●世界の向こうからコンニチハ コンクリートジャングルの片隅。 申し訳程度の噴水広場。 小さなゲートをくぐって、体から植物を生やしたかわいいのがやってきた。 ふかふか毛皮に緑の葉っぱから長い茎が伸びている。まん丸おめめは真っ黒。 たてがみは黄色い花びら、所々がふかふか真っ白の綿毛だ。 大きさも手頃。もうぎゅっとしたくなる。 かわいいのはとてちて歩いて、噴水の前にちょこんと落ち着いた。 今日は、土曜の昼下がり。 人影のないオフィス街とはいえ。 かわいいのは、この世界で言うところの超肉食。 元の世界では、食物連鎖のトップに君臨しているのだ。 「がおー」 ●余りにも危険なあいつ 「アザーバイトが出た。倒してきて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)がモニターに映し出したのは、とあるオフィス街の噴水広場の定点カメラ。 映っているのは、「わたしがかんがえたかわいいらいおん」だった。 「仮称はダンデライオン。大きさは一メートル。数は四匹。見た目はタンポポとぬいぐるみのライオンがくっついてる感じ。たてがみっぽい部分がタンポポの花びら。一部が種化して、ふわふわ」 動き回る様子もヨチヨチしている。時々、ぽてっと転んだりして。 たまらん。魅惑のキュートさだ。 「見た目は可愛いけれど、気性は荒い肉食の猛獣だから。魅了する花粉出してくるし、体から生えた長い茎が絡みついてくる。種、当たるとすごく痛いよ。がっぷり噛み付いてくるし」 イヴに念を押されても、くりんとしたおめめにリベリスタの胸はキュンキュンいってしまう。 これはこのままゲートの向こうに帰してあげるのがいいんじゃないかな。気絶させたりしてから抱っこして。 そもそもあの可愛いお口で肉食って言っても、精々チワワに噛まれる位じゃね? そんなほんわりした空気が流れる。 そのとき、定点カメラの向こう。 ダンデライオンの背中。 ぬいぐるみのファスナーみたいに少しくぼんでいた部分が、がばっと開いた。 赤々とぬめる口腔。すごい勢いで突き出される大きな舌。 ファスナーのような小さな歯が何重にもうねって、サメの歯のようだ。 リベリスタのハートに冷や水をぶっ掛ける情景だった。 「あそこがメインの口」 イヴがリベリスタから目をそらして、早口で告げる。 「一見口に見える部分は発声用に特化されている。メインの捕食用の口は背中。体中の毛がセンサーになってる。茎に見える触手で捕まえて、口に放り込む。もしくは、大型動物に茎を絡めて飛び掛り、急所を噛み千切って致命傷を与えてから、分解しておいしくいただくと推察される」 落ちる沈黙。重い空気。 裏切ったな。可愛い動物好きの善良なリベリスタの心を裏切ったな。 「とても危険。速攻で狩ってきて」 なんとなく、イヴが涙目に見えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月26日(木)23:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●がおー。 世界の向こうからやってきた、緑の茎も産毛でほわほわ。 たてがみの生え変わりで、若干綿毛で混じっております。 ダンデライオンは、全部で4匹。 目が大きな「おめめ」 たてがみが全部綿毛の「ほんわか」 茎が長い「くきなが」 お鼻が真っ黒の「はなくろ」 今は、あったまったタイルの上でぽかぽかお昼寝中。 そろそろおなかが減ってきましたよ。 ●もふっていいのよ? リベリスタ達はダンデライオンをロックオン。 「……だ……だーまーさーれーたーぁー……」 地の底を這うような声で、『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は呻いた。 「くっ、アザーバイドめ。戦闘前からこちらに精神的ダメージを与えてくるとは!」 『影使い』クリス・ハーシェル(BNE001882)の憤りもいかばかりか。 「見た目が可愛いかどうかで評価しようとするのは冷静な判断力を失わせ、野生生物をペット扱いにする危険な考え方です」 おお、もっともな意見。 「……というようなことを自分に言い聞かせないと、気持ちがかき乱されてしまいそうです~」 『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)は、冷静さを保とうとしている。 「獅子の姿を以って謀ろうとは……醜き愚物、貴様等の居場所、此処に無し! この世界の食物連鎖、その真の頂点が貴様らを根絶やしに参るぞ!」 『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)は義憤に駆られている。 ぜひ、人類としてその言を果たしていただきたい。 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)だって、触ってみたい衝動があったりするのだが。 とりあえず四人をなだめにかかった。 「どーどー」 いや、そんなんじゃ、全然収まんないし! 立体裁断三枚フィルター花粉透過率0.01%以下のマスクで顔面を覆う二人の男がいた。 「花粉を飛ばすみたいだから、予めマスクでもしてみるか」 「どの程度効果があるかは分からんが……」 焦燥院 フツ(BNE001054)と『Digital Lion』英 正宗(BNE000423)は顔を見合わせる。 フツは、グラサン僧服にマスク。 正宗は、長髪眼鏡にマスク。 職務質問されそうな感じだ。 「可愛い振りだがその実、割とというか相当やるみたいだな」 したり顔の正宗。 向こうでは食物連鎖の頂点を極めた猛獣なんだって。 たまたまこの世界の現代人が見ると可愛く見えるってだけで、ふりをしてる訳じゃないんだってば。 「なんとも珍妙な敵だな」 『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)が一言さらっと言った。 ありがとう。そういう普通の反応を待っていた。 ●まんま。まんまだっ! アラストールは、使い捨てカイロを投げてみた。 ダンデライオンは、特にそれに反応する様子はない。 相手の目鼻立ちまで識別できる熱感知。おいしい生き物かそうでないかもろわかりだ。 よたっよたっと、ダンデライオンはちいちゃなアンヨを踏ん張った。 背中の茎が伸びて、ぶんぶん振り回し始めた。 タンポポの綿毛が抜けた後のがくの部分がかぎ爪みたいに見えるって言うか、まじでかぎ爪だよ。 「……ぐぬぁぁぁ! 憎い! その見た目が憎いっ!?」 金髪学級委員長的外見が台無しです、アンナさん。 殺意たっぷりの動きなのに、かわいいったらないぞ。 ほんわかなんか、茎を振り回しすぎて、バランス崩してぽてっとコケたし。 でも、向こうがヤル気満々なのは、わかるんだよ。 だって、背中から透明なものが垂れてきて、まっ黄色い毛皮が茶色く変色してるんだもん。 アレかな。よだれかな。そんなにおいしそーか、リベリスタ。 とにかく、粛々と戦闘準備を進める。 フツが人の記憶にまで作用する結界を張り、躑躅子は光の鎧で自らを包んだ。 矢面に立つ刃紅郎のために、正宗は世界から再生の力を借り受け、アラストールは光の守護を彼に纏わせる。 「けれど、これなら逆に容赦なく狩れる。慈悲などかけないぞ。お前達の敗因は、真のふわもこじゃなかったことだ!」 マントに隠していた黒い翼を広げ、自らの影をその身に添わせたクリスは高らかに叫んだ。 ●じぇっと・すとりーむ・あたっく・かふん・ぼふ。 互いの茎が届く距離ををあけ、よちよちと前進してくるダンデライオン。 あ、はなくろがこけた。 その隙を見過ごす刃紅郎ではなかった。 次元を超えた「獅子」的存在の雌雄をかけて。 練られた気が刃紅郎のバスタードソードに宿り、その斬撃は存在の是非を問う重い一撃だ。 腕のごとく組み合わされてブロックに入った茎から、茶色い体液がしぶく。 「がぅおっ!」 刃紅郎に、ぷんっ! と、くきながからふわふわ綿毛つき種が飛ばされる。 当たり損ないの上、厚い守備に阻まれ、かすり傷もつかない。 「があっ!」 「がるあぁ!」 おめめとほんわかが、触手でバク転を繰り返しつつ、二方向から刃紅郎に接近。 「二匹、行ったぁ! ……ひぃぃ、だからせめて足で動いてよ足でっ!?」 戦況の観察を怠らなかったアンナが絶叫気味に注意を促す。 おめめを抑えていた躑躅子が間に割り込んだ。 ぶぅんと振り回された茎のかぎ爪の先端が、躑躅子の腹部を突き上げる。 ほんわかも進行方向に立ちはだかるゲルトに、茎を二本揃えて激しく突き出す。 固めた守りを透過して骨身に響く衝撃に、二人は奥歯を噛み締める。 クロスイージスとして鉄壁の守りを誇る二人がそうそう一撃ではもらわないダメージだ。 逸る心を抑えつつ、後ろに控える者達は、この先の戦いのために更に陣を整える。 「お前さん達が害を持ってなかったら良かったんだがな。これじゃふわもこする暇もありゃしねえ」 フツは各々の身を固める結界を敷き、アンナは自らの魔力の流れを整える。 アラストールは、ゲルトに賦活の加護を祈り、クリスは、傷ついた二人のために、高次存在に治癒の福音を請い願った。 「ぐるあぁぁ……」 刃紅郎に触手を割られたはなくろは、吹っ飛ばされた先から戻ってきてプルプルと頭を横にうち振った。 ぽほぽほぽほぽほ……。 どう見ても怪しい真っ黄色い花粉が辺りに立ち込める。 後衛から、刃紅郎、躑躅子、ゲルトの姿が見えなくなる。 「笑止! 苦し紛れの児戯で我をたばかろうとは片腹痛いわ!」 花粉のもやの中、刃紅郎は豪快に笑った。 「可愛いですよね~」 「可愛い……」 花粉が晴れたとき、今自分を殴ったばかりのダンデライオンにうっとりしている躑躅子とゲルトの姿があった。 ●がぶがぶがぶがぶ……。 すりすりと毛皮に頬を埋めてみる。 なんだかふっかりと日向の野原のような匂いがする。 茎できゅっとしがみついてくるのがいじらしい。 もぞもぞと背中がうごめいて、ぱくっと開いた口でがぶがぶと食いついてくる様子も愛おしい。 「ゲルト、食われてる! 食われてる!」 後ろのほうで誰かが叫んでいるが、全然気にならない。 ゲルトの腕は血まみれだ。ほんわかはべろんべろんと舌が傷口をえぐるように舐めて、更なる出血を促している。 「誰か、早く光って!」 大丈夫。だって、みんなブレイクフィアーできる。……って、二人がラリラリだよ!? ゲルトと躑躅子は装備が重い。 よって、通常ならば問題なくゲルトと躑躅子を正気に戻すことは出来たのだが、なぜか魅了された二人の動きは電光石火だった。 それはアレか。潜在意識か。 「魅了のほかに加速の効果あるって言ってたか?」 「聞いてない!」 「可愛くてグロテスクなのも、ありじゃないかと思うんです!」 ゲルトに向かって振り下ろされる広刃の剣。 厚い鎧に阻まれ傷にはならないが、仲間の肝はキンキンに冷える。 皆青ざめながら、同じスキルの行使をナノセコンドで準備中だ。 「正気に戻っていただきたい!!」 いち早くアラストールから、平静を促す光が放たれる。 正気づくゲルトと躑躅子。 「なしです。だめです。心を冷静に保たなくてはっ!」 躑躅子は、自分を律した。 フツは、癒しのお札を手にぺたっとゲルトに貼り付けると、軽やかなステップを草履で踏みつつ、後衛ラインに撤退した。 だって。マスクしてるけど、花粉怖いし。 ゲルトの腕から、ぷら~んとほんわかがぶら下がってる。 波打つファスナーみたいなサメ状の歯。 ライオン型ビニール人形を腕につけているような感じ? 「俺への加勢は最後で構わん。任せておけ。俺の役目は前衛でのダンデライオンの足止めだ」 そう言って、ダンデライオンを分断するべく、ほんわかをぶら下げたまま移動するゲルト。 去っていく背に、仲間を守ることへの誇りが見えた。 ●そこが弱点かあぁぁっ!! 「がうっ」 正宗にくきながのフックパンチがめりこむ。 防御に専念しているため、骨身に響く茎の一撃にもまだまだ持ちこたえられそうだ。 クリスのスローイングダガーが、くきながの横腹に突き刺さる。 後衛からの攻撃も予定通り回りだした。 「速攻の撃破を目指そう。刃紅郎とクリスが要になる。頼むぞ!」 正宗の言葉に、クリスは大きく頷いた。 装甲を無視した攻撃が可能とはいえ、クロスイージスは体そのものが頑強だ。 加えて、アンナは癒しの詠唱を途切れさせず、フツもせわしなく符を張っては取って返す。 さしものダンデライオンもそうそう倒しきるものではない。 ただし、問題はあった。 ダンデライオンもまた、食物連鎖の頂点を極める存在。 その頑強さも、愛らしさとは無縁のガチだったのだ。 「可愛くても容赦しません!」 萎えがちな戦意を上げるために、躑躅子は高らかに叫び、跳躍で弾みをつけて剣を今度こそおめめに振り下ろす。 茎を地面につけて横っ飛び。残像が見えんばかりの俊敏さだ。 そのおめめに、フツの放った紙製の鴉が襲い掛かる。 「がうぁうぉ!?」 鴉はおめめの頭の上に止まったかと思うと、タンポポの綿毛的たてがみをぶっちんぶっちんむしりだしたよ。 こんなことされるの初めてって顔してるよ!? なんか、すごく弱ってるんですけど!? 他のダンデライオンも涙目だっ! 一方その頃。 満身創痍のはなくろは、刃紅郎の喉笛めがけて触手をたわめて背面飛び的大ジャンプ! 渾身のがぶがぶで、刃紅郎の胸元から血の華が咲く。 じゅるじゅると音を立てて吸い上げるはなくろ。 目がらんらんと輝き、 「がおがお」 可愛いお口から出る鳴き声にも張りがある。 「これで一匹目」 刃紅郎の対応は凄まじかった。 自分に食らいついているはなくろの歯とわが身の間に刃を沿わせると、そのまま一気に貫いた。 ぞぶんと音を立てて、腹から突き出る切っ先。 振り払えば、ぼてっと地に落ち、動かなくなった。 はなくろ、異界にて散る。 ●芋づる式? 「グロテスクでもひるみません!」 たてがみむしられて心に傷を負ったおめめに、躑躅子は大上段から剣を叩きつけた。 ここまで、何度となく避けられている。 今度こそという気合が、天に届いた。 「ぐぎゃん!」 当たり損ないだったが、当たった場所がズルムケになった脳天だった。 おめめの黒目勝ちの目が裏返る。見事な会心の一撃。 おめめは、はなくろの後を追った。 「ぐるあぁぁ」 くきながは目の前のマスク男を、脳内ランキング硬度部門の一位に据えた。 結構な威力でぶっ飛ばし続けているのに、いまだ倒れる様子がない。 仲間のところに駆けつけようにも、うろうろ動いて邪魔で仕方がない。 「ぎゃああっ」 頭をついばんでいくバサバサするものもうっとおしい。 気をとられたのが、命取りだった。 細いナイフが、くきながの左目に刺さった。 「ぐぎゃああああっ」 間髪いれずに、もう一本。今度は右目に吸い込まれた。 クリスが、常にはありえない速さでとっさに二本投げたのだ。 くきながの視界は真っ暗になり、辺りは熱だけの情報に切り替わる。 温かだった前足が急速に空気と同じ色になり。 くきながの命は、そこで潰えた。 ほんわかは、ずっとゲルトの腕を噛み続けていた。 いかに傷が回復するとはいえ、痛みはある。 ゲルトの戦いは静かに続いていたのだ。 駆けつけたフツの鴉とクリスの破滅を囁く道化が、異界の獣を死の淵に引きずり出す。 そしてアラストールの十字の光が、ほんわかを倒した。 あれ。それだと、とどめにならない……? ●もう二度と逢わない約束をしよう 「やれやれ。どうにもお客さんってのは、厄介なもんだ」 割とわかりやすい所にあったゲートに、正宗はくきながの死体を放り込んだ。 カエサルのものはカエサルに。異界のものは異界に。 この花粉、危険だし。 はなくろは刃紅郎、おめめは躑躅子。 最後になんとなく目が泳いでいるアラストールが、ほんわかを三体の上にそっと置く。 「お前さん達に似たので、安全なのがいたら来るように言ってくれよ。そんときゃドーナツで歓迎するぜ」 フツの一言に、アラストールはぎょっとしたが、誰も何も言わなかった。 ゲートが壊れる直前、穴の向こうでむくっと何かが頭をもたげた気もした。 「がお」 そんな声を聞いたような気もした。 それも全て、ゲートがしまった今となっては手の届きえぬ異世界のこと。 もはや、花粉のもやの向こうのことだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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