● 私は真面目に生きてきた。コツコツコツコツ、真面目に地道に、一つ一つ積み重ねて生きてきた。 此れだけの財を築けたのも、唯只管に積み重ねがあったからだ。 無論運もあったのだろう。その地道さを認められて富豪の娘と結婚し、其の財を更に拡大し、私は誰もが羨む成功者となった。 なのに、なのにだ。年老い、死に瀕した私にあったのは絶望のみ。 どれほど積み重ねようが、死ねば全ては無に帰してしまう。 私はなんと無意味な事に人生を捧げて来たのだろうか。 だが其の絶望こそが、新しい世界への扉を開く鍵であったのだ。 素晴らしきかな革醒。 おめでとう新しい私。 私は此れから、全てを崩して生きていこう。 まずは、そう、知り合いの富豪どもを招いて虐殺パーティでも開いてみるとしようか。 新たな気の合う友人たちと共に。 ● ザ、ザー…………。 『うらのべうらのべ! いっち! にっの! さーん! どんどんぱふぱふ。さー、今夜もやってまいりましたうらのべラジオ』 特殊な無線機から流れるのは、ある組織の構成員のみが聴けるラジオ番組もどきだ。 『DJはいつものわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんでおとどけします』 周波は特殊回線の123。悪ふざけのお遊びで、構成員にとってさほど重要ではないが知っておきたい情報を隠語で知らせるラジオ番組。 DJである裏野部四八……、死葉のトークの軽妙さも相俟ってこのお遊びには組織内でも意外と支持者が多い。 『今夜はみんなに豪華客船へのご招待がとどいていますー! いぇーい! おっかねっもちぃ~』 だがそんなラジオの内容も、今夜は少し様子が違うようだ。 ……豪華客船への招待? 『招待主は最近うちに所属希望をだしてきた三揃部さんだね。新人さんだけど、やっぱりお金持ちはやる事が派手だよね~』 三揃部・構造……、裏野部に所属したばかりの新人で、確か称号は『火の鳥』だった筈。 だがそんな取ってつけた様な称号よりも、よっぽどこの三揃部の3文字の方が誰にも彼にも知られている。 何故なら彼は……、 『そう、三揃部さんってば財閥のTOPだった人だもんねー。現在三揃部さん主催のパーティで、肥え太った豚をざくざく調理したい人だいぼしゅー!』 パーティとは、無論虐殺の意味。そして肥え太った豚と言うのは、……成る程、どうやら主催者は表の人脈を使ってセレブ達を其の豪華客船に招待する心算のようだ。 三揃部・構造は表の人間を生贄にしてでも我々との蜜月を築きたいらしい。嗚呼、少し愉快になってきた。 『あ、でも主催者さんの趣向で花火が用意されてるから、其のままお船でおうちまで~、とは行かないみたい。いく人は自力で帰れる人に限定ね! じゃ、今日の放送は此処まで~』 花火、花火、花火か。 どうやらこの新人は、裏野部をよく理解しているようだ。よし、良き友人の誕生を、一つ祝いに行ってみよう。 ● 「さて諸君。今日は諸君等を豪華客船での海上パーティへと案内しよう。……まあもっとも招かれざる客としてだが」 唇に皮肉を浮かべ、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)がリベリスタ達を迎える。 「今夜、ある地方財閥が所有する豪華客船で海上パーティが開かれる。その財閥TOPの後継者のお披露目と言う名目でな」 本来ならば其れは表の、神秘関わらぬ世界の話の筈だ。 けれど此処で其の話が出ると言う事は……、 「だが実はその後継者と言うのは、老いで死に掛けていた筈の財閥TOP本人だ。……諸君等なら、何が起きたか判るだろう?」 そう、リベリスタ達の中にも其れを経験した者が居る筈だ。 すなわち、革醒による肉体年齢の変化。 「単に自分の財閥を、革醒後も自分の物だと宣言したいだけなら良かったのだが……、其の財閥TOP、三揃部・構造はあろう事か裏野部と結びついた」 主流七派が一つ『過激派』裏野部。その危険さは主流七派でも1、2を争う連中だ。 「集めれた招待客は裏野部の連中が楽しむ為の生贄だ。その数凡そ100名。……フィクサード連中がその気になれば数分もかからずに皆殺しに出来る数だ」 一つ、溜息。 「諸君等の任務はその虐殺が始まる前に客船へと忍び込み、フィクサードへの被害を与える事だ。そうすれば自然と奴等も退くだろう。奴等とて命を賭けてまで虐殺を行いたいわけではないからな」 机の上に放り投げられたのは、フィクサード達の資料。 そこに書かれた連中は……。 「敵は非常に強力だ。正面からまともにぶつかれば諸君等とてどうなるか判らん。敵の油断に浸け込みたまえ。……それともう一つ、注意がある。招待客達に何が起きたのかも悟られない様にしてくれたまえ。彼等の悪事を隠し立てる様だが、表沙汰になれば表の世界への影響が大きすぎるからな」 資料 フィクサードA:『爆撃機』久那重・佐里 裏野部に所属する若い女性フィクサード。種族はフライエンジェでプロアデプト。 特徴としては攻撃性能と命中が非常に高いが、其の反面防御は脆い。 EXスキルとして『ナパーム』と『クラスター』を持つ。 EX『ナパーム』神遠2範。鈍化、業炎。 EX『クラスター』神遠域。無力、崩壊、連。 フィクサードB:『雨燕』天野・翼 裏野部に所属する若い男性フィクサード。種族はフライエンジェでソードミラージュ。 特徴としては回避と速度が非常に高い。低空飛行状態での戦闘を得意とする。 EXスキルとして『燕返し』、EXPスキルとして『低空飛行戦闘熟練EX』を持つ。 EX『燕返し』物攻+(速/2切捨)、崩壊、連。(飛行状態でしか使用出来ない) EXP『低空飛行戦闘熟練EX』高度3m以下の飛行状態での命中回避が大きく上昇。 フィクサードC:『メガロドン』鮫鬼・剛 裏野部に所属する人並みはずれて大柄な男性フィクサード。種族はサメのビーストハーフでデュランダル。 特徴としては非常にタフでしぶといパワーファイター。水中呼吸を所持。 非戦EXスキルとして『ロレンチーニ器官』を所持。 非戦EX『ロレンチーニ器官』:空気中の僅かな電位差を感じ取る事で半径50m以内に居る生物を確実に察知出来る。 フィクサードD:『水仙』庚 裏野部に所属し、尚且つ三揃部・構造と個人的友誼を持つ男性フィクサード。見た目は若いが見た目通りの年齢ではない。種族はジーニアスで覇界闘士。 特徴としては高いレベルでバランスが取れたファイター。水上歩行を所持。 フィクサードE:『火の鳥』三揃部・構造 地方財閥・三揃部のTOPにして裏野部の新人フィクサード。フィクサードとしての経験は浅いが従軍経験があるのでまるきりの素人ではない。 マスタードライブを所持している事以外は詳細不明。 「豪華客船には、小型船で見つからない程度近付き、其処からは泳いで接近して貰う事になる。無論泳ぐ為のスーツ等は貸し出そう。何、熟練の兵士なら能力者でなくとも其の程度はこなす。諸君等なら何の問題もあるまい」 逆貫の表情は少し愉快そうに。 「諸君等が到着する頃には、招待客達はパーティ会場で普通のパーティを楽しんでいるだろう。どうかこのまま恙無く、パーティが終われるようにしてくれたまえ」 それでは諸君の健闘を祈る……何時もの送り出す台詞を言いかけた逆貫は、けれど少し眉根を寄せて言葉を止める。 「……少し気にかかるのが、三揃部・構造は花火を用意していると言う話なのだが、海上パーティならば花火を打ち上げる趣向もない訳ではないだろうが、どうも気にかかる。杞憂ならば良いのだが……、ふむ。ああ、すまない。諸君等の健闘を祈るよ。よろしく頼む」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月13日(月)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 黒。全てを飲み込んでしまう様な、深い黒。 あるベテランの船乗りは、最も怖い死に方に夜の海への転落死をあげた。 人が生きれる世界ではなく、人が征する事の出来る世界でもない。 夜の海を覗き込んではいけない。引き込まれるから。 けれどそんな闇夜の海を一艘のゴムボートがいく。所在ばれぬ様にと、明かりを落とした小型船から、逆に煌々と光り輝く豪華客船を目指して。 ゴムボートの縁の直ぐ横は、人を飲み込み喰らう闇の海。 だがそんな事を気にした様子も無く、さも当然に、恐怖も抱かずに、ゴムボートの上の者達はただ進む。 彼等は、人ではあっても、最早人間であるかどうかは怪しい者達。 翼や、八重歯の域を超えた牙、あからさまな異形を身に抱える者は言うに及ばず、それ以外の者とて人間から逸脱しているは同様だ。 人間の筋繊維では到底出しえぬ出力を、彼等はいとも容易くひねり出す。 不可思議な術、そう例えば今『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が行使した、他者の背中に翼を付与する と言ったような、人間の常識を無視する術を繰る。 凛子の翼の加護により其の背に小さな翼を得た『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は宙を舞い、見つけた窓に、まるで溶け込む様に透過を行う。 彼等は、上位世界の、神秘の影響を受けて革醒するも、この世界の、運命の寵愛を得る事で化物へと堕ちずに踏みとどまった者達。 革醒が変化なのか進化なのか侵食なのか、彼等が自分自身を人間だと思っているのか、それとも既に化物だとの認識なのか、其れは一人一人が違う思いを抱いているだろう。 しかしそれでも彼等は一様に、人間と化物の間に踏み止まり、堕ちてしまった化物を、世界の敵を狩るリベリスタである。 そして乗船後即座に其の力の一端を示したのは『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)。軽く眼を細めた彼が潜るはこの船に張り巡らされた電子のネットワーク。 遠い制御室で映し出される監視カメラの映像が全て以前に録画された物へと切り替わる。 今や船内の監視カメラは禅次郎の目も同然だ。船内の至る所に生まれた禅次郎の目が探すのはターゲットであるフィクサード達の姿と、そしてあわよくば船内に仕掛けられているだろう爆弾を。 とは言え流石にすぐさま爆弾が発見出来てしまうほどにフィクサード達の備えは甘くなかったが、其れでも数人のフィクサード達の現在位置は判明する。 特に船内を自由に動き回り、所在が掴み難かった『雨燕』天野・翼の位置が割れたのは大きい。 着替えを済ませ、2人ずつのグループに分かれて船内に散っていくリベリスタ達。 彼等の今回の目的は、新たな裏野部フィクサード『火の鳥』三揃部・構造の馬鹿げた虐殺劇を食い止める事。 ● 大口を開き、肉に齧り付く。鋭い歯で噛み千切り、咀嚼し、ごくりと音を立てて飲み下す。 骨や食べカスを散乱させる其の光景は、食事と言うよりも寧ろ獣が餌を貪る様に近い。 粗暴に、下品に、胃に食べ物を詰め込み続ける一匹の獣、『メガロドン』鮫鬼・剛。 しもうすぐ訪れるであろう殺戮に存分に酔いしれる為に、彼は只管にエネルギーを摂取する。 胃もたれなど知らぬのであろう、巨体に見合った底なしの大食漢。 だが、次の肉へと手を伸ばそうとした剛の手がピタリと止まる。彼が誇る独自の能力、『ロレンチーニ器官』が2人の人間の接近を感知したからだ。 無論其れはフィクサード達に損害を与え、虐殺を食い止めようとするリベリスタ達の反応なのだが、この時点では剛は船にリベリスタが潜り込んだ事を未だ知らない。 此処が陸地遠く離れた洋上だと言う事も、彼の油断には一役買ったのだろう。 紙ナプキンで手を拭き、席を立つ剛。気の効く新人である構造が、食事が残り少なくなった頃合を見計らい追加を持って寄越したのだろうと都合良く判断したのだ。 「御不便はないでしょうか、宜しければ軽食や甘味をお持ち致しましょうか」 2つノックの後に扉越しにかけられる『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)の落ち着いた声。 従業員を装う彼の言葉の内容に僅かな違和感を感じつつも、剛はドアノブへと手を伸ばす。 時間まで人前には出ぬ様にと構造からお願いされては居たが、彼自身が寄越した従業員であるならば問題は無い筈だ。 そう、剛のロレンチーニ器官は確かに範囲内の生物を確実に察知できるのだが、オーウェンが予測した通り、『近づく』のは探知できても、それが誰であるかは見えない。 豪華客船という普段は早々味わえないシチュエーションが招いた剛の油断。開く扉に、戦いの火蓋が切って落とされる。 時を同じくして、剛と同様に殺戮の宴の為にこの船へと招かれた2人のフィクサード、『爆撃機』久那重・佐里と『雨燕』天野・翼の前にもリベリスタ達は姿を見せていた。 「hi! お美しいお嬢さん 僕ちゃんと一緒にお酒でもー?」 ラウンジでは、タキシードに身を包み正装した『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)が口説き、 「男と女がこんな場所で話す会話ではないですから……」 更に遠く離れた通路の一角では、招待客を装った凛子が艶を隠して囁く。 ● 「父上に連れられてきたのじゃが大人ばかりでつまらなくてのぅ……、兄上と外で涼んでおったのじゃ」 堂々と、悪びれた様子も無く可愛らしい言い訳を口にする『緋月の幻影』瀬伊庭 玲(BNE000094)。 其の言葉の中には一欠けらの真実も含まれてはいない。彼女が言う父は存在しないし、一緒にいる禅次郎も兄ではない。 彼女と彼はこの船に仕掛けられているであろう爆弾解除の役割を担うリベリスタだ。 無論こんな即席の言い訳は問い合わせをされてしまえば一発でバレるのだが……、船内をうろつき回る玲達を発見したこの船のスタッフは其れをしなかった。 もう少し正しく言うならば、其れが出来ないように玲の魔眼によって催眠状態に陥らされてしまって居るのだ。 彼女の言う事を疑えない。疑いが無いから、問い合わせる事もしない。 「そうですか。お父様が心配なさらない様に、出来るだけ早めにお戻りくださいね。……それと、B2より下の階層にはくれぐれも立ち入られぬようお願いします」 少し虚ろに、本来言わなくて良い言葉までをも添えて、スタッフは其れでも丁寧にお客様へお辞儀する。 「! おや、無論わらわ達も直ぐに戻るので心配は要らぬ。……ところでその下の階には何があるのじゃ?」 思わぬところで得れたアタリの反応に、平静を装いつつも玲は僅かに踏み込む。 「申し訳ありませんお嬢様。私共も近寄らぬようにと厳命されているだけで、何があるのかは存じておりません」 ちらと禅次郎へと視線を送り、玲は手を振ってスタッフの背を見送る。 つまりこの船の持ち主、構造はこの船のスタッフ達も撒き沿いにして殺す心算なのだろう。 考えてみれば当然だ。船ごと爆弾で吹き飛ばす心算なら、其の船のスタッフを態々生かしては片手落ちだ。 故に、其のスタッフ達にも近付くなと厳命されたブロックには、彼女達のターゲットが潜んでいる可能性は高いだろう。 沈む船からはネズミも逃げ出すと言うが、この船の潜りこんだネズミ達は逃げるどころか、しぶとく狡猾に、船を救う為に船底を目指す。 舞う血飛沫は、フィクサードではなく、リベリスタ氷河・凛子の身体から噴出した。 痛みと驚愕に顔を顰める凛子だったが、彼女の誤算は敵の好戦性を見誤った事だ。 招待客を装い、相手が戦いにくいであろう狭い場所への誘い出しを目論んだ凛子に対し、其の返答は抜き様に刀を彼女の胸に一突き。 E・能力者である事は一目で知れる。リベリスタであろうと、フィクサードであろうと、E・能力者はE・能力者を見抜く。ステルスでも備えていない限りは。 だが其れでもまさか行き成り通路の真ん中で攻撃を受けようとは……、些か想像の埒外だったのだろう。 捻られた刃に凛子の身体が傾ぐ。 油断に浸け込み強襲する筈が、けれど油断があったのは凛子の方だ。しっぺ返しは余りに手痛く、無防備な身体に刃が閃く。 倒れ伏した凛子を見下ろし、翼が取り出したのは携帯端末だ。 床を真紅に染める程の出血だが、その胸は軽く上下しており、其の命が未だ身体に留まる事を物語る。 主催者からはパーティが始まるまでは殺しをせぬようお願いを受けているのだ。 まさか勝手に潜りこんだリベリスタは其の範疇の外だろうが、其れでも一応お伺いを立てる事で主催者の顔を立ててやるのも悪くは無い。 許可が出ても、どうせ折角生かしたのだから何処かの部屋にでも持ち込んでゆっくり切り刻んで楽しもう。どうやら女を武器にしたかったようだし、死ぬ前に其の願いをかなえてやるのも良いかも知れない。 薄ら笑いを浮かべながら、端末を耳に当てる翼。プルルル、何の変哲もコール音が、ワンコール。 だが、其の時だった。不意に大きな音と共に端末がはじけ飛び、粉々の残骸と化す。 音と残骸に打たれた痛みに顔を顰めながらも構えを取る翼の前に姿を見せたのは、凛子が行動不能となった時のバックアップとして気配遮断で完璧に身を隠していた『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)。 本来ならば『凛子が行動不能』となるまでは見守る心算だった彼だが、今此処で主催者に連絡を取られてリベリスタの侵入がばれるのは非常に拙い。彼等は良い。例え敵が増えようと、精一杯戦うだけだ。 しかし今爆弾を探して船底にいる解除班の邪魔をされる事だけはどうしても避けたい。 フェイトで踏み止まりながらも、今度こそ隙を突いての不意打ちを倒れたまま狙っていた凛子が自らの身体を癒しながら仕方なしに立ち上がる。 戦いの第二幕の火蓋は、今度はリベリスタ側から切って落とされた。 一方ラウンジでは、凛子が翼に正体を見抜かれて攻撃を受けた様に、甚内もまた佐里の攻撃を受けそうになっていた。 だが通路での戦いとは大きく違う事が一つ。 虚を突かれた甚内に佐里が攻撃を放とうとしたその瞬間、逆側の物陰からもう一人のリベリスタ『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が飛び出し佐里に向かって駆け出したのだ。 最初の一撃は止められぬ。甚内と佐里、二人が居る場所までの距離が些か遠い。少し距離を開けすぎた。移動しても、僅かに攻撃範囲には届かない。 自らを巻き込まぬように放たれた佐里のクラスターが甚内ごと壁の一部を吹き飛ばす。 佐里の戦い方は其の称号の通りに『爆撃機』。敵の攻撃届かぬ高みより、命中力を活かして周辺ごと薙ぎ払い焼き尽くす。 一度飛び立てば手の施しようが無い暴威の爆撃機。其の闘争の為に必要なのは空への道だ。佐里の攻撃は其れを作る為だったのだが、しかしユーヌが其れをさせない。 速度を活かして先手をもぎ取ったユーヌから放たれる呪印封縛が、回避は決して得てとは言えない佐里の身体に纏わり付いて縛る。 明暗を分けたのは一瞬の判断の早さ。ユーヌが後一手遅ければ、佐里への対処は非常に厄介になっていただろう。 更に、動けぬ佐里の腰に手を回し、タックルで持ち上げ運ぶ甚内が目指すのは佐里が攻撃で崩した壁の向こう。 勿論、彼女を空へと逃がそうと言うのでは決して無い。目指すは上でなく、下。一面に広がる暗黒の海。 甚内は腕の中の女の身体の柔らかさに顔をにやけさせたまま、迷う事無く其の暗闇へとダイヴする。 「何もお前さんを撃破する必要はない。今回の件から手を引け」 オーウェンの言葉に動きを止める剛。 剛を相手にするオーウェンと遥紀の戦いは、はっきりと言えば不毛だった。 怒りで引き付け、誘導して海に落とすのがリベリスタ達の考えた剛への対策。 ビーストハーフである剛に奇襲は通じないが、それでもオーウェンの放ったピンポイントは確実に捕らえた。 しかしだ。怒りを維持しつつ誘導が可能な程に剛は生温い相手ではなかった。 背を向けて全力で逃げるのならば話は変わるかも知れないが、引き付けながら誘導するには些か相手の元気が良すぎ、尚且つ場所も悪い。 とは言えすぐさま方針を変えて倒し切るとするには、剛のタフネスは高すぎた。後数名の人員が居れば話は別だが、この場の面子のみで処理するには胃もたれのする獲物である。 だが一方、誘き寄せられた剛にも誤算があった。放ったデッドオアアライヴの一発はオーウェンを捉えずに客室の壁に当たり、拳から注ぎ込まれた闘気が壁を粉々に破壊する。 素手で放たれたとは到底思えぬ威力だが、そう、剛は素手なのだ。彼の愛用の武器、巨大なウォーハンマー『ハンマーヘッドシャーク』は先程まで彼が居た部屋の中に置かれたままである。 幾ら壁を砕けても、相対するオーウェンは壁より遥かに頑丈だ。例えダメージを与えても、遥紀の天使の息が即座に癒す。 不毛な戦いに双方が覚える感情は嫌気。故に停戦の申し出は、驚くほどにあっさりと受け入れられた。 元よりリベリスタの相手をせねばならない義理も義務も剛には無い。こんなに厄介な連中を態々相手取るなら、それなりの準備と覚悟と、そして強い動機が必要なのだ。 ● 「此れは困った事になったね。火の鳥」 一行に繋がらぬ携帯端末を懐に仕舞い、『水仙』庚は構造に囁く。 翼からのワンコールだけの連絡。即座にかけ直しても反応は無い。当然だ。すでに彼の端末はその時壊れていたのだから。 他の2名への連絡も梨の飛礫だ。先程響いた轟音。あれは明らかに戦闘による物だった。 不安がった招待客を宥めはしたものの、この船に異常が起きている事は間違いない。 何より、あの振動に警報装置が鳴らない事自体がそもそもおかしい。 「花火も反応が無いな。此れはどう言う事だ?」 ボタンを押せば爆発までの残り時間が表示される筈の、時計型爆破スイッチ。 船底に穴が開き浸水し、そして機関が壊れ火災が起こり、ゆっくりと恐怖を煽り、だが万が一にも生存者など残らぬ様に、念入りに仕掛けた筈の複数の爆弾が全て無効化されている。 「思い通りに行かない事が口惜しいかい? 君もこの世界の洗礼を受けたって事さ。神秘満ちた裏の世界は理不尽で、何一つ思い通りにはならない。我を通すには君はまだまだ弱いのさ」 勿体ぶった友人の、庚の言い回しに、構造は僅かに苛立ちを表情に滲ませる。 「おっと、馬鹿にした訳ではないよ。君にリベリスタの相手はまだ早い。なに、此処ならリベリスタ達も仕掛けてこないだろう。もっともパーティは諦めざる得ないね。此処の一般人の存在が君の盾になっている」 リベリスタの単語に構造が見せた怒りは一瞬。すぐさま笑顔に戻り、彼は招待客の相手を再開する。 身を焦がす怒りの炎を仮面の下に押し殺し、心の底に殺意として溜め込んで。 新たな裏野部フィクサード『火の鳥』三揃部・構造の初の活動は、彼の敗北に、リベリスタ達の勝利に、終る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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