● 夫を亡くして、早くも半年近くが過ぎた。 初盆もつつがなく終え、家の中はがらんと静まり返っている。 一人で暮らすには些か広すぎる家だが、思い出が詰まった場所を引き払うのも忍びない。 もうしばらくの間は、ここで亡き夫と過ごした記憶に身を委ねていたかった。 真夜中の静寂が、やけに耳に痛い。 ダブルベッドの上で、ゆっくりと身を起こす。 どうも、今夜は眠れそうになかった。 ベッドから出て身支度を整え、玄関から外に出る。 足は、無意識に公園へと向かった。 夫がまだ元気だった頃、二人でよく歩いた場所。 桜が咲いたら一緒に見ようねと、そう約束していたけれど。 その前に、彼は呆気なく逝ってしまった。 内側からこみ上げる悲しみに押し潰されそうになり、思わず目を伏せる。 このお盆に、あの人はきちんと帰って来られたのだろうか。 もし、帰ってきたのだというなら。 せめて一目だけでも、顔を見せてくれたって良いのに――。 溜め息をついた時、微かに自分を呼ぶ声が聞こえた。 はっとして、顔を上げる。 決して聞き間違えるはずのない、この声。 「一誠……?」 いつの間に、そこに立っていたのだろう。 最愛の夫の姿が、目の前にあった。 ● 「事態は急を要します。ブリーフィング後、すぐに現場へ向かって下さい」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達にそう告げると、任務の説明に移った。 「任務はE・フォース四体の撃破と、一般人女性の救出です。 女性が死亡した場合、E・フォースが一体増えてしまうので注意して下さい」 中でも最も強力なのは、今年の三月に病死した『棚橋一誠(たなはし・いっせい)』という男性の思念から生まれたE・フォースであるらしい。 「彼は生前の記憶を頼りに、最愛の妻を探し歩いていたのですが…… たまたま、近所の公園まで散歩に出ていた彼女と見つけてしまいます。 どんなに急いでも、二人が出会う前に皆様が辿り着くことは不可能です」 妻の名前は『棚橋花美(たなはし・はなみ)』。 亡き夫を今も深く愛しており、彼にもう一度会うことを切望していたという。 死んだ人間が目の前にいる現実を疑いもせず、彼女は夫の存在を受け入れるだろう。 「棚橋一誠も、彼が従えている三体のE・フォースも、花美に攻撃することはありません。 ですが、彼の持つ能力が、彼女を無意識のうちに命の危機に晒してしまうのです」 E・フォースと化した一誠は、周囲にいる生き物の生命力を少しずつ奪っていく。 結果、生命力の尽きたものは死亡し、新たなE・フォースとなってしまうのである。 彼に従う三体のE・フォースも、元はその能力の犠牲になった者達だ。 「二人とも、最愛の伴侶と再会した喜びのあまり冷静な判断ができなくなっています。 新たな犠牲者が生まれてしまう前に、力ずくで引き離すしかないでしょう」 花美の生命力が奪いつくされるまでの猶予は、わずか数十秒しかない。 当然、一誠やE・フォースたちは何としても彼女を手に入れようとするだろう。 「普通に戦うとしても、彼らは強力です。 時間はあまりありませんが、しっかり対策を立てて任務に臨んで下さい。 ……どうか、至急の対処を要請します」 和泉は説明を締めくくると、リベリスタ達に向かって頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月26日(日)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 目の前には、病死した筈の夫の姿。 これは、夏の夜が見せた夢だろうか。 だとしたら――なんて幸せで、悲しい夢。 「一誠」 夫の名を呼び、花美は彼に駆け寄ろうとする。その耳元で、誰かが囁いた。 「御機嫌よう、棚橋花美さん。貴女の望みは、確かに叶った」 常人の目に留まらぬ速度で接近した『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が、花美の首筋にスタンガンを押し当てる。 『花美!』 その場に崩れ落ちた花美を見て、彼女の夫――棚橋一誠が叫ぶ。 妻を想うあまり、E・フォースとして形をなした死者の思念。彼の周囲には、青白い人魂が三つ浮かんでいた。 ありふれた悲劇、どこにでもある悲劇。 生きている以上は、出会いも別れも切り離せないモノだが――。 「……周りの迷惑考えろってー話っすよね」 気絶した花美を抱え上げ、フラウは一誠を睨む。 そこに、後続のリベリスタ達が雪崩込んだ。 「本当なら感動の再会なんだろーけど、なぁ……」 一誠と花美を交互に見て、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)が呟く。 しかし、二人の再会は花美の死を意味する。今こうしている間にも、彼女の命は削られているのだ。他でもない、夫の能力によって。 二人の心を救うためにも、花美を死なせるわけにはいかなかった。 地を蹴って跳躍し、人魂の一体に音速の蹴りを浴びせる。続いて、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が淀みなき連撃で別の一体を封じた。 「感動の再会を邪魔してごめんね。 でもね、大切な人を傷つける苦しみなんて味わって欲しく無いんだ☆」 言葉は届かぬと承知で、終は一誠に声をかける。 口を開きかけた一誠の前に、『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)が立ち塞がった。 (妻への想いと盆という季節が起こした儚い奇跡……であれば美談だったので御座ろうが) 生憎と、この世界はそこまで優しくはない。 今回の出来事とて、神秘が気紛れに引き起こした悪戯に過ぎないのだ。 「ともあれ今宵も世界を護ると致そうか、皆の衆」 幸成の足元から、変幻自在の影が伸びる。残る人魂に接敵した『不屈』神谷 要(BNE002861)が、全員に十字の加護を与えながら口を開いた。 「――為すべきを為しに参りましょう」 これは、もともと叶う筈のなかった再会だ。 自分達の行いが、二人を引き裂くことになったとしても――迷うわけにはいかない。 『どいてくれ』 一誠が、思念の壁で幸成を吹き飛ばしにかかる。幸成が衝撃を受け流し、その場に踏み止まったのを見ると、『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は人魂たちの方へと駆けた。 「逢瀬を邪魔して悪いが、彼女は俺たちが助けるしかない」 決然と言い放ち、肉体のリミッターを解除する。仲間達の後方に立った依子・アルジフ・ルッチェラント(BNE000816)が、今にも泣き出しそうな瞳で一誠と花美を見詰めた。 どっちも悪意なんて無い筈なのに。話をする余地もなく、戦わなければいけないだなんて。 「ナナシさん、私に力を貸して」 己の胸に「ナナシ」の魔導書を抱き、周囲に存在する神秘を取り込んで魔力を高める。 花美が命を奪われ、エリューションになり果てるのを阻止するために。 庇って、守って、引き離して。一誠と人魂たちを、倒さなければならない。 無骨な暗視ゴーグルで目元を覆った『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が、努めて冷静に口を開いた。 「――さあ、「お祈り」を始めましょう。 主よ、どうか罪無き人の子に、哀れな魂に救いとご加護を」 二丁の銃を両手に構え、天に向かって引金を絞る。飛来する無数の火矢が、一誠と人魂たちを炎に包んだ。 ● 二体の人魂が、行く手を阻むヘキサと要に蒼白い炎を吐いた。 魂を焼き焦がす炎に耐える二人の後方で、花美を抱えたフラウが踵を返す。 「――直ぐ、戻ってくるっすよ」 そう言い残し、フラウは全力で駆け出した。 『花美!』 見咎めた一誠が追おうとするも、眼前に立つ幸成に阻まれる。 『くそっ、邪魔をするな!』 己を睨む一誠の視線を、幸成は真っ向から受け止めた。 「死者が生者を黄泉へと招くことなど罷り成らん……故にここは通さぬで御座る」 『いいから、どけと言ってるんだ!』 既に死した一誠の思考は妻との再会に凝り固まっており、リベリスタ達の言葉に耳を貸すことはない。それでも、ヘキサは彼に語りかけた。 「オレは、テメェがどれだけ奥さんを愛してるかなんて知らねぇ。所詮部外者だからな」 けど――と言って、彼は再び跳ぶ。両足を覆う流線型の脚甲“紅鉄グラスホッパー”が、宙に真紅の軌跡を描いた。 「ここは通せねぇ。通しちまったらきっと、お互い救われねーと思うから」 兎を思わせる俊敏な動きで、ヘキサは人魂に飛び蹴りを見舞う。 終が、麻痺したままの人魂を音速の刃でさらに抉った。 「失った大切な人に会いたいって気持ちは痛い程分かるけど……」 そう言って、彼は僅かに視線を伏せる。 死者と生者が会うのは、やはり、双方にとって不幸なことなのかもしれない――。 「支援します」 前衛と後衛の中間に立ったアルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)が、攻撃の効率動作を共有して全員の戦闘力を高める。 直後、一誠が苛立たしげに怒鳴った。 『どけよ! 花美が……花美がっ!!』 他者を拒絶する思念を全開にして障害を排除しようとするも、幸成を吹き飛ばすことは叶わない。 元より回避力に優れる彼が、思念の障壁に防御の的を絞り、直撃を免れることのみに集中しているのだ。多少の傷を負ったところで、己の持ち場を死守するのに何の不都合もない。 「羽の無い私達に、翼を下さい、どんな理不尽にも、囚われ無い様に」 依子が魔導書を胸に祈りを捧げ、仲間達の背に小さな翼を与える。 愛剣を構えて自らの集中を高めるディートリッヒが、フラウに抱えられてこの場を離れる花美を横目に見た。 「死んで二度と会えないと思っていた、最愛の旦那との再会――か」 失意の中での出来事ゆえに、不自然な状況を訝る余裕もなかったのだろう。 それを思うと痛ましいが、だからといって見殺しにはできない。 背の翼を操り、低空から戦場を俯瞰するリリも、花美の心情に想いを馳せる。 (もし私が花美様と同じ立場だったら、同じように動いてしまうでしょう) だからこそ――自分は流されてはならない。「十戒」と「Dies irae(怒りの日)」のグリップを強く握り、銃口を空に向ける。 「天より来たれ、浄化の炎よ。今ある命に守護を、哀れな魂に安らかな眠りを」 発射された魔力の弾丸が、燃え盛る火矢となって一誠と人魂たちに降り注いだ。 体格に見合わぬ長弓に数本の矢をつがえた『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)が、人魂たちに狙いを定める。 「しっかりサポートしないとね」 暗黒の瘴気を伝えた矢が、蒼き人魂をほぼ同時に射抜いた。反撃に転じた人魂が彼女の影を縫い止めたのを見て、要が邪を退ける光を輝かせる。 一段と加速した終が、ナイフを鋭く閃かせた。 「早いとこ数を減らさなきゃね☆ 唸れダブルアクション!!」 音速を超えるスピードで無数の斬撃を浴びせ、さらに止めの突きを繰り出す。 決して止まらぬ連撃の前に、人魂の一体が霧散した。 『誰にも、邪魔はさせない!』 一誠が幸成に指を突きつけ、思念の力で彼を撃ち貫く。 肩口を抉られても、幸成の表情は些かも揺らがない。静かなる殺意を込めた黒き影が、一誠の死角から致命の呪いを刻んだ。 「視野が狭まれば、動きが単調になるのは道理に御座る」 幸成の様子を見て、まだ大丈夫だと判断したディートリッヒが、ヘキサが抑える人魂に肉迫する。 彼は強引に踏み込んで間合いを奪うと、自らと同名の英雄にあやかって名付けた愛剣――“Naglering(ナーゲルリング)”で強烈な打ち込みを見舞った。 リリが雨の如く火矢を降らせる中、依子が詠唱を響かせる。 皆の怪我を治し、支援すること――自分に出来るのは、それだけだから。 「私達の世界を見守る高い世界の優しい人、皆を、どうか守って」 彼女の切なる願いを聞き届けた“清らかなる存在”が、癒しの福音でリベリスタ達を包み込んだ。 回復に背中を支えられたヘキサが、人魂の吐く炎を掻い潜って音速の蹴りを放つ。 二体目の人魂が、夜の闇に消えた。 公園の外に出たフラウが、花美をそっと地面に下ろす。 ここなら一誠の視線は届かないし、彼に命を脅かされることもない。 花美が目を覚ます気配がないことを確認した後、フラウは戦場に戻る。 夫に駆け寄ろうとした花美の姿が、ふと脳裏に浮かんだ。 会えない筈の人に、会えた――それは確かに、本人にとっては喜ばしいことだろう。 でも、花美はあと少しで『戻って来られなくなる』ところだった。人ならぬ存在に変じた夫と、同じものに成り果てる瀬戸際だったのだ。 それが一誠の願いであるとは、フラウには思えなかった。 ● あらゆる攻撃を跳ね返す防御のエネルギーに身を包んだ要が、黒いコートを翻して眼前の人魂に切りかかる。一点の曇りもなく鮮烈に輝いた破邪の剣が、最後に残った人魂を見事に両断した。 人魂の全滅を確認した前衛達が、一誠に攻撃の手を向ける。幸成の反対側に回り込んだ終が、音速を纏う斬撃を一誠の背中に浴びせた。 『花美をどこにやった!? 人攫いどもがッ!』 一誠が見えざる思念の糸を紡ぎ、それを蜘蛛の巣の如く展開してリベリスタ達を貫く。 言いがかりにも等しい罵詈雑言を、幸成は眉一つ動かさずに受け流した。 冷徹な忍びの仮面で心を鎧った彼に、一切の迷いは無い。 「赦しは請わぬ。同情も致さぬ。非情に徹するのは忍びたる自分の役目」 いつでも幸成をフォローできる位置に立ちつつ、ディートリッヒが己の集中を高める。 自分達が、この夫婦にとって招かれざる客であるとは百も承知だ。 だが、花美とて死にたくはないだろうし、一誠も妻を死に追いやることは決して望むまい。 最悪の結末を避けるために、自分達はここにいるのだ。 「花美さんを、死なせたい訳じゃないんでしょう……?」 癒しの福音で仲間の傷を塞いだ依子が、一誠に語りかける。 たとえ説得が無駄に終わるとしても、何もせずに諦めたくはなかった。 「一誠さんは、もう、傍に居るだけで花美さんを殺してしまうんです」 『でまかせを言うなっ!!』 怒号に身を竦ませる依子を庇うように、要が彼女の前に立った。 神々しい光で仲間を縛る思念の糸を消し去り、本来の動きを取り戻させる。 『俺は花美に会いたかっただけだ! 夫が妻に会うことの、何が悪い――!』 いつの間にか距離を詰めていたフラウが、両手に構える二刀のナイフを閃かせた。 「妻に会いたい? あぁ、ソレは確かに叶っただろうさ」 無関係な人々の命を、踏み台にして。 「だから、アンタは此処で終りだ。うちが終わらせる」 魔力を帯びた刃が、一誠の身を抉る。 「テメェはもう死んでるんだよ! わからねーなら、体で理解させてやる!」 ヘキサが、真紅の脚甲に覆われた蹴り足に紅蓮の炎を纏った。 「歯ぁ……食いしばれぇえええッ!!」 叫びとともに、回し蹴りを叩き込む。アルフォンソが追い撃ちに投じた真空刃が肩口を切り裂いた瞬間、幸成の影が黒き殺意を込めて一誠のこめかみを打った。 『煩い、煩いッ! 俺の前から消えろ!!』 身を蝕む致命の呪いにも構わず、一誠は思念の糸を張り巡らせる。 先とは比べ物にならぬ精度と威力で襲い掛かったそれにリベリスタ達が唸った瞬間、二撃目が飛んだ。 依子が、リリが、遠のきかけた意識を運命の恩寵で繋ぎとめる。 「力無き人の子を守る為頂いたご加護を、今この場で」 崩れかけた膝を支え、二丁の銃を構え直すリリの声を背に、ディートリッヒが不敵に口元を歪めた。 彼の自己治癒力をもってしてもすぐに塞がる傷ではないが、それで臆するような男ではない。 「……命を削ってでも、することはしないとな」 何よりも、この戦いを楽しまなくては。 大胆に踏み込み、気合とともに“Naglering”で渾身の打ち下ろしを叩き込む。漆黒の闇を無形の武具として纏うシャルロッテが、自らの痛みを呪いに変えて矢を放った。 リリが邪を退ける光で思念の糸を払い、要が大盾を翳して傷の深い依子を庇う。 「何でうちがアンタから奥さんを引き離したか分かるっすか? アンタの存在が人を傷つけちまうからっすよ」 二刀の連撃で一誠を追い詰めるフラウが、緑の瞳で彼を鋭く睨んだ。 「奥さんに言いたい事があるなら伝えてやる。ソレが引き離した者なりの責任っすから」 「テメェの存在が、奥さんを縛りつけちまってる。 だから、テメェへの想いを、テメェ自身が断ち切るんだ」 心から妻を想うのなら、何とかして立ち直らせてやれ――と、ヘキサが言葉を続ける。 「つまりケジメをつけろってことだよ。テメェも男なら、分かるハズだぜ」 燃え盛る蹴撃が、一誠の脇腹を捉えた。 『やっと、ここまで来たんだ……自分の口で、伝えないと……』 低く呟く一誠に、終が真摯な口調で問いを放つ。 「ねえ、一誠さん。花美さんの事を愛してる?」 『愛してるさ』 「彼女はきっと立ち直れるよ。 一誠さんがどれだけ深く愛してくれてたかを知ってるから」 『……』 「今の一誠さんはそんな彼女の心も体も傷つけてしまう……だから」 ――会わせるわけには、いかない。 音速の刃に貫かれた一誠の喉から、いやだ、と呻くような声が漏れた。 詠唱で癒しの福音を奏でる依子が、眉を寄せて「ごめんなさい」と囁く。 リリが、聖別された二丁の銃を一誠に向けた。 「――Amen」 彼女の祈りを込めて、二発の銃声が響く。 空を切り裂く蒼き魔弾が、一誠の心臓をほぼ同時に撃ち抜いた。 『はな、み』 最期に、妻の名前を呼んで。 一誠の思念が、闇の中に消える。 リリはそっと目を閉じ、失われた全ての命に黙祷を捧げた。 ● 一誠の消滅を見届け、依子がそっと目を伏せる。 死者は決して蘇ることなく、革醒は一時の慰めにもならない。 「……なんて言えば良いのかな、とてもとても悲しい」 自分はこんなにも無知で、非力で、無力なのだと――ただ、思い知らされる。 リベリスタ達は、公園を出て花美のもとへ向かった。 僅かに眉を寄せた彼女の寝顔を見ても、忍びの仮面を纏った幸成の心は揺らがない。 今宵、かの夫婦に情をかけるのは、己の役割ではないと知っている。 花美が、ゆっくりと目を開いた。まだ、夢から完全に覚めてはいないようだ。 それを見て取ったフラウと終が、彼女の視界から身を隠す。 「一誠……どこにいるの」 視線を宙に彷徨わせる花美に、要が声をかけた。 「一誠さんが既に亡くなっている事は、貴方が一番理解している筈です」 あえて厳しい口調で、彼女は言葉を続ける。 「貴方がそんなだから、迷い出てきてしまうのです。 どうか、もう迷い出る事のないよう一誠さんを静かに休ませてあげて下さい」 「わかってるわ……そんなこと……。あの人は死んだの。わかってる。 でも……でも、夢くらい、見たっていいじゃない……!」 すすり泣く花美の傍らに、リリが腰を下ろした。 「一誠様は、本当に花美様を愛していらっしゃったのだと思います。 もし、私が彼と同じ立場になったら―― 貴女には確り自分の足で立って生きて、幸せになって欲しいと望むでしょう」 「残された私の、気も知らないで……よく言うわ」 花美の皮肉を真正面から受け止め、リリは言葉を返す。 「ええ。大切な方に辛い想いをさせてしまう我侭だとしても……です」 「……あの人には、会えない?」 「残念ながら」 「夢なのに?」 「はい」 「一度だけで、良かったのに……」 嗚咽を漏らした後、花美は再び瞼を閉じた。 更なる眠りに逃げる以外に、心を守る術を持たなかったのだろう。 「お辛いでしょうが……貴女はどうか生きて下さい。生きるべきなのです」 花美の手を握り、リリがそっと囁く。 「死んだ人間の分も精一杯生き抜くこと、それが生きているものの役割だからな」 ディートリッヒの言葉に、ヘキサが頷いた。 「生きてれば、まだまだイイことだってあるんだ。 でも死んじまったらそこで終わり。そこで終わりなんだからよ」 花美が再び目覚めた時、彼女の傍にはフラウと終だけがいた。 「お姉さん。こんなトコで寝てたら風邪ひいちまうっすよ?」 フラウの声を聞き、花美は周囲を見回す。 やはり、全ては夢だったのか。いつまでも夫の死を引き摺る、自分の心が見せた幻。 「どうしたんすか?」 「倒れてる間、死んだ主人の夢を見たんです。可笑しいでしょう」 自嘲気味に言う花美に、フラウは小さく首を傾げた。 「そういえば、先の曲がり角で男の人の声を聞いたっすよ?」 「え?」 「確か、はな……そう、『はなみ』って言ってたっす」 「私の……名前です。まさか……」 信じられないといった様子の花美に、終が笑いかける。 「お盆には間に合わなかったけど、きっと貴女に会いに来てくれたんだね」 俯いた花美の頬を、一筋の涙が伝った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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