きっと疲労による幻覚か何かだ。 足腰に無理を伝え、自分の身を奮わせる。杖代わりにしていた剣を掲げ、詠唱を開始する。 「我に宿りし、破邪の力、今こそ解き放たん―――」 それは正しく、勇者としての力。天より降りて闇夜を切り裂く、閃光にして極限の槍。その全てに、己が命を乗せて放つ。 「究極神撃雷鳴呪文……ギガライトニングノヴァァァァァァァァ!!」 最後の力を振り絞った勇者は崩れ落ちる。膝をついて、最早剣は杖の役目を果たしてくれず。その場に倒れ伏した。 死んでない。 そこにいるのは最早、計都ではなかった。 磨きに磨き上げた変装術。それにより顕すは艶の一言。出るとこ出た至高の肉体。大きなふたつの脂肪が、巫女装束の胸元を大きく広げ自己主張を強くしていた。誰やお前。それはもう、彼女とは言えず、 「あたしの名は乳神の巫女!! 英語でいうと、オッパイゴッデス!!」 誰か、八百万名鑑作ってくれ。そのページにブックマークだ。 彼女の口上は止まらない。それはそのまま詠唱として紡がれていく。 「大いなるオッパイよ! 至上にして至高にして原初の偉大なる存在よ!!」 そもそもお前に無いだろうとか言う仲間はいない。空気、大事。 「なぜ、世界が斯様に美しいかわかるか? オッパイが、この世にあるからだ。なぜ、世界に愛が満ちているかわかるか? オッパイこそが愛だからだ!!」 会場が沸く。よくわかんないけど沸く。 「神鳴るオッパイよ!! その大いなる光を、轟かせたまえ!!」 雷、関係ねえ。 「サンダァァァァァァーーーーー!! オッパイパイッ!!!!」 ニンジャが立っている。言うまでもなくジョニーである。ほら、アークにガイジンニンジャ少ないし。 持参したパイプを地面に突き刺し、その横には中華鍋を置いて演舞を開始した。何をするつもりだろうと、ざわつく観客。 それは物静かでありながらけして遅くはない、己を流れる水のごとく。脱力し、ベクトルに身を任せた連動作。 「いざ参る!」 常人には見えない速度の蹴り。それは斬撃性を持って、目前のパイプをふたつに分けた。あがる、驚嘆の声。 「切り裂くこと、烈風の如く!」 地に刺さるそれを引き抜き、宙を舞う片割れを掴んだ。構え、目を瞑ることおよそ十秒。 「澄み渡ること、竹林の如く……」 目を見開き、両手のそれを発火させる。 「燃え滾ること、業火の如く!」 燃え盛るそれを手にしたまま、どっかと深く身を取る構え。 「そびえ立つこと、フジヤマの如く!」 そして呼気を一喝、地に置いたままの鍋へとパイプを叩きつけた。 「打ち鳴らすこと、雷鳴の如く! 忍法、稲妻落としィッ!」 …………お、おう。 ベルカの格好は、いつもとかわらない。軍服に、小銃。こういった場であれば、一般参加者にはコスプレで通り、神秘性を理解しうる者には奇異と映ることはない。 彼女は拳を握りしめ、力を込めた。そのまま背筋を伸ばし、腕を天に突き上げる。あれだ、世紀末に出てくる拳の王様の今際の際がこんなポーズだ。そして、高らかに叫ぶ。 それは、誰にも聞きなれず。しかし力強い言葉だ。グローズヌイ。恐怖を覚えさせるというそれ。かつて祖国の専制君主、イヴァン雷帝を指し示すものでもある。怒りに任せ、我が子すら殴り殺したとされる悪逆人。だが、時代は彼を選んだのだろう。その軍事政策手腕によって歴史に名を刻ませたのだから。 さて、当然だが実際に雷が降り注ぐわけではない。というか降り注いだらベルカの心臓がヤバイ。そもそも黒雲の下に居ることすら恐ろしく、この一言しか思いつかなかったのだ。 しかし、残酷かな。光。数秒。そして轟音。今まさに天は嘶いて。尻尾びくーん。耳ぺったーん。 それは、演劇のワンシーンみたいで。 靴底と、アルミニウムが打ち鳴らされる足音。それは小刻みに聴こえ、簡易舞台の上へと幸蓮が姿を現した。刺繍の凝らされたブラウスに、黒いスラックス。なんというか歌劇団。花組星組輝く瞳。類似名称アライグマ。 心を演じるそれにシンクロさせる。大丈夫、きっとやれる。この時のためにあれだけDVDリピート再生したじゃないか。動作は大振りに、腕を広げろ。天を仰いで底の底から声を出せ。 「空よ、愛しき空よ!」 それは雨音に掻き消されたりしない。力強く、叩きつけられた波となって誰もの鼓膜に響かせる。 「ここにあるあまたの情熱を通り越したその先に、燦然と輝く愛しき日々への憧憬を俺に導き給え!」 己を抱きしめる。しかしけして縮こまらず、寧ろ存在感を増し。 「この身を焦がすというならば、甘露のごとく試練を飲み干し参ろうぞ! さあ、俺の言葉を受け止めてくれ―――」 それは、愛のように。それは、宣戦布告の如く。 「霹靂燦召!」 なんて読むのコレ。 ●収束的解封開始 別にこのアイテムがメインではないのだけれど。 表彰されて、雨が止んで、濡れた服を着替えたりして。 リベリスタ達は回収したそれをまじまじと見つめていた。 それ。アーティファクト。天狗面。股間に装備することでいらんことまで暴露してしまうという悪意満載の迷惑物質。誰だよそんなとこに仮面つけようとか考えた奴。 ともあれ、これが回収対象。仕事の大目的である。こうして自分達が手に入れた今、一般人の手にやすやすと渡ることもあるまい。人間、綺麗な一面ばかりではない。人付き合いの上では隠しておいたほうが良いこともある。嘘、というわけではないのだ。何もわざわざ汚いものを見る必要はなく、まして見せつける意味もない。それだけのことなのだ。 好悪は共存する。善悪も共存する。正負すら共存し得る。それが人間だ。それが感情というものなのだ。だから。 嗚呼、かと言って綺麗に締めくくるつもりは毛頭ないよ。 いや、忘れてたわけじゃないんだ。彼女、杏だってちゃんと大会には参加していたし。仲間の演出面も引き受けたりと十二分に貢献していた。でも、そうじゃない。そうじゃないんだ。何て言うか、そう。 ここに持ってきたほうが面白かったんだ。 杏の手に仮面が渡る。彼女は迷うことなくそれを自分の股間に装着。それは即座に意味をなし、彼女の精神の奥底を暴く。暴きだしてしまう。 「とりあえずこの場に居るベルカちゃんはモフモフするし、うちの職場に居るキャドラちゃんなんかはもうモミモミしたい。うん。いつかしてやるわ。とりあえずこの場に居ないからベルカちゃんをモミモミするわね。でもアタシは別にレズビアンとかそういうのじゃあないの。だってアタシが一番好きなのは12歳の男の子なんだけど、これが超かわいくてもうたまんない押し倒してペロペロしちゃいたい。ショタコン? えぇショタコンよ。それが何か? だってショタって可愛いじゃない。可愛いものが嫌いな女子なんて居ないわよ! ブッヒィー!」 特に隠し事ではなかった気がする。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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