● ――嗚呼、と。 誰かが声を為した。或いは、それは皆の声にも同じだったのか。 拠点設営、哨戒任務、その全てが順調であったからこそ、このタイミングで『それら』を確認できたのは僥倖だったのだろう。 それでも――けれど、望めるならば来なければと思っていたことも、また事実。 ……監視塔。その眼下に望む者達は、多くの巨獣を引き連れた戦闘種族、バイデン達の、総攻勢。 鬨の声は、未だ聞こえず。 それ即ち、戦の時は『今』ではないと言うこと。 さりとて、それすら時間の問題。 来るべき戦は直ぐ其処だ。もし此処で彼らに抗すること無くば、この橋頭堡は彼らによって土塊も残らず蹂躙され、ともすればリベリスタ達の世界――ボトム・チャンネルに彼らがなだれ込む可能性がある。 「……報告に行こう」 誰かが、その言葉を告げる。 それに、是と頷く他の面々。その心は決まっていて。 望む者達に、闘争を。 そうなるべく生み出された者達とは言え――己が欲望の為に他を蹂躙する彼らを、見過ごすつもりは毛頭無い。 何よりも、闘争を全とする彼らを此度の戦で満たすことが出来るのならば、幾許かの友誼を結ぶことも、或いは叶えうるのかも知れない。 往く者達に、言葉は無い。 況や、最早此の地は戦場。激と得物を打つ音を除き、聞こゆるものなど何も要らず。 救世者は、蹂躙者に相対し、猛き命を振り絞る。 叶うことならば、寵愛よ。彼の身に一縷の加護を、今。 ● 「あははははは! 見ろ、同胞共よ!」 ――唯一人の荒野を駆け、赤銅の肌を持つ少年は声を上げる。 「あれが外者だ! 異世界の来訪者だ! 我らがプリンスが焦がれ求めた、強くも猛き者どもの里だ!」 自身の肌を誇示するように、防具は最低限のもののみを纏い、唯一つの長刀を佩いた彼を見れば、これより戦場に向かうには些か心許なくも映る。 ……否、しかしそれは、彼が彼一人であったときの話。 「さあ、同胞よ! 先ずは設えようではないか! 我らが王の戦いの舞台を! 身を囲う怯えの壁など、下らぬ児戯の水掘りなど、我らの戦場には余りにも不要! 全て壊して壊し壊し壊し壊し、彼奴らを丸裸にしなければ!」 ――瞬間、数多の咆哮が天を穿つ。 彼は唯一人であった。だが彼に付き従う獣は、地を埋めるほどに並び、駆けていた。 巨爪を身にする馬に似た巨獣、人の顔を持つ鵬、砂礫を喰らいながら泳ぐ鯨。そのどれもが唯一人の少年に従い、唯一つの場所へと向かっている。 目指す場所は……ラ・ル・カーナ橋頭堡。 「いざ――我らが身を震わせんばかりの、闘争を!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月30日(月)00:08 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●『彼』 聞いて欲しい。 彼は自らの双腕に包めるもの、全てを守らんとしていたことを。 届かぬモノに慟哭し、 蹂躙した者に憤怒しながら、 それでも、ならばその不条理すらも跳ね除けようと、自己を研鑽し続けていたことを。 守護神、と。 冗談交じりで自称したその二つ名は、何時しか『箱船』の中で彼を知らしめる無二のものとなっていた。 それが重責の裏返しという事を、彼自身が誰よりも理解しながら、彼はそれに恥じぬ行いを一つ足りとて行わず。 故に、 その存在は、何時しか救世者達の中に於いて、一つの誇りのカタチとして認められていた。 されど、 ●喝采無き舞台にて 三ツ月が夜闇を照らす。 がたがたと小石混じりの悪路を走りつつ、二台のジープは『其れ』を既に捉えていた。 僅か先。 土煙と、轟音を響かせながら彼らの側へ侵攻する、巨獣達の姿を。 「予感はしていたがやはり来たか。個々の能力だけでも厄介なのに巨獣の大部隊とはね」 それに、ぽつりと言葉を漏らしたのは『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)だ。 掛けたモノクルを手慰みに弄りつつ、眇めた二色の瞳が映す感情は、戦への恐れより、『面倒事』に対する倦怠の色がやや見えているか。 「巨獣とは何度か戦ったが、これだけの数が揃うと迫力が比べ物にならんな」 反し、冷静な口調の中に呆然としたそれを覗かせたのは、彼の乗る車を運転する『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)。 「猪突猛進ならばいくらでもやりようはあるが、指揮官もついてくるとは厄介な話だ……」 「確かにそうだが……面白くもあるな。殴り合うだけが能だと思ったが、意外な技能持ちも居るものだ」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は、そのような状況下に於いても自身のスタンスを崩さない。 瞳を向けた先は圧倒的な戦力差である。自らの死すら容易に予感できるこの場に於いて、こうものびのびと会話できるのは、歴戦を超えた彼らなりの、平静を保つ手段なのか。 「……あと十秒以内に攻撃範囲に入る。罠エリアから此処まで掛かった時間が凡そ四、五十秒。余り長くはない」 そんな彼らを、否、彼らを含めたリベリスタ一同に向けて、幻想纏いを通じて報告するのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)だった。 「此処を防がなきゃ、次は俺達の世界が危ない」 ユーヌ達とは違う、もう片方のジープを運転する彼の意志は問うまでもない。 自己の誇りの証、アークの勲章を象る幻想纏いを強く握りしめながら、彼は直ぐさま其処から自身の装備を取り出だす。 漂う土煙が濃さを増し、巨獣達の微かな嘶きを、鳴き声を、その耳に捉えつつある中、 「雁首揃えて来やがったな。売られた喧嘩だ! まとめて買ってやらぁっ!」 「ここが落とされると今までの投資が無駄になるし地球も危なくなるのでな、死守させてもらうぞ!」 『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)が、『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)が、それぞれ快の運転するジープの縁に立ち、彼らに向けて声を響かせている。 両者に異界の言葉を話す異能はない。言葉の通じぬ唯の大声を、しかし、巨獣達の中に一人居るバイデンは、同様に大声で笑い返した。 喜んでいる。だれがどうと言わずとも解った答え。 「……戦いってのは軽くねぇ」 バイデンという種族が故の愉悦。戦場への憧憬と陶酔を、鼻で嘲ったのは『赤い墓堀』ランディ・益母(BNE001403)だった。 状況は刻一刻と変転の時を迎えつつある。 快が最終確認の代わりにと、幾度かタクティカルライトを点滅させれば、それに応えるかのように、橋頭堡にも明かりが明滅する。 (暴力を信じ、怒りと共に生きる種族……バイデン) 橋頭堡の発射台からサインを送った『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は、自己の本能に戦を強いられた彼らに憐憫すら抱いている。 けれど、それに惑うときではない。それも彼女は解っていた。 唯一人、彼方より見つめる戦場が――そこで、動く。 距離、目測20メートル。 ゆるゆると後退を続けていたジープが、其処にいたって一気に加速する。 逃走の名を借りた、闘争が始まったのだ。 「いざ、「知性あるオニ」というべきリべリスタの真の力を受けとめるがいいのじゃ!」 『――――――!!』 『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)が、 バイデンが、 鬨の声を、上げる。 ●誇り無き闘争/逃走 「己だけでなく、他者の力をも自身の力としてその手腕を振るう……俺にとって、その姿は敵であっても尊敬に値しよう」 真っ先に動いたのは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。 「故に加減はない、俺も戦士として戦い抜く!」 片腕に収めていた自動拳銃――ブレイドラインが放つ一発が千々に分かれ、機銃掃射の如く巨獣達を満遍なく撃ち抜いていく。 彼だけではない。生命を犠牲とした闇の銃弾を撃ち込む櫻霞も、旋律を以て自らの気糸を次々に敵に伸ばしていく達哉も、事前に掛けておいた強化、集中が功を奏し、初撃としては予想以上の成果を上げる。 元より図体が大きく、回避には適さない巨獣と、それを庇う以上否応なく攻撃を受ける騎獣だ。 的確な命中率は火力に転化する。見る間に騎獣型はその身を朱に染めていく。 が、戦果に反してリベリスタ達の表情に余裕は微塵もない。 「……っ、アイツら!」 誰よりも早く、叫んだのは快だ。 巨獣隊に於ける巨獣型は三体。それらがそれぞれの身を寄せ合い、三角型の陣形を整える。 そして――巨獣型を庇う騎獣型、各一体ずつを除き――残る全ての巨獣達は、その三角形の内側に入り込む。 地を進む彼らの視界から隠れる姿勢。全体、複数攻撃に必要な視認を完全にシャットアウトした陣形は、即ち総体に与えるダメージ量が大幅に減少したことを表している。 「成る程な。巨獣の防御力を限界まで活かす算段か」 「そしてカバーリング役は状態異常によっての足止めへの最低限の備え、と。誘いに嵌った形になったか?」 嘆息を交えながら、しかしユーヌは動じることなくナイフを構える。 「ならば、乗って見せようか」 見えざる光を放ったナイフは、次いで見えざる『回路』を敵方へと接続した。 アッパーユアハート。流入した憤怒の感情は瞬く間に庇い手たる騎獣達の連携を崩し始め、その殆どがユーヌの乗るジープに向かう。 問題があるとすれば、この戦術は接近されるジープに、それらを対処するだけの存在が居るかどうかである。 騎獣は速い。今までは巨獣型の速度に合わせていたのだろう。 片側のジープからの応援を待つだけでは手遅れである。ユーヌは自身とジープに命綱を付け、翼を介して彼らから単身距離を取るつもりで居たが―― 「掴まっておけ。喋るなよ、舌を噛む」 「……何?」 それを押し止めたのは鉅であった。 次いで、急挙動。オフロードとはいえ比較的安定したジープの車内が、其処で巨大なミキサーへと変貌した。 追いすがる騎獣達をひたすら乱暴な運転でどうにか回避、或いは最低限の対応を続ける内、一体、また一体と自我を取り戻し、巨獣のカバーリングに戻るべく後退していく。 「大した腕前なのは認めるが……もう少し抑えることは出来ないか?」 「悪いが運転は常人並みでな。そら、隙が出来たぞ」 ふらつく拓真に応える鉅。 その最中にも、空いた隙を見逃さじと、ランディ、モノマが得物を構えていた。 薙いだ戦斧が、疾風を生む。 そして、それに連なる斬風。 型の違った二種の飯綱が夜闇すら切り裂いた。 吹き出る血。その直ぐ後に上がる、巨大な咆哮。 思わず耳を塞ぎたくなるほどの衝撃は、しかし彼らの技が確実に効いている証明でもある。 「ランディ……!」 「……ああ」 ニイ、と歪めた口の端が、勝機を見いだした喜びを表していた。 されど、皆は其処で失念していた。 戦いとは、常にその有り様を変えていくものだと。 「……何じゃ……?」 幾許かの傷を受けた片側のジープに、回復を届かせている最中。 集音装置でバイデンの声音を常に伺っていたメアリが、其処で首を傾げる。 聞こえた声音、荒いだ口調でもないそれらが含んでいたとされるものは…… (……落胆?) ●矜恃無き奴儕 『……フン』 一時は抜かんとすらしていた長刀の柄に手をかけ、バイデンは僅かな嘆息を漏らした。 戦闘が始まってから二、三十秒程か。神秘による挑発の攪乱と言う絡繰りを掴むには未だ足りないが、彼には一つだけ、理解できたことがあった。 『陽動……否、足止めか、数減らしか』 そう深く考えるまでもないことだ。 『巨獣を操っている』二人は兎も角にしても、此方を攻撃している者達の凡そ半数が近接攻撃用の武器を持ちながら、まどろっこしくも遠距離からの攻手に留めている。 元よりこの個体数に対して、十名にすら満たぬ人数ではそれが妥当と考えていたが……それと個人的な感情は別な話だ。 些かの落胆。求む戦いを得られなかった悲しみは、しかし直ぐに彼の中に浮かぶ『王』への忠誠心に取って代わる。 『……そうさな』 戦場はあと少しだ。 今はそれを許されずとも、彼が望んだ彼の役目を果たせば、その時は。 大声が戦場に響く。 それに応える巨獣達に、未だ衰えの様子はない。 ●絶対点は裏返る 時間は経過する。 個体数の温存に回るバイデンと言えど、ユーヌが放つ憤怒の状態異常はそれを確実に破壊せしめている。 敵方は挑発に乗せられた騎獣たちを少々の傷が入った時点でスイッチ、巨獣型の囲みの中にいる騎獣と交代させていた。 「……臆病なことだ」 語る鉅ではあるが、いつまでもそればかりは続かない事を彼は知っている。 これまでの戦いで理解したことは、巨獣型の防護能力はその硬さより潤沢な耐久性による部分が多いことだ。 軽減されたダメージはともすれば一度で癒しきることも出来ようが、絶対的なダメージ量は回復役の鳥獣達全てを以てして尚難しい。 徐々にその傷を増やし、一体は既に瀕死の状態にまで追い込まれた巨獣は、彼らの心にカタルシスをもたらしている。 ――当然、それまでに得た被害も、彼らにとっては並々ならぬ。 少数のカバーリング役とはいえ、敵方の攻撃を単身で引き寄せ続けたユーヌ達、および彼らの乗る車は大破寸前だ。彼女自身もさほど高くはない耐久性を一息に削られ、メアリの回復を超えて運命の消費すら強いられている。 片班の車両へ乗り換えをするべきか。 焦せる彼らが、そろそろ罠エリアに向けて準備を始めた頃、それは起こった。 「っ、陣形を変えた……!」 達哉が言うとほぼ同時、騎獣達が一斉に巨獣の前に出る。 負傷の度合いが敵方を焦らせたのだろう。鳥獣型はそれと同時にふわりと一個に集まった陣形の上空二十メートルに浮かび、攻撃態勢を整えつつある。 そして、騎獣型に至っては、 『屍を地に晒すな! それくらいならば同胞達の糧と為せ!』 傷つき、恐らく次撃は保つまいとしていた騎獣達が、次々と巨獣の大口に呑み込まれた。 僅かの時も待たずに、みちみちと傷口を癒す巨獣型。身一つを犠牲にするだけ在って、その効果は目覚ましいものがあった。 「ったく、厄介なヤツらだなあ……!」 モノマが苦虫を噛み潰したような声音で再度の斬風脚を放つが、その威力は犠牲のもとに強化された回復量には余りにも微力だ。 「構わん! もう罠エリア前だ、車を乗り捨てろ!」 告げた拓真がマガジンを交換し、それと同時に全弾を撃ち尽くした。 「おおおおおおっっ……!」 一発ではダメだ。 二発なら、三発なら、否、否、否! 全弾を叩き込む、その為に自己の全てを賭ける! 放ったと同時、複数に別たれ、降り注ぐそれらはまるで雨の如く。 乾いた大地に巨大なガン・スモークが生まれる。 視界を一時、奪われたバイデン達が再び態勢を整え直した場所は、正にリベリスタ達にとっての幸運だったのだろう。 『何……っ!?』 轟音、荒れた大地が突如陥没し、其処に巨獣型、騎獣型が一斉に巻き込まれた。 「よし……メアリさん!」 「合点じゃ! お主ら、妾の近くに寄れ!」 快が叫び、メアリが紡ぐ。 鉄甲が真白の光を拡大すれば、次いでリベリスタ達に生まれたのは擬似的な翼。 同時に、ランディが照明弾を打ち上げ、僅かながら周囲を照らした後に、 「橋頭堡に下がれ、橋上で態勢を整える!」 『貴様、ら……!』 一挙に撤退していく彼らへ、バイデンが追いすがろうとするが。 ――瞬間、彼の直ぐ脇に、巨石がクレーターを作った。 『な――』 気づいた頃にはもう遅い。 身動きの取れぬ巨獣タイプが、更に撃ち込まれた岩に身もだえする。 その軌道を逆に追えば――そこに見えるのは、金髪を月光に照り返す少女、セラフィーナ。 「この発射台の製作には私も参加したんだから。性能も癖も知ってる……当ててみせる!」 意気軒昂と語る彼女ながら、遠距離の、其れも光源たるリベリスタ達が退いた状況下では明確に照準を付けることは難しい。 それでも、当たればその効果は絶大だった。 僅かに逸れた投石すら、周囲でどうすればいいのか決めかねている鳥獣が地に叩きつけられ、本命たる巨獣型に命中したときのそれならば、彼女の全力に届きこそせずとも、威力は十二分に知らしめている。 ――その、最中。 『……そうか』 徐々に態勢を立て直しつつある巨獣達の中心で、バイデンは静かに言う。 『貴様らは戦士でない』 幾度目かの巨石が、彼の身を打った。 後退する身体を、しかし地力で踏みとどまった彼は、巨石を膂力のみで押しのけ、言葉を続ける。 『卑怯者でも、無い』 長刀が、抜かれた。 『弱者……奸智でしか自己を示せぬ、弱者の群れが――!!』 叫んだ。 自ら矛も交えず、唯ひたすら彼方より矢を射り、罠に掛け、その隙に鞭を打つ所行。 そのような行動ばかりの、弱者達に向けて。 視線を向ける。 遙か先、敵方の拠点の架け橋に立つ男は、指を自身に向けて挑発している。 『――ハ』 笑った。 バイデンは、笑い、言った。 『……上等だ。その身、我らの旗下に連れ帰り、微塵に磨り潰してくれる――!』 巨獣が、 鳥獣が、 騎獣が、 そして、他ならぬバイデンが、 三度、鬨の声を上げた。 此処で、敵方の個体数を報告しておく。 巨獣型、三体中三体、内一体は瀕死状態、更に一体も体力の半分近くを奪われている模様。 騎獣型、十一体中五体、逃げ撃ちの過程で脱落したものが殆ど。 鳥獣型、二十数体中二十体前後、被害はセラフィーナの投石による誤射で出た僅かな被害のみ。 ●遅すぎた矜恃 巨獣隊、リベリスタ、総勢がぶつかり合ったのは、それから少しばかりしてのこと。 『――――――!!』 言葉と共に、振り下ろされた刀が、容赦なく快の身体を抉る。 「ぐあ……!」 両者の接敵と同時、アッパーユアハートによる挑発で敵方の殆どを呼び寄せた快が、苦悶の声を上げる。 だが、次の瞬間には、笑み。 「ランディさん……っ」 「ああ、無駄にはしねえよ!」 一個に固まった敵集団に、ランディの戦記烈風陣が纏めて血煙を吹き荒らす。 見る間に傷んだ敵方も、しかし一度で滅びるほど柔な作りをしていない。 挑発から我を取り戻したもの、或いは元よりはね除けたもの、そうした者達が再び襲い来る度、ランディと、彼の攻撃を受けた快の体力は見る間に削られていく。 「無茶をする気持ちも解らなくはないが……」 それと同時に、身を賦活されるのは達哉の旋律によってだ。 敵方の攻撃力と数の差もあって完全ではないにしろ、幾許か気を取り戻した快に、彼は苦笑をする。 「こんな異郷で死んでくれるなよ、シュゴシン?」 「当たり前さ。未だ死ねない理由がある」 同様に笑顔を返した彼も、徐々に身体の自由を取り戻しつつある。 戦場は変わる。 快達との戦場から十数メートル離れた地点、門扉を閉ざされた橋頭堡の正門前に、巨獣達は攻勢を続けていた。 当然、この巨獣型も快の挑発は受けているはずだが――恐らくはウィルパワーも優れているのだろう。巨体は直ぐさま平常を取り戻し、門への攻撃を続けている。 「流石に逃げ撃ちで散らすことはできなんだが……」 言葉を為したのは拓真だ。 自身の身の丈など軽々超す巨獣に対して、彼個人でのブロックは到底叶わないにしても―― 「ならば、此処で倒すだけのことだっ!」 ――止めるには、その手の得物だけで十二分に至る。 絶剣、デッドオアアライブがその巨体の軽々と切り裂き、吹き出す夥しい量の血が拓真を朱に染めた。 眩む身体。元より瀕死だった巨体が、それでも震えながらの一撃を門に加えようとしたとき、 『……!?』 轟音。 否、拓真が相対する巨獣の一頭、その咆哮だった。 「おっと、悪いな、邪魔しちまったか?」 その上で、悪戯な笑みを浮かべたのはモノマ。 傷の少ない個体に飛び乗り、攻撃。それを振り払おうとした巨獣が、他の巨獣にも被害を与えることを計算した彼の行動は、確かに一時、瀕死の巨獣型の動きを止めるに至る。 が、スキルも無しにバランスを保つには、少々この巨獣は荒すぎる。 「ちぃ……っ!」 振り落とされる身体。水堀に落ちそうになる所をギリギリで踏みとどまった。 邪魔者が消えた巨獣達は再度態勢を整える。瀕死の巨獣が立ち直り、一撃を与えようとし、 「未だ、セラフィーナ!」 「はい……!」 ……それより先に、セラフィーナ(けつまつ)は刃を振るう。 繊手が振るう霊刀が、無色の月光を銀へと変えて閃光を形作る。 「この拠点は皆の希望。絶対に守りきるっ!」 アル・シャンパーニュ。それは見た者全ての目を奪う、瀟洒なる剣閃の極致。 拓真に刻みつけられた傷口を、なおも深く深く抉るそれは、巨獣の身体の中程までをぱっくりと割開き、止まった。 その時にはもう、巨獣は生きていなかった。 「ぬぅ――――――!」 反し、耐えきれぬほどの猛攻を凌ぐのはメアリである。 調教師たるバイデンの指示に従うばかりというイメージが彼らの間では強かったが、とんでもない。 一時、くびきから放たれた巨獣達の攻手は彼らを以てして防ぎきれず、尚かつ無差別に攻撃をしかけるような無駄な真似はしない。 前衛陣の強固な防御、更には自身らの『声』が一瞬にして解除される要因が、後方の彼女たちだと理解した鳥獣達は、その時点でターゲットをメアリに変更していた。 「っ……唯の脳筋かと思ったら、な」 特に、フェイトを使用し、元の耐久力が心許ないユーヌにとっては、正に今こそが胸突き八丁と言っても過言ではないだろう。 飛沫いた血を、メアリが、達哉が治癒する。 逃げ撃ちでは控えていたリソースが、しかし見る間に減少していくのは、同様に巨獣達もその数を可能な限り温存していたが為。 「有象無象が邪魔だ、潔く此処で散れ……!」 櫻霞が、夜闇をカタチとして撃ち放つ。 「やれやれ……厄介事が多過ぎる」 切れかけた飛翔の加護を活かし、鉅が幾度目かのダンシングリッパーを放つ。 それに鳥獣達もまた次々と落ちていくが、数に任せた強引な回復手段が見る間にそれらを癒す。 一進一退の攻防。それに更なる拍車を掛けたのは、 『ぬ、おあぁぁぁぁぁぁっ!』 「!!?」 快の挑発を克己し、、耐え、後衛陣に突出したバイデン。 軽装備が故に受けた傷は正しく致死すら思わせるレベルであるが、その分機動性は十二分だった。 ブロックは鳥獣達に任せて快を振り切る。傍らの騎獣を殺して血肉を喰らい、一挙に駆けだした先にいたのは、メアリ。 ばずん、という音が響いた時、彼女の左胸は串刺しにされていた。 『……一匹だ、羽虫共』 ずる、と抜いた長刀を振り払い、付いた血を払った彼に掛けられた言葉は、 「……否じゃ!」 『!?』 運命の消費、バイデン達にとって馴染みのない恩寵の奇跡。 違わぬ驚愕の表情を浮かべるバイデンに対し、メアリはにやりと悪戯な笑顔を浮かべた。 「バイデンよ! 致命的打撃を受けても倒れぬ不屈さを見よ! 怖れおののくがいいわ!」 『……小賢しいだけの羽虫と思えば、胆力は在るみたいだな……!』 それに笑みを返したバイデンが、再度長刀を構えた。 戦場の攻防は、長すぎるほどに続く。 快が、ユーヌが寄せ、ランディが薙ぎ払い、 断ち切るのは拓真とセラフィーナ。惑わせたのはモノマ。 唯ひたすらに癒し続けるメアリも、達哉も、徐々にその身を血に濡らしながら奮戦し、 それらの露払いを、ひたすらに櫻霞と鉅が務める。 戦場は、其処に立つ者に永遠とすら思う時間をもたらし、 その後に、唯一の結論を見いだした。 ●終着点(ポイント・ゼロ) 戦斧が、最後の騎獣型の命脈を絶つ。 嘶きも上げず、どうと倒れた肉体を見るランディ自身、最早気力で持ちこたえているに過ぎない。 「……全く、よお」 だが、決着は見えていた。 周囲は屍血山河と言うに相応しい。倒れた者は敵も味方も多すぎた。 巨獣型も――最早居ない。今し方最後の騎獣を倒した今、彼らの目の前に相対するのは、鳥獣型と、それに庇われ、守られたバイデンのみ。 そう、決着は付いていたのだ。 リベリスタ達の、敗北という形で。 言うと共に、ランディが膝を折る。 背後から、バイデンの長刀が彼の脇腹を抉ったのだ。 傷自体は浅いにしても、それまでの出血量が余りにも多すぎた。 「……チク、ショウ……!」 声を上げ、ランディの身体がどうと地に倒れた。 彼だけではない。拓真も、達哉も、鉅も、メアリも。最早運命を消費して尚立ち上がりようのない傷を追い、だから倒れた。 主要な回復役の一柱たるメアリが倒れた時点で、巨獣型対応の者達から始まった巨獣隊の反撃が、彼らを追いつめていったのだ。 ……何がこの結果を生んだかと言えば、例はいくらか挙げられよう。 撃退を目標とされていた圧倒的戦力の相手に、ダメージを与える対象を絞らなかった為に、敵の数――手数を減らすことが遅れたこと。 多勢が相手とは言え、前後衛を定めた陣形に於いて(特に今回は飛行する対象も居ながら)ブロックを宣言しなかったこと。 だが、それらを唯一つにして言うなれば簡単なこと……彼らは細部を完全に詰め切れなかったのだ。 「――――――っ」 セラフィーナが臍を噛む。 敗北が決定的に成ったとき、彼女は架け橋を上げると言った。 だが、それはどうやって? リベリスタ達はかの巨体に対して明確なブロック、引きつけ手段を講じていなかった。 結果、巨獣型の殆どは彼らが騎獣、鳥獣を相手している間に強引に割り込まれ、門と防御壁に致命打を与えた後、死んでいったのだ。 最早、果ては定まっていた。 寡群奮闘。 既に気力は無限機関に任せた快が時折注意を引き、 その隙に、櫻霞が敵を撃ち、セラフィーナが、生き残る巨獣に唯の一太刀を加え、 達哉が、傷ついた仲間を癒す。 が、 そこまで。 そこまで、だった。 敵方は半数を削っている。しかし、対する彼らもまた半数。それも、個々の役割によって成り立つ連携を崩された烏合の衆だ。 だから、負ける……だけなら、まだ良いというのに。 彼らは撤退条件を、一時拠点内に引き返し、態勢を整える条件を決めていない。 故に、被害は拡大する。 「――――――」 ズン、と。 未だ生き残る、鳥獣型が、ユーヌの腹に食らいつき、 次いで、引きちぎった。 「……ああ」 ばちゃばちゃと音を立て。 零れていく、自らの『中身』を、 頽れる身体に向けられた、恐らくは末期であろう一撃を、 いっそ無機質な目で見ながら、少女は、 「すま、ないな。りゅうい――」 瞳を、閉じる。 ●『彼』の選択 ――されど、届かぬものは今なお有ろう。 今この時、自らを蹂躙する獣達に、眩む身体のように。 濃密な死の気配。 ともすれば、それは恩寵の加護すら、諸共に喰らうものに等しい。 今此処で、倒れておかなければ、向かう果ては最早目に見えている。 ――けれど、しかし。 傾いだ、黒髪の少女。 その首を、顔を、正しく抉らんとする巨爪を、彼は見てしまった。 血に汚れた視界は、未だ敵を捉えていた。 冷え切り、震える双手は、未だ得物を手放さずにいた。 それは、彼にとって祝福だったのだろうか。 或いは、醜悪な悪戯だったのだろうか。 倒れつつある仲間達へ、トドメを刺さんとする巨獣達に、彼は咆哮を上げる。 精一杯の虚勢と知られながら、敵の注意を引きつける。 殺到。 一粒、残った麦が、巨大な挽き臼に磨り潰される様が、其処に在った。 そして――それを、バイデンは見ていた。 つい先ほどまで逃げ回っていた臆病者の一人に、 未だ、微かにも損なわぬ侮蔑を送りながら。 だが、僅かながらにも、畏敬を抱きながら。 ●決着 『……もう良い!』 ぴたりと。 バイデンの声が響くと同時、巨獣達は攻勢を止めた。 彼らの視界には、水堀に落ちた巨獣の死骸。 そして――それらの犠牲の果てに生まれた橋頭堡への『穴』。 空いた穴は大きくはなくとも、その周囲に走る亀裂が、最早防御壁を、門を壁として機能させていないことを意味している。 『プリンスの為の路は――否、あの方に不要であろうと、他の同胞達の路は出来た。 此方の損耗も大きい。一時撤退し、態勢を立て直す』 「……待て」 大半が倒れたリベリスタ達の中、櫻霞が銃口を構え、荒いだ声で言う。 前衛の殆どが失われ、彼らの居た後衛にまで及んだ戦闘は運命の恩寵すら使わせている。 それでも、彼は武器を降ろさなかった。 「そいつを……何処に、連れて行く」 物言わぬ快の身体を乗せた一体の巨獣。それを見るが故に。 両者は動かない。 時が制止したかのような空間で、最初に動いたのはバイデンの側だ。 りん、と抜いた長刀の切っ先が、崩れかけた壁を指し――次いで、快を指した。 『選べ』 「……っ」 『戦いを投げ続けた貴様らへの報いか、紛う事なき同胞達の蹂躙か、何れか』 選択を。 迫られていることなど、言葉が通じずとも、解った。 『……』 逡巡する、煩悶する彼を、バイデンは疎んじた目で見た後、再び、巨獣達と共に去っていく。 リベリスタ達は、それを止められなかった。 唯、見ていることしか、出来なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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