●1999.08.13 悪夢の崩落。世界の終端を其処に見た者達が居た。 奇蹟をも呑み込む圧倒的なまでの絶望。神にも等しき異端の極地。 己が命を、魂を、未来を、運命を捧げ背にした誰かを護った者が居た。 歯が立たぬ、爪も、牙も、彼の絶対は、正しく一つの世界その物。 果てなど無い。滅びしか見えぬ虚無の途上に刃を突き立てた者が居た。 折れぬ刃の先に、明日を刻んだ者達が、確かに居た。 彼らは、彼女らは、既に無い。 けれどその両の手が掬い上げた希望と言う名の灯火は、 今も静かに。けれど確かに燃え続けている。 かつての災禍の跡。戦火の発端に築かれた、街。 美しく磨き上げられた三高平のセンタービルに今日も新たな日が昇る。 一つの時代が過ぎ、一つの流れが渦を巻く激動の日々。 けれどだからこそ、想い紡ぐべき時間がある。 今この時だからこそ、遠く伝えたい言葉がある。 今日この瞬間になって漸く、導き出せた答えがある。 だからそう、これはここから歩き出す為の序曲。 13年目のOverture ●2012.08.13 多くのリベリスタ達の出払った、とても静かなブリーフィングルーム。 今日だけは受付の天使も姿を見せない。神の眼だけが見つめる部屋の中。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はリベリスタ達を出迎える。 「いらっしゃい、私これから出かけるから」 何気なく、さり気無く告げられた言葉は、けれど今日だけの特別な物。 テーブルの上に置かれたのは、アークの保有する“危険な”破界器。 銘を――追憶幻想鏡。 「だから、1時間だけ。皆にお留守番をお願いしたいの」 他人にその人間自身の記憶を投影した幻を見せる鏡。 効果は鏡と対面しただけで発動する。 時間としては30秒程度の物ながら、その強制力は超幻影の比では無い。 あたかも現実であるかの様に。大気の香りすら再現する文字通り刹那の“幻想”。 「13年目」 噛み締める様に、口にする。それが特別である事を。 それが、この瞬間に込められた最大の価値である事を。 他の誰が知らずとも。万華鏡の姫だけは――この上も無く良く、知っている。 「智親も居ないから、好きにしてて良いよ」 彼が、彼女が、その1時間をどう過ごすのか。誰も尋ねる者は居ない。 誰にせよ、想う所は有る物だ。況や彼女はまだ、15歳の少女なのだから。 例え思い出せる記憶が無くとも、例え残った物が無くとも。 遺された者の気持ちは、消えない。薄れても、掠れても、和らいでも。 途切れない物はある。続いていく物がある。失くしてはいけない物が、ある。 それがアークなのだから。それが、人間であると言うことなのだから。 「それじゃあ、行って来ます」 何時もの大人びた表情に、ほんのほんの少しだけ。 歳相応の寂しさを滲ませて、兎のポシェットの耳がふわりと揺れた。 扉の閉じた部屋の中には6人のリベリスタ達。彼らにやるべき事は何も無い。 1年の区切り、特別な日。イヴの恒例のお節介。 彼らはそれを受けても良い、受けなくとも良い。それはきっとそう言う物だから。 想いを、絆を、願いを、夢を、悔恨を、苦悶を、懺悔を、祝福を、餞を。 ――自分を、確かめる為の1時間。 貴方の逢いたい人は、誰ですか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月25日(土)22:45 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●Zero Point 遠く翳む記憶の彼方。 深く沈む思い出の彼岸。 『眼鏡っ虎』岩月 虎吾郎(BNE000686)が鏡の角度を調整し、居並ぶ5人を順繰りに見回す。 己自身の記憶と合い見える。既に過ぎ去った過去に思いを馳せる。 それは足踏みだろうか。それは栓無き後悔だろうか。それは無意味な感傷だろうか。 そうかもしれない。そうでないとは言い切れない。けれどそれは。 それは、きっと―― ●Tear Drops ――ねえ、おぼえてる? あの日しゅんくんが言ってくれたこと。 そっか……もう13年にもなるんだね。随分、離れちゃったな。 揺らいだ世界。紡ぐ声。広がった光景は良く見慣れた――見慣れた筈だった“彼”の部屋。 テーブルの上には蝋燭の並んだケーキと、2つ重ねられた白磁の皿。 それが何処であるかを理解して。 それが何時であるかを思い起こし。 そこに座っている未だ幼さが僅か覗く表情を、漸く瞳に映し出す。 『風切り雀』天羽 琴音(BNE002701)は瞳を細め、そうして、笑う事に失敗した。 仲睦まじく寄り添う彼の瞳に映るのは、今と大差ない筈の自分で。 けれど、今よりもずっと幸せそうで。 苦しい位に、辛い位に、幸せそうで。 ぽろり、一滴。どんなに我慢しても寂寥感が込み上げる。 ねえ、わたしはすっかりおばさんになっちゃったけど。 この腕は、まるでスズメみたいになっちゃったけれど。 それでも、しゅんくん。あの時みたいに頭を撫でてくれるかしら。 前みたいに、「可愛い」って言ってくれるかしら。 ――静かな。静かな。古びた教会。 小さな少女の瞳に映るのは大きな背中。少しかび臭い教会の匂い。 そんな物とっくに忘れていた。忘れていたと、思っていた。 けれど、忘れられる筈がなかったのだ。掠れても、薄れても、想いは消えない。 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は一人、その子供の小ささに苦く笑む。 頭に載せられた手は。とても力強くて。温かくて。揺ぎ無い物に感じられたのに。 「助けを求めてる奴がいるんだ」 祈りを終えた、彼の言葉を忘れない。その日の眼差しを忘れない。 良く目を凝らせば、彼の表情はいつもより堅く。その指先は震えていた。 神父様も、恐かったんだ。 気付かなかった。気付けなかった。けれどそれに気付けたからこそ、思う。 「だから、行かないと」 そう告げる事が、一体どれ程難しい事か。 大丈夫だと、微笑んでみせる。その仕草に込められた想いが今やっと、繋がった。 恐れを知らぬ超人ではなく、大義の為に死ねる英雄でもなく。 彼は無口で人付き合いの下手な、人より少し優しいだけの男性だった。 言葉少なに、けれど不器用に微笑むその仕草が好きだった。 彼女の前を真っ直ぐ歩くその姿に憧れた。 いつかその背に追いつくのだと。いつか彼と共に沢山の人々を救うのだと。 そう願っていた。そうなる日を信じていた。 神様が例え無慈悲だとしても。 その位の希望は叶えてくれるんじゃないかって―― ――2005年9月1日。 一人娘の5歳の誕生日。その前日。家の中は何処か何時もより緩んだ空気で満たされていた。 少女もまたそれを敏感に悟ってか。両親に全力で甘えている。 それが、彼女にとっての最初の記憶。それが――彼女にとっての、最後の記憶。 『緋月の幻影』瀬伊庭 玲(BNE000094)の眼差しが揺れる。 久しぶりに見た父親と、母親と。そして、幼い自分。 其処に映されていたのは幸せそうな1つの家族の姿で。当たり前の様な、日常の光景で。 「……っ」 思わず上げかけた声を、手を、心の奥で押し殺した。 家族の様に扱ってくれる人も居る。一人で寝る事にも、慣れた。 でも。 けれど。 もう少しだけ。 傍に居たかった。見守っていて欲しかった。 そう思わないと言ったらそれは、きっと、嘘になってしまうから。 「父上……母上」 声に出して、確かめる。滲む視界を振り払う事もせず。真っ直ぐに。ただ、真っ直ぐに。 ●End Point 燃えていた。壊れていた。踏み潰されていた。打ち砕かれていた。蹂躙されていた。 街の景観は瞬きの間に軒並み崩壊し、悲嘆と非難の声が残響の様に響く。 数分前まで人で溢れていた街道には砕かれたアスファルトと、濃密な、咽る程の鉄の香り。 何が起きたのか、まるで分からなかった。 閃光、そして押し倒された車体。意識を手放していた時間は幾許か。 目を開けてみれば、世界は地獄に変わっていた。 「……え?」 体が浮いている様な不安定な姿勢、隣の席にめり込んでいるのは電柱か。 そこには彼の父親の頭が有った筈なのに。電柱が邪魔をして、まるで、肩から下しかないかの様に。 「――カイ」 席の後ろで声がした。慌てて視線を向ければ、横倒しになった車はその下部が拉げている。 一方でシートベルトにぶら下がる様に空中に身を横たえている妹は、これと言った傷も無く無事な様に見えた。 「カイは……無事?」 妹の更に下。見えたのは、彼の母親の半身。源 カイ(BNE000446)は忘れない。 その声を。その別れを、忘れない。 「……そう、良かった」 彼の母の足は、車体の下に潰されていた。意識を取り戻した妹と、カイ。二人は必死に手を引っ張った。 けれど、子供の膂力にその鉄の塊は余りに重い。ちょろちょろと、漏れる水の音。 刺激臭に気付いた彼女が、2人を押し退けたのは――それは必然と、言えるだろうか? いいや。果たして、誰がそれを当然と嘯けるだろうか。誰がそれを当たり前だと謳えるだろうか。 逃げなさい――と。死の淵で。命が繋げるかもしれない場面で。では、一体誰が。 けれど彼女は笑ってそう言った。血の気の無い白い頬に、えくぼを浮かべて手を引く二人を突き放した。 引火したガソリンが車ごと吹き飛ばす。燃え上がり、燃え盛り。 呆然とその煙を目で追えば――夜空は赤く赤く染まっていた。 長い夢でも見てるんじゃないか、と。想う事が偶に、ある。 『紺碧』月野木・晴(BNE003873)が持っている記憶は、激しい揺れと、轟音と。それだけ。 それだけだ。他にはなにも無い。ずっとずっとそれを地震だと思っていた、彼からすれば尚更に。 彼が巻き込まれた大事故もまたその一端だったのだと、後から教えられた彼からすれば尚更に。 この世には、神秘と呼ばれる物が有るのだと。幸運と運命の果てに漸く到った彼からすれば――尚更に。 「良かった」 酷い事故だった。エリューションによる災害。横転したトレーラー。14台に及ぶ玉突き事故。 死者13名。重傷者9名。その全てが病院に運ばれた後死亡した。記録では――そう言う事になっている。 けれどその人は。彼の前で、煙の様な何物かと真っ向から相対したその人は。 惨劇の中から、物語のヒーローの様に晴を救い上げたその人は。彼を見て、心底からそう言っていた。 家族は、死んだ。自分もまた、その時にきっと死んだのだと思う。 だから晴には分からない。何が良かったのだろう。だから晴には理解出来ない。 どうして彼女は泣いたのだろう。 運命ってなに? 奇蹟ってなに? 幸運ってなに? 祝福ってなに? 偶々、彼は事故に合い、偶々、彼の家族は死に、偶々、彼は生き残った。 それはほんのボタンの掛け違いだ。彼は何もしなかった。結果だけを押し付けられた。 その光景をもう一度。目の当たりにして今尚思う。 自分よりずっと頑張ってるのに、運命に気に入られない人もいる。 自分よりずっと正しく生きているのに、不運に苛まれる人もいる。 そんなのはもう、どうしようもない。 頑張ったって報われないし、何もしなくたって救われる。そう言う物だと思う。 例え晴が生きていた所で、それは彼女にとっての幸運でも何でも無い筈だ。 どうしてそんなに一生懸命になってしまっているのだろう。 投げたコインの表裏で、それほど大喜びする理由分からない。どうして? 何で? 瞬く子供の自分と、瞬く今の自分が重なり合う。 ――どうして、彼女は泣いたのだろう。 穏やかな日々は一瞬で途絶する。それを彼女は狼と捉えた。 鋭く、大きな、神々しいほどに――猛々しい、白狼。曖昧であった筈の記憶。細部のぼやけた光景。 けれど彼女の両の眼はそれを見ている。理解出来なくとも確かに見ていた物を――幻想の鏡は仔細に描き出す。 “現在”の玲の動きが凍り付く。武器を、と視線が泳ぐも観測者でしかない彼女には幻想纏いすら反応しない。 鋭い爪に父親が切り裂かれる。母親の喉に牙が突き立つ。速い。余りにも速い。あたかも疾風の様に。 僅か10カウントの間に2人の人間が死んでいた。巨狼が見る。視線が合う。 体躯が凍て付き、或いは灼熱する様な、悪寒。すぐ様踵を返したその獣が何処へ去ったかは欠片も知れぬ。 ただ、左目が途方も無く熱かったこと。流れた赤い血液が、何故かとても綺麗だった事。 憶えているのは――ただそれだけ。 時間が経ち、ただ静かな部屋の隅。 怯えたまま這い寄る。幼い自身が流れた血色、染まった畳みに舌を這わす。 “父上……母上……” ぴちゃり、ぴちゃり。響く音に想起する。嗚呼――そうか。失くなってしまうと、想ったのだ。 その温かさが消えてしまえば。厳しい父と、優しい母との絆が、消えてしまう様に感じられたのだ。 だから。 「――っ」 滲んだ視界が、いよいよ曇る。もう少しだけ。もうほんの、少しだけ。 例え死に顔であっても。例え思い出したくも無い悲劇であっても。 この想いを忘れたくないと願うのは、我侭なのだろうか。 ●Remember Mirage ――そろりと伸ばされた手が、髪に乗せられる。 息が止まるかと思う。その手の温かさ。錯覚だと、幻だと分かっていて。 けれど、それは彼女自身が体験した出来事だから。想い出せなくて、忘れ切れない思い出だから。 柔らかく髪を撫でる手と、自身を見つめる眼差しが、優しくて。切なくて。息が出来なくなりそうで。 “琴音”――と、呼び掛ける声。頭に載せられた重み。 その後何て言われるのか。思い出せる。憶えている。 “良く似合ってる。可愛いよ” そう言って微笑んだその表情を、もう一度。 それを見て、やっと分かった。そうか、これを思い出したかったんだ。 13年もの年月を、唯独りで生きて来て。思い出せる事がどんどん減っていって。 その度に、強くなったのだと思っていた。その度に、大丈夫になっているのだと思っていた。 でも、そんな事無かったんだ。 幻だ。分かってる。過去は変えられない。分かってる。 けれど、だからって切り捨てて、良い筈がなかった。それはだって、大切な。とてもとても、大切な。 「――しゅんくんっ!」 忘れない様に。立ち止まらない様に。もう一度、飛び立てる様に。 その笑顔を、忘れない。その仕草を、その手触りを、胸を満たすこの寂しさを忘れない。 でも、今位は――――泣いちゃっても、良いよね。 ――それはきっと、手が届かない程遠い物ではなかった筈なのに。 それはきっと、どうしようもない程不可能な物ではなかった、筈なのに。 幼い妹の手を引いて駆ける。それだけの事が、カイにはとても大変な事で。 転んだ彼女が落としたぬいぐるみを、そんな物と切り捨てようとした。 幼さ故の、邪気の無い残酷さと。若さ故の過ちと。そう割り切れたなら良かったのだろう。 けれど、ぬいぐるみを諦め切れなかったカイの妹は、その手を振り払う。 どうして――と。今尚思う。 劈く様な異音と共に、大地が裂ける様な閃光が視界を奔り抜けた。 其処に居た筈の妹は、彼の視界の中から掻き消えていた。誰も、何も、カイは救えなかった。 母親から託されたのに。ほんの数センチ手を伸ばせば届いたかもしれないのに。 閃光が吹きぬけた後の爆発に呑まれ、カイの意識は其処で半ば途切れる。 それでも、忘れない。最後に向けた彼の視線。その先に佇んでいた影。 細部がぼやけた、ピントの合わない、それが何であるかすら分からない、ただ圧倒的な威圧感。 いいや、それだけでは無い。それだけでは――無かった。 “それ”は、戯れていた。それは遊んでいた。それは彼らを認知すらしていなかった。 直感的に理解出来る。象が蟻を踏むぞんざいさ。それ以下だ。 カイが父を母を救えなかった事。妹を救えなかった事を、空気同然に見逃していた。 その感情を。何と名付けるべきだろう。 彼の胸に落ちたそれは、芽吹く事無き深い深い場所に今も留まり続けている。 今もう一度向き合っても、その想いに名前は付けられない。 理不尽に対する病的なまでの憎悪。日常を守る為に全てを賭す、強迫的なまでの義務感。 それを臓腑に満たし、呑み下す。理性が闇を制御する。 拳を握り、己自身の根幹と向き合う。大丈夫、僕はまだ、戦える。 けれど一方で。理性的で在らんとすればこそ、見逃しきれない問いがある。 それは今この瞬間も、カイの事を苛む矛盾。それは機の有る事に垣間見える、無情で残酷な自分自身。 僕は一体いつまで、“これ”を抑えていられるのだろうか。 ――戻ってきたのは、武器だけだった。 傷だらけでぼろぼろで弦すら切れていた。それを見つめ、杏樹は唯独り途方に暮れた。 嘘吐きと、思わなかったと言えば、それはきっと嘘になる。 大丈夫って言ったのに。心配するなって言ったのに。それに苦しまなかったと言えば、嘘になる。 だから思い出さない様にした。憧れていたから。尊敬していたから。好きで、いたかったから。 けれど今。彼女は彼と同じ道の途上にあって。だからこそ、分かる。 あの日。神父様は助けたい誰かのために戦ったんだろう。 例えそれが、己の命を賭ける事になろうとも。例えそれが、彼女を泣かせる事になろうとも。 それを、誇りに思う。杏樹は最後の最後で、彼の枷にはならなかったのだと。 そんな彼を。そんな自分を。胸を張って、誇ろうと想える。 「……神父様」 久々に目の当たりにしたその後姿は、思ったよりも小さくて。けれど未だ、彼女よりは大きくて。 神父様。私も少しだけ強くなったよ。 神父様。私も少しだけ誰かに手を伸ばせる様になった。 まだ、貴方には届かないけれど。 まだ、貴方の様には出来ないけれど。 いつかきっと、その背中に届くと信じて。 貴方の敷いてくれた道を、私は歩きます。 告げられない言葉。届かない想い。けれどそれと向き合って、もう一度歩き出そう。 理不尽に抗い不条理に歯向かって、弱くても、ちっぽけでも、心だけは折れずに戦おう。 それを、褒めてくれますか。 「でも神父様」 本当はもっと、一緒に居て欲しかったよ。 ●Zero Point 翳む視界。急速に戻る現実感。 徐々に徐々に像を結ぶ仲間達。けれどその視線の先。呆っとした瞳が宙を泳ぐ。 最後に鏡へ落ちた少年は、幽玄の境を未だまどろむ。 ――君は、大きくなったら何になりたい? 手を引いた彼女は彼にそう聞いた。 何か答えた様に思う。何か応えようとした様に思う。けれど、晴には分からない。 それに何の意味があるのか。それへ向けて頑張っても、何れは皆死ぬと言うのに。 今を楽しく、何とかなると生きる彼の根源に、蟠っているのは虚無である。 幸も。不幸も当価値であるなら、どうなろうと前向きでいられる。だから尚更だ。 そう。今となっては笑い話。なりたい物をいくつも答えてみせた彼に。 けれど彼女は、笑わなかったっけ。 ――正義の味方。 例えばそんな、御伽噺の様な絵空事を、その場で思いついただけの解答を。 彼女は嬉しそうに聞いて、頷いてくれたっけ。 「何にだってなれるわ。あなたの心の向くままに」 そんな言葉が、耳に残る。これは夢か、現実か。 「だから、自分を大事にしてね。大丈夫。思い悩むよりやってみれば――」 何とかなるから。それは、彼女の言葉だった。何度も、何度も繰り返して。 口癖のようになっていた。晴のことを突き動かす、その言葉。 無責任だって、世の中そんなに甘くないんだって、言う事だって出来ただろう。 けれどじゃあなんで、彼はその言葉をずっとずっと繰り返して来たのか。信じようと、して来たのか。 答えはもうすぐ其処にある様に感じるのに。手を伸ばせば、届くように思えるのに。 「待って、もう少し――」 もう少し。 もう少し、何だろう。 手を伸ばせば、其処にあるのは確かな現実。 分からないよと、晴は笑う。わからないこと、知らないこと、出来ないことばっかりだから。 けれど、それでも、どうしてだろう。 出来ないとだけは、言いたくない。分からないままで、いたくない。 それに意味なんてない筈なのに。頑張ったって――無駄になるかもしれないのに。 「大丈夫」 口ずさむ。まるで確かめる様に。 「何とかなるから」 口ずさむ。あたかも祈るかの様に。 ――1999.08.13 世界は終わり、そして始まった。 幕間に毀れた想いの残滓は、けれど決して失われる事無く。誰もの奥で眠っている。 そして夜が明けぬ事の無い様に。眠りが醒めぬ事の無い様に。 想いは時に彼らを動かし、そしてその背を幾度も押す。現を生きる人々に、夜明けの足音が止む事は無い。 夢は終わった。明日を、始めよう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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