●Bad End After さテさテ、親愛ナる紳士淑女ノ皆々様。 今宵こノ場で語らレルは見るモ涙、聞くモ涙の滑稽劇。 そノ余りノ理不尽さニ天すら瞳を覆ウ事請け合イ。どウぞハンカチ等片手に御照覧アれ。 ハ、ハ、ハ、それジャあ結末ヲ。怒涛の様ナ決着ヲ。 重ねラレた幻想の。奇蹟ノ。運命の代価ノ取リ立てヲ始めヨウ。 イッツ、ショータイム。 ――何て、ネ ●Bad Dream Next 「下郎が、何時まで待たせる気じゃ」 椅子に腰掛けるのは大学生程の女。髪は光るほどに白く、袖のないゴシックなドレスを身に纏う。 若干奇矯ないでたちでは有る。が、異様なのはそれより他に有る。 足に、手に、体に巻き付いた鎖。細い物も太い物もあれ、そのどれもが酷く“古い” 「聞いておるのか道化」 重ねて上げた声。その言葉は酷く長い年月を感じさせる老婆の如き旋律を伴って響いたか。 腰掛けた椅子がぎしりと軋む。女は明らかに苛立っていた。そしてそれを隠す気すら無い。 「おヤおヤ、余り焦らセ無いでくレるかナ。今最終調整が終わッタ所だヨ。 最上の喜劇ニは最良ノ役者を配さナクちゃ。失礼ダからネ。ハ、ハ、ハ」 上がった声は隣の部屋から。何処か調子の外れた奇妙な声に半分だけの道化の仮面。 一般に『バッドダンサー』の名で知られる男は常ならぬ機嫌の良さで大仰に笑ったか。 それを見て、部屋の片隅で腕を組んでいたもう一人の男が静かに視線を細める。 「余り笑うなよ道化師。俺の自制心が限界に来ない保証なんて無いんだから」 「おオ恐い恐イ。君とノ契約通り僕は今月誰にモ干渉して無イじゃナいカ」 肩を竦める道化師に、冷たく告げるのは鎧を纏った青年である。 その手には銀色に輝く剣と大きな盾を携えている。一言で表現するなら、そう。騎士だろうか。 「でなかったら、俺は命賭けでもお前を殺してるよ」 その口調には明らかな殺気が滲むも、けれどそれが可能で有るかと問うたなら、 恐らくは無理だろう。一対一であればまだともかく―― 「……」 身を鎖で縛った女と、そしてもう一人。否、それを一人と言って良い物だろうか。 隣室に佇むのは身の丈2mを悠に超える巨大な影。全身を黒い鎧に包んだ人物。 恐らく、この場に於いて最も相性が悪いのは“これ”だ。 「安心スるト良い。僕ハあくマで演出者ダ。役者の邪魔ハしナイ主義だヨ。だッテさァ――」 肩を竦めて見せる曲芸師に、騎士の男は小さく呼気を吐く。 「それジャあ詰マラなイだロウ?」 何が最善か等分からない。だが、今この場でこの男を止められるのは自分だけだと思えばこそ。 彼は敢えて忌々しい曲芸師の下に付く。 それでも例えば彼の存在理由を揺るがしかねない指示を曲芸師が下したなら、 彼は血を吐き命を散らしてでもこれに抗っただろうが―― 「それで、用意は整ったのじゃな?」 「勿論だヨお姫様。鎖の姫ト2人の騎士。イやいヤ。まルデ英雄譚じゃナイか。 楽しクなッテ来たヨ。さァサぁ、始めヨウ。戦いヲ。闘争を。物語ヲ」 テンション高く謳い上げる『バッドダンサー』シャッフル・ハッピーエンド。 その周囲を囲む3人には何れも存在感の欠片も無く、けれど。 見る者が見れば分かっただろう。その異様が。異常が。異変が。――有り得ない筈の現実が。 「『縛鎖姫』、『守護騎士』、『狂王』――君達ノ出番だヨ」 ●The Three Knights アーク本部内、ブリーフィングルーム。 「……良い知らせと悪い知らせが1つずつある」 ぽつり、と呟いたのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001) 普段余り感情を出さない彼女にしては珍しく、その声には濃い苦味が滲む。 「良い知らせ。『バッドダンサー』シャッフル・ハッピーエンドの行動予知に成功した」 モニターには映されているのは地図。どうも都市部では無いらしく全体的に緑色が目立つ。 果たしてそんな所で何をしているのかと言えば、指し示されたのは資料である。 「以前、“閉じない穴”が開く前に出現した賢者の石の残りがある。 ……極少量だったから探知出来なかったみたい」 つまり、『バッドダンサー』が賢者の石を採取しようとしている。 これを阻むのが今回のリベリスタ達の仕事であると、イヴの語り口には躊躇いが無い。 シンプルな。そう、これ以上も無くシンプルな仕事である。 だが、それで終わりではないだろう。集められたメンバーは相応の難度のある任務だと聞いている。 であれば。何より、相手が話に聞く“最悪”であるならば。これで終わる筈が無い。 「悪い知らせ。智親が、破界器『夢幻の宝珠』を調べた結果……1つ判明した事が有る」 続く言葉に、一瞬微妙な空気が流れる。破界器『夢幻の宝珠』。 所有する人間とその周囲の妄想を測定し力に換えるアーテフィファクト。だが、それだけではない。 「『夢幻の宝珠』には、一時的に持ち主の能力を大幅にブースト出来る力があった」 名を歪曲混沌黒史録(ネバードリーム)。人造の奇蹟。偽造された運命の黙示録。 醒めぬ夢の名を持つそれをけれど、おかしいと考えた者が居た。誰ならぬ、勿論彼女の実父。 アークの誇る天才『研究開発室長』真白智親(nBNE000501)。その人である。 「代価も無しに、得られる力なんか無い……しかも、あれは元々『バッドダンサー』陣営の所有物。 何か罠が仕掛けられてても……おかしくない」 その言葉の結果が、最初のそれであるなら。その意味する所は1つしかないだろう。 「……『夢幻の宝珠』は、対になる他の破界器と繋がってる。 あれの力を使う度、その対になる破界器にも力が溜まってると予想される」 言うなれば、反動装置と言った所か。作用と反作用。 プラスの力を引き出せばマイナスの力が補充されると言う力学の必然。 けれど何故突然そんな事を言い出したのか。 ――それはつまり、それが今回の任務と密接に関わっているからに他ならない。 「賢者の石の採取には『バッドダンサー』当人は関わってない。 何でか知らないけど、以前の隠れ家から出てこないみたい。でも――」 操作されるモニター。表示された映像にリベリスタ達の呼吸が一瞬止まる。 鎖を身に纏った女。白鎧の騎士。黒尽くめの巨人。 それが今回の――敵。 「E・フォース『縛鎖姫(チェインルーラー)』、『守護騎士(ガーディアン)』 それと、アザーバイド『狂王(オーバーロード)』どうもそう呼ばれてるみたい」 それは。 それは。 それは――果たして。何の冗談だろう。 「誰かが夢を注いで世界を護った。だから世界を壊す者が生まれた。 運命なんかじゃないよ……これは、『バッドダンサー』による人災。放っておけない」 イヴの言葉には強い怒りが見え隠れする。誰かの夢を、想いを踏み躙ってそれを嘲笑う。 そんな外道を放置しては、何の為の神の目か。何の為のアークか。何の為の――リベリスタか。 「今回皆に対して貰うのは理想と言う名の、死神。単純に、強い」 言われるまでも無い。それは想いの結晶であるE・フォースに在っても最高純度に近い。 誰かが追い続けた夢の形である。尋常のそれで在る筈も無い。 けれど、それでも。 「ここであっちの目論見を崩せば、次は本人が出てくるしかなくなると思う……皆、頑張って」 万華鏡の姫の鼓舞を受け、リベリスタ達はおもいおもいに席を立つ。 ――いざ、戦場へ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月21日(土)22:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●Silent hollow―静止する世界― 如何なる神話であれ、神の裁きは空より降り注ぐ。であれば――天より降る地獄とは果たして。 「追い……着いた!」 木々の合間を駆け抜けた『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ)』星川・天乃(BNE000016)の眼前数㎝。 対した黒鋼の巨人の向こう側、更に数m。鎖の姫が薄く、艶やかに、酷薄に笑った。 第一声、朗々と告げられた言葉は挑戦者達の想定を超えていた。 「馬鹿を言うでないわ」 中空に描き出されたのは緻密であり遠大であり華美壮麗なる魔法陣。記された文字は古い北欧の語でかく記される。 曰く――凍結地獄(コキュートス) 「“追い着かせてやった”のじゃ。主らの足掻きと戯れてやる為にの――!」 遭遇第一手。待ち構えていたのは全てを根底から覆す、絶対零度すら静止する世界。 凍て付く“支配”が一切合財の何もかもを縛り尽くす。為す術なく、逃れる術なく。 「……来ると思っていた」 鎖の姫の直ぐ間近に控えるのは、白い鎧を纏った騎士。その眼差しには強い理性と意志の色。 向かった視線は違わず、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)へと向けられる。 「“俺”ならいずれ来ると思っていた。こない筈が無い。これを許せば、また大勢が傷付く」 携えた剣を抜く事も無く、騎士は盾をのみ構え言葉を紡ぐ。 「だから、待ち構えさせて貰った。思ったより早くて助かったよ」 賢者の石の捜索は、縛鎖姫の“見えざる神の手”による。 だが、それだけなら3人もの人数は必要ない。彼らは当然この“劇”の演目を聞かされている。 でなければ、何故「姫」が「道化」の指示等に従う物か。 「何でだ……」 立ち塞がるは氷点下の地獄。黒き禍き暴虐の嵐。銀色に輝く無朽の城砦。 どれか一つ取っても過酷を更に上回る危うい敵である事は疑う余地も無い。 だが、彼の眼差しは他を見ていない。その白い影から意識を外す事ができない。 凍り付いた体躯を引き絞り、快は己に良く似したその騎士へ強く強く視線を返す。 「――何で、其処に居る!!」 その問いに、白い騎士もまたその威を示す。揺るぐ事無く、躊躇う事無く、ただ一言を以って。 「全てを護る為に」 紡がれる言葉に息を呑む。眼差しは静謐を極め、灯る意志は何処までも強固。 疑う余地も無い。それは果たして、誰の言葉か。 それは果たして――誰の抱いた理想(ユメ)――だったろうか。 「だったら、何でお前はそっちに居るんだ――――!!」 譲れぬ意地が有り、譲れぬ想いがある。抱いた理想に注いだ物は己自身の最も純粋なる願い。 であればそれが牙を?いた時、一体誰がそれを看過出来る物か。 体躯を蝕む氷片が砕ける。打ち合わされる守り刀と守護の盾。高く澄んだ音が凍結地獄へ波紋を投げる。 「はっ、鎖の姫が聞いて呆れるな」 他方響いたその声に、揶揄された女の眼差しが向けられる。凍てついた大地、止まった時間。 それを引き裂くのは『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)の、声。 「今、何か言ったかえ、小僧」 うっすらと笑む。その表情に反し眼は口ほどに物を言う。剣呑、そして興味の色。 場の全てを塞き止めた『絶対縛鎖』が然程効果を及ぼさない、それは本来であれば酷く癇に障る光景だろう。 「この程度の精度で、速度で……執念で――俺の自由は奪えねぇよ、お嬢ちゃん」 慈悲の名を持つ短剣は身の水平に構えられ、一振りで以って加護を為す。 放たれた破邪の魔術は氷像と化した仲間達の凡そ半数を救ったろうか。 場合によってはそのまま畳み掛けられていたかもしれぬ戦況に、正しく射し込む光明である。 「ほう、詠うの」 だが、鎖の姫は其をすら嘲笑う。精度。執念。その視野のズレを楽しむ様に口元は笑いを象る。 彼女は『支配』のE・フォース。その縛鎖で以って場を支配し君臨するは、むしろ必然である。 呼吸をするのに精度や執念を問う者が居ようか。これはそういう類の“現象”だ。 「理想、なぁ……」 けれど、その様に。『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)の上げた声は酷く静かに、染み渡る様に響く。 「中途半端やない?」 その言葉に、鎖の姫の笑みが止む。彼女は「場を支配する理想」と言う名の自我を持った現象である。 だが、だからこそ。その語句は彼女の在り方を真っ向から否定する。 「そんな普通の手段で対策立てられる程度のもんが、理想的な縛鎖の支配者やとか……はっ」 或いは。その嘲る様な椿の笑みは、対する鎖の姫にとても良く似通っており。 当人らがそれを認めるかはさて置き、あたかも両者は鏡映しの様に相対す。 「笑わすな、不完全な理想の搾りカスが」 「口さがない小娘よの、失笑に値するわ」 じゃらりと。纏った鎖が重く、重苦しい音を立てる。けれどそれは至極当然と言えようか。 守護の理想と異なり支配の理想は場に並び立つ事は決してない。 片側が真であれば片側は違え様も無く偽なのだ。相容れない、許容出来ない。それ故に―― 「――ならば我が鎖の地獄、掻い潜って見せよ駄犬共」 「フツおにぃちゃん、大丈夫?」 「おう、全然問題無いぜ。ただまあ――どうも声を届かせるのには失敗しちまったみたいだが」 凍り付き、足を止められた『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の居る地点は、 他のメンバーより凡そ10m後方である。その背に庇われた天使の少女。 『いつか出会う、大切な人の為に』アリステア・ショーゼット(BNE000313)共々、両者は後衛に相当する。 ただ、場所が場所である。周囲は鬱蒼と木々の茂った森。視線を通すには位置取りが極めて重要となる。 其処に来て、対面直後の“ジュデッカ”は前衛よりむしろ後衛に悪影響を及ぼしていた。 熱感知はそれその物が熱量を持つ樹木によって阻まれる。その上前衛もまた思い思いに動くのだ。 一端位置を把握していたとしても、戦闘中に見失えば認識の外に置かれてしまう。 フツとアリステアの居る地点からは守護騎士と、それと相対する者が見えない。 と言って、庇われ無傷だったアリステアを先行させるのは危険過ぎる決断だと言える。 「さあ、踊ろう?」 「オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛――――――!」 くぐもった声を上げ、猛り狂う黒い鎧の巨漢。その様は正に狂える戦場の王であろう。 振るわれた腕と鋼の様な爪を避け損ね、受け止めた天乃が木っ端か何かの如くに吹き飛ばされる。 膂力に優れると言われていたアザーバイド、鬼と比してもこれを凌駕する程の圧倒的かつ単純な“力”。 「大した化物っぷりじゃねぇか」 続けて『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)が狂王の前へ立ち塞がったか。 運命か、偶然か、僅差で狂王の方が手が早い。組み付かれたモノマが、けれど拳を振り上げる。 大きく、大きく。骨の軋み、折れていく音を聞きながら体内で荒れ狂う痛みを噛み潰す。 「上等だっ! 根競べと行こうぜ! 糞野郎ォ――!!」 叩き込まれるは黒鋼の護りを貫く鎧通しの一撃。打ち抜かれた体躯が撓んで軋む。 それはまるで大熊と相争う猟犬の如き光景だ。だが、その一撃は軽くない。生まれたのは一瞬ないし半刻の隙。 「いいね……面白い」 口元の血を拭った天乃が木々を足場に多角的に駆ける。その動きは変幻自在。 一人で包囲を為すかの様なフェイントを織り増ぜ放たれる気糸と気糸。網目を描くデッドリーギャロップ。 その一端が狂王に触れるや巨大な体躯を縛り上げる。例え如何なる暴力を以っても掛かった糸は解けない。 「私達は……良く似てる。もっと……戦おう」 楽しげに、毀れる命に酔う様に、狂える王の威容を仰ぎ、天乃の口元が嫣然と弧を描く。 響き合うのは2つの理想。 「お前の力は、俺の理想だ」 完全なる守りを纏い徹底して張り付くその男に、白い騎士は眼差しだけを向ける。 「なら、お前にとって、俺は何だ」 剣を抜く。盾を置き、両手で以って構える。庇うまでも無い。否、今はまだその時では無い、か。 それは騎士が己と対する者と戦う事を決めた、その意思表示。言葉は無い。だがその様が如実に語る。 「俺は、お前が貫けていない理想の残滓なんじゃないのか?」 その問に、だからこそ。応える言葉はあたかも独白の様に。 「全てを護る。こんな物は、人の抱く願いの領分を越えている。理想と呼べば聞こえが良い、だが夢物語だ。 あらゆる物に手を伸ばし、全てを取り落とす心算か? それによって、幾つの物を失くして来た」 交わった視線は、苛烈。火を灯す様な怒りの眼差し。 「幾つもだよ。幾つも溢して来た、幾つも護れなかった、それでも――」 「それでも全てに手を伸ばす。その結果が今お前に相対する俺だろう。全てを護ると言うなら、お前こそが最大の障害だ」 ――――故に。 『“俺”は“お前”を超えなきゃならない』 逆十字を描く一閃。思い、想う、その理想の重みを。爆ぜる様な音色を響かせて魔力で編まれた盾が軋む。 ●Since Ambivalent―相反する虚実― 「くそっ、出遅れた……!」 凍て付く氷の縛鎖から漸く逃れた『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の眼前では、 彼らが狙った通りの光景が展開されている。3者3様。 守護騎士を惹き付ける快に、縛鎖姫と対する椿、エルヴィン。そして狂王を引き付けるのは天乃とモノマ。 だが、その筈であるのに状況は明らかに不利である。当然だ、全体の大凡半数が一手遅れたのでは。 動く事が出来るメンバーに掛けられた負荷は半端な物では、無い。 「ジャックと、クイーンと、キング……ジョーカーの思い通りになるのは、流石に業腹ですね」 まるでポーカーの札の様にあしらえた戦場。けれど或いはこう言う事も出来るだろう。 ナイト、クイーン、キング。整えられたのは盤上であると。――であれば、彼。 『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の役割は白のルークと言った所か。 「狙撃手には、狙撃手の役割があります」 如何にも押し込まれつつある戦地、だが最も重石を載せられているのは間違いも無く狂王を止める2人だ。 けれど、未だ決定的ではない。であれば、彼の役割はこれを覆す事。 己が銃。千に一つを為す奇蹟を、矜持と誇りで以って万に一つに引き上げる。 「私たちの身を案じ、勝利を信じる『姫』の為に――」 札で言うならハートのA。駒で言うなら白の王。万華鏡の姫に応える為、狙撃手はトリガーを引く。 狂える王の体躯、突き刺さるは呪いの魔弾。狙い違わぬその一条は確かな手応えを持って成る。 「……私は、絶対に許さない」 其処へ、追撃の如く踏み込むのは止まった世界を抜け出した少女。 この場、この劇を愉悦と嗤う、その道化を追い続ける『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666) 幾度も。 そう、幾度もだ。彼女は見て来た。その男によって狂った喜劇に組み込まれた人々を。 無辜の、護るべき人々を手に掛けすらした。その痛みを嚥下して彼女は今此処に立っている。 「アレにたどり着くまで――何度でも」 何度でも、彼の道化の劇に幕を下ろして見せる。決意を込めて狂える王の剛腕に手を掛ける。 少女の細腕に宿るは雪崩の如き覇界の業。背負い投げの要領で、黒き巨人が地へと落とされる。 轟音一つ。その様を一瞥し、されど鎖の姫は動かない。 攻めの主力である狂王が、幾多のリベリスタ達に群がられている。 そんな事情はまるでどうでも良いと言わんばかりに。 いや――実情として、現在歯止めがまるで利いていないのは誰ならぬ彼女である。 「何じゃ、威勢が良いのは言葉だけかえ?」 愛と平和を銘に冠する椿の銃が放つ呪いの弾丸。 陰陽四神の加護をすら得た一撃は、されど対する女を掠めるに留まる。反応が早い。動きが軽い。 それも生半可ではない。この場で星龍に次いで高い命中を誇る椿の攻撃が完全な効果を発揮しない。 「冗談、今のは小手調べや!」 届かない、訳では有るまい。動きについて行けない程では無い。 椿の見立てで言えば、10撃てば2、3発は撃ち抜けるだろう。だが、確率的には心許ない事この上ない。 その上、厄介なのはむしろ―― 「下らん負け惜しみじゃ。主もそう想わぬか?」 「はっ……妙齢のお嬢さんからの言葉には出来るだけ同意を返したいのが本音だけどな。 依代さんの“絞りかす”じゃその気も失せるってもんだぜ」 ぴったりと、眼前に張り付かれたエルヴィンの額に汗が伝う。 視線を外す訳にも行かない。この場で賢者の石の所在を明確に知っているのはこの縛鎖姫だけだ。 踵を返されればギリギリのラインで保っている陣形が滅茶苦茶になる。 と言って、こうまでぴったり張り付かれれば邪魔な木々の存在も有り視界が十分確保出来ない。 (っ、対策が薄かったか……) 周囲に展開されるのはこの戦い何度目かの魔方陣。束縛を止める者、己の呪縛を受け付けぬ者。 そういう存在がこの場に居る事はやはり多かれ少なかれ『支配』の理想に影響を与えた。 だが、己の技が効かなければ“それ以外で相手を縛り付ければ良い” 然程難しい話では無い。己が存在で足を縛り、己が身で視界を縛り、そして己が“縛られぬ”事で自由を縛る。 鎖の支配者は止まらない。或いは――これを縛る事に専念したならば話は全く変わっていたのだろう。 慧架の大雪崩落で動きが鈍った狂王に、凍てつく拳が突き刺さる。 「君はどんな理想を夢見ていたんだ?」 罅割れた兜の一部。その向こうにちらと見えたのは彼と10も違わぬ風貌だった様に思う。 かつて欧州には『串刺し公』と呼ばれたリベリスタが居た。その名は恐らく畏怖であると同時に誉れだった筈だ。 であれば、例えばその当人が今この有り様を見たなら、果たしてどう思うだろう。拳を打ち込んだまま悠里は想う。 今となっては、もう。それを確かめる術すら無いけれど。けれどきっと。 「きっと、こんな未来は望んでなかったよね」 凍り付く。動きが止まる。回復を許さぬ星龍の弾丸がこれを更に後押しする。 ほぼ全力を傾けただけの事はある。リベリスタ達は紛れも無くこの時点まで、狂王をほぼ封殺し切っていた。 「理想ってのは目印みてぇな物だろ。理想に溺れるのも理想に敗れるのもそりゃ自分だけの問題だ」 ストイックに告げるモノマの一撃が更に追い打ちを掛け、黒い鎧を貫き通す。 至近で打ち合っていた彼の身はこの場の誰よりも痛んでいる。動く度に肺から血が込み上げる。 けれど在るのだ。彼にもまた、己を賭けるに足る信念が。 それは過去に誰かが抱いただろう理想であれ、過去の一点に縛られている様な代物に劣る想いではない。 「皆、大丈夫?」 「当然、余裕だ」 アリステアが奏でる癒しの歌声に、凄惨な様相でされど意地を張る。 モノマの無茶に、とても痛そうな仕草に、小さな天使はほんの少し眉を寄せる。 “私が出会った大切な人達が痛い思いをしないように” そう願い、その理想を果たす為にこの場に居る。彼女にとって、誰かが傷むだけでも怖い。 手が足りず、届かず、失われ逝く事は何より恐ろしい。だから必死になって声を上げる。唄を紡ぐ。 戦いは嫌い。争い事は苦手。本当は、とてもとても辛くて苦しくても。 「痛いのは全部治すよ! 皆で笑ってアークに帰ろうね!」 おまじないの様に声を上げた癒し手の少女。だが、世界と言うのは常にそうだ。 誰かの理想、誰かの想い、誰がの祈り、誰かの願い。その前に立ちはだかるのは、別の誰かの、それ。 「――それが主の夢幻か。であれば残念よの」 展開されたのは最初に見た魔法陣。全てを止める圧倒的なまでの氷の牢獄。 「くそっ、またか――!」 恐怖を払う十字の加護。漸く、全員が自由を取り戻した所だと言うのに。 常ながら穏やかなフツが思わず声を上げる。当然の如く、その射程圏には前に出ていた狂王が含まれる。 だが、氷、呪われ、止まった王等鎖の支配者にとってまるで歯牙に掛ける価値が無い。 オブジェであるなら“同じ事”だ。 「主ら全て、氷の獄下に封ぜられよ」 放たれる『絶対縛鎖』が、今一度、全てを――狂える王ごと――凍り付かせていく。 ●Dream and Reality―幻想と現実と― 最悪を止めるため、敢えて曲芸師の下に付く。それは、在り得る事の無い未来。 けれど、在り得たかもしれぬ未来だ。快は想う。眼前で対峙するその騎士の、苦悩の末の選択を。 全てを護るとは、きっとそう言う事だ。 「それでも――」 盾が罅割れ、体躯を打ち抜いたのは白く輝く十字の剣閃。それに応じ快の両手がナイフを握る。 「アイツを止めなきゃ、また大勢の人の夢が失われる! そんな事は分かってるんだろう!」 誰かが、止めなくてはならない。人を舞台に上げ戯れる、彼の狂ったピエロを。 今まで失われた人々の命。それ以上に、消えていった幾つもの想いを目の当たりにすれば、尚更に。 「俺の――“俺達”の力は誰かの夢を護る力じゃないのか!」 けれど己の葛藤をすら、誰かを護る為に斬り捨てられるとすれば。それはもう人間とは言い難い。 現象だ。鎖の姫と同様に、全てを護る為に己が全てを捧げる自動装置。 救いを必要とする者が居れば、限度無しにそれを許容し護り抜く。善も、悪も、清も濁も併せ呑む。 「――人が全てを護る事など出来はしない。誰しも自分を救えるのは自分だけだ」 全ての夢を、想いを護ると言う願いを突き詰めた“理想”たる現象は、それ故に誰も救う事は出来ない。 「誰かを護れば護られない者が生まれる。それでも尚、手の届く場所に在る者だけを護り続ければ、 手の届かなかった者達、護れなかった者達の想いは何処へ行く」 故に、彼は誰も救いを求める事が無い様に動いて来た。何かが起こる前にそれを事前に防ぐ。 何かが起きれば、誰も救えなくなると理解すればこそ。 「お前の――“俺達の”理想とはそう言う物だ。お前が誰かを護り抜く度零れ落ちた者達の失墜は深くなる。 そんな理想は破綻している! 己が手の届く者を救い続け、お前は神にでもなる心算か!」 打ち合わせる。剣とナイフ。その型すら良く似ていた。だが、その意志は決して相容れない。 否、相容れる筈も無いのだ。人に完璧が有り得ない以上は。理想と言うのは常に矛盾を孕む。 それを体現しようとすれば、その矛盾と対面せざるを得ない。 故に――理想の体現者が先ず打ち倒さなくてならないのは、“同じ理想を持つ者”に他ならない。 「この、分からず屋が!!」 守り刀に光を纏わせ、振るう刃は鋭く重い。それを幾度も受け尚揺ぎ無い。 確かに、理想なのだろう。快の想う理想的な“守護者”に相応しい頑健さである。 けれどだからこそ退けない。例え誰に劣ろうと――己の理想だけには、負けられない。 「……不味いですね」 計測する、その視線は精密機械のようである。星龍の呟きに眼を留めていた者は誰も居なかった。 だが他者の能力を計る力を持つ彼が、この場で最も戦況をはっきりと把握していた点に疑いは無い。 2手番に1度放たれ続ける“ジュデッカ”が、じわじわと戦場を侵蝕している。 その被害は快と守護騎士、そして術者たる縛鎖姫以外全てに等しく降り注いでいるが、 狂王の回避能力は高く、例え動きが止まる事は避け得ずとも痛撃を避ける事位は造作も無い。 その上、凍っている間も自動回復されるのだから面倒この上ない。 「負けない……私が、全部癒してみせるんだから!」 一方、リベリスタ達とて浄化の加護と回復とを厚く置く事でこれを良く凌いでいる。 だが、回避で他に一歩劣るアリステアと星龍の体力が露骨に削れて来ているのだ。 当然攻撃を一手に受け続けている狂王の体力もまた大幅に減じている。 けれど、それもまた先呟きに拍車を掛けていた。狂える王の束縛が、ぱらぱらと……ぱらぱらと毀れていく。 「気をつけて下さい」 集中を重ねる暇も無い。止めを刺したのは縛鎖姫だ。お世辞にも、好ましい流れとは言い難い。 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!!!!」 咆哮。暴走。黒い巨躯の筋肉が大きく隆起する。目に見えて分かる程の奇形的変化。 それをちらりと見た縛鎖姫がうっすら笑うのが、見えた。 「あれを放っておいても良いのかの」 エルヴィンへの問い掛けは、何処か戯れる様な色を滲ませて。 「良い趣味してるぜ」 「漸く気付いたのかえ?」 ころころと笑う仕草には愛らしさの欠片位は見て取れたか。 この期に及んでそんな事を過ぎらせるエルヴィンも大概ではある。だが、人は本質までは変えられない。 「ちぃっ、これがうちの理想とか嘘や! うちはこんな性格悪くあらへんし!」 歯噛みした椿がその射線を縛鎖姫から狂える王へと向け直す。 だが、この場で最も“速い”のは群を抜いて件の女。『支配』の理想の体現者に他ならない。 「は、わらわの前で余所見をする様な虚けが、わらわの生みの親じゃと言う方が有り得ぬわ」 中空より跳び出すは古い鎖。瞬く間に数を増す呪縛の奔流が檻を為し、椿の体躯を縛り上げる。 エルヴィンが即座にこれを解除するも、しかし椿が攻撃を放つタイミングは既に失われた後。 動き出すは黒い狂風。対するは軽妙写楽に木々の合間を舞い踊る天乃。 一撃を加えては距離を取り、再度足場を変えて斬りかかる。その様は自ら称するダンスの様に。 「っ……いいね……もっとやろう……!」 当然彼女とて無傷では無い。引き絞られ伸びる爪に体躯は一度貫かれ、何度も氷付けになっているのだから。 それでも、じわじわと迫る死は歓喜をこそ助長する。 間近からまるで動かず拳を叩き込む悠里やモノマ、慧架らとはまた異なった意味で、 彼女はかなりのリスクジャンキーである。それ故に、不満もある。狂王は間近の目に付いた者から攻撃を仕掛ける。 彼の眼には今、正面でこれを食い止めるモノマと慧架しか目に入っていない様だ。 戦いそのものを楽しむ彼女だが、これは頂けない。ダンスの相手に余所見をされるのは、余り嬉しくない。 だからそう。その無茶の理由はそんな物。 「このっ落ちなさい――!」 打ち込まれた大雪崩落。慧架の一撃に狂王の傷んだ体躯が更に壊れて行く。 暴走した以上あと少し――それを、油断と言えば油断だったのだろう。肩を掴まれ引き寄せられる。 不味いと思った瞬間には彼女の体躯は宙へ浮いていた。慧架が大きく眼を見開く。 叶うなら観察し、威力の程を測ろうとしていた。だが、これはもうそういう次元の膂力では無い。 望む望まざるとに関わらず、声無き悲鳴が喉より漏れる。 異音と共に、体中の骨がばらばらになったかの様な衝撃。いや、事実幾つかは折れている筈だ。 氷の地獄によって少なく無い傷を負っていたとは言え、残していた余力を根こそぎ奪われる。 節々より血が滴り、膝から崩れ落ちる。其処に――更に迫る狂王の影。 「――そこ……変わって」 降って沸いた声。突き飛ばされ、起き上がる。 瞬く視線の先で暴走する王に捕まっていたのは天乃である。何故に、前衛が前衛を庇ったのか。 追撃阻止、それは当然あるだろう。仲間を守る為、多少無いとも言い切れない。 だが、その大半は――そう。狂王に抱きしめられ壊れた音を上げながら、其処に浮かぶのは凄艶な喜びだ。 「ふ、ふふ……」 逸脱を。かつてとある道化が指摘した通りに、それは酷く歪んだ愉悦である。 彼女が何故リベリスタであるのか。それは恐らく、極々単純に巡り合わせ以外の何物でもなく。 「……最高、だね」 そう呟く少女と、黒い鋼を纏った巨漢。戦闘狂と、狂戦士。両者は確かに良く似通っており。 だからこそ、楽しげに、極々楽しげに、天乃は運命を削り立ち塞がる。 ダンスはまだ、終わらない。それが嬉しくてならないと。今宵のパートナーに手を伸ばす。 ●Come to a Rupture―一つの結末― 長い長いその舞踊は、けれどけっして永遠では無い。 元より、リベリスタ達の方針は一定し、一貫していた。その上で、余人がそれを妨げないならば。 為って成せぬ戦いでは無い。元より、実質7対1の戦いだ。 「ふむ……なかなかやるの」 片目を閉じてみせた縛鎖姫の視界の中で、フツとアリステアの癒しの唄が響き渡る。 奏でられる声は徐々に擦り切れつつあるも、彼らによる支えが無ければ戦況はより厳しい物となっていただろう。 「皆、効いてるよ! もうちょっと!!」 「傷はオレ達で癒し切る! やっちまえ――っ!」 森羅の業で身を癒す慧架に代わり、その言葉に応える様に狂王の眼前にモノマが踏み込む。 「これで――!」 どうだ、と言わんばかりに振り上げた拳。だが、邪魔はそんなタイミングにこそ入る。 「止まれ」 編まれた鎖の檻がモノマの四肢を縛り付ける。石になったかのように全身全てが動かない。 何が邪魔をしたのか、言うまでも無い。狂った王が間近に迫ったモノマを抱え上げる。 その光景を、誰もがただ見ていた訳ではない。だが如何せん。 後背に回っていた悠里や、一歩下がっていた慧架にはその前動作を阻む余地が無かった。 守りも抵抗も何もかも圧縮し捻り潰す様なベアハッグ。終死の名を持つ一撃にモノマの体躯が大きく撓む。 「が――ッ」 漏れる呼気、毀れる鮮血、軋んで爆ぜる硬い物を念入りに捻って行く様な異音。地に落とされれば動けない。 その様をつい目の当たりにしてしまったアリステアと、視線が合う。血走って濁った瞳。 重圧すら感じられる、暴虐の権化。 「――っ」 そんな一撃、受ければどうなるか。痛いのは嫌いだ、だがそれ以上に。 はっきりと死の気配を感じて血の気が引く。青褪めた彼女をフツがその背に隠し立ち塞がる。 「こっちだ」 けれど、掛けられた声は安全圏である筈の狂王の後ろ。ぐるりと、狂王がその向きを変える。 「君の見る悪夢は、ここで終わらせる……僕が、相手だ!」 回避に長ける悠里はこの場の前衛では最も傷が少ない。だが、そんな彼で在っても見た以上は分かっていた。 掴まれば、為す術も無く砕かれる。守り等まるで意味を持つまい。 彼は決して勇猛果敢ではない。出来得るなら、静かに縁側でお茶でも嗜んでいたいタイプだ。 けれど同時に、分かってもいた。人は、退けない場面がある。退いてはならない瞬間がある。 右の拳と左の拳を打ちつける。剛腕が迫る。けれど、ならばそう。此処が境界線だ。 勇気と、仲間。その背をもう一つ押すのは最愛の女性との約束か。 引かれたボーダーラインから下がる事無く、むしろ踏み込む。目測を誤った狂王の腕を拳で捌く。 体躯に触れただけで肩の筋肉が引き千切れる程の衝撃を受ける。だが、握った拳は止まらない。 「勝たなきゃいけない――絶対に」 全力で引き絞った拳が、暴虐の狂風へカウンターを為す。 「――人の幸せを、護る為に!」 打ち込まれた土砕掌。狂王の体躯に沈み込んだ拳。一歩、狂った王が後ろへ下がる。 「――……まだだ」 その、下がった場所に、彼が居た。ぼろぼろに、壊れ果てた四肢を引き摺って。 煌々と燃える篝火の如くに、運命を燃やし立ち上がる。 「……まだだ、つってんだよ」 血塗れだ。並の人間であれば、例え革醒者で有っても致命傷になり得る衝撃をその身で受け。 では何が彼を立たせるか。何が彼に拳を握らせるか。そんな物――決まり切っている。 「こんなただの暴力で。気の入ってねぇ一発で――」 付喪モノマは信念と誇りを重んじる。意地と意気の籠った拳には敬意すら感じよう。 それを青臭いと言われようと、感傷だと貶されようと、彼にとってそんな事はまるで関係が無い。 であれば、如何に優れた暴力で有ろうと、圧倒的なまでの暴虐であろうと、同じことだ。 想いの注がれぬ力に付く膝も無ければ、人一人磨り潰せそうな一撃“如き”で倒れてやれる道理も無い。 「――こんなもんじゃ、俺を折る事なんざ出来ねぇつってんだよっ!!」 振るわれた拳。打ち込まれた一撃に込められた力は狂王のそれの半分にすら満たない。 全てを一人で打ち砕く事等出来ない、王と称されるほどの絶対性も無い。 けれど、その拳の重みは誰恥じる事なく、この場の誰にも負けなどする物か。。 打ち据えられた狂王の動きが――止まる。 「――其処までだ」 けれどもう、あとほんの一押し。そこに掛けられたのは、声。 誰もが視界の外に置いていた。誰もがそれを意識していなかった。 だからこそ。その戦いは誰もの認識の外で行われ、誰もの認識の外で決着した。 打ち込まれる一撃は重く。 光を帯びた聖なる刃は確かに、白く輝くその鎧に幾つもの傷跡を残した。 「護りたい。それは、誰もが抱く理想(ユメ)だろう」 けれど、届かない。地に塗れ、血に塗れ、命を尽くし、意地を賭し、己自身の理想と――彼は相対した。 「一人じゃ、届かない。分かってるさ、そんな事は。 俺は神になんかなれない。ただの、人だ。英雄になりきれない、ただの、ちっぽけな人間だ」 其処に、一切の躊躇も、手抜きも、油断も無い。誰に言われるまでも無く。 彼にとって、その『理想』が超えなければならない壁であった様に。 その『理想』にとって、彼は看過してはならない存在であったのだから。 「だったら――俺は幾つもの、理想を束ねてやる。一人で届かないなら……仲間と手を取り合う!」 満身創痍。ふらつく足元は既に地面を認知していない。 身体中から流れ落ちた血液は既に致死量に達そうかと言う程。意識を保ち、武器を携えている事こそが奇蹟。 だからそう。そこが限界だった。振り下ろされた剣閃を受け、快が遂に身を倒す。 「言いたい事は、それで終わりか」 全てを許容し、全てを護り、全てを救う。その困難を、より多くを束ね為すと言う。 それならば、未だ神になるとでも言われた方が良かった。理想を通り越し、それは既に妄念だ。 「ならその理想によって苛まれる、全ての痛みを抱いて逝け」 だが、であるなら。 「……だから、お前の理想も貸してくれ」 で、あるならば。何故その剣の切っ先は、その己の映し身を斬る事が出来ないでいるのか。 「頼む」 「――――――」 だからこそ――それは。必然の結末。 ●Beyond Dream and Ideal―理想の在処― 「……こんな事は言いたくない。だけど、命が惜しいなら此処で退いてくれないか」 剣先を向けられた快を前に、リベリスタ達の動きが止まる。 狂える王を仕留める、その寸前。動けない。動けはしない。幸か不幸か、この場の誰一人として。 仲間の命を無視してまで彼らを仕留めようとする者は居なかった。それを確認し、白い騎士が息を吐く。 「……護らせて欲しい」 声を上げたのは、悠里。言わなければならない言葉があった。 伝えなければ為らない意志があった。それは奇しくも、倒れ、動かない、一人の男と同じ言葉で。 「僕らは、強くなんかない。臆病で、みっともなくて、何時だって何度だって失敗する」 快へと突きつけた剣は揺るがない。だが、それを静止する事も無い。騎士はただその言葉へ耳を傾ける。 「誰もが君や、快みたいに強い心を持っている訳じゃない。それでも、守りたいって気持ちなら負けない」 1人では、足りなかった。鏡の言葉では彼は動かない。 「守りたいんだ、どうしても」 2人でも、足りない。束ねるのに、対では到底。 「――お前さんは、本当にそれで良いのか?」 だから、彼らがその最後の背を押す。真っ直ぐに男を見るフツの言葉に、白い騎士が瞬く。 「貴方がアレを止められたと思っていても、アレはそれすら、喜劇の一幕程度に思っているはず」 慧架が後を継ぐ。誰よりも、何よりも、彼女はその道化の悪辣さを思い知っている。 「奴のシナリオに反してこそ意味があるんじゃないでしょうか」 騎士は動かない。否、動けない。その内には葛藤がある。 全てを、割り切れている訳では無いのだ。人の理想である以上、人を捨て切る事は出来ないのだから。 「オレ達に協力してくれ。お前さんと戦うつもりはない!」 ――その言葉に、剣の切っ先が揺れる。 それを、その隙を。例え誰が見逃そうと―『狙撃手』は、見逃さない。 「……私には、私のすべき事がある」 星龍の手より放たれた魔弾は僅かの誤差も無く、狂王の額を完全な形で貫き爆ぜる。 後頭部より吹き出した血飛沫。徐々に徐々に、萎み行く体躯。それが、最後の一押し。 「――ふ、ははははは」 笑いが漏れる。その様を見ていた鎖の姫。声音はからりと、いっそ晴れがましいほどに。 「他愛無いのう、騎士の。見事絡め取られたではないか。無様、いっそ滑稽よ」 「な――!」 余りと言えば余りの物言いに椿がいきり立つ。が、それを眺める縛鎖の姫の語は手酷く辛辣だ。 「事実じゃろう。この上逆上し人質を取って勝ちを盗むか? はっ、馬鹿馬鹿しい」 気位が高く、気高い。それは場合によっては短慮にも繋がろう。が―― 「わらわは興が削がれた。やりたいならば後は好きにやるが良い」 それは同時に、己が貴さ“誉れ”に敏感と言う意味でもある。であれば、事此処に到って勝ち負けも無い。 あっさりと踵を返す彼女を、留めようとする者は居ない。 「逃げるんか!」 「せめてわらわに一矢なりと報いてから吼えるのじゃな、駄犬」 例えそれが相対する敵であろうと、殆ど十全の状態の縛鎖姫と相対する程の余力は場の誰にも無い。 悔しげに歯噛みする椿に、悠々と姿を消す縛鎖姫。 すれ違ったエルヴィンに意味有りげに微笑むも、けれど彼もまた動く事は無い。 「またの」 「出来れば、今度は普通に逢いたいもんだ」 これじゃナンパ師失格か、と自嘲するも。毀れ出た本音に偽りはなく。 残された守護騎士はそれを眺め、周囲を見回し、嘆息と共に剣を鞘へと収め直す。 最後に彼が残され、最後に彼が残った時点で。全ては決まったと言って良かった。 「……どうする?」 続けるか、否か。けれど、誰一人として続きを求める者は無い。 そして、彼の騎士もまた。一つの楔が外れた事を、誰が言うともなく気付いていた。 地に伏す『狂王』と呼ばれたそれへと視線を落とし、彼は小さく頭を振る。 「分かった。この場は、君達の勝ちだ」 悠里の、フツの、慧架の瞳に僅か喜色が過ぎる。だが、それは全てが丸く収まったと言う訳では、決してない。 「けれど、次はこうはいかない」 それは忠告か、或いは――意思表示か。 確かに、万華鏡の姫も言っていた筈だ。この場での勝利は、一つの結末を以って成る物ではないと。 「――忘れない事だ。俺は、君達の仲間じゃ、無い」 告げて、返る。その様は、けれど何処までも、何処までも。守護を任ずる彼らの戦友と似て。 迷い足掻き抗うが故に、守護の『理想』はただ独り其処に在る。 であれば、誰とも無く理解していた。白き守護者、鎖の魔姫。これで終わりは決してしない。 再度の対峙は――それ程遠くない未来である事を。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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