● そろそろ寝ようと思ってエアコンを切ったら、途端に蒸し暑くなった。 北国で生まれ育った身には、この気温と湿度は耐え難い。 電気代がかさんでしまうことを嘆きつつ、エアコンの設定温度を上げて再びスイッチを入れる。 明日は、どうしても早起きをしなければいけない用事があった。 暑さで眠れないとあっては、寝坊のリスクがそれだけ増える。 いつもの携帯のアラームの他、普段は使わない目覚まし時計を引っ張り出し、朝の六時にセットした。 「ああ、だりぃ……明日、休みてぇなあ……」 ここ一ヶ月ほど、授業とバイトが忙しくてほとんど休めていない。 しかし、どちらもおいそれと休むわけにはいかない状況だった。 このところ夏に向けて気温が上がる一方なのも、ストレスの種になっている。 「暑いし、氷河期とか来ねぇかなぁ……。 いや、いっそ世界が滅びちまえば、学校もバイトも行かなくて済むのに……」 そう言って、布団の上に突っ伏す。 本当に世界が滅亡したらもちろん困るのだが、最近は口を開けばこんな逃避の呟きばかりだ。 早いうちに何とかしないと、そのうち倒れるかもしれない――。 危機感を覚えつつ、ゆっくりと眠りに落ちていく。 枕元で、目覚まし時計が規則正しく時間を刻んでいた。 ● 「今回の任務は、偶然に革醒したアーティファクトの破壊だ。 しくじるとシャレにならない事態になるんで、そこをまず頭に入れておいてほしい」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に説明を始めた。 「革醒したのは、一人暮らしの男子学生が持っている目覚まし時計だ。 普段は携帯電話のアラームで済ませていて滅多に使ってなかったらしいが、 たまたま早起きする用事があって、念のために、と目覚まし時計もセットしたんだな。 それでアーティファクトが作動して、付近一帯がピンチに陥ってる」 何でも、このアーティファクトはアラームをセットした時間にとんでもない災厄を撒き散らすらしい。 半径百メートル以内を一瞬にして凍りつかせ、範囲内の一般人を全滅に追い込むのだという。 自然発生したアーティファクトの割には、随分と物騒な機能ではないか。 リベリスタの一人がそんな感想を口にすると、数史は困ったような顔で答えた。 「……まあ、もしかしたら、持ち主の男子学生に影響されたのかもしれないな。 ここ最近は授業とバイトで忙しくて、休むに休めない状況だったらしい。 で、ちょっと心荒んだ彼は、寝る前に『明日、世界が滅びればいい』とか口癖のように呟いていたと」 まさか、本気で世界の滅亡を願っていたわけではないだろうが……。 そんな呟きをアーティファクトが真に受けたとするなら、迷惑な話である。 「このままだと男子学生だけじゃなく、付近の住人がこぞって巻き添えを食っちまう。 全員を避難させるような時間の余裕はないし、 タイムリミットまでにアーティファクトを破壊するより他にない」 きっかけはどうあれ、多くの人の命がかかった仕事には違いないだろう。 気を引き締めるリベリスタ達に、黒翼のフォーチュナは説明を続ける。 「皆が男子学生の部屋に入った時点で、 アーティファクトは身の危険を感じてE・エレメントを五体生み出してくる。 これを全滅させて初めて、アーティファクトを壊せるってわけだ」 幸いと言うべきなのか、男子学生を含む付近の住人たちはアーティファクトの力で深い眠りに陥っている。室内で派手に戦闘を行ったとしても、物音で起きる心配はない。 「皆の手で、惨事を未然に防いでくれ。――どうか、よろしく頼む」 数史は手にしたファイルを閉じると、リベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月11日(水)22:06 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● まだ薄暗い街の中を、リベリスタ達が走っていた。 人の姿はおろか、車すらも通っていない。それは、これから起こる災厄の予兆でもあった。 「あした世界が滅びればいいのに……ですか」 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が、この事態の引金となった男子学生の言葉を口にする。 たまたま、革醒した目覚まし時計のアーティファクトがそれを聞き届けてしまい、破滅のカウントダウンを始めてしまった。世界を滅ぼすには程遠いものの、近隣の住民を全滅させるには充分な力である。 寝る前に軽い気持ちで呟いた一言が原因で、自分を含む大勢の人々が命の危機に晒されているなどと、本人は夢にも思わないだろう。 「アンニュイな若者のぼやきが、未曾有の事態を招く……まるでアメリカの映画みたいです」 苦笑しつつ、『羊系男子』綿谷 光介(BNE003658)が答える。 冗談みたいな話だが、リベリスタの任務はいつでも冗談では済まされない。気を引き締める彼の隣で、『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が肩を竦めた。 「たかが愚痴一言で迷惑なアーティファクトが革醒とか、酷いことですね……」 振り回される側は堪ったものではないが、だからといって男子学生を責めるわけにもいくまい。 誰だって愚痴を言いたくなることくらいあるし、そもそも愚痴一つでこんな大事になると誰が考えるだろうか。 「ふと、口から自分の本意でない内心を吐いてしまうのはある事です。 総じて今回の彼は運が悪かった、という事なのでしょうね……」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)の言葉に、『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)が「簡単に望みを口にするべきじゃないっていういい例ね」と返す。 「――言葉は力があるわ。のろいよ、まじないよ。 アタシだって、歌詞にする言葉にも気を使ってるもの」 「言霊、ですね」 紫月が頷くと、『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)が乾いた笑いを漏らした。 「アハハ、俺も彼女とぬこがいれば世界なんてどうでもいい……なんて、素で口にしたりするけどね」 もちろん本心ではないし、誰も真に受けないような戯言の類である。 「そもそも、明日世界が滅びるんだったら、これまで何のために頑張って来たんだよ。 俺も彼も、バカだよなぁ」 僅かな自嘲をこめて笑うアウラールの隣では、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が犬のように舌を出していた。 「はへはへ……あづい……」 一日のうちで最も気温が下がる時間ではあるが、全身に纏わりつく湿気が体感温度を上昇させている。暑いのが嫌いな彼女にしてみれば『ベロも引っ込まなければ、唾液の分泌も止まらない』――とにかく、堪える状態ではあった。 「全く、この暑さに疲労が重なれば、 カタストロフ願望が生まれるのも無理からぬ事だな!」 ベルカの叫びを聞き、『つぶつぶ』津布理 瞑(BNE003104)は件の男子学生の心境を思う。 「バイトに勉強、きっととても頑張っていたのね。 愚痴を聞いてくれる子が、アーティファクトしか居なかったのかしら?」 そう考えると、主人思いのアーティファクトと言えなくもないのだが――その結果が『半径百メートル以内氷漬けの殺戮』であるなら、止めねばなるまい。 「何とも危険な能力に革醒してしまった、と言うべきでしょうか」 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が、軽く溜め息をつく。とはいえ、惨劇を未然に防ぐチャンスを得られたのは、まだ幸いと言えるだろうか。 「半径百メートルね……アーティファクトの効果限界か、 あるいは、彼にとっての世界の範囲がせいぜいそんなものなのか……閉塞してるな」 携帯電話のタイマーをタイムリミットの午前六時にセットしつつ、『霧の人』霧里 まがや(BNE002983)が呟く。 「……ま、いいさ。私も大概だし、ね」 彼にとっては、これも暇潰しに過ぎない。運が良ければ面白いものが見られる、という程度の。 ● 東の空は白み始めていたが、周囲は寝静まっており、朝の気配は何一つ感じられない。 「何があっても目を覚まさない町、ですか。なぜだか居づらい気分です」 佳恋はそう言って、目的のマンションに足を踏み入れた。 廊下を真っ直ぐ進み、十人のリベリスタが男子学生の部屋の前に立つ。 まだ一分一秒を争う状況ではないとはといえ、急ぎの任務には違いなく、事前の準備に費やせる時間はそう長くなかった。 そのため合鍵の入手は間に合わず、開錠の能力を持たないリベリスタ達は『鍵を壊して侵入する』ということで方針を固めている。事後の修理については、瞑が黒翼のフォーチュナを通して既に手配を頼んでいた。 いっそ扉ごと吹き飛ばした方が不慮の事故として言い訳がきくのではないか、と考えるまがやの前で、アウラールが力任せにドアノブをねじ切って鍵を破壊する。 アーティファクトは敵意を持つ者が近付くとE・エレメントを生み出して身を守る――ということだが、杏が思った通り、ドアを開いても部屋に入らなければ大丈夫のようだ。 今のうちに、とリベリスタ達は力を高めて戦いに備える。防御結界を展開する紫月の前で麻衣が周囲の魔力を取り込み、ミリィが己の視野を広げた。 まずは、室内で眠っている男子学生の保護が最優先だ。アーティファクトの破壊を考えないように努めることでE・エレメントの出現を防ぎ、安全に男子学生を確保するという狙いである。 「時間制限もある事だし、速攻で臨むぞ」 効率動作の共有で仲間達の守りを固めたベルカが、心を静めつつ入口に立った。 「エレメントを出現させずに連れ出せたらもふもふしてあげるわ」 杏に激励されつつ、室内に一歩足を踏み出す。不測の事態に備えて待機する光介が、後ろから手を伸ばして玄関の電気をつけた。 「しかし結構良い部屋に住んでいるな……広い……」 事前に聞いてはいたが、家具が少ないこともあって余計に広く見える。懐中電灯で部屋の奥を照らすと、布団に包まって眠る男子学生の姿があった。 枕元の目覚まし時計が、微かに身震いする。ベルカは咄嗟に「自分達は彼に用事があるだけだ、お前は壊さない」と説明を試みたが、やはり理屈が通用する相手ではなかったようだ。 男子学生を抱え上げるベルカの眼前に、五体の氷精――E・エレメントが姿を現す。 「……くっ!」 即座に踵を返し、男子学生を庇いつつ入口に走る彼女の背に、激しい冷気と氷の矢が襲いかかった。 ● たちまち凍りついたベルカを見て、待機していたリベリスタ達は一気に雪崩れこんだ。 身体能力のギアを上げた瞑が部屋の電気を点け、二人を庇うように氷精たちとの間に割り込む。音速で繰り出された毒針とナイフが、目にも留まらぬ動きで氷精の身を削った。 続いて前進したミリィとアウラールが、氷精を一体ずつ抑えに回る。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 攻撃動作を瞬時に共有して戦闘の効率化をはかるミリィの脇を抜けて、全身を輝く防御のオーラに包んだアウラールが最奥に位置する氷精の前に立った。 「こんな時こそ、クロスイージスが体張らないとな……」 敵をブロックすると同時に、氷の像と化したベルカをブレイクフィアーで解き放つ。 後に続いた紫月が、男子学生を一瞥して遠慮がちに呟いた。 「……お邪魔します、少しばかり五月蠅くなりますがご容赦を」 熟睡している家主の耳には届かないだろうが、黙っているのも気が引ける。彼女は天井に向けて呪力を放ち、凍てつく氷雨で室内を覆った。 氷精たちが、前に立ち塞がるリベリスタに次々に襲いかかる。強烈な冷気を纏う体当たりが、神秘に対する防御を突き抜けて肉体を直に蝕んだ。攻撃の威力も、予想していたより高い。 後方から皆のダメージを見てとった光介が、魔導書 「迷える羊の冒険」 を開き、聖なる神の息吹を呼び起こす。 「術式、迷える羊の博愛!」 具現化された癒しの力が仲間達を優しく包み、凍傷を瞬く間に治していった。 「とりあえずは、攻撃に専念しましょうか」 回復は充分と判断した麻衣が、氷精の一体を抑えつつ魔方陣を展開する。そこから飛び出した魔力の矢が、眼前の敵を射抜いた。 「確実に一体ずつ潰していきましょう!」 全身に闘気を漲らせた佳恋が、残る氷精をブロックして声を上げる。彼女は「白鳥乃羽々」を鋭く抜き放つと、生じた真空刃で麻衣の前にいる敵を斬り裂いた。 ――ちなみに、佳恋は靴をきちんと脱いで部屋に上がっている。仲間達の大半は土足のままであり、床が汚れることはまず避けられないのだが、こういうものは気持ちの問題だろう。 前衛達に射線を遮られ、守られる形になったベルカが男子学生を連れて入口に走る。 まがやが、事前に展開した魔方陣で高めた力を一度に解き放ち、荒れ狂う雷光で氷精たちを次々に打った。 件の目覚まし時計に視線を走らせ、タイムリミットまでの時間を確認した杏が、大型の弦楽器にも見紛うヘビーボウガン――“序曲”ギヨーム・テルを携えて後に続く。 「ベルカちゃんには悪いけど、我慢してね」 雷鳴が轟き、蒼い稲妻が部屋を駆け巡った。 反射的に体が強張るのを感じつつ、ベルカは男子学生を連れて室外に出る。 杏の操る雷術は何度か目にしているものの、雷が苦手なベルカにとってはそれでも少し怖い。 ただ、同志である杏のことは好きだし、頭を撫でてくれたりする良い人だとも思う。 だから――ここは、じっと我慢だ。我慢できぬはずがない。 熟睡する男子学生を入口から充分離れた場所に横たえ、ベルカは急いで戦場に戻った。 ● 陣形を整えたリベリスタ達は、一体ずつ確実に攻撃を集中させていく。 まずは、前衛の中では若干耐久力に欠ける麻衣の前にいる敵からだ。陣頭で指揮を執るミリィが杖を振るい、誘導性の真空刃を生み出す。神秘の刃が大きく弧を描き、氷精を側面から切り裂いた。 五体の氷精が、一斉に反撃に転じる。自分の身を後衛の盾とし、立て続けに飛来する氷の矢を受け止めるアウラールが、余裕の笑みを浮かべた。 「はは、日本は蒸し暑いから、このくらいが丁度いいな」 北欧の生まれである彼も、日本の酷暑を耐え難いと思う一人である。 いつだったか、あまりに暑すぎて「いっそ銀世界に沈め」と考えたこともあったが――これでは、件の男子学生と変わらないでないか。 「――ウン、良くないね」 思わず失笑しつつ、アウラールは邪を退ける光で全員の状態異常を払う。彼に庇われて攻撃を逃れた紫月が、氷精たちを凛と見据えて言った。 「完全に効き目が無いという訳ではないでしょう? ……こちらの一手、浴びて下さいませ」 放たれた呪力が降り注ぐ氷雨と化し、氷精たちを叩く。凍りつかせることは叶わずとも、術そのものは確実に彼らにダメージを与えていた。その証拠とばかりに、まず一体が霧散して消える。 まがやと杏、二人のマグメイガスもまた、前に立つ仲間達に守られながら攻撃に専念していた。射線が遮られていようと、全体攻撃を有する二人には関係ない。 「氷は炎で溶かせば、とか思ったけど……」 万が一、マンションが丸焼けになっても厄介なことになると、まがやは再び雷撃を放つ。 暇潰しはともかく、面倒事をわざわざ増やすのは趣味ではない。 可能な限り部屋や家具を荒らさぬよう気を配りながら、杏が稲妻を奔らせて氷精たちを貫いた。土足で室内に踏み込んでいるのは、この際、我慢してもらうしかないだろう。 雷を立て続けに浴びて、さらに二体の氷精が力尽きる。 スパイク型銃剣を取り付けたモシン・ナガンM1891/30――亡き同胞の遺品であり、彼らの名を冠した“один/два”を構えたベルカが、残る敵のうち、より傷の深い一体を狙って引金を絞った。 「貴様の主は破滅など望んでいない! 真に主の事を想うなら、毎朝ひんやり冷気を出す位に留めてやれ!」 銃口から飛び出した呪いの弾丸が、氷精を真っ直ぐに撃ち抜く。 その言葉に怒ったのかどうか――氷精はベルカに狙いを定めると、彼女に向けて凄まじい冷気を放った。 直撃を受け、氷像と化したベルカが床に崩れ落ちる。続いて、もう一体が氷の矢で前衛達を貫いた。 これ以上、誰も倒させはしないと、光介が聖神の息吹で全員を癒す。「白鳥乃羽々」に雷気を纏わせた佳恋が、眼前の敵に向けてそれを振り下ろした。 巨大な白鳥の翼が羽ばたき、氷精を一刀のもとに両断する。 麻衣がすかさず詠唱で魔方陣を展開し、ただ一体残った敵を狙って魔力の矢を放った。 ぐらりと揺らいだ隙を逃さず、瞑が氷精に迫る。 (――人には、それぞれに与えられた戦いがあるわ) 勉強にバイトに明け暮れ、忙しい毎日を必死に頑張っていた男子学生。 そんな時、話を聞いてくれる人がいれば、彼は救われていたのではないか。 世界が滅べば良いなどという愚痴を、主人思いのアーティファクトに聞かせずに済んだのではないか。 戦いに決着をつけるべく、瞑は両手に構えた武器を閃かせる。 音速を超える連撃が、最後の氷精を葬り去った。 ● 敵の全滅を確認した杏が、目覚まし時計に視線を走らせる。 ――タイムリミットまで、あと残り僅か。 「ああもう、時間がないわ! 貸しなさい! 皆は学生君が起きる前に外へ!」 目覚まし時計を床からひったくるように拾い上げ、背の翼を羽ばたかせて窓を破る。 あとは、ギリギリまで空高く上昇し続けるしかない。 残り数秒で目覚まし時計を放り投げ、自由落下で離れることができれば――! ……まあ、実際はそんなこともなく、時間はまだ充分に残っていたわけですが。 書いてみたかったんだよ、驚かせてごめんよ。 目覚まし時計に歩み寄ったミリィが、それを拾い上げる。 「日本の道具には、魂が宿ると言う思想があるんですよね」 きっと、この時計も魂を宿していたのだろう。 普段使われることがなくても、主の生活をずっと傍で見守り続けて。 主の声を聞き届け、彼の願いを叶えようとした――優しい子。 それでも、止めなければいけなかった。 このまま放っておけば、主も、他の人達も、みんな息絶えてしまうから。 だから――この手で止める。 ――常に規則正しく時を刻みつけてきた子に、さようなら。 ミリィの囁く声とともに、目覚まし時計は砕けた。 傷ついた上体を起こし、それを見届けたベルカが、ゆっくりと立ち上がりながら口を開く。 「何も無かった。ただ、古い目覚まし時計が壊れただけなのだ」 そう言って、彼女は仲間とともに戦いの後始末を始めた。幸い、リベリスタ達の配慮で建物や家具への被害は最低限に留まってはいるが、足跡などは消しておかねばなるまい。 「というか、戦闘が出来るほど広いワンルームって何なの? ブルジョアなの?」 改めて部屋を見回したまがやが、やっぱり家ごと燃やそうか――と物騒なことを口にする。 確かに、一人暮らしの学生には分不相応なマンションではあった。 もしかしたら、ここの家賃が高すぎて生活に苦労しているのかもしれないが……真相は闇の中である。 整えられた布団の枕元を見て、麻衣が小さく溜め息をついた。 「時計だけはどうしようもないですね……」 「できれば、同じものを用意したかったですが」 頷く佳恋が、時計があった場所に代わりの目覚まし時計を置く。もちろん、アラームは午前六時にセットしてあった。 急場であったため同じ時計を探す余裕がなく、行きがけにコンビニで小さな目覚まし時計を買うのが精一杯だったのである。これはこれで仕方がない。 元通り、布団に横たえられた男子学生の顔を眺め、二人は小さく囁きを交わす。 「ちゃんと起きれると良いですね」 「気怠いかもしれませんが、平和な目覚めがありますように」 瞑が、新しい目覚まし時計の隣に、自分のぬいぐるみをこっそり置いた。 話し相手としては、少し物足りないかもしれないけれど。 彼が頑張ろうと思えるように、優しい願いを込めて。 「貴方が愚痴を聞いてくれる大切な人が出来るまででいいから、大切にしてね」 紫月が、念のため男子学生の記憶を操作する。 寝苦しくて起きてしまい、酒を飲んで再び眠ってしまった、という内容である。 酒の缶を開け、唇にでも軽く塗っておけば、まず疑われないだろう。 「投げ出しちゃいたいときってありますよね」 彼の寝顔を覗き込み、光介が微笑む。 「でも……踏ん張りましょう、お互いに」 穏やかな空気に包まれ、男子学生は安らかな寝息を立てた。 もはや、長居は無用だろう。布団を掛け直してやり、ミリィがそっと立ち上がる。 「確かに忙しいかもしれませんが、時にはゆっくり休んでくださいね。 声を届かせることの出来ない彼らが、心配してますから」 努力がいつか報われることを祈りつつ、アウラールも声をかけた。 「住んでいる世界は違うけど、健闘を祈るよ」 仲間達の後について部屋を出ようとしたまがやが、ふと立ち止まる。 彼はおもむろに万年筆を取り出すと、男子学生の額に「肉」と落書きした。 まあ、定番ではある。 部屋を出た後、ベルカが「ああっ!?」と大声を上げた。 大学のレポートの提出期限を、土壇場で思い出したのだ。 「うう、あした世界が滅びればいいのに……」 思わず頭を抱え、己の言葉にはっとして顔を上げる。 苦笑する同志達が、ベルカを見つめていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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