●枢軸の男 バイデンの価値観は何よりも分かり易く何よりも単純である。 戦闘を信望し、何よりも戦いを好む彼等は――必然と短命の個体ばかりになった。自らを追い込み、更なる極限の闘争に身を置く事こそを美徳とする彼等の世界においては唯長く生き残る事等、唾棄するべき惰弱に過ぎず、『戦士』たる彼等はそんなものを認めもしなければ望みもしなかったからである。 しかし――そんな彼等の中にも『例外』は存在する。世界(ラ・ル・カーナ)に遍く危険を飲み干し、闘争を喰らい散らかし――それでも生き残った個体が居たならば。常に極限の闘争を追い求め、誰より果敢に勇敢に『死』に立ち向かいながら。それでも『生き残った』個体が居たとするならば。それはまさにバイデンの王となるべく生まれた一個だったと言えるのだろう。この狭い世界に男の敵は無く、彼以上の強さを持つ存在も無い。 「あれだけ傷んで懲りないと見える! 流石だな、『リベリスタ』!」 赤き軍勢、本隊の中央で豪快な笑い声を上げたのはまさにその『有り得ざるバイデン』だった。十余年程度の種族史において、間違いなく他に比肩する者の無い彼は心の底から愉快そうに快哉の声を上げていた。 男の名は、その名こそはプリンス・バイデン――最強の巨獣を殺し、そして従えるもの。間近で地響きのような咆哮を上げた黒い巨獣の猛りにさえ、顔色も変えずに佇んでいる。 「連中の言葉、あながち酔狂な冗談では無かったと見える。 プリンスよ。事これに到れば我等は認めねばなるまいな、その事実を」 戦士イゾルゲの言葉にプリンスは満足気に頷いた。捕虜に取った『リベリスタ』は手酷く敗れた筈の仲間にもそれでも厚い信頼を置いていた。彼等が何を『第一目的』にして再びこの地を踏んだかをプリンスもイゾルゲも完全に察知する事は出来なかったが――これだけ性急ならば説明されているようなものである。彼等は自分の仲間達を取り戻す為にやって来たのだろう。 「しかし――それも枝葉だ。元より来ないならばこちらから征く所。手間が省けたというものよ。 フフ、連中を囚えた甲斐もあったというものではないか!」 プリンスの冗句めいた言葉にイゾルゲは黙って頷いた。 制圧したラ・ル・カーナ橋頭堡で『ちまちまと守る事』を良しとせず野に布陣したバイデンの軍勢はすっかり戦いの準備を整えていた。対してその相手となるアークの軍勢は侵入口たるリンク・チャンネルを背に同様の大戦力を広げている。 今、まさにぶつかり合う時を待つ両軍は大いなる闘志を湛え、戦いの始まりを待っている。運命はその先にどんな結末を望むというのだろうか? ――答えは無い。 「ああ、これが闘争の風だ」 プリンスは大きな深い息と共にしみじみと言葉を吐き出した。 「何度嗅いでもいいものだ。短くない時間の中、俺はすっかりこの風を忘れていた。己が首元に冷たく吹き付ける風の冷たさを忘れていた。突き立つ刃の熱い痛みを忘れていた。これが闘争だ。これが闘争か……!」 ギラギラと輝く獣の瞳は埃を吹き上げる憤怒の荒野を見つめている。 腹の底からせり上がる歓喜はこの瞬間にも彼を突き動かさんとまさにグラグラと煮えていた。直感は確信に似て、『リベリスタ』達が今度は一筋縄でいかない事を告げている。 プリンスは戦いに理由を欲していない。 『外』の誰が何を考えていようとも彼には関係ない。 バイデンはこの戦いに理由等欲していない。 ラ・ル・カーナがどうなろうとも、たとえバイデンが滅びの道に立たされようとも。今ここに現われるこの時間の前には関係ないのだ。 「始まるぞ、プリンス」 「ああ」 「始まるのだ、宿願が。今度こそ――」 ――我等は死ぬか? イゾルゲのその言葉をプリンスは高い声で笑い飛ばした。 「おお。イゾルゲよ! 俺達は退屈に染まり過ぎた。それ程の時間が叶うなら、それも又良い!」 ●枢軸折らば 「いやー、壮観ですねぇ。 何時見ても『異世界』ってのはちょっと……簡単にはいかないものです」 そう告げる『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)の表情は今日ばかりは少し真剣な色を帯びていた。それもその筈、今日彼女が立つその場所は――彼女自身が言う通り『空調の効いたアーク本部のブリーフィングルーム』ではない。見渡す限りに枯れた大地の広がるその風景は現代日本で中々お目にかかれるシーンではない。ましてや自身等の向かうその先で――獰猛なる獣の群れと戦士達が手ぐすねを引いて待っているとあらばそれも言うに及ばぬ当然であろう。 「いや、しかし壮観ですねぇ。強いんでしょう、彼等」 興味深そうに言うアシュレイにリベリスタは苦笑を浮かべた。 前回敗れた相手はバイデン。間を置かずに再び挑む事になったのも又バイデンである。先に発生した『ラ・ル・カーナ橋頭堡』の防衛戦に敗れたリベリスタ達はボトム・チャンネルまでの撤退を余儀なくされた経緯がある。だが、アークのリベリスタ達は防衛戦に敗れたまま、(或いは仲間を囚われたまま)黙って引き下がる程、大人しい者達では無かったのだ。戦略司令室の判断をこれ程までに早期に大きく動かしたのはリベリスタ達の熱烈な意見――それは即座にラ・ル・カーナに進撃するべしという強硬論であった。 「うーん、流石に私が引っ張り出されただけはあると言うか……」 難しい顔で独り言めいたアシュレイである。 ……そもそもが優位が確実な防衛戦に比べ、不利は否めない総攻撃に確実な勝機は無い。無いが、時村沙織はこの局面に一つの『追加戦力』の投下を決断したのだ。『万華鏡』によるバックアップの無いラ・ル・カーナにおいてアークのフォーチュナの能力は限定的なものに留まる。最も危険に晒してはならない存在を最前線に投入するのはギャンブルに違いなく、リターンが多く望めないならばリスクヘッジを考えねばならぬのは必然だった。しかし、『フォーチュナは戦闘能力を持たないが故に最前線に投入し難い』ならば『戦闘力のあるフォーチュナを使えば』問題は無い。そしてそのフォーチュナが『万華鏡に頼らずとも高精度の予知を可能とするならば』。全ての問題はクリアした上で御釣りまでついてくる話である。 「ま、皆さんにはお世話になってますからね! アシュレイちゃんにお任せあれ★」 ……本来ならば避けたい『時村沙織の借り』を代価に『塔の魔女』アシュレイはラ・ル・カーナでの作戦従事を了承した。この場に彼女が居るのはそういった経緯の産物である。尤も彼の思惑が――この戦線に極力フォーチュナを投入したくないという考えが――結果的にこの『塔の魔女』の登板を引き金に果たされなくなったのは皮肉な事実と言えるのだが。 「はい、『24、The World』でぐるんぐるんぶん回した結果ですね。 バイデン本隊の『心臓部』を効果的に強襲出来るタイミングが読めましたよ。それより前に仕掛けてもダメ。それより後に仕掛けても例のアレ――でっかいの。『グレイト・バイデン』が止まりませーん」 『心臓部』と『グレイト・バイデン』という二つの単語にリベリスタはアシュレイが告げようとしている自分の相手が誰かを理解した。それはこの戦場に君臨する巨魁である。ラ・ル・カーナ最強を自他共に認めるバイデンの中のバイデン――プリンス・バイデンの名は戦いのレポートからも、先に捕虜に取ったバイデン『ゲルン』の話からもアークの中に伝わっている。 「――皆さんには、グレイト・バイデンで此方の本隊を蹂躙せんとするプリンス・バイデンと彼の配下の精鋭部隊を強襲して貰います。彼の周囲に居るバイデン戦士の数は四人。プリンスを含めて五人。それからグレイト・バイデンです」 果たしてアシュレイの言葉はリベリスタの当然の推測を肯定した。 「勝てるか……?」 「戦力差は絶大ですね。普通じゃ無理です。プリンス様までは何とかなっても、あのグレイト・バイデンは厳しいです。なので……」 「なので?」 「今回はちょっと――正直嫌ですが、ええい! 毒を喰らわば皿までです! 私がアレを止めます。手抜きなんてしませんよ、全力です。しかし、全力を出した所で……グレイト・バイデンを捕まえておける時間は長くないでしょうね。皆さんにはその間にプリンス様と彼の部隊を叩いて貰いますよ。ちょーっと『視えた』範囲とか話を聞く限りですとプリンス様はああ見えてバイデンの中ではかなり頭も切れる方みたいですからね。彼が万全の状態でバイデン軍に君臨している限りは戦いは厳しいものになるでしょうから」 アシュレイの言葉にリベリスタは頷いた。 乾坤一擲のこの作戦、始まってしまったからには最早『理由』を語る場合では無い。それはリベリスタ達にとっても同じである。此度敗れれば余勢を駆ったバイデン達は今度こそボトム・チャンネルに雪崩れ込むだろう。背水を覚悟せねば勝負にならないのは先の戦いで分かっている。 「勝てないまでも、叩くのです。 敵の態勢を乱し、全軍の勝利に貢献する――戦いの趨勢は皆さんの活躍にかかってますよ! とっても味方(ここ重要! テストに出ますよ!)のアシュレイちゃんを宜しくです!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月23日(木)00:06 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●Shall we Dance? (目的を達して、生きて帰る――今はそれだけを考えよう) 空を見上げる四条・理央(BNE000319)の目に『地球』より大きく感じられる太陽の姿が飛び込んできた。 天より照射される熱と地より這い上がる熱い血潮が混ざり合って空気を作る。 怒号と、悲鳴と、痛みと、情熱とに攪拌された見事なるカクテルは――当然と言うべきか『彼等』にとっての格別の味わいをもたらしていた。 血風漂う闘争の風は荒々しく、肌をひりつかせるばかりである。 しかし、それは『彼等』――戦闘種たるバイデン達にとってはルーツの原初、『存在せぬ母』の羊水に包まれるが如く……といった所か。 「思うより早い再戦よな。我が剣も、我が身も。此度の因縁にその身を震わせておる――」 状況は十分な威風と威厳と共に呟いた『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)の言葉の通りであった。 「捕虜から話は聞いた感じじゃ……ほんっと戦馬鹿って言葉が似合うな……うん、やっぱり嫌いじゃないけど」 「ああ。こういう『シンプル』なのは嫌いじゃねぇよ。てめぇの弱さにゃ反吐が出るけどよ」 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)の言葉を『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が肯定した。 違うという事は時に相容れぬという事である。暴れ狂う赤い巨人(バイデン)達が高度な知性を持っていたとしても、社会性を持ち、感情や理性を持つ存在であり――単なる獣で無かったとしてもである。覆水は盆には返らず、ましてや返す事を望みもしないのでは尚更であった。 アークのリベリスタ達はこの世界に侵入し、彼等は彼等のやり方で歓待を果たしただけだ。 単純な理屈に善も悪も無い。少なくともバイデンはそれを求めず、リベリスタの多くも自覚はしなかっただろう。 「最初から決まりきった運命なんてのは御免だが……もう一度、この再戦の機会を与えてくれた運命の神様とやらには感謝するぜ」 「……ふん、幾度負けても最後には勝てば良いのだ」 残された事実は猛と刃紅郎のやり取りが示す通りである―― かくて異世界における手痛い一敗を喫したアークはボトム・チャンネルまで撃退された。 「今度は負けるわけにはいかないわね。私達の世界が単に攻め込まれるだけじゃない。 プリンス達を止めなきゃこの戦場のどこかで誰かが死ぬかも知れないから――そんなのは嫌よ」 来栖・小夜香(BNE000038)は言う。 バイデンが敵を求める以上、補足されたボトム・チャンネルが戦いを余儀なくされるのは言うに及ばない。 始まりが『どうであったか』よりも、今必要なのは『これからどうなるか』である。 アークは然程の時を積み置く事も無く再びの進撃を決定し、二度目の戦い(ここ)に到るという訳だ。 「……暑い、わ」 遠く視界の中で広がる戦塵の風景は荒涼と広がる憤怒と渇きの荒野を埋め尽くすかのようだった。 吹き抜ける熱い風が自身の髪を揺するのを左手で軽く抑えた『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は何となしにその一言を繰り返した。 「暑い」 まさに始まった大激突を目の当たりにしながら士気高くこの場に集う十人が『動き出していない』のは奇妙と言えば奇妙ではあるのだが―― 「退屈と無関心が人を殺すというけれど――バイデンを殺すものは一体何なのだろうね?」 「んー?」 口の端にヘラヘラとした笑みを貼り付け、高まり続ける緊張にもまるで気負った風が無い。全く気軽な『何時もの調子』はそのままに――いや、『昂ぶる戦場にかえって軽妙に』。『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が水を向けた先には珍しい顔――『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)があった。つまる所、一同の待機は彼女の存在こそが理由である。 「そうですねぇ。磨耗し、色を失い、破滅する人を見た事が無い訳じゃありませんけど。彼等は如何せん若過ぎる」 僅かな皮肉気を湛えたアシュレイの言は溜息交じりの調子であった。僅か十数年の種族史しか持たぬバイデンは最年長をしても十歳そこそこであるとされている。彼等程停滞を許さず、太く生きると言うならば――そも退屈とは無縁なのではあるまいか? 「さりとて、不満は何処にでもある。あれだけ生き急いでも満足出来ない『渇望』。それが彼等を殺すんでしょう」 「成る程」 マントをはためかせ、佇むアシュレイに葬識は笑ったまま頷いた。 尽きぬ事無き欲望で『死に到る強敵を望み続ける』バイデンの生き方は殺人鬼(かれ)からすれば同属にも等しい。 「――憤怒と渇きのこの大地。血流で満たせば潤うのかな?」 独白めいたその声はバイデンの精神世界を表すと共に、葬識自身が『今は未だ抑え付ける』ある種の願望を表していると言えるだろうか。 彼が著名なる魔女に友好的な調子で軽く語り掛けるのは何時もと同じ。但し『当てられた』彼の目の色が何時もと大分違うのはご愛嬌。 『フォーチュナの投入された戦場』の中でもこの場は特別である。アシュレイは戦場全体を万華鏡に頼らずとも些かも衰えぬ『魔の目』で見通し、最善最高のタイミングで彼等を送り込もうとしているのだ。 「私達の相手は――プリンス……バイデンの中のバイデン」 何処か茫洋と『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が呟いた圧倒的なその名の下に。 (闘争に生き闘争に死ぬバイデン族の最古老にして『王』。容易に届かざる存在に私達は届かさなければならない。彼らが私達に遺した痕を振り払うためにも!) バイデンの抱く死に到る病は戦場に蔓延している。冷静と共に熱情を抱く少女の体が小さく震えた。 プリンスと彼の乗騎グレイト・バイデンの実力は先に失陥したラ・ル・カーナ橋頭堡の惨状を見れば分かり切っている事実である。 アシュレイの『24、The World』により誘導された部隊は『彼女がグレイト・バイデンを捕まえている間にプリンス以下部隊に打撃を加える』事を目的としている。言葉にすれば単純明快なミッションだがその難易度は言うに及ばないものである。 さりとてこれが成らなければアシュレイの見通した『未来』は芳しくは無いのだ。この阻止がならなければグレイト・バイデンが猛威を振るうのは確定された『現実』である。如何な強力とは言え、彼等一騎が戦争の結末を決める……とまでは言えまいが、アーク側の被害が増え、戦争が不利に傾くのは明白である。 (壱也あいつらに拉致られて、別の戦場で俺は糞みてぇな真似しててよ……! 解放はされたがバイデンにゃムカついてる、それ以上に自分にも腹が立つ! 負けっ放しじゃ終われねぇ! このまま燻ってる訳にはいかねぇんだよっ――!) 咆哮搏撃・破の名を持つ黒い手甲が迸るような『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)の気合に打ち鳴らされる。 愛しい小さな恋人が――生きて帰ってきた事は知っていた。しかして、それで借りが晴れた訳では無い。『論理的にどちらかが正しいかよりも感情はやはり感情で購われるべきものである』。論理(ロゴス)ならぬ情動(パトス)を優先した戦いも又、この戦場には相応しかろう。 「やってやるぜ――!」 ある種『理不尽に』滾るような激情をぶつけるモノマの様さえ、彼方のプリンスは大笑するだろう。きっと肯定するのだろう。 「――さあ、そろそろですよ」 焦れる時間は一体どれ程続いただろう。 戦いに身を置く仲間を横目に『待つ』時間は決して楽しいものでは無かった。 しかし長いようで短いその一時もアシュレイの言葉で終わりを告げる。 「皆さんの、出番です」 激しい正面衝突に、或いは横腹を突く奇襲の成功にバイデン側の軍は乱れ始めていた。 個々の実力では上回る彼等もアークが繰り出した乾坤一擲の切り札(フォーチュナ)の技の前には戸惑いが隠せていない。 故に、この局面である。アシュレイは『最初からそれを知っていた』。場にある万華鏡無きフォーチュナ達が総ゆる必死さを見せる一方で彼女は平静と気楽さを崩してはいなかったのだ。 (それも含んでの想定通りとは言え……) そんな事実に苦笑いを浮かべた理央はある意味でぞっとする―― しかし、どうあれ――この魔女が『今は頼るべき味方』であり『戦場が新たな局面を望んでいる』のは確かだった。 「行きましょう。これは『彼らが待ち望んだ、私達の闘争』よ」 糾華の言葉を受け、頷き合った面々は力強く乾いた大地を蹴り上げた。 自らの双肩に掛かる期待と責任の重ささえ力に変えて。戦わねばならない。勝たねばならない。 「闘争本能の塊のような、バイデン。なら、その本能に俺の二刀で刻み込んでやるさ。 俺の名と、戦いの先に何を見出すかって事を。その意味を――」 『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)の二刀がギラリと陽光を跳ね返す。 「――未来(さき)が見えない輩に、負けるわけにゃいかないのさ。信念なき刃にやられちゃ、磨いたこの武が廃るからね!」 ●砂塵の社交場(ダンスホール) 戦場の混乱を引き裂いてリベリスタの一団が駆け抜ける。 それはまるで竜の咆哮のようであり、獣を食む獣の鋭き爪牙のようでさえあった―― 「さあ、頼みますよ――もって数分ですからね――!」 珍しく強い声を張ったアシュレイの一声が響く。 彼女が『超』高速詠唱で組み上げた魔術式は宙に地面に無数の幾何学式――に似た何か――を展開し、聳えるが如きグレイト・バイデンへと収束する。地鳴りの如し野獣の咆哮がビリビリと空気を震わせ、唇を噛んだアシュレイの白い肌に汗が伝った。 「首尾良く、行きましょう」 理央の翼の加護を受け――各々は自分の準備を終えている。 「此方から行こうと思えば――自ら来るか、リベリスタ!」 出現した『敵』に歓喜の声を上げたのは巨獣の骨の大戦斧を備えたプリンス・バイデンその人である。 プリンスの下には想定通り四人のバイデン戦士達が従っている。黒獣を縛り付ける魔力の枷をちらりと見上げ、それから逃れようと暴れるグレイト・バイデンの姿を確認した彼の顔には凄絶なまでの笑みが乗っていた。 「フフ、素晴らしい……! グレイト・バイデンさえ食い止め、この俺の首を狙うとはな。そうでなくては赴いた意味も無い!」 その実、グレイト・バイデンを食い止めるのは厳密には『リベリスタ』では無かったが――プリンスには知れぬ事情である。向かってくる敵に迎撃の構えを取ったバイデン側の部隊に対して――攻め手たるリベリスタも無駄な時間を使う気は無かった。 「この顔――まさか忘れてはいまいな? バイデンよ」 「戦うのは、テメェより格上の奴じゃないと意味が無い! そうだろう、バイデンよぉ!」 重く強い踏み込みは、その一方で疾風のように速くもある。 素晴らしい反射速度で動き出したのは刃紅郎、ほぼ同時に彼に続くのは強く気を吐いた猛である。 「――さあ、死線を踊りましょう?」 華麗な仕草から身を翻した糾華の常夜蝶が昼を舞う。 弾幕となって敵陣へと降り注ぐ彼女の先制攻撃は飛び込む二人を援護するそれ。 撃ち放たれた煌きにバイデン達はまるで『ダンスのステップを踏まされているよう』である。 「フフ、覚えているぞ。大剣の戦士!」 「随分と早い再会となったがな。それも良いだろう」 さりとて鮮やかに先手を打つ心算だった二人の動きは『彼等を上回る速度で前に出た』プリンスとイゾルゲの動きに阻まれた。 奇しくも素早く前に出たリベリスタ側の前衛は先の戦いでプリンスとイゾルゲに相対した事もある二人であった。作戦遂行が可能な時間に『アシュレイの限界まで』という制限がある以上、リベリスタ側には急がねばならぬ理由があった。パーティはまず素早くバイデン戦士クウラに集中攻撃を加え、この首尾が良ければ戦士ピルロウを――時間が掛かるようならばプリンスを攻撃するという作戦を立てていたがやはりと言うべきか、バイデンの精鋭は一筋縄でいく相手では無い。糾華の加えた攻撃をものともせずに弾き飛ばしたプリンス、大半を捌いたイゾルゲは衝突する刃紅郎と猛に対してそれぞれ先手を打って仕掛けてくる。 「く――!」 先刻承知の大戦斧の一撃は隆々たる肉体をしても容易に捌けるものでは無い。 横殴りの死の一撃を――辛うじて縦に構えた獅子王の『煌き』で受けた刃紅郎だったが腕ごと持っていきそうな程の衝撃は彼の顔に苦痛の色を浮かべさせるに十分であった。 「……ってぇな、畜生!」 そしてそれは強かなるイゾルゲの槌の一撃も――猛の側も変わらない。 「――っ、癒しよ、あれ!」 ここですかさず――タイミング良く小夜香が聖神の奇跡を降臨させるがその回復も十分には足りていない。 その身を苛烈に鍛え上げ、十分な耐久力を持つリベリスタであろうともその威力の前には命懸けは当然の事。パーティは各々が狙った相手の対戦相手を勤める青写真を描いていたがそれは些か甘い。速力で敵が上回れば少なくとも初動が乱れるのは必然である。 刃紅郎、猛の二人が目の前に立ち塞がる戦士を一先ず相手取る。その一方で手数に勝るリベリスタ側は更なる動きを見せていた。 「そこ、代わるわよ」 唯の一合で傷んだ猛に並びかけたのは単発銃を手にした涼子だった。 パーティの元よりの作戦では彼女がイゾルゲの抑え役を果たす事になっていた。 「確かに――アンタは強いんだろうさ。わたしは弱い。それこそ涙も出ないぐらいに。だけどね」 並びかかる動作から狙いを定め――彼女が撃つのは同様に動き出した『本命』のクウラである。 「……だけど、殺して死ぬだけの強さ、うらやましくもない。そんな強さ、わたしはなんとも思わない」 「戯言を!」 掠めた銃弾に赤黒い血を零すそのクウラであった。 目を見開いて彼女に飛び掛る彼のその硬質の爪が柔らかい女の肉に潜り込む。 「死ね――」 殺意を剥き出しにするクウラ。涼子の膝が揉み合うクウラの腹に刺さり、両者が飛び退く。 よろめいた彼女に更に襲い掛かるのは剣を振りかぶったグワランであり、後方よりパーティ全体に黒く輝く光を投げ放つピルロウであった。 「――生きてるから、痛いわよ、この糞野郎」 悪態を吐く涼子の口元は奇妙に歪んでいた。常人ならば死んでもおかしくない程の攻勢を浴びながら――運命に縋る必要も無く立ったまま。運命が彼女に与えた筋書き(ドラマ)はこの場で彼女が倒れる事を認めていないという事だ。 「そのちっぽけな得物じゃ、わたし一人だって倒せないね」 「いいだろう! その小さな体、この俺がバラバラにしてくれる!」 涼子の挑発にイゾルゲが吠える。 特別な闘争は大いなる乱れを戦場にもたらしていた。 「ラ・ル・カーナの風が……俺の封印の一つを解く。だが、呪いと混沌のこの力、活用させてもらう!」 生命体に例外なく存在する『リミット』も吠えた竜一にとっては無用のもの。 闘争の風はあくまで激しい戦いを望んでいる。ならば、その腕を以って応えるのみか。 「小細工なしの、真正面からの殴り合いだ! 簡単に倒れてくれるなよ!」 前に出たクウラに仕掛けた竜一の剣閃が襲い掛かる。 戦場にDead or Aliveを試すかの大技も彼に掛かれば二閃である。鋭く払われた切っ先にクウラの胴のその肉が掛かって削げる。 「ハッハア! いいぞ、リベリスタア!」 「面白い!」 痛みに却って昂揚した声を上げるバイデンは非常識なまでの戦意を備えるまさに戦士であった。 スイッチの入った竜一はしかしその程度を軽く笑い飛ばす。 「よぉ、大将!うちの壱也が世話んなったなぁっ!」 続いて飛び込んだのはモノマであった。 「ハシバイチヤの縁者か? フフ、恨み言を頂く謂れは無いがな。いい目をしている――」 「――抜かせッ!」 やはり、リベリスタ側は手数を武器に畳み掛ける他は無い。個々の能力が少なくとも敵首魁を大きく下回っている事がハッキリしている以上は――息も吐かせぬ連続攻撃を叩き込む他勝機が無い事は知れていた。『制限時間』が無かったとしても、リベリスタ側の考えは変わるまい。 余裕を見せたプリンスの懐に抜群のバネを見せたモノマの小柄な身体が飛び込んだ。最も強く死の匂う――本能が警告するプリンスの直近にも戦闘動作を一つのルーチンにまで高めた覇界闘士の武技は怯まない。 「――――ッ!」 刹那の空隙を縫い、裂帛の気合と共に掌打する。 絶大なる力を誇るプリンスに、生半可な攻撃等全く跳ね返してしまう彼の肉体に痛みを刻んだのはモノマが幾度と無く修め練達してきたまさに蜂の一刺しであった。 「大した技だ。久々に感じたぞ、痛みというものを!」 「……くっ!」 しかしプリンスは動じない。効かぬ筈は無い気の一撃を浴びながらもジロリとモノマを見下ろすその目は喜びの色さえ含んでいた。 飛び退く彼を追いかける視線は新たな強敵との出会いを歓迎するものに違いない。 「馬鹿げた化け物だ――」 「――だけど、それが俺様達の相手なんだろ」 後方よりMuemosyune Breakを構えるのは狙撃手たる木蓮である。 「一番偉そうで、一番強いバイデンか……なるほど、確かにこりゃイザークが少年と言われる訳だぜ」 呆れたように言う彼女はしかしそれでいて何処か嬉々としているようにも見えた。 「お前らが誇りを持っているもの。それを見せてほしい。見せてくれ。俺様もこの身と心を以って応えよう――いくぜ!」 「私も、一緒に――」 声と火を噴く火砲の轟きはほぼ同時だった。『記憶を撃ち抜き壊す』意味を持つ三十口径の半自動小銃とエウリス・ファーレ (nBNE000022)の放ったフィアキィはパーティの作戦通りクウラを襲う。素晴らしい技量を持つ彼はこの攻撃もある程度凌ぐが態勢が乱れたのは間違いない。 「こーいう怖いところで戦うのは性分じゃあないんだけどな~」 戦場には似つかわしくない間延びした声の主は、 「後ろに控える魔女姫様も頑張るこのご時世。殺人鬼も、同属(おに)殺しに勤しむのも一興か」 しかして、ある意味どのリベリスタよりも殺し合いの鉄火場を愛好する者でもある。 逸脱者の振りかぶる大鋏が赤く血の色を帯びればそれは致命に及ぶ呪いの一撃と変わるのだ。 (ブラックモアちゃん、『そっち』はよろしくね~) 爛々と輝く目で葬識が斬り付けたクウラが大量の鮮血を噴き出した。敵を殺す為にしつらえられた殺人鬼の技量は身を捩る彼さえ逃さない。 「これからですよ。ええ、全て」 理央の天使の歌が戦場に響き渡る。 彼女の小さな呟きは、天使の奏でる清かな音は成る程――大音量の咆哮に消し飛ばされた。 「おおおおおおおおおおお――!」 バイデン達は大いに吠える。 望みに望んだこの時間が一先ず期待外れに終わらなかった事をこの上なく喜んでいた。 リベリスタが強ければ強い程、その防御が粘り強い程、攻撃が鋭ければ鋭い程――渇きの荒野の憤怒の色は強くなる。 「……これからです」 呟いた理央の目には身じろぎする黒獣と大戦斧を旋回させるバイデンの王の姿が映っていた―― ●闘争、呑み干して 刹那刹那に死が踊る。 瞬間、目の前から掻き消えた涼子の動きにイゾルゲが大きく目を見開く。 交錯する運命。刃の上の狂騒曲。 「どうした、私は未だ生きてる」 リベリスタとは危険なゲームを厭わぬ者。 「護り、助けたい……私の力はその為のもの。 だから全身全霊を賭けて支えましょう。皆が十全に動けるように、ね」 不幸な現実が手を差し伸べる程に小夜香の細い肩に掛かる重圧は重くなる。 ……荒野の死線はその激しさを増していた。 五人と十人の戦いとは言え、やはりプリンス・バイデン以下バイデン達の猛攻は凄まじく耐久力は精強そのものであった。 速度面でバイデン側が優位に立つという状況もあり、パーティの企図した作戦は完全に機能しているとは言い難かった。 しかし、それでも頭数の多さを利用した彼等は何とか態勢を整え直し当初の予定通り――プリンスをモノマと交代の刃紅郎、イゾルゲを涼子、グワランを猛が抑える形を作り、 「――落ちろッ!」 更にこの木蓮の射撃が初期撃破目標だったクウラを倒す事には成功していたがその時間は計画より長く掛かった事は否めなかった。 如何に耐久に優れるバイデンと言えど多数の集中攻撃を浴びれば只で済む筈も無いのは当然の事ではあるのだが―― 「おああああああああああああああッ――!」 ――パーティの計算を破壊したのは猛るプリンスの常識外の戦闘力だった。 圧倒的威圧を至近で受ければ吹き飛ばされるのはリベリスタ。その威力さえ並大抵のものでは無い。 プリンスとイゾルゲを近距離に並ぶツートップの形に備えたバイデン側は部下のバイデン達にヒットアンドアウェイの動きを取らせ、プリンスの怒号で前衛を纏めて弾き飛ばす事で損耗を減らすという手に出ていた。単純なやり方だがバイデン側でも特に実力に長じるプリンスとイゾルゲの壁はそう簡単に越えられるものでは無い。無理に裏を取れば逃れ得ない集中攻撃を受ける可能性があれば尚更である。クウラは倒しても運命を燃やし、綱渡りの上で戦いを続けるリベリスタ側の危険は加速度的に高まるばかりなのだった。 「フフッ、どうした。グレイト・バイデンが気になるか? リベリスタ!」 そして、プリンスの戦いの本能はリベリスタ側の持つリミットという名の焦りさえ見逃してはいなかった。 ある意味で彼はリベリスタ以上にグレイト・バイデンがどんな存在なのかを熟知している。それを食い止められる者が無い事を確信している。彼はボトム・チャンネルに存在する『最悪のフィクサード』である『バロックナイツのアシュレイ』を知らないが、知らないが故に『彼女よりも暴れれて拘束を弾き飛ばさんとする愛騎を信じて』いた。結果的に今回の戦いに於いては彼の考えは正解である。 「……急いで下さいね、出来るだけ……」 予め木蓮から受けていた要請通り、リベリスタ達のアクセス・ファンタズムに届くアシュレイのその声はどうも精彩を失っていた。 底を見せない所がある彼女でも『フォーチュナである以上』は他のバロックナイツ程の戦闘能力は見込めまい。 「奪われたものを取り返しましょう。捕虜が戻ったならば――この戦いの意義は誇りでしか語れないでしょう?」 クウラが倒れ、時間が予定以上に過ぎたならば――糾華の、リベリスタの見据えるのは荒野に暴れる狂える風ばかり。 「再び挑む者は、獣かバイデンのみ? いいえ。両者とも違う。味わうと良いわ、私達の――箱舟の復讐を!」 リベリスタ達の集中攻撃はこの段階でプリンスへと向いていた。彼等は『プリンスの部隊に打撃を与え、来るグレイト・バイデンの恐怖を食い止めるという任務』を『首魁たるプリンスを叩き、グレイト・バイデンの操作を不可能にするという動作』と解釈していた。戦場に君臨する彼の指揮と、最も優秀たる戦士の戦力の双方が欠ければ確かに最良なのは間違いない。 (――しかし、やり切れるか) だが、イゾルゲとの戦闘で彼の脅威を理解する涼子はパーティのプランに存在するリスクを肌で感じざるを得なかった。 攻撃の大半がプリンスに向いたならば確かに彼は傷むだろう。しかしそれはバイデン側の攻勢がこれ以上『減らない』事を意味している。 つまる所、リベリスタ側は『バイデンの攻勢を受けながらプリンスを落とす』という勝負を挑んだという事になる。傷むプリンスと運命を燃やして凌ぐリベリスタ側。どちらの限界が早いかを――それが成るのかを計算で弾き出すのはこの場に於いて不可能であった。 「だが――突き抜けるのみ!」 気を吐いた刃紅郎が先の戦いと同じように――いや、それ以上に刃を繰り出し豪放なる打ち合いを繰り返す。 (一つ、我は思い違いをしていたようだ。 この期に及べば――戦士が刃を握るに理由は無く、求められるは純然なる闘争のみ。 戦いの礼儀を違えた我の剣が貴様らに届かぬのは道理であった) 王を自認する彼が王と鍔迫り合いを繰り返す。 王であろうとも兵であろうとも確かに戦場における意味は変わるまい。 (『王』とは運命に愛された存在である。『王』とは剣を取り戦う者である。 されど我は、『王』が故に己に運命の歪みを望む事を許さなかった――だが、死合おうという相手に大上段は無礼の極み。 目の前の『王』が『兵』たるならば、我も戦いの覚悟をしない訳にはゆくまい) ――斬撃が硬質の音色を跳ね上げ、牙を向いた獅子はバイデンにも負けぬ『獰猛』のままに咆哮した。 「この一時だけ我は『王』ならぬ『只の一兵』として命を賭そう! 例え運命が微笑まずとも、『俺』の道に後退は無い!」 裂帛の気合と共に放たれた渾身の一撃がプリンスの強靭なる肉体に傷を刻んだ。 リベリスタ達の猛攻が不死身、無敵にも思われたプリンスの体力を少しずつ奪っていく。 しかし、集中攻撃を経てもそれは遅々とした歩みであり、為そうとする仕事はあくまで困難を極めていた。 戦いは続く。熾烈なる戦いは続く。 後方のピルロウを除くバイデン達はブロックを迂回するように『横』に大きく距離を取り始めた。 彼等のその意図はこの激戦を傾ける為の一手である。 「さあ、楽しめよ、リベリスタ! 俺は俺をそうして狙うお前達に感謝を述べたい位なのだからな――!」 口の端から赤黒い血を零したプリンスはそれでも恍惚と遠雷の如き笑い声を上げていた。 バイデン側の部隊が散開した理由はまさに――彼がその『本領』を発揮する為の処置である。 「危ないっ!」 「『災厄』より走って逃れるにはその足は遅いぞ、リベリスタ!」 後衛に位置した木蓮の警告の声よりも早く――全身に滾らせた闘気を膂力に変えるプリンスの一撃は早かった。 「――ッ!」 旋回する大戦斧が砂塵を巻き上げる。一瞬で勢力圏を拡大した赤い竜巻は彼に群がる前衛の全てと中衛より退きそこねた二重のブロック役――糾華や理央までもを巻き込んだ。全身を叩き巻く暴風はリベリスタに圧倒的威力でダメージを与えると共に彼等の態勢を失わせ、動きを奪う。辛うじて猛は逃れるグワランを追う事で『暴風域』より逃れたが、速度による差で『外された』ブロック役の一部もこの猛威から逃れられていない。 致命的な威力に行動の奪取。 「もう誰も……」 血が滲む程に唇を噛み、血を吐くように言葉を零したのは小夜香だ。 「――もう目の前で誰も失いたくないのよ、私は!」 意地悪な運命に願い、袖にされても諦める事だけは無い。渾身の力を込めた彼女の声は僅かばかりは天に届いたか。 プリンスの威力にも負けぬ圧倒的に大きな賦活の力を乾いた大地に染み込ませ、リベリスタを苛む『狂風』の幾らかを打ち払う。 しかし、これで倒された者も居れば、不利は最早明白だった。 それでも。 「諦めねぇよ。俺からあんたへの挑戦状だ。この場に立ち続ける事こそが俺の意地」 猛はやり合うグワランに見得を切る。 「まだまだ、やれるぜ」 いざとなればアシュレイと小夜香を『庇う』覚悟は出来ている。 銃声を奏でる木蓮は当然の事のようにそう言った。 「でもねぇ――」 地面に転がった竜一の指が赤茶けた大地を爪で引っ掻く。 「――捕虜になったあいつらだって、立ったんだろう。なら、俺が立てねえ道理はない!」 ふらりと、立ち上がった彼には死相が覗くが戦いを諦めた風情は微塵も無い。 「己の道を突き進める様にっ! 意地があんだよっ! 男にはなぁっ! 負けて――」 モノマの脳裏に過ぎるのは愛しい彼女の大輪の、その笑顔。 「――負けて、たまるかよッ! ぶちぬけぇぇぇぇ――!」 繰り出す拳が『それ』の前では岩を穿つ水滴の一つに過ぎずとも。敗れざるバイデンには遠く及ばぬ炎だとしても。 「俺様ちゃんもね、転がっちゃう訳にはいかないのよ。あの魔女ね、アレを殺すまで――アレを殺すのは俺様ちゃんだから」 幽鬼のように揺らめく葬識はそれでも目の前のプリンスに渾身の一撃を叩き込んだ。 ……リベリスタの戦いは死力を尽くすものだった。 浅からぬ傷を――短い生涯の間で幾度も受けた事が無い筈の傷を、痛みを飲み干すプリンスはそんな彼等に何よりも今『好感』を抱いていた。同胞たるバイデン達と同じように、共に戦う彼等にも等しく思い。故に彼は骨の大戦斧を大仰に振りかぶる。 「意気や良し、貴様等の顔を俺は果てるまで忘れまい!」 まさに殺意の塊と化したプリンスが死神の手を――逃れ得ぬ運命を繰り出そうとしていた。 本来ならばそれを避ける術をリベリスタ達は持たなかっただろう。そこに彼等が『計算に入れていない戦力』が居なかったならば。 光の弾が後方より間合いを駆け抜けた。リベリスタに比べて――バイデン達に比べて余りに無力なその一撃は完全に目の前に気を取られていたプリンスの胸元に突き刺さり、一瞬だけ彼の注意を奪う。 「――フュリエ? 戦いを知らぬお前が何故……?」 「知ってるよ!」 後方に視線を向けたプリンスを最も弱きエウリスは一喝した。 「皆、戦ってる。元々、私達の為に……こんなになって……!」 彼女の力等、何ら戦況に影響を及ぼす程のものでは無い。されど、この一瞬のやり取りはリベリスタの命脈を繋ぐに確かな意味をもたらした。 今一度繰り出されたプリンス最高の一撃が目前のモノマに突き刺さるその寸前に黒獣が大きく咆哮し、自由な動きを取り戻した。 同時にモノマの体を黒い霧が包み込む。『入れ替わった』その場所には塔の魔女のその姿――! 「いったぁああああぁい――!」 ――迸る轟音。荒野の土を巻き上げクレーターを作り出したその後に涙目の魔女が居た。 飄々と傷らしき傷を受けた姿すら見せた事の無い彼女が馬鹿げたまでの破壊力に傷んでいた。ボロボロのマントと破れた衣装がそこに加わった凄絶な一撃の威力を告げていた。それでも見た目よりもずっと頑丈な彼女は死力を絞って声を張る。 「兎に角、逃げますよ!」 グレイト・バイデンの拘束は解けている――というより彼女自身が解いている。 プリンスに傷を与えるという意味で一定の成果はあったが――任務も最早これまでという事である。 肩で息をするプリンスも、リベリスタ達とやり合うバイデン達も、深手を負ったリベリスタ達も、戦うエウリスも、珍しく必死な姿のアシュレイも。 強い意志がマーブルし合えば運命はこの上なく極上な――混沌のスープを作り出すのだ。 「幾度でも刃を突き立てろ、リベリスタ!」 退がるパーティをプリンスの声が追う。 広がる戦場の一幕は全ての勝利を担保しない。 憤怒と渇きの荒野を支配する戦いの音は――未だ止みはしないのだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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