● 少し前まで、ぼくは怖がりだった。 学校帰り、薄暗い近道を避けて遠回りになる表通りを歩いたり。 道の向こうから怖そうな人が来たら、さりげなく引き返して別の道に曲がったり。 とにかく危ない目にあわないようにって、それだけで頭がいっぱいだったんだ。 ――でも、今は平気。 何日か前に、ぼくは野良犬に襲われたんだ。 その時、まわりには誰もいなくて。逃げられるような場所もなくて。 噛まれる、って思って、ぼくは目をつぶった。 心臓が、すごくドキドキしていたのを覚えてる。 そしたら――犬の悲鳴が聞こえたんだ。 目を開けると、犬は血まみれになって倒れていた。 まわりを見ても、やっぱり誰もいない。 何がおこったのか、さっぱりわからなかったけど。ぼくは、こう考えることにした。 きっと、ぼくは知らないうちにすごい力を手に入れたんだ。 ぼくが危ない目にあいそうになった時、その力がぼくを守ってくれるんだって。 そう思うと、もう怖いものなんてなかった。 だから、今日は近道。 あの、不気味な倉庫の前だって通っちゃう。 早くしないと、塾に間に合わないからね。 大丈夫。もし怖い不良が来たって、この力がやっつけてくれるんだから。 ● 「『ハートイーター』と呼ばれるアザーバイドが出現した。 ……皆には至急、これの撃破をお願いしたい」 アーク本部のブリーフィングルーム。集まったリベリスタ達を前に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は押し殺した表情で口を開いた。 「過去にも何体か確認されているが、 『ハートイーター』は生き物の心臓を食い、宿主の心臓に擬態する寄生生物だ。 現在、一般人である十歳の少年が、これに寄生されている」 状況を告げる数史の口調は、どこまでも苦い。 フェイトを持たないアザーバイドは、放っておけば崩界を招く一因になる。通常は殲滅か送還かの二択になるが、今回のケースではディメンションホールは閉じているため、後者の選択肢はそもそも存在しなかった。 そして――『ハートイーター』の殲滅は、宿主の死を意味する。 本来の心臓が既に食われている以上、心臓の代わりを努める『ハートイーター』を失ってしまえば、生きる術は残されていない。 この時点で、犠牲者は一人、確約されているのだ。 ブリーフィングルームに沈黙が落ちる中、黒髪黒翼のフォーチュナは努めて冷静に声を絞り出す。 「宿主は高田昌平(たかだ・しょうへい)。小学五年生の少年だ。 本人に寄生されているという自覚はないが…… 先日、野良犬に襲われた際、『ハートイーター』が持つ力でこれを退けており、 自分を守る何らかの力が存在することを知っている」 『ハートイーター』は、危険が迫ると宿主の肉体と血液を操って身を守ろうとする習性がある。 そんなことを知る由もない少年は、それを自分の都合の良いように解釈してしまったようだ。 「本来は、臆病な性質だったらしいがな。 何かあれば守ってもらえるってんで、すっかり気が大きくなってる。 近道だからって、悪い連中がたむろしているような場所にも平気で踏み込むようになっちまった」 このまま放っておけば、昌平は遠からず不良に絡まれ、『ハートイーター』の力で彼らを死に追いやってしまう。その前に、『ハートイーター』を撃破しなければならない。 「高田昌平と接触するには、学校帰りに塾に向かおうとする彼を待ち伏せるのが最善だ。 途中に寂れた倉庫街があるから、そこなら人目につかないだろう。 武器を手に襲いかかれば、『ハートイーター』は即座に宿主の体を乗っ取り、 同時に四体の分身を生み出して迎え撃とうとする筈だ」 数史の言葉に、リベリスタの一人が「四体?」と口にした。 フォーチュナは首肯し、さらに言葉を続ける。 「――そう、四体だ。過去の事例では、分身は例外なく三体だった。 ここに来て一体増えた理由はわからんが……」 以前に採取した『ハートイーター』のサンプルを分析中の研究開発室によると―― 『ハートイーター』はそれ自体が独立した生き物ではなく、より強力なアザーバイドから切り離された“肉体の一部”である可能性が高い、ということだ。 「まだ、仮説に過ぎないがな。 もしそうだとしたら、その親玉の力が強くなっている、ということなんだろう」 ただ、裏で糸を引いているアザーバイドが存在するとして、その正体も目的も何もわからない。 リベリスタ達が今できることは、『ハートイーター』を倒し、さらなる被害を食い止めることだけだ。 「……高田昌平という少年の犠牲を食い止められなかったこと、申し訳なく思う。 最も辛い役割を任せてしまうことになるが――頼まれて、くれるか」 数史は僅かに視線を伏せると、リベリスタ達に向けて深く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月14日(金)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 寂れた倉庫街の片隅で、リベリスタ達は人を待っていた。 心臓喰らいのアザーバイド『ハートイーター』に寄生された不運な少年を。 「……また性懲りも無く現れたんすね、あの糞虫」 眉を寄せた『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が、忌々しげに吐き捨てる。 彼女の隣で、『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)が強く唇を噛んだ。 二人が『ハートイーター』の駆除にあたるのは、今回で二度目。宿主となった者の命を奪う任務だと、嫌というほど知っている。 しかも、今度の宿主は年端もいかない子供だ。 躊躇えば犠牲になる人間が増えることは、充分に理解しているが。 「無念だな。何もかもがうまくいく事はないとわかってはいても」 重々しく口を開いた『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)の表情は苦い。 人を守るために軍人になった自分が、幼い子供を手にかけなければいけないという現実。内心では、忸怩たる思いがあった。 「気の毒ですが、放置するわけにはいきませんね」 お嬢様然とした清楚な美貌に、悪しきものを切り捨てる冷徹さを秘めて。『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)が凛と声を響かせる。 もちろん、『ハートイーター』が崩界を進行させるという理由もあるが、もう一つ。 「無力な人間が唐突に力を得る――そういう存在は得てして力の使い方を心得ていない。 力を自覚して暴虐を振るう者より、数段タチが悪いですから」 その結果、行われるのは無軌道な殺戮だ。明神 暖之介(BNE003353)が、ゆっくりと頷きを返す。 「子供というものは、面白い玩具を手に入れると何時までもそれで遊びたがるものです。 ましてや、それが自らを全能にも思わせる力であるなら尚更の事――」 その言葉にどこか実感が篭っているように思えるのは、彼が五人の子を持つ父親であるゆえか。 しかし、暖之介の声に揺らぎはない。 「理解は出来ますが、見逃す訳にはいきませんね」 自分達は、『ハートイーター』を討つためここに来たのだ。『斃すものとしての呪縛』滝沢 美虎(BNE003973)が、僅かに視線を伏せる。歳の近い子供に手を下さなければならないのは辛い。父親を亡くした時に負った胸の傷が、ちくりと痛んだ。 この身に宿る力は、父親のような犠牲者を――そして、自分のような存在をこれ以上増やさないためにある。 (わかってる……けど) 呪詛の如く、己の心に言い聞かせても。脳裏に焼きついた少女の笑顔は消えない。 つい先日この手にかけた、幼いノーフェイスの。 (やっぱり世界に……神様なんていないのかな) 思い詰めた様子で俯く彼女に、『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が声をかけた。 「何があったか知らんが割り切れ」 途端に我に返り、美虎は彼の顔を見る。 「ははっ……わたし、心配されるほど変な顔してたか?」 いつも通りの表情を作ってみせる彼女に、福松は「無理をするなよ」と言葉を重ねた。 「……うん、わたしは大丈夫だぞ。ありがとうな!」 礼を述べた後、両の頬を叩いて気合を入れる。 何事か考え込んでいた『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)が、誰にともなく呟きを漏らした。 「オレさ、誰かを救うためにリベリスタになったんだ」 ヘキサもまた、以前に『ハートイーター』と戦っている。滅入る気持ちを奮い立たせるように、彼は続けた。 「アニメの正義のヒーローみたいにさ……昔から憧れてんだ。 だから、人を殺すバケモノを生かしとくワケにはいかねーよ……」 震える拳を握り、奥歯を強く噛み締める。 その時、他のメンバーから離れ、屋根の上に待機していた『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が、その超人的な五感をもってこちらに近付く少年の姿を捉えた。 「――少年が、来るよ」 幻想纏いを通じて仲間達に連絡し、敵の後背を突くべく身を潜める。暖之介が、周囲一帯に一般人除けの強力な結界を張った。 耳を澄ませ、仕掛けるタイミングを音で計る。 当然といえば当然だが、少年の足音からはまるで警戒心というものが感じられない。 これから彼を待ち受ける運命を考えれば、思うところが無いわけではないが……それは、口にしても仕方が無いことだ。 リベリスタ達は息を合わせ、自らの力を高めていく。 全身を速度に最適化させたフラウが、両手に構えたナイフを強く握り締めた。 かつて自分達が手を下した宿主――ひとりの老人の言葉を思い浮かべ、一瞬の後に振り払う。 「さぁ、救いの無い人殺しを始めるっすよ」 あの糞虫(ハートイーター)を、狩るために。 ● 倉庫の横を通り過ぎようとした少年――高田昌平の前に、フラウが立ち塞がる。 「駄目っすよ、少年。こういうトコには悪いヤツ等が居るって、 学校の先生やらに習わなかったっすか?」 昌平が口を開くよりも前に、フラウは目にも留まらぬスピードで彼に迫った。 少年の全身から血が噴き出し、宿主の肉体を奪った『ハートイーター』が四体の分身を生む。血の色をした芋虫の一体にフラウが音速の連撃を浴びせた瞬間、身体能力のギアを上げたヘキサが素早く地を蹴った。分身の頭上から踵を落とし、同時にブロックに回る。 屋根の上から壁を垂直に駆け下りた天乃が、あまりの速さに状況を把握できずにいる昌平の後方に立った。 「さあ、踊ろう?」 退路を塞ぎつつ、全身からオーラの糸を伸ばして手近な分身を絡め取る。がんじがらめに縛られた芋虫が、さも窮屈そうにもがいた。 続いて、脳の伝達処理を高めた『名無し』氏名 姓(BNE002967)が昌平に駆ける。姓は正面から彼を抑えると、気糸の罠を展開して分身の一体を捕らえた。 少年のブロックを確認した彩花が、分身たちとの間合いを詰める。彼女は鮮やかな象牙色のガントレット“雷牙”に蒼き雷光を纏わせると、攻防自在の構えから次々に打撃を繰り出し、二体の分身を同時に叩いた。 直後、福松が黄金の愛銃“オーバーナイト・ミリオネア”を構え、神速の抜き撃ちで昌平と分身たちの頭を射抜く。こめかみを貫く激痛に、昌平が初めて悲鳴を上げた。 一般人なら即死を免れない一撃だが、血液を介して全身を支配する『ハートイーター』が、死ぬことはおろか気絶すらも許さない。側頭部から流れ落ちる血が、赤い霧となってリベリスタ達を襲った。 針の如く肌を刺す霧の中、暖之介が前に出て敵の包囲に加わる。 「……さて、始めましょうか」 一切の感情を微笑みの内に封じた彼の足元から、意思を持つ影が伸び上がった。 左胸に『虎』の一文字を刺繍したノースリーブパーカーを風に靡かせ、流水の構えを取った美虎が走る。苦痛に呻く少年の声に眉を顰めつつも、彼女は分身の一体に破壊の気を込めた拳を振るった。 ゲルトが、俊介の前に立って彼の守りにつく。 「俺がお前を守る。俊介、お前は俺達を守れ」 鋼鉄の意志を秘めた頼もしき背中に、俊介は黙って頷きを返した。 辛うじて麻痺や呪縛を逃れた二体の分身が、前衛たちを血潮の弾丸で撃つ。 半面を血に染めた昌平が、怯えた瞳でリベリスタ達を見た。 「だれ……?」 力を手に入れたにも関わらず、容易く痛みを与えられたことに対する困惑の表情。 不測の事態に対する恐怖が、少年の顔にはっきりと浮かんでいた。 「ガキ相手に怖い思いはさせたくねーっすから、さっさとケリを付けるっすよ!」 どの口が言うのかと、そんな自重は胸の奥に仕舞い込んで。フラウが、音速を纏う二刀で分身を切り裂く。ヘキサの喉から、思わず「ちっくしょう……」と声が漏れた。 なんで。なんで――こんな子供が死ななければいけないのか。 助けてやりたくても、救ってやりたくても、その術はない。 「オレの居た孤児院のヤツらと、そんなに歳も変わらねぇってのに!」 血を吐くように叫んで、ヘキサは高く跳躍する。両足を覆う脚甲“紅鉄グラスホッパー”が空中に紅い軌跡を描いた直後、宙返りから打ち下ろされた蹴りが分身に叩き込まれた。 昌平の血で編まれた真紅の網が、彼を中心に扇状に広がる。後方の回復役に攻撃を届かせまいと、姓が我が身を射線に割り込ませた。 この中で、麻痺や呪縛を無効化できるのは姓一人。状態異常の回復手段を持つメンバーが封じられてしまえば、状況は一気に苦しくなるだろう。 前衛の何名かが呪縛されたのを見て、ゲルトが邪を退ける光を輝かせる。体の自由を取り戻した前衛たちは、互いに連携して分身に攻撃を集中させていった。 “悪魔潰し(デーモンマッシャー)”の名を持つ棘つきの手甲に覆われた美虎の拳が、醜悪な芋虫の胴体にめり込む。破壊の気を打ち込まれた分身が動きを封じられたところに、暖之介が死の印を刻んでこれを屠った。 「……止まれ」 拘束を引き千切った分身に向けて、天乃が再びオーラの糸を放つ。全身から伸びた糸が芋虫を幾重にも締め付け、ついには縊り殺した。 白いリボンを結んだ黒髪のツインテールを揺らし、彼女は『ハートイーター』に憑かれた少年の背を一瞥する。このアザーバイドにまつわる謎は多いが、今は闘いを楽しもう。 「邪魔な分身を、全部引き剥がします……!」 残る二体の分身を纏めて討つべく、彩花がガントレットを纏った己の両腕に雷を呼び起こす。 その身を疾風と化した彼女の武舞が、嵐の如き勢いを秘めて分身たちを矢継ぎ早に打ち――命をたちどころに呑み込んでいった。 ● 分身たちが力尽き、残るは昌平に宿る『ハートイーター』本体のみ。 助走から兎の俊敏さで地を蹴ったヘキサが、身軽に宙を舞った。 「走って! 跳んでぇ! ――蹴ッッッ飛ばすッ!!」 音速の飛び蹴りが、昌平の華奢な体を強かに打つ。 「痛い……痛い、よう」 激痛に身を捩った少年は、とうとう泣き出した。 「どうして、ぼくが……こんな目にあうの……?」 その一言に、美虎の心が大きく揺らぐ。彼女の背を押すように、福松が声を放った。 「――滝沢!」 同時に発射された弾丸が、昌平の左胸を射抜く。瞬間、少年の泣き声が途切れた。 ごめんなさい、という一言を飲み込み、美虎は拳を握る。 理由を告げたところで、余計に心を抉るだけだ。 口を真一文字に結び、涙を滲ませ。彼女は、破壊の気を昌平に叩き込んだ。 激しく咳き込む少年の胸元から、赤い血の霧が生じる。攻撃を掻い潜って間合いを詰めた彩花が、凍てつく冷気の拳を繰り出した。 その一撃は確かに昌平を捉えたものの、『ハートイーター』の浄化能力に阻まれて彼を凍らせるには至らない。 常に背後に立つことでダメージを最小限に抑えていた天乃が、昌平の背にオーラの爆弾を炸裂させた。 「普段と、違う場所……に、行かなかった? 何か、変わったことは……?」 大元に繋がる情報を少しでも引き出すべく、彼の肩越しに問いを放つ。 しかし、痛みと恐怖に惑う少年が、それに答えることはなかった。 暖之介が、死の印を刻んで『ハートイーター』から力を奪う。分身の全滅まで守り手に徹していたゲルトが、満を持して前進した。集中により感覚を研ぎ澄ませ、破邪の刃で心臓を狙う。 自己満足に過ぎぬとしても、少年の苦痛を長引かせたくはない。 息を詰まらせ、しゃくりあげる昌平を前に、フラウの唇が動いた。 喉元まで出かけた言葉を寸前で押し込め、舌打ちを漏らす。 「ホント、何をやってるんすかね、うちは」 どう頑張っても、少年に刃を突き立てる結果は変わらないのに。 リベリスタ達は昌平を取り囲み、『ハートイーター』を追い詰めていく。 倉庫の壁すらも足場にして死角を突き続ける天乃が、オーラの爆弾を彼に埋め込んだ。 「……爆ぜろ」 使い手たる彼女すら巻き込む爆発が、少年の全身を揺らした。 「もう、やめてよぉ……」 昌平の哀願とともに、血潮を固めた弾丸が正面に立つ姓の胸を貫く。 「怨んで良いよ。恐かったら目を閉じて」 姓が運命を代償に自らを支えた直後、彩花が大きく前に踏み込んだ。革ブーツに内臓されたブースターが、彼女の高速戦闘を補助すべく唸りを上げる。 「行動を封じることができないなら、最大の威力で叩くだけです」 象牙色のガントレットに覆われた両手が、流れるような動きで昌平を捉えた。 優雅な動作からは俄かに想像できぬ強烈な衝撃が、少年の、そして『ハートイーター』の命数を削る。 涙を振り払った美虎が、さらに一撃を加えた。 「全部、やっつけてくれるんじゃなかったの……?」 切なる呟きが、暖之介の耳に届く。 この子供は、何者かの手で気紛れに与えられた玩具で遊んだだけ。彼もまた、被害者に過ぎない。 勿論、それで済まされる事ではないと理解はしているが――。 「玩具遊びは、ここまでとさせて頂きましょう」 穏やかな口調を崩さぬまま、暖之介は昌平に肉迫する。 呪われし死の印が、もはや逃れえぬ運命を不運な少年に告げた。 「……ぼくは、死ぬの」 昌平の唇から、絶望が堰を切ったように溢れ出す。 「いやだ、いやだよ……死にたく、ないよ……!」 深い傷の刻まれた左胸から、血泡を吐き続ける口から、赤い霧が瞬く間に広がった。 針どころか細剣の鋭さをもって、リベリスタ達を次々に貫く。 この一撃の前に俊介が倒れ、美虎とフラウが己の運命を削った。 ギリギリのところで耐え抜いたヘキサが、歯を食いしばって昌平を見据える。 「テメェを『殺して』やるって、決めたんだよ……!」 決して『救う』などとは言わない。許しを請うつもりもない。 自分達が彼を『殺す』のは、こちらの都合に過ぎないと知っているから。 連続で繰り出される音速の蹴撃が、昌平をひたすらに打つ。 集中を高めるゲルトの手の中で、彼のナイフが鮮烈に輝いた。 「すまない少年。君に痛みや恐怖を覚えない言葉をかけてやりたかった」 いや。本当は――守りたかった。それなのに。 少年の命を救う方法は無く、かける言葉すらも見つからない。 「せめて、死後の世界で君が安らかである事を祈らせてくれ」 破邪の光を帯びた刃が一閃し、少年の胸を裂く。 一瞬のうちに最高速に達したフラウが、そのスピードを武器に突撃を仕掛けた。 ともすれば動きが鈍りそうな両手を叱咤し、得物を強引に振るう。 「バイバイ、少年。コレで最後っすよ」 神速を纏う二刀が昌平の心臓を貫き――臆病な少年の人生に幕を下ろした。 ● 美虎が雄叫びを上げ、倒れた昌平の体から『ハートイーター』を素手で引き千切る。 鮮血の滴る肉塊が地面に叩き付けられた瞬間、ヘキサがそれを踏み躙った。 「コイツにスキルを使うなんざ勿体無ぇ!」 続いて、美虎が拳を打ち下ろす。 「無くなれ! 消え失せろ! 刻み付けろ、わたしたちの怒りを! 忘れるな、その怯えを! 味わった事の無いような痛みを! 与えて! 殺して! やる!」 鬼気迫る形相で、彼女は両の拳を振るい続けた。 一撃を加えるごとに、手が血で赤く染まっていく。 「二度と人間の前に姿を見せるな! わたしはお前のような存在を! 決して! 許さ! ……ないッ!!」 美虎が、『ハートイーター』を四散させるべく腕を振り上げた時。 フラウが、彼女の手首を掴んだ。 「その辺にしておくっす」 怒気を露にする仲間の視線を真っ向から受け止め、『ハートイーター』の死体を回収する。 いつか現れるかもしれない親玉を潰すには、一つでも多くの手掛り(サンプル)が欲しい。 決意と覚悟を秘めたフラウの表情を目の当たりにして、美虎も、とうとう矛を収めた。歯を食いしばり、血濡れの拳を握り締めながら。 暖之介が昌平の傍らに膝を突き、恐怖と苦痛に引きつった死に顔を眺める。 (……こういう状況にはとうの昔に慣れてはいるつもりですが、 それでも未だに、僅かに心が痛みますね) 歩み寄ったヘキサが、幼い命を散らせた少年に語りかけた。 「テメェを殺した事実も、テメェの生きるハズだった未来も、全部纏めて背負ってやる。 筋は通すぜ、男同士の約束だ――」 昌平の手に触れ、失われつつある体温とともに彼の死を記憶に刻む。 「神よ。彼の犠牲を悼み給え、彼の魂を救い給え――Amen」 胸元で十字を切ったゲルトの祈りが、厳かに響いた。 「力を集めて、親玉……は、どうする、んだろうね」 アーク本部に連絡を済ませた天乃が、ぽつりと呟く。 結局、少年からは情報を聞き出せなかったが、寄生される前後の行動を洗えば、新たな発見があるだろうか。 「要は親玉へと力を送り込む端末の様なモノなのでしょう。まさに寄生虫ですね」 性質も外見も醜悪極まりない『ハートイーター』への嫌悪を滲ませながら、彩花が答える。 先の報告では、宿主の記憶を保存する性質があるという話だったが――それらが親玉に送られるなら、力と知識を蓄えて何をしようというのか。 思考を中断し、天乃は「……まあ、どうでもいい、か」と口にする。 「もし、会う事があれば……その時を、その強さ、を楽しみにしてよう」 敵が強者であるなら、きっと刺激的な戦いができる筈だ。 「ハートイーター、か――」 祈りを終え、ゲルトが独りごちる。 どんなに辛くても、決して足を止めるわけにはいかない。 人を護るために戦うことが、己の誇りであるから。その身を、心を鋼鉄にして、これからも歩み続ける。 「忘れんぞ、その名前」 鋭く前を見据え、彼は低く呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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