● ひらひらと、白い手が踊る。 遠い昔、僕を拒絶した『彼女』の手。 僕が何よりも愛し、何よりも恐れる、その手。 久しぶりに街に出てみれば、どこもかしこも『彼女』だらけだ。 皆、僕の方を見向きもしない。 『彼女』が僕を見る時、それは白い手を振って僕を拒絶する時だけ。 汚いものを、見るように。 うるさい羽虫を、追い払うように。 酷いよね。僕は、あれほど『彼女』が好きだったのに。 勇気を振り絞って告白した僕を、拒絶するなんて。 だから、僕は――。 手始めは、あの『彼女』にしよう。 曲がり角に入った『彼女』を追って、僕は裏道に入る。 いつの間にか、動物たちが僕の後をついて来ていた。 あの子たちは『彼女』じゃないし、もうお呼びじゃないのだけれど。 まあ、いいか。僕の言うことも聞いてくれるし。 前を歩いていた『彼女』が、僕を振り返る。 僕はにっこりと笑いかけながら、『彼女』に歩み寄った。 『彼女』が、白い手を僕に振る前に。 『彼女』が、そうやって僕を拒絶する前に。 『彼女』をまた一人、僕の手で消してしまおう――。 目を見開いた『彼女』の喉元に、僕は指を突き入れた。 『彼女』の血に染まった、赤い指。なんて、綺麗なんだろうね。 ● 鮮血に染まったビジョンは、近い未来に起こる筈の惨劇。 万華鏡(カレイド・システム)を通してそれを視た『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、血相を変えて立ち上がる。 「くそっ、何てこった……!」 凶行に及んだ男の顔には、はっきりと見覚えがあった。二十一人もの少女を手にかけた殺人犯。 自らが殺害した少女たちのエリューションに襲われていた男の命を救ったのは、他ならぬアークのリベリスタだ。 ――ふざけんな。皆がどんな気持ちで、手前を助けたと思ってる……!? 男が神秘を知らぬ一般人である限り、彼を裁くのは自分達ではないと。 リスクを負うのを承知で、体を張って男を守り抜いたのだ。 それなのに。男は黙って行方をくらまし、あまつさえ、こんな―― 喉まで出かかった悪態を噛み殺し、リベリスタ達に召集をかける。 今は時間が惜しい。これ以上の犠牲は、何としても防がなければならなかった。 ● 「事態は一刻を争う。ブリーフィングが終わったら、すぐに出発してくれ」 集まったリベリスタ達を前に、黒翼のフォーチュナは張り詰めた表情で説明を始めた。 「任務はノーフェイス一名と、E・アンデッド八体の撃破。 加えて、現場にいる一般人の救出と保護だ」 そう言って、数史は急ごしらえの資料をリベリスタ達に手渡す。 「……ノーフェイスは二十代後半の男で、これまでに二十一人の少女を手にかけた殺人犯だ。 先日、自分が殺した少女たちのエリューションに襲われているところをアークに救われているが、その直後に革醒したらしい」 彼は現場から逃走した後、しばらく身を隠していたが、やがて革醒で得た力を自覚するに至ったらしい。結果、再び殺人に手を染めるべく動き出したというのだ。 「かつては『白くて綺麗な手をした、十四歳から十六歳くらいの少女』に執着していたが…… ここに来て頭のネジが纏めて吹っ飛んだと見えて、 今は『エリューション能力を持たない人間』を見境なくターゲットにしている」 つまり、全ての一般人が殺戮の対象になり得るということか。 リベリスタの一人がそう言うと、数史は大きく頷いた。 「同時に、エリューション能力を持つリベリスタは奴の獲物になり得ない。 戦いになった場合は、可能な限りやり過ごして逃げようとするだろう」 ノーフェイスは、自らの力を試すために殺した八体の動物たちをE・アンデッドとして従えている。 逃げる時には、彼らをけしかけてリベリスタ達を足止めしようとする筈だ。 初手からノーフェイスを抑えるためには、こちらも相応の人数を突っ込ませる必要があるだろう。 「――さらに、一般人の保護も必要だ。 現場は裏通りで、さしあたって庇う必要があるのは一人だけだが…… ノーフェイスを逃がせば、奴は表通りに出て大勢の人々を手当たり次第に殺して回る。 能力的に『ターゲットに近接しなければ殺せない』のが唯一の救いだが、 遠距離まで届く能力を持たないわけじゃないから、そこは気をつけてほしい」 たとえ死に至らないとしても、神秘の技を一般人がまともに食らえば大怪我は免れないだろう。 「今なら、二十二人目の犠牲者が出る前に食い止められる。 とにかく、一般人に死者を出さないこと。 そして、可能な限りノーフェイスを表通りに出さないことだ。 敵の数が多い以上、この二つを両立するには、初動がかなり重要になる」 黒翼のフォーチュナはそう言って、リベリスタ達の顔を見た。 「時間の猶予はなく、やるべきことは多い。 厄介極まりない任務だが……どうか、頼まれてくれるか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月04日(火)22:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● ブリーフィングを終え、リベリスタ達は急ぎ出発する。 皆を見送る数史に、『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)が声をかけた。 「――奥地、今回の事件はイーちゃん自身の詰めの甘さが招いた結果だ。 だから、ケジメはイーちゃんがつけて来るのですよ」 その声を聞き、入口の前にいた『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が振り返る。 「……今にして思えば、エリューションと至近で接触したのですから、 こうなる可能性は、確かにありました」 自分達の手で命を救った男が、今度はノーフェイスとなって一般人を殺めようとしているのだ。かつての事件に関わったメンバーにとって、その事実は重い。 僅かに視線を伏せたユーディスの口調は、苦いものに満ちていた。 「警察に任せれば如何にでもなる、と…… 危険性を見落として捨て置いたのは私達のミスです」 「それは――」 違う、と数史は口を開きかける。 男の救出と敵の殲滅を両立しなければならない状況下では、リベリスタ達の判断は妥当だった。 あれ以上、男に手を割く余裕など無かった筈なのだから。 唯々は手を上げ、フォーチュナの言葉を制した。 「何、心配することはねーです。 今回のイーちゃんは本気で行くですから、クソ野郎には誰一人ヤラセはしねーのですよ」 ● 喉元を血に染めた、動物たちの屍を引き連れて。男が、女に歩み寄る。 振り返った女が、男の纏う異様な雰囲気に思わず目を見開いた。 男が、女に向けて手を伸ばそうとした時。そこに駆け寄った『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)が、男の後背を狙って神秘の閃光弾を投じた。 轟音と閃光が炸裂し、巻き込まれた二体の動物たち――E・アンデッドが動きを止める。すかさず割り込んだ唯々が女を庇うと、『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)と『不屈』神谷 要(BNE002861)が相次いで敵を挑発した。 精神を掻き乱す言葉を受けて、合計で三体のE・アンデッドが怒り狂う。 懐中電灯を肩に括った『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)が、僅かに口元を歪めた。 「かか。中々に面倒な事になっとるなあ……」 幼い外見にそぐわぬ老成した口調で笑みを零すと、オーラの糸で男――ノーフェイスの足を狙い撃つ。 「一手しか余裕がありませんからね。一撃に全てを賭けます!」 ほぼ同時、『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)の放った気糸が彼の手を捉えた。 逃げるための足と、殺すための手を貫かれた男の表情が、激しい怒りに染まる。 言葉として意味をなさない咆哮とともに、狂えるノーフェイスの周囲に無数の白い手が現れた。 掌にぷくりと浮かび上がった唇が開き、リベリスタ達に衝撃波を浴びせる。 辛うじて直撃を避けた明神 暖之介(BNE003353)が、素早く体勢を立て直して地を蹴った。 「――さあ、始めましょうか」 いつも通りの柔和な笑みを湛えて、閃光弾と挑発で浮き足立つ動物たちの脇を全力で駆け抜ける。 暖之介がノーフェイスの背後に回り込んだのを見て、ユーディスがこれを挟撃するべく正面に立った。 「今夜こそ、全て終わりにしましょう。これ以上の犠牲は……出させません」 決意を湛えた青い瞳が、男を真っ直ぐに見据える。後方で指揮を執る『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が、仲間の全員に小さな翼を与えた。 麻痺を免れたE・アンデッドが、リベリスタ達に一斉に襲い掛かる。猛毒の牙が牙緑や要の肌を貫き、強烈な体当たりがヤマの小柄な体を吹き飛ばした。 それを見た『薄明』東雲 未明(BNE000340)が、ヤマの代わりに敵のブロックに入る。ノーフェイスを倒す前に、まずは動物たちの数を減らしていかねばならない。 未明は高速の動きで残像を生み出すと、近接するE・アンデッド二体に向けて同時に斬りかかった。 ノーフェイスは怒りに我を忘れ、彼に従うE・アンデッド達も半数以上が“壁”の役割を果たせないでいる。現状では一般人の安全確保を優先すべきと判断した『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)が、唯々に代わって女の守りについた。 「ここは頼む」 仲間達に声をかけ、呆然と立ち尽くす女の腕を強く引く。 ゲルトは女を庇いながら、彼女を表通りに逃がすべく踵を返した。 ● 女がゲルトに守られつつ戦場を離脱するのを見て、牙緑が眼前のE・アンデッドに魔力を帯びた片刃のナイフを一閃させる。できれば遠距離まで届く居合い斬りで一体ずつ狙い撃ちたいところだが、生憎と今回は準備してきていない。ならば、少しでも敵を女から遠ざけるべきだろう。 全身のエネルギーを込めた一撃が炸裂し、野良犬の体が宙を舞う。 怒りから覚めたノーフェイスが行動を起こす前に、唯々が彼に迫った。 「御機嫌よう。狂気を彷徨い、幻影に囚われた哀れな罪人よ。 イーちゃんが囚われのアンタに問答無用の終わりを告げに来てやったですよ?」 「『彼女』が……行ってしまうじゃないか」 心ここに在らず、といった様子で去りゆく女を凝視するノーフェイスを赤い瞳で睨み、手の中にオーラの爆弾を生み出す。 「イーちゃんを忘れたとは言わせねー。 忘れたって言うなら、その曇った目を醒まさせて思い出させてやる!」 唯々が男の懐に潜り込んだ瞬間、爆発音が響く。 ノーフェイスの痩身が、衝撃に揺らいだ。 「因果、ですね」 心を砕く言葉をもってE・アンデッドを引き付け続ける要が、ぽつりと呟きを漏らす。 かつて命を助けた男が、今度は一般人に害をなす敵として自分達の前に現れる運命の皮肉を、思わずにはいられない。 「まあ、気に病まんでもよかろ」 全身からオーラの糸を伸ばし、ノーフェイスもろともE・アンデッドたちの足を撃ち抜いていくヤマが、気遣うように口を開いた。 「いかな悪党であれ、ノーフェイスでもなければアークとして殺す理由は無い。 正義の味方としちゃ正しい判断をしたと、そう言うても良かろよ――」 怒り狂う動物たちの牙を盾で防ぎつつ、要が「ええ」と頷く。 「あの時の選択が間違っていたとは言いません。 無論、私達の選択が招いた事態ということも否定はしません」 そう。決して、リベリスタ達は間違ってなどいない。 あの時は、まだ、男は神秘に関わりのない一般人に過ぎなかったのだから。 逃れた男が革醒し、ノーフェイスになったのは、また別の話――。 「必ず──必ず、此処で討ちましょう」 こちら側に足を踏み入れてしまった、男の凶行を止めるために。 ノーフェイスが、虚ろに視線を彷徨わせる。 彼は一瞬、エリューション能力者の気配を覆い隠したヤマを見たが、それ以上に大勢のリベリスタに囲まれたこの状況を不利と見たらしい。 「……『彼女』を、探さないと」 身を翻し、咄嗟に進路を塞ごうとしたユーディスの喉元を手刀で狙う。 彼女の白い首筋に、血の赤が尾を引いた。 痛みに顔を顰めながらも、ユーディスは十字の光でノーフェイスを撃つ。たとえ己の運命を削ることになったとしても、ここから逃がしはしない。 その後方で退路を封鎖する暖之介の足元から、意思ある影がゆっくりと伸び上がる。 「悔いる必要はありません」 彼の穏やかな声が、ユーディスに届いた。 「あの時は成すべき事を成した。そして、これから成すべき事を成す。 ただそれだけの事なのですから」 麻痺から回復したE・アンデッドが、リベリスタ達に喰らいつく。 戦場を支配する眼力を発動したアルフォンソが、攻撃の効率動作を共有して全員の戦闘力を高めた。 「負傷していても、それなりの働きはしてみせましょう」 仲間の癒しを信じて前線に留まり、E・アンデッドのブロックを継続する。 ナイフの一閃で敵の一体を沈めた牙緑が、素早く後方を振り返った。 女は既に、ゲルトに伴われて攻撃が届かない距離まで逃げおおせている。あとは、ノーフェイスとE・アンデッドをこの場で全滅させるだけだ。 「前回は人殺しとはいえ一般人だったから、迷いが出たんだろうが…… 今回は立派なノーフェイスだ。心置きなく始末できるな」 もともと、自分より弱い少女しか殺せないような、胸糞悪い男だ。 「人質さえ引き離せば、オレは絶対負けねぇよ」 虎の因子を宿す金色の瞳で、牙緑はノーフェイスを鋭く睨む。 ユーディスと二人でノーフェイスを抑える唯々が、手が届く距離にいるE・アンデッドの一体に死の爆弾を埋める。 極限の集中で動体視力を強化したユウが、愛用の改造小銃“Missionary&Doggy”の銃口を天に向けた。放たれた魔力の弾丸が、燃え盛る火矢となって全ての敵に襲い掛かる。 二体のE・アンデッドが相次いで倒れる中、ノーフェイスが炎を振り払おうとするかのように白い手の幻影を生み出した。掌に浮かび上がった瞳が、呪いの視線でリベリスタ達を射抜く。 直撃を受けたヤマの体が、大きく揺らいだ。耐久力の低さを承知で前衛に出ていた上、ノーフェイスを攻撃に巻き込むために射線を確保していたのが災いしたか。 彼女は自らの運命を代償に体勢を立て直し、そのまま後方に下がる。 「撃ち続ける方が役には立つでな」 現状で三体が倒れ、残るE・アンデッドは五体。自分が前に留まらずとも、ブロックの手は足りている。 再び放たれたオーラの糸が敵に真っ直ぐ伸びた瞬間、女の退避を終えたゲルトがヤマと入れ替わりに前に出た。邪を退ける光を輝かせ、瞳の呪縛に囚われた仲間達を解放する。 「――回復します」 周囲を漂う神秘を取り込んで自らの力を高めた『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が、魔術書を開いて詠唱を響かせた。癒しの福音が、リベリスタ達の傷をたちどころに塞いでいく。 ユーディスが、十字の光で傷ついたE・アンデッドを貫いた。 「早急に数を減らしましょう」 敵の攻撃力を鑑みるに、長期戦になればこちらの損害が増える。 リベリスタ達は火力を集中し、取り巻きのE・アンデッドを狙い撃つ。ユウの火矢が雨あられと降り注ぐ中、ヤマの気糸がさらに二体を屠った。 要が、仲間達に十字の加護を与えて意志力を高める。ノーフェイスは残るE・アンデッドを引き寄せ、道を塞ぐリベリスタ達を排除しようとするも、動物たちはブロックと状態異常に阻まれて思うように動けない。 「早く……『彼女』を消さないと……」 狂気に憑かれた瞳で、ノーフェイスは白い手の幻を生み続ける。 神の光で呪縛を払った京一が、顔を覆う仮面越しに男を見た。彼もまた、先の事件に関わった者の一人。リベリスタとして、子を持つ親として、幕引きを見届けるつもりでいる。 ● ゲルトの青い瞳が、敵の動きを鋭く見据える。 (思った通りだ。ノーフェイスがいる限りは、犬や猫たちも逃げようとはしない――) ならば、今のうちに殲滅するまでだ。 破邪の力を帯びて輝くナイフを、E・アンデッド目掛けて繰り出す。 首筋を横一文字に切り裂かれた野良猫が、元通り屍となってアスファルトの地面に転がった。 残る一体に向けて、暖之介が破滅の黒きオーラを放つ。敵が最初から固まっていたおかげで、彼の立ち位置からでも近接攻撃が届くのが有難い。 致命の一撃にこめかみを撃ち抜かれ、最後のE・アンデッドが倒れた。 「さて――」 彼はノーフェイスに向き直り、眼鏡越しにその動きを捉える。 逃げ道を探して視線を彷徨わせる男に、ユーディスが打ちかかった。すかさず牙緑が迫り、声を張り上げる。 「逃げるのかよ! 恥ずかしくって女の子の顔も見れない腰抜け野郎が!」 裂帛の気合とともに、彼は“生死を分かつ一撃(デッドオアアライブ)”をノーフェイスに叩き込んだ。 綺麗に切りそろえられた前髪の下で、ヤマの瞳がすぅと細められる。 「今回は生かしておく理由が全く無い。悩まず迷わず、ヤマの仕事といこか」 長きに渡って殺しを営んできた『ヤマ』の仕事は、一つしかない。 幾本も伸びたオーラの糸が、男の急所を次々に貫く。彼の動きが明らかに鈍ったところに、要が鮮烈に輝く破邪の剣を振るった。 「行かなきゃ……早く。『彼女』が、あんなに……」 無数に浮かぶ白い手の幻を操りながら、ノーフェイスがうわ言のようにくぐもった声を漏らす。 攻撃を掻い潜った唯々が、そんな男をせせら笑った。 「……てーか、ハハッ。アンタがその技を使うんすか? テメーは何処までもソイツに取り憑かれてるみてーですね」 それは、男がかつて殺した少女たちの手。 男が何よりも愛し、何よりも恐れた、呪縛の象徴。 「何処に逃げようってーんですか、テメーに逃げ場なんてものはねーのに」 唯々の低い声に続いて、暖之介とゲルトがノーフェイスの包囲に加わる。間合いを奪った暖之介が死の印を刻んだ直後、ゲルトが輝けるナイフを一閃させた。 神ならぬ人の身で全てを救おうなどと、傲慢に過ぎぬと彼は理解している。 だが―― 「解っていても苦々しいものだな。特にこういう結果が出た時は」 呟くゲルトの声は、その言葉通りに苦いものを湛えていた。 小銃を両手に構え直すユウが、「お礼を言わなくてはなりませんねー」と口を開く。 アークに所属するリベリスタ達の目的とは、あくまでも崩界を食い止めることだ。 「大義『しか』ない掃き溜め、とは良く言ったもので…… それが無ければ極悪な犯罪者にだって手が出せないし、 何の罪も無い少女を手に掛けなくてはならない事もしょっちゅうです」 ですから、ありがとうございます――と、ユウは口の両端を笑みの形に持ち上げる。 「――わざわざ、大義をしょって来てくれるとは!」 全てを灰にする業火の矢が、男を焼き尽くそうと襲い掛かった。 後に続いた要が、黒いコートの裾を翻して地を蹴る。 「貴方が運命の加護を得ていなくて本当に良かったです」 手にしたナイフが、彼女の静かな怒りを映したかの如く鮮烈に輝いた。 「悔い改める必要はありません。 少女の無念を受けながら……地獄に落ちると良いでしょう……!」 破邪の斬撃が、ノーフェイスの脇腹を裂く。後衛から仲間達の気力の消耗具合に目を配るヤマが、まだ大丈夫と見て再びオーラの糸を放った。 リベリスタ達は一分の隙もなくノーフェイスを包囲し、集中攻撃で追い詰めていく。数で圧倒的な優位に立っていても、誰も気を抜く者はいなかった。 「確実に削っていきましょう」 巧みに立ち位置を調整して退路を塞ぎつつ、暖之介が死の刻印を埋め込む。聖なる衝撃を秘めたゲルトの一撃がノーフェイスの全身を揺らした直後、未明が空中から強襲を仕掛けた。 「ケリをつけるんでしょう? 手伝うわ」 あらゆる角度から繰り出される攻撃に翻弄され、男が我を失う。 「……ああ……『彼女』の手が、手が手が手が手が……ッ!」 さらなる狂気に陥ったノーフェイスは、自らの力を無差別に解き放った。 白い手の幻が、所構わず衝撃波を撃ち出し、リベリスタ達を打ち据えていく。 この、最期の悪足掻きともいえる攻撃の前にユウとヤマが倒れ、唯々が自らの運命を代償に差し出したものの、もはや天秤が傾くことはなかった。 麻衣の奏でる天使の歌が、傷ついたリベリスタ達の背をしっかりと支える。 「前回助けてもらったのに、反省もしないで逃げたんだって?」 持ち前の自己再生力でさらに傷を塞いだ牙緑が、不敵な笑みを浮かべてノーフェイスを見た。 「そこのイーちゃんがかなり怒ってるぜ? もう二度目はないよなぁ」 破滅の一撃が、男に残された体力を大きく削り取る。 「二度目で終わりだ。アンタに三度目はねーんですよ」 自らを巻き込むことも厭わぬ唯々の爆弾が、ノーフェイスの胸元で炸裂した。 ユーディスが、そこに大きく踏み込む。 「――さようなら、狂える罪人」 一点の曇りも許さぬ破邪の剣が、迷わず男の心臓を捉えた。 「その妄執もろとも滅びなさい」 凛と響いた彼女の声に、一切の慈悲はなく。 ノーフェイスは目を見開いたまま、狂気のままに崩れ落ちていった。 ● 傷ついた上体を起こし、ユウはノーフェイスが血の海に沈む様を見届ける。 ヤマもまた、同様にそれを黙って見詰めていた。 仕方無しとて、殺さば悪――されど、それは彼女が仕事とする『必要悪』。 暖之介が、そっと口を開いた。 「これ以上罪を重ねずに逝けた事は、きっと救いとなったはず。そう考えておきましょう――」 牙緑が、倒した敵の数をもう一度確認する。 ノーフェイスも含めて九体。取り逃がしたものはいない。 リベリスタ達は、今宵、守るべきものを確かに守り抜いたのだ。 「犠牲となりし全ての魂に安らぎを。――Amen」 死者の冥福を祈り、ゲルトが祈りを捧げる。 男の傍らに立った要が、その亡骸をじっと見下ろした。 あと一つ、やるべきことが残っている。 彼女は可能な限りの証拠を集め、アークを通してその情報を警察にリークするつもりでいた。 (ご遺族の、そして被害者の少女達の望む形ではないかもしれませんが……) ――今度こそ、一連の事件に決着をつけるために。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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