●ウツムキシンダンシツ 生きながら、死んでいるみたいだ。なんて。 感傷に浸っても今が変わるわけじゃない。昨日は今日へと連続し、今日は間違いなく明日に等しい。明日って今さ。そんな自嘲も欠片だって自分を慰めてはくれない。 ざあざあ。ざあああ。夏の雨は五月蝿い。傘のビニール質に当たって、はねる。はねる。夜の暗さを助長して、見えづらい。前が不確かだ。それなのに、私にはそれが見えていた。 レインコートを着ている。少しうつむいた姿勢のせいで、顔はよくわからない。それは、立ち止まっている。私は歩いている。距離は縮まるばかりだ。思えば、引き返すべきだったのだ。疲れた頭。単調にならざるを得なかった思考回路。それがひとつの常識を、暗黙の了解じみたそれを忘れさせていたのだ。 すれ違いそう。すれ違う。すれ違いざま。どうしてか、それは私の目前に顔を寄せていた。 悲鳴は自分のもの。湧き上がる吐き気。喉が熱い。 あれだ、なんといったか。あれに似ている。そうだ、キュビズムだ。エジプト壁画のような、一般にはまるで理解できない絵画技術。これはそれに似ていた。大きすぎる唇。左右非対称に並べられた眼球。あらぬところについた鼻。そのどれもが人間でいて、そのどれものせいで人間ではありえなかった。 指先が、自分に向く。女の指だ。青黒い痣だらけで、鼻につく臭い。そして聴くもおぞましい不揃いな声で、そいつは私に呪いをかけた。 「お前の顔は、僕のようだ」 歪む視界。捻じ曲がる。頬で呼吸している違和感。理解して、もう一度叫んだ。嗚呼、こいつになっている。私はこいつになってしまっている。 そこで暗転。心が耐えられなくなったのか、自分ではいられなくなったのか。それは定かではなく、確かめる術も時間も残されてはいなかった。 忘れていた。忘れていたのだ。 悲劇はいつだって、夜に起こるということを。 ●カタムキマンゲキョウ 本当に、こういうのやめてほしい。 目覚めた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、一番に感じたのはそれだった。強烈なむかつきに思わず口元を抑える。 思い出さないように努力しながら、ため息をついた。感傷に浸っていられるわけではない。状況の確認、リベリスタの召集。やらなければならないことは山ほどある。ベッドから立ち上がって、躓いた。幸い、どこにもぶつけはしなかったのだが。震えて起き上がれそうもない。 少しだけ。そう自分に言い聞かせて。ひとり部屋の中。声を押し殺して泣いていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月11日(土)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ミアゲルセイテンソウ 僕は普通だ。一般的だ。誰よりもノーマルだ。それを信じている。誰よりも確信している。右を向いた誰にだって似ていて、左を向けた誰とだって同じなのだ。だから皆僕のようで。だから僕は皆のようだった。 別段、暑いと感じるわけではない。否、けして涼しいわけではないのだが。しかし、それが一番厄介なのかもしれなかった。いつの間にか首周りには汗が浮かび、湿ったジーンズが足に触れて不快。不快。深い。 まるで呪いの象徴のような。話を聴いた『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)の感想はそれだった。同一視。いきつくところまでいきついて、同一化。自分が自分でなくなることを強要する。顔が歪み、声が歪み、心が歪む。恐ろしい。しかし、それを放って置いてよいわけではない。自分は、戦うものだ。そういうふうにあるのだと決めたものだ。そうであるものとして、世界の為に。そして、ひとり泣く少女の為にも。 「過去のトラウマを思い出すので作戦名を変えろ! いえ、変えて下さいお願いします」 メタいので一部改変されました。どうやら『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)の心に何か刺さるものがあったらしい。しらゆきひめ。彼女の名前と照らし合わせれば、なんとなくわかりそうな気もするが。ともあれ、勢いで受けてしまったこの依頼。妙に夏の怪談めいてはいるが。敵のそれに思いを馳せる。ただ、討ち滅ぼす為に。 皆と一緒がいい。皆が一緒じゃないと嫌だ。孤独。ひとりに明け暮れている。そう解釈すればこの同一視という感覚も『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)にはわからなくもない。雨の音。雨の音。アスファルトに水の跳ねる音は喧しい。だが、その不安定なリズムはひとつの音楽のようで。それを軸に心は研ぎ澄まされていく。運転するそれのワイパーが雨粒を除けて、また圧し掛かる。その繰り返し、繰り返し。 それに個体名はない。種別名もない。同一視のエリューション。そう呼ばれるだけのものだ。きっと、成れの果て。きっときっと、成れの果て。どうしてそんなものに、などと。問うのも無意味だとわかっていた。その経緯を聴いたところで解決にはならず、それが元の何がしかに戻ることもないのだから。同一視。僕のようだと言われても、自分は自分。そして、打ち倒す敵だということにも変わりはない。明神 暖之介(BNE003353)は静かに微笑んだ。 強制的に同一視させる、同じものにするエリューション。その理由に、ルーツに。雪待 辜月(BNE003382)は考えを巡らせる。同じである。同じものにする。自分自身に誰かを作り変える。知ってほしいのだろうか。自分のこと。自分の気持ち。その醜さに嫉んでいるのだろうか。自分の惨さを嫌っているのだろうか。考える。考える。考えても、答えは出ない。理解できず、寄り添えないのなら。止めるだけだ。誰も、傷つけられないように。 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)には、芸術なんてよくわからない。うまい、へた。それくらいは理解できても。抽象画。キュビズム。大多数がそれを素晴らしいものだと結論できない名作など、彼女には理解できない。そういうものだ。だから、そんなものになったところで醜いのだと指さされる。生理的にそれを美しいのだなんて思えない。だが、元をたどれば。その身ひとつで生きている。握り締めた拳は残るだろうか。ぶっとばせるなら、それでいい。 どこかの昔話にもあるけれど。『銀の盾』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)は物思う。女という生き物は、どうしてどうしてあんなにも鏡が好きなんだろう。そこに映るのは反転した虚像に過ぎない。鏡ってやつは嘘吐きだ。だのに、真実だと思い込む。その向こうは世界で一番美しい。鏡よ鏡。鏡よ鏡。あなたに褒められるのならば、実の娘を捨てましょう。娘に毒を盛りましょう。魔女にまで身を落とし、なんとも。滑稽。 同一視。そう言われても『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)にはピンとこない。ようは、鏡みたいなものなんだろう。映す方が、同じにしてくるなんて。やたら質の悪い鏡ではあるけれど。歪んだ顔。醜い肌。捻れた声。想像だに恐ろしい。怖い。考えるだけで不安にさせられる。仲間を見渡した。だからこそ、彼らが共にあるのが心強い。安心する。正直、逃げ出したい。逃げ出してしまいたい。それでも、一歩として引くわけにはいかないのだ。守る為に。 ●セイタカインボウダン 気持ち悪いのだと、誰かが言った。それを、なんて酷いことを言う人なのだと思ったものだ。自分のことを、自分と同じものをそんなに悪くいうものじゃない。確かにあなたの顔は醜いのかもしれないが、それは誰だって同じなのだから。嗚呼、誰に言われたのだっけ。確か、母親。 それを。理解できないと吐き捨てるのは。気持ち悪いのだと目を背けるのは。難度の問題ではない。生理的なものだ。誰だって美意識に反するものには顔をしかめるだろう。それを抱きしめる美談などまるで共感できない。 だから、それを見つけた時も心を掻き乱された気持ちだった。鳥肌が立つ。いやがおうにも険しくなる。剣を抜いたのは条件反射。誰だって、そんなものがあるのは認め難く。 それほどに、ひとに似た何かはおぞましかった。 ●ドウイツドウイツセイ 個性を尊重しましょう。どこかでそんなことを聞いたのだけど。昔から、さっぱり理解できなかった。だって、人間なんて皆同じじゃないか。皆、平等に狂おしい。どれもこれも気持ち悪い。そこにどう個性があるというのだろう。わからない。僕には皆、同じに見える。 「お前は、ボクになれない。ボクはボクだけです」 壱和の言葉は、果たして届いたのだろうか。醜悪さを塊にしたかのようなそれ。人間のパーツで構成された人間ではありえないその顔で、それはこちらを振り向いた。怖い。恐ろしい。見るだに悍ましいその顔。顔。歯の根が鳴り、膝が笑いそうになるのを懸命に堪えた。目を逸らしたい。だが、逃げ出すわけにはいかないのだから。踏みとどまり、睨みつけた時には。その瞳に、決意の色が顔を出していた。 同一性のそれがこちらへと歩み寄る。嫌な臭い。警戒に心を傾け、神経を研ぎ澄ます。腐臭が一層増した時、それは呪いを口にした。 お前の体は、僕のようだ。 悪臭が噴き上げる。だが、不思議とそれに不快は感じなかった。そのはずだ。見やれば、自分の肌に青黒い痣。痣。痣。それに違和感すら感じられない。心が掻き乱されそうになる。こういうものであったのだと思い込みそうになる。落ち着けと、自分に言い聞かせた。自分を見失うな。大丈夫、ここには。仲間が居る。 義弘が肉迫する。盾であれと己に課すならば、誰よりも牙に近く、誰よりも刃に近い。それは、意志であり矜持であるのだろう。だが、それは同時に。この醜悪と目と鼻の先に位置することだ。 顔をしかめてしまうのを、止められない。それは、嗚呼、女なのだろう。おそらくは。そうあるだけのボディライン。そうあるのだろうパーツ群。だが、鼻につく嫌な臭い。歪というに相応しいまぜこぜの顔。そして、聞き取り辛いばらばら声がそれを人型とは認められない。認めさせてなどくれないのだ。 お前の声は、僕のようだ。 喉に痛み。違和感。声を発しようとして、異音しか出なかった。違う。自分の声だとわからなかったのだ。理解できなかったのだ。 だが、それすらも飲み込んで盾となる。今の自分の声は、きっと誰にも届かない。音で判断するのなら、自分も敵も同じだろう。だがそれでも構わない。前に立つとはそういうことだ。盾となるとはそういう意志だ。砕けない。何がどうであろうとも、心はきっと砕けない。 陽菜の弾丸が、エリューションの脳天を直撃し。それを確認する前に、彼女は後方へと大きく退いた。事前情報で確認した、呪いの届かない距離。我ながらせこいと思わなくもないが、確実な戦闘。自分の性能を発揮するための手段とすれば、仕方のないことだと思える。 鉛に込められた悪意が勘違い者の運命を捻じ曲げる。運勢を捻じ曲げると言ったほうが正しいだろうか。事実、それはなんでもないことで足を滑らせ。濡れたアスファルトに顔を打ち付けていた。 雨。雨。なんとも喧しく、なんとも煩わしい。視界を遮り、神経を逆なでする。そうであるのだ。そうであるはずなのに。その声は、不明瞭なままやけに脳へと根を張った。 お前の顔は、僕のようだ。 視界が歪む。右目が顎にあって、左目が後頭部にあるという異常性。左の音しか聞こえず。自分の声がいやに遠い。立っていられない。だが、寝てだっていられないのだ。 「アタシの顔が変になった……ぁ、でもこれなら誰だかわからない状態で悪戯できるかも♪」 心のベクトルを、前へと。 醜い顔、醜い体、醜い声。それが仲間のものなのだとわかっていても、理解していても。心が受け付けない。受け付けられない。 仲間の顔。あんなにも醜いそれを仲間だと受け入れていいのだろうか。仲間の体。あんなにも臭いものを仲間だと理解していいのだろうか。仲間の声。聞き取れない。人が出していいものなのだと思えない。 不快感。気持ちの悪さはどうしてもエルヴィンをさいなんだ。だが、仲間だとわからないのなら。誰が敵でないのか見定められないのなら。全て癒せばいい話だ。何もかも下に戻してしまえばいいだけなのだ。エルヴィンの発したそれが、醜悪からリベリスタへと巻き戻させる。その顔に、その匂いに。安堵した。精神的な重圧から解放されていく自分を実感していた。喉にこみ上げていた気持ちの悪いものが引いていく。 まだ、戦いは続くのだ。きっとこれからもあの腐質を拝むことになるのだろう。理解では及ばないレベルの幻覚。ならば、真っ向からそいつを打ち砕いてやる。 暖之介の編んだ痺毒の群れが、鼻の曲がりそうな体を絡め取る。硬直。痙攣。それは客観的不快さをさらに増し、思わず顔をしかめる結果にもなったが。同時に好奇であった。死印を刻み込み、毒に犯す。口づけだと名のついたそれ。想像すれば吐き気がこみ上げた。だが、そのすぐあとのそれに比べれば。幾分かマシにも思えるだろう。 お前の顔は、僕のようだ。 揺れる視界、ぐるりと回る。思わず人工地に手をついた。雨に濡れ、夏といえどそれは冷たい。頭頂にできた眼球が雨粒に打たれ、思わず目を閉じる。暗闇の中で浮かんだのは、己への嘆きよりも妻子の顔だった。 こんな顔であったとしても、こんな姿であったとしても。変わらず愛してくれればよいが。瞼を開く。仲間が直してくれたのだろう。見える世界は元のそれであった。動き始めた怪物に向け、再び糸の群れを紡ぐ。 倒してしまおう。倒して、早く帰ろう。愛する家族のもとへ。例え何に潰れ成り下がろうと。 辜月の行使したそれにより、異形が人間の姿を取り戻していく。続き、祈るそれが呪いに蝕まれた味方の傷を癒していた。 「体の傷しか癒せないのが心苦しいですが……」 表面上のそれは取り払われても、精神に刻み込まれた異臭の記憶は失くせない。自分が変わる。自分でなくなる。人間からすら外れてしまう恐怖。恐怖。想像するだけでもふるえが走る。歪な顔になるのは怖い。悪臭の体になるのは怖い。ざんばらな声になるのは怖い。怖い。怖い。染まりきって化物になるのが、怖い。気持ち悪い。喉が痛いのは、胃液のせいだろう。 お前の体は僕のようだ。 青黒い肌だと錯覚させられる。恐怖の虫が爪先から登ってくる。登ってくる。いくつも。いくつも。自分が自分でなくなる。自分であることができなくなる。もう、誰も助けられなくなる。なによりも、そのことが。怖いから。 歯を食いしばった。鉄錆の味。痛みが頭を冷やす。自分を意識しろ。自分であることを確信しろ。舌を噛み千切ってしまったって、自分であることを自分に命令しろ。 背後からの一撃。勘違い者の首から、赤紫のそれが流れ出した。深みを増した異臭に一瞬の硬直を要するも、涼子は追撃へと躍り出た。 血にまみれさせ、色をつける。同じであってもその個性を大元に見出す。これで見分けられるように。仲間を討たなくて済むようにと。手にしたそれを振りかぶり、ただただ思いっきり叩きつけた。骨のひしゃげる音。中の潰れた音。肉袋を打ち付けたようで、それすらも酷く不快。不快。 お前の―――構わずに殴りつけた。匂いが臭いに変わる。それがどうした。顔も体も声も、例え何もかもこれと同じになったとして、同一だとみなされたとして。だとしても、自分とこれは違うものだ。表がどうであれ、中身は誰も彼も違うものだ。自分は、誰かの悲鳴を覚えている。傷ついた痛みを、子供を殴り殺しもした感触さえ覚えている。 それが何よりも自分を縛り、自分たらしめるのだ。思い出が自分を責める限り。守る限り。 わたしのこころはわたしのものだ。 ユーニアの得物が、エリューションの身体を刺し貫いた。赤い脈打ち。吸命。傷ついた化物とは真逆、ユーニアの傷は癒えていく。食っているように、癒えていく。 傷つけること。刻印すること。マーキング。それはこの戦場において重要な見定めを可能としていた。味方が敵に見える。自分が化物に見える。その判別は難しく、誰も彼もを殺しかねない。その場において、はっきりと人間である彼が戦う先。それこそが本当の敵なのだと理解できる目印になっていた。 彼にとって、呪い・異常といった類のほとんどは効力のないものだ。人間であること。人間であること。それは入り乱れるここにおいて安心を与えてくれる。 得物の色が、赤から黒へ。喰らう剣から、己も蝕む宣告へと。貫く一撃。侵す悪意。仕返しのつもりだろうか。異形が、悪臭が、同一視の言葉を吐き出した。 お前の顔は、僕の――― 「戯れ事は鏡にでも言ってろよ」 通じない、彼にそんなものは届かない。振りかぶる殺意。刺突はその喉を穿ち、貫いた。 ●ライラクホウソウトウ 協調性◎。 倒れた醜態から、剣を抜いた。 戦いが終わっても、雨は降り止まない。祝福のように月が顔を出すのを、期待していたわけではないが。それでも、雨粒は達成感に水を差す。 「ったく、まだ普通の顔だったら、ここまでおぞましくはなかったんだけどな……」 そんな呟きも、雨音がかき消していた。何を考えて、何がどうなって。考えてたらキリがない。考えていたって終わらない。否、もう終わってしまったのだ。その感情を抑えきれなかった産物は、その感情を後生大事に抱え込んだ怪物は、もう曲がりくねった言葉さえ発する機会を失われてしまったのだから。 ひとまずは、休息を。体の傷よりも揺らされた脳の方が重たい。今夜は悪夢を見なければよいが。そうだな、さしあたって。 「服透けてるし、周りほとんど男性だし……風邪ひく前に帰らないと」 少しだけ、雨に感謝するとしようか。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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