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とおいものを、とどかぬものを


 ――お願いです。
 彼女を笑顔に、してください。
 殺戮に奪われた彼女に。
 殺戮で奪われた彼女に。
 失ったものに足る何かを、与えてください。
 楽しみでも構いません。
 憎しみでも構いません。
 古いものも、新しいものも、善いものも、悪いものも。
 何であろうと、構いません。
 私の願いは、唯一つ。

 彼女を笑顔に、してください。


「……これが、メッセージ」
 ブリーフィングルームにて。
 その日、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、何とも言えぬ難しい表情で、リベリスタ達に一枚の手紙を見せていた。
「この手紙と一緒に、ある少女が三高平市の某所で発見された。今は、アーク本部の管理下に置いてはいるけど――」
 言うと共に、イヴが手元の端末を操作して、モニターに一つの映像を映し出す。
 恐らくはアーク側が与えたものであろう。白い長袖と、暖色で染められたロングスカートのみの少女は、その見た目からして十代の半ば頃に思える。
 面持ち一つ無い彼女が、僅か、その人間性を残すのは、灰色の髪と、茶の瞳のみ。
 整った小顔は東洋系のそれではあるが、かといって、其処に意味があるかと言えば、まるで無いと言って良い。
 真に、真に彼らが注視したのは、彼女の姿。
 食事を与えられる。
 動作を求められる。
 質問を投げられる。
 返される答えは、ただ、二つだけ。

 ――はい。/すみません。

 応えるか。頭を振るか。二極化された応答。
 唯、命令に従う機械のように、少女は『動作』し続ける。
 そうでないときは、じっと、与えられた部屋の与えられた椅子に、座り続けるだけ。
 眠ること、それすら誰かの言葉によって命じないとそうしない。
「……みんなには、彼女の相手をお願いしたい」
「何?」
 訝しむリベリスタ。
 無理もないと言えば、そうなのだろう。
 与えられた異能を十全に振るう事を今の生業とする彼らにとって、只の一般人の少女の相手をする、と言うことは、少しばかり彼ら本来の役割から逸脱したものではないのだろうか。そう思うことは当然だ。
 イヴも、その反応に頷きを返し、言葉を返す。
「一応、理由はある。彼女が何故こうなったか、彼女を三高平に寄越した人物とは誰か、彼女自身に秘められた秘密があるのか……そうした質問に、彼女は何も答えない。
 もし万一の事があった場合の為、直ぐに対処できる貴方達がその場にいれば最悪の事態は避けられる」
「……」
「けれど、ね」
 ふうと息を吐いたイヴは、モニターに映る少女に視線をやりながら、言葉を続けた。
「何のことはない。唯、私は彼女に笑顔を取り戻して欲しいだけ。
 幾多の被害者と言葉を交わして、或いはその心を救ってきた貴方達なら、そうできると信じてる。だから、私はこの『お願い』をするの」
「……つまり、この依頼を持ちかけたのはアークじゃなく?」
「アークよ。『そうなるようにした』から」
 すました顔で、刹那だけ、笑顔を見せた予見の少女。
 『万華鏡』の核、天才的フォーチュナ――数多くの呼び名を持とうと、それが十を過ぎただけの少女であることも、また事実。
 持って生まれた力と地位で、少しばかりの悪戯をした彼女に、リベリスタは苦笑を浮かべた。
「どうか、どうか、おねがいね。
 私が、みんなに望むことは、唯一つ」

 ――あの子を笑顔に、してください。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田辺正彦  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年07月19日(木)22:58
STの田辺です。
以下、シナリオ詳細。

目的:
『少女』を笑顔にすること

場所:
アークの職員用に用意されたマンションの一室。
そこそこに環境は整っており、中堅どころのホテルの設備程度は用意されております。
時間帯は自由。持ち込みは幾らでも可能ですが、一般人に被害がある場合を考え、外に連れ出すことは出来ません。

対象:
『少女』
三高平市にて保護された少女です。
素性、目的、一切不明。
与えられた命令は、可能なことであれば何であろうと行います。
アーク職員(一般人)からの質問に対しては、全て否定の答えを返したため、彼女について解っていることは何もありません。

その他:
戦闘スキルは使用不可能ですが、非戦スキル、機械化、獣化部分を見せるなど、神秘を見せることは一時間限定でOKとの許可を得ています。(=神秘による知識がなかった場合、<記憶操作>を行うため)
あくまでも、三高平に居た理由等を聞くことは優先順位の二番目。
本来の目的は、彼女を笑顔にすること。その人間性を回復させることが第一となります。



それでは、参加をお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
砦ヶ崎 玖子(BNE000957)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
覇界闘士
李 腕鍛(BNE002775)
ソードミラージュ
明神 春音(BNE003343)
ホーリーメイガス
ブランシュ・ネージュ(BNE003399)
ダークナイト
一ノ瀬 すばる(BNE003641)
ダークナイト
一ノ瀬 あきら(BNE003715)
ソードミラージュ
エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)


 七月。
 陽光の日差しは尚強まり、僅かの間でも留まる者は汗ばむ季節。
 アークの送迎車から降りた一同は、少女の住まうマンションへの僅かな距離を歩いている。
 その、最中。
「けったいな手紙やな。手段はかまわへんから笑って欲しいか」
 一ノ瀬 あきら(BNE003715)は、件の手紙の文面を思い返していた。
 理由も無く置き去りにされた少女。
 次いで、手紙。
「笑顔にして下さい」とだけ書かれたそれは、確かに奇異なる手紙ではあった。
「只の少女にアークが関与するという事は、きっと何か特別な理由が含まれているのでしょう」
 『白の祝福』ブランシュ・ネージュ(BNE003399)の言葉は緊迫している。
 ……ああ、けれど、その張りつめた面持ちの理由は。
(人を笑顔にする事は、簡単なようで実は何よりも難しい事……)
 戦場に慣れ親しんだ彼らにとって、違う意味での『戦い』。
 刃と共に交わす言葉ではない。日常という宝石に隠すコトバは、彼らにとって寧ろ難しさを思わせる。
「笑顔って、自分では意識してやってるもんちゃうしな。
 難しい、けど――女の子は笑ってるのが一番やと思うんや」
 頑張るで。と笑顔を見せたのは一ノ瀬 すばる(BNE003641)。
 何のことはない。彼らの抱く不安は、つまり奮起の裏返しと言うだけのこと。
「彼女の謎より彼女の笑顔をみんなが願ってる……その事実だけで十分じゃないかな☆」
「うん。私には、彼女が何を思ってるか、知るすべもなくて、何ができるかも分からないけれど。
 でも、女の子には、笑って欲しいの。楽しく。明るく。」
 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が、『幻狼』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)が、それぞれ違った種類の笑顔を浮かべた。
「仕事にかこつけて女性と触れあえるチャンスでござるよ!
 なんせ仕事は女性を笑わせることなんでござるから、楽しくしないとでござるな!」
 ――些か、皆を苦笑させる。『女好き』李 腕鍛(BNE002775)も、また。
 笑顔。
 笑顔。
 笑顔だ。
 穏やかなココロの証。穏やかにさせるココロのまじない。
「笑顔は伝染するよ」と言った終の言葉。
 それを証明するように、一同が浮かべる表情に、無理をする体は見られない。
 ……だから、こそだ。

「おねえちゃん。どうして、そんなに、からっぽなの?」

 ――『明神末』明神 春音(BNE003343)の言葉は、皆を痛い程の沈黙にさせる。
 酸いも、甘いも、此の世界には在ると。
 大人達はそう言った。それを否定するように、此度の彼女は在った。
 喜びも、悲しみも、感じられないこと。
 それは人形と同義だ。居ることに、在ることに意味はない。
「理由がわからないと解決は難しいっていうのは春ちゃんでもわかるよ」
「……だが、そのヒントを、彼女は教えてくれない」
 問われた言葉に誰よりも早く返したのは、少し大きめの紙袋を携える『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)だった。
 年齢に似合わぬ、冷気すら漂う気配は彼の彼たる側面だ。
「どこまでの事が出来るかは分からない、だが、それでも、少女の笑顔を取り戻す為に全力を尽くそう。
 それに……」
「?」
「……いや、何でもない」
『覚めた』雰囲気の彼をして、友好的な気を発する春音には思わず本音が出そうになってしまった。
 ――少女が浮かべる可愛らしい笑顔。それを見る以上の理由は必要ない、等と。
「……と、此処でござるか?」
 歩を進める内に、皆は既にマンションの中へと入っていた。
 腕鍛が指したのは、アークの資料に書かれている少女の一室の番号。

 一瞬の沈黙。
 次いで、誰かがカギを回す。
 手入れが届いているのだろう。音もなく開いたドアの向こうには、
 何もない一室に、椅子に座る、少女の姿が、在った。


 自己紹介の時間は慌ただしかった。
「こんにちわぁ、一ノ瀬すばる、やで。あ、なまりわかりにくいかな?
 こっちのあきらとは従姉弟やねん。騒がしいやつやけど、おったらあきへんと思うで」
「ちょお! すばる、俺の自己紹介奪わんといてや! 第一俺はそんな騒がしくねーですやーん!
 ……あ、俺は一ノ瀬あきら。親しみを込めてあーちゃんって呼んでもえぇんやで? いえ、呼んで下さいお願いします!」
 すばる、あきらのいきなりな自己紹介を、少女はじっと眺めている。
 ほんの数分前は音もない空間が、こうまで騒がしくなったのだ。
 唯、見るだけの少女の頭にとんと手を置いたのは、エルヴィンだった。
「騒がしいか?」
「……」
 ゆるゆると、首を振って否定する少女。
 そうか、と言ったエルヴィンは、髪越しに確かな温度を伝える掌に安堵する。
「俺は、エルヴィン・シュレディンガーだ、よろしくな」
 言って、彼は持っていた紙袋から、麦わら帽子を取り出した。
 試しに被せてみれば、ほんの少し、合わないサイズ。
 苦笑混じりに、顎紐を軽く締め、その位置を固定してやった。
「これからの季節は一層暑くなるだろうからな。……何だ、窓も開けてないのか」
 暑かっただろう。と言って近くの窓を開けていく彼へ、視線を追わせる少女。
 玖子は、その傍らに近づき、ぺたんと座り込んだ。
 気づき、視線を変える少女。
「こんにちは」
「……はい」
 挨拶と、相槌。
 それすら落胆を見せぬ玖子は、驚かさぬようゆったりと、彼女の手を取る。
 少女もまた、それを拒まない。発する穏静の気がそうさせるのか。
 強張りを無くした手は、暖かく、柔らかかった。
 ――と。
「皆さん、準備が出来ました。エミちゃんも一緒に、エプロンを着て貰って良いですか?」
 台所の方から、ひょこ、とブランシュが顔を出す。
 三々五々に応える声。解らないのは唯一人、件の少女のみ。
「あ、ゴメン。エミちゃんには言ってなかったね。一緒に料理しようと思ってさ」
「……」
 ブランシュと共に、台所から向かってきたのは終だった。
 エプロンを身につけた彼は、忘と自身を見つめる少女ににこりと問う。
「料理は、嫌い?」
「……」
 再度、首を振る。
 そっか、と言った彼は、其処で思い出したように自分の荷物を開け始め、其処から色とりどりの花束を差し出した。
「お土産☆ エミちゃんは何色が好き?」
「……、あ、の」
 忙しなく視線を動かし続ける少女が、其処で、言葉を発する。
 絞り出すような、
 震える、声で。
「……エミちゃん、と、言う、のは……」
「……貴女のお名前です」
 答えたのは、ブランシュ。
 刹那。僅かに光を点した瞳を、皆は見逃さない。
 終は、自分が選んだ一本を、彼女が付けたままの麦わら帽子に差して、言う。
「お名前を教えて欲しいけど言いたく無いんだよね?」
「……すみません」
「謝らなくて良いよ」
 項垂れた彼女を優しく宥めて、終は言葉を続ける。
「だから、仮の名前で、エミちゃん。
 オレの事も良かったら終って呼んでね☆」

 ――その名前に願いを込めて、と。
 ココロの中で、呟きながら。


 ――そうして始まる、準備と本番。
「出来れば裸エプロンとか」と言い出した腕鍛をエルヴィンが無言の圧力で黙らせた一幕もあったものの、おおむね順調に、時間は進んでいく。
「それじゃ、先ずはクッキー作ろか」
 すばるが言うと共に、ブランシュと他の面々もそれに従う。
 造る行程で冷蔵庫等に寝かせる作業がほぼ必要になるクッキーを先に作り、それを待っている間にパンケーキを作るという一同の意見である。
「ええと、バターと、砂糖と、卵黄と……?」
 誰にでも出来るように、なるべく簡単なレシピにしておいたのだが、此処で春音が卵を片手に困惑の表情を浮かべる。
 取り出し方が解らないのは直ぐに解った。すばるがエッグセパレータを持ってくる――よりも早く。
「……」
 かしゃ、と。
 少女が、掌の中で卵を割る。
 少し開いた指の隙間から卵黄を取り出して、ボウルに入れる姿を見て、春音は目を見開いていた。
「お姉ちゃん、すごいね!」
「……」
 困ったような表情を浮かべる少女に、すばるも笑顔で声を掛ける。
「上手いんやね」
「……」
「作ったこと、有るん?」
「……少し、だけ」
 ぽそぽそと、それでも言葉を作る少女は、少なくとも、人形には見えなかった。

 対し、パンケーキの方は少女も慣れていないのか、此方は全員との共同作業となった。
 終と玖子が細々とした作業の傍らで、少女を呼んでは手伝って貰う、と言うスタンスが主となっており、他の面々はその間に皿やお茶の用意などを始めている。
「あ、エミちゃん。パンケーキひっくり返すのやってみる?」
 言って、笑顔でパンケーキを焼いているフライパンを指差す終。
 若干おぼろな手つきで持ち手を握り、調理へらでそっとパンケーキをひっくり返そうとする彼女であったが。
「ぁ……!」
 恐る恐ると言った動きのために、勢いが足りなさすぎた。
 ひっくり返す中程でぐちゃりと折れ、不格好な半月状になったパンケーキを前に、少女は萎縮することしかできない。
「……あの、すいませ……!」
 ――と、言い終えるよりも早く。

 瞬間。台所の片隅で、ぼふん、と小さな白煙が出来た。

「……!?」
「ってえ、何やっとんのやアンタら!」
 怒ると言うより、呆れを多く含んだすばるの声の行き先は――破けた薄力粉の袋の端をそれぞれ握る、腕鍛とあきらの姿。
「いや、拙者達も試しに作ってみようとしたら、あきら殿が……!」
「李さんもう一つめ作り始めてるやん! 俺まだ一つも作って無いんやから!」
「……言い訳は向こうで聞こうか」
 顔も服も殆ど真っ白な二人の頭を、がし、と掴むのはエルヴィンの姿。
 彼も彼で何らかの作業をしていたのだろうが、居た場所が悪かったらしく、服の左半分が真っ白に染まっている。
 悲鳴を上げながらずりずりと引きずられていく二人が、自身の後ろに立つ終に、小さなウインクを送った事に、彼女は気づかなかった。
 ぱちくりと驚いた顔で二人を見送った少女に近づいたのは、玖子。
「薄力粉は……うん、未だ残ってるね。もう一つ、作ってみようか」
「……え」
「今度は、この子達も一緒に、ね」
 言うと同時に、玖子の手のひらから、ぽう、と小さな小人達が出てきた。
 真っ白なエプロンと三角巾。分厚いミトンをした者や、小さなボウルと泡立て器を持った者など、沢山の小人達が出てくるのを見て、少女は言葉も出てこない。
「作る時は、一緒に。焼くコツは、火加減と、気泡が弾けない内にひっくり返したり、かな?」
「……は、い」
 玖子の指導を受けながら、今度は少しだけしっかりした手つきでパンケーキ作りを進めていく少女。
 それを、見て。
「料理は、楽しい?」
 ――ぴたり。その言葉に、止まる手。
 過ぎた時間は数秒もない。言いたくないなら、と玖子が言いかけた、その前に。

「……。はい」

 少女は、穏やかな声音で、答える。
 その表情は、変わらぬ侭に。


 幾らかの時間が過ぎた後。
 其処には先ほど調理し終えたクッキー、パンケーキの他に……エルヴィンが道具を見つけて作ったかき氷、春音の持ってきた、母と彼女で作ったお弁当も一緒だった。
 時刻は昼を少し過ぎた頃。丁度良いので、お弁当をみんなで少しずつ分け合った後、食後のお茶にしようという意見が固まったのだ。
「……すいません」
 手伝いもしたものの、どちらかというと彼女は相伴にあずかった割合が大きい。
 それに詫びをしたのだろうが――それを聞いた春音は、むうっとふくれた表情でその言葉を聞きとがめた。
「おねえちゃん、どうしてそんなにあやまっているの?」
「……、」
「春ちゃんね、すいませんなんて、聞きたくてきたんじゃないんだ。
 あのね、他の言葉を聴きたいな……?」
 ――浮かべる表情は、困惑。
 些かの逡巡、惑いの後に、少女は言う。
「……有難う、御座います」
「! うん!」

「あ、これエミちゃんが作ったやつやな」
「……。はい」
 簡素な動物の形をしたクッキーを片手に、すばるが微笑んだ。
「聞きたいんやけど、型どりの時、動物のものばっかり選んでたよな? あれって、理由とか有るん?」
「……」
 少女は、視線を眼前に向ける。
 テーブルを挟んだ先には、出来損なった彼女のパンケーキを美味しそうに頬張る腕鍛。
 メープルシロップや、アイスなど。様々なトッピングを試してはパンケーキを少しずつ、贅沢に味わう彼を見て、少女は言う。
「……生きているから、でしょうか」
「……そっか」
 すばるが、少女の頭にぽんと手を置く。
 きょとんとした顔の少女に、すばるは人懐っこく笑った。
「さっきやり忘れてたけど、上手くできたから、ね。……嫌い?」
「……いえ」
 目を閉じ、撫でられる彼女の顔は、少しだけ、満足そうに見えた。

「エミちゃん、髪の毛綺麗やな」
「――っ」
 唐突に。
 声を掛けたあきらに、少女はびくんと身震いした。
 ……いや。
(……?)
 それを聞かれることを、恐れている。
 そういう風に見えた少女の怯えを、けれど、彼は気づかない振りをして。
「俺の髪な、一度死にかけた時にストレスかなんかでこんな風になったんや」
「……え」
「エミちゃんのは生まれつきの色なんかな?」
「……」
 誰よりも特に明るかった彼を。
 なのに、死を、平然と語る彼を、少女は忘我して、見つめている。
「そのうち話したくなったら教えてな」
 それだけを言って、彼は、再び少女の元を去る。
 それを、
「……。あの」
「ん?」
「……いえ」
 手を伸ばし掛けて、彼女は、止めた。


 少し、早かったお茶会。
 賑やかな会話を、小さな昔話を、思い出を残す記念撮影も終えて。
 けれど、終わりの時間は、近づいているのだ。

「どうだった?」
「……」
 全てが終わった、その後に。
 皆が帰りの支度を始める頃、終は笑顔で少女に問う。
「楽しめたかな」
「……はい」
 そう言って、けれど。
 少女の表情は、変わらない。
「そっか。なら、良かった」
 だが、終はそれにも落ち込まなかった。
 それを見て、寧ろ、問うたのは少女の側。
「……聞かないんですか」
「ん?」
「何で、笑わないのか」
 うん、と応えた彼は、次いでベランダの向こうをちらと見ながら、言う。
「今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日も来るよ」
「……」
「君が笑顔を取り戻すまで、出来たら君に笑顔が戻ってからも。……だから、ねえ、エミちゃん」
 終は、意図もなく手を差し出す。
 握手の形。友情の形を示すそれを、
「オレ達と友達になってくれませんか?」
 言葉と、共に。
 ……沈思する少女。
 僅か、固まる時間と、二人。
 無機質な色を、八人で塗り潰したセカイが為か。
 少女は、その手を、握り返す。

 去り際。彼らは「さよなら」を言わなかった。
 代わりに告げた言葉は、「またね」。
 離別をよりも、再会を。
 それが、言葉を交わさずとも、彼らが決めた、答えだった。
「例え貴女が何者だろうとも、自ら話さない限りは聞きません。
 私に出来るのは、少しでも長く側に寄り添ってあげる事くらい。決して一人じゃないと、解って貰うことだけです」
 祈るように。
 ブランシュは、彼女の手を取って、言った。
「今日という日が貴女の新たな一日となりますように……」
「……」
 少女は、唯、それを見つめている。
「……それと、これ」
 ブランシュが取り出したのは、夏用の薄手の洋服と、細部にデザインを施したパジャマであった。
「ほほう! それはそれは、是非とも見てみたいでござるな!」
 うんうんと期待の表情で少女を見る腕鍛。それを見て、困り顔のブランシュ。
「……ええと、その、パジャマと一緒に着替える方が手間も減りますし、夜になってから試しに着てみてください」
「……!」
 瞬時、絶望の表情を浮かべた腕鍛を見て、一同から笑いが零れる。
 最後まで、賑やかな面々を見て、少女は、
「……ありがとう、ございます」
 すっと、頭を下げ、
 少女が、言う。
「嬉しかったです。楽しかったです。とてもとても、喜んで、居ます」
 語る言葉は、救世者達にとって、希望のそれ。
 浮かべる表情が、無貌のままで無いのなら。
 けれど。
「……だから、ごめんなさい」
 少女は、言う。

「解りません、作れないんです。嬉しいという笑顔の、浮かべ方が」

 ひとすじの、なみだを、こぼしながら。
 ……静まる、セカイ。
 玄関。部屋の外と内、リベリスタと少女の境界線。
 それを最初に破ったのは、春音。
 怪訝な表情を浮かべる仲間達にも構わず、彼女は少女の両頬に手を当てて。
 ――むに、と引っ張った。
「!?」
「ちょ……っと……」
 エルヴィンが、終が、皆が皆が狼狽した。
 それすら、何とでもないことのように。
「お姉ちゃん、春ちゃん、おともだち」
「……」
「みんなも、お姉ちゃんのおともだちだよ。
 うまく笑えなくてもね。元気になってくれたら、楽しい、って、思ってくれたら、春ちゃんたち、とっても嬉しいな」
 ――引っ張って。
 歪めた、頬は、笑顔を形作っている。
 不器用だけど。
 自分では、出来ないけれど。
 それは、確かに、
 彼女が望んだ、笑顔だった。

 ――有難うございます、と。また一つ。
 流れ続ける涙。
 願い、作られた笑顔を前にして、リベリスタ達も、小さく笑む。

 熱を孕んだ七月の日。
 救世者は、一人の少女のセカイを救った。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
田辺です。相談お疲れ様でした。
ちょこちょこ危ういラインが在りましたが、問題のない範囲と判断して成功に。
一つだけ言わせていただきますと、本依頼の形式上、常時展開型の神秘(獣化、機械化部分等)は幻視でなくとも隠蔽手段がかなり重要です。交流できる時間が否応なく一時間のみに限定されてしまうので。
今回はカバーできる範囲(つけ耳、つけ尻尾等)だったのでOKでした。

それと、一応気になっていると思いますので言わせていただきますと、超幻影による小人に関しては記憶保持で構わないという結論が出ました。理由はいずれ明らかになるかも知れません。

次回以降も、皆さんの相談、プレイングに期待しております。
本シナリオのご参加、本当に有難う御座いました。