●八月二十日 ヤマノケ 「ここらは、ヤマノケが出るんでさぁ」 「何ですか、それは」 『俳座』巡 三四郎は、ハイヤーの運転手が呟いた単語に興味を惹かれた。 ちょうど正午の昼食時。 炎天が最高潮に達して、コンクリートの上にもやが生じている。遠方では道路が鏡のように光り、蝉どもの声が耳にやかましい。蝉に混じって猿の声までキーキー聞こえた。 「ヤマノケはヤマノケさ。ここの家人はみんな狂っちまって連中の仲間だ。すると財産は村の持ちってえシキタリだ」 ハイヤーの運転手は、汗を手ぬぐいで拭きながら、誰も居なくなった家屋の奥よりキュウリと味噌、握り飯と西瓜を拵えてきた。 三四郎は喉が乾いていたので西瓜に手を伸ばした。赤々としてズシリと重く、何ともみずみずしい見事な西瓜だった。 しゃく―― 「全体、要領を得ないですね」 三四郎はアークと遭遇した後、逃げるように村を去り、そのまま休暇を謳歌していた。ハイヤーやタクシーを掴まえては、行き先も曖昧にぶらぶらとアテもなく天地を満喫していた。 「おおおお、じゃ話そうかい。ヤマノケっていうのは、山の神さんのバチだよ」 「バチですか」 ハイヤーの運転手は、角刈りで恵比寿の様に人のよさそうな顔をしていた。やはり暑いのか、青いワイシャツには紺の染みが浮き出ている。 「昔からここいらは猿害が酷くてね。でも退治しすぎると神さんが怒って、ヤマノケを放つのさ。憑かれると物の怪みたいにイカれちまうんさ」 「それで」 「それでったって、これでお仕舞だぜ」 「もっと何かあるだろう。カタチとか色々」 運転手は「カタチねえ」と顎に手をやりながら立ち上がると、考える様な仕草で再び奥へと行った。 三四郎は手ぬぐいを出そうと鞄を手繰り寄せると、鞄の中はとっくに錆び臭さかった。先日入手した刀のせいか。 錆び臭いものを鞄の奥から出す。巻いた布をくるくると解くと、やはり錆びて折れた刀が正体を現した。 「ヤマノケってのは、こんな姿さッ!」 運転手がガバッと飛び出した。 三四郎は思わず飛び退いて、刀を向けた。 「……仰天しました。何をやっているんですかね、君」 その姿は、ジャケットの両袖に腕を通しながら、ジャケットを頭に被るような形だった。特撮怪獣で胴と顔が一体化したものともつかない。 「おおおお、きょうてえ(怖い)、噺家先生。物騒だね」 「見ての通り襤褸なのでね、包丁にもなりませんよ」 「ハッハッハ、ヤマノケが出てきたら、噺家先生がえいやッ! と退治してくれんですな! ――さ、熱いうちに」 運転手は汁物も拵えていた。 丼からは子供の手のようなものが生えていた。三四郎は思わず身を引いた。 「猿肉を使った猿汁でさぁ。名物なんで」 「愚生は結構です」 キーキーと猿の声が遠くに聞こえた。 ●八月二十五日 てんそうめつ 日付が変わった頃合いに、急ブレーキが踏まれた。 近道だと言って運転手が入り込んだ路は、やがて舗装が途切れて砂利道になり、とっくに要領を得なくなっていた。砂利道で踏まれたブレーキは、1mも2mもずざざと滑る。 「全体、どうしたんだね、君」 「は、噺家先生。おい、聴こえないか?」 「何がです」 昼間はやかましく鳴いていた蝉が、とうに鈴虫と交代している。森が月光を隠して墨色に染まっている。三四郎が耳を澄ませたが、聴こえるものは鈴虫ばかりだった。 「ほら、"テンソウメツ"って言ってやがる」 「愚生には聴こえないがね?」 運転手の顔には恐怖が浮かんでいた。 カーナビ等からの光を受けて、汗が噴き出している様子が見える。しかし、三四郎には何も見えず、一向に解しかねた。 「うわあああ! 出た! ヤマノケだッ! く、くるな、くるな!! 先生、何とかしてくれ! ヤマノケだ! あそこ! あそこ!!」 運転手は突如暴れだした。 「だめだ、俺は逃げるぜ! 逃げる!」 「落ち着きなさいよ」 運転手は飛び出すように車外へ出た。そのまま5mほど走ると、ピタリと動きが止まる。 三四郎は得物と、先日得たヤイバ物を携えて車外に出た。運転手に近寄ると、なにやら痙攣している様子だった。 「君。さっぱり解しかねるんだがね」 三四郎が触れると、運転手はけたたましい笑い声をあげた。 弓なりに上体を反らして、やはり痙攣しながら笑う。闇の奥へと響き渡るような笑いだった。 口角に泡を溜めて、ダラダラと涎を垂らす。左右の目の焦点はあちこちを飛んでいる。 『てんそー……めつ、てん……そーめつ』 どこからか、謎の唱和が周囲から聞こえた。 運転手の笑い声の中でもはっきりと聞こえる。夜闇に反響するような声色だった。 それは、やがて輪唱のように多く聞こえ始める。次第に合唱にように大きくなる。 三四郎がライトを照らすと、茂みの奥から得体の知れない者共が集まっていた。 その姿は、正に頭が胴にめり込んだような異形。 衣類は無く、肌は白カビが生えたように真っ白で、血管のような筋が所々に走る。 大人。子供。中には猿もいる。一本足で腕をむちゃくちゃに振り回しながら、跳ねて、ケンケンパの要領で近づく。 「いやさ、呪わば穴二つですかねえ」 三四郎は、自身が携えた"箱"と"刀"をチラりと見た。 次に運転手を見れば、相変わらず狂ったように笑い転げていた。 ●黄泉ヶ辻 「『俳座』巡 三四郎。黄泉ヶ辻の……幹部です」 「幹部?」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に2冊の資料が手渡された。 1冊目。この人物についての調査がまとめられている。 経歴は何とも得体が知れない。 過去、黄泉ヶ辻が起こしたアザーバイド拉致事件や、黄泉の狂介の一件などにも首を突っ込まず、他の幹部へ協力する訳でもない。 「どうやらその本分は"窓口"らしく、そして――」 イザコザが起こった時の"駆け込み寺"であるらしい。 "裏方"が故に今まで名前が上がらなかったのか。 資料の2冊目を逸ると、前回の顛末に終始していた。 見れば、怪異と見るやひょこひょこと触りに行って、悪化させて放置している。対処に向かったリベリスタと、世間話を交わしつつ逃げる。交戦していない為、実力は不明――要約はそういう内容だった。 リベリスタが今回も似たような話か、と和泉に問う。 「はい。コードネーム『ヤマノケ』の殲滅が優先です。ヤマノケが巡を追って、人里へと流入します」 両方討ち取れ、と言わない辺りで実力未知数である事に警戒しているのか、フィクサード自身が起こした事件ともつかない為かは定かではない。 「ところで、これは増殖性革醒現象?」 何処かに大本のエリューションが居るのではないか。 しかし、和泉は首を振る。 「発生原因のエリューションは確認出来ませんでした」 なんとも解せない。 ヤマノケ、何に憑かれたかは知らないが、引き摺り出す手段を持っていけば、"まだ人間"である者を助ける事ができるだろうか。 鬼魅が悪い。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月03日(月)22:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●不安の断片 -Fragment of Fear- 夜の森。 月光は、鬱蒼とした葉々に遮られて、光さえ届かない。 じっとりとした重苦しい湿気が肌に張り付く。呼吸の度に、青臭く生臭い湿気が鼻をくすぐる。 墨色にしては薄過ぎる。真っ暗というのは青すぎる、山の夜。 耳には鈴虫の音色と、自らの歩み。幽寂とした静けさの他には何も無かった。…… 道なき山路を進むリベリスタ達の胸裏は、大小多様に薄暗いものが陰っていた。 「ったく、本当に休暇だとしてもだ」 『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)は毒づいた。 「これじゃ厄介事をバラまいてるのか、見つけ出してるのか分かったもんじゃねぇな」 小烏は、かの黄泉ヶ辻のフィクサードと顔を合わせている。 何とも油断ならない。幹部は初耳だったが、ならば一層に、ロクでもない本性があるのかもしれない。 考えが順繰りしていた。 「怪異を呼びよせる男か……いかにも黄泉ヶ辻らしい」 小烏の後に続く『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が誰ともなく呟いた。 インターネットで事前に調べて来たが、不気味な話に終始していた事を思い出す。 この仕事をしていれば、神秘には慣れている。慣れているが、迷信やオカルトといったものが、現実に目の当たりになる時は筆舌につくし難い奇妙な感覚が起こる。 「『ヤマノケ』『ハッカイ』『物部天獄兼平』……どこかで聞いた事あるもんばっかりやね」 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)が、呟きに応じる様に名称を繋ぐ。 伏しがたき名の物品。伏しがたき怪異。 日々オカルトに触れている椿の胸裏で、好奇心と、陰るものがせめぎ合っていた。 「厄介なものですね」 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が感情を押し殺した声で言った。 感情を押し殺す仮面は着用している。 一見して、今回の事件はフィクサードの方も事件に巻き込まれた様に見られる。 エリューションも、別段特殊な者ではない。攻撃すれば倒せる。戦えば倒せるのだ。 「よく分からないモノは良く分からないなりに不気味です」 那由他・エカテリーナこと『残念な』山田・珍粘(BNE002078)は、ヤマノケの醜悪な外見に反吐が出そうだった。 「キャンプ場で見かける虫みたいに、対処に困りますよねー」 良く分からないものは、良く分からない虫のようにしてしまおう。平手で、剣で。 事後の有様を思い浮かべて微笑を禁じ得なかった。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)と『足らずの』晦 烏(BNE002858)が並び行く。 「烏は物知りだな。なるほど鎮めのコトハが彼らに届くといい。なにせ、今宵は語りぐさではない本物の怪異と対面だ」 「それだけなら良いんだがね、うん」 「どうしたのだ?」 「巡君に野暮用があるんだ」 「……ヤマノケって確か、漢字で書くと山の怪だし、妖怪の一種だよね」 『持たざる者』伊吹 マコト(BNE003900)は、隣の空間に語りかけるように言った。 見えざる相棒からの助言に一理あると応答する。 「しかし神様だったらやり辛いよね――っと、そう言っている暇もなさそうだ」 明かりが茂みの向こう側から見えた。 : : : 「よう兄さん、また会ったな。今日も怪異に好かれとるようで」 「おや、確か小烏さんでしたねえ」 遭遇した三四郎との話は早かった。 小烏を見るや、三四郎まるで旧友に会ったような調子で扇を出した。 「それとも、人を呪わば穴二つ。何か心当たりがおあえりかねぇ」 「呪いの類が得意ですので、変なのを呼んじまうんじゃないのですかね。分かりませんが」 芝居掛かった飄然とした振る舞いをする。 「辻の巡の君か、噂は兼ね兼ね。……成る程、確かに厄い」 烏は、ある事件でチラチラとする"巡"について幾つか握っていた。 まるで接点が無いような事件だが、何か応答が得られるだろう。と考えていた。 「『弦の民』んトコで活躍された晦氏でしたかね」 「――? 巡君は、あっちにも絡んでるのか?」 脳裏にあった事件とは、異なる事件だった。 「ならもっと話が早いな。ボクたちはそれなりに精鋭だぞ。数に差があれば貴方がお強いとはいえ、わざわざ、戦う愚を冒す意味はないと思うがな」 雷音が前に出る。 「確かにその様ですね、朱鷺島さん。チャプ――っと、よしましょう」 「!? 今、何と言ったのだ?」 怪談話を巡らせる御仁にお付き合いするのも一興、と直前まで考えていた脳裏が一気に乱れ、別のフィクサードが浮かぶ。 イザコザが起こった時の駆け込み寺は、リベリスタの顔を見て愉快そうに嗤った。 「……厄介ですね」 「やな感じっすね」 京一とマコトは会話に耳を傾けていた。何とも会議での、相手を出し抜くやり取りの様な印象を受ける。 「どぉも、三高平大学オカルト研究会部長の依代椿やよ、以後よろしくなぁ」 「ほ、オカルトが好きとは気が合いますね」 椿は此処で引いたらあかん、と陰るものを塗りつぶそうと念じる。 それでも塗りつぶせない小さなシコリが、居座って離れなかった。 「ちょっと、そこの歩く厄災。この状況を呼びこんだのは半分あんたでしょ?」 「愚生の意図じゃないんですがね、君」 片づけぐらい手伝っていけ、という綺沙羅に対して、三四郎は腕を組んで首を傾げた。 「こんばんは、三四郎さん。那由他・エカテリーナと申します」 「これはご丁寧に、那由他さんですね」 「たまには、放置でなく最後まで見届けても良いんじゃないですか?」 珍念の言葉に、ふうむ、と傾げていた首を正す。 「ふうむ、まあ休暇の終わりには良いでしょう」 古びた刀を構える。 「皆さんの楽しみを奪うのも忍びない。『陰陽・逆星儀』」 リベリスタ各々の武器に、逆さの五芒星が生じて何かが付与される。 「おい、兄さん何をしたん」 「じきにわかりますよ」 不安の断片。 三四郎は扇で口元を隠し、ぴらぴら嗤うとその辺の岩に腰掛けた。 ――ここで「てんそうめつ」の唱和が流れる。 ●山の怪 -Mountain Curse- 『てん――そう、めつ』 合計で20匹のヤマノケが迫った。 「嬢ちゃん方にはあんま近付くなよ」 小烏は宙返りをしながら式の鴉を放ち、後方に着地する。動かない三四郎をチラチラと警戒する。 鴉はくるくると舞い、人間ベースの人ヤマノケの一体の顔の部分を突き破って向こう側へ抜けた。 雷音も三四郎を警戒しながら氷雨を降らす。 「これ以上アークに借りを作ってもしかたあるまい。余興代わりに共闘はいかがかな?」 「よくばり様ですねえ。付与だけでよいでしょう」 支援は、得体の知れない付与だけ。攻撃が強化された実感は無い。防御も速度も。 雷音の氷雨が、刀儀を伴って全体に降り注ぎ、凍結したヤマノケがバタバタと倒れる。 雷音は京一にアイコンタクトを送る。 「そうですね。念のため――ブレイクイービル」 京一の強力な破邪の光が、不安を払拭する。 何であったとしても、この光で消し飛ばせない異常は無い。 「皆さん、作戦通り行きましょう。一番の懸念が無い今なら」 京一はヤマノケ専念に徹していた。三四郎が座っている今、即座に頭を切り替える。後は粛々と撃破する事だけだ。 一人ひとりへ戦術的に適切な場所を知らせる。防御の布陣はマコトへ。里へ降りようとする逸れたヤマノケは珍念にお願いする。 「あらら、破邪する必要など無いのに」 「信用すれども信頼無しという奴だよ、巡君」 ぼやいた三四郎の横で、烏が唱和を始めた。 「転、操、滅、我汝ら諸点人民を愛眠する事、撫喪の子を思うよりも甚だし」 烏が鎮めの言の葉を紡いで、攻勢の光を撃つ。神気を伴った閃光が多くのヤマノケの飲み込んだ。 「一発ではダメか」 継続的に苦痛を与える方法を繰り返すしかない。 バタバタと倒れたヤマノケ達は絶命間際の芋虫の様に跳ね、しかし一本足で器用に立ち上がった。 小烏にど真ん中を貫かれた人ヤマノケも立ち上がる。 その穴には、素麺のような糸が動いていた。数えられない程の糸だった。 「怪談の内容と実際は違っていても、何がしか真実が含まれているかもしれないわ」 綺沙羅がフラッシュバンを焚く。焚いた神秘の閃光弾がヤマノケ達の動きを止める。するとその集団の中で、少女を見つけた。 目標の確保の為には、周囲を排除しなければならない。 一連の流れを察して、マコトが動く。 「神に類するかもしれない存在を呪うとは、人生ってのは分からないもんだね」 携えたレールガンの砲口を、固まったヤマノケへと向ける。 「この弾丸はこの身に宿す呪いの欠片さ。島国の田舎の呪いとは歴史も格も違……」 脳内存在が語りかける。似たようなものだと、一旦振り払う。 呪いの砲弾。カースブリットが、少女の前に立ちふさがるヤマノケの一体を微塵にした。 「あっは、気持ち悪いですねー」 珍念は構わず里へ降りようとする人ヤマノケを目視した。居るのならばと、多重の像を連ならせた剣で斬り裂く。 引き裂かれたヤマノケは、しかし苦しむ様子が無かった。 引き裂いたその傷口から、やはり素麺のような白い細い糸が無数に生じて、何千もの糸がびちびちと蠢く。 再生をする訳でもなく、ただ、蠢めき、連動するように手が無茶苦茶に動いていた。 「下手に人間の形が残ってる分、醜悪さも際立ちます」 ならば削ってしまえ。二本の剣を、鋏の要領で交差させたところで、運転手が背後に立って笑っていた。 小烏が一体のヤマノケの一体を絶命させる。 断面には、白いものがぎっしり詰まっている。そしてそれは、一本一本がやはり蠢いている。 縦に斬れば、まるで裂けるチーズの如き有様を見せる。 厳密に、オカルトの界隈で話されるヤマノケと違う事は明らかだった。 「……っ」 深淵を覗いていた椿が絶句した。 その正体は、およそ万人が嫌悪感を催すであろう、ある生物がエリューション化したものだった。 「ゅう』や……」 事実を掴んだ、椿が声を絞りだす。 「――『寄生虫のエリューション』や!」 「寄生虫?」 椿の声が響いたと同時の頃合い。珍念に腹を殴られた運転手は地に伏せていた。 運転手はけたたましい笑いを上げ、嗚咽しながら、げろりと拳大ほどもある素麺玉を吐き出す。 「本当に、醜悪です――」 醜悪な素麺玉から、無数に白い糸の如きものが伸びる。 伸びて、珍念へと突き刺さった。 ●増殖性革醒現象 -Kafka- 鬼魅の悪い戦いは続く。 マコトが微塵に砕いた筈の人ヤマノケは、再び集合して立ち上がる。 継ぎ接ぎの様になった次に、小烏の神気閃光、雷音の氷雨とがようやく薙ぎ払った。 雑魚にしては高い耐久力。 手厚い全体攻撃と強力な単体攻撃で数がぽつぽつと減っていったとしても、それが20匹も集えば、ついに幾つかがリベリスタに近接する。 『てんそうめつ』『てんそうめつ』『てんそうめつ』『てんそうめつ』『てんそうめつ』 綺沙羅の眼前。 一体のヒトヤマノケの顔面部が割れて、束となった蟲達が飛び出す。 蟲は、針の群れの様になって綺沙羅の腹部を貫く。 まるで移住するかのように、綺沙羅へと侵入せんと這いずる。 『はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれ……』 まるで脳をかき回されるかの様な、激しい頭痛が綺沙羅を襲った。 「てんそう、め……」 綺沙羅の口から、ヤマノケと同じ唱和が自然と漏れる。精神ジャックの如きもの。 「キサの身体はキサのもの! 勝手に入ってくるな!!」 束を掴み、ぶちぶちぶち、と無数の蟲を掴んで引き抜き、叩きつける。 これが一般人であれば、絶命、あるいは完全に乗っ取られていた事だろう。 元のヤマノケが倒れて動かなくなった。 「はあ……はあ……。この……」 氷雨を放つ。足元で蟲達も活動を止めた。 「なるほどねえ、寄生虫。やれやれ、愉快ですねえ」 椿の横で、三四郎が愉快そうに見ていた。 「知ってたんちゃう? 深淵を見るとかで」 無言の返事が返ってくる。 「オカルト話に興じたかったんやけど、忙しくなってきたわ。さっきの付与は何だったん?」 「星儀の逆なんですよ、君」 「そういう事かいな……。京一さん! 呪印封縛や!」 「ん? わかりました。動きを止めます、呪印封縛」 二方向から放たれた呪縛は、逆さの五芒星を伴って呪縛の印を宙に描く。 一撃、二撃。連撃が発動し、まだ人間であるヤマノケを捕縛した。 「あと五かい」 小烏がニ匹の鴉を構える。全体攻撃で削れたものの、猿ヤマノケは手強い。人ヤマノケよりも、耐久力があった。 フェーズが上回っているのかもしれない。 「山荒らす奴にバチ当てんのは分かるがね、ちぃとやり過ぎだ」 ふと、一つの考えが過ぎった。 猿ヤマノケのフェーズはやや高い。猿から人に渡ったと考えるべきか。 即座に二羽の鴉を放つ。 「あと三」 「きって、ばらして、ばらまいて」 珍念は踊るように一体を引き裂いた。精神ジャックを受けている。 受けているが、常日頃から逆に侵食せんばかりの精神状態であるが故に、身体のダメージはあれど、飄々な姿勢は崩さず、そしてばらまく。 「変な物に憑かれて怪異になった挙句、斬られて死ぬなんて、彼等の人生には、とても同情しますね」 ばらまいた側から、結合して継ぎ接ぎのようになる。 「炎天には怪談とは言え。それが神秘も介入するのはいかんとも度し難い」 リョウメンスクナにコトリバコそしてヤマノケ。つぎはハッシャクでも現れそうな勢いだ。と凍結の呪を描く。 「残りニなのだ」 烏が何度めかの神気を浴びせた。 しかし、浴びせてもキリがなかった。 まだまだ巣食っている。運転手はまだしも、問題は少女の方だった。 連れて返って対策をするには、遅すぎるほど進行している。 目は飛び出さん程にせり出て、眼球と瞼の隙間から糸がしわくちゃに生じている。 口は半開きで、そこからも。そして耳からも鼻からも素麺の如き糸が、宙を泳いでいる。 今ここで何とかしなければ―― 「……解は"怒らせる"――か? 無数に巣食って居るなら、多分単体だと足りない」 巣食う全ての虫を怒らせて、且つ、宿主を殺さない。そんな技が要る。とマコトは結論を出した。 「そうなるか。あの文献の話も、苦痛を与え続ける方法は――」 完全に追い払う手段ではなかった事を思い出した。 「ともあれ、全く効果が無い事はない」 烏が再び神気閃光を放つ準備をした。 呪縛で封じられているので、まだ人間は暫く動けない。 しかし、このままではノーフェイスの境界を超えるのは時間の問題だった。 何十匹かが生じて、地面に落ちる。踏む。踏めば容易く絶命する。 連れて帰る時間くらい稼げないか。 時間は無情に過ぎ去る。 「……仕方ありません」 彼と彼女は、そして、あっけなく人の境界を踏み越えた。 京一と烏は意を決した。 ●逆さの桔梗印 -R.Pentagram- 「そのハッカイ……黄泉ヶ辻やったらやっぱり自作なんやろか?」 椿は興味津々だった。 とかく、三高平大学オカルト研究会の部長を務めるが故に、好奇心が最後に勝った。 「ふうむ、ま、肯定しておきますよ」 「というか、何時の間に物部天獄まで……以前の資料は読んだけど、自分わざわざ回収しに行ったん?」 「偶然ですよ、偶然」 「二度も言わせるなよ。んな箱持ってる奴が、休暇だの偶然だの」 「で、メアド交換します?」 椿と小烏は面食らった。雷音は顔を緊張させながら、しかし黄泉ヶ辻の情報は何よりも欲しかった。 かつて携わった事件のフィクサードの名。思わぬ所で、思わぬ名前が出た事も油断ならない。 雷音が、柔和な表情で頭を掻く三四郎を睨めば、三四郎はこの寄生虫の採取を止めにした。 「では、そろそろお暇しますよ。次は行動まで好意的とは限らないのが残念ですがね」 「ワハハハ、最後の最後で、中々に愉快な休暇でした」 立ち去ろうとする三四郎に、烏は一つ訊いておきたいことがあった。 「如月大先生の所の素敵兵器、核の部分『イッポウ』か何かかい?」 「『五』まで、ですね」 「色々おっかねえ事を言うな」 どこまで手を広げているのか。どこまで関わりがあるのか。 "イザコザが起こった時の駆け込み寺"。彼らから援護要請があれば、次は敵として出てくるという事か。 ――では"また"。と言い残して三四郎は立ち去る。 「一旦は戻って報告が必要になりますね」 「ええ、寄生虫のエリューションが原因だったのならば、感染経路や人里の状態も調査が必要になります」 珍念と京一は今後の事を考えていた。 場合によっては、リベリスタとして、村一つを消さねばならない可能性が見えてくる。 「猿……?」 マコトが脳内の存在から助言を受け取る。 耳を済ませば、猿の声が遠くにキーキーと聴こえた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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