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<黄泉ヶ辻>愛する彼女と血塗れ包丁


 素敵な奥さんになりたいの、と彼女は笑っていた。
 貴方が自慢出来るような。貴方がいつも満足してくれるような。
 綺麗好きでよく気が利いて、優しくて、とっても器用な俺の大事な彼女。
 料理が少し苦手だったけれど、そんなの気にならなかった。一緒にやっていこうな、と言ったら、彼女は気恥ずかしげに頑張る、と返してくれたのだ。
 幸せだった。否、俺は、彼女と結婚出来て、幸せな筈なのだ。
 
「ねぇ、あなた。ご飯が出来たわ」
 弾んだ声。嗚呼分かった、そう応えた男は、暗く沈んだ顔で食卓の椅子を引いた。
 食卓に並ぶ、豪華な食事。香ばしい香りが、色鮮やかな盛り付けが本来なら、食欲を刺激する筈なのに。
 男の顔色は、悪くなるばかりだった。
「さぁ食べて? 今日のハンバーグは自信作なの!」
 調子外れな、機嫌のいい声。一口食べた。美味しかった。美味しい筈だった。けれど、競り上がるのは、食道を焼く胃酸のにおい。
 必死に飲み込んだ。嗚呼。何も知らなければ、美味しい美味しいと笑い合えたのだろうか。
 男の瞳が、女を通り過ぎてキッチンへ向く。
 片付けたのだろう。表向き何も無い。だけど。あの、足元のビニール袋はなんだろう。半透明のあの中に見えるアレは、なんなのだろうか。
 半ば確信に近い答えを持ちながらも、男は目を背けて箸を置く。
 どうしたの? 首を傾げる妻は、あの頃から全く変わらず愛おしい。
 でも。
「……具合が悪いんだ、横になるよ」
 同じくらい、怖いのだ。

「これで4人。……いいデータが取れたわねぇ」
 くすくす、楽しげに笑う女。差し出された資料を受け取りながら、黒根・狐一郎はぎこちなく笑った。
「そうですね。もう手遅れですけど、崩れていく過程と……道連れ気味に壊れていく夫が面白くて面白くて。嗚呼」
 あのセイギノミカタ達は、どんな顔でこの件に臨むのでしょうかねぇ。
 口角が、上がる。負わされた傷の痛みよりも、己が最高に楽しみにしていたメインディッシュを彼らに奪われた事が、黒根にとっては何より気に食わない事だった。
 けれど。このまま行けば、それ以上の気分を味わえそうなのだ。笑う。そんな彼を横目に、女はゆっくりと立ち上がる。
「……今回は私も行くわ。私、彼らに聞きたいこと沢山あるし」
 紅い唇が、形良く笑みを浮かべる。了解しました、と大げさに頷いて見せた黒根から視線を外して、女はデスクに並べた資料を見遣る。
 大義名分。人と化け物の境。本質。正義と悪。書き記された、幾つものキーワード。
 いい実験になりそうだ、と。呟きが落ちた。


「……どーも。以前の黄泉ヶ辻の……変な研究してた連中の事で、進展があった」
 今日はその件で、あんたらにお願いがあるわ。
 そう告げて、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は資料を差し出した。
「一般人の精神が、アーティファクトによってどんな影響を受けるのか。んで、それを助けに行くあんたらの内面は、どんなもんなのか。
 そんな研究をしてるらしい奴らの、親玉が判明した。『シトリー』玖堂・奏枝。ヴァンパイア×マグメイガス。かなりの実力者なんだけど、自分の研究以外何の興味も無い。
 ……人の心を暴きたいの。絶望する様が見たい。そう、要するに……『世界を護る』あんたらの心って奴を、見たがっているのよ」
 落ちたのは、深い溜息。首を振って、フォーチュナは話を続ける。
「そいつの話の前に、今回のお願い、話しちゃうわ。……今回も、一般人からアーティファクトを取り上げて欲しい。嗚呼、違ったわ。
 ――あんたらが行く直前に、ノーフェイス化する女の人を始末して、アーティファクトを奪還して欲しい、ね。
 対象の名前は桜木・結。普通の専業主婦。気立てもいいわ気も使えるわ、ですっごい良妻って感じの人。あたしには真似出来ないなぁ。
 ……でも、彼女にもちょっとだけ苦手な事があってさ。それが料理だったんだよね。でも、旦那さんは気にするどころか、一緒にやろう、って言ってくれる様ないい人だった。
 此処まで聞いたら、何の問題も無く見えるわよね。……でも、桜木サンはそれが許せなかったの。自慢の奥さんになりたかった。そんな時に、……アーティファクトを得た」
 何時ものパターンね。心底気分が悪いと首を振った。資料が一枚、めくられる。
「アーティファクト『美食家の一刀』。包丁型。持主が食材と認識したものに対してこれを振るえば、刃が当たらなくても綺麗に『調理』する。
 三枚おろし、みじん切り、飾り切り、何でもござれ。これで切ったものは、その後どう調理しても最高に美味しいわ。
 ……便利だって思ったかしら。でもまぁ、当然そんないいものじゃないのよ。これの代償は、……目に入るもの全てが、食材に見えていくの。食べたくなるのよ。
 彼女は最初、普通に料理していただけだった。でも、使えば使うほど、全てが食材に見えてくる。美味しそう。犬を切ってみたの。近所の子供を唐揚げにしてみたの。
 知らない老婦人でだしをとって、冷凍しておいた子供の肉団子を入れたわ。……全部美味しいの。信じられないでしょ?」
 気分が悪い。そう物語る顔色。それでも、淡々とした語り口調は崩さずに。
「彼女はもう手遅れ。気も狂ってるし、さっき言った通り、ノーフェイスになる。……その上さ、旦那さん……桜木・聡って言うんだけど。
 そっちも、もう手遅れなんだよね。どうなるか分からないけど、少なくとも革醒する。旦那さん、奥さんがおかしいの気づいてるのよ。
 自分が食べてるものが何なのかも、薄々気づいてる。でも言えないの。愛しているからかもしれないし、怖いからかもしれない。あたしには、わかんないわ。
 今回、戦場には彼も居る。如何扱うかは自由ね」
 此処まで大丈夫かしら。酷く冷静な確認に、無言の肯定が返る。
「……彼女のアーティファクトは、革醒者の事は自在に切れない。でも、鎌鼬の様な全体攻撃が可能で、連撃が起きる。……戦闘スタイル的には、ソードミラージュのイメージでいいと思う。
 攻撃と、回避に秀でてるわね。んで、他。戦場には、黒根・狐一郎っていうメタルフレーム×クロスイージスと、さっきの黒幕、奏枝が居る。
 二人とも強いわ。因みに、奏枝はある程度経つと普通に逃げる。逃亡阻止は難しいと思うわ」
 他、詳しい事はこっちね。先程差し出した資料を示してから。
 フォーチュナは、真っ直ぐにリベリスタを見据えなおす。
「――大義名分を失えば、正義と悪は何も変わらない。使い古された台詞かもしれないけど、あたしはずっとそう思ってる。
 多分、奏枝はその辺を知りたいんだと思うからさ。……あんたらなりの答えを、ぶつけたらいいんじゃないかな」
 答えをあげないのもありかもしれないけどね。それだけ告げて。フォーチュナは静かに、モニターを切った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年07月24日(火)23:11
そろそろ終わりです。
お世話になっています、麻子です。
細かい事を知りたい場合は、『剣道少年と魔の刀』『<黄泉ヶ辻>絵描き少年と紅の筆』『<黄泉ヶ辻>歌う少女と魔法のキャンディ』をご参照ください。知らなくても全く問題ないです。
以下詳細。

●成功条件
ノーフェイス『桜木・結』の討伐
アーティファクト『美食家の一刀』の破壊・もしくは奪還
(その他は成功条件に含みません)

●場所
桜木家近隣の公園。
夫婦で息抜きに、と出掛けていたようです。
時間帯は夜。明かり・結界が必要です。
黒根と玖堂は、リベリスタの到着の少し前に現場に現れています。

●ノーフェイス『桜木・結』
フェーズ1。普通の女性の外見。
手にはアーティファクトを握っています。攻撃・回避特化。
気が狂っています。人間としての会話は可能ですが、説得と言う選択肢はありません。
攻撃方法は、後述のアーティファクトによるもの以外に

食欲(遠単/ブレイク・BS失血・HP回復大/食欲に任せ敵に喰らい尽きます)

を使用してきます。

●アーティファクト『美食家の一刀』
包丁型アーティファクト。持主が食材と認定したものを一振りで調理します。
革醒者に対しては 遠域/呪殺、常時連撃、BSショック の鎌鼬を放ちます。

●桜木・聡
結の夫。神秘に触れたものを食べ続けた為、近い内に革醒します。
結の異変に気づいています。現場に居ますが、当然無力です。

●エージェント
黒根・狐一郎(くろね・こいちろう)
メタルフレーム×クロスイージス。どちらかと言えば攻撃型。
実力的にはアークリベリスタのトップレベル程度です。
ブレイクイービル、リーガルブレードが使用可能。
性悪であり、嗜虐的ロリコン。

玖堂・奏枝(くどう・かなえ)
ヴァンパイア×マグメイガス。
実力は折り紙つき。アークリベリスタのトップクラスの上を行きます。
魔陣展開、葬操曲・黒が使用可能。その他一般戦闘スキル所持。
バランス型ですが、若干攻撃寄り。
彼女は、リベリスタの様子や、言葉を聴く為だけに来ています。
『戦闘開始から6ターン』で戦場を離脱します。

以上です。
ご縁ありましたら、宜しくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
絢堂・霧香(BNE000618)
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
ナイトクリーク
三輪 大和(BNE002273)
ソードミラージュ
★MVP
鴉魔・終(BNE002283)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
デュランダル
水無瀬・佳恋(BNE003740)
レイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)


 正義の味方、何て格好良い存在では無い。
 軽い音と共に踏み込んで。一閃、淀み無き軌跡を描いた刃で戦闘開始を告げた『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は条件反射の様に笑った。
 正義の味方なんかじゃない。そんな大層なものではない。自分の手から滑り落ちていくものを、自分はもう何度見た事だろう。
 けれど、それでも終は手を伸ばす事を止められない。諦められない。だって、自分頭悪いから。何度、何度痛い目を見たって。
「……助けたいって気持ちを諦める事は出来ないんだよね☆」
 笑顔で首を傾ける。そんな彼の後ろから、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の千里を見通す瞳によって状況を把握した上でリベリスタが駆け込んで来る。
 桜色の飾り紐が揺れる。鋭い一閃を、容赦無く結へと叩き込んだのは『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)。
 飛んだ、自分と同じ色の血に表情を歪める。けれど、その瞳にあるのは、悲哀ではなかった。
 焼け付く様な。苛烈過ぎる怒り。真っ直ぐで優しい少女には余りに不似合いなそれが、戦場奥に立つ女へと向けられる。許せない。許さない。
 この女が、あの少年を。少年の穢れ無い剣の道を歪めようとした。研究の為に、何人もの人生を狂わせた! 刃先が震えた。出来る事なら、このまま叩き切ってやりたい。
 けれどぐ、っと飲み込んだ。今回の任務はそうじゃない。今にも駆け出したい足を必死に押さえて、霧香は、目の前の『ノーフェイス』に目を向ける。
「助けてあげられなくて……ごめんなさい」
 押し殺した声が漏れた。それに笑うのは、やはり、あの女。
「いらっしゃい、リベリスタの皆さん。……素敵な話を聞かせてね?」
 ひらひら、手を振る女に、返るのは憎悪だけではない。面白そうに。興味ありげに。視線を投げかけた『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)のナイフもまた、結の身体を抉り取る。
 夫婦に興味なんて無い。残り物だし。そもそも、人妻属性なんていうものは持ってない。どちらかと言えばお姉さん系とか。美少年美少女とか、だ。
 少し乾いた笑い声が漏れた。結の行く手を阻む様に位置取りながら、濁った鮫の瞳は研究者を見詰める。
「何が正しいかなんて自分だけが知っていれば良い事だ」
 己の正義を貫くという点において、他者の正義など唾棄すべき「悪」以外の何者でもないのだから。さも当然と嗤った。そんな声に応える様に。女は、抱えたグリモアールを開く。
 練り上げられ始める魔力。多くのリベリスタの想定外であったそれに、周囲に緊張が走る。
「――黙って、そこで観ていなさい」
 それが望みだろう。温和さの欠片もない、鋭利な声音が空気を震わせる。蠢いた、意志有る影。『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)の瞳が、すぅ、と細まる。
 対峙するはろくでもないあの男。冷静に、しかしその瞳の奥に明らかな怒りが揺らめく。今回こそ逃がさない。本来ならばそう言ってやりたかった。けれど、今はやるべき事がある。
 例え、それがこの二人の思惑通りであっても。確りと地を踏みしめて、にやにやと嗤う男を睨み据える。
 己が持つ効率動作を、仲間と共有して。『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)はぐっと、魔力を帯びた杖を握り締める。
 正義の味方、何てものを気取る気はなかった。だって。
「……本物は、全てを救って、魅せるから」
 自分にはそれが出来ない。この手の届かないところなんて幾らでも有る事を、もうとっくに知っていた。でも、それでも、救いたい。護りたい。
 結を助ける術なんて持ってない。それでも、聡だけは助けられるかもしれないのだ。助けて、みせるのだ。例え、明日が見えずとも。
 目の前の現在を、救うのだ。真っ直ぐに。その瞳が前を見る。
「嗚呼、ご飯が沢山ね。聡さんに、今日はご馳走が作れそう!」
 不似合いな程明るい声。幾度も骨を叩き切ったのだろう。酷く歪んだ包丁を握った結が、嬉しそうにそれを振る。
 敵と認識した前衛に出ていた面々が切り裂かれる。一度耐えても、すぐに次。その只中で、呆然と地面に座り込んでいた聡を、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)はその身を投げ出し庇う。
 救われる者がいないくらいで諦める事も絶望する事もない。
「救える可能性があるのなら、絶望を越えていき私は手をさしのべます」
 そんな言葉と共に、凛子がフィクサードへと向けるのは哀れみ。他人の不幸でしか満たされない器が悲しい。そう呟けば、不思議そうに、女は首を傾ける。
「ねぇ、」
 何が救いなの? その人を生かすと言うなら。ねぇ、それの何が救いなの?
 心底不思議と、瞳が瞬く。そして、その瞳は面白そうに細められた。
「勘違いをしているようだけど。幸福も不幸も材料でしかないわ。そんなものに何にも感じない。そんなの、結果を生み出す過程でしょ?」
 さも当然、と。告げられた言葉に表情を歪めたリベリスタを、結の純粋な瞳がぐるりと見渡して。
「……あら、今日は調子が悪いのかしら。でも、下ごしらえって大事だし」
 問題ないわね。そう微笑む彼女に、更に気分を悪くしながらも。『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は纏わり付く感情を振り切る様に首を振った。
 まだ、聡が見ている。だからこそ防御に徹しながら前に出て。他人を弄ぶ敵への嫌悪に、微かに表情を歪めた。
「アークのリベリスタとして、ノーフェイスを討ちます。まずは、それからです」
 そんな彼女の横をすり抜けて、葬識は前へ出る。幸せな夫婦を壊していく悪人。そんな糞ったれなドラマがお望みなら、演じてやるのも吝かじゃあない。
 面白そうに嗤って、伸ばした彼の手が触れるのは、漸く状況を理解しかけた聡。ばちり、走った電流に、その身体が力を失う。
 紅い瞳は、揺らがない。ただ、倒れ伏したその身体を見詰めて。どれが幸せなんだろうね、と呟いた。色の無い表情は一瞬。
「さあ、セイギノミカタを始めよう」
 歪んだ首断ち鋏が軋みを上げる。先の見えない戦いは、始まったばかりだった。


 戦場において、癒しと言うものは非常に大きな意味合いを持っている。それが、激戦であるなら、尚の事。
 漆黒の鎖が駆け抜けた後の戦場に、連続する鎌鼬がばら撒かれる。折り重なる呪いを糧に、更に深い呪詛に変える一撃を含むそれが、容赦無く前衛の体力を削り取った。
 これで、二度目だった。見事に重ねられた攻撃に、既に佳恋がその運命を削り取られている。ふらつく彼女はしかし、癒しを得る事が叶わない。
 彼女だけではない。戦闘を続けるリベリスタの誰も、癒しを受けられていなかった。終や大和の攻撃が、敵の一部の行動を阻害していたのが不幸中の幸いだったが、それでも、被害は甚大だった。
 本来ならば、呪詛の解除と癒しに全力を注ぐ筈の凛子が、戦場には居ない。否、居られないと言った方が正しいだろうか。
 聡を背負い戦線を離脱した彼女は、完全に戦線外まで後退していた。其処から前に出ようと、彼女の癒しが及ぶのは後衛のミリィのみ。
 歯噛みした。一般人を思う余り、仲間が危機に陥る可能性を失念していた。少し迷って、本来ならば片時も離れるつもりの無かった聡を塀へと寄りかからせる。
 駆け出した。仲間が壊滅する前に、その癒しを届ける為に。
「ねぇ玖堂ちゃん、黒根ちゃん、どうして、こんな酷い真似をするのぉ?」
 命は大切なんだよぉ? 芝居がかった仕草と共に、呪詛から開放された葬識が放つのは、収束させた暗黒のオーラ。
 結の傷が深くなる。呻く様な声を漏らす彼女の瞳が段々とひとから遠ざかっているのを、葬識はぼんやりと見詰めた。けれど、大した感情は沸いて来ない。
「ノーフェイスは世界を壊す。大を救うための小を殺すのが平気なわけじゃないよ!」
 それがセイギノミカタだろう。そう、飄々と嗤う彼の傷もまた、深い。その横では、同じく呪詛から開放された終が、淀み無い一閃で黒根の首を掻き切る。
 飛び散る鮮血。何かを言いかけたその口を塞ぐ様に振るった刃と共に首を傾げる。
「目の前にオレがいるのに余所見しちゃやーよ☆」
 彼の表情もまた、変わらない。けれど、その心は鈍く、軋んでいた。
 救えない。救えないのだ。結も、下手をすれば聡さえも、何時かはこの手で殺さなくてはならないかもしれない。でも、それでも良かった。
 憎まれても良いのだ。自分なんて如何だって良い。価値無い命で、少しでもハッピーエンドを。せめて、心の救いを。
 その為なら、深い傷も気にならなかった。そして、その心は、可能性を引き寄せる。もう一撃。振り切った一閃を引き戻す。間違いなく痛手となったそれに、黒根の表情が歪んだ。
 そして、結に対しても。黒鎖の呪縛をかわしたりりすが、既に肉薄していた。再び、鋭い一閃が結の身体を抉り取る。血が溢れた。
 リベリスタに比べれば、まだ程度は軽いかもしれない。しかし、それでも深手を負った結が、苦しげに呻く。
 それを見ながら、女は再び、詠唱を始めていた。高まる魔力に、濁った鮫の目が細くなる。
「君、面白そうだよね。今度、僕と食事に行こうよ」
 正義も悪も序でに過ぎない。腹の中で混ざれば一緒。そう嗤って。食べてみたいと鮫は言う。肉食の本能。それを垣間見せたりりすに微笑み返して、女は、何かを指差した。
 直後。呻いていた結が、人間離れした動きを見せる。食欲。本能。それが赴いた先は、呪縛の解けぬ霧香。
 食い千切られる。脇腹から大量の血が溢れた。呻く間も無く、運命が削り取られる。ふらついた身体が倒れかけて、それでもなんとか、立っていた。
「うう、あ、……美味しい、美味しいわ、もっと食べたいのもっと沢山たくさんたべたいたべたいたべ、たいの」
 瞳が光を失っていく。どんどん歪んでいくそれに、霧香の表情が苦しげに歪んだ。けれど、まだ終わらない。足に、力を入れ直す。
 そして漸く。戦場に辿り着いた凛子の齎した息吹が、リベリスタの傷を癒していく。呪詛を解き、癒しを与えたそれに力を取り戻した瞳が、前を向いた。

「……そろそろ帰ろうかしら。耳に優しい綺麗事は、聞き飽きちゃったわ」
 戦場を見詰めて。酷く詰まらなそうな表情を浮かべた女は不意に、肩を竦めた。
 満足行くだけの言葉を得られなかったのだろう。明らかに不服げな女へと。
 叩き込まれた、疾風の鎌鼬。反射的に差し出した腕から、鮮血が溢れ出す。
 視線を向けた。青い瞳を燃え滾らせて。霧香はたった今振るった刃を翳す。逃げるなら逃げればいい。聞きたいなら、聞かせてやる。
「あたしは、あたしの剣は、禍を斬り、禍から救う為の剣!」
 禍を振撒くなら、この刃が届く限りそれを断ち斬り続けてやる。そんな強い意志。ぶつかった視線に、しかし女は大した興味も示さず、血に濡れた手を振るった
「悪い事が全て断ち切れば良いものだと思っているのかしら。ねぇ、教えて頂戴お嬢さん。石を投げられても、恨まれても、本当にそれが正しいの?」
 どうせ全てを救えやしないのに。冷笑が浮かぶ。脳裏を過ぎる、憎悪の眼差し。霧香の奥歯が、折れそうな程に噛み締められる。
 そんな彼女を支えるかのように、駆け込んだミリィの杖が、大胆に敵の弱点に叩き込まれる。
 効率も、建設的な考えも、今は捨てた。あるのはその強い、怒りのみ。
 確かに、アーティファクトを手にしたのは結だ。それでも。
「私は貴女を許さない。"明日"を踏み躙り、絶望を振り撒く、貴女の存在を」
 声が、少しだけ震えていた。漏れ出る怒り。必死に飲み込んだ瞳を真っ直ぐに受け止めて。女は面白い、と笑った。
 最後に良いものが聞けたわ。そんな、言葉と共に、女が前に出た。
 一気に、怖気を覚える魔力が広がる。直後、駆け抜けた黒の鎖。容赦無くその身を削るその威力に、癒しを受けたもののリベリスタは鈍く呻く。
 けれど。そんな中、大和は痛みさえ飲み込んで、その足を踏み出していた。破滅を囁く道化のカード。投げ付けた先には、弱り切った黒根。
 ぐらり、と。その身体が傾ぐ。鈍い音と共に地に沈んだ身体を冷たく一瞥して。大和は、女を睨み据える。
 嗚呼怖い。そう言いたげに肩を竦めた女はくるりと、踵を返す。 
「まるで、神様のようね。貴方達はその手で人の生き死にを容易く決めるの。正義の名の下に。アークの名の下に」
 それじゃあさようなら。その背が、消えていく。リベリスタは追わない。否、追えなかった。
 葬識が嗤った。セイギノミカタ劇場、楽しかった? また遊んでね。そう振られた手に、女がなんと答えたかも聞えない。
 目の前で、どろどろの血と肉に塗れた包丁が振り上げられる。癒しは、間に合わない。凛子は、動けない。その鋭利な鎌鼬が狙う先は、後衛。
 偶然と言うには余りに運が悪い。何とか黒鎖を避けていたミリィを、傷の深い凛子を、おぞましい風の刃が抉り取った。
 折り重なった攻撃は、余りに重い。凛子の運命が削れ、立つ力を得た所でもう一回。何も無くとも重い風が、その身を地へと沈める。
 ミリィも、重なった攻撃にぐらつく膝を、何とか支えていた。けれど、倒れない。
 終わりを齎すべきモノに目を向けて。彼女は再び確りと、その手に杖を握り直す。


 終わりは、呆気無かった。葬識が漆黒の瘴気で包丁を弾き飛ばせば、喰らい付くだけの単調な攻撃は、容易くリベリスタに見切られる。
 攻撃が重なる。動きが、鈍っていく。それをじっと見詰めて。終は静かに、一歩踏み出す。
 ひとから離れた目が此方を見ていた。視線が交わった。揺らぎそうになったけれど、でも、逸らさずに。
「……結さんは最高の人を選んだと思うよ」
 そっと、もう届かないだろう声を投げかける。返事は無い。ナイフを振り上げた。澱みも迷いもない一閃が、胸へと吸い込まれる。
 どんなに変わってしまっても、ずっと傍に居てくれる人が居たから。彼女は笑っていた。少なくとも、彼女は幸福だった。
 貫いた気配がした。ひゅっ、と、息の詰まる軽い音。引き抜いた。紅が溢れた。ゆっくり、崩れ落ちていく、華奢な身体。
「あ、う……聡さん、今日のご飯は、……」
 如何しましょうか。もう音にならない声が聞こえた。ナイフの柄を、握り締めた。
 愛や正義や力でさえ、万能じゃ無い。それだけで人は救えない。知っていた。嫌と言う程見てきた。
 でも。
 聡の愛は、確かに結の心を最後まで、護ったのだ。血に沈んだ、彼女だったものを見詰める。微笑む顔は、まだ美しい。
 言葉は無かった。誰とも無く、リベリスタは残された、もう一人の被害者の下へ、足を向けた。

 目を覚ました男は、リベリスタの顔を見渡して、嗚呼、と一言、漏らした。
「……結は、死んだんですね」
 理解はしていなくとも、何と無く、異常を知っていたのだ。奇妙に受け入れてしまった様子の男に、佳恋が、霧香が静かに、真実を語る。
 結が世界に害を為す存在になってしまった事。自分達が、殺した事。聡も、そうなるかも知れない事。
 けれど、それでも生きて欲しい。そう、切に告げた霧香の言葉にも、聡は大した反応を示さなかった。
「綺麗事を言うつもりはないよ、奥さんを殺したのは俺様ちゃんたちだ」
 手持ち無沙汰に。鋏に付いた血を払っていた葬識が、いろの欠けた瞳で見詰める。
 そして。既に確定した運命は、恐らく聡を再び苛むだろう。其処まで、告げて。
「人のまま死ぬか、奥さんのように変容するか、選べるのは君だ」
 選択肢は示されている。それがどれだけ残酷な取捨選択だろうと。運命は、逃避を許してはくれない。
 空ろな、瞳が葬識を見上げた。変容したあいするひとを、それでも愛し続けて。けれど同じくらい恐怖を、狂気を抱えて。
 それをごっそり失った彼もまた、もう既に、狂っていたのだ。笑みが浮かんだ。そうっと、目が伏せられる。
「生きろ、何て簡単に言うけれど。……君達は、自分が大事なものを殆ど失っても、同じ事を言えるのかなぁ」
 ころしてくれよ。そう、囁く程の声。鋏がしゃきん、と鳴った。
 優しく、何処までも優しい、うたが聞える。ひやり、と、冷たいモノが触れた。
 ばちんっ。
 音は、一瞬。
「――Hosanna in excelsis.」
 静寂が、落ちた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

非常に濃いプレイングを何個も頂き、とても悩みました。
結果はこのような感じです。
MVPは、最も心情が響いた貴方に。実はこれもとても悩みました。その辺りは、リプレイを見ていただければ伝わると良いな、と思っております。

ご参加、有難うございました。多分後一回です。ご縁ありましたら、よろしくお願い致します。