● カッ、と雷光が空を青白く染める。 ポタリ、ポタリ、鼻先に当たり、地を叩く大粒の雨は瞬く間に豪雨となった。 おかしい。 呼気を整え刃を構え、心を細めても疑問は尽きない。 今年の神鎮めの儀は既に終えた筈なのに、明鏡家の次期当主、明鏡・煉夜に向かって水姫が襲い来る。 明鏡家。蛇神を祭り、鎮める一族。 其のお役目は年に一度山の湖に現れるE・エレメント達を打ち倒してこの地を守る事。 今年のお役目は既に終わった筈なのに……。 ―斬― 懊悩に眉根を寄せはすれど、雨粒をも断つ明鏡の剣に曇りなく、煉夜は水姫を切り伏せた。 けれど、其の水姫は陽動だ。降り注ぐ雨に紛れ、切られ散った同胞の撒き散らす水に紛れ、もう一体の水姫が煉夜の背後に現れる。 其の手を刃と化し、水姫が狙うは背を晒した煉夜の心臓。 ……しかし、其の刃が煉夜の背を貫く事はなく、水姫は殺意の弾丸に頭部を砕かれ弾け飛ぶ。 「煉夜、気を抜くな」 ヘッドショットキルで水姫を撃ち抜いた光が、煉夜に注意を促す。 明鏡の名を捨てた身とて、其の教えの中に育った光には煉夜の動揺が充分に判る。 けれども、だからこそ今はこの場を切り抜ける事を最優先すべきなのだ。 近頃増えたこの突然の豪雨は、水姫達の奥から此方を見据える蛇神の力を高めてしまう。 今此処で、確実に滅せねばならない。その為にも、弟も、彼自身も心を静めて最大限の力を発揮する事が必要なのだ。 「煉夜!」 「違う。兄さん。此処は退こう。この蛇神はこの前二人で倒した奴よりも、強くなってる。何か秘密があるんだ。……其の答えはきっと父さんが知っている」 けれど弟の返答は光の想像を上回る物だった。 眼前の敵にのみ気を取られていた光では気付かなかった煉夜の選択。 そうだ。父の返答次第では、もう一度あの人達に頼らなければならないかも知れない。 昔々、ある山の麓に村があった。 そして村の傍を流れる川の上流、山にある湖には大きな大きな蛇が住み、度々水を操り川を氾濫させて村人達を大層苦しめた。 村人達は其の大蛇を祟り神と恐れ、生贄を捧げて機嫌を伺いながら暮らしておった。 ある時、一人の男が村を訪れた。男は生贄にされる娘に同情し、祟り神を鎮める為に山へと入った。 其れから川は真っ黒に染まって荒れ狂い、村人達は男が祟り神を怒らせてしまったのだと大層恐れ戦いた。 だが数日後、何事も無かったの様に川は静まり、山から降りてきた男は村人達にこう言うた。 「祟り神は申し出に応じた。もう生贄は必要ない。この約束は私と、私の子孫達がこの地に在る限り破られない」 ……と。 そして男は生贄になる筈だった娘を娶り、山の麓に祟り神を蛇神として祭る神社を建てた。 以来、かの地で川が荒れる事は無く蛇神と人間達の約束は今も続いていると言う……。 それがこの地に伝わる昔話。 へびがみさまの、物語。 ● 「諸君等は明鏡家を知っている、或いは覚えているだろうか? 彼等からの依頼が来ている」 集まったリベリスタ達を見回し、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開く。 「今回の依頼には彼等、明鏡家が長きに渡り隠し続けてきた真実が関与している。依頼内容を洩らさぬと誓える者のみ、残ってこの口伝を纏めた資料を読んでくれ」 最早どの位かも判らぬ昔、この国を荒らす巨大な八つの頭を持つ大蛇のアザーバイドが存在した。 明鏡家に残る言い伝えでは、この強力なアザーバイドを八頭と呼称している。 八頭は当時のリベリスタ達と死闘を繰り広げ、大きな被害を齎したものの其々8つの大蛇に分かたれ封印された。 正確には大蛇のあまり強い生命力に殺し切る事が出来ず、封印せざるを得なかったと言うのが正しいらしい。 そして其の封印の一つを監視し、或いは分断された八頭の一つと未だ戦い続けるのが、明鏡家だ。 封印には巨大な全体から見ればほんの僅かな穴が故意に開かれており、其処から漏れ出す大蛇の力が一定期間でE・エレメント『蛇神』を生み出し、其れを討伐する明鏡家の神鎮めの儀のメカニズムを作り出している。 明鏡家は子々孫々に渡り蛇神を打倒し続ける事で、今も大蛇と戦っているのだ。 「つまり彼等は海を蛇口で空にせんとする戦いを延々と続けてきた一族なのだ。閉鎖的であったのは大蛇の存在を他から隠す為、存続にこだわり続けるのは戦いを途中で放棄せぬ為、非情の掟も其れ等の為に生まれた物だろう」 明鏡家にとって秘中の秘であろうこの情報を、敢えてアークに伝えるという事は……、 「余程諸君等は明鏡家からの信頼を勝ち得たのだろう。……だが其れと同時に、其れだけの危機が彼等に迫っている証左でもある。端的に言えば、大蛇の封印が緩み漏れ出す力が増大しているのだ」 大蛇の封印が緩んだ大きな理由は3つある。 一つはこの国の崩界が此処最近急激に進行した事。もう一つは鬼道との決戦で撒き散らされた呪力の影響。 そして最後の一つは<裏野部>によって別の八頭の欠片の一つが眠る地の上にあった町が地の底へと沈み、其の地の封印が破れかかっているからだ。 同胞の目覚めが近づいた事を受け、明鏡家の宿敵たる大蛇も其の眠りを浅くしている。 「とは言え今日明日に大蛇が目覚めて暴れ出すと言う訳ではない。今回の任務は緩んだ封印を強化して締め直し、漏れ出す力を正常値に戻す事だ」 口にすれば一言だが、わざわざ応援を要請するという事は、其れを必要とするだけの障害も存在するという事だ。 強く頷く逆貫。 「詳しい任務内容は、明鏡家のある山にある洞窟の、その最奥にある地底湖の中央に浮かぶ大蛇の頭に封印の刃を突き立てる事。ただし、その地底湖には漏れ出した力が凝固した強力なE・エレメントが存在する。其れの討伐も任務の範疇となる。非常に危険な任務となるが、諸君等の健闘を祈る」 資料 E・エレメント:八頭の大蛇 水で出来た八つの頭を持つ大蛇。頭の先から尻尾の先までの長さは20mを越える。 大蛇の在りし日の姿の夢が形となった物。右から3本目の頭だけ存在感が濃い。 フェーズは3相当。 8つの頭を用いて、1ターンに4回の攻撃が可能。(但し同一目標に対してはサイズの関係で2回まで) 攻撃手段は牙(近単攻撃)、頭部を鞭の様に振り回す(近範攻撃)、口から強力な水流を吐き出す(遠単攻撃)。 非常に強力な再生能力を所持する。(漏れ出した力が再生させている為、地底湖に浮かぶ大蛇に封印の刃を突き刺して封印を締め直せばこの再生能力は消える) サイズの関係で少人数(三人以下)でのブロックは不可能。 E・エレメント:水姫×5 少女を模した水のエレメント。過去に大蛇の生贄とされた少女達の姿を取っているとされる。 フェーズは2。漏れ出した力の影響で強化され、侮れない力を誇るようになっている。 水中を自在に動き、水を操り(水の剣、水の弾丸)、尚且つ湖の上なら飛行が可能。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月23日(日)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「……地上はお任せします、あなた達も私達を信じて御待ち下さいませ」 地上にて『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が明鏡の兄弟に念押ししてより数刻、洞窟を進むリベリスタ達を突如響いた咆哮が打つ。 ビリビリと震える湿気に満ちた洞窟内に、天井から水滴がパタパタと落ちる。心弱い者達ならば聞くだけで魂砕かれ命失いかねない恐怖を孕む咆哮に、けれどもリベリスタ達は表情を引き締めるのみで再び洞窟内を進み始めた。 彼等が託されたのは使命だけではない。『覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が預かった封印の刃は、見た目以上に何故か重みを感じる。恐らく其れは、信頼の重みだ。明鏡の兄弟、当主からのみでなく、此れまでへびがみさまの物語に関わってきたリベリスタ達からの絆の重さ。 1年前の明鏡家の彼等なら、恐らくそう、紫月の念押しは必要だっただろう。 だが其の1年の間に関わったアークのリベリスタ達、言い方を変えるならば前任者達が、彼等との間に信頼を築いている。 今更その信を違う事は無い。 先程よりも更に強く、再び洞窟内に咆哮が轟く。先のを威嚇とするならば、今回のは鬨の声。 近付きつつある忌まわしい気配、本体の身を縛る物と同質の封印の刃が持つ気配に、分かたれ封印された大蛇の見る夢であるE・エレメント『八頭の大蛇』が猛っているのだろう。 長く続いた洞窟の道も、やがて終る。不意にひらける視界。洞窟を抜けた先には、闇に包まれた広い空間。 目的の地底湖の淵まではあと数十m……なのに。 「おい、それはずるくね?」 そう呟いたのは果たして誰だったか。 洞窟を抜け、視界ひらけた闇を見通す目を持つリベリスタ達の眼前には、大きく口を開いて、其の中に力を蓄え、今正に水流を放たんと待ち構える4つの頭と、其の更に後ろ、クスクス笑いながら地底湖の淵で舞う3つの美しい少女達の姿。 リベリスタ達に油断は無かった。 熱も感知させず、音も無く動いた水の塊である八頭の大蛇。先に紫月が千里眼で確認した時には、彼女の千里眼を持ってしても見通せぬ、神秘の影響を、或いは封印の影響を色濃く受けた地底湖に、確かに其の身を浸して居た筈なのに。 卑怯と罵られようが、出張って来るなんてボスらしく無いと思われようが、おかまいなしに、放たれる4つの力の奔流。 洞窟の出口をも破壊する八頭の大蛇の一斉放火に、戦いの火蓋は強引に切って落とされた。 ● 辺りを覆った水滴を切り裂き、光の塊が空へと打ち上げられる。 弾け、闇に包まれた洞窟内を切り裂いた光は『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)の放った特注照明弾。 そして生まれた光源に照らし出される、一人も欠けの無いリベリスタ達の姿。 其の先頭に立ち、……つまりは八頭の大蛇が放った水流を其の身で受け止め仲間達の盾となったのは『デイアフタートゥモロー』、またの名をアークが誇る守護神、新田・快(BNE000439)と、守り手である快を更に上回る程のタフさを誇る夏栖斗の2人だ。 とは言え、さしもの二人と言えど無傷であの一斉放火を切り抜けられた訳では決して無い。快の体力は先の2発で既に半分を大きく切っている。 けれど、だ。彼等の瞳には欠片の諦めも浮かんでいない。心は折れず、寧ろ戦意は、闘志はどんどんと高まっていく。 確かに敵は圧倒的だ。だが、ただ圧倒的なだけの敵を今更彼等が恐れよう筈も無い。 彼等が出会って来た難敵は何時だって圧倒的だった。其れに加え、時に破壊的で、時に陰湿で、時には狂気に満ちており、其れ等と戦う彼等は何時だって傷だらけになって来た。 今更、圧倒的なだけの敵に絶望はしない。 「相棒!」 「わかってる!」 水姫の数が予定に満たぬ事に、警告の声を飛ばす快。恐らく残りは、神秘の瞳を持ってしても見通せぬ暗き水の中に。 不意に快の身体が輝きに包まれ、其の傷が塞がっていく。 快の背に貼られた符、其れは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が施す傷癒術。 本来ならばアッパーユアハートにより敵を引き付ける予定だったユーヌだが、けれど其れを許さぬ程に八頭の大蛇の攻撃力は大きい。彼女では引き付ける事は出来ても其の攻撃に耐える事は不可能だろう。 快が庇ってくれるとしても、彼とて回復無しでは幾らも持たぬ破壊力。故にユーヌは己が役割を快に託し、自らは頼もしい肉壁の修理に回る。 更には、……リベリスタ達の背中に力が集まり形を成す。彼等に与えられたのは、宙を掴む翼の力。 紫月の翼の加護によって飛行を得たリベリスタ達が、ふわりと宙に浮く。 整った準備に、リベリスタ達の反撃の狼煙が上がる。 八頭の大蛇の懐に飛び込み、快が魔力を籠めた挑発を放つ。意味を理解せずとも、其の言葉に引き付けられたのは大蛇と1匹の水姫。 「そこっ!」 次いで放たれるは銃弾。無数の蜂の襲撃を思わせる、息を吐かせぬ連続射撃が『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の2丁の銃から放たれ、避ける間も与えずに大蛇と水姫を打ち抜いていく。巨大な大蛇の背に隠されていようと関係は無い。耳に障るクスクス笑いで位置を把握し、其の笑いを掻き消さんとばかりに唸りを上げるハニーコムガトリング。 放たれた銃弾に身を震わせる水のE・エレメント達を、更に炎が包み飲み込む。 マハーバーラタと言う名の古代インドの神話叙事詩に名を表す超兵器『インドラの矢』。その超兵器の名を冠する技を放つは『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)だ。 ワン・オブ・サウザンド、千丁に一丁の割合で偶然製造されると言われる、異常に命中精度の高いライフル。其の持ち手として、星龍に無様な狙撃は許されない。 虎美、星龍、2人の後衛、スターサジタリーの放つ弾幕に、エレメント達の動きが鈍る。 絶好の好機に、快と同じく八頭の大蛇へと肉迫した『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が放つは瘴気。虎美の様に音を頼りに全てを狙う真似は出来ねども、大蛇と引き寄せられた一匹の水姫が葬識が生命力を削って放つ暗黒に蝕まれる。 身を包む炎すらをも飲み込む暗黒の瘴気に、喰らわれた水姫は人の其れと変らぬ悲鳴を上げた。 畳み掛ける様に放たれた脅威の3連撃。けれど、だ。未だ戦況は漸く五分の状態へと近付いたに過ぎない。八頭の大蛇が負った傷は、見る見る間に癒えていく。 仲間達の猛攻を陽動に敵を飛び越え、すり抜ける夏栖斗。目指すは地底湖の中央に位置する……小島の様に見える封印された大蛇の頭部だ。 アッパーユアハートによる引き付け、大蛇のブロック、更に強烈な波状攻撃。だが其れでも、E・エレメント達の注意は夏栖斗から、……正確には彼の持つ封印の刃から逸れては居ない。 鞭の様に首を撓らせ、快ごと自らをブロックするリベリスタ、ユーヌ、喜平、葬識の4人を薙ぎ払う大蛇。右から、そして左から。悪い冗談の様な、或いは真夜中に見る悪夢の様に大袈裟な、脅威の破壊力を秘めた其の連打は、ユーヌを庇った快を、そして運悪く2発とも喰らってしまった葬識を、瀕死の状態へと追いやった。快が比較的回避の高いユーヌを庇った理由は唯一つ。もし運悪くユーヌが其の2発を喰らえば、掠めただけでも防御が薄く体力も少ない彼女にとっては致命打となりかねなかった為だ。 彼等にとって不幸中の幸いだったのは、八頭の大蛇は自らのサイズが邪魔をしてこれ以上の攻撃を眼前のリベリスタ達に仕掛けられなかった事。だが其れは同時に、快による引き付けがこれ以上効果を表さない事も同時に意味する。 八頭の大蛇は、正面から数えて右から3番目の頭が他の頭よりも存在感が濃い。其れは今この湖に封じられている、E・エレメントの八頭の大蛇を作り出したアザーバイドが、嘗て其の位置の1本であった為だ。本体との繋がりが強く、強く力注がれた一本。其れが故に、其の一本はより強く封印の気配を嫌った。 眼前のリベリスタ達に後ろを向け、地底湖の上を低空で飛ぶ夏栖斗に狙い定める其の頭。既に夏栖斗に対しては残る2体の水姫が後を追い手の水剣を振り翳しているが、其れだけで安心しよう筈も無い。 永きに渡りこの地に自らを縛りつけ続ける忌まわしい封印と、その守り手達。宿敵と同じ匂い漂わす相手達との戦いに一切の驕りも油断も在り得ない。 カッ、と開いた口から極太の水流が放たれた。 無論油断が無いのは夏栖斗とて同様だ。必死に身を捩り回避行動を取る彼の、右肩を掠めて中の骨を砕き散らしながら、水流は地底湖に着弾して大きな水柱を上げる。 「御厨!」 夏栖斗の名を呼ぶ喜平の声は彼の身を案じて……、では無い。予定に足りぬ2匹の水姫の動向に常に気を払い続けた喜平は、先の水柱を目晦ましに水中から新たに2匹の水姫が夏栖斗に迫りつつある事にいち早く気付いたのだ。 喜平からの警告に夏栖斗は体勢を立て直す。けれど、そう、其れでも彼は、彼等は、水姫を甘く見積もりすぎた。リベリスタ達の大きな過ちは、夏栖斗一人に封印を任せてしまった事。 八頭の大蛇を食い止めるのに必要な人数は4人、そして其処に加わえて水姫が5匹、アッパーユアハートと言う引き付けの手段があるにしても、単純な使い方で全てを如何にか出来る程に此処の敵は甘くはない。 大蛇を前衛、最初から居た3匹の水姫を中衛とするならば、今夏栖斗に迫りつつある彼女達は後衛だ。翼の加護で与えられた限定的な飛行能力では彼女達を突破しえず、食い止められ、水姫の水剣に4方から貫かれた夏栖斗が黒い湖面に血を注ぎ、水中へと没していく。 ● 中衛の2匹が未だ残る7人のリベリスタの方へと引き返し、後衛の2匹は再び水中へ、……夏栖斗の命にトドメを刺す為に、消えて行く。 「相棒ッ!」 快の声が虚しく地底湖の水面を叩く。だが彼等とて夏栖斗の身を案じている余裕は無い。 「姉さん程ではありませんが、……攻撃が不得手と言う訳ではありません。撃てる所は、しっかりと撃たせて貰います……!」 手で印を切る紫月が凍て付く雨を呼ぶ。そして其の雨ごと切り裂く様に放たれた暗黒の魔力を宿した一撃、葬識のソウルバーンが水姫を切り裂き水へと帰す。 けれど、その雨に怒る大蛇は水流を陰陽・氷雨を放った紫月に向けて吐き出した。 悲鳴、怒号、爆音、そして水が弾ける。厳しい戦いが続く。 素早い動きから放たれた光弾、虎美のスターライトシュートと、紫月のインスタントチャージにより弾切れの心配なく再び放たれる星龍の最大火力、インドラの矢が、戻って来た水姫達を叩き、更には向けられた火力に一瞬動きを鈍らせた水姫に対し、大蛇の頭を足場に素早く宙へと舞った喜平のアル・シャンパーニュが炸裂する。 水姫達に対しては、互角以上に戦うリベリスタ達。……しかし、其れでも八頭の大蛇がどうにもならない。 ゴキリ。 牙に噛み砕かれた快の身体が異音を発する。大量の吐血。快の体力は既に限界等とうに超えている。 だが其れでも……、 「夏栖斗が戻る前に倒れちまったら、合わせる顔が無いんだよ!」 地底湖に没した夏栖斗を未だに信じ、快は運命を対価に踏み止まった。そんな快を、ユーヌの傷癒術が優しく癒す。 薬箱程度。そうユーヌ自身が自重してしまう程の回復力。しかし今のリベリスタ達にとっては其れが命綱だ。 確かにユーヌの回復力は専門家の其れに比べれば大きく見劣りするだろう。けれど其の僅かな回復で、次の一撃に更に僅かでも体力を残して踏み止まれるなら、其の効果には大きな意味が在る。 無論、眼前に立ちはだかる絶望に対して其れがあまりにか細い事には何の変化も無いけれど。 ……ごぼりと空気の泡を吐き、夏栖斗は意識を取り戻した。運命は、未だ彼に安らかな眠りを許さない。 しかし対価にした運命以上に夏栖斗の意識を強く引き戻そうとしたのは、この水だ。アザーバイドの力と、其れを縛る封印の激しい鬩ぎ合いが、まるで夏栖斗を責めるかの様に彼を締め付け叩いたのだ。 目を開いた夏栖斗の視界には、水中で長く大きくとぐろを巻く大蛇の余りに巨大な威容と……、彼にトドメを刺さんと迫り来る二体の水姫の姿。 急ぎ、大蛇の頭を、水面を目指し出す夏栖斗だったが、水中での彼我の速度差は圧倒的だ。 けれど絶望の中でも折れず足掻き続けたリベリスタ達に、ほんの僅かではあるけれど一瞬の好機が訪れる。 八頭の大蛇が、そして水姫達が、びくりと身を震わせて其の動きを一瞬ではあるけれど完全に止めたのだ。 今回リベリスタ達が戦う敵は、全てが繋がっている。八頭の大蛇も水姫達も、全てはこの封印された大蛇より流れだした物。 けれど他にも大蛇と、リベリスタ達の敵と繋がっていた物が在る。 全てが動きを止めた瞬間、地上では、 「鎮まれ蛇神。我等明鏡(あかがみ)は今もこの地に在る」 神鎮めの儀の終了を告げた明鏡・煉夜の刃、アークのリベリスタ達によって繋ぎ直された絆の象徴、鳴響が蛇神の首を切り落とす。取り巻きの水姫達も既に光の手により殲滅済みだ。 永きに渡る大蛇の宿敵の一撃は、確かに遠く離れたこの場に届き其の動きを一瞬縛った。 正確には封印の仕掛けが大蛇の力を地上に流し、蛇神の再構成を始めた為にこの場のエリューション達の力が弱まったのだ。 出来た好機はほんの一つ瞬きをする間のみ、だが粘り、足掻き続けたリベリスタ達が、その刹那を見逃す筈が無い。 夏栖斗が水面から飛び出すと同時に、残るメンバーの一斉攻撃が八頭の大蛇と手近な水姫を叩き、彼女達を砕いて水に戻す。 そして封印の刃を其の身に受けた大蛇の咆哮……、否、悲鳴が地底湖中に響き渡った。 ● 最大の山場は越えども戦いは続く。背から追いついた水姫達の、……弱体化した攻撃を受け、沈んでいく夏栖斗。 役割を果たした彼が最後に目にしたのは、自身が突き刺した刃と良く似た刃が無数に突き立つ大蛇の身体。数え切れぬ程に昔から続く戦いの歴史の一欠けら。 満身創痍、そう表現するより他に無い状態のリベリスタ達だが、彼等はこうなってからがしぶとく諦めが悪い。 石にかじりついてでも、敵を倒す。そんな意地を込めた星龍のアーリースナイプが八の頭の一つを貫く。星龍の残弾に底が見え始めているが、チャージ役の紫月すらもが攻撃に回らざる得ないこの状況。自分が倒れる前に一撃でも多く叩き込み、相手を倒さねば待っているのは全滅なのだ。 夏栖斗の、相棒の後を追う様に残り少ない体力にも関わらず仲間を庇った快がの身体がぐずぐずの肉塊と化す。 「運が無いな。夢に見る姿が無残に消えゆくのは。……いや、眠気覚ましに悪夢を見たいのか?」 けれど彼等は自らの勝利を信じて疑わない。ユーヌの毒舌と共に不吉な影が八頭の大蛇を覆う。大蛇の巨体が僅かに揺らぐ。回復は、起こらない。 「さあさ、大捕物のはじまりはじまり。eins zwei drei♪ 可愛い水のお姫様のオーディエンスはいないけれども、この先はお触り厳禁、通さないよ」 折角強化した封印に触らせまいと、後ろに回りこんだ葬識の鋏が水の鱗を抉る。 鞭の様に振るわれようとする頭部を正確に貫くは虎美の1¢シュート。小さなコインすら貫く其の射撃に、幾ら動いていようとも大蛇の頭は的としては大きすぎる。 仲間の誰よりも素早く武器を振るい切り裂くは喜平。彼の武器は打撃系散弾銃だが、振るう速度がその武器では在り得ない筈の斬撃を可能とした。 削り合いに一人、また一人と倒れ行く。 だが最後に、 「八頭の大蛇、眠りなさい!」 強い語気と共に放たれる紫月の陰陽・氷雨、巫女衣装を纏う彼女の一撃が最後となったのは何の因果か。 切り裂き、凍て付く氷雨に、八頭の大蛇の身体が粉々に砕け散る。 ……昔々、ある山の麓に村があった。 そして村の傍を流れる川の上流、山にある湖には大きな大きな蛇が住み、度々水を操り川を氾濫させて村人達を大層苦しめた。 村人達は其の大蛇を祟り神と恐れ、生贄を捧げて機嫌を伺いながら暮らしておった。 ある時、一人の男が村を訪れた。男は生贄にされる娘に同情し、祟り神を鎮める為に山へと入った。 其れから川は真っ黒に染まって荒れ狂い、村人達は男が祟り神を怒らせてしまったのだと大層恐れ戦いた。 だが数日後、何事も無かったの様に川は静まり、山から降りてきた男は村人達にこう言うた。 「祟り神は申し出に応じた。もう生贄は必要ない。この約束は私と、私の子孫達がこの地に在る限り破られない」 ……と。 そして男は生贄になる筈だった娘を娶り、山の麓に祟り神を蛇神として祭る神社を建てた。 以来、かの地で川が荒れる事は無く蛇神と人間達の約束は今も続いていると言う……。 それがこの地に伝わる昔話。 へびがみさまの、物語。 けれどこの物語には続きが在る。 長く続く家の厳しいしきたりに反発した息子と父の物語が。 力に目覚めた弟と、力に目覚めれずに目的を見失った兄の行き違いの物語が。 家を出た兄を拾った優しい人々と、其れを狙う欲望との戦いの物語が。 そして彼等の真の使命と、其の宿敵との戦いの物語が。 其の続きの物語全てに名を記すのは、アークと言う名の組織と、所属するリベリスタ。強く、勇敢で、優しい人達。 彼等の存在が、活躍があったればこそ、この時代のへびがみさまの物語は、平穏無事に幕を下す。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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