● 私とあなた、付き合い始めてどのくらいかしら。 告白もなかったし、いつの間にか付き合ってたから、わからないわよね。 あなたはいつも当たり前のように一緒にいるけど、私はずっと不安なのよ。 私は、あなたの何なのか、ずっとわからないでいるの。 どうして、「好きだよ」って一度も言ってくれないの? あなたが一言、「好きだよ」って言ってくれたらそれだけで安心なのに、あなたは言ってくれない。 あなたの恋人かもわからない私は、甘える事も寂しがる事も出来ずに、いつも不安でいっぱい。 だからほら……こんなになっちゃった。 ● 「急を要するお仕事よ。説明を聞いたら直ちに現場に向かってね」 『もう一つの未来を視る為に』宝井院 美媛(nBNE000229)は、些か慌てた様子で資料を捲った。 「討伐対象……と、言っていいのかも難しいけど、それは女性よ。 樋口円花(ひぐち まどか)と言って、24歳のOLね。 彼女の私物がアーティファクトに変化して、それに囚われてしまったわ。 そして彼女は、アーティファクトに恨み、妬み、嫉妬等の負の感情を増加されて、今まさにベッドで眠る恋人の命を奪おうとしているわ」 「アーティファクトになった私物って、元はなんだったんだ?」 ブリーフィングルームに集ったリベリスタのうち、1人が問う。 「ブラシよ」 「……ブラシ?」 「そう、髪を梳かす普通のブラシね。 恋人に対する不安を胸に抱きながら髪を梳かしている内に、その思いを吸収してアーティファクトになった……のかどうかは判らないけど。 アーティファクトはブラシに絡んだ髪の毛を増幅させて、円花をがんじがらめにしているわ。 彼女の手や足、言葉でさえも、もう自由にはならない。 アーティファクトは、円花の負の感情を増幅させ、それを餌として自らを強化して、彼女との完全な同化を目指しているわ。 そのためにも、恋人である男性が死ぬことは必須。 操られているとは言え、円花自らの手で恋人を殺めてしまったとしたら、その負の感情は相当なものとなるわ。 そうなったら、円花はアーティファクトとの完全な同化を果たしてしまう」 「同化したらどうなるんだ?」 「円花の外見をしたアーティファクトが、円花の負の感情を啜り続けるために、人に害をなし続ける可能性があるわね。 彼女は、自分の意志ではないのに自分の体が勝手に殺人を犯していく苦しみを永遠に味わうことになるわ。 一度、最大級の負の感情と言う御馳走を食べてしまったら、それ以上を求めるようになって、更に酷い事をさせるかもしれない」 リベリスタ達は美媛の言葉に黙り込む。 「アーティファクトと言ったらいいのか、円花と言ったらいいのか……。 攻撃手段は、円花を縛り付け居るのと同じ、髪の毛よ。 長さはかなりの長さに届いて、遠近両方を攻撃することが出来るし、一度に複数を攻撃することも可能ね。 受けた攻撃によって、致命、魅了、出血のバッドステータスを受ける可能性があるわ」 「円花をアーティファクトから引き離す方法は?」 「確証はないけれど、髪の毛のどこかにブラシが隠れているはずだから、それだけを破壊すれば離れる可能性はあるわ。 ただ、みすみす見える様にはしていないでしょうし、攻撃される時に円花の体を盾にする可能性もあるわね。 円花の恋人を救出することは必須だけど、円花を救う判断は皆に任せるわ。 アーティファクトも、破壊するなり回収するなり、対処をお願いね」 早口に説明を終わらせ、ブリーフィングルームから出発したリベリスタ達を見送ると、美媛は小さく呟いた。 「円花は、自分の愛する人が本当に恋人であるかを迷っていたわ。 女の子にとっては大事な一言を貰えなかったから……。 その一言さえ、恋人が発していれば、こんな事にはならなかったのにね……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月29日(水)22:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 「ずっと……怖かったの。……私の気持ちを伝えることも、あなたの気持ちを確認することも」 マンションの一室、薄明かりに照らされた円花の髪は、彼女が一言紡ぐごとにその長さと量を増していく。 「言葉を……告げてしまったら……、あなたを、この時間を、失ってしまいそうで……怖かった」 ポトリ、ポトリ、と頬を伝い床に染みを作る雫。 「だから、我慢していたの……に」 増殖した髪の毛が、円花の身を包んでいく。それは鎧のようにも、彼女を磔にする十字架のようにも、見えた――。 円花の髪が音もなく伸び、寝室のドアを開ける。 入った先には、ベッドに眠る彼女の愛しい男。 けれどその存在は同時に円花の心も苦しめていた。 「――」 円花の髪が床を這い、ベッドへと伸びていく。そして、恋人の首に絡み付いた。 「……やめて」 円花は、己の髪に抵抗するように身を退こうとする。 けれど――。 「――!」 腕に、脚に、胸に絡み付いた髪の毛は、最早彼女の思い通りに体を動かすことは許さず。 「やめて……、駄目よ……っ」 髪の毛が少しずつ男の首に圧力をかけていくのを制止する咥内に、夥しい量の髪の毛がねじ込まれ声を失った。 ギリギリと、男の首を締め上げる髪の毛。円花は声を上げることも、顔をそむけることも出来ずにそれを見詰めていた。 「ん……」 首の苦しさに気付いたのだろうか。男が軽く呻く。 更にその力を増そうと、新たな毛の束が男へと這い寄って行った。 (やめて、やめて――っ) 円花の瞳から大粒の涙が零れ落ち、塞がれた喉奥から悲鳴を上げる。 その瞬間、荒々しい音でマンションの扉が蹴破られた。 「そのコロシ、ちょーっと待った!」 勢いよく部屋に飛び込んだのは、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)と、ヘキサとぶつからぬように壁を駆ける仮面をつけた少……いや、ここは言わずにおこう。 仮面をつけた、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)である。 ヘキサは持ち前のスピードを以て、寝室入口に立つ円花の前に回り込んだ。 フラウは円花の脇の壁を駆け寝室へと飛び込むと、未だ安らかな寝息を立てる男を忍び寄る魔の手から解き放った。 更にそれを追いかけるようにアルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)も部屋へと辿りつくた。 「円花、助けに来たわ。気を確り持ちなさい」 魔方陣を展開した氷璃は、円花の意識が消えぬように彼女の名を呼ぶ。 全身を髪の毛に囚われた円花。既にその顔さえも判別がつかぬほどに髪に覆われている。 しかし、そこに居るのは確かだ。そう、彼女の心を囚え、その苦しみを啜り喰らうアーティファクトと共に。 ザンッ! ザンッ! ザンッ! 円花の髪が束ねられ槍のようになった毛束が円花を中心に放射線状に伸びた。 それは、彼女をブロックしていた者たちの体を貫き、壁やドアなども突き破っていく。 「強結界を張っておいてよかったな」 誰かがそう呟いた。 髪の槍を回避できたのは、ヘキサと氷璃のみ。 男を庇っていたフラウは身代りにその体を討たれ、アルフォンソと『持たざる者』伊吹 マコト(BNE003900)は腹を貫かれ、壁に貼りつけられていた。 追いかけ、室内に到着した『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)は、影を呼び出す。 それは一族が祀る神と同じ姿をした物。 「貴女のためにも、これ以上先へ進ませる訳にはいきません。 ここで、止まってはくれませんか」 無数の蛇の影は、円花の髪へと襲いかかって行った。 髪の槍を受けたまま『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)は室内を駆ける。 恋人の保護は己の役目。攻撃を受け、血を流そうとも進み、寝室まで辿りつかなければならない。 髪の槍が再びの剣戟(ダブルアクション)を発動し、襲い掛かった槍先を凌ぐと、隆明はリビングを突破した。 「――!」 フラウに寝室の奥まで移動させられた男は、そこで漸く目を醒まし驚き目を丸くする。 リビングの方に、うぞうぞとした黒い巨大な塊(髪の毛に覆われた円花)が見えるが、それはまるで巨大なウニのように黒い槍のようなもので部屋や、見知らぬ若者たちを攻撃していた。 「あ……、あ……」 驚愕のあまり声もまともに発することが出来ない男を、フラウは観察するように見つめていた。 円花の恋人。一体どんな奴なんだろう。碌でもないような野郎なら、気絶させて保護しよう。そう、思っていた。 しかし、その後の言葉で、振り上げようとした腕を止める。 「まど、かは……? 無事なのか……? まど……」 全身を震わせ、あまつさえ失禁すらしそうな程に怯えているのが見て取れる中、それでも、恋人の安否を気遣うことぐらいは出来るらしい。 「真っ当な野郎ってことで、イイすかね」 「え? ――あ、あんたは?」 フラウの呟きに、自分を庇っていた存在があったことに気付いた男は、声を上げる。 「うちらは――」 そこに、傷だらけになった隆明が転がり込んできた。 「わりぃが、全部終わるまでおとなしくしてもらうぜ」 『石橋を殴ったら壊れた』滝沢 美虎(BNE003973)は、髪の槍に腕を貫かれつつ円花の前に回り込むと流水の構えを取る。 「ここから先に行きたかったら、みとらたちを倒してからすすめっ!」 「言葉にしないと伝わらない、想い合う事の難しさ……」 呟いたのは、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。 最早人とは思えぬ円花の姿を見詰めると、端正な顔に宿る瞼を伏せた。 「さあ、私はいつも通りに。『お祈り』を始めましょう」 円花の体が大きく揺れる。その体は、寝室へと向かおうとしていた。 しかし、その前には彼女をブロックしている多くのリベリスタが居る。 円花の眼前に立ちはだかるは、己を盾と定めた男――『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)。 「悪いが、逢瀬の邪魔させてもらうぜ。 今お前さんらを会わせるわけにはいかなくてな。分かるだろ?」 義弘の言葉に歩みを止めた円花は、再度髪の槍をリビングから寝室に集うリベリスタへ向け撃ち放つ。 それは、全てのリベリスタの回避を許さぬ一撃。 髪の槍の猛威はアルフォンソの胸と、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の腹を貫いていた。 2度に渡るクリティカルは、『心に秘めた想い』日野原 M 祥子(BNE003389)の天使の息の加護も凌駕し、彼等の意識は其処で途切れた。 「……っ、……かはっ」 マコトは、肩に深々と突き刺さった髪の槍を握り、引き出す。 激痛と共に咥内にこみ上げる鉄の味が、ダメージが小さく無い事を物語っていた。 その右手に、引き抜いた髪の毛が絡み付く。 「――っ」 忌々しげに手を振り払い、毛を落とす。 攻撃時は槍と変わらぬ強度を持っていたが、手に残った髪はまさしく髪そのもので、やはりこれは『円花の物』なのだと認識する。 声を発せず体も動かせずとも、心は其処にあると金髪のフォーチュナは言っていた。 己の髪の毛により、幾多の人が傷ついていくその状況を、今どのように思っているのだろう。 武器を構え、流れ落ちる血に生命が奪われていくのを感じながらも立ち上がったマコトの頭を、再度放たれた髪の槍が吹き飛ばした。 「まずいわね」 仲間たちの傷を癒すべく天使の歌を奏でていた祥子は呟く。 何度も歌われる歌。しかしそれは、大きく生命力を削られたものを全快するには及ばない。 そして、既に倒れた3人を立ち上がらせることは出来ない。 それだけ、大きな被害を受けていると言う事だった。 ● 作戦の条件には含まれておらずとも、円花の命を救いたい。 そう考えたリベリスタ達は、あるものは直観を研ぎ澄ませ、あるものは神の目となり、またあるものは円花をブロックすると同時に体に組み付いて、円花の髪の奥底に隠されたアーティファクト『ブラシ』を探していた。 しかし、円花の姿さえも視認できぬほどの量の髪の毛。 アーティファクトの潜む、その場所を特定するのは難しかった。 ヘキサがソニックエッジで髪の毛を切り落とし、氷璃が氷纏う呪いの矢を円花の髪に撃ちこむ。 しかし、肝心のブラシにダメージを与えることは出来ていない。 ヘキサは、円花の心に響けと呼びかける。 「円花のねーちゃんが不安になるのも仕方ねー。 けどさ、逆にねーちゃんは『好きだ』って言った事あるのかよ?」 しかし、円花からの反応はなく、代わりに、髪の槍が襲い掛かった。 「とらカッター!!」 美虎が己に向かう髪の槍を手刀を持って斬りおとす。しかし、それはほんの一部の事。 円花の髪の毛は増殖の一途を辿っている。切り落としてもすぐ、また髪が生まれてくるのだ。 増殖し、切り取られた分を補充した髪の毛は、再び槍の形を成すと全てのリベリスタと円花の恋人へと襲い掛かった。 「――ちっ」 隆明が身を翻すと男の前に立ちはだかる。 その体には、男が受ける筈の槍が突き刺さった。 「くそ……っ。おい、お前……」 男の傍に倒れこんだ隆明は、口元に伝う血を拭うと男に語りかける。 「人の想いなんてモンはな、ほとんどの場合口に出さなきゃ伝わらねぇ……甘えてんなよ、お前はちゃんと伝えてたか?」 「……」 自分の肩に置かれた血塗れの手、男はその手と隆明を交互に見詰めると、最後に戦場となっているリビングを見遣った。 「……俺の所為?」 男は、呟く。 その上げた顔の横を黒い塊が抜けていく。 「ぐぁ……っ」 再び放たれた髪の槍は、隆明の背から心臓を打ち抜き。隆明が起き上がる事はなかった。 「藤倉さん!」 隆明が倒れた。そのことに気づいた大和は寝室へ駆ける。 円花の恋人は今無防備だ。ここで襲われたら彼は――。 蛇たちが大和の身を護るように髪に襲い掛かり消えていく中、大和は寝室へと到達する。 「あれは……円花なのか? 俺の所為で、円花があんな姿に……?」 今まで話されていた経緯から、男は己が気持ちを確りと伝えていなかったのが原因だったとは感じていた。 恋人をあんな姿に変えてしまった、自分の所為で。 男はその事に気づくと自分の身を抱えるようにして嗚咽を漏らす。 「まだ大丈夫です!」 大和は、男の前に立つと円花を必ず救うと告げた。 ● 髪の塊がぐんっと動き、天井近くに持ち上がった部分の髪の毛が蠢くと中から円花が現れた。 口の中には夥しい量の髪の毛が押し込まれ、胸から下は何重にも巻かれた髪の毛で拘束されている。 しかし、円花の瞳の部分には髪はなく、周りの様子を見ることも可能な状態だった。それは、円花を苦しめるための、アーティファクトの意図なのかも知れない。 円花の瞳からは涙が溢れている。 「わかってるんだな、自分の身に何が起きているか」 義弘は髪の一部に組み付いたまま、頭上の円花を見上げる。 「すぐに、また二人で笑い合えるようにしてやるから、少しだけ待ってな」 その言葉が終わるか終わらないところで、円花の体が急降下した。 円花の体はアーティファクトの武器となり、寝室奥に居る男へと真っ直ぐに向かっていく。 その身を、受け止めるように軌道に飛び込んだのは――ヘキサ。 「ぐぁっ!!」 細身の体躯を精一杯伸ばし、髪に囚われたままの円花を抱きしめると、彼女を傷つけぬように自らの背で壁にぶつかる。 背中にかかる激痛に顔を歪めるヘキサ。 円花の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。 「見つけました……!!」 リリが叫びを上げ、両手の拳銃でコインをも打ち抜く正確な一撃を放つ。 更に、その声に反応した美虎が弾丸を追いかけ、飛ぶ。 「ブラシ見っけ! こわれろー!!」 燃え盛る炎を纏った拳は、渦巻く髪の中に叩き込まれ、焼け焦げた髪の匂いが漂う。 その拳の先には、確かに硬いものの感触がある。 「フラウ、今だっ! ブラシを狙うのだー!」 ブラシが見つかるまで、集中に集中を重ねてきた、フラウ。 「髪は女の命ってーよく言うっすけどね」 フラウは壁を駆ける。 天井まで辿り着くと、渾身のソニックエッジを放った。 「死んでアンタの恋人とサヨナラするよりはよっぽど良いだろ!」 髪は円花の首下からザンッと斬りおとされたが、ブラシはその下の髪の渦に飲み込まれた。 ザワザワと蠢く髪は、ブラシを飲み込むと再び増殖を始める。 円花の体を拘束したままの髪は、未だ彼女を自由にすることはなく、再度彼女を振り回そうとその身を振り上げた。 キンッと空気のなる音が響き、そこに、氷の矢が打ち込まれる。 氷璃は、涙に濡れる円花の瞳を見詰めると、その心に問いかけた。 「聞かせて頂戴。貴女の想いも、不安も、総て」 (――ごめんなさい。ごめんなさい……) 氷璃の頭に、円花の声が響く。それは、恋人と思う愛しい人の愛が自分に向けられているのか不安だった自分のこと。 その思いに囚われて、不安がどんどん増して行き、果てはこんな姿になってしまったこと。 そして、そのために見ず知らずの氷璃たちを、傷つけてしまっていること。 それらに対する、謝罪と後悔の言葉だった。 「私達の事は、どうでもいいわ――」 氷璃は、背にした寝室へ振り返らずに声をかける。 「……彼女を救い出せるのは貴方の言葉だけよ」 円花を振り回したところで受け止められると悟ったのか、髪の槍を周囲に打ち込む円花、否ブラシ。 「ぐぁっ」 「うっ」 「……っ」 そして、再びの剣戟を受け、美虎が床へと倒れこむ。 「ま、けないぞ……」 美虎が苦しげに呻く。その強き心は、再び戦場へと舞い戻った。 髪の槍が今までより太さを増し、眼前に立ちはだかった義弘を貫き、その勢いのままに寝室奥へ突き刺さる。 円花の恋人を庇った大和の体に、深々と突き刺さった髪の槍。それは、義弘と大和の命を闇へと誘って行く。 その光景が円花の眼に映る。 (――ごめんなさい。ごめんなさい……っ) 「大丈夫です……っ」 円花の声は聞こえずとも、大和は感じていた。そして、己の運命を燃やし、再び立ち上がる。 「きっと、助け出しますから! どうか、諦めないで!」 「その通りだ」 胸を深く貫かれた義弘が、大和と同じく、運命をを代償に命を繋ぎ、ゆらりと立ち上がる。 「何度でも立ち上がってやるさ」 戦闘開始から歌い続ける祥子の声が響く。 仲間達を癒す声。その合間を縫うように、祥子は戦闘開始時からずっと円花に語り続けていた。 『彼氏背が高くてかっこいいじゃない。どんなところが好きになったの?』 『その気持ち彼には言ったの? あたしはこんなにあなたが好きなのよって伝えた?』 円花の負の感情を抑えようと発せられていた言葉は、確かに円花の耳に届いており、彼女の心が負に飲み込まれることを押さえ込んでいた。 其れは勿論、祥子だけではない。 戦闘開始よりリベリスタ達が発する言葉、戦う音・姿。全て円花には届いていたのだ。 しかし、それももう、限界だった。 円花の瞳から涙が零れる。 それは、『円花』の最後の涙。 目の前で繰り広げられる死闘。それは全て自分の招いた事。 己を悔い、悲しんだ円花の意識は、人の心の限界を迎え、アーティファクトに飲み込まれていった。 ● うぞぞぞぞ、と、髪の毛が蠢き、完全にアーティファクトと同化した円花は怪しげに笑みを浮かべる。 そして、放射線状に髪の槍を打ち放った。 今までよりも強大な威力を放つ槍を、リベリスタ達は回避することができない。 「そこです!!」 胸を槍に貫かれながらも、ブラシが蠢く姿を確認したリリが叫び、弾丸を放った。 「今度こそっすよ!」 「ああ!」 フラウが天井を蹴り、舞う。 ヘキサが床を蹴り、飛ぶ。 上下からのソニックエッジが円花へと襲い掛かり、その身ごと切り裂いた。 「最後の最後まで諦めるつもりはなかったがな」 義弘が呟く。 ここまで、只管に護ることに徹していた彼が魔落の鉄槌を放つ。 轟音と共に、巻き上がる粉塵。 散り散りになった髪と、砕かれた床板が落ち、静かになった室内には。 バラバラになったブラシと、円花の亡骸。 全てが終わった後、男は円花の傍に膝をつく。 一歩届かなかった救いの手。それは、今回の事だけではない。 「円花……。お前、そんなに不安だったのか……? どうして、言ってくれなかったんだよ……」 冷たくなり始めた頬にそっと触れ、呟く。 言ってくれなかった円花。気づけなかった自分。後悔の念が押し寄せてくる。 「想うだけでは伝わらない、想いは口にしなければ伝わらない……」 氷璃が小さく呟く。 できる事なら、円花が生きてる状態で伝えたかった言葉。それは他にもたくさんあった。 それは、他のリベリスタも同じだ。 だからこそ、二人とも救えるように頑張ってきたというのに。 後一歩、及ばなかった力。 「円花、ごめんな……」 義弘は神秘の秘匿について、告げようとした口を噤む。 恐らく、説明を受けずとも語るつもりはないだろう。 部屋を後にするリベリスタ達の背後で、男が呟く声がした。 「――円花。――俺は――」 それは、彼女にだけ聞こえた言葉。 大和は、そっと扉を閉める時に、天へと登った魂に問いかける。 「貴女の欲しい言葉は聞けましたか?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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