● 老人は、縁側に座って孫娘を待っていた。 空はよく晴れていて、気温はやや高いものの、暑すぎるということはない。 頬に当たる風が、心地良かった。 離れて暮らす孫娘が、久しぶりに電話を寄越してきたのは二日前だった。 どうやら、良縁に恵まれて結婚することになったらしい。 直接会って話したいから遊びに行って良いか、と孫娘は問い、老人はもちろん歓迎した。 先ほど、駅に着いたと連絡があったから、もうすぐ着く頃だろう。 今日のために、孫娘の好きな茶菓子も用意してある。 孫娘は喜んでくれるだろうか。それとも、ダイエットの敵とかで苦い顔をするだろうか。 そういえば、最後に孫娘に会ったのはいつだったか――。 記憶を辿るが、すぐ思い出すことができない。いよいよ歳かな、と老人はひとり苦笑する。 最近は、体もめっきり言うことをきかなくなった。 お迎えが近いということなのか、ここ最近は妙な夢もよく見る。 布団で寝ていたら大きな芋虫が自分にすり寄ってきたとか、話の種にもならない内容ばかりだ。 老い先短い身とわかってはいるが、叶うなら曾孫の顔を見たいものだ。 ささやかな願いを抱きつつ、老人は孫娘を待つ。 ● 「……畜生が」 『万華鏡(カレイド・システム)』を通して、その未来を“視た”『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、呻くように呟きを漏らした。 三度目――これでもう、三度目だ。 二度あることは三度、などと言う気も起きない。 奴らが網にかかるのは、いつも、“手遅れ”になった後で。 “視た”時点で、既に一人、犠牲者は確定している。 フォーチュナの感知能力には限界があり、『万華鏡』も万能ではないと理解してはいたが――。 どうして、もっと早く、これを“視る”ことができないのか。 そうすれば、皆に嫌な思いをさせずに済むだろうに。 そんな思いを振り払い、強引に気持ちを切り替えて立ち上がる。 さらなる犠牲を防ぐため、急いでこれを伝えなければならなかった。 己の無力を嘆くのは、いつでもできる。 事は、一刻を争うのだ。 ● 「――急ぎの仕事だ。皆には、ブリーフィングの後すぐに現場に向かってほしい」 集まったリベリスタ達に向け、数史は挨拶もそこそこに本題を切り出す。 「任務は、アザーバイド『ハートイーター』の撃破。 以前にも確認されているが、こいつは生き物の心臓を食って、宿主の心臓に擬態する寄生生物だ。 残念ながら……既に一般人の心臓を食い、宿主を得た状態にある」 『ハートイーター』はアザーバイドであり、フェイトを所持していない。 ディメンションホールは自然に閉じてしまっていて、送還は不可能だ。 崩界を防ぐためには撃破するしかないし、そうなると心臓を喰われた宿主を救う方法はない――ということになる。 「『ハートイーター』は、命の危険が迫った時に宿主の肉体を乗っ取って戦うが、 普段は宿主の血液から養分を得て大人しくしている。 だが――それにも例外があってな。 宿主の死期が近いことを悟ると、今の宿主を捨てて、別の生き物に乗り移ろうとするんだ」 つまり、宿主の体内から飛び出し、新たな宿主の心臓を喰らいにかかるということか。 当然、元の宿主はその時点で死んでしまうのだろうし、あまり想像したくない光景である。 そうなると、現在の宿主は死期が近い人物ということか。 リベリスタの一人が問うと、数史は黙って頷く。 「今の宿主は桐田耕蔵(きりた・こうぞう)、83歳の爺さんだ。 目立った病気はしていないようだが、平たく言えば老衰であちこち弱ってはいる。 何事もなければ、近いうちに大往生を遂げていたんだろうが、な」 人生の終わりを間近にして、このような災禍に見舞われるとは――まったく、皮肉なものだ。 「爺さんには、桐田まゆり(きりた・-)という孫娘がいる。 普段は離れて暮らしてるんだが……結婚の報告をするため、爺さんの家に行く約束をしてるんだ。 放っておけば、『ハートイーター』は間違いなく、彼女を新しい宿主に選ぶだろう」 『ハートイーター』が、どのタイミングで宿主の乗り換えを試みるかはわからない。 孫娘の安全を第一に考えるなら、彼女が祖父の家に辿り着く前に『ハートイーター』を倒してしまうべきだろう――と、数史は言う。 「とはいえ、時間の猶予はあまり無い。 移動に要する時間も考えると、皆が現場に到着してから孫娘が家に辿り着くまで、 せいぜい二分といったところだ」 戦いのみを考えるなら、二分という時間は決して短すぎるということはないはずだ。 ただ、事後の処理や孫娘への対応を含めるとなると、かなり手際良く進めていかねばならない。 それにしても、『ハートイーター』はどうして、死期の近い老人をわざわざ宿主に選んだのか。 単純に選り好みをしている余裕がなかっただけなのか、それとも。 リベリスタの一人が疑問を口にすると、数史は難しい顔で答えた。 「以前、倒された『ハートイーター』の死体をアークで回収したことがある。 今も研究開発室で分析が進められているが―― 調査の結果、こいつには『宿主の記憶を保存する性質』がある、ということだった。 それが何を意味しているのか、まだわからんが…… 単純に『生き残ること』を目的としている生き物ではない可能性がある」 いずれにしても、放っておけば孫娘が新たな宿主として犠牲になってしまう。 老人を救えないのは確定としても、せめて孫娘だけは助けたいところだ。 「相変わらず厄介な任務で申し訳ないが……どうか、頼まれてくれるか」 黒翼のフォーチュナは、そう言ってリベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月10日(火)22:43 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 閑静な住宅街を、十人のリベリスタが走っていた。 人の心臓を喰らって寄生するアザーバイド『ハートイーター』を倒すために、宿主の老人が住む一軒家へと向かって。 「――ハートイーター。何て恐ろしい存在でしょう」 アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の呟きに、『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が面白くもなさそうに答える。 「以前の資料に目を通したことはあるっすけど、知ってるっすよ? アイツが現れた時点で救いがない」 フラウが言う通り、『ハートイーター』の出現は今回が初めてではない。 過去に二度現れたそれを、アークのリベリスタはいずれも打ち滅ぼすことに成功している。 ただし、寄生された宿主ごと――ではあったが。 「現状、私達にはおじいさんを殺す以外に道が無いのですよね……」 風見 七花(BNE003013)の言葉を聞き、『不屈』神谷 要(BNE002861)が思わず目を伏せる。 「崩界を防ぐ為に討たねばならないとは判っているのですが…… 一体何人の『ただ運が悪かっただけの人』を討てば良いのでしょうか」 先の事件で、彼女は『ハートイーター』の宿主となった男と戦った。 妻や幼い子供たちとごく普通に暮らしていた、何の罪もない父親だった。 「幸せな父親も、幸せなお爺さんも、 幸福な明日の訪れを信じ、信じるだけの路を歩んだきた人を、 如何してこの癒しの力では救えないんだ……」 要と同じく、その事件に関わった一人である『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)が、悲痛な声を絞り出す。『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)が、大きく溜め息をついた。 「やりきれねーよ……ジーサンの最後の願いをオレたちで叩き潰すなんてさ」 『ハートイーター』は死期の近い老人に見切りをつけ、新たな宿主を求めている。このままでは、結婚の報告に訪れる孫娘が次の宿主にされてしまうだろう。 それを防ぐためには、孫娘が家に辿り着く前に『ハートイーター』を――老人を、殺さねばならない。二人を会わせるわけには、いかないのだ。 「これがリベリスタというものなのですね」 やむを得ないとは承知していても、アルフォンソの口調は自然と苦くなる。それを聞いた『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)が、「これだから神秘って嫌いだ」と低く呟いた。 孫娘の現在位置を把握するべく、ラジコンヘリを憑代に作り出した式神を放つ『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が、どうしたものか、と考えに沈む。 (安全に会わせることがかなうなら、会わせてあげたいのですが……) 簡単に諦めたくはないが、良い方法はどうしても浮かばない。 心臓を失った老人が革醒し、フェイトを得て助かる――という奇跡を心のどこかで期待している自分に気付き、螢衣は思わず苦笑した。 「既に寄生されている桐田耕蔵さんの生命の確保は、残念ながら無理。 しかも、早々に始末しなければ新たなる犠牲者が増えるという切迫した事態。 ――早急に対処しないと」 自分自身にも言い聞かせるようにして、『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が“動かしようのない事実”を口にする。『狂気と混沌を秘めし黒翼』波多野 のぞみ(BNE003834)が、決然と声を放った。 「お爺さんには悪いですけど、すぐにけりをつけます!」 孫娘の到着まで、残り二分。 ここからは、一分一秒の勝負になる。事前に、力を高める余裕はない。 リベリスタ達は迷わず家の門をくぐり、庭から老人の待つ縁側へと向かった。 ● 縁側に座して孫娘の到着を待っていた老人――桐田耕蔵は、庭に踏み込んできた見知らぬ若者達を見て、少し驚いたような表情を浮かべた。 耕蔵が口を開くよりも早く、フラウが地を蹴って老人に迫る。 「御機嫌よう、お爺さん。気の早い死神がアンタを狩りに来てやったっすよ?」 悠長に言葉を交わしている暇などない。両手にナイフを構えて接近するフラウを前に、耕蔵の全身から血飛沫が上がった。老人の肉体を瞬く間に奪った『ハートイーター』が、三体の分身を生み出す。 その分身――血の色をした大きな芋虫たちを目掛けて、フラウが刃を閃かせた。左右に残像が浮かび上がり、三体の分身たちを同時に傷つける。 何が起こっているのか把握できず、目を白黒させるばかりの耕蔵に、防御動作の共有で全員の守りを固めるのぞみが「詳しく説明している暇はありません」と素っ気無く言った。 庭の中央に飛び出した要が、心を掻き乱す言葉で敵を挑発する。分身二体を怒りに誘った彼女に、俊介がすかさず輝く光の鎧を与えた。 「要嬢! 心配すんな、俺が護ってやっからよ!」 後方から自分を支える頼もしい声に、要が頷きを返す。耕造を中心に血の色をした霧が広がり、リベリスタ達を覆い尽くした。 鋭い針に全身を刺されるような痛みに耐えつつ、アルフォンソが攻撃のための動作を瞬時に共有し、戦闘の効率化をはかる。 七花が荒ぶる稲妻を放って全ての敵を貫いていく中、螢衣が占術で不吉の影を生み出し、分身の一体を包んだ。 周囲の魔力を取り込み、自らの力を高める麻衣の傍らで、遥紀が人除けの強力な結界を張る。孫娘――まゆりの訪問を阻むことは叶わないとしても、近隣の無関係な住人をこの家から遠ざけることはできるだろう。 「……突然押し掛けて、こんな目に遭わせてすみません」 申し訳なさそうに言う遥紀を、耕蔵は不思議そうに見つめる。疑問を投げかけようにも、何がどうなっているのか、何を訊けば良いのかさっぱり分からない――という表情だ。 あまりに現実離れした光景を前にして、痛みすらも忘れているのかもしれない。 怒りに染まった二体の分身が要に血潮の弾丸を撃ち、残りの一体がフラウに魔力の網を投じる。フラウは辛うじて直撃を避けると、自分を攻撃した分身に音速の刃を繰り出した。 突入直前に仲間達から離れ、家の屋根に素早く駆け上っていたヘキサが、身体能力のギアを上げて宙に身を躍らせる。 「ここだっ! ブチ抜けぇ!!」 彼は頭上から耕蔵の心臓に向けて蹴りを放ったが、僅かに狙いが逸れ、直撃には至らなかった。特定の部位に的を絞れば、当てるのはそれだけ難しくなる。 認識を広げて戦場全体を視野に収めたのぞみが、手短に事実のみを耕蔵に告げた。 「今、お爺さんはバケモノに体を乗っ取られてます。お孫さんに寄生しようとしてもいます。 だから、ソレを防ぐ為にお爺さんを殺させてもらいます」 「ばけもの……孫……?」 ここに来て言葉を飾っても仕方がない。追い打ちをかけるように、要が言葉を紡ぐ。 「──まゆりさんの為に死んでください」 絶句する耕蔵の代わりに、残り一体の分身が怒りに染まった。 アルフォンソが神秘の閃光弾を投擲し、分身一体の動きを封じる。 「消えろ!! 邪魔だ!!」 厳然たる意志を秘めた聖なる光を輝かせる俊介に続き、七花が一条の雷を奔らせた。 せめて、孫娘だけでも危険から遠ざけられるように――自分に出来ることを。 「あんたら……どうして、まゆりを知っとるんじゃ」 小さく首を傾げるような動きをした老人の体から、血で編まれた真紅の網が飛び出した。 呪縛の効かぬ身である麻衣が、邪を退ける光をもって全ての状態異常を消し去る。 リベリスタ達は先に敵の数を減らすべく、分身たちに攻撃を集めていった。 遥紀が、神気閃光で一体に止めを刺す。 戦いが続く中、式神を通して表の様子を窺っていた螢衣が、まゆりの接近を仲間達に告げた。 「わたしはまゆりさんの誘導に向かいます」 「よろしくお願いします」 声を返す七花に頷き、螢衣は急いで踵を返す。 ● 通りに出た螢衣は、式神を引き上げさせて戦場の監視に向かわせると、まゆりに歩み寄った。 「あの――」 軽く声をかけ、まゆりと視線を合わせる。 「道を間違えていませんか? わたしと一緒に、お祖父さんの家に行きましょう」 魔眼による暗示は、意志の強い相手には通用しないこともある。一種の賭けではあったが、螢衣は何とかまゆりを惑わせることに成功した。 「早く、行かなくちゃ……」 来た道をゆっくり引き返すまゆりに付き添いつつ、螢衣は小さく息をつく。これで、しばらくは時間が稼げるはずだ。 家を離れる分、もしもの時に戦場に駆けつけるのが少し遅れてしまうことになるが――そこは、仲間達を信じるしかない。 ● 「ちくしょう……! さっさとやられろよッ!」 純白の脚甲“アメイジングガール”に覆われたヘキサの蹴り足が、唸りを上げて残り一体の分身を襲う。 雑魚に時間はかけられない。そして、老人の苦しみを一刻も早く終わらせてやらねばならない。 『ハートイーター』に寄生などされなければ、穏やかに人生を終えられただろうに―― それを思うと、胸が締め付けられるようなやりきれなさを覚える。 (でも……。一番残念なのは、やっぱりジーサンだろうな) 音速の蹴撃が、最後の分身を叩き潰す。 これまで可能な限り耕造の死角に立っていたヘキサだが、この時ばかりは分身を攻撃する瞬間に己の姿を晒してしまっていた。 飛来した血潮の弾丸がヘキサの急所を直撃し、彼を血の海に沈める。 俊介は前に数歩進み出ると、魔力の矢を放ちながら耕蔵に語りかけた。 「耕蔵じーさん、よく聞いてな。先は長くない――だから、お迎えが来たんだ。 俺達はその、迎えに来た死神達さ」 「あんたらが……儂のお迎えかね」 続いて、要がジャスティスキャノンを撃つ。 十字の光は確かに耕蔵を捉えたが、『ハートイーター』が持つ浄化作用に阻まれ、彼を怒らせることはできなかった。ならば、と彼女は口を開く。 「最近、変わった芋虫のようなものを見ませんでしたか」 「芋虫……そういえば、そんな夢を見たかのう」 「それは、お迎えの前兆の一つです。他に、不思議なことはありませんでしたか」 俊介と話を合わせつつ、要は少しでも耕蔵から情報を引き出そうとする。 戦闘中に語られる老人の言葉は極めて断片的でしかないが、その死を無為にしないためにも、『ハートイーター』の出現について少しでも手がかりを掴んでおきたい――。 七花の雷撃が穿った耕蔵の傷を、アルフォンソが誘導性の真空刃でさらに深くする。 螢衣が時間を稼いでくれるとはいえ、過信は禁物だ。早く決着させるに越した事はない。 ゆえに、今回は癒し手たちも可能な限り攻撃に回っていた。 麻衣と遥紀が展開した二つの魔方陣から、二本の矢が放たれる。 「怨むなら、どうか俺を。 耕蔵さんには何の落ち度も無いのです、本当に、何も……っ」 血を吐くような思いで声を上げる遥紀を、老人は黙って見ていた。 命乞いをするでもなく、痛みに悲鳴を上げるわけでもなく。 傷ついていく己の体を他人事のように眺めやり、老人はぽつりと呟いた。 「孫娘には……会えんかのう」 フラウが、両手に握り締めたナイフに力を込める。 ――躊躇うな。依頼を請けた時点で、覚悟はしていたはず。 性質の悪い糞虫――『ハートイーター』が居る以上、最後の時間を二人で過ごさせてやる事も許されないのだ。 (躊躇えば、新たな犠牲が出るっすから) 老人も、それを決して望みはしないだろう。だから――。 音速の連撃に続き、真紅のパラサイトメイル【Crimson tentacle】に身を包んだのぞみが大胆に前進する。 「怨んでくれて構いません。こんな理不尽な事もないですからね」 せめて、すぐに終わらせる。それぐらいしか、できる事はないから。 脚部装甲に内蔵されたブレードを引き出し、のぞみは耕蔵の胸を切り裂いた。 「――ただ、あなたを殺します」 鮮血が飛沫を上げ、赤い霧となってリベリスタ達を襲う。 かつてない威力――“絶対命中(クリティカル)”で繰り出された一撃の前にのぞみが倒れ、アルフォンソと麻衣が運命を削って自らの全身を支えた。 これ以上、仲間を倒されるわけにはいかない。要がアルフォンソを庇いに走り、遥紀が聖神の息吹を呼び起こして仲間達の傷を癒した。 二人のおかげで窮地を脱したアルフォンソが、神秘の真空刃で耕蔵を狙い撃つ。 (この戦いにおいて、神秘の秘匿は遵守すべきもの――) それゆえに、自分達は非情に徹しなければならない。 孫娘に一目会いたいという希望を叩き潰し、絶望のまま死に至らせなければいけない。 「ごめんなさい」 魔力の矢で耕蔵を貫きながら、麻衣は彼に詫びる。最期の願いを裏切ると分かっていても、これだけは譲れない。 老人が、切なげな表情でリベリスタ達を見る。 このまま糞虫(ハートイーター)を倒したとしても、残るのは後味の悪さだけだろう。 ――だからこそ、とフラウは思う。汚れ仕事をこなすのは、自分だけで充分だ。 「バイバイ。お孫さんのために、さようならっすよ?」 音速を纏う二振りの刃が、耕蔵の心臓を中心に十字の傷を刻む。 その連撃が止めとなり、『ハートイーター』は滅びた。 地に崩れ落ちていく耕蔵の体を、俊介が両腕で受け止める。 それは、いつものお節介――このまま終わってしまうのは、あんまりだから。 「じーさん、見える? 嬢ちゃんの写真!」 まゆりの写真を懐から出し、耕蔵の眼前で掲げる。 急場で借りたそれは、必ずしも完璧な画質とは言い難かったが―― それでも、祖父が孫娘を見間違えるはずがなかった。 「大きく……なったのぅ……」 口の端から血を流しながら、耕蔵が嬉しげに目を細める。 少しでも心残りが減るようにと、俊介は必死に声をかけ続けた。 「大丈夫、まゆりはしっかりしてる。心配すんなな?」 その横から、七花がそっと問いかける。 「まゆりさんに、言い残すことはありますか」 絶息する瞬間、耕蔵の唇が僅かに動き――もはや声にならない遺言を二人に告げた。 ● 傷ついた身を引きずるように立ち上がったヘキサが、息絶えた耕蔵を見下ろす。 「恨んでくれて構わねーよ……オレも、その方が気が楽だ」 老人の死顔は、思っていたよりもずっと、穏やかだった。 「……遺体を、すぐに隠さないと」 そう言って起き上がろうとするのぞみを、麻衣が止める。遺体を動かしたところで、痕跡を全て消し去り、耕蔵の不在を装うのは流石に難しいだろう。 「後のことは、アークが処理してくれるとは思いますが――」 麻衣の言葉に、要が頷く。 「まずはここを出ましょう」 これ以上何かをするにしても、まずはまゆりの対処を優先するべきだ。 この家で、まゆりとリベリスタ達が鉢合わせするような事態は避けたい。 俊介と七花は、まゆりに付き添う螢衣と合流した。 戦いが無事に終わったことは、螢衣も式神を通して知っている。 「ごめん、護ってやれなくて……」 まだ魔眼の影響下にあるまゆりに、俊介が詫びた。 今の彼女に言っても何にもならないと理解してはいたが、言わずにはいられない。 七花がまゆりの前に立ち、彼女の記憶を操り始めた。 早い時間に祖父の家に辿り着き、既に報告を済ませて帰るところである――と、一時間分の記憶を入れ替え、そこに耕蔵からの祝いの言葉を挟み込む。 ――どうか……幸せになぁ。 それが、あの老人の最期の言葉であったから。 無論、人の記憶を改ざんするこの行為が良いこととは七花は考えていない。 所詮は自己満足に過ぎないが、せめて――これが二人にとって、一分の救いになればと思う。 まゆりの記憶操作に成功したと連絡を受けた後、フラウは一人、耕蔵の家に戻った。 気は進まないが、『ハートイーター』を回収しておかねばならない。 その背中を無言で見送った遥紀は、強く唇を噛んだ。 これでまた、心臓を失った亡骸が遺族のもとに戻ることになる。 神秘の秘匿のため、そして同じ悲劇を繰り返さぬため、必要な事と分かってはいても。 (……それでも、どうしても悔しいよ、痛いよ) あの老人の魂は、優しい場所に導かれるだろうか。 ちゃんと、安らかに眠れるのだろうか。 「俺達は、何一つ守れやしないのかな……辛いのは、一人じゃないけど、さ」 おそらく同じ思いを抱えているだろう黒翼のフォーチュナを思い、遥紀は頭を振る。 「リベリスタというのは、改めて……思い知らされますね」 アルフォンソが、傍らで重い溜め息を漏らした。 「お疲れさん。……皆、ゆっくり休んでくれ」 アーク本部に戻ったリベリスタ達を出迎えた数史は、そう言って全員を労った後、俊介に「写真は見てもらえたか」と小声で訊いた。 黙って頷く俊介に、数史は「そうか」と答える。遅すぎた未来視を嘆く暇があるなら協力してくれと、出発前に写真の入手を頼んだのは俊介であり、それに応じたのは数史だった。 「数史……まだいんのかな? ハートイーター」 俊介の問いに、黒翼のフォーチュナは眉を寄せて首肯する。 「……いる、だろうな。あれが三体きりとは思えない」 「それ全部、俺が殺し尽くしてやんよ」 拳を固く握り締め、俊介は迷わず言い切った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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