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<逆凪>絡まる因果の鎖


 闇に溶けるような、細いオーラの糸が母親の首に絡みついた。
「お母さん!」
 悲鳴を上げる少女の目の前で、糸に全身を締め付けられた母親が倒れる。
 少女よりやや年嵩と思われる黒髪の人物が、男とも女ともつかぬ整った顔を彼女に向けた。
「殺してはいない。ただし、今後どうなるかはお前次第だ」
 硝子球を思わせる瞳が、無感動に少女を見つめる。
 少女は身を震わせながら、自分たち母子を襲った災難に思いを巡らせていた。

 ――どうして。どうして、こんなことになるの。

 こないだ、自分が不思議な力に目覚めてから、何かがおかしくなってしまった。
 離れて暮らしていた父親が殺され、自分と母は外国に逃げることになって。
 そして今、自分たちは追い詰められている。

 ――あたしの力なんて、ぜんぜん大したことないのに。

 叩き殺した虫を父親の前で跡形もなく消してみせた、たったそれだけなのに。
 どうして、こんな目に遭わなくてはいけないのだろう。

 答えぬ少女に、黒髪の人物はさらに声を重ねる。
「お前が我々のもとに来るなら、母親の命は保障しよう」
 その静かな声は、一切の拒否を許さぬ響きに満ちていた。


「急ぎの仕事だ。ブリーフィングが終わったら、すぐに出発してくれ」
 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は張り詰めた表情でそう言った。
「フィクサード主流七派『逆凪』に属する、『影踏(かげふみ)』という下部組織があるんだが。
 ここのフィクサード達が、革醒したばかりの女の子と、その母親を追いかけ回してる。
 皆には、この母娘を連中の手から逃がしてほしい」
 『影踏』は暗殺などの汚れ仕事を専門にしている一派で、追われている母娘はそこに所属していたフィクサードの妻子であるらしい。もっとも、正式に結婚していたわけではないようだが。
「元メンバーの名前は『ラッセル・デーヴィス』。
 こいつには『生き物の死体を消し去る』という特殊な能力があって、
 暗殺の後始末とかを主に引き受けていたんだが……
 最近革醒した彼の娘、『川端礼美(かわばた・れいみ)』が、同じ能力を持っていることが判明した」 
 それを知った『影踏』は、まだ幼い彼女を自分達の手駒にするべく動き出した。
 ラッセルは組織を裏切って妻子を海外に逃がす手筈を整えたが、彼自身は『影踏』に殺されたということらしい。

「皆が現場に辿り着く頃には、おそらく『影踏』は二人に追いついているだろう。
 『識(しき)』と名乗るフィクサードと、配下六人の合計七人のチームだ」
 フィクサードとして犯罪に手を染めていたラッセルが殺されたのは、ある意味では因果応報と言えるかもしれない。
 だが、彼の妻子は、夫や父親の裏の顔を知らされておらず、今まで平和に暮らしていた人達だ。彼女たちまで巻き込まれなければいけない理由は、どこにもないだろう――と、黒翼のフォーチュナは言う。
「――連中の手から母娘を守り、港まで送り届けてやってほしい。
 楽な仕事じゃあないが、頼まれてくれるか」
 数史はそう言って、リベリスタ達に頭を下げた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年08月03日(金)22:18
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。

●成功条件
 『川端礼美』『川端典子』を港まで逃がすこと。
 (一人でも死亡、あるいは逆凪派フィクサードに連れ去られた場合は失敗です)

●革醒者『川端礼美(かわばた・れいみ)』
 父親と同じ『生物の死体を消し去る』非戦スキル(EX・ラーニング不可)を持つ11歳の少女。
 ジーニアスのナイトクリークですが、革醒して日が浅いため実戦経験はゼロです。

●一般人『川端典子(かわばた・のりこ)』
 礼美の母親。
 フィクサードの内縁の妻ですが、今までは裏の世界に関わることなく娘と平和に暮らしていました。
 気丈な性格で、神秘に関する最低限の知識はありますが、彼女自身は何の力もありません。

●逆凪派フィクサード『影踏(かげふみ)』
 『逆凪』において、隠密裏に暗殺などの汚れ仕事をこなしている一派で、典子の内縁の夫であり、礼美の父親だったフィクサード『ラッセル・デーヴィス』が所属していました。
 礼美が革醒して父親と同じ能力を得たことを知り、彼女を手駒として育てることを画策。
 それを察知したラッセルは組織を裏切って妻子を逃がそうとしましたが、彼は殺され、礼美や典子には追っ手がかけられました。

 『影踏』が目的にしているのは、あくまでも礼美一人です。
 典子も狙うのは、彼女に言うことを聞かせるための人質として利用価値があるからです。

■『識(しき)』
 二人を追う実行部隊のリーダー。外見14~15歳、性別不明。
 表情に乏しく、どこまでも冷徹に任務を遂行しようとします。
 高い実力を持ち、特に回避力と速度に優れます。

 《ジーニアス×レイザータクト》
 【武器】スローイングダガー
 【所持スキル】
  ・アッパーユアハート→神遠全[隙][怒り][Mアタック10](ダメージ0)
  ・フラッシュバン→神遠範[麻痺][ショック][ブレイク](ダメージ0)
  ・オフィサーデヴァイス→自付(命中・回避・速度・CT上昇)
  ・アサシンズインサイト→神遠単[虚弱][圧倒][鈍化]
 【戦闘スキル】麻痺無効/精神無効/呪い無効
 【非戦スキル】暗視/気配遮断

■配下
 『識』に従うフィクサード。合計で6名います。

 《ジーニアス×ナイトクリーク》×3
 【武器】ブラックコード
 【使用スキル】ギャロッププレイ・ライアークラウン

 《ジーニアス×クリミナルスタア》×3
 【武器】フィンガーバレット
 【使用スキル】ナイアガラバックスタブ・ヘッドショットキル

  ※全員が『暗視』『麻痺無効』の能力を所持。

●戦場
 深夜の路地裏。周囲は薄暗いため照明は必須です。
 無関係の人間が通ることはありません。

 リベリスタ達が駆けつけた時、典子はナイトクリークのギャロッププレイで気絶しており(不殺スキルのため死んではいません)、そのすぐ近くに礼美がいます。
 初手で二人を『かばう』ことは可能ですが、事前の付与スキル使用等は不可です。

 情報は以上となります。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ソードミラージュ
絢堂・霧香(BNE000618)
ソードミラージュ
上沢 翔太(BNE000943)
ホーリーメイガス
エアウ・ディール・ウィンディード(BNE001916)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)
デュランダル
蜂須賀 冴(BNE002536)
覇界闘士
焔 優希(BNE002561)
マグメイガス
風見 七花(BNE003013)
クロスイージス
日野原 M 祥子(BNE003389)
ダークナイト
ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)
ホーリーメイガス
石動 麻衣(BNE003692)


 礼美の足元で、最愛の母・典子が倒れ伏していた。
「お母、さん……」
 声をかけるも、返事はない。今すぐにでも助け起こしたかったが、体が竦んで動かなかった。
 三人の男が、自分たち親子を囲んでいる。少し離れた位置に、もう三人の男と、少年にも少女にも見える黒髪の人物が立っていた。
 礼美は、何も知らない。
 この黒髪の人物が、『識』と呼ばれるフィクサードであることも。
 彼――あるいは彼女らが、フィクサード主流七派『逆凪』の下部組織『影踏』の構成員であることも。
 亡き父親が、『影踏』に所属していたことも。

 辛うじて分かるのは、自分が父から受け継いだ『生き物の死骸を消す能力』を、彼らが欲していること。
 そして、そのために自分と母が危険に晒されていること。
 このままでは母は殺されてしまう。でも、怖い――。

「早く来い。母親まで失いたくはなかろう」
 識の無機質な声が、震える礼美を追い詰める。直後、硝子球のような瞳が前方の闇を見据えた。
 武装した人間が複数、ここに近付いて来る。
「戦闘準備」
 指揮官の眼力を発揮した識が六人の配下に指示した時、『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)の声が響いた。
「あんた達の好きにはさせない!」
 瞬く間に距離を詰め、彼女は母娘を囲む三人――ナイトクリークの一人を抑えにかかる。その脇を抜け、『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が駆けた。
 そのまま識に肉迫しようとするも、控えていた三人――クリミナルスタアに阻まれる。
 流石に、初手から司令塔に接敵を許すほど甘くはないか。
 翔太は一度足を止め、自らの肉体を速度に最適化する。
(親子は任せる)
 肩越しに送られた親友の視線に、『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が頷いた。
 体を割り込ませるようにして、別のナイトクリークをブロックする。
「この場は通さん。お引き取り願おうか」
 毅然と言い放つ優希の後方、親子を庇う『銀の盾』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)と『心に秘めた想い』日野原 M 祥子(BNE003389)の傍らで、風見 七花(BNE003013)がもう一枚の盾となった。
「逃がしてあげるから、ちょっと待っててね」
 祥子の言葉に、礼美が驚いたように目を見開く。西洋人と日本人のハーフという共通点があるためか、色白の肌といい、茶色がかった髪色といい、どこか色合いが似ている二人だった。
 後衛に立ったエリス・トワイニング(BNE002382)、『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が周囲の魔力を取り込んで力を高め、『癒し風の運び手』エアウ・ディール・ウィンディード(BNE001916)が仲間達に小さな翼を与える。
 残るナイトクリークの抑えに入った『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)が、礼美に語りかけた。
「私達はアークです。貴方達を助けに来ました」
「アーク……?」
 小さく首を傾げる礼美をよそに、識が口を開く。
「成る程。アークのリベリスタか」
 淡々とした呟きに、冴の名乗る声が重なった。
「――蜂須賀示現流、蜂須賀 冴。参ります」
 鋭く抜き放たれた白刃が、稲妻を纏って輝く。
 蒼き雷撃が、月の見えぬ闇夜に開戦の狼煙を上げた。


 親子を狙う『影踏』と、それを守るリベリスタ。
 両者の争いは、開幕から乱戦となった。

 三人のナイトクリークが、各々が相対するリベリスタにオーラの糸を伸ばす。前衛達が全身に絡みつく糸をかわし、あるいは斬り払った瞬間、クリミナルスタアの一人が翔太の首筋に手刀を繰り出した。彼は咄嗟に身を沈め、死角からの一撃を避ける。
 残るクリミナルスタアが親子を確保しようと前進するのを見て、七花と麻衣が彼らの前に立ち塞がった。フィンガーバレットから放たれた不可視の殺意が二人を射抜いた直後、識が神秘の閃光弾を親子の周囲に投じる。配下をも巻き込んで炸裂した轟音と閃光が、霧香と冴、七花の動きを封じた。
 背に生えた小さな翼を羽ばたかせるエリスの体が、ふわりと宙に浮き上がる。彼女の詠唱で呼び起こされた癒しの息吹が、味方の状態異常を瞬時に消し去った。
「礼美だったか? 今の状況がわからなくて混乱していたとしても聞いてくれ」
 軽快なフットワークで眼前のクリミナルスタアを翻弄する翔太が、礼美に声をかける。
「お前の父親にとって二人が大切だったのは良く解るし、俺達はその想いに応えるためにここに居る。
 だから今は、母親と生きて逃げきるんだ!」
 もし父の仇討ちを望むのなら、その後に改めて付き合ってやる――と告げる翔太に、礼美が目を丸くする。倒れた母と、周囲の敵を交互に見ておろおろする彼女を落ち着かせるように、ユーニアが口を開いた。
「大事な人を守るのに、特殊な力なんて必要ないんだぜ」
 礼美の母・典子は完全に気絶しており、聖神の息吹でも目を覚ます気配はない。
 一般人が革醒者の攻撃を受けたのだから、それも当然だろう。生きているのは、用いられたのが『殺さない技』であったからだ。
 敵の囲みを抜ける際に誰かが典子を運ばねばならないが、不測の事態を考えるとユーニアや祥子の手が塞がるのは避けたい。ここは、礼美に頑張ってもらわねばならなかった。
 実戦経験はなくても革醒者だ。十一歳の子供でも、成人女性一人くらいは運べるはず。
「お前が親父からもらった力は、死体を隠すだけじゃないだろ?
 その手と足が動けば十分だ。それを使って母親を守れ。
 ――その代わり、お前は俺が守ってやるから」
 ユーニアに促され、礼美が意を決して母の体を抱え上げる。その間、リベリスタ達はナイトクリークに攻撃を加えていった。
 鉄黒色の戦闘服を纏った優希が、雷気を帯びたトンファーを疾風の如き速力で繰り出す。複数の敵に向けて打撃を浴びせていく彼に続いて、エアウが詠唱を響かせた。
「私の攻撃だって、少しは役に立つんだからね!」
 魔方陣から飛び出した小さな矢が、霧香の前に立つナイトクリークを傷つける。配下が全員ブロックされたのを見た識が、後方から短く声を放った。
「火力集中、突破口を開け」
 フィクサード達の攻撃が、一斉に七花へと向かう。現在、ブロックを担当するリベリスタの中では、彼女が最も親子に近い。守りを固める七花の両腕を道化のカードが切り裂き、不可視の殺意が額を掠める。
 識の閃光弾で命中精度が落ちていることを差し引いても、決して無視できるダメージではない。麻衣が、癒しの風を届けて七花の傷を塞ぐ。彼女自身も、ブロック役の一人としてクリミナルスタアの突破を阻み続けていた。
(何とかして、二人を助けてあげないと)
 特殊な能力に目覚めてしまった――ただそれだけで父親を殺され、母親を人質に取られてフィクサードの手駒になることを強制されるなど、随分と理不尽な話ではないか。

 勾玉の形をした“霜月ノ盾”を両手に構え、礼美に抱えられた典子を庇う祥子は、ふと、自らの過去を思う。
 エリューション事件で母を亡くした、あの時。今の自分なら、家族を助けられただろうか。
 それが叶わずとも、せめて仇を討つくらいは――。 
 胸中に浮かんだそんな考えを、祥子は振り払う。
 終わったことを嘆くより、今はこの親子を守るために全力を尽くすと決めた。
「この人達には指一本触らせないわ」
 決然と言って、ユーニアと共に親子を連れて後退を始める。それを見咎めた識が、リベリスタ達を挑発した。
「他所の人材を横取りとは、アークのリベリスタも落ちたものだな」
 無機質な声が、リベリスタ達の心を揺さぶる。
 精神系の状態異常に耐性を持つエアウが、「そんな挑発には乗らないんだよ!」と真っ先に叫んだ。
「力ある者を力づくで手中に加えようとするか。人を駒のように考えてくれる」
 不快げに眉を寄せる優希の傍らで、霧香が“妖刀・櫻嵐”の柄を握る手に力を込める。
 挑発に対してではなく、それ以上の純粋な怒りが彼女の胸中を満たしていた。
「……何も知らずに、幸せに暮らせてたなら。幸せなままで良いんだよ」
 妻子を守るために組織を離れ、命を落としたフィクサード――ラッセル・デーヴィス。 
 裏の仕事に手を染めていた彼も、あの親子にとっては良き夫で、優しい父であったに違いない。
 何の権利があって、その幸福を奪うというのか。
「だから――あたしはあんた達を許さない。この剣を以て報いてやる!」
 白銀の刀身が抜き放たれ、疾風を孕んだ刃が冴の前に立つナイトクリークを斬り裂く。後を追うように繰り出された優希の斬風脚が、脇腹を深く抉った。
 眼前の敵が揺らいだ一瞬の隙を見逃すことなく、冴が全身に雷気を纏う。
「チェストォォォオオオ!」
 迷いなく振るわれた“鬼丸”の一太刀が、ナイトクリークの命脈を絶った。


 一人倒されても、『影踏』のフィクサード達に動揺はない。
 彼らは一糸乱れず、七花に集中攻撃を見舞った。識の命に従い、親子を守る盾を一枚ずつ取り除くために。
「……っ!」
 殺意の弾丸が、七花のこめかみを撃ち抜く。
 流れる血で半面を赤く染めながら、彼女は崩れかけた膝を自らの運命で支えた。
(親の仕事を、無理矢理に引き継がされるなんて……)
 いかなる事情であれ、そんな事はあってはならない。誇りも何もない、汚れ仕事であるなら尚更だ。
 必死に踏み止まり、術手袋の指先から魔力を解き放つ。荒れ狂う一条の雷が、敵を次々に貫いた。
 あの親子が違う未来を掴めるように――自分にできる限りを。
 麻衣が呼び起こした癒しの風が、七花を優しく包む。
 母を抱える礼美を庇いつつ敵の囲みを抜けたユーニアが、暗視ゴーグル越しに識を睨んだ。
「元仲間の家族でも、カタギに手を出すのはゆるせねーな。
 真っ当ヤクザの逆凪さんなら、その辺の筋は通せよな」
「なればこそ、光の当たらぬ影で動く者が時には必要となる」
 硝子球を思わせる瞳が、ユーニアを真っ直ぐに見る。
「我らは組織に命捧げし駒、一族郎党に至るまで例外はない」
 識は事もなげに言い切ると、挑発でリベリスタ達の陣形を崩しにかかった。
 ほぼ半数が怒りに囚われる中、麻衣が邪を退ける光で仲間達を引き戻す。決して心乱れず、麻痺にも陥らない彼女が健在である限り、状態異常の一手で戦線が崩壊する可能性は低い。まして、ブレイクフィアーの使い手は彼女一人ではないのだ。
 瞬く間に態勢を立て直したリベリスタは、足並みを揃えて攻撃を再開する。
「あの親子の方には一人たりとも行かせない。この剣にかけて!」
 音速を纏う霧香の斬撃が、二人目のナイトクリークを地に沈めた。
 倒れた敵にはまだ息があったが、止めを刺すつもりはない。
 最優先は、あくまでも親子を無事に逃がすこと――敵の命を、奪うことではないから。

 エリスが届ける癒しの風に背を支えられつつ、七花が蒼き雷を奔らせる。現状、数の上ではリベリスタが有利だ。あとは、識の足を封じることができれば。
(ここまで来て、出し抜かれるのは避けたいですから)
 七花の視線の先で、冴が残るナイトクリークの抑えに向かう。雷撃を纏う一撃が炸裂した瞬間、フリーになった優希が前方に走った。翔太の行く手を阻んでいたクリミナルスタアをブロックし、信頼を込めて微笑む。
「翔太、抑えは頼んだぞ。信じている」

 ――俺達がいる限り、貴様らの好きにさせてなるものか。

 風を斬る優希の蹴撃が、眼前のクリミナルスタアを飛び越えてナイトクリークを襲う。
 親友の援護を受けて、翔太が敵陣の最奥目掛けて駆けた。
 瞬時に加速し、極限まで高めたスピードを威力に変えて識に突撃する。
 識の眼力をもってしても、完全に避けることはできなかった。
 脇腹に剣を受けた識に対し、翔太が不敵に口を開く。
「俺を封じない限り、お前は通行止めだぜ」
 親子の守りを固めながら脱出の隙を窺う祥子が、翔太の背に激励の言葉をかけた。
「一発も食らわなかったら、あなたのことマタドールって呼ぶことにするわ」
 心配しないわけではないけれど、彼ならきっと大丈夫。

 識の号令で、『影踏』は苛烈に攻撃を続ける。
 投じられた道化のカードの直撃を受けて、七花がとうとう倒れた。
 彼女の代わりに、エアウがクリミナルスタアをブロックする。
「ここで頑張らないと、あの子が犠牲になる……!」
 不可視の殺意に射抜かれ、首筋を手刀で掻き切られても、エアウは倒れない。
 あの親子は、ただ静かに暮らしたいだけ。
 親の罪を子供にも背負わせようとする、こんな理不尽を見逃すわけにはいかない。
 だから――
「こんな所で負けない、負けられないんだよ!」
 運命を燃やして耐えるエアウを、麻衣が天使の息で支えた。
「お父さんが、命をかけて逃がそうとしたのですからね」
 エアウと同様に、彼女もまた、体を張ってでも親子を守り抜く覚悟でいる。
 霧香が、クリミナルスタアの攻勢に晒される後列の救援に駆けつけた。
「動きは止められなくても、魅落とす剣技には抗えないでしょ!」
 “妖刀・櫻嵐”の白銀の刀身が煌き、桜の花弁を散らしたように光の飛沫が舞う。
 クリミナルスタアの一人が心奪われた隙に、エリスが聖神の息吹を呼び起こして全員の体力を回復させた。
 ユーニアと祥子に視線で合図を送った後、礼美と典子をじっと見詰める。
 親子の情愛というものを、エリスはよく知らない。
 けれど、それが大切なものであることはわかる。
(エリスは……二人を……助けたい)
 自分にできることは少なくても、決してゼロではないから。

 タイミングを計り、ユーニアと祥子が一気に親子を逃がしにかかる。
 敵の数が減り、かつ識の足止めが機能している今なら、リスクは最小限に抑えられるはずだ。
 母を抱えて路地の出口に向かう礼美の背に、エアウが声をかける。
「今は分からない事ばかりだろうけど、自分の道を見失わないでね」
 少女が微かに頷いたのを見届け、エアウは前に向き直った。
 あとは、四人が港に着くまで敵を食い止めるだけだ。

 リベリスタ達は識を抑える翔太一人を残して下がろうとしたが、自分から配下を引き離す狙いを看過した識の指示で後退を阻まれてしまった。
 どのみち全員がブロックされている以上、足を止めて突破口を開くのが最善と判断したのだろう。
 識が、冷徹なる殺意の視線で後列のブロック役を撃ち抜く。その射線を遮るように、翔太が大きく踏み込んだ。
「俺を倒さないと親子は捕まえられないぞ」
 親友を信じ、仲間を信じ、識を封じるのが自分の役目。これ以上、後ろに攻撃を届かせはしない。
 速力と体重を乗せた一撃が、識を脅かす。倒すに至らずとも、足を止められればそれで良い。
 愛刀を構えた冴が、眼前のナイトクリークを見据える。
 正直、礼美の亡き父親については同情はできない。
 フィクサードであった事実を考えれば、因果応報というものだろう。
 しかし、彼の妻子は違う。
 罪無き者を悪の手から守ることこそ、己の為す正義。
 喉を震わせる渾身の気合とともに、冴は雷気を纏う一撃を繰り出した。


 突破を図る『影踏』と、それを阻むリベリスタ。
 互いの火力を集中させた攻防は、双方の陣営に損害を与えていた。
 敵の全員が遠距離攻撃力を有する以上、後列への射撃を防ぐことは難しい。リベリスタ達はナイトクリークを全滅させた代償にエアウを欠き、麻衣も自らの運命を削っていた。
 それでもリベリスタ達の守りは堅く、『影踏』の突破を許さない。
「行かせはしない。一人でも多く潰してくれる!」
 クリミナルスタアの懐に入った優希が、雪崩の勢いをもって敵を打ち倒す。
 直後、彼の“幻想纏い”に祥子からの連絡が届いた。
 親子を港に送り届けたことを告げられ、優希は翔太と一騎討ちを繰り広げる識に向けて口を開く。
「これ以上は無駄だ。潔く退け」
 さもなくば、全滅させるまで戦い抜くのみ。
 金髪をふわり揺らして聖神の息吹を呼び起こすエリスが、敵の動向を見守る。
 識は、あっさりと己の敗北を認めた。
「采配を誤ったようだな」 
 そう言って、識は配下に撤退を促す。
 一斉に矛を収め、闇に消えていく『影踏』を、リベリスタ達はそのまま見送った。
 親子が海に出てしまえば、彼らとて手出しはできないだろう。
 それにしても――と、翔太は思う。
 片や、組織の駒に徹する者。
 片や、家族を守るべく組織を裏切った者。
 一口にフィクサードと言っても、色々な人間がいるものだ。
(ラッセル・デーヴィス――
 二人を逃すために取ったあんたの最期の行動は、間違いなくリベリスタだぜ)
 翔太は天を仰ぎ、今は亡きフィクサードに心の中で呼びかけた。


 同じ頃、港ではユーニアと祥子が出港する船を見送っていた。
 船室に運ばれた典子は今も気絶したままだが、そのうち目を覚ますことだろう。
「あの……助けてくれて、ありがとう」
 甲板でぺこりと頭を下げる礼美に、祥子が笑顔を返す。
 ユーニアが、そっと口を開いた。
「その力は、あんたの父親の形見みたいなもんだ。
 今回は厄介に巻き込まれたけど、いつか良かったと思う時が来ると思う。
 ――そんな気がするだけだけどな」
 礼美はじっと目を見て彼の言葉を聞いていたが、やがて小さく頷いた。

 次第に遠ざかっていく船を、祥子はじっと見詰める。
 追手を逃れたとはいえ、故郷を離れたこれからの暮らしは決して楽ではないだろう。
 あの親子の未来が少しでも明るいものになるよう、祥子は強く祈らずにいられなかった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
数史「お疲れさん、無事に終わって何よりだ。
    今日のところはゆっくり休んでくれ、怪我した面子はお大事にな」

 初手から識を抑えるには、クリミナルスタアの対策が甘かった印象を受けました。
 ブロックが可能なのは敵も同じなので、全員が一塊で突入する形であれば、後衛も含めて積極的にクリミナスルタアの足止めに動かないと厳しかったかと。
 その点も含め、親子を逃がすタイミングを『ナイトクリーク二名を倒した後』としたのは正解だったと思います。

 細かい部分で認識の食い違いが見られ、微妙に危うい場面もありましたが、全員が『親子の安全』を最優先に動いた結果、二人は無事に逃げおおせることができました。
 リベリスタ側も損害ゼロとはいきませんでしたが、それだけ体を張って守り抜いたことの証明でもあると思います。重傷の方は、どうかお大事にしてくださいませ。
 当シナリオにご参加いただき、ありがとうございました。