●開かれた奈落 それは、落雷の音に似ていたかもしれない。 轟音が響き渡り、大地が揺れた。 いや、空間そのものが揺れたのだ。 歪み、避けたと言った方が正解に近いのかも知れない。 現れた黒い霧のような、その場所だけ夜の闇が訪れたような……先の見通せない何かを、以前見た者もいるだろう。 けれど、今回現れたそれは、以前の比ではなかった。 巨大な……左右の幅は数十mはあろうかというその暗闇の中から、炎が噴き出す。 続いて現れたのは、紅い鱗に包まれた……何かだった。 爬虫類のようではありながら、そういった生き物的な何かを超越したような雰囲気を、それは発していた。 開かれた黒い奈落が狭く見えてしまうほどに、その存在は大きかった。 口に生えている牙の一本が、人の背丈ほどの長さがあった。 その牙が無数に生える口から、全身から、熱気が、炎が噴き上がる。 その姿に、竜、ドラゴン……そんな言葉を連想する者もいるだろう。 それはフレイムタイラントと呼称された、アザーバイドだった。 闇の中から現れた巨大な一対の前足が大地を踏みしめると、一瞬で草木が燃え尽き、大地が渇き砕ける。 そのまま前進し、奈落から自身の全てを解放しようとした竜は……闇によって、封印によってそれを妨げられた。 それでも、竜の動きは止まらない。 空気を震わす咆哮を発し全身に力を篭めれば、再び空間が裂けるような轟音が響き始めた。 すぐに何かが如何なるという事はないだろう。 だが……封印という物がどのようなものなのか分からない者であっても、その光景を見た者には推測が可能だった。 この存在は、このまま行けば……自身を封じる何かを、破壊するのでは……と。 ●炎帝竜・フレイムタイラント 「フレイムタイラント。そう呼称されるアザーバイドです」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)は緊張した面持ちでそう言って、スクリーンに表示された赤い鱗を持つ存在に視線を向けた。 以前封印が緩み出現した際にアークのリベリスタたちによって封印の狭間へと追いやられた存在。 それが再び、姿を現すという未来が観測されたのである。 「充分なダメージを与えれば、封印が力を取り戻しアザーバイドを封印し直す事が可能だと前回の戦いでも判明しています」 だが、フレイムタイラントは前回よりも力を増しているようである。 崩界によって封印が力を減じたのか……どちらにしろ、全ては推論でしかない。 ともかく、以前出現した時とは似た別の存在だと考えた方が良さそうだ。 「生命力は、並のエリューションやアザーバイドとは比べものになりません。鱗の方も硬いのに弾性もあって……物理神秘共に高い防御力を持ち、回避能力も高くなっているみたいです」 口内や瞳は変わらず防御力は低いようだが、牙等は強靭で折る事は難しく、瞳が潰されても魔法的な何かで周囲を確認できるのか、視界が悪くなる様子もない。 それに、欠損した箇所は回復する。 「前の戦いで傷付いた頭部と右腕部には傷が残っているみたいですが、この世界に現れるのと同時に再生が始まるみたいです」 封印内では再生能力が失われるか大きく減じられるかしているのだろう。 「巨体に相応しい攻撃力や防御力を持っていますが、決して鈍重ではありません」 様々な面で高い能力を持つのに加え、ほとんどの状態異常を無効化する能力を持っている。 「加えて炎によって自身の受けたダメージを回復する能力も持っています」 ただ、その能力故か氷系の異常を受けると、動きは封じられはしないもののダメージは受けてしまうようである。 「攻撃の方は、牙と鉤爪による物理的な攻撃と、炎による神秘系の全体攻撃になります」 3回の攻撃を行ってくるが、どの攻撃を何度行ってくるかは分からない。 「鉤爪と牙の攻撃は、どちらも一度に複数を狙えるみたいです」 どちらの攻撃も強力ではあるが、鉤爪の方がやや攻撃範囲が広く、牙の方が攻撃力が高いようである。 加えて、どちらの攻撃も直撃を受けると強力な炎で身を焼かれる事になる。 「炎による攻撃は、戦場一帯に爆炎を発生させる攻撃と、口から放つ炎のブレスの2種類があるようです」 爆炎による攻撃は周辺一帯にダメージを与えるのに加え、防具が守りの力を融解或いは破壊する事で防御力を下げる効果もあるようだ。 また、牙や爪と同じように消えぬ炎で包む効果もある。 「炎のブレスの方は2種類になります。一方は以前にも使用した青い炎のブレスになります」 此方は遠距離までの対象を含む全体にダメージを与え、炎で包む効果がある。 「以前戦った時よりも威力の方は上昇しています。充分に御注意下さい」 そう言ってからフォーチュナは、もう一方の炎についても説明する。 「……色は白に近い感じでしょうか? 蒼炎と比べても極めて強力です。耐久力に劣る人だと、一撃で倒される危険があるくらいに」 射程も長い上、他の攻撃とは比べものにならない強力な炎が、消えずに犠牲者を包みこむという。 「ただ、炎のブレスを使用するには力を蓄える必要があるみたいですから……予測はある程度可能だと思います」 とはいえ敵は複数回の行動を行えるのだから、力を蓄積させながら他の行動も行ってくるだろう。 戦いながら対処を行わなければならない。 幸いと言うべきか、一度に使用できるブレスは1種類のようである。 力を蓄えている時は、他のブレスを使用してくる事は無いだろう。 「あと……それでも倒し切れない強敵と判断した場合、フレイムタイラントは現時点で行える最も強力と思われる手段で、皆さんを攻撃してきます」 マルガレーテは表情を一層固くすると、炎帝竜の攻撃について説明し始めた。 『始原の混沌の炎』と呼ばれるそのブレスは、世界のありとあらゆる混沌が溶け込んでいると伝えられている。 その為、混ざり合う不純によって炎そのものの力は他のブレスと同等かやや弱い程度なのだそうだ。 「ですが……溶け込んだ世界の不浄が浴びた者を侵し、死に至らしめるのだそうです……」 ありとあらゆる異常が直撃を受けたものを襲うのだそうである。 この炎の洗礼を受け生き延びた者を絶対者と呼ぶようになった等という伝承が存在するほどに危険な、究極の、汚れた万色の炎。 「ただ、現状の炎帝竜はこの炎を完全には使いこなせない様です」 使用する為にある程度の時をかけて力を蓄積させる必要があり、しかも使用によって自身もダメージを受けるようだ。 また、使用するその時……フレイムタイラントの全ての力が、一瞬ではあるが大きく下がるらしい。 とはいえ裏を返せば、それだけ強力な、危険な力だという事だ。 説明を終えるとマルガレーテは、集まっていたリベリスタを見回した。 そして、黙って話を聞いていた、一人の少女に声をかけた。 ●竜を貫く氷の力 「いつもお世話になっております。ヤミィと申します」 疲労を滲ませた少女はそれを抑えるようにして挨拶すると、デスクの上に……青い宝石のような、氷のような、透明感を持つ所々尖った感じの何かを丁寧に置いた。 「以前、フレイムタイラントの力の干渉を受けたE・エレメントの残滓を、幾人かの方の協力を得て回収できまして……」 それを使用して、フレイムタイラントの守りを少しですが崩せるアイテムを開発したんですと少女は説明した。 「理論構築の方は真白博士に手伝ってもら……半分以上やってもらう事になっちゃいましたけど……」 ちょっと失敗もありましたが、回収を手伝ってくれた皆さんのお陰でサンプルも沢山ありましたので、何とかモノにできました。 ヤミィはそう言ってから、アイテムについて説明をし始めた。 『永遠の氷棺』と命名されたそれは、リベリスタたちのエリューションエネルギーを注ぎ込む事で活性化し、リベリスタたちに力を付与するという仕組みになっている。 「活性化によって個体では無くなってしまうので使えるのは1回きりになりますが、戦いの間は充分に持つと思います」 それによってリベリスタたちに氷の力が、フレイムタイラントの守りを打ち破る力が付与されるようである。 攻撃に炎帝竜の守りを減じる力と、強力な氷の力が加わるようだ。 また元々本人が扱える氷の力も威力を増すらしい。 「あともうひとつ、真白博士が理論構築して私が境界反転を実行したコールドファイア理論によって……」 「あの、ヤミィさん。その辺はまた次の機会にして」 「……あ、すみません……とにかく要約しますと、炎系の能力を一時的に氷系の能力に反転させるという効果があります」 その効果にも、本来の威力を増す力が加わるらしい。 「以上がこのアイテム、永遠の氷棺の効果になります」 ヤミィはそう言って説明を終えると、少し悔しそうな顔をした。 「本当は、防御に関しても補助になるような品を開発したのですが……」 合わせようとすると、どうしても力が干渉し合い効果が消えてしまうんです。 ヤミィは申し訳なさそうに言って、皆を見回した。 「これを、皆さんの任務のお役に立てて頂けませんか?」 アイテムを劣化させない為に彼女も近くまでは同行するが、安全な場所まで退避するし万一に備えて数人護衛も居るそうなので気にする必要はなさそうである。 「……極めて危険な相手ですが、だからこそ……この世界に存在させる訳にはいきません」 皆さんの力を合わせれば、きっと炎帝竜を再封印できると思います。 少し青ざめた表情を引き締めてフォーチュナの少女は皆を見回すと、口にした。 「どうかお気を付けて」 御武運、お祈りしております。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月20日(木)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●開かれし奈落 落雷のような轟音が響き、空気が、大地が震える。 そしてどこからともなく闇が毀れるように空間が裂け始めた。 「何だか体が震えるよ……」 怖いよ。 『いつか出会う、大切な人の為に』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の零した言葉を聞いて。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、少しだけ安心した。 彼女も、自分の足の震えを実感していたのだ。 「……でも、全力で頑張る!」 続いたアリステアの言葉に、頷いた。 ここには24人の仲間がいる。 ヤミィのアイテムも、ある。 ならば、彼女にとても助かったと……終わった後に、声をかけにいく為に。 (友人と戦えるなら強くなれる) 「全力を尽くそう」 雷音の言葉に、アリステアが頷いた。 「絶対、皆元気にアークに帰るんだから!」 その為に。リベリスタたちは戦いの準備を開始する。 8人がアイテム、永遠の氷棺へと自身の力を注ぎ込んだ。 活性化された力は蒼く淡い輝きとなって、リベリスタたちを包みこむ。 体そのものは肌にひんやりとした涼しさを感じる程度ではあるが、8人の武器に圧倒的な冷気の力が籠り始めた。 「智親に手伝って貰ったとはいえ、この短期間でやるじゃん」 (後で理論や製法詳しく聴きに行こう) 愛用のキーボードを撫でながら『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が呟く。 その間にも轟音と揺れは続き、闇の彼方に赤い何かが揺れ、熱気が周囲に漂い始めた。 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は体内の魔力を活性化によって循環させ、アリステアも周囲の魔力を取り込むことで自身の魔力を高めていく。 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は痛覚を遮断すると、自身の戦闘を援護させる為の意志持つ影を創り上げた。 綺沙羅も符によって鬼人を作り出し、雷音も皆に情報や指示を伝達し易い位置を取ると戦いの為の刀儀陣を展開する。 あらゆる事象を演算し、常に最良の結果を導き出せるように。 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は自身の頭脳を極限状態まで集中させた。 僅かでも炎を軽減できればと厚手の外套を纏い、位置を取る。 「すいません、頼りにさせていただきますね」 その言葉に、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は静かに頷いた。 「油断できる相手ではないからな」 効果の程は分からないが、無いよりは良いだろう。 防護態勢を整えた彼は、更に全身を防御のオーラで覆い自己回復の力を自身に施す。 『三高平名誉女子第二号』内薙・智夫(BNE001581)はもう一方のチームの状況を確認しつつ、アザーバイドを挟みこめるようにとアリステアらと声を掛け合い、布陣を整えた。 『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)も状況を確認し合いながら集中力を高め、自身の感覚を研ぎ澄ます。 『STYLE ZERO』伊吹 マコト(BNE003900)も自身の視野を戦場全体へと拡大させ、全体の位置関係を把握した。 やがて爆発のような音と共に闇は大きく広がり、熱と炎を噴き出す空間から巨大な……紅い鱗に包まれた何かがその姿を現した。 アザーバイド『フレイムタイラント』 その姿は伝説の、ドラゴンと呼ばれる存在に相応しい威容を誇っていた。 ●炎の化身、再び (今回押し戻したところで封印が弱まっているならまたいつ出てくるか分からんが……かといってそのまま暴れさせる道理はなし、か) 「どれだけいけるか分からんが、やらせてもらおう」 鉅の呟きに、マコトの言葉が重なる。 「いつぞやは火じゃなくて助かるとか言ってたのに、とんでもない物が出てきたね……」 (こんなのは出来るなら封印で弱まってるうちに退治したい所だけど……) 「……いや、今は目先の事だけを考えるべきだね」 首をふってマコトは気持ちを切り替えた。 味方全体を範囲に含めるようにして、マコトは防御のネットワークを構築する。 「ここは君の来る場所ではない。こちらも世界を護るために君を討伐するしかない!」 帰るなら、今だ。 通じないと分かってはいても……雷音は呼びかけた。 それに応えるのは……地面すら揺らしかねない程の、激しい咆哮である。 「へえ、この姿はまさしくドラゴンだね」 リィンは呟いた。 まるでファンタジーの世界から飛び出して来たかの様だ。 (しかし、そう感嘆してはいられないね) 「しっかりと叩いてとっととお帰り頂こう」 その言葉にウラジミールが頷いて見せる。 強大なアザーバイドをのさばらせる訳にはいかない。 この世界を守る為に、再封印を行う為に。 「任務を開始する」 いつもと変わらぬ声で、壮年が口にする。 「さあ、『お祈り』を始めましょう」 我等にご加護と勝利を。 (強大な神秘に屈しないよう) 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は能力によって感覚を研ぎ澄ませ、意識を敵へと集中する。 (竜退治か) 「荒れ狂うならそのまま憤死すればいいものを」 いつもの調子で『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は口にした。 「折角の専用ダストボックスだ。住めば都と居着けばいいのにな」 呟きながら戦いに備え、刀儀陣を形成する。 どんな風に言おうとも……分かってはいるのだ。 それでも。 「お久しぶりです、炎帝竜」 貴方とまた逢えて、とても嬉しい。 言葉通りの表情で、レイチェルはフレイムタイラントへと呼び掛けた。 (あの時と比べて、私はどれほど強くなれたのか) それを試す為に、示す為に。 「……震えるほどに、楽しみです」 少女は厳かに、口にした。 ●氷と炎 前衛たちを薙ぎ払うように、炎を纏った巨大な腕が振るわれた。 対峙するように位置を取ったもう一方の班にも鉤爪を生やした腕が振るわれ、直後、爆炎が一帯を薙ぎ払う。 背の低い草に覆われていた平地は、一瞬で焦げた地肌が露わな荒地へと変わった。 それに怯むことなく12人は行動を開始する。 遠距離攻撃を主体とする者たちの多い此方の班は、適度に距離を保っての攻撃でアザーバイドにダメージを与えていくという作戦を選択した。 鉅はその攻撃手たちを庇うように位置を取る。 少なくとも現状敵は後衛たちを攻撃する為に移動等を行えない状態に置かれているらしかった。 とはいえ油断はできない。 一部の能力で無い限り、こちらの攻撃が届くという事は敵の攻撃も届くということだ。 先ずはと彼は味方を守り抜くことに意識を集中する。 「私達が付けた傷、まだ残ってたんですね」 これもひとつの縁……再生なんて寂しい事、させませんよ? フレイムタイラントの動きを確認したレイチェルは、全身から気の糸を伸ばしながら呟いた。 狙うのは頭部と右腕、かつて戦った際にリベリスタたちが負わせた傷が残る箇所である。 放たれた無数の気糸は精確に竜を貫いた。 同時に、糸が纏っていた冷気が竜の身体へと侵食し、その表面を覆い始める。 一方でマコトの消耗を確認した智夫は、早くも力の供与を開始した。 もう一方の班の前衛たちが多いお陰だが、少なくとも前衛の数は足りている。 逆に言えば戦いが続けば供与する余裕が無くなるかも知れないのだ。 そのまま行動可能な程度に移動し、マコトへと意識を同調させる。 続いて動いた雷音は充分に距離を取って印を結び、凍気を増した魔の雨を炎帝竜へと降り注がせた。 味方の負傷具合を確認したアリステアは、詠唱によって作り出した魔力の矢を竜へと放つ。 リリは射程を活かし長距離から呪いの弾丸で敵を狙い撃ち、ユーヌは掌に冷気を纏わせ、凍気を竜の内に注ぎ込んだ。 ウラジミールは攻撃の邪魔にならないようにと注意しつつ、レイチェルを庇えるように位置を取る。 マコトは敵の動きを予測しながらレールガンαに力を籠め、魔弾で敵を狙い撃った。 敵に凍結等の効果が与えられていると判断した綺沙羅は、消耗を抑える為に符で鴉を打ち攻撃を行う。 射程を活かし長距離に位置を取ったリィンも、呪いの力を籠めた矢を番えた。 放たれた矢は微かに風切り音を響かせて……巨大な竜の眼球を、貫いた。 ●氷の穂先と原初の炎 炎が爆発するように戦場一帯を覆い尽くした後、青白い炎、炎帝竜の吐息がリベリスタたちを包みこむ。 爆炎に関しては距離の把握は行い易かった。だが、ブレスの方は頭部の位置で届く範囲が変化する。 それらの違いを認識しながら、攻撃に耐えながら、12人は戦い続けた。 守りを崩そうとする爆炎を能力によって無効化しながら鉅は味方を庇い続ける。 一方でレイチェルは異常からの敵の回復能力を考え、攻撃手段を変更するべく後退していた。 漆黒の弓に自身の力を籠め、敵の動きを計算し……その軌道に合わせるように、魔弾で射抜く。 マコトも同じように長距離での狙撃を続け、智夫も消耗し始めた味方に力を分け与えつつ投擲用の槍で竜を狙う。 雷音と綺沙羅は陰陽の氷雨で攻撃を行い、凍結の効果を与えた際は符で打つ鴉を使うことで、消耗を抑えながら戦い続けた。 癒し手らも前衛までを確実に捉えられる位置を維持しながら仲間たちを回復させ続ける。 ウラジミールは口頭で確認を行った上で問題ないと判断し、前衛にて戦闘を続行した。 リィンも距離を維持しつつ呪力を籠めた矢を放ち続ける。 そんなリベリスタたちに業を煮やしたのか、フレイムタイラントは蒼炎のブレスを使用した後、息を大きく吸い込むような仕草を行った。 その動きに、全員が警戒を強める。 仲間を庇い続ける鉅をいつでもフォローできるようにと智夫は位置を取り、レイチェルは移動を考慮した射撃の後に素早く竜との距離を取った、 「ボクの矜持はこの戦闘を少しでも長く持たせる指揮をすることだ」 (状況判断を常にして、最適化して戦えるように) 雷音は炎帝竜の動きを観察しながら声に出して皆と状況を確認し、アリステアが癒しの力を揮う。 ウラジミールはユーヌを庇えるように位置を取りながら、破邪の力を帯びた刃を振るう。 「威力も高そうだし、喰らいたくはないね」 先ずは確実にと、リィンは溜めの動作を確認しながら距離を取った。 マコトも発射の前に、と。離脱しつつ敵の動きを観察する。 炎帝竜の顎、口の中に、直視できないほどの輝きが生まれ、広がり始め……次の瞬間、拡散した。 圧倒的な熱量が戦場一帯を満たし、ありとあらゆる存在を蒸発させようとする。 多くの者が射程外へと離脱する事で難を逃れたが、前進を阻む為に殆んどの者が射程内へ留まったもう一方の班は、大きな被害を受ける事となった。 「問題ないかね?」 深く傷付きながらも変わらぬウラジミールの言葉に、短く肯定と感謝を示し。 ユーヌは攻撃を続行する。 傷付いた者たちへと癒しの力が注ぎ込まれた。 幸い、と言うべきか。 フレイムタイラントの意識は、前衛たちが多いもう一方の班へと向けられつつあった。 それも利用して態勢を整え、12人は戦闘を続行する。 もうひとつの脅威は直ぐに訪れた。 リベリスタたちを強敵と判断した炎帝竜は、現在の自らが行える最も強力な攻撃を 以て敵を屠ろうと判断したのである。 ●防砦より託されしもの 呼び掛け合い、確認し合い、幾人かは攻撃を続け、幾人かが後退する。 アリステアは味方に癒しを施した後に素早く後退すると念の為に防御態勢を取った。 レイチェルは機動を重視した攻撃で、射撃後に射程外まで後退し、雷音も移動した後に竜の動きに注意を払う。 ウラジミールも念のためにとアンナを庇える位置を取る。 マコトは離脱すると能力の再賦与を行い、ブレス後すぐに攻撃できるように態勢を整えた。 同じく後退したリィンも竜の動きを観察しながら、その後の攻撃に備えて意識を集中する。 別班の数人が攻撃を浴びせた直後だった。 戦場一帯を万色の炎が包み込む。 留まることなく色を変える炎が留まった者たちへと襲いかかった。 毒が、雷が、呪いが、不幸が……炎へと鎔け込んだ、ありとあらゆる混沌が……包まれた者たちを蝕んでいく。 それでも、範囲内に残った者たちはほぼ万全の状態であったお陰もあって竜の息を耐え抜くことに成功した。 続いた炎帝竜の攻撃が別班に向かったのも大きかった。 急ぎ前進したアリステアとアンナが聖神の息吹を詠唱によって具現化させ、満身創痍の仲間たちを癒す。 雷音は攻撃範囲に踏み込んで氷雨の印を結び、動きを取り戻したユーヌや綺沙羅も素早く攻撃を繰り出した。 リリも距離を詰め攻撃を再開し、マコトとリィンも充分に狙いを定め、創りだした呪いの弾丸を、矢を、竜へと放つ。 発射直後から竜の力は戻り始めていたが、それでも通常よりは効果があったようだった。 対してフレイムタイラントは前衛たちが激しく傷付いた防砦班への攻撃を続けていく。 庇い合う事で、或いは直撃を受ける事を厭わずブレスの使用直前を狙った事で防砦班は竜に大きなダメージを与える事に成功したが、その代償も大きかった。 回復が尽き、力を使い果たした者たちが、次々と倒れていく。 だが、彼ら彼女らが炎帝竜の攻撃の多くを引き付けた事で、氷棺班は態勢を立て直す事に成功していた。 アリステアは仲間たちをほぼ完治させ、智夫も皆の消耗を、ある程度まで回復させる事ができたのである。 やがて防砦班の者たちは……氷棺班に後を託すようにして、力尽きた。 前衛が殆んどいなくなったことにより、竜は焼き尽くされた大地に前足を付け巨体を奈落から引きずり出そうとする。 それを阻止するために。 託してくれた仲間たちに、報いる為に。 12人は力を振り絞った。 ●竜を貫き、封ずる力 蒼の炎を放った後、フレイムタイラントは再び力を蓄積し始める。 それが混沌の炎、カオスフレアである事は直ちに全員が理解した。 鉅は意志持つ影を操り、近距離戦へとシフトする。 (急所狙いは……俺の腕では当たるまい) 少しでも敵の力を削る為に。 竜の頭部を狙って鉅は作り出した黒のオーラを振るう。 庇う事に専念していた為、彼の消耗は少なかった。 能力の方も、決して消耗の大きいものではない。 智夫はそう判断し、他の仲間たちの消耗した力を回復させるべく自身の意識を仲間たちへと同調させた。 為すべき事は先刻と変わらない。 回復も攻撃も、智夫の働きによって万全とまで言わなくとも限界には未だ余裕があった。 冷気を纏った銃弾が、矢が、凍りつく魔の雨が、力を蓄積しながら攻撃する竜へと降り注ぐ。 それらを受けながら炎帝竜は鉤爪を振るい、周囲に炎の爆発を巻き起こした。 守りを崩そうとする炎を無効化によって蹴散らした鉅が攻撃を仕掛け、アリステア達が可能な限りの癒しを施した後、後退する。 だが、それを追うかのように竜は身を乗り出し万色の炎を噴き出した。 残った前衛では阻み切れない。 放たれた炎が一瞬で12人を巻き込み、一帯を覆い尽くす。 癒し手たちの配慮もあって、その攻撃だけであれば全員が耐える事には成功した。 だが、その後に放たれた蒼炎を受け……幾人かが限界を迎える。 もっとも、それは戦線離脱を意味しなかった。 「寝る時はクーラーを付けたままで寝る派でね」 こんな暑くちゃ寝てらんねーっすよ。 運命を手繰り寄せ攻撃を耐え抜いたマコトが、レールガンを構え竜へと照準を付ける。 一方、ブレスの使用を好機とみたウラジミールは果敢に飛び込み破邪の力を籠めた刃で竜の口内を攻撃した。 「ここが勝機だ。逃しはせん!」 混沌の炎が持つ殆んどの力を無効化した絶対者は、傷付く事を厭わず攻勢を続ける。 運命の加護によって耐え抜いた者たちも、即座に攻撃に移った。 「……こんなトンデモ、通すものか」 息吹を呼び寄せながら、アンナが呟く。 フレイムタイラントは攻撃を受けながら、牙で、鉤爪で、蒼炎で、リベリスタたちを傷付けた。 だが3人は頑なに仲間たちを癒し続け、支えられた9人は各々の力で竜を攻撃し続けた。 限界を超えた竜の身体の一部が氷結する。 それと同時に轟音を立てて、拡がっていた闇が急速に縮み始めた。 咆哮をあげながら竜は闇へと呑みこまれ姿を消す。 後にはただ……戦いによって荒れ果てた大地が広がっていた。 ●決着 傷付いた仲間たちを助け、残った力で癒し、介抱する。 離れて待機していた者やアークへと連絡を取る。 「今日はぼろぼろですゆっくり休みたいです」 ぐったりとした雷音が養父へとメールを送る隣で、アリステアは封印が解けぬようにと小さく祈った。 「しかし、このままじゃ同じ事の繰り返しになりそうだけど……さて、どうするのかな?」 口元に手をあて考え込むような仕草をしながら、リィンが呟く。 闇が消えた後も周囲を警戒していたウラジミールは問題ないと判断すると漸く緊張を解いた。 「任務完了だ」 いつもと同じように、短く口にする。 辺りは既に静寂を取り戻していた。 炎は燻り熱は残っていても……そこに残っているのは、唯戦いが終わった、かつて草原であった荒地だけである。 レイチェルは、フレイムタイラントが消え失せた空間へと視線を向けた。 もちろん其処には何もない。 それでも。 「私は、私のエゴの為に貴方を喰らう」 届かぬと理解しながらも、少女は静かに、誓うように口にした。 ……次こそは、撃ち滅ぼす。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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