● 「プロト・アークの情勢は、特に不安定なものが多かった」 七月某日。 ブリーフィングルームにて、集合したリベリスタ達の前に話を始めたのは、フォーチュナ、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)だった。 「当時は無かった万華鏡と、オルクス・パラストの助勢を得ても尚慢性的な能力者の不足。 だからこそ、其処に在る彼らは、今の貴方達以上に多くのものを犠牲としながら戦い続けることを強いられてきた」 「……それが?」 通常、依頼の話からことを始める彼女が、こうして脈絡のない事を話すのは珍しい。 当然、其れが意味あることだと知りながらも――生憎とここ最近の情勢で『暇がない』彼らにとって、彼女の些細な前置きは少しばかり癇に触れてしまう。 「……今回の相手には、それが関わってくる」 言うと共に、少女の背後、巨大なモニターに未来映像が映された。 まず最初に見えたのは、一人の少女。 年頃は十代半ばか。無駄な肉もなく、スッキリとしたボディラインは健康的で、その表情も『笑顔ならば』、太陽のような明るさを思い起こせたことだろう。 だが、 「……コイツ」 「うん」 その表情は、何かを堪えるような苦しさに歪んでいた。 問うまでもない。その左半身にぼこぼこと生み出されている卵のような黒い球体。輪郭もないまさしく『闇』そのものなそれらは、その数に応じて彼女の表情にも暗さを浮かばせていた。 「エリューション・ノーフェイス。フェーズは2だけど、みんなが交戦を開始してからおよそ一時間くらいでフェーズが上昇する予知が出来た。 つまり、今回で彼女を倒さなければ、今後より一層の被害が見込まれる」 「……」 「そして」 イヴが言って、更にモニターの画像が切り替わる。 次いで、見えたのは剣戟。 一人の、壮年の男性が、先のエリューションと激しい攻防を繰り広げる映像だった。 「……誰だ?」 「フィクサード。名を常野剛志と言う、元プロト・アークのリベリスタ」 「っ……!」 ぎり、と拳を作るリベリスタ達。 誇りを貶めた存在に対する軽蔑、ではない。 未来映像に映る、彼の表情。 落ち窪んだ瞳、 窶れ削れた頬、 物言わぬ口元、 その表情からして『死んでいる』彼に対する、答えの見えない同情が、彼らの中にあった。 「……今回の戦い、彼はエリューションの少女を殺すために、みんなより早く戦闘を開始している。 実力は大凡みんなより上、尚かつ彼は『擬式付与/アルマス』と言うアーティファクトを持っているから、迂闊に敵には回さないようにして」 「此方から連携を持ちかけることは?」 「……難しい。彼はもう、自身が貴方達と路を違えたことを理解している。 自分から捨てた組織に対して、仲良く足並みをそろえるほど、彼は小器用な性格をしていない」 ――凪に吹いた微風のように、イヴの表情は苦しみに揺らいでいた。 リベリスタは何も語らない。聞かない。 必要がないと知っている。この少女は感情に負けて責務を捨てるような、ひ弱な心をしていないと。 「……先刻の、話の続き」 案の定、イヴはややの静寂の後、再度の話を始めた。 苦痛を堪えるような顔で。 「プロト・アークが捨てたもののおよそ殆どに――運命の寵愛というものが挙げられる。 世界を守るべく戦ってきた彼らが、だけど世界に仇為す存在となったとき……それを消滅するための人間が必要になった」 「……それは、つまり」 「そう。彼はそれら、元仲間を殺す役目を担ったリベリスタだった。 リベリスタと言うだけでフィクサードやエリューション、アザーバイドにも忌まれ、同族であるリベリスタにも、自身を、自身の仲間を殺す彼に、味方する者は誰も居なかった。その果てに彼は、心を壊したの」 ――世界よりも、心を守る存在となって。 ● 少年のような冒険活劇は無かった。 正義の味方として在った頃の記憶は、嘗ての仲間が泣き叫ぶ記憶だけだ。 世界の慈悲として振り下ろす刃は、その実仲間への無慈悲を投影したものだった。 哀願する彼らを、怨嗟を零す彼らを、俺は只、涙を零しながら殺すことしか出来ず、 何時しか、その涙さえも枯れ果ててしまっていた。 逃避の理由は、重責への恐怖ではない。疲れだ。 『ヒト』を殺すことに疲れて、仲間にも恨まれる日々にも疲れて、 その時、漸く、 俺の心は、最早「死」にすら動かない、終わったものなのだと気づいた。 多くの『ヒト』を殺し続けた俺が、箱船から下りたその日。 ある一人のリベリスタが、エリューションと化した姿を見ていた。 ――近づかないで! ナイフを構えた少女の表皮には、黒い球体が幾つも付いている。 運命の寵愛を無くした自分を、殺されることに怯えたのだろう。 必死に切っ先を向けた少女に、俺は、剣を向けなかった。 「……共に、行かないか」 代わりに、出たのはその一言。 え、と呟いた少女の、毒気のない表情を見て、俺は誓ったのだ。 其れが例え、世界に仇為すものであろうとも、 俺は決して、『ヒト』を殺すまいと。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月15日(水)00:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「それならさ、アナタにとって『ヒト』の定義は何なの?」 「……」 「『ヒト』の形状をしたもの? 『ヒト』の心を持ったもの? 定義を曖昧の侭にするとさ、きっと、凄く苦労するよ。少なくとも、アナタはそんな曖昧を全て守りきれるほど、強そうには見えない」 「なら、お前の定義は?」 「人の意見に頼るの禁止。減点いち! ……なんてね。うん、実際それを聞いて欲しくて、私はこの話をしたんだもの」 ――アナタがワタシを、殺せるように。 ● 二人きりの戦場の静寂。 微かな剣戟のみが響くだけの世界を、轟音とクラクションが破壊した。 「――――――!」 公園のポールを叩き折り、遊歩道を蹂躙しながら広場に突入してきたのは全長12mのデコトラである。 過剰とばかりに夜闇を照らす電飾が施された『それ』の意味に気づいた常野は、同時にトラック、エリューション双方から距離を取る。 拍の後に動いたのはエリューションの側だ。 自身の『世界』から産み落としたような黒珠が次々と呼び出され、雪のようにトラックに降りていく。 それらが触れると同時――爆発。 命中精度が運良く極致に達した事もあろうが、僅か数発で派手に介入したトラックはあっさりと鉄くずに帰した。 当然、運転していた者達も無事ではあるまい。 「……阿呆が」 「それ、誰のこと?」 「っ!」 ――その者達が、爆発の瞬間もトラック内に居たのならば。 炎上より早く、荷台から運転席から飛び出したリベリスタは総計八名。 三代目とも成る愛車の変わり果てた姿に頽れる『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)を尻目に、何処か余裕を持った口調で返したのは『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)である。 「……随分と頑張ってたみたいね。もう二体も分裂させてるじゃない」 「多少読みが甘かったか。我々が来るまでに分体が生まれない保障も無かった」 『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)、アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)が、同様に二人の影から前に出る。 「サポートするよ。……エルヴィンさん!」 「ああ」 そうした面々の後方に位置を取った『シューティングスター・ジェイド』茅木・美沙(BNE003712)が星光の銃撃を闇に叩き込めば、 「元リベリスタ、常野剛志か」 「答えずとも解るだろう」 「最初に聞かせて欲しい。死ぬ気は?」 「無い」 「……。そうか」 数秒にも満たぬ応答の後、『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)の幻影剣で分体の一体が溶け消える。 「なら構わない……と、言いたいがな。 あんたには未だ聞きたいことがある。同胞として、一人の『ヒト』としてだ」 「……」 仮面越しの真っ直ぐな視線を、しかし、窶れた男は応えない。 再び闇の中に飛び込んだ彼を守るように、黒蛇の如き弦が背後より出でた。 「何のつもりだ」 「巻き込まれても文句は言いません。戦闘中ですから」 突出したフィクサードの直ぐ後ろでブラックコードを操るのは『もそもそ』荒苦那・まお(BNE003202)だった。 「それともう一つ。常野様が無茶をしたら、まおは貴方を庇います」 「俺はフィクサードだぞ」 「関係ありません。貴方が死んだら、まおは勝手に悲しくなります」 会話の区切りとなるべく、動いた弦がノーフェイスを絡め取った。 一時、封じられた動きの隙をつき、常野が剣を薙ぐ。 揺らいだ少女の矮躯。傷口から出でる氷と、新たな分体。 それらに確りと眼を向けつつ、常野は嘆息を一つ、零した。 「……暫く離れた間に、箱船には莫迦が増えたらしい」 ● 『ヒト』を殺さぬと誓った彼。 『ヒト』の形骸を保つ少女。 それを――今に成るまで放置してきた意味とは? 「心ある状態で異形を放置するなんて、酷なことをするわね」 りぃん、と音が鳴る。 繊手に為したスローイングダガーが、風を切る音。 一度手から離れた其れが神秘の力を帯びれば、蝶を模した刃は無数の燐光を銃撃の代わりに降ろしてくる。 「止めに来たわ。貴女の力が貴女を喰らい尽くす前に、止めてあげる」 「――――――あ、ハ」 返す、少女の言葉に、精彩はない。 じわりと闇が濃くなる。生命力を変換した瘴気が『それ』であると気づくより前に、暗黒は全員の身体を蝕んだ。 「……来ます!」 まおが叫ぶ。そうは言われようと、流石に直径20mもの巨大な半球体のどこから攻手が来るかを見極めるのは、暗視持ちでなければ至難の業だ。 濃密な負の瘴気が呼吸を止める。肉体を侵す黒い斑点が浮かび上がる度、酩酊した視界が意識の断絶を選択しようとする。 「……ああ、もう! 流石は神秘の力、とでも言うべきかしらね!」 賞賛の言葉とは裏腹に、忌々しげな口調と表情を隠せないのは『静かなる古典帝国女帝』フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)である。 自前の暗視ゴーグルを持ってしても見通せぬ神秘の闇は、どちらかというと黒い霧とでも形容した方が正しい。 それを見通せるのは正に神秘の力のみであり、だからこそ『対象認識を以て発動できる』彼女の回復能力は発動すらも覚束ない。 が、 「……すみません」 「謝らないの。連携が華でしょう。私たちは」 一撃で体力の半分近くを刮ぎ取られた美沙一人の為に、フィオレットが福音を鳴らす。 些かズレを見る戦闘。僅かばかりの不安を、頭を振って否定する。未だ戦闘は始まったばかりだと。 「何用だ? 過去に何があったかは知らぬが邪魔だでするなら斬るぞ?」 街灯が点す光の下に対し、闇の中。 暗視もなく、碌な身動きも取りかねる状況で、何も恐れず巨大な斬馬刀を振りかぶるのは御龍。 「大した矜恃だ」と常野は呟く。「介入したのは其方の方だろう。寧ろ、その台詞は此方が言って然るべきだと思うが?」 「冗談。仮にもプロト・アークに属したフィクサードが、よりにもよってこんな所でドンパチやらかそうなんて思うはずがないわ」 守羅は寧ろあきれた口調で、彼の言葉に反論した。 「『ヒト』を殺すとか殺さないとか、そう言う選択肢があったとして、 何もしないより更に酷い状況になって、だから私たちを呼んだんじゃないの? 助けを求めて、ここに来たんじゃないの?」 「生憎と、此方は我慢性でな。……序でに言っておくが」 密集する暗中。ノーフェイスと、庇う『子』と、それに群がるリベリスタ。 「暗視のない状況下で暴れるのは構わんとしてもだ。 其処の巫女らしいのは兎も角、基点(ベース)の時点でリーチの長さを誇る、お前のような武器は、下手をすれば仲間に当たりかねん」 「……だから?」 不穏な空気。一瞬、寒気のようなものを感じた守羅は、言葉を返しながら僅かに後退する。 「『害ばかりを為しかねん輩』に意味はない。失せろ」 「……っ!!」 が、遅い。 戦鬼烈風陣。得物を巻いただけで生まれた暴風が、ノーフェイスを、分体を、守羅を、御龍を叩き、其処まで巻き込み漸く停止した。 「貴様……ッ!」 「何か問題でも?」 仲間を巻き込んだ彼に対して、アルトリアの激昂すらも彼には通じない。 「複数対象を相手としている俺に対し、暗視の利かない輩を近接範囲に置いたのは其方のミスだ。 其方側が俺に前もって言うならまだしもな。最初から俺との連携を捨てておいて害されれば敵対など、理不尽なことは言うまい」 「――――――ッ」 臍を噛む。 常野の言うことは正当とは言えずとも、納得できる部分も無いわけではない。 元より彼らリベリスタが決めた『常野の敵対行動』と言う概念が曖昧なのが問題だった。 敵諸共であろうとも味方を攻撃されればそれが敵対なのか、それとも瀕死に至る負傷を負わされれば敵対なのか、具体的な線引きを為さなかったことが此処で効いてくる。 「容赦のないことだ」 「逆に問うが、戦闘に容赦を持ち込む余地が在るとでも?」 「その剣は違うのか?」 「……」 戦闘に終息の気配は無い。 御龍達を巻き込んでまで撃たれた範囲攻撃によって分体の殆どは消し飛んだが、ノーフェイスの側は未だ意気軒昂である。 撃ち込まれたハイアンドロウを、視界が利かない状況でどうにかかわし続けるエルヴィンは、何とか常野と、ノーフェイスとの会話の機会を作るべく執念を絶やさない。 「ヒトを殺せないか、そのヒトにはあんたも入ってるのか? 自分では自分を殺せない、だから、誰かに殺してもらおうと……」 「間違えるな。『ヒト』を殺せないのではない、殺さないだけだ」 エルヴィンは気づかないが、返した言葉に乗るフィクサードの表情は憮然である。 「この剣もそうだ。不殺の能力はあくまで殺さないのみ。 抵抗できぬまでにその身を削り取れば、武器が無くとも殺すことは容易だ」 「っ、彼女をヒトだと認めたんじゃないのか! ヒトを殺さないと、誓ったのではないのか!?」 叫びながら、両者がノーフェイスに一撃を、次撃を叩き込む。 幻影剣、そしてデッドオアアライブ。 流石の痛撃に咆哮を上げながらも、ノーフェイスは更なる分体を傷口からぐちゃりと零した。 「お前は何を以てヒトをヒトとする?」 「……何?」 「俺は、嘗て彼奴に教わった言葉を以てして、ヒトとそれ以外を区別する」 ――おおおおおおぉぉぉぉん……! 返す刀が翻る。 ダンシングリッパー。巨体を以て撃ち放たれた刃は、先の暗黒を、分体の攻撃を以て、者によっては運命の変転すら余儀なくされた。 屈し掛けた身体を立て直し、最後に彼が言った言葉は、一つ。 「――――――心」 ● 戦闘が一挙に変転を見せたのは、中盤に至ってからである。 それまで移動を見せなかったノーフェイスが、此処に来て動きを見せた。 「……ああ、成る程」 迂闊である。確かに闇の世界が発生地点から動くことはないにしても、ノーフェイスはそれを飛び出したところで行動消費無しで再度闇を展開できる。 瞬時に覆い尽くされる視界。ブロックを講じていなかった面々は、その時点でノーフェイスを止めうる術を持っていなかった。 ぞぶり、と差し込まれる腕。 命を吸われる感覚。眩んだ視界を取り戻せたのは、まおがギャロッププレイでその行動を止めさせたが為だ。 「ブロックは此方で対処します、退いてくださ――」 ずん、と音がする。 まおの脇腹に、分体の刃が差し込まれていた。 血を零す。零して、ダンシングリッパーで其れを消し飛ばした。 高ダメージを基調とする常野の攻撃が、何の容赦もなくノーフェイスに叩き込まれる以上、分体の発生頻度は彼らが予想していたよりも遙かに多い。 何よりも、その影響を色濃く受けているのが美沙である。 「――――――」 こほ、と吐いた血が地面を濡らす。 遠距離攻撃を持つ敵方に対し、庇う者もなく耐久力もない彼女がこうなることは自然の理だ。フィオレットの回復力も高くない以上、その結果は必然である。 それでも、 「負けたくない……負けたくないの……」 彼女は自らの弱さを知っていた。 それでも、自らの強さを信じていた。 身を浸す、死という恐怖にすら怯えず、彼女は震える身体を吃として克己し、オートマチックの照準を定める。 「煌めきよ、敵を貫け!」 残る弾丸を全て叩き込む。 闇に埋まる光弾が、それでも確かに敵に当たっていると確信する。 だから。 再度の反撃。運命を消費した身が暗転する中でも、彼女は笑っていた。 「――――――!」 状況は正しく一進一退。 近接攻撃班が回復の恩恵を受けられない以上、単純な削り合いの様相を呈している以上、勝敗にかかわらず双方の被害は甚大である。 美沙は先ほど倒れた。耐久力のある御龍は兎も角、暗視の使えないエルヴィンと守羅も呼吸が危うい。 さりとて、退かず。 仲間の犠牲も無駄ではない。凡そ半数近くが子の対応を担当していたためにノーフェイスの回復は覚束ず、まおの拘束は常にノーフェイスの行動を制限し続けていた。 「恨みはないが消えてもらうぞ」 御龍が笑い、真・月龍丸を振り下ろす。 過去の柵も、今の苦悩も、果ての絶望も、 何も何も、構うものか。彼女は只振り下ろし、断ち切り、笑う。それだけのこと。 デッド・オア・アライブ。 二者択一の絶対剣。辛うじで呼吸を留めるエリューションを、だがアルトリアは逃さない。 (私の正義は、世界を崩界させないこと。世界に仇為すものを誅することだ) 思い、だが切っ先を向けるレイピアは、僅かばかり揺らいでいる。 望まずしてそれを選ばされた一般人。 望まずして恩寵を失った同胞。 それを無垢と呼べぬなら――『無垢な民草を守る』彼女は、何を守るのか。 答えは出ない。今は、未だ。 魔閃光が闇を貫いた。球形の闇、少女の片腕がそれと同時にはじけ飛び、失せ消える。 同時――残る余力をつぎ込んだ暗黒が、戦場を埋め尽くした。 今更微力な回復に意義を失ったのだろうか。死にかけた身体の生命力を更に費やし放たれた瘴気が全体を呑み喰らう。 仲間達の数人が倒れる。 それだけだった。 「ごめんなさい」 糾華は呟く。 今此処に在る、無垢な命を散らす事の懺悔を。 「……さよなら」 糾華は零す。 それが例え偽善でも、ヒトとしての言葉を、翻弄された魂へ届いて欲しいと。 幾多の血を流し、泣いているようにさえ見えるノーフェイスの頭を、少女はそっと抱きしめる。 額に残すくちづけは、死出へのささやかな祈り。 ――ねえ。 「……?」 ――気が向いたらで良いから、 ――見捨てないで、あげてよ。 「……」 聞こえた言葉は、きっと、只の幻聴だったのだろう。 それでも、糾華は、最後に漸く聞こえた言葉に、柔らかな笑顔を返していた。 ● 戦後処理。 それぞれが態勢を整え、その場を離れようとする。 リベリスタと、フィクサード。 向かう先は別である。 だからこそ、今。 「答えて頂きたい」 傷んだ体を引きずって、アルトリアが語りかけた。 「プロト・アークから逃れたことについては言及すまい。しかし、何故エリューションを引き込もうとした。そして何故、今まで戦っていたのか」 「解答の一つは、先ほどの男に言った」 常野の答えはにべもない。 「もう一つは……其方を量るためだ」 「何?」 「曲がりなりにも利用させて貰った礼に代えよう。 恐らくそう遠くないうちに、俺とお前達は敵対する」 「……」 唐突な宣戦布告。 一瞬、幻想纏いを構えたアルトリアだが、この状態では碌な結果にならないことは彼女自身が理解している。 「精々技を磨け。俺からはそれだけだ」 「……一つだけ、宜しいでしょうか」 背を向けた常野に対し、次いで言葉を掛けたのはまお。 「此方から伝える情報はもう無いぞ」 「いいえ、まおは、常野様にお礼を言いたいんです」 制止する背中。 振り返ることのないそれに、まおは言葉を続ける。 「常野様のお仕事のことは、報告書でしかまおは知ることは出来ません。 でも一つ言えるのは、プロト・アークがあったから、まおもアークで「ヒト」として生きる道ができたと、まおは思います」 しゅる、という衣擦れの音。 マスクを取ったまおの口元。蜘蛛のそれを、常野は振り返る事がない。 それでも、何故だろうか。 まおは、彼が自分を見てくれていると、感覚的に理解していた。 「だから、ありがとうございます。常野様」 「……つくづく、お前らは」 時間が止まる。 風の音が鳴るだけのセカイで、口を開いたのは、常野の側だった。 「常野剛志だ」 「……荒苦那・まおです」 それが、別れの言葉。 終ぞ両者は背を向け合い、それぞれの場所へ戻っていった。 ●余談 「力量は見終えた。が、正直なところ、よく解らん」 『……何だいそりゃあ』 「連携が薄かった為に、個々人のそれは兎も角、群体としての能力が解らん。完全に見切ることが出来なかった、と言う方が正しいか」 『ハン。言い訳を聞く気は無いよ。今回の件で、奴らの力量から判断して返答を返す約束だ』 「無論、此方も引き延ばす気はない。 少々の懸念はあるが、あの程度なら敵対しても問題はあるまい。其方の依頼、引き受ける」 『上等だ。……ああ、それと』 「何だ」 『次に電話する時ゃ洟声隠しきってからにしな。……やりにくいったら仕方ない』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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