● きゅっきゅっきゅっ。 音を立てて、女は歩く。 月の光が優しく降り注ぐ深夜の砂浜を。 きゅっきゅっきゅっ。 他に人の居ない海岸は、其の泣き声が良く響く。 砂の泣き声。泣き砂。或いは鳴き砂。鳴り砂と呼ばれる事もある、石英を多く含み均一な組成を持つ砂が奏でる不思議な音色。 月明かりに照らされた砂浜は、女の足元で幻想的に泣く。 少し夢見がちな所も在る其の女は、まるで自分が幻想の世界に入り込んだかのような錯覚に、満足気な笑みを溢す。 泣き砂は其の近辺の海の汚れにより、鳴らない死んだ砂になる事があるらしい。充分に楽しんだならば、少しゴミ拾いでもして帰ろう。月明かりの下でゴミを探すのは骨が折れるかも知れないが、楽しませて貰った礼をこの砂浜に対してすべきだと思うから。 女は夢見がちで、そして心根は善良だった。純白とは言えないけれど、それでも曲がらぬ心根の持ち主。 けれど、如何に幻想に浸ろうとも、善良であろうとも、女はこの世界では脇役に過ぎない。 そう、例えるならば物語の冒頭で無残な死に方をし、事件の残虐性を演出する程度の脇役に。 きゅっきゅっきゅっ。きゅっきゅっきゅっ。 ……? 音の多さに違和感を覚えた女が足を止める。 きゅっきゅっきゅっ。きゅっきゅっきゅっ。 だが音は止まず、背後から。 きゅっきゅっきゅっ。 振り向く女の視界に飛び込むは、音を鳴らしながらゆっくりと両手を広げる、泣き砂で出来たヒトガタ。 きゅっぐぎゅっぼぎっぐぢゃっ。 人の居なくなった砂浜に、ヒトガタもまた砂へと還る。 ● ザ、ザー…………。 『うらのべうらのべ! いっち! にっの! さーん! どんどんぱふぱふ。さー、今夜もやってまいりましたうらのべラジオ』 特殊な無線機から流れるのは、ある組織の構成員のみが聴けるラジオ番組もどきだ。 『DJはいつものわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんでおとどけします』 周波は特殊回線の123。悪ふざけのお遊びで、構成員にとってさほど重要ではないが知っておきたい情報を隠語で知らせるラジオ番組。 DJである裏野部四八……、死葉のトークの軽妙さも相俟ってこのお遊びには組織内でも意外と支持者が多い。 『そういえばこの間、ついにひふみとーさまとあの箱舟が接触しましたー。ひふみとーさまかっこいーひゅーひゅー。何でもとーさまは随分箱舟を気に入ったみたいなので、みんなの出番が今から楽しみだね!』 ラジオでは他愛の無い話題が続く。 『あれ? 何々、みんなそんなに待ちきれないって? しょーがないなぁ。せっかちの早漏さんって可愛いよね? そうでもないかな?』 けれど時計は深夜1時23分。そろそろ本題の時間だ。 『じゃあ死葉ちゃんの天気よほー。○○県××市の砂浜で、革醒現象E注意報発令発令! タイプEだけど随分大型みたいだから面倒な人は近付かないのがいいと思うな! あ、でも梅芳先生がそのEの核が欲しいみたいだから、とってもって行けば匠の技が見れるかも?』 EのE、エレメントタイプか。リベリスタでもあるまいしわざわざエリューションの相手をする事に意味は無いが、それでも破界器製作者の梅芳・愚老が其れを欲してと言うのは良い情報だ。 時間は1時30分。そろそろラジオも終わる頃だ。じゃあ、出るとしようか。 『あ、もう良い時間だね。そろそろ皆ははっするたいむかな。じゃー、DJは死葉ちゃんでしたー。またねー』 ザ、ザ、ザー…………。 ● 「さて諸君等は泣き砂、或いは鳴き砂を知っているかね?」 集まったリベリスタ達の前で、コトリと砂時計をひっくり返した『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が問う。 「鳴り砂とも言うが、要は石英を65%以上含み、かつ組織が均一な砂が摩擦でこすれて音を出す現象を言う」 サラサラと落ちる砂時計は、特に鳴きはしない。 「日本では幾つかの砂浜で其の現象が見られるが、其の一つがエリューション化した。文字通り、砂浜一つが丸ごとな」 皮肉気な笑みを零し、逆貫は地図を広げて其の砂浜を指で示す。 地図で見ればほんの小さな幅だ。其れが丸ごとエリューション化したと言われても、地図で見る限りでは其の脅威は伝わりにくい。 「とは言え諸君に砂浜と格闘しろとは言わん。子供の砂遊びにしかないからな。不純物の混じらぬ透明な石英の結晶を水晶と呼ぶが、其の砂浜の何処かにエリューションの核となる水晶が存在する」 砂浜が丸ごとエリューション化とは言ったが、より正確に言うならば砂浜の砂に含まれる石英全てがE・エレメントと化したのだ。 そして其の核となるのが、広い砂浜の何処かに在る水晶。 「地表にあるのか、埋まっているのか、其れすらも判らんが諸君等の任務は其れを探し出し破壊する事だ。ただし捜索中も常に砂浜全体が諸君の敵となっている。決して油断はしないでくれ」 言葉と共に机に置かれるは2枚の資料。 ……2枚? 落ちる砂時計の砂は、まだ幾許か残っている。 「そう、此方はこの任務に首を突っ込んでくる厄介者について記した資料だ。……<裏野部>もこのエリューションの出現を察知し、エリューションを狙って仕掛けてくる事になる」 主流七派が一つ『過激派』裏野部。 破壊と暴力、そして死を撒き散らす人の形をした災厄達の集まりだ。 「だが案ずる事は無い。私は兎も角、カレイドスコープがある以上探査能力はアークが奴等を上回る。諸君等が手間取らずに最速で任務を片付ければ、奴等が介入して来る余地は少なくなるだろう」 1枚目の資料 E・エレメント:啼泣の砂浜 ある泣き砂の砂浜の石英全てがエリューションと化した存在。その核は砂浜の何処かに存在する握り拳大の水晶。 砂浜に人が侵入すると、泣き砂が寄り集まりヒトガタを成す、泣き人形を生み出し攻撃してくる。生み出せる数は砂浜に泣き砂が在る限り上限は存在しない。 其の他砂嵐等、砂を使ったあらゆる攻撃、妨害を行ってくる。 2枚目の資料 1グループ目 フィクサードリーダー:『面倒見の良い鈴木さん』鈴木・蜂矢 裏野部に所属する男性フィクサード。自らの手下をファミリーと称し、彼等からは非常に慕われている。 ジョブは覇界闘士。 鈴木の手下(精鋭)×4 鈴木の手下の中でも特に能力に長けたフィクサード達。 編成はクロスイージス×2とホーリーメイガス×2 2グループ目 フィクサード:『雪女郎』氷雌 裏野部に所属する女性フィクサード。裏野部内では実力者で名が知られている。 自らの近接範囲に入った敵対者に氷像を付与するアーティファクトを持つ。 ジョブは不明だが魔氷拳と陰陽・氷雨はどちらも使う。 「核を探索する方法は諸君等に任せよう。厄介な任務にはなるだろうが、諸君の健闘を祈る」 砂時計の最後の砂の一粒が、音も無く落ちる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月05日(日)23:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ところで鈴木君、人の彼女を気軽に裏野部に誘うのやめてくんない? こじりは僕のものだ! 絶対にお前ら裏野部には渡さない、僕の隣にいるべき女だ!」 現れた『面倒見の良い鈴木さん』こと鈴木・蜂矢の前に立ちはだかり、『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は拳を向けて宣言する 以前の事件で鈴木は、夏栖斗の恋人である『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)と決闘する際に彼女自身の身身を賭けさせた事があるのだ 恐らく夏栖斗はそれがどうしても我慢ならなかったのだろう 「あー、あー……、そうか。知らなかったとは言え、それはすまん」 夏栖斗と、澄ました表情で横に並ぶこじりを見比べ、或いはこじりの其の表情の中に一欠けらの抑えきれぬ喜びの緩みを見つけ、鈴木は納得したように謝罪の言葉を口にする 鈴木は、裏野部の中ではと言う枕詞が着くけれど、比較的話が通じる人間だ。 クズである事に違いは無いが、自らが率いるグループには非常に心を砕く、どちらかと言えば逆凪にでも居そうなタイプである そんな彼が敢えて裏野部に所属しているのは、自らと其の手下達が名を上げるのに最も手っ取り早いからだ。死が身近な裏野部では、常に上の席を狙う機会には事欠かない 名を上げる為に他者を手にかける事を躊躇わないクズではあれど、鈴木はそれでも親しい人を奪われそうになった夏栖斗の気持ちは僅かなりと理解出来た 「そーゆーわけでやりあわねぇ?男同士の戦いも悪くないだろ? つーかお前ぶん殴らねーと気が済まないんだよ!」 だから、夏栖斗の言葉に鈴木は苦笑いを浮かべるしかない 「でも、鈴木くんの方にメリット無いわよね」 ふと、思いついたかのようなこじりの言葉も 「なら、御厨くん。貴方が負けたら、……私は彼に付いて行くわよ」 其の意図するところはか掴めねど、夏栖斗の為である事くらいは判る。要するに、茶番だ 遠まわしに、だが恥ずかしげもなくいちゃつく二人に、だが鈴木は其の茶番に付き合う事は吝かでは無い気分だった。目的である核の入手を後回しにする事になろうとも 借りがあるなら返さねば気分が悪いし、それに鈴木は多少おせっかいな所がある、そう『面倒見の良い鈴木さん』なのだから けれど、矢張り駄目だ 「構いませんがちょっと離れてやってくださいねえ」 鈴木の様子に彼が一騎打ちを受けるモノだと判断した『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)が双頭の鎌を向けるは鈴木の手下達に向かって 良く観察すれば、其の更に後ろに控える『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が構える対戦車ライフルも鈴木では無く手下達を狙っている 彼女達の狙いは、鈴木がひきつけられている間に彼のサポート要員である手下達を排除する事 タイマンとは名ばかりの、本当に鈴木をコケにした茶番だ 借りがある。だから核を入手する確率を下げてでも付き合える茶番なら、彼は付き合っただろう だが鈴木が何より重視する手下達の命を対価にしてまで、こんな話に付き合えよう筈が無い 「OK、お前等の気持ちは良く判った。じゃあ、仕方ない。取り合えず……」 離れろ、との黎子の言葉に視線をめぐらせ、移動先を探すかの様な仕草をとった鈴木は 「死ね」 大きく踏み込み、リベリスタ達を利き腕で焼き払う ● 話は、少し前へと遡る 月が照らす夜の砂浜に、8人が立つ 海からの風が優しく髪を揺らして吹き抜けて行く 穏やかで幻想的な夜の砂浜。……けれど既に此処は『啼泣の砂浜』の、そう、文字通り掌の内だ きゅっ、きゅっ、ぐぎゅっ! リベリスタ達の踏み出した足音に、突如異音が混じる。不意に現れた2つの巨大な砂の手が、リベリスタ達をまとめて握り潰さんと襲い来る 並の人間なら反応すら出来ぬ速度で閉じられた巨大な手。だが閉じられた其の掌の中にリベリスタ達は居ない 「砂ですら啼くと言うのに砂以下かこの瞳は」 泣き砂が唯の自然現象に過ぎないことは判っているけれど、それでも涙を流す事を忘れてしまった自分の瞳を、人のぬくもりを失った忌々しい機械の頭を、自嘲する『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)は空に 彼女が革醒により失った物の対価に得た、ホーリーメイガスとしての力、翼の加護が、瞳と其の仲間達に飛行能力を与え、砂の手から空へと逃げ延びさせたのだ 炸裂する炎が砂を焼く。砂の手諸共に周辺を魔炎、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)のフレアバーストが飲み込み、吹き飛ばす 自前の羽で悠然と空を飛び、己の放った炎の戦果を確かめるでもなく、氷璃は戦場である砂浜に視線を廻らせる 決して小さいとは言えない砂浜。超直観を持ち、異常なレベルで捨て目が利く氷璃とは言え、夜の砂浜で、この広さで、全てを見落とさずに拾い上げるのは流石に不可能だ 闇雲に探しても時間を無駄にするのは眼に見えている。故に彼女は考察するのだ 鳴き砂の海岸の近くには、其の元となる石英を含有した花崗岩が存在する事が多く、この砂浜もまた其の例には漏れない 砂浜の中にこそ存在しないが、砂浜の背に広がるは花崗岩地帯 鳴き砂の砂は粒が細かく均一でなければ鳴る事が出来ない。砂中に拳大の核が埋まっていると考えるよりは、花崗岩付近に結晶が落ちていると考えた方が自然だと氷璃は思う 無論エリューション相手の常識が通じ無い事も理解しているが、それでもどうせ虱潰しを行うならばより可能性が高い場所から行うべきだ 翼を一つはためかせ、氷璃が花崗岩を目指そうとしたその時だ。吹き荒れた砂嵐が彼女を、そして仲間達を切り裂き傷つける まるで砂の、石英の一粒一粒が己の意思で向かって来ているかのような……、いや、実際にそうなのだろう。この石英粒の一つ一つが、例外無くE化しているのだ。この砂浜に存在する全ての石英は、啼泣の砂浜の目であり手であり足なのだから 石英の旧モース硬度は7。擦り合わせれば鉄にすら容易に傷をつける其れをE化で更に増し、リベリスタ達の身体を切り裂き砂浜を朱に染める しかし其の程度でリベリスタ達も怯みはしない。この程度の痛みはもう飽きる程に味わってきた 泣こうが泣くまいが、砂粒如きに負ける謂れはない 轟音と共に銃口から火を吹き、激しく弾き出された弾丸が生み出されたばかりの砂のヒトガタの頭部を吹き飛ばしていく 精密機械の様に只管に、だが其の火力は非常に乱暴な、モニカが対戦車ライフルから放つハニーコムガトリング 重く響くライフルの音を、けれども掻き消す程の勢いでホースの先から水が放出される。いや、違う。撒き散らされたのは唯の水ではない 落ちにくい塗料のたっぷりと混じった大量の水が、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が運んで来た放水車から放たれ、ヒトガタ達を弾き飛ばす。鳴き砂の砂浜に対しても致命傷となりかねない其の暴挙は、ヒトガタに対しても同じく劇的な効果を発揮した 通常の水なら兎も角、塗料を含んだ水を被ったヒトガタは均一だった組織を乱され、或いは砂に混じる異物に泣き声を、動きを阻害されてしまう どうせこのままエリューションを放置すれば、観光地としての価値どころの話ではないのだ。鳴き砂の砂浜は貴重ではあるけれど、エリューションを始末する為なら止むえぬ犠牲と言えるだろう。泣こうが喚こうが砂は砂。人の命には代えられない 動き鈍らせたヒトガタ達を、彼等とは対照的に華麗なステップを踏み双頭の鎌を振るってダンシングリッパーを放つ黎子 ヒトガタの首が宙を飛び、砂浜へと還る。けれど、ヒトガタは動きを止めない。ならば腕、足、胴、再生するなら其の部位も飛ばす。湧くなら湧いた分だけ、彼女に近寄るヒトガタは全てが切り裂かれていく 圧倒的な質量を持つ砂浜が、恐らく砂が尽きるまで戦えてしまう持久力をも含めれば総合力は上回るだろうが、局地的に見ればリベリスタの個々の力が啼泣の砂浜を圧倒している 集音装置で地中の音を注意深く探る瞳が、核の位置を特定しさえすれば幾ら砂浜が質量に、そして持久力に優れようともリベリスタ達の攻撃を食い止める手立ては無い このままなら、リベリスタ達の勝利は遠からぬ筈だった。そう、このままなら だがその時、砂浜を見下ろす道路に一台の車が音を立てて止まる。招かざる客、裏野部第一陣の到着である ● 後衛のホーリーメイガス2名を、2人のクロスイージスが其々庇う。回復と、非常時のブレイクフィアーの備えとしてのみ機能する後衛達。つまり完全に鈴木のワントップ型の陣形を敷き、鈴木達はリベリスタと相対する だがたった一枚の前衛では夏栖斗とこじりと黎子の3人を同時に食い止める事など出来よう筈は無い。当然の様にすり抜け、黎子は配下達へと接近するが……、しかし其処で鈴木は驚くべき事に眼前の夏栖斗に背を向けて黎子へと虚空を放つ 黎子の脇腹を衝撃が貫き、彼女の口から大量の血が零れ落ちる 「お前の相手は僕だ!」 仲間を傷つけられた怒りと、対戦相手と意気込んできた相手からのまさかの無視と言う屈辱に身体を震わせ、強い踏み込みからの掌打、浸透する気で相手の防御を無視する一撃、夏栖斗の土砕掌が鈴木の背中を真芯から捕らえた 更には鈴木のグループ全体に降り注ぐモニカのハニーコムガトリング。物理火力の広域制圧射撃を得意とする、その尋常ならざる火力の弾幕は、鈴木は兎も角、実力の劣る彼の手下達にとっては非常な脅威である けれども、瞳の天使の歌の詠唱と同時に、全く同じ詠唱が2つ。鈴木の手下のうちホーリーメイガスの二人が、瞳と全く同時に天使の歌を放ち、更にはクロスイージスの一人がブレイクフィアーで鈴木の麻痺を解除する 実力に勝るリベリスタに対し、連携で必死に食い下がる鈴木達 それでも、やがて一人二人と鈴木の手下達は限界を迎え始めた。鈴木達フィクサードの対応へと割かれたリベリスタの戦力の大きさは、圧倒的に鈴木達を上回っている 本来ならばある程度の打撃を与えた所で撤退に移りたかったのだろうが、過剰に割り振られたリベリスタ達の戦力は其れを許しはしない 幾度目かのモニカの銃撃に、仲間を庇ったクロスイージスの胸に穴が開く。胸だけでは無く、上腕も、大腿も、腹部も、そして顔にも、無数の穴が開き、そう、技の名前どおり蜂の巣の様な穴だらけの姿となった鈴木の手下。黎子からの攻撃で既に限界近くまで追い詰められていた彼が、その負傷に耐えられよう筈も無く、倒れ、死ぬ 自らを庇った仲間の死に、ホーリーメイガスの取った行動は回復を放棄しての神気閃光 鈴木の手下達の中では精鋭であったけれども、しかし彼は癒し手としては未熟であった。仲間が傷付く事に耐え、心を押し殺して唯只管に役割をこなす事を求められるのが癒し手だ 激情に駆られ、軽挙にも役割を放棄して放たれた神気閃光は、だが当然の様に実力に勝るリベリスタ達には通じない。回復を仲間が回避する事は無いだろうが、敵は当然攻撃を回避するのだ そんな彼の額に、深々と突き刺さる一枚のカード。黎子が放ったルージュエノアールが彼に告げるは死の運命 自らを守って死んだ仲間の上に折り重なるように倒れ、ホーリーメイガスが絶命する とは言え、リベリスタ達も一方的に鈴木達を屠れた訳では決して無い。手下を失った怒りに一層苛烈となった鈴木の猛攻の前に運命を対価にした踏み止まりすら使い切った黎子が全身をズタズタに、惜しげもなく晒していた肌を無残に切り裂かれて血溜まりに沈む 此処に来ては最早語る言葉も無い。既に幾度も殴り続けているにも拘らず未だに自らに背を向け続け、黎子を叩き落した鈴木に、夏栖斗は言葉をかける事も無く、唯渾身の、全力の一撃を其の背中に叩き込……、もうとした其の時だった ビキリ。不意に夏栖斗の身体が白い氷に包まれ、攻撃を放とうとした体勢のままに、まるで氷に彫刻されたかの様な見事な氷像と化す 一体何時から其処に居たのか。自らのアーティファクトによる反動で手の先から血を滴らせ 「暑いわね。唯でさえ暑いのに、本当に暑苦しくて目障りだわ。だから男は嫌ね」 眼前にしても尚気配薄く、真っ白な着物の女『雪女郎』氷雌が呟く 氷雌の出現に真っ先に反応したのは、熱感知で夏栖斗の氷像化をいち早く感知したモニカ 特定の趣味嗜好を持つ大きなお友達に有効な合法ロリの蔑み、幼女の毒舌メイド仕様で氷雌の魅了を狙う彼女だったが、流石の彼女でもこの命中しにくい技を行き成り放って的中させるのは些か厳しい 毒舌を鼻で笑って避けた氷雌のけれども右腕に一本の氷の矢、氷璃の放った呪氷矢が突き刺さり、彼女の身に呪いを刻む 「ごきげんよう、氷雌。気に入らない名前ね」 氷雨のヒに雌のメ。読みは違えど似た字面の人間が、よりにもよって裏野部のフィクサードである事が、要するに人間のクズが自分と似た名を名乗る事が、自分の名前を意味まで含めて気に入っている氷璃には気に食わなかったらしい 「残念ね。名前も知らない涼しげな貴女。好きでも嫌いでも無いけれど、これは私らしい名前なの」 氷雌の腕は凍結しない。気にした風も無く、一歩踏み出す氷雌 だが其の前に、他の前衛達に厄介な氷雌を近づけまいと立ちはだかったのは 「氷雌さんですね、私が貴女のお相手を勤めさせていただきます」 今までずっと優先させていた探索を打ち切り舞い戻った『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)だ 厄介な相手を食い止めねばならぬと、瞳に覚悟を称える彼女。しかし此処で重要な事柄が一つ。慧架が駆けつけ、同じくユーヌも其のフォロー、或いは決定打を放つ為に氷雌との闘いに挑む今現在、リベリスタの中で砂浜を専念して担当する者は一人も居ないのだ。一撃を加えた氷璃が直ぐに探索を、或いは砂浜の相手を再開したとは言え、それでもたった一人だ フィクサード達を抑える必要はあれど、最も大事な本来の目的を忘れてしまった事。其れがリベリスタ達の決定的な敗因 ● 「ねぇ、どうやって相手してくれるのかしら? 私凄く楽しみなのよ。ねぇ、どうやって?」 氷像と化した慧架の頬を撫で、氷雌が哂う。慧架の頬が、反動で流れ出た氷雌の血で赤く染まる 合気道と古武術を組み合わせた独特の武術を駆使する慧架ではあるが、其の武術の真価は近接して発揮されるのだ。特に投げ技の威力は脅威としか言い様が無いが……、それでも近接した敵を氷像と化す氷雌との相性は非常に悪い だがそんな事は慧架とて百も承知だ。不意に後方で光が放たれる 身を蝕む邪を退ける光、ユーヌが放ったブレイクフィアーが慧架を縛る氷を砕く。驚きに眼を見開く氷雌と慧架の視線が絡む。そう、其処は正に慧架の間合いだ 一瞬後、地に叩き付けられるは氷雌の身体。咄嗟に受身を取って立ち上がりはしたけれど、それでも慧架の大雪崩落は確実に氷雌の身体にダメージを刻む 「貴女が氷なら私は雪崩であり霧です」 簡単に捕らえれると思うなとの慧架の宣言に、氷雌は袖から符を取り出しながら薄っすらと笑う 其の振る舞い、動き方に、ユーヌは気付く。氷雌のジョブは恐らくインヤンマスター 氷雌は、そう、恐らくはユーヌと非常に良く似たタイプの能力の持ち主なのだ 「そう? じゃあ捕まえてあげるわ。私ね。男は嫌いだけど、女の子は好きよ」 身に絡む視線は其の言葉の意味を如実に語る。どうやら氷雌は能力は似ていても趣味嗜好はユーヌと大きく違うらしい 一方、もう1グループのフィクサード達との……、否、既に残るは鈴木唯一人 だがそれ故に彼の怒りの猛攻は凄まじく、満身創痍の身から繰り出される技の一つ一つには溢れんばかりの殺意が込められている そして其の殺意が次に向かう先は、不運にもユーヌのブレイクフィアーにもその縛鎖解かれる事無く未だ氷像と化したままの夏栖斗 倒す為ではなく、殺す為の炎が鈴木の利き腕に宿る。けれどそんな鈴木を止めたのは…… 「この世は不条理と、不平等と、不公平で埋め尽くされているわ」 其れは彼女が夏栖斗に教えたかった事。こじりのデッドオアアライブが、怒りに視野の狭くなった鈴木の心臓を背後から貫き其の動きを止める 鈴木を殺して、夏栖斗を生かす 鈴木の手下たちから見れば不条理かも知れず、不平等であり、不公平だろう。だがこじりに取っては当たり前の選択だ しかし丁度其の頃、瞳の身体もまた、複数の砂の槍によって串刺しにされていた 仲間達への回復と、集音装置による砂浜の核の割り出し、2つを同時に平行していた瞳に砂浜からの攻撃を避ける術は無い 氷雌が排除してはいても、砂浜中から湧き出すヒトガタの速度は排除を遥かに上回り、最早手の施しようが無い有様となっている モニカの銃撃がヒトガタ達の接近を何とか防いではいるのだが、威力を圧倒的に質量が上回る現状 任務を達成する事は、例え氷雌が一切の邪魔をしなくとも、この状況からでは困難だ。傷付き倒れた仲間達を、攻撃の手が豊富な砂浜が敢えて見逃してくれる事も期待は出来ない 無論この状況では氷雌とて核の入手は不可能である 誰も得する事は無く、5つの死体のみをその場に残して撤退する異能者達 砂浜はもう普通の鳴き砂の砂浜として鳴く事は無く、誰も得せず、皆が損をし、ただ傷付き血を流し、この話は幕を閉じる |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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