●殺人鬼の作法 少女は殺人鬼であるべきだ。 どこで読んだか、何時に聞いたのか。覚えてはいないけれどその通りだと思ったことを覚えている。思えてしまったことを覚えている。 その頃から私はずっと殺人鬼に憧れていたし、その為にナイフの使い方や気配の消し方を覚えたものだ。 今思えば恥ずかしい。たかだか女、それも子供の手で簡単に人間が殺せるほどホモサピエンスは脆弱ではないし、私もそこまで怪力なわけではない。なに、厨二病の一環だったのだろう。 それでも憧れは止まなかったし、そうであろうという努力は続けた。同年代の女子よりナイフの扱いは上手くなったし、気配の隠し方も上達した。あれ、女の子ってナイフ振るうもんだっけ。 そういえば、死体の隠し方も上手くいったものだ。私だって日本の警察を舐めてはいない。発見はできうる限り遅らせたし、いち女子高生が犯したものだなんて気付かれないよう無い脳みそを絞ったものだ。おかげで私は今も元気に高校生をやっている。 かといって、殺人は楽じゃない。未だに一撃で死んじゃくれない大人はいっぱいいるし、そういう時は惨殺死体になってしまう。あれは勘弁して欲しい、グロテスクは得意じゃないのだ。もっと早く死んでくれたらいいのに。 だから、この能力を得られたときは歓喜した。大の大人でも正面から括り殺せる膂力。殺人現場からすぐさま逃げ出せる脚力。素敵だ、最高だ、無敵だ私は。 そうだ、私は、私は……ねえ、聞いてる? 嗚呼もう、死ぬならそう言ってよ。私が馬鹿みたいじゃないの。 ま、いっか。過ぎた事悔やんでも仕方ないし。 靴底で地を擦る。飛び散る火花は油に変わった血液に容易く引火し、青白い炎で遺体を包む。骨まで燃えて、肉まで消える。 調子いいから今日はもう1人いっちゃおうかな。流行りの曲を口ずさみながら、私は夜闇へ飛び出した。 私は少女だ。少女は殺人鬼であるべきなのだ。 ●預言者の技法 「という夢を見たんだ」 という夢を見たらしい。なんだ夢かで終わらせられないところが預言者なのだが。 例に仍って、予知の少女曰く。 警察組織でも捜査しきれず、捕まえることのできなかった殺人鬼。通称『プランB』が革醒し、あろうことかフェイトを得てしまったのだという。 元より巧妙な手口で殺人を繰り返していたプランBだが、これで更に手が付けられなくなるだろう。だが、件の犯人にとって不運であったのはこのことによりカレイド・システムで捕捉されてしまったことだろう。 このまま成長すれば手が付けられなくなる。なんとしてもフィクサードとして事件を起こす前に対処しなければならない。 「このままだと被害は拡大するし、強力な敵を作ることにもなる。その前に、なんとしても捕まえて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月07日(火)22:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●処刑人の方法 哲学や啓蒙というやつは、つまるところ自分の妄想をさも偉そうに書き殴ることだと思うのだ。断っておくが、これは何もそういった学問・思想の分野を貶しているわけではない。寧ろ自虐の一環と言えよう。なにせ、私もその偉そうな一徒に過ぎないのだから。 他者への押し付けがない。別コミュニティへの介入がない。村八分が存在しない。そういった哲学はとても結構な話だ。しかし、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)にも殺人鬼とはまた違った哲学がある。 『私が気に入らない人は嫌な思いをしろ』 人を殺す少女が気に入らない。シンプルな話だ、お前の邪魔をしてやろう。 女子高生とか、ちょう素敵。ただ、殺人鬼はノーサンキュー。『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)にして、女の子と殺し合いだなんて気分のいいものではない。心地良くないものは、あまり長引かせないに限る。手っ取り早く済ませてしまいたいものだ。 過ぎた悪戯にはそれ相応のお仕置きが必要だろう。殺人鬼であっても同じことだ。規則を破れば、罰さねばならない。まだ少女だからといって『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)には敵への情けがない。冷静に、淡々と。誰それにして、鬼でも悪魔でも言いたいように言うがいい。 少女は殺人鬼。何とも歪んでいると源 カイ(BNE000446)は思考する。少女は殺人鬼であるべきだ。それを理由として行使される殺人行動。恨みでもなく、楽しみでもなく、食事でもなく、嗚呼成程と理解及ばずも納得出来るだけのロジカルを、一切に介在させない殺人行動。まっとうではない。まっとうな殺人鬼ですらない。 相も変わらず、狂人の思考は理解し難い。だが、『消失者』阿野 弐升(BNE001158)からすれば、そのあたりはどうでもいいことだ。殺人鬼は正常な社会行動の悪点、つまりは害獣と変わらない。その駆除に、下手すれば命を落とす以外には。 『絶対零度の舞姫』アイカ・セルシウス(BNE001503)にしても同じことだ。戦えればそれでいい、血湧き肉踊ればそれでいい。自分が少女にしてやれることなど、そう多くはないのだから。 プランB。少女に与えられた通称だそうだ。否、公的機関からすれば少女とも知れていないのだから、単なる殺人鬼の俗称なのだろう。しかし、プランB、プランBである。捕まえるつもりが本当にあったのだろうか。軽く頭を抱える『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)にスカート履いたロボットの如く言ってやりたいところだが、件のお題は地底人ではなく殺人鬼である。 少女は殺人鬼であるべきだ。少女は言う、殺人鬼の少女は言う。ならば少女である自分も、そうあるべきだというのだろうか。『闇猫』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は思いを巡らせる。彼女はどんな答えを返してくれるだろうか。 日は落ち沈み、やがて夜も更けていく。時刻は深夜。一日の終り、明日への極点。再生への予兆も虚しく、此処から先は異形の時間を迎える。 ●通行者の兵法 そも、人は自分の都合如何で取捨選択を行うものだ。耳に心地いい哲学は受け入れるし、不快に思うプロパガンダには反発する。つまるところ私への共感があるとすれば、それは当人が精神の奥底で望んでいるものに過ぎない。裏を返せば豆鉄砲のごとく嘘八百を並び立てればよいという事にもなりかねないが。何、私も一重に思想のそれだ。左様な邪道はすまい。 獣人の特徴を衣服に隠し、左手には懐中電灯。レイチェルは暗がりの中、ひとり悩むようにうろついていた。いったりきたり、いったりきたり。 無論陽動である。仲間とは通信状態を維持しているし、彼らが周囲に潜んでいることも分かっていた。あとは、殺人鬼を待てばいい。釣り餌はここにあるのだから。 しばらくして、それが現れた。 少女である。髪は短い。整ってはいるものの、目立つ程ではない。悪く言えば十人並。昨日見て、明日会えば覚えているかも怪しい。しかし、事前の情報とは合致した。 彼女が殺人鬼だ。強張る皮膚、高鳴る心臓を必死に抑えつける。顔に出してはならない、飽くまで無害な一般人を装わねばならない。 縋るような目を彼女に向ける。助けて欲しいのだ、協力して欲しいのだと。こちらに気づいた少女に声をかけようとして――声が出るより先に、白刃が舞っていた。 街灯が飛沫をオレンジに染める。 ●保健係の骨法 さて、それでは講釈を始めよう。誰に共感されたくもない、彼に反論されたくもない妄想を並び立てよう。それではテキスト132頁。今日のタイトルは―― 切られた。その思いが開かれた手首に視線を移す。致命の刹那。気づいたときには血の滴る腕を掴まれていた。 「はい、ジ・エンドで――」 瞬間、殺人鬼の少女は地を蹴り後ろに跳ぶ。そこをナイフが通り過ぎた。 念のためとレイチェルのバックアップにあたっていたカイが次の短刀を投擲する。ナイフで弾く殺人鬼。その隙に距離をとった。どくどくどくどく。血が流れている。出血のせいだろう、体が重い。頭に霞がかかったようだ。 衣服を裂いて傷口に巻きつける。腱は切られていない、重傷には違いないがこれならまだ戦えるだろう。運がよかった。否、運を使ったのか。 あのままカイが助けに入らなければ、今頃自分は燃え尽きていたのだろうか。今更ながら鳥肌がたつ。腕に僅かな温もりが残っていた、その人間らしさにも総毛立つ。 まだ倒れてはいられない。乱れた息を整え、心を一点に絞る。敵を見ろ、敵を見ろ。大丈夫、自分はまだ死んじゃあいない。 作戦失敗を聞きつけた仲間達が駆け寄り、殺人鬼の包囲を固めていく。 「んっんー……待ち伏せされてたって感じね。おっかしいなぁ、証拠を残したことなんてないんだけど」 「貴女がその認識を圧し通すのなら、僕は日常を脅かす邪鬼を強いて抹殺する……この認識を圧し通すだけです」 「難しいこというなぁ。女子高生にも分かるようにいってよ」 その声は不釣合なほどに日常的で、まるで今この場の殺し合いなどないかのよう。 陣形の完成を見るや、カイは少女へと飛び込んだ。袖口から伸びる無数の気糸。麻痺毒を持ったそれらがプランBへと襲いかかる。構わず直進してくる少女。速い、速い。眼前まで迫り、ナイフを振るう少女の脳天に向け、致命の黒点を放つ。避けられた。だがこれでいい。距離を取れたことで、再び気糸は彼女を襲う。 上段の刀身。うさぎのそれを受け止めることなく、少女はナイフの切っ先で剣筋を逸らしてみせた。引っ掻いたような金属音。金属音。何度目かの後、うさぎは思い切り獲物を突き込んだ。 捌くのは厄介と判断したか、殺人鬼は刃を合わせず身を捻らせて必殺の刺突をやり過ごす。その隙を逃すうさぎではなかった。 空いた手を彼女へと突き出す。貫手でもなく拳でもない、ただの手。にも関わらず、少女は無理な体勢からナイフを構え、それの動きを止めさせる。 「んー、剣よりそっちのが怖い気がするよ?」 「人を殺す鬼は怖いですが、人を殺す餓鬼はぶちのめしたいので」 「酷いなぁ、人に暴力ふるっちゃいけません」 この場合、より空々しいのはどちらの方か。 「貴女を殺人鬼では無くしに来ました。逃げれば逃亡者、死ねば死体で捕まれば虜囚。どれも殺人鬼ではない。ソレが嫌なら返り討ちにすれば良い」 できるものなら。 「いくぜ、殺人鬼。俺を、殺しきれたら、テメェの勝ちだ」 竜一の二刀が殺人鬼に襲いかかる。連撃、連撃。 「貴方ならそれなりに楽しめそうね?」 アイカもまた、少女に隙を与えぬよう凍気を纏う蹴打で攻め立てる。 攻め立てる。斬りつける。打ち付ける。猛襲は殺人鬼に反撃の隙を与えない。斬り続ける、蹴り続ける。少女を打ち倒してしまうまで。 と。竜一が二刀を振りかぶった時だった。同時。アイカが蹴り足を構え直した時だった。その一瞬の間。少女は深く沈み、三日月を描くようにナイフを振るった。 激痛。脚を切られたのだと悟る。虚脱。酷い出血を知らせてくる。 痛みを紛らわせ、次の一撃に移ろうとした二人に少女の笑みが見える。少女は地に滴った自分達の血に触れ、短刀で火花を散らせようと―― その判断ができたのは、日頃戦闘に身を置くリベリスタならではであろう。攻撃を無理矢理に転身へと変更させ、後方へ大きく跳ぶ。自分達とはもう繋がっていない血液が、青く燃え盛りアスファルトへ影を残した。 一時身を引く。血を止めねばこれ以上は戦えない。 阿。 そのくらいしか、間がなかったように思う。 竜一とアイカに代わり、前に出たレイチェルと恵梨香。しかし前に出た途端、レイチェルの胸にはナイフが突き立っていた。引き抜かれる殺意の刃。どさりと倒れる半獣の少女。殺人鬼は返す刃で恵梨香の手首を切り裂いている。 「おじょーちゃん達、ちょーっと身体が弱いかな。後ろにいたほうが良かったんじゃない?」 痛みに身を強ばらせながら、恵梨香は己の運命をねじ曲げる。自分は死んでいない。自分はまだ倒れていない。まだ戦える。この程度なら、まだ戦い続けることができる。 ぐちゃり。 赤く開いた手首を掴まれた。激痛。激痛。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛―― 青い炎が燃え上がる。血液の引火。全身の沸騰。口内から、眼の奥から。穴という穴から火を噴き出して、恵梨香は倒れ伏した。かろうじて燃え尽きてはいない。その身も、生命も。 一瞬の殺戮。攻勢に居たリベリスタ達も言葉を失い、立ち尽くしている。 「あっれぇ? もっとこう一気に燃えるはずなんだけどなぁ。あれかな、ノーリョクシャだから?」 なんでもないような声で、殺人鬼。 まだ戦いは続いている。まだ殺人は続いている。 ばるばるばるばる。 夜闇を掻き消す電鋸の音。 「殺人鬼だからナイフ、というのも安直かと。どうせなら、俺ぐらい派手な武器にしましょうよ」 前二人が倒れた以上、自分がでばらねばならない。弐升は騒音を撒き散らすチェーンソーを振るい、殺人鬼に相対する。 「やだなー、そんなことしたらすぐバレちゃうじゃない。殺人鬼と女子高生。どっちもやらなきゃいけないから、女の子は辛いのよ?」 「もうバレたんですから、その心配はないか……とっ」 ナイフとチェーンソーのぶつかり合う不協和音。飛び散る火花。目のくらむフラッシュ。顔をしかめた隙間、弐升の肩にナイフが突き刺さった。 痛みに顔が歪む。手首を捻り、引き抜かれる。ずたずたになった傷口から白いものが見えた。 剣戟が、ないわけではない。刺突。斬撃。銃火。投擲。蹴打。今も少女にはリベリスタ達の攻撃が降り注いでいる。 しかし、足りないのだ。二人を失ったのだから。足りないのだ。少女が殺人に心を傾ける程。 傷口に指を差し込まれる。絶叫。咆哮。轟炎。痛みに悶える暇もなく、弐升の身体から炎が吹き荒れた。 ●殺人鬼の作法 少女は殺人鬼であるべきだ。 「に……逃げるよッ」 竜一とアイカの治療を引き受けていたレナーテが叫ぶ。そうだ、逃げなければならない。このままでは全員が殺されてしまう。 傷を癒した二人は走り、倒れた三人を確保する。止めようとした殺人鬼を、うさぎとカイが阻んだ。 二人も、これ以上打ち合うような真似はしない。すぐさま後方へ跳び、踵を返して全力で走る。走り続ける。駆け抜けていく。殺人鬼の狩場から。夜闇の戦場から。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。 行間。 どれくらい走ったのだろう。酸素の足りない頭で思う。殺人鬼が、予備計画の名前を着せられた少女が追いかけてくる気配はない。それでも走る。走る。 結界を越え、膝が笑い出した頃。アークの護送車が放つ光を目にし、レナーテは安堵の溜息をついた。 唖然。 そう表現していいだろう、今の自分の顔は。 突然私を囲み、襲ってきた彼らは戦局を不利と見るやいなやこの場を逃げ出してしまった。逃げられてしまった。うん、物の見事に。 逃げられた、か。 彼らは、きっと私のような人間の敵なのだろう。否、私が彼らにとって敵なのか。自分だけが特別だなんて思ってはいなかったが、ああも集団で現れるとは。 しかし、困ったことになった。ついに私の存在がバレてしまったのだ。明日には指名手配されていることだろう。もう女子高生を続けることはできない。 まあ、いいか。そういえば明日は小テストであったことだし、このままサボれると思えば。 そういや、今日は殺しそこねたな。殺人鬼がかたなしだ。 ひとつ伸びをする。大きく、ゆっくりと身体をほぐす。今日は疲れた、帰って寝るとしよう。 アスファルトを靴底が削る。火花は血痕に引火し、戦いの名残は青く消え去った。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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