● 八月も下旬、巷では子供達が宿題に追われる頃だが、夏はまだまだ終わらない。 青い空。エメラルドグリーンの海。白い砂浜。 南の島が、リベリスタ達を待っている。 ――ああ、福利厚生って素晴らしい。 ● 「南の島でバーベキューをしないか」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は開口一番にそう告げた。 「ここのところ、何かと慌しかったからな。 時村室長の計らいで、南の島で皆を労おうということらしい。 ……まあ、福利厚生ってやつだ」 確かに、最近は色々なことがありすぎた。 つい先日も、異世界『ラ・ル・カーナ』における戦いが一段落したばかり。 ボトム・チャンネルでもフィクサード主流七派の動きがあちこちで見られたりと、気の休まる暇がない。 「リベリスタといっても、たまには命の洗濯も必要だろう。 こういう時くらい楽しんだって、バチは当たらないさ」 数史はそう言って笑うと、説明を始めた。 「とりあえず、夕方から夜にかけて、砂浜でバーベキューを楽しむ流れだな。 沖縄とかじゃ、こういうのビーチパーティって言ったりするらしいけど」 基本的な食材や飲み物、バーベキューに必要な道具などはアークが準備してくれている。 もちろん、持ち込みも歓迎だ。 「わかってるとは思うけど、後片付けとかはちゃんとやろうな。 ――あと、未成年は飲酒喫煙禁止。……俺は飲むけどね、今回」 黒翼のフォーチュナは小声で付け加えると、顔を上げてリベリスタ達を見た。 「そんなわけで、良かったら皆でどうだ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月02日(日)22:36 |
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● エメラルドグリーンの海が、夕陽の色に染まっていく。 波が穏やかに打ち寄せる砂浜は、肉の焼ける香ばしい匂いで満たされていた。 「ぬおおお! 私はまるで人間水力発電所だーっ!」 網の上で焼かれる肉汁たっぷりの肉と、程よく焦げ目のついた野菜を前に、ベルカが激しく垂涎する。 いかんいかんと口の端を拭う彼女の傍らで、義弘が良く冷えたビールをサーバーから注いだ。 「夏といえばビール! さあ、ビール飲むぞ!」 バーベキューを肴に、大勢で楽しみながら飲む酒はまた格別だろう。 もちろん、未成年や酒が飲めないメンバーにソフトドリンクを手渡すのは忘れない。 義弘からビールのジョッキを受け取ったクルトが、飲み物が行き渡ったのを見て乾杯の声を上げた。 「――Ein Prosit!」 島の熱気に火照った体に、冷たいビールが沁み渡る。 仲間達の箸が先を争って肉に伸びるのを見て、大和が空いた場所に肉を並べた。 「たくさん食べそうな人が多いですし、どんどん焼いていきましょう」 熱感知で焼き加減を見ながら、食べ頃になった順に振舞っていく。 少しばかり、火の通り過ぎで固くなった肉があってもご愛嬌。人の好みはそれぞれだ。 「よーし。肉しっかり食べるぞー!」 バーベキューが始まる前は手伝いに奔走していた疾風も、じっくり腰を据えて肉を味わう構え。 そこに、大和が焼きたての肉を差し出した。 「これは……いい感じに焼けました」 満足げな彼女の言葉通り、その肉は絶妙の焼き加減で。 疾風は上機嫌で、ビールを喉に流し込んだ。 「肉にはやっぱりコレだよなあ。夏の島で飲むビールは格別だな」 何かと慌しかった近況を思い、「色々と大変だったよねえ」などと声をかけつつバーベキューと酒を楽しむ。 自分の焼いた肉が次々と皆の腹に収まるのを眺め、大和が微笑みを浮かべた。 作ったものを、こうやって誰かに食べてもらえるのは嬉しい。 「飲んでばかりいないで、焼く方を手伝いに回るとしよう」 肉の消費量に危機感をおぼえたクルトが、トングを手にする。 既にビールのジョッキを空けていたが、彼の手つきはまったく危なげがない。レアとミディアムの中間を目指し、こまめに肉をひっくり返していく。 「ひゃっはぁー! 肉だぁ! 酒だぁ!」 酒を豪快にかっ喰らいながら肉のみを狙い撃つ御龍を見て、杯を傾ける塔矢が「ちゃんと野菜もクエ」と彼女を嗜めた。 「野菜は嫌いだから食べないかなぁ……ほら、あたし狼だしねぇ」 「体が資本、苦手だっつってもくいやがれ」 事も無げに言い切る御龍に、さらに食い下がる塔矢。 「まぁ生肉食べるってわけじゃないからいいでしょ。いやぁうまいなぁー」 どこ吹く風といった様子で、御龍はひたすら肉を咀嚼する。 見かねたクルトが、横から助け舟を出した。 御龍の皿に、焼いた野菜をこっそり投入。困り顔でクルトを見る彼女に、彼は大きく頷いた。 「うん、いいから野菜も食べなさい」 最初の乾杯の後、諸々の雑用を済ませて戻った数史を、快が手招きする。 「アーク経費で仕入れた銘酒の数々をご覧に入れますよ」 肉にも海鮮にも合う強めの日本酒は、自信を持って薦める無濾過生原酒。 ワインも、赤を始めとして各種取り揃え。 そして、バーベキューに欠かせないビールはサーバーで。 「おお、さすが新田酒店」 目を見張る数史に、「好きなの飲んでよ」と快。 「奥地さんと飲むのは今日だけがチャンスなんだろ! なら、ぱーっとやろう!」 悠里が、ビールのジョッキを手渡した。 「普段は禁酒してるらしいけど、今日ぐらいは楽しんじゃっていいよね! かんぱーい!」 改めて乾杯し、ビールを一口。 「……やばい、旨い」 生き返ったように息をつく数史に、串を手に肉や野菜を仕込む優希が声をかけた。 「奥地はこの度はお疲れ様であったな。 今日は遠慮なく食い疲れを癒すといい。何が良いだろうか?」 「あ、じゃあ一本お願いしていいかな」 「了解した」 早くも空になったジョッキにビールを注ぎ、悠里が「ラ・ル・カーナではお世話になりました」と頭を下げる。 「俺は何もしてないけどな。ノコノコ出てった挙句にドジ踏んで倒れただけで」 頭を掻く数史の顔を、エプロン姿で働く櫂が覗き込んだ。 「ケガはもういいの? ……助けに行けなかった私が言えた義理でもないけど」 「おかげさまで生きてるよ。気にするなって」 やり取りを眺めていた翔太が、やや呆れ顔で口を開く。 「そりゃまぁ、無茶な作戦に付き合ってもらって感謝してっけどよ…… どうしようもねぇ奴だな、たく」 「自分でもそう思う」 「――まぁ、数史らしくて良いのかな」 肩を竦めるフォーチュナに翔太が言葉を返した時、彼の姿を認めた壱也が手を振った。 「あ、しょーたんだ! おーい!」 てててと駆け寄り、両手で自分の皿を差し出す。 「食べてるー? わたしにもお肉ちょーだいっ」 翔太が取ってやった肉をぱくりと平らげ、壱也は愛嬌のある笑みを浮かべた。 「えへへ、おいしいね! お肉!!」 そんな微笑ましい様子を横目に、慧架が用意された肉類に視線を向ける。 「部位ってどれだけ種類あるんでしょうかね?」 良い肉が揃っているのだから、下味やタレにもしっかり拘りたい。 「皆、沢山食べるかな? きっと一杯食べるでしょうし焼いちゃいましょう」 そう言ってトングを手にする慧架に、ひたすら肉を焼き続けるフツが「あ、オレは食べてるんで大丈夫ッスヨ」と仏の笑みで答えた。 言葉とは裏腹に、彼はここまで一切れも肉を口にしていない。 何とも徳の高い行いに見えるが、実のところ『最初からハイペースで食べるやつは、他の人からの不興を買いかねん』という思惑あってのことである。 (肉を焼くことで憎まれずに済む。オレは憎侶じゃなくて僧侶だからな!) でも、これはこれで立派かもしれない。 フツの働きぶりに圧倒されていた慧架だったが、ふと我に返ると、 「私も食べないと無くなっちゃいますね、いけないいけない」 と箸を手に取った。 「久々のバーベキュー☆ お肉美味しい、玉ねぎあまーい☆」 良く焼けた具材に舌鼓を打つ終に、夏栖斗が答える。 「コーンとか野菜も甘くてオイシイんだぜ。良い肉は塩かけるだけでも十分なほどおいしいしな」 ピーマンやニンニクをホイルで包みながら、彼は櫂に声をかけた。 「おーい、櫂も久しぶりだな、しっかり食ってる?」 自分の飲食を後回しに皆の世話をする彼女に、焼いた肉や野菜を手渡す。 その時、竜一の声が響いた。 「数史のおっちゃんも肉食え! 肉! ただでさえ、くたびれた感じなんだから!」 「お前さん酷いこと言うね、否定できんけど」 思わず情けない顔をする数史の肩を、ばしばしと叩きつつ。 「元気出してこうぜ! でなきゃ、俺が肉という肉を食い尽くしてやるぜ! 一人焼肉の猛者と呼ばれたこの俺が!」 言うが早いが、肉を猛スピードで食い始める竜一。 「――うお、僕まだ肉くってねっつの! おい! りゅーちゃん、肉ばっかくうなよ」 慌てた夏栖斗が抗議の声を上げると同時に、悠里が竜一の皿に野菜を放り込んだ。 「はいはい。バランスよく食べようね」 若いっていいなぁと酒杯を傾ける数史に、ベルカが敬礼する。 「同志奥地、この様な素晴らしい集まりに感謝します!」 主催者の一人である黒髪黒翼のフォーチュナは、その言葉に「楽しんでもらえれば何より」と笑った。 のぞみが、ベルカの前で甲斐甲斐しく肉や野菜を焼いていく。 彼女は成人しているが、酒は一滴も口にしていなかった。 (私も、まだまだここだと新参者ですので) このバーベキューパーティが、色々な人と触れ合うコミュニケーションの一環になればと思う。 「ああ、こっちの肉もあっちの野菜も捨て難い……」 箸を手に視線を迷わせるベルカに、のぞみが「早くしないと焦げちゃいますよ」と笑いかける。 「ええい、両方とも頂きだーっ!」 意を決したベルカは、思い切って肉と野菜を一度に頬張り―― 「あっづうううう!!」 ――当然のように舌を火傷した。 口から煙を吐く勢いでダウンするベルカに、祥子が横からウーロン茶のグラスを差し出す。 「大丈夫? はい、これ飲んで」 彼女の前に置かれた網の上には、醤油を塗ったとうもろこしが所狭しと並んでいた。 そろそろ食べ頃かと一本を取り上げ、熱々のうちにかぶりつく。 「焼きトウモロコシ下さい!!」 香ばしい匂いを嗅ぎつけてやってきた終に、祥子は「火傷に気をつけてね」と焼きもろこしを手渡した。 「じゅ、順調にお肉が減っていくのです……」 皆の食欲を目の当たりにして、光介が感嘆の声を上げる。 しかし、バーベキューは決して肉ばかりが華ではない。魚介類だって、立派に主役たりえるのだ。 「アサリのバター焼きは……フライパンで作りたいところですね……」 久し振りのバーベキューに、胸を躍らせながら。 サザエを焼く網の横に鉄板を置いたシエルが、首を小さく傾げて調理の手順を思案する。 傍らでは、光介が車エビの香味焼きに挑戦していた。 背に切れ込みを入れてワタを除いた車エビを串に刺し、塩をふって網の上へ。 数分経ったら裏返して、みじん切りにしたローズマリーとパセリ、オリーブ油に黒胡椒を散らし――。 「焼けました! おつまみに車エビはいかがですか?」 光介の声に、リベリスタ達から歓声が上がる。 「ごく簡単な一品ですが、ぜひ召し上がってくださいませ」 時を同じくして、シエルの料理も完成した。 「サザエの壺焼きは……仕上げのお醤油を数滴たらす……この瞬間が何とも」 至福の表情を浮かべつつ、彼女はサザエの壷焼きやアサリのバター焼き、アワビのステーキを皆に振舞っていく。 もちろん、自分と恋人の分を残しておくのも忘れない。 「アワビ様、踊り焼きにして……ごめんなさい……ごめんなさい……」 美味しくいただいてしまう前に、シエルはアワビにしっかりと両手を合わせた。 ● 大勢で賑わう者達がいれば、少人数ならではの楽しみ方をする者達もいるわけで。 「はいぱすぺしゃるばーびQハンター、ミーノさんじょうっ!」 やる気満々のミーノの隣で、リュミエールは人々でごった返す砂浜を見渡す。 「大人数モワルクハナイダロウガ、争奪戦ッテメンドウナンダヨナ」 「あっ、あそこのはかんぺきにやけてるのっ!!」 食べ頃のエリアを目ざとく発見したミーノが、彼女の腕を強く引いた。 「ばーびQ、ミーノにもちょーだい?」 目を輝かせるミーノに、リュミエールが苦笑する。 「よそ様のご迷惑になってはイケナイって習わなかったのカ?」 そう言いつつ、ミーノの頬に飛んだタレを拭ってやったり、野菜も食べろと嗜めたり。 片時も目が離せないと言えばそれまでだが――。 「あっちはやきそばがかんせい!!」 「紅しょうがと青海苔抜きカ……」 とか、 「そっちはやきもろこしがいいやけぐあいなの~っ」 「ほら、醤油バターダ」 ――などなど。 なかなかどうして、甲斐甲斐しい世話ぶりである。 やがて、二人は焼きおにぎりが並んだ網の前で立ち止まり。 「……ウマソウダナ」 雛に餌を与える親鳥の如く、ミーノの口におにぎりを運んでやるリュミエール。 「ほふ~たくさんおすそわけしてもらったの~」 ミーノはすっかりお腹いっぱいになったらしく、満たされた表情で可愛い欠伸を一つ。 砂浜に並んで腰掛けると、彼女はリュミエールに寄りかかって小さな寝息を立て始めた。 「さあいくぞ、うさぎ!」 「よーし、じゃあ食べましょうか風斗さん」 肉を焼き始めるうさぎの前で、気合を込めて箸を取る風斗。この時のために、朝食から抜いてきたのだ。 「抑えていた獣性を、今、解き放つ時!!」 その台詞、酷い誤解招きそうですが良いんですか風斗さんや。 「うまい……うまい……」 さすがアーク、食い溜めに値する良い肉だ。 感涙する風斗に、うさぎが「夏こそ肉ですね!」と答える。 「あ、でもちゃんと野菜も食べなきゃ駄目ですからね?」 肉ばかり食べる彼に、うさぎは有無を言わさず野菜を押し付けた。 「本当にうまいものを食べた時って、どうして涙が溢れてくるんだろうなあ……」 しみじみと呟く風斗を、じっと眺めて。 「……私には正直、貴方の事が良く分かりません」 消え入りそうな声で、うさぎは独り言のような呟きを漏らす。 「お人よしなのは良く分かります。凄く、良く分かります。 でも……それが何故なのかが分かりません。 だから時々、不安には、なるんですよ……?」 風斗が、ふと顔を上げた。 「ん? うさぎ、何か言ったか?」 「……何も言ってませんよ?」 怪訝な表情になりかけた時、彼はうさぎの皿が空なのに気付く。 「ほら、お前も食え! これなんかうまいぞ!」 食べ頃の肉を、風斗はうさぎの皿に移してやった。 「……」 再度の呟きは、やはり彼の耳に届かない。 どうして、どうして――この男は、こんなにも優しいのだろう。 皿に、二人分のバーベキューを載せて。 海と夕陽を眺めながら、ささやかな乾杯。 「こうやって外で頂くのも楽しいですね。海に沈む夕陽もすごく綺麗です」 普段あまり酒を飲まないためか、それとも夕陽に照らされたためか。リリの白い肌は、ほのかに紅い。 「夕陽よりリリ殿の方が綺麗でござるよ……とか言えたらかっこいいんでござろうが、 キャラではないでござるな」 にははは、といつもの笑みで、腕鍛は「どっちも綺麗でござるよ」と言葉を続ける。 バーベキューを冷ましていたリリが、腕鍛にそっと串を差し出した。 「あの……あーん、して下さい……」 躊躇いながらも、酒に背中を押されて。先日の、流しそうめんのお返し。 腕鍛も、照れながら「あーん」と口を開ける。 肉を頬張る彼を見て、リリが囁いた。 「夏の短い間に、貴方との思い出が沢山出来ました。一つ一つが、とても大切な宝物です」 楽しい夏が終わってしまうのが、少し寂しいけれど―― 僅かに目を伏せたリリの顔を、腕鍛が覗き込む。 「なら、秋も冬も春も同じように短いなと感じてもらえるように、 色んな所に行って、色んな思い出を作ろうでござる。 そうすれば、あっという間に夏に戻ってこれるでござるよ」 リリは視線を合わせると、迷わず頷いた。 「貴方と一緒なら、夏が終わっても寂しくありません」 秋も冬も春も、来年の夏も――ずっと、同じ季節を共に。 二人が迎える初めての秋は、もうすぐ。 レイと与作は喧騒から離れ、夕陽が沈みゆく海を前に並んで座っていた。 「もう二十を過ぎたのに未だに独り身…… 一緒に酒を飲む同僚が居るだけましなのでしょうかね」 そう言って缶ビールを傾けるレイの表情は、既に正体を無くしかけている。 「焦っても良くないとは思うけどねえ」 対する与作は、ウーロン茶を片手に相槌を打っていた。 介抱が必要になった時のことを考え、今回は素面である。傍らには、万一のためのエチケット袋。 「――ねえ、出田さん?」 レイは体を傾け、育ての親のような年上の同僚に寄りかかる。 「本当は、彼氏でも連れてきて安心させたいんですが。 ……今年も、難しいみたいです。ごめんなさい」 別に謝る必要は無いよ、と、与作は彼女の顔を見た。 「俺としてはね、君が君らしくあってくれれば…… ……あと、幸せで居てくれれば、ね。それで充分だよ。わがままかな?」 穏やかな笑みを向けられ、レイは海鳥が鳴く空に視線を移す。 本来ここに居たはずの、『もう一人の同僚』の姿が脳裏に浮かんだ。 「彼は今頃、どうしているのでしょうか」 戻らぬ同僚を想い、与作も空を見上げる。 彼もまた、きっと――自分と同じように、彼女の幸福を願っている筈だ。 それをレイに告げた後、与作は紅に染まる空を眺めて目を細める。 「……ああ、綺麗な空だ。夏の夕暮れ……か」 夏の終わりを告げる空はどこまでも高く、そして、遠い。 ● 初めての南の島。初めてのバーベキュー。 知らない人ばかりの環境に緊張しつつも、瑠輝斗は肉や野菜をもくもくと口に運ぶ。 ふと顔を上げれば、視線の先には黒髪黒翼のフォーチュナの姿。 勇気を振り絞って立ち上がり、近くに置いてあった酒瓶を手に歩み寄る。 「こ、こんばんは……」 酒瓶を抱えた瑠輝斗に、「子供が飲んだらダメだぞ」と数史。 「わ、私じゃなくて……その……奥地さんに……」 しょぼんと俯く彼女を見て、数史は途端に慌てた。 「……え、あ、その、勘違いしてごめん……!」 十二歳女子にひたすら平謝りの三十二歳男(独身)。 「えと……色々と、お疲れ様……でした」 改めて差し出された瑠輝斗の酒を、数史は恭しく受け取り。 「ありがとう」 笑って礼を言う彼を前に、瑠輝斗は自分の黒翼で恥らうように顔を覆った。 「数史さん食べてる、飲んでるー?」 グラスを傾ける数史のもとに、終とラヴィアン、ユウが訪れる。 「よう、奥地のおっさん。怪我は大丈夫か?」 ラヴィアンの言葉に、数史は軽く手を動かして答えた。 「平気平気。というか俺より皆のが重傷だったろ」 「オレ達は慣れてるけど、フォーチュナさんは普段あんな大怪我しないから……」 「気にするなって。俺こそ、皆の足引っ張って悪い。 ――守ってくれて、ありがとな」 申し訳なさそうな終に、笑って礼を返す数史。 「色々ありましたけど、素直に喜んどきましょう。 どうしようもない人がホントにどうしようもなくなっちゃったら、つまらないですし」 ユウが、愛嬌のある笑みを浮かべて数史を見た。 「私、いつかその無精ひげを剃り倒してやりたいと思ってるんですから」 「微妙に俺のヒゲを敵視してませんか貴女」 思わず顎を撫でる数史に、ラヴィアンがジュースの入ったグラスを掲げる。 「ま、お互い生きてて何よりだぜ。無事生還したことに乾杯!」 終とユウも加わり、乾杯の音が響いた。 「さあ、ぐぐっと飲んで飲んで☆」 注がれた酒を一息に飲み干す数史を見て、終が手を叩く。 「きゃー数史さん良い飲みっぷり。お酌のし甲斐がある~」 「禁酒キャラだった割にイケるクチなんですねー」 リバウンドが怖くて肉が食えるか、とばかり口をもぐもぐ動かしていたユウが、傍らの酒瓶を手に取った。 「一献いかがですか? 美人の酌ならお代わり上等ですよねー♪」 いただきます、とグラスを差し出す数史に、「これは素面のうちに」とユウが言う。 「ありがとうございました。貴方の『目』のおかげです」 その言葉に、彼も改まった様子で答えた。 「どういたしまして。少しでも役に立てたのなら幸いだ」 バーベキューをつつきながらジュースを飲んでいたラヴィアンが、ふと口を開く。 「あの戦いで思ったんだけどさ、奥地のおっさんも何か武術とか覚えたりしねーの? 未来予知が使えれば結構いけると思うんだよ」 「圧倒的に力が足りないからなあ。役に立つかどうか」 首を捻る数史に、彼女は塔の魔女や斧装備のフォーチュナの名前を挙げ。 「俺も一緒に修行してやるから。目指せアーク最強と行こうぜ!」 そう言ってハッパをかけると、ラヴィアンは「そろそろ俺は別の場所に行くわ」と立ち上がった。 「前の戦い、サポートありがとな。これからも頼りにしてるぜ!」 手を大きく振って走り去る彼女に、「こちらこそだ」と手を振り返す数史。 終が、「オレ達もっと強くなるよ☆」と笑った。 ● 肉、肉、肉。とにかく肉。何はなくとも肉である。 「うひょおお! カルビ、ロースにハラミにトモサンカク! ミスジにヘレにイチボにランプにカイノミ!」 リミッターを解除したかのように肉を喰らい続ける竜一の隣で、禅次郎が夢中になって肉を口に運んでいた。 「うん、うまい肉だ。いかにも肉って肉だ」 そう言って、彼は肉を食う。ただ、ひたすらに。 頭の中が『肉』の文字で埋め尽くされ、今ここで誰かに掴みかかられようものならアームロックを極める勢いである。 「バーベキューはね、誰にも邪魔されず――」 「おいやめろそれ以上言うな」 どこかで聞いたような台詞を口にする禅次郎の皿に、竜一が山盛りの野菜を投入した。 予想通りというか、肉の奪い合いになりつつある様子を見て。 アルトリアが悟ったように声を上げる。 「所詮この世は弱肉強食、待っていても与えられることは少ない。 自ら勝ち取ったものこそ強者の権利がある!」 この大所帯では、ただ待っていても良い食材は回ってくるまい。 ならば、自ら取りに行くまでだ。 しっかり焼けた肉を選んで皿に取り、冷めないうちに腹に収めていく。 その細身の体のどこに入っているのか、と疑問に思うほどの良い食べっぷりである。 「ああ、余った食材は全部頂くから遠慮なく焼いてくれて構わないぞ」 そんなアルトリアの言葉を聞き、これまで焼くことに専念していたフツが顔を上げた。 しばらく経てば、スタートから飛ばしていた連中がペースを落とすものと考えていたが……。 息切れするのを待っていたら、もしかすると食いっぱぐれるのではあるまいか。 危機感をおぼえた彼は、ここで初めて自分の肉を焼き始めた。 (……慌てるなよ。かわいいオレのストマックちゃん。 今すぐ肉汁たっぷりのを喰らわせてやるからな) 空腹を訴える胃を宥めつつ、慎重に丁寧に肉を焼き――そして、ついに口に運ぶ。 待ちに待った肉は、まさに極楽の味だった。 「やっぱ、みんなでわいわい食べるバーベキューって最高に美味い」 満面の笑みを向ける夏栖斗に、悠里がビールのジョッキを持ち上げる。 「暑い夏にバーベキューを汗かきながら食べて、喉が渇いた時に飲むビールの美味さと来たら!」 快が、悠里やクルト、義弘らに次々と酒を注いで回った。 「――悠里もクルトさんも、祭さんも飲め! 食え!」 そんな快の背中に、夏栖斗が「相棒! まだ呑んでるん?」と声をかける。 「この福利厚生でお前休肝日とかあったん?」 「休肝日? 休暇が終わったらだ!」 アークの守護神は、清々しいまでの笑顔で迷わず言い放った。 「今日のお薦めはなんだ!?」 ちょうど酒が切れたらしい隆明が、新田酒店を頼ってやって来る。 見繕ってもらった一本を手に、彼は再び酒盛り組に飛び込んでいった。 「飲んでるかオイィイ!!」 酔っ払い全開で絡んでいく隆明の手から、竜一が酒瓶をひったくる。 「酒飲むやつはどんどん飲め飲め! 俺が注いでやる!」 ちなみに竜一は未成年なのでウーロン茶である。脂肪分とか分解するアレだ。 これで先の暴食がチャラになるとはちょっと考え難いが、健康に気を遣うのは良いことである。 「タダ酒! タダ飯! いいねバーベキュー!」 上機嫌で隆明が叫んだ時、そこに混ざった壱也が両手を上げた。 「酒! 酒だああああああああああああ……」 嘘です。まだ飲めません。 「未成年はダメだぞ!」 「来年になったら飲めるもん……! それまでがまーん!」 ジュースのグラスを片手に、手当たり次第に乾杯。 「いえーい!! 飲んでるー?」 酔っ払いに負けないテンションだが、間違いなく素面である。 夜には大好きな先輩と合流する予定なので、晩御飯を食べる余裕も残しておかないといけない。 これが終われば、明日からダイエットを考えないといけないかもしれないが…… 今は、楽しい時間をもう少し満喫しよう。 酔っ払い達に混ざり、仲間の背を叩きながら談笑していた祥子は、少し落ち着いた頃に立ち上がり、数史のもとに向かった。 「よ、お疲れ」 「お疲れさまです」 酒を注ぎつつ、彼女はぽつりと口を開く。 「あたしは、結局異世界には行かなかったから」 フォーチュナの身で戦場に赴き、負傷した数史に対しては、申し訳ないような、少し羨ましいような――複雑な思いがあった。 祥子に礼を言った後、彼は言葉を返す。 「ボトム・チャンネルに残るのも、大事な役目だよ」 フォーチュナだって全員が行ったわけじゃないしな、と数史。 夜の部に備えて余力を残しつつ、ビール片手に肉を食べていた悠里が「そういえば」と口を開いた。 「なんで禁酒してるの? 成人病か何かなの?」 ――地味に容赦がない。 「家計の事情ってやつだよ。飲み出すと止まらないから」 苦笑して答える数史に、快が言った。 「今は今日だけの特別だけどさ。 いつか、普通に仕事帰りに奥地さんと飲みにいけるような、そんな日が来るといいな」 「そうだな。……来年には何とかなるだろ、たぶん」 グラスを傾けつつ、沈む夕陽を遠く眺める。 彼の傍らに、櫂がストローを挿したジュースのグラスと皿を置いた。 子供用の皿に、柔らかめに焼かれた肉とソーセージ、野菜が並んでいる。 思わず櫂の顔を見る数史に、彼女は「これはあの子の分」と言った。 「お盆は過ぎちゃったし、ガラでもないけど。家族サービスしてあげれば?」 彼の中に生きる、最愛の『家族』に――。 「そうさせてもらうよ。……ありがとう」 数史は櫂に礼を述べると、僅かに表情を歪めて視線を伏せた。 バーベキューに賑わう砂浜を、翔太と優希は連れ立って歩く。 折角来たのだ、自分達の焼いたものばかりではなく、皆の串も味わいたい。 「なぁ、あっちのも美味そうじゃね?」 翔太が振り返ると、ジュースとお茶の缶を手にした優希が難しい顔で考え込んでいた。 「……数年後にはどうなっているだろうか」 優希の呟きに、翔太は「んー……数年後か」と首を傾げる。 「きっと、あまり変わってないと思うよ」 人は、もしかしたら入れ替わっているかもしれないけれど―― 根底にあるものは、決して変わりはしない。 「そのためには、優希の力は今後も必要だ」 親友の言葉を聞き、優希も決意を新たにする。 思い描く理想の未来のために、この平和を維持していこう。 ――翔太となら、必ずやれる筈だ。 「これからも宜しく頼むぞ」 手渡されたジュースの缶を手に、「こちらこそだ」と翔太が答える。 優希が、お茶の缶を開けながら親友を見た。 「数年後には、酒でも酌み交わしながらバーベキューを楽しもう」 「ふ、そうだな」 夕陽をバックに、乾杯の音が響く。 数年後も――再び、この地で。 ● 陽がすっかり沈み、星が瞬き始める頃。 リベリスタ達は、続く夜の部に備えていったん片付けを始めた。 このままバーベキューを楽しむメンバーも多いが、だからこそ場は整えておきたい。 「立つ鳥後を濁さずって言うしね」 手際良く片付けを終えた疾風は、そう言って軽く伸びをした。 シエルが、優しい微笑を湛えて空を見上げる。 同行した皆に、この島と砂浜に、命を捧げてくれた食べ物たちに――。 溢れる感謝の気持ちが、彼女の胸中を満たしていた。 数々の明かりが灯った砂浜の熱気は、当分の間冷めそうにない。 まだまだ、夜は始まったばかりだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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