●Lab Created 「理由なんて無いわよ、別に」 身体の線をなぞるタイトな服の胸元からは深い谷間が惜しげもなく覗き、組んだ足の付け根にまで切り込んだスリットから肉感的な太腿が見え隠れする。 「アタシがどこを旅しようと、アタシの勝手でしょう?」 好奇の視線を注がれる苛立ちを隠そうともせず、女はカウンターの宿主に刺々しくボヤいた。 漆黒に大小の飾り石を散りばめた長い爪が、銀のシガーケースを取り出す。真紅に艶めく熟れた唇でメンソールの煙草をくわえ当然のように辺りへ視線を流したが、スッと火を差し出すような心得た者はその場には存在しない。 火、無いかしら、と溜息混じりに言われて店主が差し出したのは、小洒落たバーのマッチではなく、ドンとした大箱の卓上用マッチ。 そこは装備を固めた登山客が集う、素朴な山小屋であった。 「なんなのよもうっ、やってらんない!」 ピンヒールの折れたエナメルの靴を投げ捨てて、場違いな女が癇癪を起こす。登山道を外れ、道無き道を進んだ果てに人の気配は無く、わめき声はただ稜線に吸い込まれるばかり。 「なんで、このアタシが、こんな辺鄙なっ、野蛮なっ、山になんか来なくちゃいけないのよっ!」 滑って転んだおかげで、お気に入りのドレスは泥だらけ。 邪魔臭い小枝に引っかかって、愛用の絹のストールは裂けた。 珍しく自分で買ったとっておきのピアスも、いつの間にか片方無くしていた。 山小屋で一時間かけて整えた盛り髪も崩れ、自慢の艶やかな黒髪も草木や埃にまみれてしまった。 「アイツが悪いんだわ、あの、バカ男!」 店に来ても大して払えないちんけな男だったけど、毎日のように来ていた奴が急に来なくなったら驚くじゃない。挙げ句、「きみに見合う立派な宝石を買うのは難しいから、自分で掘りに来たんだ」なんて山登りの写真を送りつけて。 「バカじゃないの!? ほんと、バカ!!」 その報告すらも途中で途絶えて音信不通。 このアタシが、バカ男一人の心配をして夜も眠れなくなるとでも思うワケ? 「救いようも無いわ」 アタシがこんなところまで来る義理なんてこれっぽっちも無いけれど、だって、あのバカ、アタシ以外の誰にも秘密なんだ、なんて言うんだもの。アタシの返事を聞く前に皆に話したら、アタシに迷惑がかかるから、なんて。 一体どんな返事をもらえると思ってたの? 思い上がりも甚だしいわ。 なのに。 なのにどうして、向こうの岩場に小さな人影を見ただけで、すぐにアイツだと解ってしまうの。 痛む足も忘れて駆け出してしまうの。 思い切り罵って、責めて、怒鳴り散らして、頬のひとつでも叩いてやって、そして……そして、死ぬまで責任を取らせてやるんだから。 ●Gemstone 「女の人が一人、エリューション・アンデッドに殺されて死ぬ」 その前にエリューションを始末して、と『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は告げた。 「岩場っぽいものは視得たけど、それだけじゃ場所の特定には至らなくて……。だから、手掛かりは女の人だけ。彼女も携帯電話に届いたメールの写真を頼りに彷徨いながら進むだけだけど、その足取りを追うことでエリューションのもとへ辿り着ける」 今から向かえば、ちょうど女が山小屋を発つところに追いつけるだろう。 「気付かれないように尾行しても良いし、接触しても構わない。接触して同行しようとするなら、それなりの理由や状況を演出しないと不審がられると思うけど……」 女を戦闘に巻き込まずに済めばそれに越したことはないが、任務として言い渡されたのはエリューションを倒すことのみである。 そして、フォーチュナはかすかに眼差しを強めて託宣する。 「……エリューションは、二体居る」 アンデッドただ一体ではないという。 「一体はエリューション・ビースト、大蛇よ。……大蛇は素早く鎌首を伸ばして獲物を捕らえ、引きずり寄せることができる。二十メートルを超える大蛇だから、遠くに居ても安全とは言えない。一度捕まれば痺れるほど締め上げられて、逃れるまで力を吸われ続ける」 その間、大蛇はまた別の獲物を狙うことが可能だという。 また、牙には毒が含まれてもいる。毒霧のように辺りへ撒き散らしもするが、じかに噛み付かれれば希釈されぬ濃い毒が猛烈に身体を蝕むだろう。 「もう一体が……エリューション・アンデッド。石つぶてを操って能力を高める陣を敷き、凍てつくつぶてを霰のように降らせて目に映る全てを打ち据える」 腐った爪にはやはり毒液が付着していて、ときには血を啜ってもくるようだ。 「このアンデッドに、もう、まともな会話は望めない。ただ右手に何かを握って、敵を排除するだけ。求めるものを抱きしめれば、そのまま骨を砕き臓腑を潰して抱き殺してしまうだけ」 始末するしか、ないの。 他に選択肢は無いと断じた少女は、モニターに写された女の姿をしばし見つめて、それから「よろしくね」と言葉少なに告げた一言に想いを託した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月12日(日)23:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Appraisal 失うまで気付かなかった女の業か。 或いは、気付かせられなかった男の業か。 深く息を吐けば空いた肺に霧を含んだ冷たい空気が入りこむ。 泥臭い山中に不似合いの徒花を見、『泣く子も黙るか弱い乙女』宵咲 瑠琵(BNE000129)は「これから」を思った。どう足掻こうと、この恋愛劇の結末は知れている。然れどあの女は未だ、其れを知らない。カツリとピンヒールを鳴らして山小屋を出た女は、めかしこんで逢瀬に向かう姿そのもの。 「こんなところで何してるんですかー?」 一度目の呼びかけは見事なまでに無視された。 また冷やかしかと舌打ち歩調を早められたが、『蓮花』彩華 李(BNE002466)は挫けない。 「もし宝石が取れるって場所に行こうとしてるなら、やめたほうが……。あたしたちこれからそこに行くんですけど、とっても大きな」 「あなた、場所知ってるの?」 突然女が足を止めた。行くなら場所を教えてと問われ、李が口ごもる。 「……知らないなら、いいわ」 「ま、待って! 大きな蛇が出て危ないから、行くなら一緒に行きましょう!」 冷えた一瞥を残し歩みを再開した女は、大蛇を駆除しに行くとの言葉に「あなたたちが?」と訝しげに眉を寄せる。 幼女に見える瑠琵、シスターを名乗る『アリアドネの吸血鬼』不動峰 杏樹(BNE000062)、そしてやはり女性らしき顔立ちの李。三人を爪先から頭の先までしげしげと眺め、それは大変ね、と平淡に言った。 「危険な大蛇とやらを子連れの女が駆除しに行くなんて」 ツカツカと歩く女に三人の仲間が追いすがる。 それを更に後方から見守る四つの人影があった。 円満な同行とは言いがたいが、女は勝手にしろと言わんばかり。少なくとも、女性らしき三人組を振り切って逃げるほどの拒絶は見られない。『フィーリングベル』鈴宮・慧架(BNE000666)は、銀朱と薄藍の双眸を細めて前方を窺う。 もう何度目か、山道に足を取られた女を李が笑顔で支えている。女はどう見ても山登りに不向きだが、決して歩みを止めようとはしない。 「恋をしてる女性って、凄いんですね……」 ぽつりと呟く慧架の隣で、大きめのリュックを背負った『素兎』天月・光(BNE000490)が雪白 桐(BNE000185)の袖を引いた。 「桐ぽん、大丈夫かな?」 「これでいいと思いますよ?」 光の兎耳を隠すキャスケットを整えてやった桐が微笑む。普段は袈裟をまとう焦燥院 フツ(BNE001054)も、今はカーゴパンツにトレッキングブーツとすっかり山の男の出立ちだ。 「こんにちはー」 追い抜きざま、朗らかに挨拶する四人は女の目にもいかにもな登山者と映っただろう。人懐っこく話しかけてくる光に女は少々面食らったが、勢いに負けて茶まで受け取ってしまった。ダウジング・ロッドを操りぴょこぴょこ行き去る『探検部』を見送ってしばし、女はふと表情を曇らせる。 「大蛇って……本当に?」 李だけでなく別の一団からも蛇の話が出たことに信憑性を感じたようだ。と同時に、耳にした「宝探し」なる言葉にも物思うように黙りこむ。 ——宝石だなんて、本当に採れるとでも思ってるの? そんな話、信じたってバカを見るだけ。そう言ったアタシに、アイツは言ったの。 じゃあ、本当だったらキミはボクを信じてくれる? ボクの言葉を、信じてくれる? ●Iridescence 人に課される試練はいつだって過酷なもの。 自分たちの行いは果たして真に救いとなるのか。『贖罪の修道女』クライア・エクルース(BNE002407)の伏せた睫毛が、揺れる瞳に影を落とす。 ひとり尾行を担う彼女は朝露を払い、純白の翼を羽ばたかせた。視界を阻む梢を抜けるギリギリの高度で、悟られることなく双眼鏡を覗く。道を外れた険しい斜面に滑った女が癇癪を起こすさまが見えた。 「ほれ、斯様な装備ではつらかろう」 余計なお世話よ。 出発直後ならばそう撥ねつけただろう。しかし今、額に玉の汗を浮かべた女は仏頂面をしながらも、瑠琵がリュックから取り出す登山具を大人しく受け取った。 携帯電話を開く女の傍らで地図を確かめた杏樹は、登山道はこっちと指差しかけて、はたと気付く。女の行く先を辿ることが、エリューションへ到る道。こちらが女を誘導しては行き着く先が不確かになるかもしれない。 曖昧に指を握り込んだ杏樹は、悪路は避けられずともせめて怪我や汚れを防げるようにと考えた。 「せっかくお洒落してきたんだから……」 泥にまみれたヒール靴を登山靴に替え、レインウェアを羽織らせて、女がこんなにも着飾った理由を思って髪を留め直してやると、かすかなかすかな声が聞こえた。 「……ありがと」 それは、何度も支えた手を振り払われた李が、けれどそのたび耳にした囁きでもある。視線を浴びれば女はツンと顔を背けたが、瑠琵はその横顔をじっと見つめた。 根は悪い娘ではないのだろう。小川の飛び石に「渡れぬ!」と騒いだとき、巨大な倒木の段差に「登れぬ!」と喚いたとき。 なんでこんな子連れてきたのよ。 女は毒吐きながらも結局は手を差し伸べてきたものだ。 「ちょっと待ってください」 彼方の音まで聴き取る桐の言葉に、班員が足を止める。 先行班の四人は、追い越した女たちの物音が聴こえる範囲を維持することで距離を保っていた。尾行のクライアと交わす連絡で女の進路を確かめ、先回りして周辺を探査する。 ここらでまた動物に尋ねようかと光が樹冠を見渡したが、辺りは息をひそめたように静まり返って小鳥一羽の姿も見えない。 そのとき、フツが低く告げた。 「……近いぞ」 身につけた鋭い嗅覚が、風の中にわずか嗅ぎ取ったもの。 独特の、饐えた、鼻を衝く異臭。 それは肉が——否、生物が腐敗した臭い。 風上へ踵を返した彼は、すぐに大小の岩が転がる岩場を目にして予感を確信に変えた。 「あそこ!」 ずるりと脚を引きずり歩く、人の形をしたものを光が指差す。慧架は流水のごとく気を練りながら、アンデッドと、まっしぐらに駆ける桐とを見遣り、更に視線を巡らせた。彼女が標的とする異形の姿は未だ、見当たらない。 ●Durability にわかに走った緊張に女もおのずと神経を尖らせる。 トランシーバーの連絡を受け、同行する三人は即座に周囲へ警戒を向けた。 「疲れたのじゃ! もう歩けぬ!」 駄々を捏ねて座りこむ瑠琵を振り返った女の顔に浮かぶ、惑い。明らかに、なにかが起きている。三人は人の好いお節介だったが、本当は何者で一体誰と何を連絡しているのか。端々に湧く疑念が、幼女へ歩み寄りかけた女の足を止めた。 いつの間にか静寂に包まれていた山に、落雷にも似た轟音が響く。ビクリと強張った身は、再びトランシーバーで交信した李が駆けだすのを見、反射的に動いていた。疲弊した身体のどこにそんな力が残っていたのか、李のあとを追い、女が音へと向かい疾走する。 「だめっ、隠れて!」 半ば引き倒すように杏樹が飛びかかった。斜面を転げ、岩場の端に滑り落ちた二人はずるりと地を這う異様な音を耳にする。 青黒い舌をチラつかせた巨大な蛇が、捕らえたフツを締め上げていた。アンデッドを目にして戦端を開いた戦士らの意識はどこかに居るはずの首魁への警戒を伴わず、開戦から寸刻、横合いから現れた殺気に気付いたのは仲間が鎌首にさらわれた瞬間だった。 ざわめく戦場で、慧架は無言で腰を落とす。 半身に一歩引いた脚がひるがえり神速の蹴りが烈風を生んだ。砂礫を巻き上げわだかまる毒霧をも断つように馳せたかまいたちに切り裂かれ、大蛇は躯をうねらせて天を仰ぐ。然れどフツは依然囚われたまま。ぎち、と絞められ彼が呻くたび、蛇の傷口は内からせり上がる白い肉で埋められていく。彼の他に他者回復を持たぬ場において、命を繋ぐ盾は彼自身が張っていた守護結界のみ。 唇を噛んだ杏樹が鎌首を見上げクロスボウを向けるなか、いかずちのごとき轟音に女が顔を上げた。 桐の巨剣が破滅の気を乗せ唸りを上げる。 空間を迸る雷電は己の肌にも楔を穿つが、彼は構わず全力を傾けた。持てる最大の力を揮うことで、アンデッドを打つ回数を減らせたら。わずかでも傷を少なく終えられたら。凛とした背が語る想いに、機敏に地を蹴った光の刃が添う。速力を増した跳躍は幻影を帯び、動きの追いつかぬ屍の脇腹を削ぐ。 見開いた女の目にはもう、大蛇など入らなかった。立ち上がる間も惜しむように駆けだした女は、柔らかく、しかし確と身を縛る腕に拘束される。 「は、離して!!」 「……いけません」 首を振り抗う女の頬に触れる灰金の髪。女を抱き止めたクライアは、駆けつけたばかりで乱れる息を呑むと共に唇を引き結んだ。暴れる女を抱いたまま翔べるだろうか。よぎる構想を、己の脳が否定する。大蛇の射程を考えれば、諸共に叩き落とされる危険が増すだけ。 女を抑えながらめまぐるしく思考を巡らす彼女の腕に、小さな手が重ねられた。 「こやつは、わらわが引き受ける」 行け、と瑠琵が言外に告げる。 共に戦場を見据えたままの視線は交わることなく、けれど想いは確かに託される。幼子のなりをしていようと、リベリスタたる瑠琵にただの女を抑えられぬはずもない。クライアは胸元のロザリオに触れて頷き、振り切るように戦列へ馳せた。 ●Fracture クライアがフツに投げ渡した縄は異形の力を前に敢え無く切れたが、後方から広がる神々しい細波が囚われの彼を包みこんだ。大地に描いた印に李が力を注いだ途端、視界を満たすまばゆい白光。 四肢に感覚を取り戻したフツが身をよじり拘束を抜け出した。あばらのひとつふたつ折れたらしく、長蛇が形作る畝を脱し即座に癒詛をしたためるも、拭いきれぬ鈍痛が奥深く残る。 アンデッドと化したこの男にも、想いの残滓はあるのだろうか。 その瞳孔は白濁しひび割れた唇は何も語らない。だが毒指を受け止め斬り結ぶうち、桐は察した。屍が踏みだす足も、伸ばす腕も一方向へと向いていることに。 その先に咲く、艶やかな花。 「判って、います……よね?」 言うまでもない、男の願いは成就している。 夜蝶の虚飾もかなぐり捨てて取り乱す女の姿。知己の男が斬られ、貫かれて、凝った血塊を吐いている。いくらもがいても瑠琵の細腕が振り払えない。女には叫ぶことしかできなかった。 蛇ならそこに居るじゃない。アンタたち蛇を殺しに来たんでしょう。 やめて。やめてよ。 アイツが死んじゃう。 女は知らない。死してなお動くモノが存在することを。其れを滅せねばならぬ世界の理を。 彼は彼であり、もう彼ではない。今や彷徨うだけの哀れな形骸。 この逢瀬が幸か不幸か、決めるのは自分ではないけれど。杏樹は女の悲鳴を背に、厳たる眼差しで大蛇を睨み引き金を引いた。 鼻先を掠めた矢じりに鎌首を大きく揺らした蛇が猛る。 「桐ぽん、右ッ!」 光の声に顔を向けた桐は、空を切る鋭い音を耳にした。眼前は薄黄色の鱗に覆われ、圧迫に息が詰まる。巻き取った獲物を引き寄せんと蠢く怪異は、次の瞬間、激痛に身を波立たせた。 大蛇の巨躯に深々と突き立つ一本の人参。 光が人参さながらの鮮やかな緋剣をひねり、抉りこんでいた。束の間、締めつけがゆるむ。すかさず煌めいた青白い輝きは、魚類フグ目マンボウ科のそれ。 伸し固めたようなマンボウを象る得物は紛う事無き大剣であり、桐は大蛇の懐からその腹を裂く。たまらずのたうつ大蛇の捕縛を逃れ、転げ落ちた桐をフツが支えた。押し当てた癒符が肌に溶け、痛みを連れて消えていく。 ボゥッ、と力が爆ぜる音が響いた。 クライアが叩き込んだ鋼剣の一閃に弾かれアンデッドが宙を舞う。崩れかけの屍体が飛び散り、べちゃり、ぼとり、と肉塊が落ちる。 女は声を上げなかった。 引き攣れた音を立てて息を呑んだきり、呼吸すらも忘れ凍りつく。立ち尽くす女の震える手が爪を立てて握り込まれたのを、瑠琵だけが間近で知った。 渦巻くとぐろに引っかかった屍を大蛇の尻尾が襤褸屑のように払い除けたとき、叫びを上げたのは女ではなく、リベリスタたちだった。 一瞬の静寂を、刃が、拳が、矢が破る。 怒声は意味を成さぬ音にしかならずとも、針の穴をも通す狙撃は乱れはしない。鎌首をもたげた大蛇が飛びかかるよりも早く、杏樹の一矢がその眉間に突き立った。 大気を震わす示威の音を発した蛇が、クライアの肩に喰らいつく。ぬらりとした口腔の生暖かさと、鋭い牙の痛み。どくりと血脈を巡る毒液に全身が震えたが、離れざま、彼女も渾身の力を込めて蛇の喉笛を薙ぐ。 荒波のごとく暴れ狂う長蛇と岩とを踏み越え、慧架が中空に身を躍らせた。 「絶対に止めてみせます」 運命の歪みが生む、力と、不条理。その連鎖を止めるために今、ここに居る。 「それが、私たちの力の使い道ですから」 腰溜めに引いた拳に堅く握る烈火の炎。太くしなる胴を打てば手首が軋み、肩にまで衝撃が走ったが、慧架は構わず業炎を振り抜いた。 塔が倒れるように鎌首が傾ぐ。 どう、と大地を揺らした巨躯は土煙の中で悶え、そしてやがて、動きを止めた。 ●Brilliant 「……無粋じゃのぅ」 エリューションも、アークも、運命さえも。 「救いようがないほど、無粋の極みじゃ」 瑠琵の呟きに俯いて、杏樹はそっと寝袋に亡骸を横たえた。堅く握られた右手は容易に開かず、大蛇の死骸を茂みに移し終えたフツが指の一本一本を慎重に開く。 「はい、これ」 男の握っていたものを差し出すと、呆然と座り込んでいた女はのろのろと光を見上げ、両手で包むように受け取った。 赤黒くこびりついた汚れを拭えば、灰黒い石くれの表面に煌めく光彩がひとつ。小指の先にも満たぬ、小さな小さな無色の輝き。覗き込んだ光が顔を綻ばせるも、女は言う。 「あのバカ、やっぱり見る目が無いわ」 こんな、屑石。世間では掃いて捨てられる程度のものよ。 「でも」 唇を歪めて吐き捨てた。 「お似合いね」 男の傍らに膝をつき、土気色の頬をそっと撫でる。 「バカな男。屑にばっかり手を出して」 イミテーションにダイヤの価値を見るなんて、滑稽だと思っていたわ。 屑石が屑じゃなくなることがあるなんて、知らなかった。 「バカよ。ほんとに、どうしようもなく」 石塊を胸に抱きしめ、女は上体を傾ける。この下らない石ころを人がどれだけ蔑んでも、価値はあなたの中にあった。 波打つ黒髪が男の上に広がって、触れた一瞬、肩が震えた。 けれど、それだけ。 すぐに身を離し立ち上がった女に、送ります、と李が寄り添う。彼の亡骸は心配するなとフツが言う。女は二度瞬いて、バカが多くて困るわと呆れたように嘆息したが、差し出しされた手を見れば頬を緩めてその手を重ねた。 「アタシ、きっとこれから大変ね」 だって、この石ころを超える男はそう簡単には見つからないもの。 微笑む光にそう言って、女は濡れた睫毛を空へと向けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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