●『銀色』を抱く彼女は云った。 ――――色を頂戴。もっと、色を。強い色を。 ●『万華鏡』 「勇者求む!」 「……はぁ?」 リベリスタ達を出迎えた『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)が発したのは、そんな突拍子もない一言だった。怪訝な顔をした一同に、ケラケラと笑い出した魔女は繰り返す。 「そーです、勇者。いざ困難に挑む者! 進んで痛い思いをしてもそれでもへこたれない便利な方! 世の中にはそういう方も必要って事ですよ!」 アシュレイの軽妙な口調にある種の毒と皮肉が篭る事は決して珍しい事では無い。そんなアシュレイの様子を目にして、リベリスタ達は幾分か、その表情を改めていた。 死線に身を置く者が、いわゆる第六感、虫の知らせを馬鹿にすることはない。彼らは知っている。最後に勝敗を分けるのは、理屈でない『何か』だということを。 ましてや、それを口にするのがフォーチュナなら尚更だ。甘く煮詰めた毒を孕む『塔の魔女』ならばその認識には御釣りさえ来ると言えるだろう。 「古びて寂れた教会があります。いえ、厳密にはあったと言うべきでしょうか――受け継ぐ神父は既に無く、礼拝に訪れる誰かももう居ないのですから。かつての神の家は神を失くし、人も失くしてしまった……『神様』に会った事がある私が言うのも何ですけどね、『カミサマ』ってのは気まぐれなものです。必ずしも信仰に十分な見返りを果たさない……」 アシュレイの宗教観は兎も角として、それが舞台かとリベリスタは頷いた。 「そんな廃墟にとあるエリューションが現われました。 種別はエリューション・フォース。フェーズは3。強力な個体ですね。まぁ、或る意味でそれも当然なのですよ。『彼女』はその場で赦しを乞うた多くの人々が見た『光の幻想』なのですから。己が罪を告白し、或いは神が不在なる此の世で神に縋った――哀れな人達の想いの残滓の成れの果て。彼等の『信仰』が強い程、真面目な程、産み落とされたそれも強くなる……」 魔女はそこまで言ってケラケラと笑い出した。 「祈った位で救われる事なんてありませんのにね!」 「……それは兎も角、どんな奴なんだ?」 「美しい女性型のエリューションですよ。シスターさんです。高い知性を持ち、弓を携えています。そうですねぇ、有体にイメージを言うなら『アルテミス』。染める事叶わぬ光輝を湛えた月の神――参考資料この国の漫画ですけどね!」 「……何だろう、この壮絶なソレじゃない感は」 「さあ? 兎に角、彼女は原則的な存在ですよ。光の子――エリューションを六体従えこれを操ります。その能力は高く、白き救済の名の下に『何でも白に塗り潰そう』とするでしょうね。果たして過ぎた漂白が、全てを飲み込むヤミとどう違うのかは知りませんけどね――危険な存在という事には変わりません。彼女は人々が願った『都合の良い救済』の具現なんですから。そんなもの、死ぬ以外にある訳ないじゃないですか?」 何処と無く辛辣なアシュレイの言葉にリベリスタは苦笑いを浮かべた。悪魔共と群れて夜を貪るサバトの魔女が一般的な神様を信仰しているとは最初から思っては居なかったが―― 「エリューションは月光の差し込む静かな夜に誰かが祈りを捧げればきっと現われる事でしょう。彼女の能力で特に気をつけなければならない点は二つ」 「二つ……」 「一つ目は彼女は常に『塗り潰す』事。彼女の存在する戦場に自由は無い。皆さんは常に魔性の輝きを放つ彼女の色に苦しむでしょうね。 二つ目は彼女を取り巻く『銀色の月』の存在です。これは彼女の端末とも言えるエリューションです。彼女が健在な限りその能力は向上し、加えてそれぞれ一つずつ六種類のバッドステータスとメンタルアタック、呪殺を伴う全体攻撃をしてきます」 「……は?」 「ですから、六体が最悪な全体攻撃してきます」 それは恐るべき事実である。敵は効率的に相手を『殺す』為の手段を備えているという事だ。『彼女』が高い知性を持つと言うならばそれはより危険な事実になる。嬲り殺しでもしようというのだ、その『女』は。 「――一つ、聞きたいことがある」 ペラペラと細かい情報を続けようとするアシュレイをリベリスタは制止した。疑問は一つ。そのエリューションの識別名は何だ、と。 「『純白』ユミー★」 私の中の何かがいぇあ♪ と楽しそうに告げる魔女は、見ようによっては聖母のようであり、また告死天使のようでもあった。 ●ヤミより無慈悲な『唯の真っ白』を私の月の海に湛えて。 ――――その方が、塗り潰し甲斐があるじゃない? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月31日(金)23:46 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●自称純白 「純白っていいわよね」 夜の教会で『今はまだ手持ち無沙汰に』ふと呟いたのは『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)だった。 「実際、純粋無垢な生徒を私色に染め上げるのは快感よ。教師の醍醐味とも言えるわね」 些か冗句めいた彼女の半ば冗談にならないようなその発言が何処まで本気であるかはさて置いて―― 確かに一般的な認識として白は清らかな色とされている。 ウェディングドレスに代表されるように白は祝福と清潔さと祝福を抱く色である事は確かだろう。 昼夜を見れば分かるように黒がその逆のイメージを押し付けられる一方で純白に対して人々が内包するある種の憧れは否めまい。 白は何にでも染まる色。黒は全てを飲み干す色。 しかし―― 「白は唯、感動的な色ではない。嘗て誰かがそう言った」 『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)は独白めいてそう言った。 「人は無色で生まれ、青く育ち、赤く熟れ、時に黒さを知り、最後に白く飛び立つ。 様々な色に飲み込まれ、混ざり合うから面白い――ってね。人の泥臭さ、私は嫌いじゃないわ」 「ああ。純白など人には過ぎたものだろう。清濁合せ持つからこそ人間なのだ」 『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)の青い瞳が静まり返る礼拝堂の中を見回した。 人間に触れ、それなりの時間を生きてきたからこそ分かる事もある。 ――果たして、道半ばの『純白』は諸手を挙げて歓迎出来る色なのだろうか? 繰り返すが、白とは圧倒的に染まりやすい色なのである。 極彩の色彩に満ちたこの世界において唯真白く佇み、約束された『純白』を保ち続けるモノがあったとするならば、それは―― 「――白く、塗り潰してるだけだよねぇ?」 ヘラヘラと笑う『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の調子は平素と変わらないものだった。 しかし、その言葉からは少し強めの皮肉の色が覗いている。 「真白に騙るは神の愛。染める白は救済の色。 悲惨な生を塗りつぶすのが救済ならば、それはまさしく人々が望んだ救済の形かもしれないね」 「ああ、なら俺様ちゃんも救世主だね」と彼は嘯いた。 全くそれ等、言葉達は今日の彼等――リベリスタの相手を表すに的確だった。継ぐ者も無くなり、古びて朽ちたこの礼拝堂には至上の悪意が立ち込めている。神に縋った人々が永い時間をかけて蓄えてきたその想いは皮肉にも良くないモノと結び付いてしまったという。魔女(アシュレイ)の言う『無様な神頼み』はその信仰の強さのままにその『純白』を産み落とす事になったのだ。 「――純白ユミー」 その名を呼んだ『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の声に仲間の何人かが頷いた。 「……名前ニツイテハツッコマナイデオコウカ」 片言の日本語で『親切』な彼女の配慮はさて置いて。『信仰』という強い想いが蟠り、醸造され――神秘となればリベリスタの区分である。強力なエリューションフォースと化した『それ』は月下の下、朽ちた十字の前で――静謐と祈りを捧げたならば具現するという。現段階においては呼び出さねば現われぬ存在とも言えるが、逆を言えば潜んだまま力を蓄える存在であるとも言える。 「塩でも撒いてしまいましょうか。信じる事も、祈る事も悪いことでは無いと思うのだけどね。 『こんなもの』を産んでしまったのが人の想念な辺り、確かにいい皮肉(エスプリ)が利いてるわ」 「自分の祈りも聞いて貰えるのかな? 最近の話はこの件含めても自分の傷を抉るものばかりで怒りもあるが最早食傷気味」 口元を歪める『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)。うんざりと『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が言った。 穴の開いた屋根から零れ落ちてくる蒼い月の光が薄ぼんやりと闇の中に歪な十字を照らし出していた。 問い掛けても答えぬ聖者の口は黄金の沈黙を保つばかり。故にこの世の何処にも楽園(エデン)は無い。 「赦しを求めた想いの残滓の成れの果て。 何れの想いから産み落とされた存在だとしても、人を傷つけ、明日を奪う存在を、私は認めません」 夜を震わせる勇ましい声は『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)のものである。 「――仮に」 やけに強く響く少女の声は『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)のものだった。 「彼女が与えるものが――真の救いであってもそのようなものは必要ありません。 善も悪も人の世の事は人の手によって為されるべきですから」 鉄の芯の如く何時如何なる時も揺るがない決意めいた信条を口にする冴の利き手は既に抜き放った鬼丸を携えている。神秘による人の世の干渉を悪と断じる彼女にとって間違いなく――今日現われるそれは斬るべき対象であり、それ以上では無い。増してや『彼女』の口にする救済が到底それ足り得ぬ傲慢な破滅の押し付けであるとするならば尚更―― 「そろそろ、ですね」 『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)の二色の瞳が茫洋と目の前の十字を見つめた。 礼拝堂の中に散らばる障害物は既に片付けられていた。祈りにより出現する純白ユミーを待ち構えるリベリスタ達は既に戦いの前に可能な範囲での準備を整えている。なれば最早、開幕のベルまで猶予は無い。 (色に例えるなら、ソラさんは紫。私は、水色でしょうか? たくさんの色に彩られた、この人たちが好き。世界に咲き誇る色はどれも目移りしてしまうほどに、素敵なものばかりですね?) 両手をたおやかに組んだ彼女は瞳を閉じ、礼拝堂に漂う主に向けて――祈りを捧げた。 ――願わくば。私たちという色の在り方を、赦していただけますように―― 「祈る姿が絵になる子っていいわよね」 冗句めいたソラの視界の中、光彩が闇の中に無数の煌きを零した。 南の島で見上げる星の海より鮮やかに、鮮烈過ぎて何処か毒気に塗れて。 一瞬だけ遅れて白く一面を灼いた光の後には『待ちかねた』彼女が佇んでいる。周囲に銀色の球――光の子を従えて。 『――祈りの声を聞いたのは、一体何時ぶりだったかしら?』 純白のシスター服に身を包んだ美しい女は鈴が転がるような澄んだ声色で甘く笑った。 ぞっとする位に美しい女である事は間違いない。同時に、それが決して見逃してはいけない存在である事も間違いない。 状況を想定していたリベリスタ達の動きは早く――戦闘態勢はこの瞬間、まさに即座に整っていた。 『あら、お喋りは嫌い? 昔は長い懺悔も良く聞いたものだけど――』 美しい女が見た目通りの存在であるならばラヴ・レターの一つも送りたい所ではある。 されど、彼女の在り様が人と決定的に違う事は予めの説明を受けなかったとしても――リベリスタの肌が感じ取る。礼拝堂はほんの僅かな時間で彼女の世界に塗り替えられていた。魔性が揺らめく、白い世界に。 相容れないのだ。『絶対』に。 最初から語り合う術も意味も無く、魔性と人の運命は白いキャンバスの上で蛇のようにのたうち絡んで相食むだろう。 「――歪みの月に、矢を放とう。 染まる事なき想いを胸に、今宵月を穿つ我らは狩人」 紡ぐべきは常の言葉、凛然と響くミリィの鏑矢はまさに開戦の合図である。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう――!」 ●礼拝の弓月 「光あらば影がある。影あらば光ある」 こじりは鼻で笑って言葉を続けた。 「大体光って白い訳じゃないでしょう。その事知ってて白だ何だと言っているのかしら?」 『事象の全てに意味を求めたがるのは、人の悪い癖と言いますでしょう――?」 礼拝堂にまず満ちる光はパーティを苛んだ。 純白ユミーの放つ『銀月の愛』に抗するのはミリィの仕掛けた攻勢教義(オフェンサー・ドクトリン)。 強引な救済を押し着せる銀色の愛は不可避なれど、彼女に高められた攻撃能力に陰を落とす事は出来ない。一方で走った衝撃と防御能力の低下にパーティが弱体化したのも又事実である。 戦いに臨む彼我の戦力はそれぞれ十人のリベリスタと純白ユミーを含む七体のエリューションから成る。 リベリスタ側の手数が多いのは大抵のケースと同じではあるが、今回の任務が厳しいものになる事は最初から告げられていた事実だった。リベリスタ側の戦力も精強ではあるが、純白ユミーは言うに及ばず、彼女が使役する光の子も厄介な事が分かっていたからだ。彼女等は攻撃範囲を広く持つ。加えて異常と呪殺を加えてくる能力は加速的に高まる殺傷力の増加を意味していた。 「サテ……邪悪ロリダロウガナンダロウガヤルコトハヒトツダ」 それでも礼拝堂全体を駆け抜けた異種の緊張感を飲み干し、戦闘の撃鉄を誰よりも速く上げたのはリュミエールである。 リュミエールの反応は茫とした少女の様子からは信じ難い程に素早く、鋭い。超をつけて称するべき敏捷性を如何なく発揮した彼女は姿勢を低く間合いを縫って――前の塞ぐ光の子の一体を強襲した。 「光狐は舞ウ。コンナニ月ノ光が綺麗ナノダカラ」 風のように軽やかに、月のように柔らかに。光芒を散らす彼女の技は唯、夜の中に美しい。 浴びた衝撃で切っ先は幾らか乱れたが切り裂く速度の一撃はその小躯からは想像出来ぬ程に重いもの。 華麗にして可憐なるリュミエールに続くのは此方は質実にして剛健たるウラジミールその人だった。 「幻想少女はノーサンキューだ。この邪悪ロリを撃破する」 銀月の愛を浴びても厳しい彼の表情は殆ど変わっていない。 『根本的に敵の能力の効果を遮断する』彼の無効化能力は多岐に渡り、まさに数多い悪意の塗れるこの戦場は御誂え向き。 (しかし、簡単にはやらせまいな……!) 彼の役目は二点。マイペースを崩されぬ自身の能力をもって前を塞ぐ光の子を阻み、続く攻め手を助ける事。 そして、厄介な銀色の愛に咽ぶ仲間達をその窮地から救い出す事である―― 「攻撃に集中しろ――」 防御面の安定性は抜群ながら、ダメージソースとしては手ぬるい自身の限界を彼は理解している。しかし、確かな守りを備えた彼が戦場に仁王立てばそれは確かな楔になる。リュミエールを合わせて素早く飛び出した前衛達二人の仕事はまず『更に危険な相手に切り込む攻撃役』の為の支援めいているのだからこれは想定通りであった。 「助かったわ」 態勢を十分に取り戻し手元のグリモアールを開いたのはソラである。 「チェインライトニングでド派手に……といきたいところだけど。効率よく攻めないとね。ガス欠で詰みとかいやよ」 間合いを詰めた彼女の魔術師の瞳が輝きを放ち、浮き上がった魔法陣は魔力の矢を精製する。 後衛(マグメイガス)の能力を持ちながら前衛(ソードミラージュ)としての立ち振る舞いも可能とする彼女は砲撃役であると同時に、続くダメージディーラー達に道を通す第三の前衛であった。 「さあ、行きなさいッ――!」 撃ち放たれた魔力の矢が敵陣後方――混乱を司る光の子に深く突き刺さる。 「救済なんて称して一切合財何も選ばず平等に押し潰して――私は、そんな存在を認めるわけにはいかないの!」 ウラジミールの支援でショックから復帰したのは彩歌も同じだった。一連の動きはほぼ同時の中に行われている。大き目のステップを踏んだ彼女は射線をずらし、光の子に純白ユミー。複数の対象を極力多く狙撃し得るそのラインを割り出した。 (長く相手にするのは面倒。なら――) 論理演算機甲が光を噴き出し、束より分かれた光糸は闇に残滓を引きながら次々と敵を狙い撃つ。 高められた集中(コンセントレーション)は少なからず敵陣に痛みをばら撒いていた。 「一気に――」 更に前に出るミリィが前を補佐する形で動く。 放たれた神気閃光はショックの影響で幾らか精度を欠いたが、因果応報とばかりに今度は敵にもそれを突き刺す。 「――何が好きで嫌いですか?」 そして、狙撃と言えばもう一人。 陣形はパーティの底。最も敵達から離れた立ち位置で正鵠鳴弦を引き絞るのはユミーと同じ射手たる七海だった。 「ああ綺麗だ。純粋な願いがこんな形になるなんて素敵で好みだ。そしてだからこそ汚したい。きっと、貴女以上にね――!」 奇妙な熱を帯びた『感情的な』言葉と共に呪いの弾丸が間合いを撃ち抜く。次々と繰り出された連続攻撃は奏功し、早期の攻撃目標となった混乱を抱く光の子は大きく傷む。しかしてパーティの攻勢はここまでだった。 「――反撃が来ます――!」 ミリィの素晴らしい戦術眼は戦いの流れを看破していた。 素早く発された警告の声にパーティの意識が引き締まる。まさにこの瞬間はターニングポイントであり、一先ずパーティが緒戦の展開を支配出来る攻勢限界に違いなかった。防御役を先に前に出し確実に敵前衛・光の子をブロックさせる事を企図したパーティは残る主要戦力と呼ぶべきダメージディーラー達を待機させる戦術を選んでいたのだ。つまる所、先に動き出した六人は速度に優れぬ敵陣に先んじて攻勢を加えた。これより訪れるのは敵側の大攻勢という訳である。 『声を、聞かせて?』 ユミーの抱く白月が与えたダメージを綺麗に溶かしていく。 無数に瞬く光の雨。 それは時に、火炎を抱き、凍結を抱き、感電を抱き、不吉を抱き、麻痺を抱き、混乱を抱く。 襲い来る光の嵐にリベリスタ達も無論抗うが、十分な距離を離していた七海を除けば相当に手痛い。 流石の彼等とて全てをかわし切る技量は足らず、銀月に呪われ守りを引き下げられていれば尚更である。ミリィの指揮は幾らか防御にも奏功し、パーティの態勢を幾らかフォローするには到ったが、そも敵の織り成す呪いの類の大半をものともせぬウラジミールや彩歌を除けば状況は全く芳しくない。 「やってくれるわ……!」 「それでも、両足が立つ間は諦めてはいけない」 その彩歌やウラミジールとて幾重に織り成される呪殺と精神攻撃の輪唱をその身に浴びれば体力、気力を奪われた事は否めない。 パーティは緒戦においてダメージディーラーの動きを後に回すという戦術を用意した。しかし、この局面においてそれが裏目に出た事は確実だった。敵は広い攻撃範囲と加速的に威力を増すギミックを有している。加えてパーティの回復手段は比較的手薄な状態と言わざるを得ない。ならばこそ『まず何よりも必死に敵の攻め手を早期に削ぎ落とす事を考えねばならぬ戦い』に後手を踏んだのは――短期決戦に持ち込まざるを得ない戦いに於いてその逆を行ったのは唯の悪手と片付ける事さえ出来ぬ重いミスだった。 まさに敵の攻撃はパーティの『仕掛け』の機先を制する形で加えられた。待っていた攻め手の逸機は状況を一度で重く変える。 「……っく……!」 鬼丸を握り締めた冴が、こじりが、葬識が歯を噛む。 意志を漲らせる彼女等の動きさえ奪うのが雁字搦めの呪いである。 「月明かりに濡れたユミーさんは、とても綺麗ですね。貴女はただ貴女のままにそこにあるだけなのでしょう――」 辛うじて動きを奪われるまでには到らなかったスペードが常闇を抱くManqueで黒を点すが――高い殺傷力を持つ一撃もユミーの立て直した敵陣を破壊するまでにはまだ遠い。 『どうしてこんなに楽しいのかしら。全部白なら綺麗なのに、雑多な色を混ぜたがる……』 女は極上の美貌から笑みを零して。 『フフ、面白くなってきましたよ』 違う。 『面白くなってきましたわ――』 ●可なうなら染めてあげたい 「その祈りは何処に向けているんだろうねぇ~」 幾度目の攻防か。そう何度もはやられぬと纏う漆黒の武具で葬識が迫る白光の波を弾き飛ばした。 「嗚呼、糞ったれなメシア気取りにも死の救済を!」 彼の繰る暗黒の魔力はその大鋏に魂砕く特別な切れ味をもたらしている。 一閃は光を引き裂き、闇は白地を侵食する。 「蜂須賀示現流、蜂須賀 冴。『今度こそ』参ります」 動きの鈍った『それ』を追撃するのは遅ればせながら上段に得物を振りかぶり、強く踏み込んだ冴である。 「――チェストォォオオ!」 裂帛の気合は彼女が修める示現流独特の一声だ。 「やるぅ」 「これからです――」 「勿論」 意地を見せた冴と二つに割れた光の子を見比べた殺人鬼は凄絶な笑みを向けていた。 戦いは熾烈なものとなっていた。 緒戦でやや押し込まれる形になったパーティではあったが、その後は少し展開を押し戻す。 敵の操るバッドステータスに耐性を持つウラジミールの支援は安定し、ソラが回復に回る事で体力を賦活する。幾度も続く攻防の中、リュミエールの刃の煌きが光の子の一体を魅了し、その厄介な攻撃を敵陣へと向けさせたのも大きい。結果的に弾幕とも呼ぶべき敵の猛攻を幾らか掻い潜る事に成功したパーティは渾身の攻撃を繰り出し、幾らか攻勢に出る事に成功したのである。 とは言え、パーティの態勢は決して良いものでは無かった。敵の攻撃能力が明らかにパーティの支援能力を上回っており、短期決戦による決着への想定が甘かったパーティの攻め手は彼等が背負う深刻な消耗程には敵を押し込んでいない。 宵闇を青白く染める運命の炎は徒花か。まるで祈りを捧げる敬虔な信徒を嘲り笑うユミーの笑みを思わせた。 戦いは続く。 『死と極彩の楽園へようこそ! 愉しんで頂戴な。悦んで頂戴な。 楽園に踊るのは救われない色彩(あなた)達。 勇気を振り絞った所で、力を振り絞った所でその先には何も無い! 輪廻の果てを謀って、罪の音色に耳を澄ませて。 滅びの唄を奏でましょう。遠き日より奏でましょう。 美麗なる、運命の燃え尽きるその青色に純白の愛を全て込めて! ロボ大好き』 それは削り合いである。 それは間違いない殺し合いである。 全てを塗り潰す白と、それに抗う色彩達。 月下の演目は有り得ざる異能の戦士達と『あってはならないもの』の止まらない舞踏舞台(ダンス・ホール)。 「……それでもね」 こじりは崩れそうになる自分の膝を叱咤するように低い声で呟いた。 「貴女が白で塗りつぶすというのなら。私は赤く貴女を染め上げる……!」 『出来るとでも? それより、敵うとでも?』 「出来るわ。敵わなくても」 嘲笑に対するその答えは早かった。 「私の血で貴女を染め上げる。でも、ただ倒れてはやらない。 赤を流した分だけ放ち、赤を吐いた分だけ穿って――それでも足りないなら運命を搾取されてでも染め続ける」 倒された光の子から矛先を変え、こじりは熱に浮かされたように得物を振るう。 何処までも貪欲に執拗に喰らいつき、何者も寄せ付けぬユミーの純白に自身の赤を擦り付けるように。 「心黒き純白の咎人を――貴女の持つ大いなる矛盾を、『私が救ってあげる』わ!」 戦いが佳境を迎えたのは間違いない事実だった。 激しい消耗を見せるパーティの余力は殆ど無く、混乱、麻痺、不吉の光の子が倒れた以上はユミーの側の攻撃力も弱っている。 「アシュレイさんは神様に会った事があるらしいけど――」 攻撃役として、消耗を賦活する者として前に立たぬ戦いを繰り広げる七海が声を上げた。 「――そんな何処の誰かも知らないカミサマよりも自分はあの人を信仰します」 迸る呪いの弾丸は死月の狙撃との差し合いである。ユミーが彼女を狙っても信仰を口にする彼女は揺れて弱って揺ぎ無い。 「貴女の描く救済とは、何なのですか? ただ罪を、全てを、白く塗り潰すだけなのですか? ――だとしたら。貴女が全てを白く塗りつぶすのなら、それだけならば! 何度でもその白に五線を描き、勝利の音色を刻み続けましょう!」 ミリィの凛然たる号令がパーティに最後の力を呼び起こす。 「例え全てを塗り潰すのだとしても。この心だけは、塗り潰させはしない!」 「ぜったいに逃がさないわ……攻めるわよ!」 「ケッ! 好キ勝手ニサセルカヨ!」 ボロボロのソラが飛び上がり天井を蹴った。3Dで展開される空中殺法は、リュミエールの怒涛の刺突はユミーの態勢を大きく崩す。 「奇跡には縋りません。 私たちは私たちの色をもって、奇跡の具現である貴女を打ち倒してみせましょう」 スペードの切っ先は純白の在り様に呪い(いろ)を刻む、その楔。 「この程度で折れるならば、私はこの刀を握りはしなかった」 大きく目を見開いた冴は血を絞るように声を張る。 何度目か、届かなくても、届くまで。 「――チェストォォオオッ!!!」 「今更何色かに染まれるほど――若くはないのだ!」 ウラミジールはその身で葬識を庇って吠えかかった。 「今、自分が――」 「――俺様ちゃんが出来る事はねぇ」 歯を剥き出した葬識は破顔していた。 「弓月ちゃんを仕留める事!」 一撃が閃く。風を裂く刃に光の切れ端が宙(そら)を舞う。 「人なき場所で紡ぐ愛は誰に何を伝えるの? アダムの堕落が罪でも、アウグスティヌスは先行的恩寵を説いている。 世界は愛に満ちているよ。君の神の救済はなんともイカレた幻想(クズ)だね!」 挑発めいた一声に空気が歪む。 『ああ、もう――面倒――』 ユミーの見せた苛立ちは、余裕の僅かに失せたその声はある意味に於いてパーティの粘り強さが示す、一つの戦果だった。 運命を弄び、楽しむST……じゃない女神が掌の上の獲物のしぶとさに焦れている。運命を、持て余している。 『もう、いいわ』 彼女の口の端に浮かんだ笑みはこれまでとは異なる――純白とも違う、それは虚無の色だった。 漆黒よりも深き、まさに暗黒。幽玄なる笑みは大いなる破滅を孕み、それをリベリスタ達に直観させた。 やがて来る大波は全てを浚う殺伐の証明なのだろう。彼女が彼女である限り、それは不可避の終止符(イーエックス)。 「何もかも見えなくなればいい、なんて都合のいい救済。 ただのルサンチマンの発露でしかない。光は世界を見るために。唯、そのために。だから――」 彩歌はこれが最後と飛び込んだ。彼女の握る――幾度も握った『オルガノン』が手の中から光を零す。 光は膨らんだ暗黒を穿ち、暗黒の波動はか細い光と彼女の影を飲み込んで――それで全ての音が消える。 ――巡る夜は遥か彼方。殺伐劇場に幕が下りるのは少なくとも今夜では無いらしい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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