● 楽しい一日だったね。 キミは、ボクと遊んだことはきっと覚えていてくれるだろう。 ひょっとしたら、大人になってもずっと。 だけど、この先会うことはないボクの顔も名前もあやふやになって消えていく。 それでも構わないんだ。 蚊取り線香。雑魚寝の布団、吊るされた蚊帳。 西瓜、とうもろこし、色の付いたそうめん。砂糖を入れないと麦茶が飲めないキミを笑った。 ゲリラ豪雨に照りつける太陽。 肩に付いた日焼けの跡を気にしていた。 暗くなるまで我慢できないで火をつけた線香花火。 下駄を許してもらえなかったから、運動靴履きの浴衣。 蚊に刺されて腫れ上がったくるぶしに泣きながら薬を塗りこんでいた。 そんなものの中に、ボクの気配を感じてくれれば。 だから、もう少し。 もう少しだけ。 夜になったら、ボクも自分の場所に帰るから。 「そうは行かない」 黒尽くめの大きな人達がボクとキミをボクがきたところに引きずっていく。 「君達を傷つけたくない。おとなしく帰ってくれ。もうすぐ24時間たってしまう」 「おまえたち、何いってるんだ! 変質者……」 そう言ってキミは大きな人達に飛び掛る。 「わっ」 「うわっ」 もみ合いになる。 「おまえがアザーバイドか!?」 突き飛ばされたキミ。 ボクの来た穴に君は落ちてしまった。 ボクが入るはずの穴。 ボクが来た穴は閉じてしまった。 ボクは穴を開ける力はない。 もう、ボクは君の姿を映せない。 元の姿に戻った僕を黒い人達が取り囲んだ。 「なんてことだ……残念だ。24時間経ってしまった。君達を傷つけたくなかったのに――」 大きな人達は泣いていた。 「すまない。せめて、この世界を守らせてくれ」 ボクも泣いた。 君がいなくなったのに、どうしてボクがいていい訳があるだろう。 そして、ボクもキミもこの世界からいなくなってしまった。 ● 「夏の思い出に、24時間にこだわる奴らが水を差す」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)に帰省とかあるのだろうか。 いや、働きもんだから、無理。 ――ていうか、三高平いうほど都会じゃないから。静岡だから。開発進んでないとこは、普通に田んぼだから。 「イマージナリーフレンド、座敷童、妖怪一人多い……」 それ、「一足りない」の間違いじゃないか? 「とにかく、そんな感じ。一人多いの。とある田舎のおうちなんだけど、お父さんお母さん世代が団塊ジュニアで、とにかくいとこ、はとこがすごく多い。誰も彼もが、誰が誰の子なのか、わかんない」 その中に。 「アザーバイド『夏の日の友達』が紛れ込んでいる。その中でも該当条件から二人に絞り込んだんだけど、最後の詰めが」 それはどういう意味ですか。 「どっちが、アザーバイドか分からない」 写真が二枚出される。 少女と少年。 よく似ていた。 髪の長さも、顔つきも。 「『夏の日の友達』は、気に入った人間が望むような姿かたちになる。そして、大体ひと夏ボトム・チャンネルで生活を共にする。記憶操作はお手の物だね」 危害を加える訳ではない。 ただボトム・チャンネルに遊びに来るだけ。 期間も短く、影響も小さい。 普通ならほおって置かれる類の案件だ。 「ただ今回は、『彼ら』にかぎつけられた」 リベリスタの一人が手を上げた。 「『彼ら』って、あのアザーバイド専門の黒ずくめ?」 「それ」 イヴは頷いた。 その集団、通称「彼ら』 モニターに、黒スーツにサングラスの三人組が映し出される。 このクールビスなご時勢に、悪目立ちこの上ない。 昨年夏とあるアザーバイドの送還で、危うく戦闘状態に陥るところだった。ギリギリのところで和解したが。 「発見したら即襲撃って訳でもない。送還出来るものは送還するんだけど、やけに時間に几帳面で、発見から24時間以内に事態を収束させないと世界が崩壊すると妄信している点が玉に瑕。一般人に極力危害を加えないのでその点は安心できる――んだけど」 イヴは頭痛をこらえるようこめかみをもんだ。 「今回、放置すると一般人を巻き込んだひどい事態に陥る。閉じかけのD・ホールに一般人を放り込んで、アザーバイドの方を残しちゃった」 「「「はあああああっ!?」」」」 なにそれ。馬鹿なの? 死ぬの? 「一概に責められないんだよね」 「夏の日の友達」の特殊能力だ。 「恐ろしいほどの自己隠蔽能力。幻想殺しが無条件で効くってレベルじゃない。何か取っ掛かりがないと化けの皮ははがせない」 それってどういう……。 「幻想殺しで視覚情報にアザーバイドが投影されたとしても、それを異常と認識できなくされるっていえばわかりやすい?」 で、みんなの出番。と、イヴは言う。 「幸い、アザーバイドの思考を捉えることは出来たから……それを参考にどっちがアザーバイドか見極めて。証拠集めて看破すれば、帰る切欠になる」 ――ていうか、この内容だと、男の方がアザーバイドじゃね? 「女の子も、ぼくっ娘」 なんだってぇ!? 「速やかに説得、円満送還、それでもだめなら強制送還。最悪の場合討伐。くれぐれも間違わないように」 イヴは、大きく息をつく。 「戦闘はなるべく回避して欲しいけれど、それでも不殺の方向で」 あくまで、最後の手段。と、イヴは念を押す。 「他のリベリスタ組織とのいざこざは避けたい。去年も行ったけど、今年も言う。『彼ら』を傷つけないで。『彼ら』に傷つけさせないで。『彼ら』に傷つけられないで」 とても難しいけれど。そう言って、イヴはわずかに笑んだ。 「夏の田舎の思い出は、とにかくきれいであるべきでしょ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月30日(木)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「一夏だけの思い出の子か」 足元に落ちる影が濃い。 大人しめのワンピースに身を包んだ『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、掌越しに太陽を振り仰ぐ。 「きっといい思い出になるだろうな。楽しい思い出っていうのは、ずっと忘れないものだし」 水辺で養父と遊んだことを思い浮かべたりして、自然に小さな笑みがこぼれる。 「ま、そんな思い出に水を差すわけには行かないし、思い出づくりに協力させてもらおうか」 「穏便に済ませたい所ね。夏の日の記憶を惨劇にするわけにもいかないし」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が思い浮かべる夏の思い出は、水辺ではしゃぐわが子だったりする辺り、杏樹と属性がずれている。 「自分の子供の頃は、忍びの修行三昧で御座ったな……」 『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)のスポーツサングラスに隠された目が遠いところを見る。 長袖シャツにスラックス。 ちょっと都会ずれした親戚のお兄ちゃんが、今日の幸成の役どころだ。 「思い出せない子と遊んだ記憶か……そういう経験は俺様にもある」 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は、遠い目をした。 「もしかしたらこいつのお仲間だったのかもしれないなぁ……」 夏の日の思い出はどこまでも美しい。 「夏の幻、もしくは小さな恋の物語、ってトコか?」 さすが、アークの誇る対アザーバイドエスコート担当の言うことは違う。 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は、ニカッと笑った。 「このひとときが、彼らにとって良い思い出となるように。裏方を頑張ってこうか!」 風見 七花(BNE003013)は、裏方という言葉に敏感に反応した。 (お二人の一日に引っ付いてまわって見守るのが、傍から見れば、なんというか、ストーカー……) そんなことを考えていた、純情な乙女心。 その個人のプライバシーを尊重する気持ち、ジャーナリストになっても持ち続けていて欲しい。 (犠牲者を出さない為必要だから。うん、必要だから! 裏方。そうなんだ、夏のいい思い出を作るための裏方さんなんですね、私達!) モチベーション充填! 「思い出を作るのに協力しようと思っているお」 本日の足は、『おっ♪ おっ♪ お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)さんの私物の4WDです。 拍手。 ● キャンピングカーや4WDが止まってる中に、黒のセダン。スモークガラス。 怪しい車の窓ガラスを、スッコンコンと叩く、ガッツリ。 「そんな格好してたら暑いと思うしお。1ついかがだお。というかあちき1人で4つもたべれねーし、人助けだと思って食べて欲しいお」 中には、食べ頃シャリシャリソーダアイスバー。 「……お前、アークの……」 「知ってるなら、話は早いお。ガッツリだお。今日の夕方についてお話があってきたんだお。すごく大事なお話だお。あ、昨年はお世話になりましたって、うちのフォーチュナが言ってたお」 「あ、いえいえ、こちらこそ、資料色々回してもらって……」 すごくぺこぺこしてくれてる。 「で、そのフォーチュナが、一般人に危害を「きみたち」が加えてしまう未来を見ちまったんだお」 空気が凍る。 コンビニ袋から水滴が垂れる。 「信じられないかお? でも心当たりあるんじゃねーかお?」 ガッツリは、にひ-っと笑った。 「あのアザーバイド、一般人と完全に同じで、ちみたちも困ってるんじゃねーかお?」 『彼ら』は黙っている。 水滴は落ち続けている。 ● 「いや~、おばさん。お久しぶりです。お変わりなく~!!」 ホースで水播きしているご婦人に、愛想よく話しかける幸成に、黙って頭を下げる禅次郎。 「え、あ、ああ、二人とも大きくなってぇ。誰だかわかんなかったわぁ」 否定して気まずい思いはしたくないそんな人間関係とりあえず親戚だってんならそうだろう。 「友達まで連れてきちゃいました」 背中に隠れるようにしていた杏樹が、行儀よくしていようと緊張した面持ちで頭を下げる。 「迷っていたところに偶然遭遇し、一目惚れして口説いて一緒に遊ぶことになりました!」 「ナンパしてきたの?」 「実は、嘘です」 僅かの間。 「やだよ、この子は、おばさんからかってぇ」 適度な笑いは、場を和ませます。 「これから川行こうと思って。子供たちも一緒にどうかなって」 「あ、助かるわぁ。お父さんたち、まだ酔っ払ってるようなもんだからぁ」 玄関から家の中に「お兄ちゃん達が川に連れてってくれるってよぉ~」と言ったとたん、子供が放出されてくる。 「でも、行く前に、お線香上げて行きなさい。麦茶入れてあげるから。砂糖入ってるのと入ってない方どっちがいい?」 杏樹は、「入ってる方で」と、おずおず言った。 「子供は砂糖入りのが好きだから、両方作ってんのよお。来年中学なのにじゃりじゃり言わせて飲んでるのがいるからねえ」 「入れたほうが美味しいんだよぉ?」 「そう?」 「うん、絶対」 背後からの声に、リベリスタ達は目を見交わす。 振り返ると、よく似た男女の双子。 いや、片方はアザーバイドなのだ。 「リオ、リョウ、ご挨拶しなさい」 「俺達のこと覚えてる?」 申し訳なさそうに、首を横に振るリオ。 首をちぢこめるようにして、リオの顔を見るリョウ。 「そっかあ。前にあったとき、小さかったもんなあ。じゃ、川いこっか。というか一緒に遊ぼうぜ、短い夏は楽しまなきゃな」 ● ガッツリは、袋からアイスを取り出すと食べ始めた。 「それで不慮の事故で一般人に危害を加えちまうと……」 アークのフォーチュナの未来予知が群を抜いているのは、「彼ら」も把握している。 昨年、「彼ら」は、アザーバイドを刺激しすぎて消し炭になるところを、アークの介入によって免れたのだから。 「おっおー。わかってるお。ちみたちが世界の方を優先することはなんとなくわかってるんだお?」 あ、他の人はもっとちゃんと分かってるお? とフォローは入れるガッツリ。 「一応、あちき達の方でも動いてて、『アザーバイド』に接触をはかってるお」 年かさの一人が眉をひそめる。 「おっおっおー。そう、アザーバイドだお。運が良ければアザーバイドを見抜けるんだお。それには時間と情報がいるんだお。協力してくれねーかお?」 ● 濃い緑で、肺の底まで瑞々しい。 苔の匂いが、頭を涼やかにしてくれる。 頭から手ぬぐいを巻いて麦藁帽子をかぶった彩歌は、水に足をつけてパシャパシャ歩いていた。 幻視でごまかせるとはいえ、触れば分かるのだから、念を入れるに越したことはない。 頭から突き出しているもので苦労しているのは、木蓮も同じだ。 こちらは角を隠すのではなく、奇抜なアクセサリーとして出しておく作戦だ。 バンビ模様のバッグや帽子のワンポイントが、森ガールテイストだ。 エルヴィンもテントを建てる振りをして、川を見る。 幼稚園児、小学生入り乱れている中に、よく似た二人が壮絶な水の掛け合いをしている。 二人とも、学校指定の水着。海パンと紺の水着。 「一日でずいぶん焼けたね。肩のところくっきり」 「跡つくな。いいね、そっちは焼けなくて」 釣竿の準備をしながら、禅次郎は二人の会話に耳を済ませる。 さりげなく見る二人の足元は、ゴムぞうりだ。 どちらのくるぶしもきれいなもので、虫さされの跡はない。 「にいちゃん、あそんでー」 「お、おお。あ、あんまり川に入るな。流されたら危ないぞ!」 子供苦手とかいいつつ、禅次郎はいつしか本気で子供たちと遊び始めていた。 幸成は土産と称して持ち込んだ大量の水鉄砲によって、完全にびしょぬれにされた。 七花も、その中に混じって遊んでいた。 もちろん職場放棄ではない。 二人とお近づきにならなくてはならないのだ。 そのためには、真剣に遊ぶしかない。 「のど渇いたね。麦茶どうかな」 打ち解けてきたところを見計らい、二人にペットボトルの麦茶を差し出す。 もちろん、どちらか見定める為に、無糖だ。 「あ~、ごめんなさい。ボク、麦茶、そのままだと飲めなくて……」 「じゃ、ジュースにしよっか。オレンジとサイダーどっちがいい?」 リベリスタ達は目を見交わす。 後は虫さされだけだが……。 「かっゆ~いっ!!」 素っ頓狂な叫び声。 「かかないで。腫れるから! あと大変だから!」 リョウが、リオがかきむしろうとしているのを羽交い絞めにして止めている。 「だって、これかゆいよ、どうしたらいいのぉ!」 リベリスタ達は慌てて、虫刺されの薬を探すはめに陥った。 日焼け、麦茶、虫刺され。 条件に当てはまったのは、リオの方で。 リベリスタ達は、リョウがアザーバイドと確信した。 「みんな~。こっち向いて~」 どういう集まりかと聞かれれば、近所の夏休みで集まってきた親戚同士と、偶々川で仲良くなったキャンプに来た若者達と答えるだろう。 でも、一緒に遊んだ時間は、まぎれもなく本気で遊んだ時間で。 杏樹が年代物のポラロイドカメラで撮る写真は、小学生に大うけした。 「これが、ベストショットだな」 エルヴィンが選んだのは、リオが暴れるのを取り押さえようと奮闘するリョウの写真。 かかとおとしが決まる一秒前。 「あげる」 そういう杏樹にお礼を言って、リョウは大事そうにしまいこんだ。 「リョウ、兄ちゃん達も撮って!」 アザーバイドと分かっているけれど、いまは「親戚同士」だから。 リョウに撮って貰った写真の中、杏樹と幸成は、はにかむように笑っていた。 ● 太陽は中天に差し掛かっている。 三人と一人が、アイスも食べ終わり。 貰いっぱなしもなんだし、よければ。と、ガッツリは手作りの海苔巻き弁当なんかご馳走になっていた。 「特定できた!」 川から直接ガッツリに合流した禅次郎が、黒のセダンに向かって走ってくる。 「どっちだっ!」 色めき経つ『彼ら』に禅次郎は、口をつぐむ。 「お前達も子供達の大切な一夏の想い出を邪魔したくは無いだろう。要はアザーバイトが特定出来れば、そして自主的に帰って貰えれば全てが丸く収まる。 焦る必要などない」 「帰ると思うか!?」 「帰る。俺は説得役の仲間を信じている」 禅次郎は即答した。 「――正確に、何時がリミットなんだか教えて欲しいお。こっちもそれにあわせて動くお」 「夕刻。午後6時38分。我々は、午後6時に移動を開始する」 だから。それまでに。 「わかったお。それまでに何とかするようがんばるお」 ガッツリは、くるっと禅次郎を振り返った。 「で。あちきのお昼は、ちゃんと持ってきてくれたのかお?」 「あ」 すっかり忘れていた。 ● せみの声がかまびすしい。 川で仲良くなったとガッツリ以外のリベリスタ達も合流しての昼食の色付き素麺争奪戦は、なかなか壮絶なものだった。 子供たちはすっかりくたびれて、思い思い横になっている。 扇風機に、風に巻き上がる葦簾。 保冷材を輪ゴムで足首にとめて、リオは寝ている。 リョウは、枕に頭をつけたまま、ぱちぱちと瞬きをした。 (突然のテレパス失礼いたします) 七花は、縁側に座って、雲ひとつない空を見ている。 (大変申し訳ないですが、お一人で外に出て、私達とお話ししていただけないでしょうか) 程なく、リョウが出て来た。 「おばちゃん、チビたち寝てる内に、キャンプのお姉ちゃんたちにこの辺案内してくる。リオも寝てるから」 本当に、このうちの親戚の子みたいだ。 「悪いな、気持ちよく寝てるトコを呼び出しちまって」 家から十分離れた所で、エルヴィンは、柔らかな笑顔を浮かべて言った。 少しでも気持ちをやわらげられるようにと、心を砕く。 ボクのことを知ってる人達ですね。と、リョウは言った。 七花と木蓮が、頷いた。 「説明は要りません。大体分かったから。それであってます。僕は、日に焼けないし、虫も僕は刺さないし」 血、ないですから。と、リョウは笑った。 「ごめんなさい。夏は、扉が開くんで、こっちに来たくなるんです」 エルヴィンは、慰めるようにリョウの頭をぽふぽふと叩いた。 「ごめんな、君が夜まで居続けたら、もうひとりの子によくない影響が出るんだ」 お前のせいで、次元の穴に落っこちるとは言わなかった。 「リオに迷惑かかるのはいやだから。今のうちに、帰ります。帰れば、ボクはいなかったことになるから」 なんでお茶碗一個多く出てるの? この枕、誰が使ったの? 誰にも分からなくなる。 残るのは、誰かと遊んだ思い出だけ。 リョウは、森の奥に入っていこうとする。 そこには祠があって、D・ホールがある。 「ちょっと待って!」 木蓮は、リョウを止めた。 「リオには本当のことがバレないように、だけれどな。あの子にはごく普通の夏の思い出を作ってもらおうぜ」 木蓮は、自分の記憶を思い返す。 名前も覚えていない友達。 こんな逃げ帰るような思い出じゃ、だめだ。 「だからさ、花火をするなら暗くなる前にやろうぜ、俺達でよけりゃ協力するからさ」 エルヴィンは、そう言った。 「花火、楽しみにしてたんだろ? 実は色んな種類を用意してあるんだぜ!」 木蓮の言葉に、七花は、こくこくと大きく頷いた。 ● 七花達からの報告を禅次郎が受け取ったのは、、とうもろこしと西瓜の差し入れを、ガッツリと「彼ら」に分けているところだった。 「交渉成功! 花火終わったら帰るってさ。終了予定時間、午後六時前!」 場所は、祠のすぐ近く。 移動時間はほとんど考慮しなくていい。 「な? せめて花火くらいはさせてやろうぜ。心配なら一緒に来れば良い。顛末を見届けよう」 禅次郎は、まずは食べてから。と、「彼ら」に西瓜を差し出しながら言った。 ● 「起きて。リオ。起きて」 まだ日も暮れていないのに、今から花火をするのだと。 「おばちゃんが浴衣着せてくれるって」 でも、また蚊に刺されるから、運動靴はいていきなさいって。 そういうリョウの顔が、どこかさびしそうだった。 「ごめんねぇ。今日の内に帰らなきゃならないからって」 だから、ロケット花火が一杯。 火花がきれいなのは、夜になってからやりなさいって、ほっかむりして帽子かぶった重装備のお姉ちゃんが花火を一杯くれた。 瓶に立てて、火をつけると、高い音を出して、空の向こうでぱちんとはじける。 「笛付き?」 「うん。すごく高く上がるね。見てると空に吸い込まれそうだ」 小さい子達は、青い空に白く残る煙を飛行機雲だと言って、はしゃいでいる。 かすかに漂う火薬の臭い。 胸が苦しいのは、浴衣の帯のせいじゃない。 「なんか、変な感じがする」 「裾とか?」 「そういうんじゃなくて」 何かが終わる感じがする。 「そりゃそうさ。もう夏休みは終わるんだから」 ゆっくりと日が暮れてくる。 リョウの顔がよく見えなくなる。 「さあ、暗くなる前に帰らなきゃ。小さいな子を連れて行ってね」 「とか言って。このまま帰る気だろ」 リョウは目を見開いて、そのあと参ったな。と、呟いた。 「昼寝の後から、様子、変だったし。急に花火だし」 「えっと」 「お兄ちゃん達、迎えに来たんだろ。カキコーシューとか行くんだろ?」 夏が終われば、皆、それぞれの場所に帰る。 「ちゃんとサヨナラ、またねって言ってから帰ってよ」 中学校に上がって、部活が始まったら、そっちに行くだろうし。 無理に帰省に付き合うこともなくなるだろう。 それでも、夏の終わりは、「また会おうね」と別れたい。 「線香花火しよう。まだ、暗くなってないけど」 下向いてなくちゃいけないのが、線香花火のいいところだ。 目が赤くなっても、目とか鼻から色々出てきても、煙のせいってことにできる。 終わったら、ちゃんと笑ってサヨナラ言うから。 膝をつき合わせて、線香花火をしよう。 サヨナラをいう準備をしよう。 ● とっぷりと日は暮れている。 「『彼ら』は?」 「ブレイクゲートしてる。全部こっちにおんぶに抱っこって訳にも行かないし、アザーバイド帰還の確認がてらだって」 「そっか」 リオたちは、今頃晩御飯だろうか。 ごく普通の親戚同士の別れを演出するため、日暮れ前に「お兄ちゃん達とリョウ君」は出発した。 途中で車から降りた「リョウ」は、次元の穴をくぐって、自分の住む所に帰ったのだ。 「何、これ」 彩歌は、写し損ないの写真の束を凝視する。 「禅次郎が、せっかくだからって渡してたお」 写真の中、子供たちから少し離れた所で「彼ら」も花火をしていた。 「記憶というのは、思い出せなくなる事はあるけど、消えるわけでは無いって聞いたわ」 写真には、「リョウ」の姿は映っていない。 彼が次元の彼方に消えた後、人の形は崩れ、虹色のきらめきに変わってしまった。 写真の中、不定形の虹に、リオは最高の笑顔でサヨナラを言っている。 リョウは、同じ写真も持って帰った。 「形が変わったって、そこに残るわ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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