●Prelude 長かった一日の終わり。歓迎会にぎりぎり間に合った時、彼は安堵に大きく息を吐いた。 見渡す限りの人。会場に集った皆が談笑している。風もまだ冷たい秋の夜に、彼の戦友となるだろう人々が集う。 ギリギリだと思っていた彼より後から来る人すらいる。誰もが明日も知れない身。始まるのは今までよりずっと危険な日々。 けれど笑っていた。彼らは騒ぎ、呆れ、困惑し、迷い、歓喜し、歌い、嘆息しながら、 それでも来たる明日を笑って迎えようとしていた。それを心の底から頼もしく思う。もう、一人じゃないのだと。 だから彼は歓声にかき消されない様に大きな声で言い放ちながら、その輪へと混ざって行った。 「皆、楽しんでるかーっ!」 それほど昔の事じゃない筈なのに、その時の自分の気持ちなんか、もう思い出せない。 ●Finale 都市部であれば幾つも見られる雑居ビルの一角、そこでは一つの事件が終幕を迎えていた。 「こ、れ、で、終わりだあああああっ!」 渾身の力で叩き付けられるグレートソード。それがトドメ。 振り抜いた巨大な刃は対峙していた蜘蛛の混ざったノーフェイス――恐らくフェイトを得ていたならビーストハーフになったのだろう。 複眼のそれを壁際へ弾き飛ばす。ばきりと、コンクリートの壁に入る無数の皹。ノーフェイスが血を吐く。 其処に駄目押しとばかりに後衛のマグメイガスから放たれる。光の散弾。爆ぜる四本の足。響く炸裂音。 白く染まる視界に断末魔の悲鳴すらも掻き消されて行く。 都市の裏側で連続誘拐事件を起こしていた蜘蛛男はこうして死に、万華鏡より託された任務は幕を下ろす。 「よし、任務完了だ。後は人質を……うわ」 トドメを刺した大剣の男が視線を巡らせた先、そこには人質となっていた2人の少女が居た。 別に忘れていたわけではない。2人ともが意識を失っていた事、ノーフェイスの注意が自分達に向いていた事等を鑑み、 彼らリベリスタ一行は人質を“使われない”為に敢えて無視。一気に畳み掛ける短期決戦に賭けた。 その策は功を奏し、蜘蛛男は人質にかまける余裕もなく討伐された訳だが……その人質が、目を覚ましていた。 戦っていた姿を見ていたのだろう、その様子は酷く怯えている様で、気丈そうな片方の娘がもう片方を支えている。 「あー……見られちゃったか。ごめん、恐い目に合わせてしまったね」 今助けるから。後で口止めもしないとな、等と考えながら彼はそう続けようと近付いた。 「近付かないでっ!」 一歩。その瞬間に緊張の糸が切れたかの様に気丈そうな少女が甲高い、ヒステリックな声を上げた。 とは言え、流石にあの戦いを見た後では警戒されても仕方が無い。彼は何とか落ち着いて貰おうと言われたとおり足を止める。 「いや、もう大丈夫だから。俺達は君に何も「近付かないでって言ってるでしょ!」 取り付く島も無いとはこの事だ。けれどこれも良くある話。リベリスタの戦いは一般人には刺激が強過ぎる。 理解不能な物を見せられたら誰でも怯える。それが力に依存していたなら尚更だ。彼は極力刺激を与えない様に武器を下ろす。 「落ち着いてくれ。俺達は君達を助けに――「そんな言葉信じられる訳無いでしょ、この――」 『バケモノッ!』 ――男の動きが止まる。動けない。鼓動がはねる。バケモノ。ジーニアスである彼は、革醒して初めてそう呼ばれた。 呼吸が上手く出来ない。嫌な汗が流れた。目線を向ければ今さっき倒した蜘蛛のノーフェイスの遺体。 バケモノ。人間と蜘蛛が入り混じった頭部は確かに異形、特撮物の怪物の様だ。けれど自分は、自分は運命の祝福を得て、 彼女らを助けに……落ち着け、俺まで熱くなってどうする。彼女らは混乱しているんだ。混乱しているだけで…… 「俺、達は、バケモノなんかじ「うるさいっ! 近付かないでっバケモノ! 誰かっ! 誰かっ!」 言葉は通じない。何を言っても届かない。心臓が痛い。何故ここまで動揺しているのか、自分でも分からない。 ぶぶぶ、ぶぶぶ、とベルトに挿した携帯、彼のアクセスファンタズムが震える。 その振動に漸く平静さを取り戻し、彼はその着信を受ける。アークからの緊急連絡。 何かと思い着信ボタンを押せば其処から、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)のあどけなくも感性に乏しい声が響く。 “……万華鏡が2体のノーフェイスの出現を感知した。出来るだけ早く対処して欲しい” 「2体って、こっちも今さっき任務を済ませた……――」 ばかり、と口にしようとして、目線が今さっき対話していた人質へと向かう。人質は2人。まさか、そんな、と思考が停止する。 “エリューションの傍に居る生物はエリューション化し易い。増殖性革醒現象……あなたも知ってるはず” 瞳孔が開く。視界が拡散する。言っている事が分からない。聞きなれた声なのに、イヴが何ヲ言ッテイルノカワカラナイ 「祝福は……」 自分の声が他人の声の様に聞こえる。音が遠い。頭が混乱する。怯えた瞳。震える体躯。彼女達は、ただの被害者で “フェイトを得る可能性は無い。……処理して” のろのろと、落とした剣を拾う。事後処理をしていた仲間達が戻って来るのが分かった。視線が自分を向いている。 けれど止めない。誰も止めはしない。人質であった2人の少女。現時点で、その身に変調は無い。紛れもない人間。 だがそれは外から見えないだけだ。既に変化は始まっている。世界を救う為には、彼女達を 「あなた……な、なにを……して……」 気丈な少女が目を見開く。一度下ろした剣を持ち直した彼を、見つめて揺れる瞳。それと、目が合う。 剣先が震える。がたがたと震える。それでも腕を持ち上げる。普通の人間には重過ぎるだろう巨大な刃が持ち上がる。 “バケモノ”と、頭の中で声が木霊する。“化物”その通りだ。自分は既に人間じゃない。エリューション化した異物。そう、バケモノだ。 それでも少しでも正しい事をしよう、人の為に働こうと、アークまで来て、リベリスタをやって来た。自分が信じる正義の為。その筈だ。 手の震えが止まった。2人の少女が身を竦める。出来る。殺せる。今までも散々そうして来た様に、1を捨てて大勢を救うんだ。 この、小さくて、弱くて、誰かに護られなければ生きていけないような、社会的にも保護されているような、子供だって ――殺せる。 そうして彼は、振り上げた大剣を振り下ろした。 ●Prelude2nd ブリーフィングルームへ集められたリベリスタ達へ、真白イヴが差し出したのは数枚の写真。 全てカメラ目線のそれは如何にもな証明写真だ。茶色の髪の快活そうな青年が微妙に緊張した笑顔で写っている。 しばらくして全員に写真が行き渡ったのを確認し、イヴはモニターを操作する。 「……岡崎誠。20歳。アーク発足のほぼ最初からアークに所属して活動しているリベリスタ。 クラスはクロスイージス。スキルは一部デュランダルのそれも有してる。主要武器はグレートソード」 表示されたのは極めて仔細な個人データ。過去の経歴こそ網羅されれていない物の、現在の人物像、周囲の風評、 能力、スキル、住所や資産、交友関係に到るまで、個人情報と呼べる物はほぼ一通り揃っていた。 「……依頼はこれまでに大体15件位こなしてる。運もあるんだろうけど……良く頑張ってる。頑張ってた」 モニターを一瞥し、イヴはリベリスタ達へ向き直る。名前は知らないにせよ、その写真の人物を見た事がある者も居たかもしれない。 飲み比べに参加して早々に脱落したり、料理をせっせとタッパーに詰めたり、アーク発足時の大歓迎会では馬鹿に徹していた男だ。 その後もアークに良く出入りしては精力的に活動していた。 「ノーフェイスを2体連れて逃亡中……彼の仲間達が追跡したんだけど、繁華街で撒かれたみたい。 このままだと……彼はアークの活動を阻害する、フィクサードとして対処せざるを得ない」 続く言葉は少し気を抜いていたら聞き流してしまうほどに無機質に語られた。操作するモニターに映ったのは1人の男と2人の少女。 前者は写真の青年。後者の年齢は見た感じ、それぞれ10代前半と言った所だろうか。 「……今回の任務は、ノーフェイスの討伐。それと、リベリスタ岡崎誠への対応。出来れば説得して欲しい」 出来れば。それはもし不可能だった場合、彼をフィクサードとして捕縛、ないし処理する事を内包する。 「彼は悪人じゃない……でも、エリューションはエリューションを産み、祝福の無い革醒はより強力なエリューションを育む。 ……それを知っているなら、切り捨てるべきは切り捨てないといけない」 そこを怠れば現行世界は崩界する。それを防ぐのがアークの仕事。感情の無い眼差しで、イヴは事実を淡々と告げる。 「ノーフェイスはどちらもフェーズ1。今のところ自意識は保っているみたい。 ……ただ、交戦したら進化する可能性がある。その場合、自意識は消滅するみたい。代わりに……強力な戦闘能力を得る」 そうなれば、少女達は文字通りの災厄と化す。その前に処理出来るなら……けれどここで難題が挟まる。 「ノーフェイスには常に岡崎さんが張り付いてる……彼を何とかしないと、処理も覚束ない」 幸い、フェーズ1のノーフェイス達には大した力は無い。これもやはり現時点で、ではあるが。 時間をかければかけるほど状況は悪化し、事態は悪い方へ転がる。時間との勝負とイヴは念を押す。 「岡崎さんは、セイギノミカタになりたかったみたい。でも……セイギって、何なんだろうね」 彼から直接そう言われたのか。表情にこそ出ないものの、何処か困惑した仕草でイヴはそう一人ごちる。 けれど、答えは無い。それが答えられる類の質問ではない事を、リベリスタ達のみならず、誰もが皆知っている。 「……いずれにせよ、私達は私達のするべき事をしないといけない」 誰かがしないと、皆が困るから。アークの存在意義を彼女なりに端的に示し、イヴは小さく頷いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月31日(火)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Joker 内部に一般客が居なくなった安ホテルに、8人のリベリスタが突入する。 ホテル側の対応は至極迅速であったと言えるだろう、一般人の気配は無い。階段を上がって2階。 そのエレベーターホールに男は居た。それはリベリスタ達の想定の外。しかしある意味当然である。 狭い施設から人を一気に移動させれば、注意力が余程散漫でもない限り内部の人間はその気配に気付く。 それがESPを備えた彼。リベリスタ、岡崎誠であるなら尚更である。 早朝から始まったその動きに気付いた以上、彼もまた対応を開始する。こうして待ち構えたのもその1つ。 更には彼の宿泊していたこの階には彼以外誰も居ない。そう――“誰も” 「岡崎さんですね。あなたを止めに来ました」 『不動心への道程』早瀬 直樹(BNE000116)が静かに告げ、ライフルを構える。距離は至近。 決して優位とは言い難い位置関係に、予期せぬ戦場。けれどそこに動揺は無い。 続いて『捜翼の蜥蜴』司馬 鷲祐(BNE000288)が両手に種の異なる短剣を構え、土森 美峰(BNE002404)が守護結界を張る。 「……っ」 そうして『ウィンドウィーバー』玖珂・駆(BNE002126)が気持ちを押し殺す様に小太刀を抜くと、それで最後。 リベリスタ達の準備行動とも言える仕草を目の当たりにしながら、彼は微動だにしない。 ただゆっくりと、大振り過ぎる剣を顕現させて待つ。真っ直ぐな眼差しは悟った様に彼ら4人を見つめる。 「……?」 岡崎が背負ったグレートソードを構える。しかし良く見れば、対峙するリベリスタ達の数が合わない。 ホテルの窓辺から玄関を確認していた限り、彼らは8人で突入して来た筈。岡崎の瞳が見開かれる。 それは彼の失策。つまり―― 「部屋に居ません」 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)が突然そんな事を言い出したのは突入直前だった。 事前に透視で内部を確認していた事で九死に一生を得たと言った所か。 彼女の目には自分達をカーテン越しに観察する岡崎誠の姿しか見えない。ホテル内に他の2人は居なかった。 一般人を退避させる際気付かれたのだろう。その結果どう状況が推移したのかまでは彼女にも分からない。 「これは作戦を立て直す必要が……んっ」 けれど岡崎もまた、自分の持ち得ない能力に対しては警戒が甘かったと言わざるを得ない。 彼女達を目の届く範囲から離したくないと言う理由も有ったのだろう。けれどそれが、今回は裏目に出た。 「見つけました、屋上です」 偶然にせよ必然にせよ、結果的に読み合いの天秤はリベリスタ達に微笑む。 予定通り2組に分かれた彼らは、予定とは異なる戦場で、予定とは異なる未来へと向かう。 ●Judgment 「うん、うん。大丈夫。お姉ちゃんは大丈夫だから。あ、お父さんとお母さんに心配しないでって……」 緊急避難の際取り戻した携帯で家族へ電話をかけるのはノーフェイス、水瀬優貴である。 その声は緊迫感を感じさせず、落ち着いている様に聞こえる。これだけ色んな目にあってこの胆力は凄い。 と、葉月遥は常々思っている。自分と来たら指が震えて、家族に連絡を取る事も出来ていないと言うのに。 「だから本当に大丈夫だって、遥も一緒だし。うん、もう少しだけしたら帰るから――」 作っているとは言え軽い口調でそう言っているのを聞くと、葉月もほんの少し安心する。 大丈夫、きっと帰れる。あの蜘蛛の化物みたいなのが襲って来たとしても、岡崎さんはとても強いんだから。 それに一人ではどうしようもなかったかもしれないけれど、隣には心強い親友の優貴が居る。だから大丈夫。 最終的には何もかも解決して、また元の日常に戻れる様になる。彼女はそんなハッピーエンドを漠然と信じていた。 「可哀想だとは思うんだけどね、君達はここで終わりだよ」 けれど『終極粉砕/レイジングギア』富永・喜平(BNE000939)の一声がそれを裂く。 暴力的な響きと共に錠ごと拉げ、蹴り破られる屋上への扉。 非現実的な光景に思わず唖然とした2人の間をショットガンの重い銃声と、しかし極めて正確な射線が走る。 2人を分けたのは立場の差ではない、単純に持った性質の差。『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)の銃弾が水瀬を撃ち抜く。 悲鳴を上げる暇も無い。弾き飛ばされあっさりと壊れる携帯電話。それを呆然と目線で追った葉月は気付く。 誰か居る。違う、既に走り込んでいる。遠目にも分かる大きなシルエット。 嗚呼――死神だ。それを見て直感する。武器はデスサイズ。子供の様な体躯に、背には力無く揺れる翼。 飛行する事で屋上までの道をショートカットした『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)が至極無造作に告げる。 「キミたちには死んでもらわなくちゃいけないんだ。サヨナラ」 伏せたまま動かない水瀬を振り下ろした大鎌が串刺しにする。ずぶり、と肉に刃物を突き立てる鈍い音が聞こえた。 意識は既に失っていたのだろう、肺から吐き出された息だけが漏れ、そして動かなくなる。 外見同様肉体強度的にも一般人と大差無かった水瀬優貴はこうして、あっけなく死んだ。 死んでしまった。ほんの数秒前まで家族と話していた親友は、遺言を残すでもなく、抵抗するでもなく。 何をする事も出来ず殺されてしまった。それを目の前で見ていても何も出来なかった。 そして自分ですら呆れる事に、心配する余裕も無い。4人の襲撃者の眼光が自分へ向くのが恐くて。声が出ない。 駄目だ――何かが決定的に破綻する予兆。それを無自覚に、自覚する。 「全ての敵を滅ぼす事。それがアタシの、私達の使命」 最後に階段を上がった恵梨香が重厚な本を捲り印を切る。顕現されるは魔の業火。屋上に大輪の赤い花が咲く。 辛うじてでも避けられたのは、狙いが葉月に向いていなかったからだ。親友を犠牲にする事で、生き延びた。 ぱき。と、罅割れる様な音が聞こえる。いや、それは生まれる音だ。或いは、生まれ変わる音か。 ぱき、ぱき。と卵の殻が割れる様な音。その度に体表の肌が反転する。鱗の様な強固な外皮へと。 再度の銃声が響く。変化を始めた彼女を危惧しての追撃。けれどその頃には葉月の心は既に止まっていた。 「アタシはただ、自分の為すべきことを為すだけ」 為すべき事を為されなかった。その結果を前に、嵐子は無感動に言い捨てる。 ショットガンの弾頭を弾いたその姿は、紛う事無き蛇のエリューション。人を捨てた世界の災厄が産声を上げる。 緊迫は直後。嵐子のショットガンの軌跡を辿る様に赤い光が放たれ、弾けた。 ●Jail 「そこを、退けっ!」 岡崎のグレートソードが裂帛の気合と共に振り下ろされる。駆が大きく跳び退り、すぐさま攻めに転じる。 「俺達リベリスタは“正義の味方”なんかじゃない!」 猛り放つはハイスピードの乗ったソニックエッジ、小太刀が鋭い軌跡を描き岡崎を凪ぐ。 冷たい金属の音。ハイディフェンサーを被せられたグレートソードがこれを弾く。その動きに澱みは無い。 続く鷲祐が二本の短剣を操り追撃を仕掛ける。返す刃でこれも薙ぐ。流石に実力者と言うべきか、クリーンヒットまでは遠い。 しかしそれも2人までだ。後衛からヘビーボウが射掛けられれば手が足りない。矢が腕に刺さり血を滲ませる。 「譲れ無え一線があるのは判る。それでも、起こした事の責任は取らせなきゃならねえ」 美峰の厳然たる断罪に被せ直樹のスターライトシュートが降り注ぐと、岡崎の表情が歪む。退くのは一歩。 けれど一歩でも退いた以上、天秤は4人に傾いたと言って良い。押し込めば勝てる。それは確定したも同然の事実。 「――分かってるさ」 岡崎が口を開く。形成不利は明らか。説得出来ると思ってる訳でもないだろう。それでも言わずにいられなかったと眼差しが語る。 「リベリスタは正義の味方じゃない。けど限りなく正義に近いんだろう。俺にはあんな2人の子供すら救えない」 改めて岡崎が大剣を振り被る。渾身のメガクラッシュ。先頭に立つ鷲祐が両手を交差しこれを受ける。 戦いの経験はほぼ五分と五分。しかし力に特化した者と速さに特化した者の差が出たのだろう。 鷲祐が押し飛ばされ後衛の直樹がこれを受け止める。その攻撃後に出来た隙に駆が滑り込む。 「あんたはこれが多くの犠牲者を出す結果に繋がると知っても、それでもまだ『正義の味方』でいるつもりか!?」 糾弾は激しく、それは自分の知る痛みがあればこそ。魂をぶつける様な叫びと共に振るわれる小太刀に、岡崎が大剣をぶつけ返す。 「ああ――そうだっ!」 食い縛った歯から漏れた声は一変していた。駆の言葉に喚起された想いが溢れ出す。それは絶叫と紙一重の慟哭。 「俺はヒーローじゃない、憧れてても届かない。全部を救ったり出来ない! たった1対の両手じゃ1つの物しか掬えないっ! でもな! 救いを、希望を信じた瞬間にそれを突き落として大勢救って、それで本当に誰かが幸せになるのかよっ!」 それは人に賞賛され、憧れられる様な姿では決して無い。力の無い男の力無きが故の慟哭。 セイギノミカタになろうとして挫折した、駆を映した様なその姿に、言葉が止まる。 「この街から逃げて、それからどうするのですか」 けれどそれを逃げだと直樹は断つ。改善策の無い批判は誰をも不幸にする。それは彼自身すら例外ではない。 「俺は、彼女達の心を殺したく無かっただけだ。欺瞞だ。ただのエゴだ! 分かってる! でも自分が世界の敵となったから、殺されて当然だと殺される。そんな終わり方って無いじゃないか!」 限界まで人として、けれど最後は彼自身が手を血に染めるつもりだったのだろう。それはリスクしかない選択だ。 どうせなら早く殺した方が良い。危険も少ない。何より彼女達は人間のままの姿で、死ねる。 「俺がもし正義の味方なら、最初に二人へ自らの運命を選択することを勧めるがな」 鷲祐が語を重ねる。その間も攻撃の手は緩めない。瞬く間に重ねられた双剣の連撃が、岡崎に届く。 決して浅くない斬傷が利き腕に刻まれ血風が舞う。大剣がぐらつく、だが取り落とすまでは至らない。 「あんたは強いんだろう、きっと死の間際だってそうやって冷静に判断出来るんだろう。 けどそれはどっちに転んだって絶望しかない。世界と死ぬか、世界に殺されるか。それで守れるのは強者だけだ」 正義の敵は悪ではなく、他の正義。誰かが自分の信じる所に従えば、他の誰かと対立する。それは真理。そうならざるを得ない。 だから彼は弱い者の心に希望を灯したまま終わらせようと願った。それを自分の正義と信じた。例えそれが過ちだとしても。 ――――――! 屋上で劈く様な爆音が響いたのは、その瞬間だった。 ●Justice 光線と言う表現が恐らくは最も近いだろう。蛇と化した葉月遥は非常に厄介な相手だった。 両手から放たれるピンポイントレーザーにも似た赤光が、接近しようとする都斗の腕を正確に貫き、直後に爆発する。 直線である以上回避し易そうなその攻撃は、しかして驚くべき精度と威力を併せ持っていた。 小柄な体躯が跳ね飛ばされコンクリートの床に転がる。既に犠牲になった嵐子同様に。そうしてピクリとも動かない。 「これは、少々厳しい展開になって来ましたよ」 仲間達にSOSを送った喜平が戦慄の声を上げる。元よりフェーズ2を相手に4人では流石に無理がある。 イヴにも“強力な”戦闘能力を得ると事前に釘を刺されてはいたが、瞬く間に2人が戦闘不能にされる火力は想定外だった。 「……んんん、痛い……なあ」 いや、都斗に関してはその限りでも無いらしい。ふらつきつつも立とうとしている。 しかし更に追撃を受ければどうなるか分からない。じりじりとした焦燥の中、屋上への階段に足音が響く。 「無事か」 「見ての通りよ」 鷲祐の言葉に恵梨香が平静と告げる。正直な所、屋上まで援軍が間に合うとは思っていなかった。けれどその疑問は氷解する。 彼らは5人だった。説得に成功した……訳では無さそうだ。鋭い眼差しのまま。けれど岡崎が同行している。 どういう経緯を辿ったのかは分からないが―― 「苦痛なら辞めておきなさい。後はアタシ達がやってあげるわ」 思わず漏れた苦言に、岡崎が返す。何かを吹っ切った様に、厳しくもはっきりと。 「これは俺の出した結末だ。けじめは、付ける」 大剣を持った手は傷付き、止血すらされていない。それを見た美峰が傷癒術を向ける。 「先輩なんだ、カッコイイとこ見せて欲しいもんだぜ」 斜に構えた台詞に、僅かに岡崎の瞳が緩む。何かを思い出す様に。何かと決別する様に。 「カッコ良くは、ないさ。結局俺には、こんな事しか出来ない」 立ち上がった都斗に加え、援軍を足して8人。戦況は物量と手数と言う容赦の無い変化で以って容易く引っ繰り返る。 2人の癒し手が全力を振り絞り、赤光の殆どは岡崎と言う壁が受けきった。 駆と鷲祐のソニックエッジが交差して閃き、喜平のソードエアリアルと直樹の1$シュートが両者の隙を埋める。 「――せめてお前がやれ」 両腕を切り裂かれ、蛇が悲痛な声を上げる。それに混ざった鷲祐の言葉は、それでも岡崎に届いたのだろうか。 大剣を振りかぶり一息に振り下ろす。大気を裂く風の刃が葉月だった物の首を正確に断ち切った。 「ごめんな」 血を吐く様な声を最後に、戦いは一端の幕を下ろす。 「アタシ達の目的は崩界の阻止。茨の道を歩む覚悟が出来ないなら、あなたは戦うべきじゃない」 静かに黙祷を捧げた恵梨香が振り返る。上げた声に敵意は無い。けれどだからこそその言葉は冷然と響く。 「そうだな」 岡崎は振り返らない。背を向けたまま抱き上げるのは人として死んだ水瀬の遺体。それをどうするのかは、誰にも問えず。 「アークには感謝してる。イヴにも、お前達にも。出来るなら、一緒に戦いたかった」 それは幸福な記憶ばかりじゃない、葛藤もした、苦悶もした。それでもそこには、仲間が居たから。 けれど、彼の正義とアークの正義は違う。彼がそのままの道を歩むなら。 「でも、ここでお別れだ」 彼の討伐は任務に含まれていない。今の所は。であればその歩みを阻む者はなく、男は一人階段へと歩む。 ただ一人立ち塞がったのは、駆だった。真っ直ぐな眼差しで、もう一度だけ問う。 「それで、良いのか」 「……ああ。もう少しだけ、馬鹿やってたかったなぁ」 くしゃりと、泣き笑いの様な表情が過ぎったのは気の所為か。かくて男は去り、少年は残る。 弱者の為の正義と、多くの為の正義。いずれその道程が再び交差するのであれば―― けれどそれは、今は万華鏡にすら見通せない可能性の話である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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