● 忘れていたときならそうでもないが、一度思い出してしまった食欲を我慢するのは耐え難い。 腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。 供物を。 腹を満たし、口腔を満たし、咽頭を満たし、脳髄を満たす供物を! ● 「識別名『空飛ぶ海産物』」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、「五度目」と言ってモニターに大量の戦闘の映像を表示する。 「E・ビースト。フェイズ1。形状はイカ。空からミサイルみたいに落ちてくる。更にタコ。こっちは吸盤を弾幕のようにして攻撃してくる。そして、クラゲ。こっちはシールド、更にウミウシ、毒霧煙幕」 今までだと、イヴの子供の落書きクオリティの電子紙芝居が展開されたのだが、今回は本物のビデオ映像だ。 白いイカが、黒い石が大量に積み上げられた丘に向かって飛んでくる。 着弾した瞬間上がる火花、波うつ地面、ノイズにかき消される映像、激しいスクラッチ音、次の瞬間戻った映像には、芝生に微かに焼け焦げたあと。 「前回、イカが一匹墜落したときの映像。壇示監視用の隠しカメラだけど、肝心のところは映らなかった。地面は黒く焦げただけ。問題はイカの死骸がどこにもなかった点。今までは爆散したサンプルが回収できたんだけど、全然ない」 これが、新情報一点。 「それから、連中の目的地が明らかになった。集落・壇示の奇岩群。現在、持ち帰った資料精査中。だけど、ある程度は分かったからその分は公表する」 新情報、もう一つ。 「イカが落ちてから、壇示の各温泉施設は臨時休業中。でも、人口密度が上がってる。日本各地に散ってる壇示出身者たちが戻ってきてる。お盆はとうに過ぎたのに帰ろうとしない。何をする訳でもない。ここ、自給自足できるみたいなんだよね」 新情報、更に一つ。 「例のなんか怪しい温泉というか壇示の水源の一つ。アーティファクトそのものじゃないけど、それに非常に影響されやすくなる媒体が混じってる。一定期間過ぎれば体外に排出されるんだけど――」 モニターに模式図。 「これを摂取して、壇示に滞在し続けると、徐々にアーティファクトの影響を受ける。きわめて躁状態になり、多幸感、全能感、仲間との一体感の増進、そして、丘の上の奇岩の石室に入って行きたくなってたまらなくなる」 その後どうなるか。 行方不明になったアークのリベリスタ調査員小木は、石室にすりつぶされそうになっていたのを間一髪リベリスタに救助された。 命は取り留めたが、ショックが大きく、今も療養中だ。 「で、ここからが予知。壇示の年寄りから順に石室の中に入っていこうとしている。小木は、生存に特化したリベリスタだから耐えられた。一般人ならどうなるか分かるよね?」 石室に食われる。 「石室に殺されそうになっているなら、石室を壊すしかない」 そう言うイヴは無表情。 「だけど、石室の下に何かいるのを予知した。石室を破壊したら、その下にいるものも出てくる。だけど、あえて壊す。このまま壇示をほっとく訳にも行かないし。この際、根こそぎ潰す」 モニターに映し出される、現在の映像。 静かにたたずむ奇岩群。 「住人が動き出すのは、今夜。さらに海産物まで降ってくる。おそらく連動している。この間のイカがトリガーになったと思っていい」 リベリスタ達に緊張が走る。 「そういう訳だから、今回はチームを三つ組む。一つ、奇岩石室の破壊。二つ、天狗の鼻岩上での海産物迎撃。三つ、石室を壊して出てくる神秘存在の討伐」 ● 「そんな状況で、E・ゴーレム、識別名「奇岩石室」破壊。大きさは建坪50坪の家一軒。こっちは住人が集落から移動してくるまでに片付けなくちゃいけないから、時間に余裕はない。石室に危害を加えた時点で、集落から死に物狂いで住人が移動してくる。残念ながら住人全部を取り押さえるだけの人数を裂くことができないから、先手必勝で」 イヴはモニターに模式図を出す。 「大体集落から壇示まで、一キロ弱。三分くらいで来るよ。石室は石がうごめくからね。足場は悪いし、崩落してくる。ついでに悶える」 別のモニターに、石室に飲み込まれかけていた調査員小木がリベリスタに救出される様子が映し出される。 「たすけてけてうごくいしをどかしてよるうごくいしがもとはうみだったくろいいしはかえりたくてけてけてけてたすけてけてけてこのしたでもうごくいしししははあははおおきなささってささるいししどかしてどかしてじゃまじゃまじゃ――」 リベリスタをつかんだ手には穴が開き、足にも穴が開いている。 「しななだいじょうぶりべりすたはしななないたいいたすりつぶされだいじょうぶいしがからだのなかにはいひとつにないやだたすけこわしにたくないしにたくないしにたくない……」 「石室に影響されるとこうなる。小木は石室に来る時点ですでに媒体を大量に摂取していたからこうなったけど、みんなはよっぽどの事がない限り大丈夫だと思う。けど、体調が悪くなれば、つけ込まれるね。気をつけて」 イヴは模式図に、「物理!」と大きく書いた。 「この石、神秘が効き難い。物理的に粉々に砕いて」 『力任せ推奨』と、追記。 「これぶっ壊すとなんか出るって言ってたけど、本当に壊していいのか?」 手を上げたリベリスタに、イヴは力強く頷いた。 「放置しても遅かれ早かれ出る。そして、今日放置すれば、壇示集落は全滅する。この石室は、神秘存在をこの地に縛り付けておくものであると同時に、供物をささげる祭壇でもあった。ここを壊せば、供物を受け取ることなくヘロヘロ状態での顕現となる」 だから、とイヴは言う。 「石室に住人が食われれば人命が損なわれるだけではなく、神秘存在に魔力を供給することになる。後を勤めるチームのためにも、完膚なき破壊を期待する。ちなみに、このチームは規定時間が来たら、速やかに住民を先導しながら速やかに撤退。みんなが石室をきちんと壊せれば、住人は正気に戻るから」 イヴは無表情のままサムズアップ。 「ぶっこわして」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月24日(月)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 月が騒ぐ。 燦々と降り注ぐ月光が、照り映える。 小高い丘の上に黒々とそびえる奇岩石室。 「ついに、ついに来てしまった……」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は、冒険番組のナレーション的口調で叫んだ。 「ここがしまっちゃうおGさんの石室…!」 ごくり……と意味深に息を呑んだが、おGさんなる存在は確認されていない。 神秘存在がいるのは確かだが。 「人を喰うのかこいつは。さぞ腹減ってんだろうな……」 『最弱者』七院 凍(BNE003030)は、ぼそぼそ呟きながら、寝癖だらけの紅蓮の髪を片手でかき回す。 自分で使えないのなら、式神にブラシの使い方でも教えればいいのに。 「人間を食べる石室……おっかない仕掛けもあったもんだなー」 『気分はボーナスステージ!』滝沢 美虎(BNE003973)は、わははと笑った。 「このままだと一般人も被害がでてしまうのでござるな……それだけは絶対に防がないといけないでござるよ!」 『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は、未だ癒えぬ傷を抱えたまま黒い大太刀を手に取った。 兼久という銘を持っているが、それが何を指すかはもはや誰にも分からない。 分かっているのは、その恐ろしい切れ味ばかり。それで虎鐵には十分だ。 「根こそぎとは思い切ったな、気に入ったぞ」 『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)は、真白イヴにサムズアップ返しで完全破壊を誓った。 「俺としては中身の方に興味があったんだが、物理で粉々に打ち砕けと言われては断れん」 ここで断ったら、『粉砕者』を返上しなくてはいけなくなる。 「……フッ、任せろ。全身全霊を以て真白の期待に応えるとしよう」 「一つの事に3チーム派遣なんざ、贅沢な布陣だな。まっ、それだけの事って訳か」 緋塚・陽子(BNE003359)は、大きく緋色の翼を広げる。 先ほど、この後ここに突入するチームと別れたばかりだ。 自分達の結果次第で、彼らの戦況に大きな影響を及ぼすことになる。 「面白ぇ、それなりに楽しい勝負が出来そうじゃなーい」 面白い勝負を求めてアークに身を投じた、人生万事博打うち。 バトルドレスの腰に懐中電灯をくくりつけ、巨大仲間を手にして臨戦態勢だ。 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)空を、少し離れた天狗の鼻岩を見上げた。 「あの海産物軍団の狙いがこんな所にあっただなんてね……」 過去四度来襲した、識別名「空飛ぶ海産物」。 向こうに参戦したときは、この場を守るのがウェスティアの使命だったが―― 。 「でも、そんなのは関係ないね。住人達を殺させたりはしないの」 快活な笑顔が、仲間を鼓舞した。 「うごくいしとかすごくこわいやだやだいっぱんじんをすりつぶすとかあわわ――」 まだ奇岩石室の毒に当てられたわけでもないのに、すでに『三高平名誉女子第二号』内薙・智夫(BNE001581)の瞳のハイライトが消えている。 「拙者……いえ、なんでもないです」 ぶるぶる震えが止まらない。 恐怖心は常に智夫を脱走へと駆り立てる。 (おうち帰りたい。でも見過ごせないし……うう) 半泣きで踏みとどまる。 どんなにかわいくてもぐらっと来てはいけない。 人を守りたい一念で任務に携わる彼は、れっきとした日本男子だ。 よく見ろ。同宿の裾から見える足首の筋肉のつき方がちゃんと男子だ。 「僕、今のうちに色々かけておく。皆も今のうちにしておくといいんじゃないかな……」 腹さえ決まってしまえば、智夫は明晰に動くのだが、その境地に至るまでべそべそ騒々しい。 3分間。 リベリスタに許された時間は有限だ。 「まぁ、制限時間以内に物をぶっ壊すのはゲームで慣れてるし……多分リアルでも平気だっ!」 ゲーセン荒らしの美虎にとっては、格ゲーボーナスステージのクラッシュと大差ない。 「とはいえ人もボクらも食わせるわけにはいかないけどね」 終は、独り言めいた凍の言葉に大きく頷いた。 「誰1人しまわせはしないんだからね……!」 「気持ち悪い石室全体を、わたしの拳で瓦礫の山に変えてやるぞ! パーフェクト! わはは!」 なんとなく会話っぽくなったので、お友達はメイドカフェに一緒に行く系ばっかりの凍は急にワタワタし始めた。 がんばれ、異文化コミュニケーション。 戦友百人出来るかな。 ● それぞれが臨戦態勢に入るべく、神秘の技をそれぞれに施す。 「ふぉおーっ……」 その中でただ一人。 目元の暗視ゴーグルがきっちりはまっているのを確認した美虎は、いきなり最上段まで駆け上がってから天辺の石からそこまで徹れと、掌底を振り上げ、たった一つの選び抜いた神秘、大地を砕く掌を、奇岩を砕かんと叩きつけた。 「だらっしゃあっ!!」 (奮える魂の一撃はっ! 岩山をも砕くっ!) ならば、今の一撃は魂の一撃だ。 最上段の岩は砕け、それに呼応するかのように、石が身悶えた。 「なんか来るよ!」 耳を澄まして状況変化に備えていた終が叫ぶ。 鼓膜を幽かに、やがて大きく揺さぶる鳴動。 こみ上げてくる吐き気にこれはまずいと、本能が叫ぶままに耳を閉じる。 喚きだす。音だ波だ飲み込まれる見込まれる侵食される息をするのも恐ろしい飲み込んだ空気にそれが溶けている。 腹が減った……っ!! 腹が減った腹が減った飢えているどうしようもなく餓えている知らなければ目を瞑っていられたのに思い出しもしなかったのに一度思い出してしまったらもうどうしようもなく腹が減って腹が減ってそもそも今自分に腹があるのかどうかも分からないのに圧倒的な飢餓感が脳を蝕んで今脳があるのかも分からないのに喉から手が出るほど欲しくて欲しくて喉があるかどうかも分からないのに――。 奇岩石室を媒介に吐き出される思念波が、物理的に岩を動かす。 圧倒的な飢餓感を訴えるそれに対する憐憫の情がリベリスタを襲う。 かわいそうに……っ!! かわいそうにかわいそうにそんなに腹をすかせているなんて大丈夫すぐに満たしてあげる大丈夫すぐに食われてあげる今すぐすぐすぐ食べられてあげる飲み込まれてあげる咀嚼されてあげる消化されてあげる上げる上げる皆上げる手も髪も爪も肉も血も粘膜も皮も腸も今日食った晩飯の残りも皆上げるだから泣かないでかわいそうにかわいそうに今そこまで行ってあげるから――。 「陽子さん、しっかりしてっ!」 ゆらゆらと法悦の表情を浮かべながら、奇岩の隙間に足をつっこみ、混乱の果てに自らに刃を当てようとする陽子に、智夫が声を張り上げる。 凶事払いの光が一瞬辺りを真白に塗り込め、リベリスタに侵食した飢餓の声さえ放逐させる。 脳の中に手を突っ込まれてぐちゃまぜにされたような衝撃は、奇岩石室に突進しているリベリスタに少なからぬ衝撃を与えていた。 それでも。 後陣に控えた智夫とウェスティアは、互いに目を見交わし頷く。 智夫には全員の正気を、ウェスティアには、全員の魔力を、それぞれ維持する使命があった。 前衛の体半分削れるまでは、我慢する。 混乱によって同士討ちが発生する可能性がある以上、それを解除するのが先決だ。 堅牢な石室を破壊するのに名乗りを上げたリベリスタ達。 その力を互いに向け合えば、ものの一撃ニ撃で肉団子が出来上がる。 ● 「壊すのは……得意な方でござるよ?」 「さぁ、その中身ごと打ち砕いてやる」 身体の檻から、荒れ狂う力を解き放つデュランダル達は、その衝撃でぶちぶちと毛細血管が切れていくのを体感しつつも、口の端から歯をむき出す。 兼久に集まる虎鐵の闘気に、岩が粉々に砕けて丘一面にばら撒かれる。 (普段ならEP切れを念頭に置くところだが、これ程までに恵まれた環境ならば不要だ) ならば、美散は全力全開だ。 後方には、ウェスティアと智夫、二人の魔力供給源が控えている。 「存分に空腹を充たせ、我が槍の一撃でな!」 (石室は巨大だが打ち砕くには一点集中だ。攻撃時はなるべく石表面の同じ場所を狙い、表面上にヒビが入ったら集中的にヒビを穿つ!) 美散は、敵が強ければ強いほど血をたぎらせる。 しかしその熱血は、その思考を鈍らせるものではない。 石室の生死を問う――すなわち、その存在そのものを問う一撃が石の隙間にねじ込まれる。 一撃で一人前の革醒者が消し飛ぶ威力。 悲鳴を上げる石室。 しかし騎士槍による掘削は、とどまることを知らない。 「がんがん行くよ! 岩だけに☆」 ソードミラージュは軽戦士であるが、攻撃が軽い訳ではない。 速度もさることながら、終の強みは常人がいっ挙動する間に二挙動出来る可能性が桁外れという点だ。 正気に戻った緋色の翼。 その両手にはデスサイズ。 「時間制限付だ、ガンガン行くぜ!」 陽子は勢いに任せて、デスサイズをつるはしのように振り回す。 左右両方向から打ち付けられる二本の斬撃は寸分狂わず一つの音しか奏でない。 「もう一丁!」 更にもう一音。 殴り所、賭け所をかぎつけるのに長けた陽子と更に配当を増やす同時斬撃は相性がよかった。 (魔力は最後までもつ) 凍の中から分離して、赤い戦斧の踊る赤い猫が不可視の爆弾として岩に同化し、次の刹那に爆発する。 (怖いものは味方の攻撃と失血くらい、毎ターンただぶっ壊す事だけを考えて、ただひたすら――) 奇岩の悶えも飢餓の発露も、凍の意識の表面をなぞるだけ。致命的な不調を引き起こすことはない。 だから、避けない岩は、凍にとっては爆破し所をさらけ出した絶好のお客さんだ。 (腹減ってるところ悪いね、だけど喰わせられる人命なんて一つも無いよハンバーガーとかじゃ駄目かい? ボクは人よりもうまいと思うんだけどね悪いけど、とりあえず壊させてもらうけど、後で破片にでも美味しいもの持ってきて謝るからさ、許せよ) もこもこと音にならない謝罪とも語りかけともつかない言葉と共に大量の爆弾がせっせせっせと植えつけられる。 ● 黒い奇岩に、赤や白や紫の光が照り返す。 向こうでも始まっている。 健闘しているだろうか。 こちらに飛んでくるのだろうか。 空を見上げる暇もない。 彼らを信じる他はない。 大小さまざまの奇岩の積み上げられた接合面。それが全て奇岩の顎だ。 踏みしめた奇岩が勝手にスライドし、落とし穴張りにリベリスタを喰いにかかる。 「……っ!!」 苦鳴を殺し、目を血走らせ、岩も砕けよ、砂と化せと奇岩を叩き割っているつもりでいるのに、時として殴りつけたのが生身の仲間であるのを、顔にかかった返り血で知ることになる。 虎鐵が我に返ると、ほっぺたを血にぬらした陽子が吹っ飛んでいくのが見えた。 混乱した仲間をブロックしようと思っていたが、自分が混乱することは念頭において否いなかった。 バックリと足を断ち割られた陽子は、福音によって急速に癒えていくのを感じながら、デスサイズを振るう。 (今は相手にしない) えらい勢いでぶっ飛ばされたが気にしない。 (モチ、後で山ほど文句言ってやるからなっ) と、気持ちを込めて虎鐵を見下ろすと虎鐵も時間が押しと再び刀を振るい始めた。 とにかく今は目先の奇岩だ。 謝るのも、文句垂れるのも、全部後回しだ。 ● 凍の式神・シノは、和風の名前を裏切って金の髪を揺らしてフリルのドレスを着た、凍のご母堂手製の西洋人形だ。 戦闘範囲から注意深く退けられ、小さな顔に不釣合いに巨大な双眼鏡を望遠鏡のように使いながら、集落から続く道を見張っている。 『こーる』 凍の耳に、シノの声がこだまする。 『ひとがくるよ、おじーちゃんとおばーちゃんがくるよ。たくさんくるよ。みんななんかへんだよ』 時間がない。 「シノ、踏み潰されないところに逃げろ。お前一人じゃ止められないから」 式神は、主に逆らえない。 しかし、どこか躊躇する気配がある。 「いいよね? 代わりにボクが頑張るからさ!」 (終さんに1回、美虎さんは2回程度、陽子さんも2回程度、美散さんは3回程度、智夫さんで3回程度――) ウェスティアは、どのくらい魔力を供給すれば全員が効率よく動けるか確認していた。 「僕、この次ブレイクフィアー。ちょっと見えないから、中入ってすぐ戻るから、回復お願いします!」 「任せて!」 後衛に陣取る二人、特に凶事払いが出来る智夫に換えはいない。 時間的制約のあるこの案件では、攻撃機会の損失は徹底して回避したい。 更に、皆威力を上げるためガチガチに底上げしているのだ。 その状況で同士討ちしたら、無事ではすまない。 悶える岩室の精神攻撃は強烈で、智夫は石室の外周を走り回りながらの回復となった。 天狗の鼻岩から見えるだろうか。 ひっきりなしに光る奇岩石室が。 智夫が石室の勢力範囲に入って凶事払いをしようとしたとき、石室が悶えた。 智夫に石室の狂乱の波動が叩きつけられようとしていた。 それを遮るように美虎が立ちふさがった。 ふっと軽くなる空気に智夫は小さく息をつき、光を放つと安全圏まで飛び退る。 「美虎さん!?」 男前な十二歳女子は僅かに振り返る。 不敵な笑いを浮かべて、また雄叫びを上げながら奇岩に立ち向かっていく。 それを支えるための後衛だ。 礼の代わりに放たれる、聖戦の加護。 奇岩に取り付くリベリスタの意志を駆り立て、守りを厚くし、体を蝕む不調を払いのける。 もはや時間がない。 「避けぬなら、狙ってみるでござるよぉ!」 虎鐵が闘気で輝きだす。 目にも留まらぬ連撃はデュランダルの動きを越えている。 跳ね上がる奇岩の塊が、砲弾のように周囲に飛び散っていく。 「お株奪われちゃうね☆」 茶目っ気たっぷりに終はナイフを振りかざす。 止まらない。 カキ氷でもこしらえるように、終の足元にこぼれる奇岩の粒が石の滝のようにジャラジャラと音を立てて地面に積みあがる。 智夫が仮初の翼を付与していなくては、皆足場に苦慮するほど着実に石室は打ち砕かれていた。 「後一息と言ったところか――」 基底部に石切の要領で念入りにひびを入れて回っていた美散が、周囲に注意を促した。 (この集落が供物を捧げて発展した事は確かだが、そんな偽りの繁栄などこの世界には無用の長物。さぁ、三食昼寝付きの封印から叩き起こしてやる) この石室から放たれるのはなんなのか。 それと一戦交える事が出来ないのは残念だ。 せめて、餞とばかりに派手に崩してやろう。 「目覚めろ。黄泉路へと旅立つ時間だ」 騎士槍が突きこまれるのを合図に、全員がここぞとばかりに更なる瓦解に精根を尽くす。 ウェスティアも石室の領域に駆け込んで資本の魔力の奔流を解き放ち、智夫もついぞ投げたことのない投槍を石室目掛けて必中の構えで叩き込む。 崩れていく。瓦解していく。 遠のいていく悶え。 アンテナ代わりの石室がなくなったから、もう「何か」の考えはわからない。 代わりに足元から強烈な違和感。 ありえない怖気。 何かいる。 理解できないモノがいる。 決して心が通わない、心を通わせてはいけないナニカがいる! 「皆、人がっ!!」 振り返れば、よろめくように奇岩石室に殺到しようとしていた老人達がその場にへたりこんでいた。 ウェスティアと智夫が集落からの小道に飛んでいく。 「みんな、しっかりしろぉおおおおっ!!」 美虎が叫んだ。 大音声。 「落ち着いてよく聞いて欲しいんだけど、ここは壇示外れの石室は、もうちょっとで崩れる! でも、わたし達がちゃんと皆を集落まで誘導するから、安心してついてきてくれ!!」 老人達の後を追ってきていた住人達が、戸惑いの表情を浮かべる。 「このままぼーっとしてたら生き埋めだぞ!!」 と、真剣な表情と勢いでとにかく突進してくる少女――美虎が、懐中電灯を振り回す。 「石室周辺の地盤が崩落する危険があります! 危険だから落ち着いてオレ達についてきて!!」 眼帯の青年――終がカンテラを振り回しながら人ごみを抜けて、集落への道を確保する。 いかつい男――虎鐵が先等の老人を肩に担いで、別の老人を小脇に抱えた。 「逃げないと生き埋めになるでござる。立てる人は立って走るでござるよ!」 (立てなければ、限界まで担ぐでござる!) そういいつつも幻視を忘れない。 ここで人外の様相を見せたら、それだけでこの場はパニックだ。 若い男――美散がみやげ物の婆さんを背負って走り出す。 「逃げろ!」 若い女――陽子が、腰が抜けそうなおばさんの腕をつかんで引きずって歩く。 「大丈夫よ。まだ間に合うんだ。逃げんだよ。死んで花実が咲くもんか。生きてりゃ次の賭け時があるってんだよ!」 集落への道を戻っていく。 逃げるのだ。 とにかく逃げるのだ。 ここは、まともな人がいていい場所ではなくなってしまった。 後は、まともではない――革醒者に任せるのだ。 「しかし、これでまだ何か出てくるのかよ……」 凍はシノを回収すると、殿で集落に向かう。 「後は頼むよ。キミ達の分のハンバーガーも買っておくからさ」 すれ違い様、通り過ぎるアークの次の一手八人は、凍の背中にそれではと、ハンバーガーの注文を投げつけた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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