●フィクサード・W88・セレ ――助けてあげようかい、君達? ――呪いに関しては、愚生はそこそこなんだがね。 ――存分、楽しませておくれ。元締めも喜んだなら、そうしたらだよ。 「……」 W88は、物思いに耽けながら階段を登っていた。 手伝ってきなさい、と命令を下した者はすこぶる恐ろしい。 手伝いに行った先で対面した依頼人は、すこぶる優しかった。 上手にやれば、助けてくれるという。 信用できるのか。 信用できる訳がない。どちらも黄泉ヶ辻。 そして、信用の有無など関係なくても、任務を達成しなければ、死ぬしかない。 「……巡……さん」 でも信じたい。 胸裏を思索で埋めながら踊り場にでる。七階を示す数字が見えて、横にある鉄の扉を見た。 細った手で、重い鉄の扉を開くとフロアが広がる。 蛍光灯が灯っていて、とても眩しい。 「誰だ、お前は」 W88は、視線が集中する事を感じた。 声の主はおそらく同い年位の少年と思った。 何事もなかったなら、彼らの様な仲間と肩を並べて、笑って、遊んで、そして自分をこの様な形に変えた悪を倒して……。 「――そういう生活があったのかも」 「何? どうした、君? こんなに痩せて、大丈夫か?」 「だれ? この――」 W88は、駆け寄った二人の男女の胸にそっと手を添えた。 じゅわ、と炭酸が吹き抜けるような音がして、二人の前面はどろどろのぐちゃぐちゃに溶解した。 胸を中心に首から顔面への表面を溶かす。剥き出しとなった心の臓をW88は握る。 「残り、反応……3。やり過ぎは良くない」 ぐじゅりと握りつぶす。 「お、おい! なん――」 手を掲げると、続いて一人がW88の近くに引き寄せられる。 「ごめんなさい……」 また溶かす。溶かして握る。引き寄せる。溶かして握る。引き寄せる。溶かして握る。 やがて、階段の扉の前には腐敗液と腐肉が広がり、悪臭がフロアを支配した。 「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ、やっとるねえ! もう終わったのかね? うっ、くせえ! オエ!」 「……如月さん」 醜悪な肥満体の男が、連絡路からくるくると現れた。 「うむ。私は一足先に撤収させてもらうよ。死体は運び込んでくれたまえ。一体に限り補充を許すよ」 「……はい」 W88は毒に塗れた死体の一つを見た。 顔の表面は完全に溶けて、筋肉と血管が垣間見えている。眼球も灰色に濁っている。鼻孔を穿つほどの緑色の腐汁と、そこから昇る臭気。しかし、飲み下さなければ補充ができない。 W88は、照明を消してじゅるりと啜った。…… ビルの一角。オフィスフロアにて、小規模のリベリスタ組織が壊滅した。 フロアには腐臭がたちこめて、視界すら歪ませるよう程の悪臭に満ちている。 デスクや椅子は無造作に転がり、床の絨毯には緑色の染みが生じて、とろけた革醒者達が転がる。 「エレさん……私達は……」 ●二冊の報告書 「こっちはフィクサード・W88の撃破をお願い」 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)が、ぽつりと言った。 「あ、誰かW00って名前に聞き覚えは? あと巡 三四――ううん、やっぱりいいわ。今日は関係ない」 言葉を途切れさせて、改めて語るによれば、敵は小規模リベリスタ組織を抹殺し、死体を持ち帰るのだという。 黄泉ヶ辻らしく、死体を持ち帰る事の意味は何とも理解できない。 「ところで、今"こっちは"って言った?」 「うん。フィクサードは二人一組で行動しているの。もう一方は別のところよ」 リベリスタ達に二冊の報告書と見取り図が配られる。 作戦領域は、ツインタワーのビルだった。 七階に連絡路があり、タワーの中央から連絡路に向けて縦にエレベーターが伸びている。 作戦は、エレベーターから連絡路に行き、連絡路からフロアに突入する形となる。 到着時には、既に死体だらけの部屋で戦闘となるという。 「Wシリーズは、黄泉ヶ辻のフィクサードによって肉体改造された女の子たち。兵士でもあり兵器みたい」 一冊目は、過去にWシリーズという者が起こした事件の概要があった。 「女の子たちは、体はアーティファクトで改造されてるの。定期的に薬を補充しないと死んでしまう代わりに、強力な体を得たの」 報告書からは、Wシリーズとして不可逆に兵器に改造された少女たちと、対するリベリスタ達の胸裏がチラチラ伺えた。 「彼女はプロアデプトタイプ。でも全然違う未解明の技を多く使うわね。どこかマグメイガスっぽい」 「二人組の片方だけが目標?」 「うん。そっちはもう一方のビルにいるの。他のブリーフィングルームで相談中よ」 前回はWシリーズの二人組に対して、八人で対応している。 一方を倒す為に八人とは、いささか規模が大きい。 「もう一冊の方を見て」 イヴに言われるがまま、もう一枚を見れば『秘密兵器請負人』というフィクサードに関する報告書となっていた。 得体の知れない名称が連なっている。 『88mm大陸弾道ドリルバンカー』『フェニックス放射器』 『八連結連装獄殺チェーンソー』『対空火炎放射器HUGEバーナー』 「Wシリーズとやらの二人が、変態兵器を持っている。つまりそういうことだ」 壁際に片腕を欠いた女が部屋に入って来た。 イヴ曰く、変態兵器に詳しい参考人ということらしい。 「変態兵器には別のアーティファクト――"箱"が内蔵されている。単品でも強力で無差別な呪物らしい」 過去に、木っ端フィクサード三人が変態兵器の作用で強化され、八人であたった依頼があった。 ならばWシリーズが、変態兵器を持てばどうなるか。想像に難くない。 連絡路があるのならば、あちらとも連携が取れるのだろうか。 「この作戦は、君たちも含めて十六人が投入されている。せいぜい頑張るがいい、リベリスタ」 「よろしくお願いね」 イヴと参考人がぺこっと頭を下げて退室すると、リベリスタ達は作戦に向けて準備を始めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月23日(日)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●小夜奏 -Operetta- 月光。 大きな長方形のガラスを遠慮無く抜けて射す光は、やわらかく、寛容を湛えていた。 反面に、集ったリベリスタの胸裏は、周囲の青墨色の闇のようでいて、あるいは沸騰するものを携える者もいる。 むせ返るほどの腐臭。腐臭が鼻孔を穿つ。…… 『Trompe-l'?il』歪 ぐるぐ(BNE000001)が"引き寄せられた"。 絡んだ細い網から猛毒が染みこんでくる。 「ぐるぐさんびっくりした!」 「貴方達は何!」 ここでフロアの照明が自然と点く。もう一方のグループが照明を点けたのか。 陽に照らされるように、ガスマスクを着けた目標――W88が目の当たりになる。 「アークリベリスタ。君を殺しに来た。悪ぃけど救ってやれない」 『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)が、感情を押し殺して問いに答えた。 「……ア、アーク」 W88は、声を震わせながら後退する。 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は黙して、静かな怒りを胸に前へ出る。W88へ向けたものではなく、元凶に向けてのもの。見れば、W88は声だけでなく、足も震えている。一層に心苦しい。 「やるしかない」 絞り出したもので胸裏を塗りつぶし、完全な守りで身を固める。 『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は日傘を片手に、殺意を告げた。 「貴女達に罪は無いのでしょうけど、見逃す訳には行かないわ」 どの時代、どの国にも禁忌を冒そうとする愚か者は絶えない。人の身も心も弄んで驕れる無能な神にでもなった心算か。 「だから、せめて――2人仲良く楽園へ旅立てるよう祈りなさい」 怒りを表すほど感情的でもなく、冷徹に切り離すほどでもない。だが愉快なものではない。 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は全く益体ないことだと考えていた。 「まあ納得出来ようと出来なかろうと自分の人生は自分の責任以外では有り得ないのだわ。選択の余地など無かった、等と思っていようとね」 益体ないことでも、全力を尽くし、何を考えているのか分からない閉鎖主義組織が、黄泉ヶ辻であると考える。 死体を運んでどうするのか。 「私、面倒が嫌いなのよね」 「Wシリーズちゅー名前は知っとる。改造人間のできそこないでさなぁ」 『√3』一条・玄弥(BNE003422)は顎に手をやりながら、仲間をそして敵を交互にチラチラ見ていた。 くけけと笑い、仕事にかからんと得物を携える。 過去の職業柄、玄弥にとっては何とも良くある話で、別段苦にもならない。 「きっちり、仕事はやらせてもらいやす」 「やはり、今回もその命を絶つしかない。どんなに遣る瀬無くとも」 『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)は、過去に対峙したWシリーズを思い出していた。 W37とW55。二人は最期まで愛称を呼び合っていた。 彼女たちの悲痛な悲鳴が胸裏にこだまする。W88、セレ。せめて救いを。 『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は、変態兵器を見ていた。 「今度はハードの方も強化されてるのか……しかし悪趣味だ」 七海は、過去に変態兵器を追っていた。 黄泉ヶ辻の変態兵器担当者と、Wシリーズ担当者が協力しあっているのか。 「倒すしか道はないけど。辛いですね。リベリスタもフィクサードも」 七海が弓を引く。 「やめて! やめてやめてやめてやめて!!」 レドームが発光する。 万物に働く強烈な引力に斥力。窓ガラスが全て砕かれた。 ●擦れ違い -Across The C.Hazard- リベリスタ達は散開した。 全てはレドームが齎す、厄介な効果の対策の為。磁場転換を複数班が纏めて受けないようにする為。 前衛が張り付きつつ、後衛は連絡路を背にする6時方向。脇から攻める3時方向にエナーシアが。9時方向へと進む氷璃と大和。 「くっ」 「おっおおおー!?」 ぐるぐと快が遠くに飛ばされ、玄弥と七海、俊介が引っ張られる。 マッドガッサー、小規模リベリスタを全て溶かした、死の接触が迫る。 「おわっと」 玄弥が掌で応じるは、強欲の爪先。爪がW88の掌を貫く。 貫くが、伝ったW88の血が、じゅわりと玄弥の手を爛れさせる。 「いらん、ごきぶりまで一緒に引き込んだなぁ、ごきぶり喰ろうて見るか、おぃ」 奪われたなら奪い返す。強欲の基本。 「毒を食らわば皿までとくらぁ、くけけっ」 狙うは皿のようなレドーム。背負っているのならショルダーベルトか何かがあるのだろうと注視する。 「W00ってどんな人ですか?」 「こ、これを済ませば! 私は助かるのよ! 戻ってくるのよ! 戻ってくるのよ!」 W00の名を出した七海に、的を射ない返事が来る。 「生きたいのよ! 平凡に生きたいのよ! 何が悪いのよ!」 「巡さんは約束を守る方だと思いますよ。ただ――」 「……っ!」 七海は彼女が拠り所にしている者を考えた。 興が乗った事なら何でもやりそうな人柄。ただし本当に興が乗っていたならという前提がつきそうだった。 「そうよ! 巡さんは信用したいのよ! だからやめて! やめてよ! 見逃してよ! 見逃してくれれば私達は」 「結末と薬はどうするつもりですか?」 七海が突きつけたものは、現実だった。彼女がアテにしている人物の口添えがあったとしても、W00が首を縦に振らない限り叶わないであろう、現実。 「う、アアアァァァァ! 死にたくないよ! 死にたくないよ! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」 狂乱するように、死の接触を七海に向ける。俊介に向ける。 得物で防ぐ俊介は、感情を押し殺しきれなくなっていた。 「俺は、俺には、セレとエレは敵だとは思えなくて、でも倒さないといけなくて――」 聖神の力が、毒を浄化する。 「なんでこうなるんだ。これだから神秘ってやつは嫌いだ!」 神秘への憎しみを爆発させ、俊介はW88の両肩に手を乗せた。 「違うだろ、そんな名前じゃないだろう! 教えてくれ! 人だった時の名前を! 忘れないでくれ、人の心を殺人鬼になんかなったらいけない! どんなに身体が壊れようが、どんなに闇に引きずり落とされようが、二人はそんなことする奴等じゃないって、最後まで信じてるから」 「うるさいよ! 気に食わないのよ! 安全なところから、ピーピー信じるからとか意味分かんない事をさえずって! 殺すんでしょ、結局、殺すんでしょ? 飾って飾って飾り立てた安っぽい言葉を並べて!?」 「本心なんだ! 本当なら助けたいんだよ! 助けたいんだ!」 「そうそう、その調子で全部ぶつけてきなよ、命がけで聞いたげる」 俊介の後ろから、ぐるぐが飛び出した。 レドームを上から殴りつける。蹴りつける。 「えい! もう一回!」 「変態兵器。イングランドの対空火炎放射器やパンジャンドラム並みの素敵性能を持って来てから言うのね」 エナーシアは何とも面倒臭そうに考えていた。 変態兵器レドームをエネミースキャンで解析する。 「快、早めに接敵お願い。それからBlack Boxの位置をガイドするわ」 「ああ」 「ほら、しっかり。貴方が耐えてくれないと、こっちが危ないんだわよ」 「分かった」 快もまた、俊介と似た胸裏にあった。自分の力は、誰かの夢を守る力。 死にたくない。という想いをなりふり構わず口にするW88に、自身がメタルフレームとなった経緯が多少にチラつく。 死にたくない。をW88が口にする度に、憤りと悲しみが大きくなる。 意を決して、得物に光を宿らせて断腸の思いを乗せて斬る。ガスマスクが砕けて落ちる。 「外道め……!」 素顔を垣間見た途端に、快は唾棄する様に言った。 ただの少女だった。大学で、下級生で、よく居る者とまるで変わらない。 「……ひぐっ、エレさん」 体液が落ちて、ジュワッと煙を上げる。 「理不尽への怒りでも、我が身の嘆きでも、なんでも構いません。ここで全てを吐き出してはみませんか?」 憤りも、吐き出した想いも、全て元凶に叩きつける。大和は胸裏をそれ一色で塗りつぶした。 大和が道化のカードを放つ。蛇の加護を伴った道化のカードは何処か悲しさを湛えていた。 「彼女が吐き出した想いは、全て心に刻みましょう」 「ええ」 氷璃は低空飛行から魔曲を奏でる。奏でた奔流でW88を飲み込む。 氷璃もまた、自身とW88に重なるものがあった。 運命に抗う姿こそ、無慈悲で残酷な運命が人に求める姿と信ずるが故に、手を止める事はない。 自身の胸裏を掠めるものが、自身に齎された"抗うべき運命"であり、W88にとっては、この場が"抗うべき運命"。故に、手を止める事はない。 「助けて! 助けて!」 奔流に強いダメージを受けたW88に異変が起こった。 衝撃が多く加わってショートを始めるレドーム。ごきり、ごきりと音がして、W88の前面部が隆起する。 素肌の部分には、血管のように導線が走り、灰色のチューブが生じる。 磁場転換。続くマッドガッサー。 今まで、掌のみだった接触が、今は周囲を溶かし尽くすかの様な、沼の如き奔流を上げる。 爆発のような転換磁場がフロア全体を揺さぶる。 移住、マイグレート。その戦いは移り変わる様に激しさを増して征く。 ●呪と毒の協奏 -Duo fur Violine und Viola- 何度目かの磁場転換。手元に引き寄せるトラップと毒の接触。毒と毒と毒の蓄積。 前衛の体力が心許なくなってきた領域で、エナーシアが声を上げた。 「ボーダーを超えたわ」 エネミースキャンを駆使するエナーシアの言葉は、W88がツインタワーのもう一方へ合流を意味していた。 「エレさん……、助けて!」 「やはり、ここね」 氷璃が諦めた様な声を上げた。 警戒していたのは、連絡路を遮った時に皆が集合してしまうこと。 これがW88と戦うにあたって"二番目"に警戒しなければならない技を誘発する。 「どいて、どいてよ!」 その懸念の通り、レドームからスパークが迸る。氷璃が全力移動でもって進路を塞ぐ。 「耐えるしか無いわね」 「正念場です」 大和が氷璃に応じて進路を塞ぐ。幸いにして未だ運命を毒にくべた者はいない。 この一撃でどれだけ持っていかれるか。 「溜め反動って結構辛いよね」 ぐるぐを始め、連携させまいとリベリスタ達は連絡路を遮る。 磁場転換が生じて、前衛と後衛が入れ替わった途端に、W88は手をかざした。 pi.... 不細工な電子音がレドームから生じる。 レドームから伸びるチューブがW88の体内を通り、掌からチューブの口を覗かせる。 ごぽりと、緑色の液体。 ...P.Migrate. 「気休め程度やけどなぁ」 玄弥は攻めの手を止めなかった。 暗黒に魔閃光と、行動を読ませないことが、長く張り付く事を可能とし、消毒液をぶちまけて奪命剣を振るう。 「汚物は消毒でさぁ! ヒャッハー!」 玄弥の攻撃がショルダーベルトを切断し、レドームを引き]Rがす。 「おーおー、けったいな改造やんけ」 W88の背中には、無数のケーブルが潜り混んで、引き]Rがすには骨が折れそうだった。 「同情や憐憫はありますけどそれでも生きようという姿は惹かれるものがある。よし、撃ってこい」 七海は、仕掛けの仕上げに取り掛かっていた。 「合流はさせない」 溜めによる猶予。快も連絡路を塞ぐように守りを固める。 「……」 W88の掌より、体液の総量を遥かに超えた堰を切って流れ出る。 魔曲・四重奏の毒の部分を強化したかの如き、一色の奔流がリベリスタ達を襲った。 「うわー、流される~」 毒の奔流、連絡路に詰まるほどあふれ、ぐるぐごと、窓を破って下へと落ちる。 「再現は、難しそうね。だけど――」 難しいだけ。何とかなるかもしれない。氷璃は直感だがそう感じた。 尤も、この場で倒すしかないのが残念極まる。押し返す様に魔曲を放ち、そして毒に飲まれた。 「プランD、所謂ピンチだわね……主に、連絡路が」 エナーシアが通路を横切る黒いものを見た。突如、連絡路が傾く。 片方の支えを失ったかの様に円筒形の通路はギシギシ揺れ、通路に先には何もない空間と、遠くに地面が見えた。 「うわ不味い、滑る……!」 ヘドロのような猛毒がこびりついている。七海は矢を突き立てて滑り止めとする。 俊介の身は呪縛に侵されてずるずると下る。七海の浄化の鎧が解除に至らず、解除できる快も、動けない訳ではないが死毒で状態は悪い。 「落ちる……!」 ここへ上からドダダダと、雑踏が聞こえた。 「済まない! 聖神の息吹をくれないか」 俊介は支援要請をした。神の息が降り注ぐ。 「助かった。あと照明有り難うな」 聞こえているかは分からないが、礼を述べて俊介は駆ける。 毒が抜け、体力が回復した快も立ち上がる。 W88は、膝をついて肩で息をしていた。 反動に加え、七海が仕掛けていた浄化の鎧による反射が注ぎ、氷璃の魔曲が大分を穿った結果だった。 「ま、だ……エレ……さ」 「ぐるぐさん帰還! いっくよ!」 「あっしは毒死やのうて腹上死がええんでさなぁ!」 回避に成功していた玄弥が、奪命剣で取られたものを奪い返す。 「少しだけ道が違っていたのなら、三高平の、気にいい奴らと、馬鹿やって、そして――」 快は下唇をグッと噛んで、リーガルブレードを振り下ろした。 「んーそのお化粧はぐるぐさん好みじゃないなー」 ぐるぐがアデプトアクションを放つと、レドームから走るコードやチューブが破壊され、同時にW88は倒れる。 「――セレ!」 W88を呼ぶ声が響き、W88が再び立ち上がる。 立ち上がり、レドームをたぐり寄せる。 「……エ、レ、さ」 「毒の身体だろうが、それごと飲み干してやる」 俊介は犬歯をW88の首筋に突き立てた。 「ヒトからかけ離れたナニカではなく、ヒトとしての彼女へ終焉を告げるために……」 大和が放つ札が、異形化を齎すレドームを強く砕く。砕けたレドームの隙間より、Black Boxが正体を現す。 「〆だわ」 エナーシアが銃口をW88に突きつけて、引き金を引いた。 ●情の移乗 -PoiZon Migrate- 死ぬには良い日だ、良い月だ。 かぐや姫だってビジネスクラスでも里帰りしたくなるだろうな。そう思わないか? ――――恐山派フィクサード『係長』 「面倒は嫌いなのだわ」 エナーシアはレドームを完全に破壊した。 W88は出血により、時間の問題。止めを刺すまでもない。 「君の名前を教えて欲しい。セレ、なんて偽物の名前じゃなくて」 快がW88を介抱した。 「……」 床を濡らした体液は、溶解が発生しなかった。 俊介が吸血した事で、多少にまともな涙が戻ったのか。先の技で毒素を多く放出した事なのかは定かではない。 「元凶は、絶対やっつけるから」 想いを全力でぶつけた俊介の後押しで、W88は渋々と口を開く。 「……焼ヶ原 あさがお」 「あさがお。許しは請わない。だけど、後悔だけはさせない。俺達が、この悲劇の環を断ち切ってみせるから」 「ちゅう!」 ぐるぐが抱きついてW88に唇を合わせる。 突然の事で、目を白黒させるW88にぐるぐは満面の笑みを返す。 「ぐるぐさんたち、ほんとはね。……ううん」 言葉より行動で示す好意の証し。W88――あさがおは嗚咽しながら言葉を絞り出した。 「――お願い、W00をやっつ……」 俊介は、W88の瞼を撫でる様に下ろした。 : : : 「W00。仕留めればゼニも弾みやすか。くけけ」 玄弥は月を見ていた。死ぬには丁度良い、呑気な月が浮かんでいる。 「あっちも済んだらしいですね。しかし死の間際に会わせられないのはこう……残念だ」 七海は連絡路の上を歩いてくるグループに目をやった。 「せめて一緒に眠らせてあげませんかね」 「そうですね」 大和は七海に意を重ね、タワーのもう一方のグループを招き入れた。 彼女達の身体はどこかへ運ぶ前に溶けてしまう。 せめて見晴らしの良い所で、二人で―― 「彼女達が安らかであらんことを」 大和が祈りを捧げ、リベリスタ達はツインタワーを立ち去る。 「『コトリバコ』。これ、コトリバコなのですよ!」 ぐるぐが変態兵器の中にあった別のアーティファクトをくるくると回して報告へと行く。 箱の効果は失われ、今はただの木箱となっている。 彼女たちの事を想うなら、やるべき事はここで悲しむ事ではない。 元凶を倒す意志が、何よりの弔いになる。 氷璃が、ツインタワーに向かって静かに呟いた。 ――Au revoir. |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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