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百年目の鋼姫(はがねひめ)

●永遠に美しく
「ずっと、このままでいたいわ」
 そんな願いはひどく歪んだ形でかなえられたと思っていた。
 百年経って、そんな願いをしたから罰を受けたのだと今は思う。

 私はずっとあのときのまま。
 もうお日様は三万八千回は昇って沈んだ。   
 それでも私の心臓はまだ動いていて、私の心はここにいる。
 私はここにいるけれど、少しづつ私を覆う鋼は外に広がり続けてる。
  
お願い。もう終わりにして。
 私はもう動けないから。
 誰か私を終わらせに来て。
 でも、傷つくのはいやなの。
 痛いのは、とても怖いの。

●彼女は痛みを感じる
「ノーフェイス。彼女は滅びを望んでいる」
『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は、モニターに映像を呼び出す。
「現場はここ。とある山中にある洋館の一室。ダム建設でここに通じていた集落もとっくになくなっている。人跡未踏」
 部屋一面クロームの輝き。
 天井も床も柱も、調度の全て、花瓶にいけてある花、鳥かごの中の小鳥に至るまでクロームで覆われている。
 部屋の奥に窓を背にして椅子に座る少女の像も例外ではない。
 つるりとした頬、わずかに浮かんだ微笑が初々しい。
 古風なドレスを身につけ、両手を膝の上に乗せて、うつむき加減。目は半ば伏せられている。
 椅子に絡んだ茨が彼女のドレスの装飾と一体化している。
 まつげの一本、髪の毛の一本まで恐ろしい精緻さで作られていることがわかる。
「彼女は、生きている」
 イヴは、生体モニターの画面を呼び出す。
「このとおり、彼女の生体活動は、きわめて正常。遡れる限り既に百年余続けられている」
 白黒に彩色してある写真。微笑む少女。
 ドレスに日傘。華やかな帽子。どうやら華族らしい。
「どうしてかは分からないけど彼女の進化は酷くゆったりとしたものだった。これまで事件が感知されなかったのもその影響があまりに微弱だったからだと思う」
 再び少女像のアップ。どんどん上がっていく倍率。
 よく見ると、肌に肌理がある。 
「皮膚全体が金属化しただけ。現在彼女の体は金属で完全にコーティングされている。呼吸その他は皮膚を通じて行われており、生体維持には無限機関が使用されている」
 モニターは、同じ映像に見えるがよく見ると早送りになっている。
 だが、何も動かない。
「彼女は指一本動かせない。戦闘能力もない。自己保全を目的とした永久機関として特化されている。金属の殻の下、彼女は今も当時のまま」
 欲望は「いつまでもこのままで」。
 そのため、彼女はいまだ正気のまま。
「このまま放置すれば彼女の中の無限機関は永遠に彼女をただ生かし続ける」
 誰も訪れない屋敷の中、永遠の正気と永遠の退屈。
「だけど、彼女は生きているだけで世界に負担を掛けている。今回、アークが彼女の対処を決めたのはその緩慢な進化が急激なモノに変わろうとしている事が分かったから。皮肉だけど、その性急さがカレイド・システムに掛かったの。百年間、彼女以外に革醒現象は見られなかった。けれど、たったの三日で、この部屋はここまで進化した。エリューションゴーレム。彼女の生命保全に特化されている」
 クロームで輝く部屋全体が、彼女にかしずく下僕だ。
「部屋の床は自在に隆起し、彼女を守る盾になる。壁や天井からはとげつきの槍が生えて、あなた達を串刺しにしようとする。部屋を攻撃しても無駄。部屋は彼女の無限機関の力で半永久的に修復され続ける。やるなら、彼女本体。盾ごと打ち砕いて彼女にダメージを与えるしかない」
 モニターに、簡単な図解。
 彼女とリベリスタの間に「盾」を手書きで書く。
 イヴは、リベリスタから矢印を少女まで引き、「盾」にバツを書く。
『たてをこわしながらなぐる』と手書きキャプション。
「彼女の体を覆う金属も非常に堅い。生半可な攻撃は通用しない。乾坤一擲で殴り続けて」
 イヴはモニターに目をやる。
「百年経って、彼女はこの状態を地獄だと思い始めた。この急激な変化は彼女からのSOSだと思いたい。応えてやって」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田奈アガサ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年05月30日(月)23:43
 田奈です。
 ダメージディーラーのちょっといいとこ見てみたい。
 クロームメイデンのスペックはこちら。

「鋼姫」
 *HPはさほど高くないです。防護点はすごく高いです。
 *戦闘能力はありません。
 *彼女は一切の能動的行動は取れません。椅子に座ったままです。
 *彼女の五感は正常です。
 *彼女はこの状況が終わってほしいと思っていますが、同時に痛いのはいやだとも思っています。  攻撃されると、無意識のうちに下記のいずれかの行動を取ります。
 *燃料供給:インスタントチャージ相当
 *設備修復:天使の歌相当
 *自動修復:オートキュアー相当
 *異状修復:ブレイクフィアー相当
 *鋼の肌:ハイディフェンサー相当・開始時に発動済み

 ゴーレム・鋼姫が倒れると自動的に消滅します。
「壁・天井」
 *1ターンに4本、ランダムに襲い掛かってきます。ヘビースマッシュ相当です。
 *攻撃して壊しても、別なのが生えてきます。

「床」
 *1ターンに6枚、鋼姫とリベリスタの間に「盾」が生えます。
 *ただし規定値以上のダメージを受けると崩壊します。
 *盾の規定値をマイナスした数値が、鋼姫へのダメージになります。

 部屋・鋼姫が倒れると、自動的に崩壊します。
 *10メートル四方
 *調度品などは障害物にならない扱いとします。
 *窓ガラスも割れません。

   
 部屋のドアから進入したところからスタートです。
 館に向かう方法などは考えなくて大丈夫です。


参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
プロアデプト
歪 ぐるぐ(BNE000001)
マグメイガス
ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
プロアデプト
鬼ヶ島 正道(BNE000681)
デュランダル
蘭・羽音(BNE001477)
スターサジタリー
夜刀神 真弓(BNE002064)
デュランダル
一番合戦 姫乃(BNE002163)
ソードミラージュ
安西 郷(BNE002360)
スターサジタリー
中・裕仁(BNE002387)

●世界の全てが美しくありますように。
 世界はきらきら輝いて。
 周りのみんなが大好きで。
 戦争や、きなくさい噂は聞こえているけれど。
 今日も明日もあさっても、ずっとみんな楽しく暮らせますように。
  
 世界の全てから切り離されたまま、百年余の時を経て。

 滅びを望む心とさかしまに、
 私の体も私の部屋も、私のいうことを聞かないの。

 私がどんなにいやがって見えても、私を殺すのをやめないで。

●完璧な部屋
 床板を踏み抜かないようにするのに一苦労だった。
 瀟洒な別荘であったのだろう。
 今は見る影もない。
 錆び付き煤けたドアノブは、触ったとたんに床に落ちた。 

 完全な鋼。傷一つない完璧な領域。
 足を踏み入れるのに一瞬躊躇する。
 自分達が異分子であることを認識せざるを得ない統一感。
 衰え始めた陽光をはじくように、茨姫の頬が橙色につやつやと輝いている。
 傍らに置いてある鳥かごの小鳥の歌に耳を傾けている風情。
 永遠にそのままにして置いてあげたくなる、美しさより穏やかさが心惹く表情。
「部屋全体がエリューションゴーレムか……実に緻密で繊細な逸品だ。壊すのは聊か忍びない気もするが」
『チクタクマン』中・裕仁(BNE002387)は部屋を見回し、抑揚のない声で感嘆を口にする。
 予告状を投げ、鋼姫の膝にぽとんと落としたTrompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)は片目を眼帯で覆う。
「準備おっけー」
(堅い殻に閉じこもったお姫様がそこから出たいと言っている。ならば全力でその外壁をぶち壊す! ってやつですね)
「堅い金庫ほど燃えるってもんです」
 往年の怪盗は、幼げな頬に笑顔を浮かべた。
(周りが変わっていく中で自分だけ変わらないってのはすごく寂しい事だよね。この子はそんな寂しい思いをずっとしたんだと思うな……)
「だから-- せめて、最後の時だけでも私達が笑わせてあげたいね!」
『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)は、体内の魔力を噴き上がらせた。

 天井と壁がうごめき、ずるりと伸びた槍の先端に鋭利な刺が出現する。

(かの洋館は生きた要塞、鋼姫はその心臓、といったところですかな)
『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)は、徐々に早まっていく自分の思考速度を意識しながら、放っておけば早晩やってくる状況を予測した。

 花びらのごとき盾が長く伸びて、リベリスタの視界から鋼姫を覆い隠す。

 無限に生まれる生きた鋼を打ち砕く戦いが始まった。 

●鋼の下に生者がいる
「こう、バーっと弾丸をばら撒く時って実はちょっと楽しいんですよ」
 右手を「ヨシイエ」と言う名の巨大な砲に変えて、『八幡神の弓巫女』夜刀神 真弓(BNE002064) は、おっとりと剣呑なことを口にしつつ、無数の弾丸をばら撒いた。
 天井床壁あらゆる部分が、蜂の巣になった。
 それでも六枚の花びらは、堅牢に鋼姫の周囲を覆い尽くしている。
 天井から突き出た槍が、大きく脈動し、正道、『サムライガール』一番合戦 姫乃(BNE002163)、『まごころ暴走便』安西 郷(BNE002360)、裕仁に襲い掛かる。
 床に這い蹲れと言わんばかりに叩きつけられる刺に、四人の体は引き裂かれた。
(誰かがやらないと、皆が迷惑しちゃうのでござるです……)
 姫乃は、迷っていた。
「人」を殺す為の刃を握るのは、これが初めてだ。
(おじじ達は、笑いながら『悪漢の命を奪ってからが本当の剣士の修行だー』なんて言ってたでござるけれど、やっぱり、すごく、いやな気分になるのでござるのですよ?)
 迷いを打ち払うように、盾に自分の気迫を叩きつけた。
 自分でも驚くほど、きれいに決まった。
 盾の破片がきらきらと夕刻の光を反射して空気に溶けた。
 びっくりするほど手足が動き、攻撃の手は一度では収まらない。
 がつんと鋼姫の腕に大太刀があたる感触に、はっとする。
 小さく火花が散った。
 盾より強靭なその鋼の肌に傷一つつかない。
 それでも間近に迫った鋼姫からは、確かに生きている気配がする。
 仲間の邪魔にならないように飛び退りながら、胸に疑問が去来する。
(おじじ……これは本当に修行なのでござるですか?)

(長い間、辛かったね。でももう、それもお終い)
「助けに来たよ、鋼姫」
『眠れるラプラー』蘭・羽音(BNE001477)は、身の丈ほどの無骨な剣を踊らせる。
 かしゃかしゃと音を立てて、盾は葉脈のようなフレームを残すのみ。
 ふぉーん。
 柔らかな共鳴音を立てて、床が水面のように揺らぎ、穴だらけになった槍や盾は床や天井に戻っていく。
 とぷんと沈んだ刹那、新たな盾が床から完全な姿で生えた。
 鋼姫は、また盾の向こうに姿を消そうとしている。
『ハローお姫様。あなたを盗みにきましたよっと!』
 ぐるぐは、鋼姫に念話を送った。
(ちょっと本気出していきますよっ)
 すでに、表層思考とは別の次元で、戦闘思考は回りだしていた。 

●鋼の肌
 裕仁が使うのは水平二連銃の王様、ジェームス&パーディのアンティーク。
 猟銃から撃ち出される軌跡は流星のごとく飛び交い、クロームの部屋に乱反射する。
(僕達の後に攻撃する仲間の為にも、邪魔なものはなるたけ破壊しておきたい)
 天井と壁から挟み込むようにして、槍が小柄なウェスティアの体に振り下ろされ、羽音の羽毛を散らす。
「そこに魔炎召喚するよ!」
 傷だらけのウェスティアは頬を血に濡らしたまま一声叫び、仲間を巻き込まないよう気をつけながら、常より膨れ上がった炎を現世に炸裂させる。
 部屋が一瞬炎色に染まった。
「あら、乱暴ですのね」
 槍の攻撃をしのいだ真弓は、更なる暴力を部屋全体にばら撒いた。
 銃弾にうがたれ、六枚の盾は霧散する。
「よーし、思いっきりぶち蹴ってやればいいんだな」
 すでにギアはトップに叩き込んだ。
 インラインスケートの脚から響く開放を待ち望むモーター音が生身の鼓動とシンクロする。
「いいぜ、終わらせてやるよ、お前の願い、祈り、悲しみ、苦しみ……」
 通常なら剣技として使われるスキルを、郷は蹴技として使う。
「俺のソニックキックでな!!」
 クロームの床を、縦一列に並んだ車輪が滑って行き、跳躍する。
 がががががっと音を立てて、令嬢の金属像によどみない蹴りが入れた。
「でも、これがお仕事なのでござるです……!」
 唇を噛み、意を決して突っ込む小さな姫乃。
「痛いのは、怖いよね……。けど、ちょっと……。我慢してね」
 羽音は、力場の球を纏わせた大剣を反動ごと振り切った。
 鋼のドレスのちょうちん袖が、ごつっと鈍い音と共にいくらかゆがむ。
 正道が大口径で撃ち抜こうとするが、ほんのりと光り輝く鋼の肌にはそれ以上の傷はつかない。
(キチンと当てておきたいところ)
 正道の狙いは鋼姫から鋼の肌の橙の光沢をはぐことだ。
 次の機会のため、後方に下がり、精神を研ぎ澄ませた。
 ぐるぐは大忙しだ。
 刻々と代わる敵の装甲状況を測りながら、それを念話で仲間に送り、自分も攻撃に加わる。
「今、弱いのは、ここですよっと!」
 針の先端をうがつ精密な糸が、鋼姫の生身に届く。
 再び、床から盾がせり上がり、鋼姫の姿は隠された。
 
●矛盾
 真弓、ウェスティアの続けざまの攻撃で、盾は三度霧散する。
 その刹那、ぐるぐに槍が迫った。
 一本をかわしたその背を別の一本が打ち据え、前のめりになったところをもう一本が更に打つ。
 導師服はかぎ裂きだらけ。白い肌に鮮血が滴り、桃色の髪が血で固まる。
 ぐるぐと共に槍の餌食になった裕仁が口元の血をぬぐいながら、特徴的な二本ある引き金両方に指をかけた。
「少々手荒な目覚まし時計だが、ご寛恕願いたい。これが君の望みだろう?」
 歪んだ袖山を突破口にするべく、精密射撃が行われる。
 それでも鋼の上に載る光が阻んで有効な衝撃を加えられない。
 郷と姫乃も、攻撃したら即離脱ということに気をとられてか、ごくわずか袖をへこませるのが精一杯。
「狙いはへこんだところだよ! 集中攻撃!」
 ぐるぐの指示に従って、羽音の剣が横薙ぎに叩き、ぐるぐの糸が更にナノの隙間を貫き通す。
 ようやくわずかに鋼がひび割れ、鋼でコーティングされたドレスが青がかった深い緑色――常盤色なのが目に入る。
 しかしそれもつかの間。
 積み重ねた攻撃の痕が銀に虹色の流体に代わり、わずかだが元の形を取り戻そうとうごめく。
 ふぉーんふぉーんと高く共鳴する部屋中の、荒れた様子は速やかに消え、更に袖の修復は悪夢のように速やかに行われた。
「しっかしこの姫さんもずいぶん身勝手だよなー」
 刺でできた傷口をぬぐいながら、郷はわがまま言ってんじゃねぇよとぼやく。
「一度叶った願いを捨ててまで終わりを望んで、それでも未だ抗うか。矛盾しているな」
 裕仁が感慨もなさそうに呟いた。
 せり上がってくる盾に、リベリスタと言う名の矛。
 どちらも彼女の願い事。
 砕けるのはどちらなのか。それは、まだ誰にも分からなかった。

●君の鼓動が止まる時
 槍が真弓の脚を払い、正道の頭と背中をしたたか打ち、最後の一本がぐるぐに迫る。
 羽音はぐるぐにとびつき、胸に掻き抱いた。その背を槍が突き刺す。
「効率的な解体作業を行いたいもので御座いますな」
 痛みもその集中を妨げない。
 部屋の喧騒の中、正道の周囲、いや、脳内だけはしんと静まり返っている。
 大雑把な動きで銃器を構えると、無造作に発射した。
 弾丸は、鋼姫の胸に吸い込まれるように着弾する。
 部屋を震わせていた共鳴音が停止する。
 鋼姫は輝きを失い、橙から青みを帯びた色になる。
 これで、鋼姫の自動修復機構と鋼の肌が消失した。
 正道は小さく一つ頷いた。
 
 それでも道のりは容易なものではない。
 六枚の盾は、変わらずリベリスタの前に立ちはだかる。
 真弓、ウェスティア、羽音の三人が盾を粉砕したところで、四本の槍がリベリスタを襲う。
 四本まとめて密集して降り注いできた茨の槍に、ウェスティアと裕仁はクロームの冷たい床に倒れ伏した。
 羽音も、今までにない深手を負う。
 回復手段を持たないリベリスタ達は、鋼姫を粉砕するしか道はない。
 各々が無言で、自分の獲物を握り直した。

 がん、ごんと、銃弾が、大太刀が、鋼姫の殻を叩く。
 眠りから醒めて現実を見ろと、目覚めの鐘を鳴らすように。
「痛いだろうが、お前の新しい願いを叶えてやるんだ 我慢しな」
 郷が床を蹴る。
 速度を燃料に、空気を蹴り裂く衝撃を刃に変えて。
「ソニックキーック!!」
 技の名を叫ぶ郷の熱量が、更に技の威力を上げる。
 音速の回転蹴りが、鋼姫の腹部の装甲にひびを入れた。
 ふぃふぃふぃふぃふぃ……と警告音が鳴る。
 鋼姫の悲鳴に聞こえた。
「はぁい。お姫様」
 鋼姫の命がもはや風前の灯と計算したぐるぐは、これが最後と鋼姫の目の前まで飛んでいき、クロームの肌だけがひび割れるようにピンポイントを打ち込む。
 作用した部分はごくわずか、左目からほおの辺りだけ。
 それが、鋼姫の無限機関の息の根を止める一撃だった。

●百年ぶりの風の中で
 警告音が、完全に沈黙する。
 さら。
 リベリスタを苦しめた刺付きの槍が、銀色の砂になって床に降り積もる。
 さらさら。
 鋼の鎧がなければ、床も柱も朽ちた廃屋だ。
 戦闘の衝撃に耐えられるはずもなく、瓦解が始まろうとしている。
 床も鋼が粉になり、元の木の床が現れた。それも腐っている。
 ぼろっ。
 魔法が解けたよう、部屋の壁の全てが崩れ落ちた。
 すでに日は落ちかけて、空の色は濃紺から白、橙へ色を変えている。
 外のたっぷりと水気と緑を含んだ風が、百年有余の時を経て鋼姫に触れた。
「ほんの一瞬だろうけど、楽しんでもらえるかな」
 ぐるぐは、鋼姫の傍らでぽつりと言った。
「外に担ぎ出す手間は省けましたな。無意味な危険を冒す必然も御座いませんが、ご指令は『SOSに応えろ』ですからな」
 正道は、急に見通しのよくなった部屋を見回し、ぐるぐに向かって頷いた。

 割れた鋼の隙間から、切りそろえられた前髪と黒い瞳とばら色の頬と。
 風に吹かれて、揺れる前髪、けぶるまつげ。
 嬉しそうに見えたのは、光と風の加減かもしれない。

 四方の柱が、いやな音を立てた。
 崩落に巻き込まれたら、帰還が覚束ない傷を全員が負っていた。
 ぐるぐが仲間の横に立った数瞬後、床が抜け、部屋の真ん中に大穴が開いた。
 未だ鋼姫が座る辺りの床も、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
「急いで部屋から脱出を……」
 羽音は床に崩れ落ちたウェスティアを肩に担ぎ上げた。
 裕仁を、郷が担ぎ上げる。
(……おやすみなさい、鋼姫。こんな方法でしか、助けてあげられなくて……ごめんね?)
 羽音は、最後に部屋を振り返る。
 埃と粒子で何も見通せない。まだそこに鋼姫が座っているのかも分からない。
「ウェスティア、鋼姫、笑って見えたよ……」
「うん」
 羽音の背中で、ウェスティアは小さく頷いた。

「どうか、次の人生では真の美を見つけられますようお祈りしていますわ」
 真弓もきびすを返し、痛みをこらえて館を出ることに専念した。

(はじめて、人を殺したでござるです……。おじじ、これでわらわは一人前の剣士になったでござるですか? わらわ、わからないでござるです)
 姫乃は、羽音を手伝いながら、心の中の祖父、曽祖父に語りかけていた。
(目指してたものになれたと思いたいのに、体が震えて、涙が止まらないのでござるです)
 ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしながら、それでも走る。
 姫乃は、まだ十歳だった。
 考える時間も機会も、まだたくさんあるはずなのだ。
   
(末永く眠れよ、今まで生きてた分な。今度こそ、時間は無限だぜ?)
 作業着の袖を捲り上げると、郷はさばさばした様子で行った。
「さ、さっさと帰って俺たちは俺たちの時間を生きようぜ」
 郷は、手馴れた様子で裕仁を背負うと、前を見据えて走り出した。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 リベリスタの皆さん、お疲れ様でした。
 
 ナイス前のめり。
 せっかくなので、あわよくば全員に、クロームの床の冷たさをほっぺで味わってほしいな と思っていたのですが、最終局面、鋼姫まさかのBS麻痺。
 せめて後一回、槍で殴らせてよおぉぉ!
 警告音は、田奈の悲鳴と思っていただいて結構です。

 鋼姫は、最後に現世の風を受け、今度こそゆっくり眠れそうです。
 大切に扱っていただいてありがとうございました。
 ゆっくり休んで、次のお仕事がんばって下さいね。