● ちいさなからだ、かたかたなって。 ふるえて、おびえて。 たいせつなものをにぎりしめ、わたしはただ、りょうてににぎる、とけいをみる。 かちかち。かちかち。 ちいさなちいさなおとをたてて、はりがまわる。くるりくるりと。 こどものような、ちいさなりょうてで、わたしはとけいをだきしめる。 ――だいじょうぶだよ。 といきのような、ちいさなこえで。 わたしはつぶやく。なみだをぽろり、こぼしながら。 ――わすれないよ。だいすきだよ。ずっとずっと、あなたを、あなたを、 たえまなく。とぎれなく。 ことばをつづけて、そうしなければ、わたしはわたしを、すててしまいそうだったから。 それでも、いつしか、おわりのじかんはちかづいてくる。 かなしくて、さみしくて、つめたくて、せつないおわりが。 だから、どうか、そのまえに。 だれか、わたしに、きれいなおわりを。 ● 「世界と、愛と。貴方は、どちらを取りますか」 十二月も中旬を迎えたその日、彼女の言葉は氷のそれに似ている。 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)は、諦念と哀惜を交えた表情の侭、救世者達に相対していた。 「……エリューションが、発生しました。 階級はフェーズ3。或るアーティファクトを所持し続けた事による増殖性革醒現象が原因です。皆さんには、それを討伐していただきます」 言うと同時、彼女の背後に灯る、未来映像。 砂嵐だらけのぼやけたセカイ。揺れる水面のように滲んだ最中、見えたのは、涙を流す一人の童子。 怯えるように、逆回しの針の時計を抱きしめて、何かを呟き続けるその姿を、果たして人は無慈悲に殺せるだろうか。 「……『ディースの嘲弄』。それが、彼のアーティファクトの名称です」 忘我の、最中。 唯、悲哀の肖像のような少女を見つめる救世者に、和泉は瞑目しながら、言葉を紡ぐ。 「対象の寿命を『喰らう』形で、自身に対する運命を些少ながら有利なように干渉する特殊なアーティファクトです。我々アークはこれを万華鏡で感知後、即座に回収行動へと移りました。 ですが……不幸なことにも、主流七派のフィクサード勢も同様にこれを感知。経験の浅いリベリスタのみで構成された回収部隊は、これに碌な抵抗も出来ず磨り潰されました。……唯一つ、アーティファクトの隠匿のみをせしめて」 隠匿。 救世者達は、再び映像の少女に視線を向ける。 動かない童子。見える姿はそれだけで、故に見えた映像は、時が止まっているのだと思っていた。 しかし、砂嵐のセカイは確かに進んでいたのだろう。 じわり、じわりと、周囲に浮かぶ、黒いヴェールを羽織った女性達の姿を見れば、其れと知れる。 「……危険なアーティファクトでした。その存在自体が、ではなく、『その構成があまりにも簡素なものである』こと――つまり、それ相応の者の手に渡れば、量産が容易だという意味で」 必死の言葉を。 誰もが、そうと受け取らない。 語る彼女自身、辛そうな様子を必死に堪えて。 なのに、救世者達にとって、彼女の語る言葉は、何故か、只の言い訳にしか、思えなかった。 「だから……だから、回収部隊の一人が、事切れる前に、自分の恋人に託しました。 託した彼女が異形となることも、殺されることも、話して……二人で、覚悟して」 ……嗚呼、と。 呟いたのは、誰だろうか。 大切な人を想う、これが、一つの愛のカタチと言うのなら。 ――セカイは、どれほど、残酷なのだろう。 「……対象の――彼女の理性は、その殆どが消失しています。 彼女がしていることは唯一つ。彼の形見を、誰にも渡さず、守り続けることだけ」 だから、と。和泉は呟く。 殺して欲しい。愛の終焉を、片思いで終わらせないために、と。 死にかけた愛が、死ぬ前に。 彼女の心が、真に、死ぬ前に。 それが、革醒者の恋の、美しい終わり(ハッピー・エンド)、ならば。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月03日(金)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● せかいは、ゆれる。 せいたかのっぽのくさのなか。かってにうごくわたしのからだは、ちかづく『それ』にきづいていた。 にげなければ。からだはそういった。 であわなければ。わたしはそういった。 あらわれるのが、だれかなんてわからない。 けれど、わたしはしんじていたのだ。 きっと、きっと。あのひとたちは、わたしと、あのひとのやくそくを、まもらせてくれるのだと。 ● 湿気を纏った空気が肌に重く感じる。 それが故か。或いは、他の理由か。 平時とは異なる緩慢な動作で、古びた洋館の庭にたどり着いた。 「――彼女は、大切な人との約束のために己がを命を賭したのですね」 目標の姿は未だ見えない。 暫しのインターバル。『戦奏者』 ミリィ・トムソン(BNE003772)はそう独りごちて、何気なく視線を空にやる。 涙を溜めた空は、月さえも見せてくれない。 「……普通の人ではそうできる事ではないでしょう。手にしたが最後、結果は見ての通りなのですから」 けれど、それを出来てしまう想いが、絆があった。 それに、こんな形でしか報いることが出来ない自分が、唯――歯がゆいと。 「俺も諸々犠牲にして戦ってきたからな。 人の為、世界の為と、愛しいものを犠牲にしてまで護ろうとした……其の選択に是非は言えない」 痛みに掠れた言葉は、寄り添うように空を漂う。 『終極粉砕機構』 富永・喜平(BNE000939)が眇めた瞳には、何処か茫洋とした感情が映り込んでいる。 救世主なんて居やしない、と。 喜平は苦笑して、ゆるり、担い手に武器を抱える。 セカイは、どうにも暗いままだ。 自らが、その灯火となることは出来ずとも、と。『囀ることり』 喜多川・旭(BNE004015)は、小さく、微かに笑んで、「それでも」と。 「ふたりで覚悟を決めて、そうしたのなら。 わたしはそれが果たせるよにお手伝いするだけ」 自らが、失われたたいせつなひとのため、それを為すことが出来ない身であるが故に。 せめて、醜く壊れそうになる心は掬い上げたいのだと。 がんばったね、おつかれさま。その言葉だけでも届けば、きっと。なんて。 「――世界と愛。両方救いたくて、こんな結果になったんじゃないかと僕は思う」 背の高い草を払いつつ、『覇界闘士<アンブレイカブル>』 御厨・夏栖斗(BNE000004)が小さく呟く。 此度、回収目標とされるアーティファクトを手にしたノーフェイスは、唯、それが大切な人の願いだからと、額面通りにそれを受け取ったのか。 そうではないだろうと思う。幾度となく『託される』側に回り続けてしまった夏栖斗は、その懊悩の果ての決意を、我が事のように感じていた。 「……そんな、覚悟を強いる世界が残酷だからこそ。 僕はこのアーティファクトを回収し、アークに持ち帰ることで、彼らの愛を守りたい」 「……そうね」 その決意に応えたのは、『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』 星川・天乃(BNE000016)。 「私達に出来る事、は『貴女』を殺してでも、貴方達が頑張った証…命を賭け、持ち帰ろうとしたものを持ち帰るだけ。 だから――安心して、思いを抱いて、死ぬと良い」 返る言葉はない。その必要は無かったのだから。 返る言葉はない。その時間は無かったのだから。 ――さく、という。細かな足音に気付いたのは、集音装置を有する旭が先だった。 視線の先には、草に紛れるようにして、幽鬼の如く佇む童女の姿。 違いようもない。瞳に収めた瞬間に気付く異界の気配に、『一人焼肉マスター』 結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が、歎息と共に得物を構えた。 「ノーフェイスは殺すしかない。それはどうしようもない事だ」 向ける剣に淀みはない。 告げる言葉に震えはない。 「だが、彼女たちは無駄死ではない。 そのために、俺は、このアーティファクトを『回収』しよう」 今は亡き恋人とのあいを、貫いた意志に報いる、その為に。 ● 「――そりゃあ、愛ですよ」 問いに返す答えのように、『弓引く者』 桐月院・七海(BNE001250)は、漫然とした口調で呟いた。 「でも、世界がないとその人も自分もいなくなるから。質問としてはどうなんだろう?」 細身の手で構える紫の弓は、それ自体が些少の危うさすら伴っている。 狙うに時間は要らない。曇暗の夜に於いて光を伴う弓は、些少のブレも無くノーフェイスを穿ち抜いた。 「ひどく……もの悲しいけど。 それ以上に、諦めなかったその関係が羨ましくてたまらない」 ――戦闘開始直後。即座に態勢を整えたリベリスタの行動は、凡そ迅速と呼んで良いものであったろう。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 敵との距離を精緻に測ったミリィがクェーサードクトリンを仲間に付与すると同時、飛び込んだ前衛陣のリベリスタに対して、童女は虚ろな顔でそれに応じる。 剣、鉄甲、鉤棍。 技巧を極めた一線級のリベリスタに対して、対する童女は異界に身を窶したが故の力任せで対処する、が。 「死を厭わない覚悟、が出来るとは……惜しい逸材、を亡くした」 五指を揃えた鉄甲が気糸のカタマリに変じる。 仲間の攻撃を対処し続けたノーフェイスの隙を天乃が捉え、縛り上げたその矮躯に対して、間断無い砲撃がその身を強かに叩く。 「さっさと破壊すれば良いモノを、をわざわざこれほど面倒かつ凄惨な手段を取ったのは――」 構えた自動砲を存分に酷使しつつ、『デストロイド・メイド』 モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は淡々と自己の役目を全うする。 敵を見据える瞳は平時の其れと変わりない。ともすれば、それもまた一つの救いたり得るのかとも思えるほどに。 「……理由があったことを祈りますよ。それにはあまり興味はありませんが」 精度と威力に傾倒し過ぎたとも言えるほどの『砲台』の攻手は、死神の其れと大差ない。 常人が持てば重量だけで潰れる程度の重火器を繊手に担い、放つ。対する童女の側も、それを丹念にいなしていく様は、正しく人外の戦いを示すには十分に足る。 双方の力量に歴然と言えるほどの差はない。であれば、数の有利を取っているリベリスタ達の側に若干の利が存在する。 ――その状態が、続くのであれば、だが。 「……っ、来た!」 告げる言葉は夏栖斗のものだ。 戦闘開始より十秒と少し。早くも姿を現したE・フォースが、黒鎖の雨を降りしきらせる。 「は――――――」 『幾らでも代えの在る』存在である以上、彼の様な戦術もまた一つの常道と言って違いはない。 反動による消滅を恐れず、葬送曲・黒に酷似した異能を行使したE・フォースにより、総じて回避能力に劣る後衛陣を元に、その行動は大きく封じられることとなる。 成る可く後衛側に攻撃を届かせまいと、彼我の視界の遮蔽を心がける夏栖斗と言えど、その行動が彼のみのものである以上、無駄と言わずとも、それが確たる有効とも言い難い。 「……世界に殉じて、愛に殉じて。 そんなさいごを迎えられるあなたがちょっと、うらやましい」 戦場に撒き散らされた鎖の擦過は、誰しものみに易くはない痛みをもたらしていた。 だのに、少女は――旭は、自己を縛ろうとする黒鎖を緩やかに解き、慈しむような微笑みで、ノーフェイスの頬に触れる。 刹那、業火が。 鬼業紅蓮と呼ばれる異能。技巧によって成ったやさしい鬼の腕は、包む童女諸共に背高の草を焼き尽くしていく。 ノーフェイスは、戦き避ける。 退いた理由は技か、或いは心か。その理由など、誰に解るはずもないだろうけど。 「酷い任務だったね、もう大丈夫だよ、御疲れさま」 ……それは、激戦が故であるか、否か。 リベリスタ達が彼の童女と相対する感情に、激情と呼べるものは凡そ一切存在しない。 唯、慮り、想い、終わらせる。それを淡々とこなす心の奥には、果たしてどれほどの感情が。 「……そして、さようなら」 重厚な得物を、器用に片手でくるりと回す喜平。 そうして、まるで曲芸でも見せるような気軽さで、撃ち放った『散弾銃』が童女を挽き潰す。 零れる血を、漏れる苦悶を、ともすれば頽れそうな身体で。それでも決死に立ち上がる。 ――だから、彼らも命を賭けて。 「アークの結城竜一だ。『ディースの嘲弄』を受け取りに来た」 先の出現を元に、続々と現れるE・フォースに対して対処を行いつつも、竜一は直ぐ其処に居た童女へと言葉をかける。 名に意味は無いと自覚していた。届くかも危ういと理解していた。 蓋し、無為な行為。それでも。 「君たちの想いは無駄にはしない。それが、俺が交わす約束だ」 剣は唯ひたすらに思念体を砕いていく。 それでも、彼個人では到底足りない。無限に増えていくE・フォースに、彼も舌打ちを漏らそうとした、その時。 ――どうか、ねむらせて。 声を聴く。 謳うような、微睡むような、か細く、消えてしまいそうな声を。 ――ゆめのなかで、おもいでのなかで。わたしのいのちを、おとして。 「……アーティファクト、守ってくれてありがとな」 嗚咽にもならない声を受け止め、夏栖斗が頷いた。 次いで、ヴェールの女が夏栖斗を睨む。 長尺の詠唱を畳み、マレウス・ステルラと呼ばれる魔術が行使された。 全体を砕く星の鉄槌を、それでも振り払う夏栖斗は、笑って。 「君の覚悟は受け取るから」 自らに出来る想いを、眼前の童女に眠って貰うための力へと、変えていく。 ● 状況は拮抗から少しずつズレ始めている。 リベリスタ側は先ず初手にノーフェイスを多う草むらを刈りつつも攻撃を敢行し、出現するE・フォースの対処を主に竜一とモニカに任せる等、少人数で行ってきた。 その行動自体に間違いはない。このパーティには有力な回復役がいない以上、状況を最速で収めようとする作戦は先ず無難と言っていい。 ――ミスがあるとすれば、それは『前半』においての話だ。 「……楽しい、ね?」 自らのそれを含め、血に濡れる鉄甲を振るい、漏れ聞こえた声は天乃のものである。 自他共に認めるバトルマニアである彼女がそう口にすると言うことは、つまり苦境を、激戦を目の当たりにしているという意味だ。 敵方はE・フォースの即時行動によって手数を増やす事が出来る上、その能力は耐久性以外の全てが同等――即ち、実質ノーフェイスが何度も行動をとり続けることと大差ない。 気力に於いては現在値が適用されるらしく、当のノーフェイス本体は大規模な消費を伴う能力を多くは行使できないらしいが……逆を言えば、それ故に即時の消滅を大凡の前提として現れるE・フォースは、自身の消費を恐れることなく高威力の異能を惜しむことなく注ぎ込んでいる。 その上で、先ほど言った『前半』が効いてくる。 敵を含め、無機物すらも範囲に含めたリベリスタらの『草刈り』は、やはりその所作を以てE・フォースの発生に寄与していた。 それらの可能性も鑑みていたリベリスタらの配慮により、現れた数は爆発的とは言わずとも、それらが最大級のスキルに相当する能力を立て続けに行使すれば、被害が如何ほどかは問うまでもない。 或いは――それらが大量に現れると予期された状況に於いて、その全てに「二度目の行動を取らせない」ことに注力していれば。 戦闘開始から数分も経たぬ内、フェイト使用者はメンバーの大半に達しつつあった。 「……こんな事しか……世界を守るというその理由だけで、悪戯に貴方達を傷つけることしか出来なくて」 謝ることだけは、寸前で止めた。瞳に異能を込め、視界に捉えた童女を射抜く。 行動を躊躇うことはない。それでも――その矮躯が受ける傷を見る度に、自らの無力を、ミリィは唯噛みしめる。 それでも彼女が望むように、童女の眠りは既に近しいところまで訪れていた。 草むらが刈り取られ、結果的に身をさらし続けるノーフェイスはその場から逃れようとしたが、絶えずブロックし続ける旭によって離脱も難しい。 ノーフェイス自体に突出した能力がない以上、避ける術も防ぐ術もなく、其れに加え。 「世界はだいじょうぶ。だから、彼への想いだけを持っていって」 生命力の収奪を行いながら、せめてその心だけはと語りかける旭に、ノーフェイスの側も微かな笑顔を浮かべる。 先の竜一の言葉を皮切りに、ノーフェイスは頻度こそ高くないが、時折その自我を取り戻し、攻撃を止める事を何度か行っていた。 それを痛ましいと思いつつも――故に、好機は今しかないのだ、とも思う。 「……足りない部分は、行いで示す」 他の仲間ほど、言葉を持ち合わせていない喜平は、故に此の機を逃さない。 がたがたに歪んだ心に反し、身体は冷徹な、それこそ機械のように動作して、的確に童女の身を削ぎ、屍肉へと変えていく。 壊し屋(せいぎのみかた)の限界、そう嘯く彼にとって、ならば、その逆とは。 ――やがて矮躯より、ぎしりと音を立てて、腕が撓んだ。 折れた腕を、それでも空に向け。 ノーフェイスは終ぞ形振りを構わず、高威力の異能を叩き込み始める。 降り注ぐ星の暴虐は幾度目か。フェイトを燃やしながらも立ち続けていた者の内、遂にミリィの身体が頽れる。 全体に指揮とサポートを飛ばし続けた彼女が先んじて倒れた影響は酷く大きい。それに次いで精彩を欠き始めたパーティが、此処を逃せば勝ち目はないと理解する。 「よく、耐えた。君の想いの深さは、それだけで十分に察せられる」 身を取り巻く戦気によって、状態異常を強引に弾く竜一が、傷む身を気にせず限界以上の力を振り下ろす。 地面諸共に、軌道上の全てを砕いた剣閃。それをまともに受けることで身を拉がせ、しかし尚も立つ敵。 それでも、未だと。 「だから、安心して。ちゃんと、大切な人の思いは届けるから」 告げた竜一の言葉を継ぐように、夏栖斗が言った。 黒鎖の螺旋と星の鉄槌、双方から後衛を守るため、視界遮蔽の為にと精緻な立ち回りを続けた夏栖斗をしても、これ以上の戦闘は流石に不可能に近しい。 小柄な身体の胴に手を当て、土をも砕く掌を当てる。 揺れる童女。か細い面立ちから零れる夥しい量の吐血にすら。夏栖斗は惑うことはない。 だからこそ、か。 常に冷静であり続けた夏栖斗が、その時、確かに『何か』が起こり始めていることを察知する。 「……ああ、来ましたか」 『それ』に誰よりも気を配っていたモニカも、殆ど同時に言葉を漏らした。 他に違わぬ異能の気配。それが行使される瞬間を待つより早く、天乃が先んじて動き出した。 「……爆ぜろ」 ハイアンドロウ。死の爆撃。 膨れあがった黒気が次々と童女を灼いていくが、生憎とこれで倒れてくれるほど、神様は優しくはなかった。 唸る。集う。少しずつ高まりつつある神秘の気配に、其処で誰よりも声を張り上げ、七海が叫んだ。 「約束と覚悟をしたんでしょう! 最後の最後までその愛を見せつけてやれ! 貴方、その時計と彼氏どっちが大事なんだ!」 どれほどの言葉を投げかけても、時間は止まらない。 あくまで、時間は。 ――おねがい。 詠唱のように、何らかの動作をとり続けた身体が、刹那、停止した。 ――これで、全てを、終わりに。 「……ッ!」 番えた弓に、自らの羽を結んだ矢が煌めく。 カースブリット。残る時間で彼が打てた最大の一手に、身は貫かれ―― ――嗚、呼。 そして、間に合わない。 振り包む落涙。幾多もの雨一粒ずつに殺意が伴われ、周囲のリベリスタ達を灼き、貫いていく。 大規模な反動をして行われた異能に、フェイトを行使した仲間達もその殆どが倒れていった。 だが、未だ。 「――生憎と、私は貴女と約束に付き合う筋合いはありませんので」 唯一人、その効果範囲を見極め、飛び退いていたモニカだけは、如何にその身を朱に染めようが、己の得物こそ手放しては居ない。 未だ活きている双眸に捉えたその姿は、しっかりと頭部を狙い。 「私もそこまで逸脱してるわけじゃありませんからね。気の毒に思うには思いますよ」 切れかけた気力を強引に保ち、彼女はぽつりと、言葉を継いで。 「ただ、容赦はしないだけですから」 引き金が、引かれる。 ● ――焼け野原に、童女は眠る。 その胸には、融けるように小さな時計が在った。 彼の激戦を遙か超えて尚、時計は未だ機能を損なうことなく、かちかちと音を立てている。 ……そうして、その身がぴくりと動く。 ふらつく身体を堪えつつ、どうにか立ち上がった童女の視界には、自らを庇って消えていくそれと合わせ、少なくも思念体の姿があった。 汚れた身を振るい、視線を飛ばすも、周囲には誰も居ない。 自らを殺そうとした、敵の姿すら。 「――――――ぁ」 零れた言葉は、エリューションのものか、残った『彼女』の、残滓だったのか。 答えなど誰にも解らぬ侭、童女は唯、焼けたセカイから森の奥へと歩んでいく。 ――曇天から、雨が降り注ぎ始めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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