●火焔が鳴く 闇色の街の片隅、外界より隔絶された非常識の世界の中に真紅の炎が揺れていた。 ごうごう、ごうごうと低く耳障りな音を立てながら。 飲み込んだ全てを、空気中の酸素さえ焼き尽くさんとするかのように――恐らくはそれでもまるで飽き足らぬ程に。炎が渦を巻いている。背の高いビルを包んでいる。この広い世界で唯『燃やす事』にのみ興味を持ってしまった炎は――それを統べる男は自身の存在感を誇示している。 「あア――つまんねぇなぁ」 モノを燃やした。動物を燃やした。ヒトも燃やした。 考えられる限り此の世にあるありとあらゆるモノを燃やしてきた彼である。遥かな時間の彼方で自身を魅入った炎の美しさの前ではどんな美徳も、どんな価値観も色褪せて感じられて――だから彼は迷った事は無い。目の前で泣き叫ぶ誰かがどんなに美しい女だろうと、ほんの小さな子供だろうと。 「つまんねぇなぁ」 しかし、頭の芯を揺らすような愉悦と、心臓を突き刺すような快感とに現在の彼は縁遠い。炎に向ける情熱が一分も揺らいでいないのは間違い無かったが、彼は些か熱心過ぎた。広いようで狭いこの世界で歪んだ求道者が『逸脱』しようとしたならば、そこに広がるのは虚無と闇である。 炎は燃やすモノを無しにそこに在り続ける事は出来ない。彼が価値を見出したダイヤモンドの如き『刹那』は常に口を開け、『次』を強請る貪欲な雛のようである。どれ程の『餌』を運んだとて満足する事は無い。同じく彼も満足して辞めようとは思えない。鮮やかに燃え上がる程に『贅沢』になる炎と男の両方は確かに刺激を求めていた。最高の『燃料』を求めている。 「――そうだな」 ややあって男は一人ごちて頷いた。 やはり燃料は生きのいい方がいい。『彼等』を燃やした事も無い訳では無かったが、その全てを一くくりにするのも暴論だという事だ。 それより何より。大切なのは彼等が今、ここに到った事では無いか! 「なぁ、箱舟の連中よ?」 ビル街の道路の向こう側――常識の世界より現われたリベリスタに男はむしろ友好的に声を掛けた。 「お前等は、俺を『燃やして』くれるよな?」 一声と共にビルを巻く火力が一気に増した。炭化したビルの黒い粉が夜の闇の中に舞う。炎に照らされて浮かび上がる男の目は爛々と輝いている。 ――男の名は我妻蓮児(あがつま・れんじ)。『灼き尽くす者』と呼ばれた逸脱者の一人である―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月15日(水)00:21 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●燃える『九極』 「つまらない、だと?」 その男を闇の路地の向こうに回す、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の唇から零れた呟きは乾いた殺気を帯びていた。 「――つまらないだと? 巫山戯るな!」 真夏の夜に揺らめく焔の色は余りにも鮮やかに赤々しく、非常識なまでの存在感を示していた。 「ふざけちゃ、いねぇよ」 炎に巻かれたビルから火の粉が舞い散る。 呼びかけた自身の『ラブコール』に『つれない』返事を返した舞姫に――そこに居る十四人のリベリスタにぬるりと視線を投げ、男は――『灼き尽くす者』の異名を持つ我妻蓮児は皮肉気に口元を歪めていた。 「俺と、お前達は違うだけ」 言葉が熱気を震わせる度に夜の魔性が匂い立つ。 爛々と輝く蓮児の目は炎に魅せられ、まさに運命に魅せられていた。 「赤い髪の炎使いの男……見つけましたよお、貴方ですかあ。私達から全てを奪ったのは。いや、違う筈がない!」 「仇討って訳じゃねぇが……フィクサードは軒並潰す」 「……はぁ?」 熱病にうなされるように呟いた『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)と、その彼女を自然に庇うように前に出た『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)の感傷か――或いは『事情』か――はさて置いて。 リベリスタはこれを排除せんとするのは何時もの通り。問題は彼が『特別な相手』に間違いが無い部分である。 「与えられた炎に酔うプロメテウスの信奉者か、太陽を目指すイカロスの模倣者か。 逸脱者の思考など、推し量っても詮無い事なのでしょうがね……」 「逸脱者、ねぇ。リベリスタなんかやってる以上、何かしら皆逸脱している部分はあるとは思うが……俺等とは別って事か」 苦笑い交じりに発された『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)、『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)の言葉は状況を正しく示していた。 寝苦しい夜の空気を、更なる熱で攪拌する――暴力的な『彼』の目は、成る程。一目見て分かる程度には――深い狂気の色を湛えている。 「命を燃やす彼の炎はどれ程楽しそうに猛るのでしょう。どれほど楽しんで燃える事が出来るでしょう」 殺す為に燃やす、ではなく燃やす為に殺す。手段と目的の位置関係等、恐らくはとうの昔に見失っている。『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)の口にしたのは『逸脱』である。 (炎を操る『逸脱者』……ですか。 逸脱者は、相当の実力の持ち主である、とか。彼もまたその内の一人なのでしょうが……) 『逸脱』は必ずしも敵の能力値を意味するものでは無いが、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が連想したのは聞き及ぶあの魔人の存在である。 「手強そうだな。けどまあ、やる事をやるだけだぜ」 赤い剣を構える宗一の携える気配は剣呑と、蓮児のそれにも負けては居ない。この宗一が、『境界最終防衛機構の一員を自認する』かるたが、他ならぬリベリスタ達が死戦を厭う理由は無いのだが。 「ま、何でもイイわ――」 肺を焼くような延焼の空気を一杯に吸い込んで蓮児は恍惚と辺りの炎を遊ばせる。 「命を炎に変えて焼き尽くすなんて。あたし、そこまで熱いのは苦手なのです」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の言葉は全く本気で――それから自然に冗句めいた。 「いつもは知的で冷静、余裕たっぷりだけど時々見せる熱い感情がスパイスになってる人がいいのです」 「……うむ。すべてを焼きつくす敵。怖い、そして不快感溢れる敵だ」 『入れ込む』黎子と火車の背中を少し心配そうに見つめた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は親友のそあらの手をそっと握って呟いた。他ならぬ特定個人の事を指しているに違いない実に『マイペース』なそあらの言葉は見つめた炎に不安のもたげた雷音の心を幾らか落ち着けた。 (サポートはボクらがする。だから思う存分力をふるってくれ――) その想いが黎子や火車を地獄へ誘うものだとしても。 「勝って、欲しいのだ」 戦いは始まろうとしている。 誰の心にどれ程の波紋を投げようとも、その落ち着きを待つ事等無い。 「これはこれは。同胞へご挨拶を。私、蛇のイスカリオテ。以後お見知り置きを」 『青年』は友好的な微笑みさえ湛え、その一歩を歩み出た。 「探求者とは既知を組み合わせ未知を導く者。 灼熱の地獄を抱く貴方は、私にとって至上の教本だ。 私は貴方の在り様を『立場の都合上』肯定する事をしませんが――せめて誇らしく。見せて下さい、運命の先に消えぬ炎を」 最早何の是非もあろう筈がない。 『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)の美声はあくまで朗々と胡蝶の夢のその幕開けを宣告していた。 「――さあ、神秘探求を始めよう」 ●我妻蓮児I かくて、リベリスタ達と逸脱者との戦いは始まった。 リベリスタ側の戦力は十四人のリベリスタの構成するパーティ。 敵である蓮児の戦力は彼自身と彼が『炎神』で使役する二十体のエリューション・エレメントである。 「支援と、人払いの方は任された――」 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)の声に頷いたパーティは今夜の状況を良く理解していた。味方は頼りになるが敵は尚強い。蓮児と彼がその身に取り込む『炎神』が戦場に在る限り炎達は次々と産み落とされ、その体力を回復させ続ける。『命を削って燃え続ける』蓮児がその結果どうなるかはイスカリオテ等からすれば『興味深い』観察対象なのかも知れないが――その限度に期待するのは不確定要素が強すぎる。 詰まる所、パーティの目論見は――可及的速やかに炎エリューションを引き付け、排除し蓮児に打撃を与えるという短期決戦の形であった。 「燃やしたがりが、勝手に自身を燃やして燃え尽きればいいものを」 声は吐き捨てるかのようである。 「自身など又とない燃料だろう?まぁ、煮えた頭に相応しい安い火だ。燃え尽きる前に消してやろうか」 挑発めいた『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が組み上げた術式が真夏に凍える雨を降らす。 「作戦通りに――」 続いて素早く動き出した舞姫が自身の動きをトップスピードまで引き上げる。 ヘイトコントロールと彼女の卓越した回避能力は今夜パーティが頼みにする作戦の命綱であった。蓮児の周囲に漂う炎の数は八。パーティを囲むように展開した残りの炎達の数は十二。炎エリューションは数に勝る蓮児側の盾であり、剣でもある。脆い後衛に喰らいつかれれば危険でも、蓮児への道を阻まば厄介でも舞姫ならば捌けようという判断である。 更にパーティは戦力の組み合わせで効率的な動きを想定せんと思考していた。黎子と火車の組み合わせは今更言うに及ばず、敵を引きつける舞姫とペアを組むのは範囲を一撃で吹き飛ばすに適した大技を持つかるたであり、切り開いた道を行くのはぐるぐと宗一である。前衛による三方包囲に加え、後衛は大まかに左右両翼に分かれ、戦場に散る炎達に対応する事が決まっている。状況に対して右側に動いたのは戦闘指揮を司る雷音、後方からの氷雨での攻撃役となる紫月、ユーヌの二人、そして回復支援を担当するエルヴィンの四人。左側に展開したのは回復力のあるそあらに加えて蓮児と同じ炎使いの『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)、更に此方は雷撃の魔術を繰る『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)である。イスカリオテは十分な距離を取り、専ら攻撃に専念する構え。 「……っ!」 「らいよんちゃん!」 しかし、パーティの展開はこの時『完全な意図通りの状況』を作り出していなかった。刹那の判断に生まれた意図の誤りは本来は動きと共にする筈だった雷音とそあらを離れさせた。無論、戦いは些細な齟齬を態々訂正させる程の暇を与えない。 「――知らねぇのか?」 作戦の前の一呼吸を準備費やした舞姫に蓮児は笑いかけた。 『自身のブロックが無いこの状況』をゆっくりと過ごす程、炎の男の気は長くない。 「燎原の火の如くって言葉をよ!」 言葉を裏切り燃え盛る炎達の延焼さえも待たずに飛び出した蓮児は受けに優れないかるたを猛撃する。大きなモーションから繰り出されたその腕が烈しい業火を巻き上げてアスファルトをタールの沼に溶かしていく。 「そのまま、やらせないのだ!」 あわやの所で放たれた雷音の氷雨が燃え盛る蓮児を牽制する。 「――――ッ! 選んで頂いた事に感謝するべきでしょうか?」 強烈な一撃を避ける事は叶わず、防御姿勢のまま焼かれて退いたかるたはよろめき、炎に咽び、大きく傷みながらも反撃の構えを見せたが――必然的に彼女の一撃は目の前の相手に放たれる事になる。 「他前衛を差し置いての一番槍。ありったけの銃撃、爆撃にて果たしましょう。 燃やし尽くすがそんなにお好みならば――まずは景気良く爆ぜて下さいませ!」 自身を『ブロック』する形になった蓮児にかるたの強襲型携行砲台【Trapezohedron】が唸りを上げた。轟音と共に炸裂する闘気の迸りは烈風となりこの夜に我が物の顔の炎を叩き巻く。しかして彼女の渾身の一撃も圧倒的な身のこなしを見せる蓮児を完全に捉えるには到らない。 「やる気は十分ってか?」 「ドラマってステキよね」 「――当たり前だろ!」 炎エリューションに守られるかに見えた『本丸』が突出したのだ。元より彼を狙う事を考えていたぐるぐと宗一にとっては好機である。 (火車さんと黎子さん、上手く行くといいね――) ぐるぐの踏み込みはその小さな体からは想像出来ない程に鋭い。突出した蓮児に喰らいつく二人は連携の妙を見せ、炎の男を攻め立てる。 「ヒューッ! かぁーっくいーね!」 同時に飛び出して逆側にステップを踏み、蓮児の態勢をフェイントで引き付けた宗一の動きにぐるぐが歓声を飛ばす。 「いつもならEXがきそうな匂いとかわかりそうなんだけどなぁ! こうも何もかもEXじゃわけわかんないね! いひひ、嬉しくなるね! もっと燃えて、もっと輝いて、もっと羨ませて。すごい、すごい!」 見た目通りの『幼さ』を見せ、はしゃいだ声を上げたぐるぐは――全く見た目通りの『少女』を裏切る勢いで敵の懐に飛び込み、強烈な格闘攻撃を繰り出した。彼女の必殺は人体の急所複数個所へと伸ばされる、異常に実戦的な打撃の技。 逸脱者。歪ぐるぐは逸脱者にこそ憧れる。遠い理想ではなく、今ここで掴み喰らいたい。伸ばされた彼女の手には強烈な――強烈なまでのエゴが握られていた。 「『それ』ちょーだい」 「笑わせんな、美学もねぇ雑食屋(ポリバケツ)」 ぐるぐの瞳は確かにある種の『逸脱』を感じるそれだ。さりとて応える蓮児の声は冷たい。鈍い手応えはあくまで浅く。技量に勝る蓮児は『ぐるぐのコンボ』さえも浅く逸らしたが、『リベリスタのコンボ』はこの後の宗一までをも含めてのものである。 「俺には因縁なんてねぇがな――」 一声吠えた宗一はまさにこの瞬間、二段の動きを見せていた。 全身に鬼気迫る戦気を揺らめかせた彼は振りかぶった得物を態勢の乱れた蓮児目掛けて上から縦に叩き付けた! 「――余所見してっと大怪我するぜ!」 繰り出された破滅的な斬撃が――緩んだアスファルトを跳ね上げる。 「――チッ!」 舌打ちした宗一の視界にはすんでで跳んだ蓮児の影が映っている。辛うじて『引っ掛けた』程度の一撃では悪魔に痛打を与える事は叶わない。 「そうそう、その調子。どんどん来いよ、箱舟屋!」 自分を燃やせと嘯く蓮児は鋭いリベリスタの攻撃に却ってテンションを上げているようだった。 「嬉しそうですね。しかし、負ける心算はありません。 『こんな戦いが』燃えるというのなら――此度の戦いで灰になっていただきましょうか。 ……貴方なら、到る煉獄さえもまた一興と笑うかも知れませんが」 「逸脱せしその業、願いの通り火炎獄にて焼き尽くすに相応しい。 タラニスの車輪の名において、その魂の罪……祓い清めて差し上げましょう」 『即ち――余す所なく、全力を以て。灰は灰に、塵は塵に!』 後衛右翼の紫月、左翼の悠月――風宮姉妹の声は美しく唱和する。 魔術が蓮児の拠るべき炎を鎮火にかかるが――二人も炎を完全に制圧せしめるには到らない。それ等は吹き荒れる氷雨に、暴れる雷竜に圧倒され、幾らか消滅しながらも消し止まるには程遠かった。 「さあ、割の合わない展開になってきたぜ」 「――すごく熱いのです。終わったらさおりんに冷たい物を食べさせてもらわないといけないのです!」 エルヴィンが――敵の動きをその魔眼で見極め、回復のタイミングを待っていたそあらが声を張る。 成る程、リベリスタ側の攻勢に遅れて始まったのはまさに烈火の如き敵陣の反撃だった。元より数に勝る敵陣はリベリスタが想定外の状況に見せた僅かな『立ち上がりの遅さ』さえ見逃さない。そあらは炎に巻かれる仲間を救わんと死力を尽くすが――一度ついた勢いがまさに『燎原を行く火の如し』なのは敵が言った通りである。 「燃やして くれってか? 些か炎として未熟だなおいィ?」 だが、火車はそんな戦場にさえ嘯いた。 「んな炎なんざぁ全部飲み込んでやる……! かかって来いよぉ燃え損ない!」 ●我妻蓮児II 「負けて、たまるかよっ!」 運命燃やす宗一の言葉は全員の代弁だっただろう。 「火の神に祈らねば命すら燃やせませんか?」 「この俺すら燃やせないお前達の言う事か?」 「温いですね」 「そうだな、じゃあもっと燃やしてくれよ!」 蛇の言葉に炎は笑い、攻防の先に戦いは続いていく。 「状況を整え、立て直すのだ――!」 リベリスタのペースを掴めていない。 凛と響く雷音の声が加速する戦況に的確な指示を飛ばし始めた。 「鬼火ごときに邪魔はさせない。私は全身を炎で彩り、この夜に踊りましょう。仲間が――貴方に刃を届かせるその瞬間まで!」 炎の注意を自身にかき集めた舞姫が奮闘し、かるたが得手の戦鬼烈風陣で薙ぎ払う。しかし、全てを収拾するのは土台不可能で、炎の勢いは止まっていない。 「おいおい、本気を出せよ!」 嘲り笑う蓮児の傍に幾らかでも炎が残ったならば――それは文字通り彼を守る炎の盾に変わるのだ。 全体を薙ぎ払うような攻撃を幾度となく加えるパーティではあったが、蓮児自身の能力とも言える『炎神』の厄介さは止まらない。 目を細めたイスカリオテに――レンズの奥から深淵を覗く彼に内心で「素晴らしい」と評させるだけの信仰が、そこにはあった。 (しかし故にこそ――私はその獄門が開く瞬間を欲して止まないのですよ) イスカリオテより迸る白い閃光が暗闇を焼き、 「火遊びは駄目って幼少時に習わなかったのかしら? 激しく燃える炎は明るいけれど、長くは輝けない。明日は我が身かもしれないけれど、命ある限り任務は果たす――!」 誰の為にとは言わず、自らの為に。恵梨香の抱く復讐の炎が夜を焦がした。 そして復讐と言えば、まさにこの夜に燃える人間が居るのは――言うまでもない。 「お前のせいで、私の可愛い朱子は壊れてしまったのですよ?」 黎子の目に煮える殺意の色が滾っていた。 「お前のせいで」 双子の月が炎の輝きを跳ね返す度に風が切り裂かれ、炎が散る。 「お前のせいで」 ダンスのステップを踏むかのような彼女の動きは鉛のような心とは裏腹に。 「お前のせいで。お前のせいで。お前のせいで――!」 切り裂き、切り裂き、切り裂き、切り裂く。 纏わりつく邪魔な炎を彼女の大鎌が見るも無残に斬って裂く。 ……蓮児が彼女の思い描く――彼女と今は亡き妹の人生に深い陰を落とした『赤い髪の炎使い』だったかどうかは実際知れない話だった。偶然良く似た他人だったのかも知れないし、或いは実際の所その『本人』だったのかも知れない。 (貴方を殺せば朱子は私を許してくれますよね。 あの子の記憶は私を焼こうとするのです。両手を奪って背中を削いで全身を焼き尽くせばきっともう一度笑ってくれるのです) しかし、彼は――呪いめいた幻影と戦う黎子に素直に付き合う程『殊勝』な人間でない事は間違いがなかった。 「何だ、お前。俺と会った事があるのか」 「――――!」 仇の声を『肯定』した蓮児に黎子の視線が突き刺さる。 感情的の赴くままに戦う彼女の動きは猛烈で、同時に脆くさえある。首を小さく傾げた蓮児はその炎に油を足す方法を知っていた。 「お前が――」 「――お前さあ、食べたパンの枚数、覚えてる?」 「あああああああああああああ――!」 形を持たない言葉を口にした黎子に大きな隙が出来る。 必殺を身上にする彼女故の脆さはこの時に最大限に発揮された。炎に飲まれる彼女を救い上げる事は運命さえも難しい。 火車はその声に『痛み以外を覚えない』。 「ちっくしょう……! 全力尽くしてそれでもダメかよ」 繰り出した一撃は虚しく、炎を纏う自慢の拳もより鮮やかに燃え上がる蓮児の前には無力。 リベリスタの健闘も虚しく。炎の世界は小さくなる所か威力と勢力を増し、まさに一帯を支配しようとしていた。 「畜生」 火車の拳が空を切る。 強い男が泣きたくなる位の戦場を、その熱をかき回す。 「畜生、畜生ッ!」 不幸にも『消えない火』のその名を背負った蓮児が滲む。 「もう……これ以上……掴み損ねて堪るかぁあッ!」 ――傷付き疲れ果てた火車の声が夜に響き渡った。痛ましい、敗北の音。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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