● 闇に包まれた部屋の中で、私はただ、壊れた鳥篭を見詰めていた。 真っ暗なはずなのに、やけに物がよく見える。 部屋を飛び回るあの子たちの囀る声が、不意に耳に届いた。 何日か前、久しぶりにここに来た“あの人”に酷く殴られたことは覚えている。 遠のく意識の中で、鳥篭が床に叩き付けられるのが見えて。 あの子たちの断末魔の悲鳴を、私は確かに聞いた。 巻き添えになったのは、可哀相だけど。 これで、あの子たちと一緒に逝ける――と、私は安心して瞼を閉じた。 その、はずなのに。 私もあの子たちも、まだ、この部屋で動いている。 生まれた時に、“あの人”から大事な人を永遠に奪って。 それから“あの人”に憎まれ続けて、全てを否定されて生きてきたというのに。 どうして、神様は終わりにしてくれなかったんだろう。 首をかき切ることも、心臓を突くことも、今なら簡単にできるはず。 でも、“もう一人の私”が、私を死なせてくれない。 そうしようとすると、いつも、私の体は“もう一人の私”に従ってしまう。 私はいつまで、この闇の中に蹲っていれば良いんだろう。 待ったところで、光なんて見えるはずがないのに――。 ● 「今回の任務は、ノーフェイス一名とE・アンデッド三体の撃破になる。 詳しくは後で説明するが、少し特殊な状況の戦いになるんで覚えておいてほしい」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を前に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 「ノーフェイスは『可香美(かがみ)』という名前の少女だ。 年齢は十六歳から十八歳くらいだが、訳あって学校には行ってない。 ……というのも、彼女は父親に虐待されていて、監禁も同然の生活だったらしい」 黒髪黒翼のフォーチュナは眉を寄せつつ、手元のファイルをめくる。 「ここ数年、可香美は父親と別居させられていたが、 父親は一月に一回くらいのペースで彼女のマンションを訪れ、暴力を振るっていた。 そして、致命傷を負った可香美は、父親が帰った後に革醒した――と」 母親は、可香美が生まれた直後に亡くなっているらしい。 妻を亡くした悲しみが、結果的に妻の命を奪った娘への憎しみに変化したのかもしれないが―― 実の娘に酷いことしやがるぜ、と数史は吐き捨てるように言った。 「父親に愛されなかったためか、可香美は自らの死を望んでいる。 だが、彼女の心とは裏腹に、彼女の体――本能とでも言えばいいのかな、 そういう部分ではしっかり生きようとしていて、危険が迫れば無意識に戦おうとする。 いわゆる二重人格、というのとは少し違うが、 本人の意思と行動がてんでバラバラだから、説得で戦いを止めさせるとかは難しい」 そして、ノーフェイスとなった可香美は多彩な能力を持つ。 強力な自己再生力と状態異常への耐性を備えている他、暗闇や影を操ることができるらしい。 「一番厄介なのは、自分の周りに暗闇を生み出す力だな。 神秘の闇だから照明の類は意味がないし、対抗できるスキルがなければ攻撃もおぼつかない。 感覚を研ぎ澄ませて、敵に近付いていけば殴ることだけはできるだろうが、 その場合、かなりのハンデを負うのは覚悟しなきゃいけないだろうな」 さらに、戦わなければいけないのは可香美だけではない。 可香美が飼っていた三羽の小鳥――これも父親の暴力の煽りを食らって命を落とした――が、E・アンデッドとなって彼女に加勢する。当然、敵は闇の中でも行動に制限を受けない。 「――色々な意味で、しんどい任務ではある。だが、放っておくわけにもいかない。 申し訳ないが、頼まれてくれるか」 数史はファイルを閉じ、リベリスタ達に向かって深く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月23日(日)23:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● コンクリートの壁が続く廊下に、整然と扉が並んでいる。 まるで監獄だ――と、誰かが思った。 充分に明るい筈なのに、やけに薄暗く感じる。目的の部屋に向かって歩を進めるたび、足取りは重さを増していた。 扉の前に、十人のリベリスタが立つ。 中に広がる闇と、そこに閉じ込められた少女の絶望が、壁越しに滲んでくるようだった。 「どうしても救われない者って存在するのよね」 沈黙を破り、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が呟く。 実の父親に虐待され、その傷が元で革醒し、世界に拒まれた少女――『可香美』。彼女の境遇は、あまりにも理不尽だ。 「家庭内暴力が起因でノーフェイスになるとしても、その遠因となった出来事が出来事ですから」 そう答えた『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の表情が、僅かに翳る。 始まりは、可香美がこの世に生を受けた時、彼女の母親が命を落としたこと。 妻を亡くした男は、最愛の伴侶と引き換えに生まれた娘に憎しみを向け。娘は、肉親の愛情を全て失った。 厚い魔術書を胸に抱き、『紡唄』葛葉 祈(BNE003735)が口を開く。 「言葉にするなら簡単で、それはありふれた悲劇であり、 同時にいつかは風化していく悲劇の一つなんでしょうね」 改めて探すまでもなく、こういった不幸は世間に嫌というほど溢れていて。何も、珍しくはない。 仲間達のやり取りを聞き、『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)が無言で目を伏せる。 出来るものなら、可香美に伝えたい。お前は悪くない、自分を責める必要などないのだ――と。 しかし、そのような言葉では彼女は決して救われまい。 (――神よ、我が欺瞞を許し給え) 沈痛な思いを抱えるゲルトの傍らで、『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)が“Feldwebel des Stahles(鋼の軍曹)”を強く握り締めた。巨大なハンマーの柄を通して、ひやりとした感触が掌に伝わる。 ななせは、可香美を“助ける”決意を固め、この場に立っていた。 彼女を“助ける”方法は、たった一つだけと知っている。誰もが望むハッピーエンドは、もはや存在しないということも。 それでも――可香美にとって、他に選べる道がないのなら。 突入のタイミングを計りつつ、リベリスタ達は戦闘態勢を整えていく。後方で指揮を執る『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が、全員の背に小さな翼を与えた。 脳の伝達処理を高める『名無し』氏名 姓(BNE002967)の隣で、動体視力を強化した『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が「虎殺し」の名を持つ対物ライフルを構える。 体内のマナを活性化させた『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)が、魔力の弾丸で扉の鍵を撃ち抜いた。 「おっ邪魔しまーす!」 彼女が扉を開けると同時に、十人のリベリスタが室内に雪崩れ込む。 闇の中に蹲っていた少女――可香美が、ふらりと立ち上がった。 ● 突入したリベリスタ達は、暗闇の中で素早く陣形を組んでいく。全てを覆い隠す真の闇も、このメンバーにとっては殆ど行動の妨げにならなかった。夜目が利く者、神秘の幻を見破る力を持つ者、熱源で周囲を探る者――それぞれの能力を最大限に活かし、敵味方の位置を把握する。 敵は、ノーフェイス・可香美と、彼女に従うE・アンデッドの小鳥が三羽。 戦いを支配する将校の眼力を発揮したアルフォンソが、真っ直ぐ可香美へと駆けた。彼女をブロックすると同時に、攻撃動作の共有で戦闘の効率化をはかる。 「誰……?」 消え入るような誰何とともに、可香美の足元から影が伸びた。無形の鎚がアルフォンソを打ち据え、続けて解き放たれた影の腕がリベリスタ達を襲う。前に立つ姓に守られて呪縛を逃れたエリス・トワイニング(BNE002382)が、聖神の息吹ですかさず仲間達を癒した。 意思ある影を従えた糾華が、カーテンのかかった窓の前に立つ。暗闇に、揚羽蝶を模った投刃が踊った。 幽世と現世の境界を舞う“常夜蝶”が、可香美と三羽の小鳥を捉える。連続で四属性の魔術を組み立てた千歳が、魔曲の旋律で少女に追い撃ちを加えた。 ゲルトが、熱による知覚を頼りに小鳥の一羽に接近する。既に屍と化した小鳥に体温は無いが、氷の力を秘めるゆえか、周囲より僅かに温度が低い。 破邪の輝きを纏うナイフで、小鳥に斬り付ける。闇を照らすことは叶わずとも、一瞬でも少女に光を見せてやりたかった。 「可香美、お前をこの闇から救いに来た」 ゲルトの言葉を受けて、可香美が彼の顔を見る。怯えにも似た表情を浮かべた少女は、「嘘」と呟きを漏らした。 直後、小鳥たちがリベリスタ達に飛びかかる。鋭い嘴がゲルトとアルフォンソの急所を狙うも、彼らは咄嗟に身を捻って直撃を逃れた。 活性化させた魔力を循環させる祈が、アルフォンソに癒しの微風を届ける。“鋼の軍曹”を携えたななせが、最も傷の深い小鳥へと迫った。 「最初から全力全開、思いっきりいきます……!」 破壊のオーラを帯びたハンマーが、雪崩の如き勢いで連打を浴びせる。直後、姓の気糸が小鳥の片目を貫いた。 戦場全体を視野に収めつつ、姓は可香美を見つめる。 (彼女にとって生きる事は、苦しい――それは間違いない筈) けれど、その思いは「死にたい」という願いとイコールではない。 「絶望の果てに死を選ぶというのは、何も今回に限った話ではなく、 残念ながらこの一見平和そうな世間一般で割と日常的に行われている事です」 対物ライフルの超重量を機械の右腕で軽々と支え、全ての敵を撃ち抜いていくモニカが、淡々と言葉を紡ぐ。 「しかし、心の底から本気で『死にたい』などと思う人間は居ないんですよ。 あくまで、絶望の辛酸を舐め続けなければならない境遇を死という終焉で断ち切りたいだけで、 死ぬ事自体を望む者は本格的な狂人ぐらいなもんです」 そう語る彼女の表情に、一切の揺らぎはない。暗闇をも見通す機械の瞳が、可香美の足元に蠢く“影”を見た。 「――その点、貴女の裏人格は実に正常ですね。 神秘にちょっかい出されたおかげで、少々お節介が過ぎるようですが」 否定も肯定も口にすることなく、可香美が俯く。床に広がった彼女の影が、毒の沼となってリベリスタ達の足に絡んだ。 続いて繰り出された影の一撃を盾で受け止め、アルフォンソが可香美に語りかける。 「可香美さん。貴女は、誰にも望まれずに生まれたと思っていませんか」 顔を上げた少女に視線を合わせて、彼は続けた。 「貴女を産んで亡くなった母親は、貴女のことをどう思っていたでしょう?」 「……恨んでいたと、思う」 アルフォンソは、首をゆっくり横に振る。彼はそのまま一歩踏み込むと、ナイフで可香美の脇腹を切り裂いた。 「私としては、可香美さんにそのあたりを考えて欲しいのです。 ――母親の愛は、確かに貴方にも注がれていた筈ですから」 四色の魔光を操って旋律を奏でる千歳が、小さく首を傾げる。 (親の愛かあ、ちーにはよく解らないかもしれない) 革醒してしばらくは、自分もノーフェイスだった。いつの間にか独りになっていて、寂しかったのを覚えている。 可香美も、寂しかったのだろうか? 父親と自分と、たった二人しかいない世界で、その父親に拒まれて。他に愛してくれる誰かもいなくて。 もし、そうだとするなら――。 邪を退ける光で毒沼の影響を払ったゲルトのこめかみを、小鳥の嘴が突付く。怒りを誘う筈の攻撃も、精神に働きかける状態異常に耐性を持つ彼には通用しない。 天使の歌を響かせながら、祈はふと、可香美の父親の心情を思った。 (愛する者を奪ったものが身近な存在だったからこそ、父親は道を踏み外してしまったのかしら?) 仮にそうだとしても、娘に対する彼の仕打ちを許すことなど出来ないけれど。 「ぃ、ゃ……」 両手で自分の耳を塞いだ可香美が、ぎゅっと瞼を閉じる。 そんな少女の姿は、オーラの糸で小鳥を撃つ姓の瞳に痛ましく映った。 叶うのなら、救いのある温かい世界で生きたかったのだろう。 けれど、どんなに足掻いても――それは決して手に入らないのだと、彼女は知っているから。 だから。ああやって何もかもを拒絶して、死を待つしかない。 激痛を堪え、傷ついていく自分の身を黙って眺めているしかない。 でも、と姓は思う。 全てを否定され続け、苦しみしか知らず、生きる価値を見出せずに死んだとして。 ――それじゃあ、何の為に生まれて来たの……? 防御結界で全員の守りを固める京一が、小鳥に向けて鴉の式神を放つ。ななせが渾身の一撃を叩き込み、まず一羽を屠った。 モニカの銃撃が残る敵を狙い撃つ中、可香美が影の腕を伸ばしてリベリスタ達を襲う。軽やかなステップで攻撃を避けた糾華が、揚羽蝶の投刃を両手に構えた。 『生きていれば良い事がある』 そんな言葉を、よく聞くけれど。 でも、“生きること”そのものが許されないのだとしたら? 宙を翔ける二頭の蝶が、二羽の小鳥を墜とす。 その問いの答えを出すのが――リベリスタの仕事なのだ。 ● 小鳥の全滅を確認したななせが、可香美の抑えに回る。 「援護しますっ」 彼女はアルフォンソに声をかけると、全身のエネルギーを溜めた“鋼の軍曹”を思い切り振り抜いた。 鈍い音とともに、巨大なハンマーが少女の脇腹を砕く。 その傷が早くも再生を始めるのを見て、ゲルトが糾華の守りについた。自己治癒力を無効化できる彼女の存在が、後半戦の鍵になる。 可香美の足元に広がる闇が、ざわりと動いた。 鎚と変わらぬ威力を秘めた影に頭部を打たれ、アルフォンソが膝を折る。彼は運命を代償に自らの意識を繋ぐと、一歩も退くことなく刃を繰り出した。鋭い斬撃が、可香美の首筋を傷つける。 エリスが聖なる神の息吹で癒しをもたらす中、四属性の魔術で和音を奏でる千歳が「かがみちゃん」と少女に呼びかけた。 「ちーちゃんたち単刀直入に、貴女を殺しに来た」 びくりと顔を上げた少女の視線を受け止め、彼女は言葉を続ける。 これだけは、きちんと説明しておかなければならなかった。 「貴女の存在は世界のバランスを崩す。だから、貴女は存在してはいけない」 表情を凍りつかせたままの可香美に、糾華が迫る。 「最早、赦されない存在になってしまったと言う事は理解しているとは思うけれど……?」 傷口に穿たれた死の刻印が、可香美の再生力を致命の呪いで封じた。 祈が、癒しの微風でアルフォンソの背中を支える。浅い呼吸を繰り返し、恐怖とも安堵ともつかない複雑な表情でリベリスタ達を眺める可香美に、モニカが「虎殺し」の銃口を向けた。 「言っても詮無き事ですが。私の仕事は貴女を葬ることであって、 貴女に望むべくもない残酷な希望を見せる事ではありません」 眉一つ動かさずに言い放ち、スコープの照準を合わせる。 「乞食から神まで、私の凶弾は差別はしませんよ。すべての仇なす者に平等なる死を」 恐るべき威力を秘めた大口径の弾丸が、可香美の華奢な体に風穴を開けた。 僅かに口を開いた少女の喉から、ごぼりと鮮血が溢れ出す。 無数に枝分かれした影の腕が、迫り来る死に抗うかのようにリベリスタ達に掴みかかった。 後衛の回復役を庇うべく、自分の身で攻撃を遮り続ける姓が、あは、と力なく笑う。 ただの他人なのに、どうして考えてしまうのだろう。救える筈もない、あの子のことを。 (……私にも分からない) 血も何も残せないこの体で、生きる意味が分からないから。 己の身を、切ることしか知らない――。 「どうして……」 激しく咳き込みながら、可香美が呟く。 何もしなければ、楽になれるのに。どうして、“私”は死に抗うの。 それはとても単純なことだと、糾華は彼女に囁いた。 「――根本では生きたいのよ、貴女。分かるわ。私だってそうだもの」 命を削り、運命を削り、それでもなお、闘うことを選んでいる。誰もが皆、抗う力を宿しているのだ。 死の刻印が、可香美の命数を削る。モニカの銃撃が、少女の体を大きく揺らした。 確実に追い詰められていく可香美のもとに、千歳が駆ける。 このまま終わるのは、あまりにも報われないから。 「ちーちゃん、今日はかがみちゃんのお母さんする!」 愛してくれる誰かがいなかったのなら、自分がなる。 先に攻撃を仕掛けておいて、こんな事をするのは矛盾していると分かっているけど。 両腕を伸ばし、傷ついた可香美の体をしっかりと抱き締める。 か細い声が、少女の喉を震わせた。 「やめて」 初めての温もりが怖い。それを受け入れてしまいそうな、自分が怖い。 知ってしまえば、戻れなくなるから。 光も、愛情も。そんなものは『この世界に存在しない』のだと――思えなくなってしまうから。 絶叫を上げ、可香美は千歳を振り払う。影の鎚が、彼女の全身に叩き付けられた。 運命の恩寵で踏み止まった千歳を背に庇い、アルフォンソがナイフを振るう。 「私たちは貴女を倒すしかないわけですが……貴女の生が無意味だったとは考えないで」 もう、言葉は届かないかもしれないけれど。 命を賭して娘を産んだ母親の愛を、否定してほしくはないから。 聖神の息吹で仲間を癒す祈が、可香美をじっと見つめる。 戦いで解決する以上、彼女に暴力を振るうという事実に違いはない。 結局、自分達も可香美の父親と何も変わりはしないのだ。 分かっている。それでも、最期はこの手を――。 「可香美さん、あなたの望みを叶えます。あなたはどうしたいですか?」 ななせが、真剣な面持ちで可香美に問う。 たとえ分かりきった答えだとしても、最後に、本人の口から聞いておきたかった。 「……終わりに、したい」 白い面を血と涙で汚しながら、少女が答える。 ななせは一瞬目を伏せ、そして、大きく頷きを返した。“鋼の軍曹”を構え直し、迷い無く雪崩の連撃を叩き込む。 それが可香美を“助ける”ことになるのなら――彼女の、望みのままに。 大きくよろめいた少女に、守りから攻撃に転じたゲルトが肉迫した。 「お前の罪は許された。だから俺達がここに来た」 少女の心に光が届くことを願い、手にしたナイフを鮮烈に輝かせる。 「神の元で安らかに暮らすがいい」 祈りの言葉とともに繰り出された、破邪の刃。 その一閃が、愛を知らなかった少女に終わりの時を告げた。 ● ふわりと翼を広げた祈が、死にゆく可香美を受け止める。 強張る体を抱き締め、彼女は慈愛に満ちた微笑みを少女に向けた。 「貴女は、この世界で生きていて良かったのよ。否定するなら、何度だって言葉にして紡いであげる――」 白い翼が、傷ついた少女を柔らかく包む。 問いかけるように瞳を動かす可香美に、姓が呼びかけた。 「あのね、君が生きた事に意味はあるよ」 少女の目を真っ直ぐ見て、真摯な口調で続ける。 「救えもしないのに、何が出来るかを柄にも無く必死で考えた。 そんな心、理不尽に命を奪う度に殺してきたと思ってたのに、 まだあった事に気付けたのは多分、君のお陰だから」 だから―― 「生まれて存在してくれた事に……有り難う」 可香美が、一瞬だけ目を見開いた。 唇を微かに動かすも、もう言葉にならない。 そっと手を伸ばした千歳が、少女の頭を優しく撫でた。 愛情と温もりの中で、彼女が眠れるように。 ゆっくりと瞼を閉じた可香美を抱き、祈が「お休みなさい」と囁いた。 「さよなら。貴女という命の事は、私が代わりに覚えておくわ」 糾華が、死した少女に別れを告げる。 手を下すことには慣れているが、何度経験しても厭なものだ。 可香美の死を忘れまいと胸に深く刻み、ななせが唇を噛む。 「『ノーフェイス』なんかより、もっとたちの悪い『人間』が野放しなのが悔しいですね」 アルフォンソが、深く溜め息をついた。 「父親とて、本来なら娘の出生を妻と共に祝い、温かな家庭を築きたかったでしょうに……」 ボタンを一つ掛け違えたように、全てが不幸な方にずれていった運命の残酷を思うと、どうにもやるせない。 ゲルトが、決然と言葉を返した。 「同情すべき面も存在するが、罪は償わなければならん」 伴侶を失った痛みも、二人の愛の結晶たる娘を――可香美を愛してやることが出来れば、時間とともに癒えていった筈なのに。 千歳が、固く拳を握り締める。 できるものなら父親を殴ってやりたいが、肝心の居所がわからない。 それに、アークのリベリスタとしては『神秘と無関係の一般人』に手出しできないという問題もある。 「……無かった事にはさせない」 姓が、低い声で呟いた。 自分達に出来るのは、警察に情報をリークして事件を法の下に委ねることだけ。 アークの助力は得られないとしても、一個人としての通報は可能だろう。 それで可香美が浮かばれるかどうかは、また別の問題だが――。 「悲しいな」 ままならぬ世の中を憂い、ゲルトが天を仰ぐ。 何気なく窓に歩み寄ったモニカが、ずっと閉め切られていたカーテンを開けた。 部屋を覆っていた暗闇は、可香美の死と同時に消滅している。柔らかな日差しが、少女の亡骸を照らした。 眩しげに目を細めた糾華が、誰にともなく問いを放つ。 「闇の中に、隠しておきたかったものは何だったのかしら?」 答えられる者は、一人もいなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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