●爽快コンフュージョン 走って逃げて飛び込んだ。 その先で、彼は嗅いだことのない匂いに触れた。 はたり、立ち止まる。匂いだけではない。足の下の感触も、風景も、全部が彼の知らないものだった。 きらきらと目一杯の好奇心に彩られた瞳が、月光に照らされた三高平市の街並みを映す。彼に取ってそこは、まだ冒険したことのない未知の世界だった。 何だろう、何だろう、何だろう。 彼の好奇心が湧き上がる。その証拠のように、彼の後ろでぱったぱったと大きく振れるのは尻尾だ。 彼はちょうど目の前にあった自分と似たような大きさの知らないものをえいやと叩いてみた。ちょっと硬い。けれどものの見事にへっこんだ。何だか面白い。 さらにぱったぱったと尻尾が振れる。 その彼の頭の上にはぴんと尖った耳があり、全身は夜に溶けるような漆黒の毛並みに覆われていた。 ちょっと短めの四本足と、丸い瞳。体に比べて小さな翼がちょこんと背にあり、目元と口元にはまだ幼さを残す。顔かたちだけを見れば、それは背に羽のあるが、ただの子犬だった。――けれどもほの青い燐光に縁取られたその体躯は、軽自動車一台分程も大きい。 その大きな羽付き子犬は、落ち着きなくきょろきょろと辺りを見渡して、次なる興味の対象を見つける。自分より随分小さな二本足が、光るものを持って歩いている。 きらきら、きらきら。満月でも借りたような丸いそれが、彼は気になって仕方がない。 ひょっとしてあれは遊んでくれたりするのだろうか? ああ、そんなもの。追いかけずにいられるわけがない。 ●疾走ファンタジスタ 「でっかい子犬が脱走してな? それをどうにかしてほしい」 集まったリベリスタ達を見渡した、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は何とも言えない表情でそう切り出した。 「脱走犬……エリューションビーストか?」 「いや、アザーバイドだ。どこぞから脱走して来たらしい。それを送り返して貰いたい。凶悪性は一切ない。ないんだが」 そこで伸暁は軽く溜息をつく。見て貰ったほうが早い、とモニターの電源を入れた。そうしてそこに映し出されたのは、それはもう傍目からも明らかなほど無邪気に楽しげに人や車を追い回す、巨大な犬だった。 「ここ数日、車や人が夜に巨大な犬に追い回されるって被害が出ててな。だいぶ深夜らしいから、当人達は夢でも見たと思ってるようだ。怪我人はいない。だが時間の問題だろう」 何しろ、と次にモニターに映し出されたのはべっこり凹んだ軽自動車だった。リベリスタたちはひくりと頬を引き攣らせる。 「ほら、あれだ。子供と遊ぶと、手加減を知らないからやたら痛いだろ。似たようなものさ」 伸暁は苦笑する。この車は無人だったから良いものの、人がいれば重傷は必至だ。リベリスタは眉をひそめる。 「排除したほうが早くはないか」 「まあ、早さで言えばそうだろう。だがこいつはどうやら、遊びたがっているだけみたいでな」 気が済むまで遊んでやれば、満足して素直に帰るだろうと伸暁は言う。 確かに、サイズがやや大きいだけで、愛らしい顔をしている子犬ではある。触ればきっと毛並みもふかふかだろう。 「しかし、遊ぶ、と言われても」 「簡単だ。こいつは人や車を追い回してる。――つまり、追いかけられてやればいい。気が済むまで。耐久マラソンだな」 あっけらかんと伸暁は言った。そうしてリベリスタ達に資料を渡す。 羽付き子犬。サイズは大いに大。性質は温厚。無邪気で好奇心旺盛。ただし怪力。夜行性で深夜、午前3時頃に大通りに姿を表すことが多い。色は黒だが、青い燐光を放つので見分けは容易い。羽はあるが、飛べはしない。怪力ではあるが、体重は非常に軽い様子。時速10km程度で走り回る。 「ま、どう遊んでやるかは任せよう。無邪気に元気に攻撃まがいのこともしてくるだろうしな。ああ、できるだけ街のものは壊さないようにな?」 だいたい朝まで付き合ってやれば満足するだろう、と何でもないように伸暁は言って、リベリスタ達を送り出すのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:野茂野 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月08日(日)22:53 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 白い月光が、夜に浸かった街に降り注ぐ。 草木も眠る丑三つ時とは言うものの、このご時世の街は眠っても夢現だ。大通りには街灯が立ち並び、ごく稀とは言え車も走る。 その通りを注意深く見渡しながら、並んで歩く三人がいた。 「やはりと言うか、さすがにこの時間に出歩く人はいないみたいですね」 「うむ、しかし万一のことも考えて離れはしないぞ、『兄さん』!」 懐中電灯を照らしつつ、にぱりと笑ってみせるのは『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)だ。それを受けて、『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)も柔和な笑みを返した。 「ああ、気をつけてくださいね、『雷音』? それに『ルー』も」 「ルー、オイカケッコ、スル!」 わかっているのか曖昧な返事だが、こくこくと頷きながらルー・ガルー(BNE003931)は瞳を輝かせる。ぶかぶかなシャツ一枚という格好だが、この時間だ。万一職務質問されても、寝巻きということで何とかなるだろう。そう信じてみる。 「そういえば、義衛郎は犬が好きなのか? ボクは好きだぞ、お犬様」 まだ姿の見えぬ目標を探しながら雷音は笑うが、すぐに慌てて付け足した。 「い、いや! 決して可愛いから好きだとかそんな単純な理由などではないのだがな!」 その慌てぶりをあえて追及するでもなく、義衛郎も視線を巡らせながら答える。 「オレも好きですね。犬も含んで、動物が。犬と遊ぶのは実家を出て以来ですが……今回のは、少しサイズが――」 特大ですね、という言葉は音になることはなく、義衛郎はその勘が導くまま、振り向き様に上を仰いだ。 「来ます!」 丁度街灯の下にいた三人の頭上を、大きな影が飛び越える。黒い毛並みに愛らしい顔、そして車一台分もあるその大きさに、青い燐光と背の羽。それは間違いなく、三人が探していた目標のアザーバイド『羽付き子犬』だった。 「ミツケタ! オイカケッコ、オイカケッコ!」 ルーが純粋に嬉しそうな声音で子犬を見詰めながら子犬が走り抜けた車道へと出る。あとの二人もそれに続いた。 子犬は三人を通り越して、しばらく行ったところで止まっていた。首を二、三度捻ってから三人を振り向くと、雷音の手にある懐中電灯を見つけてその瞳を輝かせている。だが瞳を輝かせたのは子犬ばかりではなかった。 「ルー、タクサンアソブ!」 「な、なんと愛らし――い、いやいや違うぞ明日らしいと言ったのだボクは可愛いものを見てはしゃぐような歳でもないからな、うむ!」 では明日らしいとはどういう意味かという突っ込みは優しく無視されて、雷音は気を取り直すようにこほんと咳払いを一つする。そうしてルーと義衛郎に誘導の準備を、と目配せをしてから、すうと息を吸い込んだ。 「こんばんは、異界のお客人!」 ● 「……そういうわけで、工事の準備をしますので、場所を空けてもらえるかしら」 ほんわりと微笑んで、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は公園にいた一般人に声をかけた。のほほんとした彼女の元来持つ雰囲気とマイナスイオンの効果も相俟って、公園にいる人影は比較的速やかに羽付き子犬を待ち伏せるリベリスタ達のみとなった。 「案外いるもんっすね、こんな時間に」 一般人が完全に立ち去ったのを確認して、時間のおかげか生来か、眠そうな目で伊吹 マコト(BNE003900)は結界を展開させる。この時間だ。これで人が寄ってくることもあるまい。 「コーンはこんな感じで良いです?」 「ああ、ロープはオレがしよう。張り紙を頼むよ」 「了解なのです」 よく工事現場などで見られる赤いコーンを設置して、『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は工事中、と書かれた紙をぺたりと貼り付ける。てきぱきとした動きではあったが、その後ろで尻尾がぱたぱた元気に振れていた。 コーンにロープを張って、『ただの犬好き(34)』四門 零二(BNE001044)は精悍な顔つきでよし、と呟く。かっちりとしたスーツ姿の彼に工事用具というのもやや不釣合いではあったが、急場しのぎなりに、よくある工事現場の雰囲気は出た。 「はやくこないかなっ、はねつきこいぬさんとおいかけっこ!」 準備は万端とあって、テテロ ミミルノ(BNE0003881)もわくわくとした表情だ。 手はずでは、誘導に出向いた三人がここまで子犬を連れて来る予定になっている。昼間のうちに、あらかじめルートは確認済みだ。 「そろそろもふもふくんを見つけた頃かしら」 ニニギアが首を傾げて、入り口のほうを見詰める。それに、近くにあったブランコを揺らしていたミミルノがきょとりとした。 「もふもふくん?」 「わんこのことよ」 「あっ、はねこのこと!」 「はねこ、です? 可愛いあだ名なのです」 準備を終えたそあらも話に混ざった、そのときだった。 各自のアクセス・ファンタズムが着信を知らせて鳴り響く。着信は義衛郎からだ。それを各々確認して、皆が入り口の方を見詰めた。その入り口で見張りとして一人立っていたマコトもまた、アクセス・ファンタズムを仕舞いながら呟いた。 「――来るみたいだね」 ● 「アォーン!」 一瞬それは、仲間の遠吠えかと思われた。けれども違う、違うけれどもその二本足は身軽に動いて動いて、子犬は走りながら一層楽しくなる。 「こっちだぞ!」 ぶんぶんとあの小さな満月みたいなものを振りながら走る二本足もいる。時折ぱたぱた動く背中の羽も気になるし、何よりあの小さい二本足はわかりやすい言葉で子犬に声をかけてくる。 もう一人の二本足は爪を伸ばしてもなかなかひっかからない。 「ルー、コッチ!」 時折仲間とよく似た雄叫びを交えながら走る二本足は、スピードを上げたかと思うと、唐突にその姿を脇道へ消した。曲がるために立てたのだろう爪痕の通りに子犬も曲がる。 そうしたらその先で、たくさんの楽しそうなそれが待っていた。 ● いぬ、といち早く呟いたのは誰だったか。零二がいたほうから聞こえたようだったが、彼は羽付き子犬が公園へ現れるや、追いつかれそうになっていたルーを確認し、その目の前へ飛び出した。 「じゃあ、今度はオレと遊ぼうか?」 手に持っていた懐中電灯で子犬の目の前をちらちらと照らす。すると綺麗に興味をそちらに移したらしい子犬は元気よく零二を追いかけ出した。 「追いつけたら、ちょっと美味しいオヤツをあげるよ」 そのガタイに似合わぬほどの俊敏な動きで零二は障害物を上手く使って公園の中を逃げ回る。 「はねこ、しょーぶだよっ」 零二に次いで、とうっ、と勢いよく漕いでいたブランコから飛び降りたのはミミルノだ。公園にある遊具を思う存分に使って、ちょこまかと楽しそうに逃げる。 その一方で、誘導に回っていた三人はさすがにやや疲れ気味だった。 「戦闘訓練のお蔭で学生時代より走れてたけど、やっぱしんどいわ……」 子犬の死角になりそうなところにずるりと座り込んで、義衛郎はぜいぜいと息をつく。ルーも体力の回復を試みるのか、似たようなところで大人しくじっと子犬を見詰めていた。 「らいよんちゃん、お疲れ様です」 ぱたぱたと尻尾を振り振り駆け寄ってきたそあらに、雷音も息を整えながら笑って応じる。 「だがこれからなのだ。そあら、ニニギア。追いかけっこの時間だぞ」 「でもその前に、少し休憩ね」 くすくすと笑って、ニニギアが聖神の息吹でそこにいた誘導役の面々を癒す。 「さ、それじゃ、心置きなく鬼ごっこねっ」 ● 「どうしてさっきから私一直線なのかしらわからないけど可愛いわっ」 ゆるやかに広がる黒髪を靡かせながらニニギアは全力で逃げる。 片手には懐中電灯、もう一方には蓄光塗料を塗った枝があった。どうやら子犬は懐中電灯に殊更惹かれるようだった。けれど今周りで走ってくれている他の仲間にも持っている人はいる。にも関わらずさっきからどうも子犬はニニギア目がけて全力で突っ込んで来るのである。 もふもふだ。無邪気だ。可愛いのだ。だが。 「その怪力はちょっと可愛くないのよっ」 脳裏に過ぎるのは資料で見たべっこり凹んだ車である。 「思ったより走るの速いし、とってもタフね」 低空飛行を織り交ぜながら走っているとは言え、流石に息が切れる。ぜい、と肩が目に明らかに上下するようになってきた。そろそろ回復を試みようかと周りを見渡して仲間の位置を確認して、ニニギアはふと気づいた。 「……もしかして、これかしら?」 片手にある、カラーボールを用いて作った、光る枝。他の人が持っていないものと言えば自分の持ち物ではこれくらいだった。 試しに投げてみようかと思ったところで、疲れた足がもつれる。あ、と思った時には、頭上に黒いもふもふの影があった。――踏まれる。 覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑った。だが次の瞬きで、彼女を包んだのは鈍痛でも息が詰まるような重力でもなく、ただ、もふり。 「……もふ、り?」 暖かくて柔らかくてどうにも気持ちいいものが、例えるならふかふかの毛布のような感触がニニギアを包み込んでいた。うつ伏せに転がってしまっていたので、首を回して見上げれば、獲物を捕まえて上機嫌なつぶらな瞳がそこにある。 「――犬さんこちら、手の鳴る方に」 ニニギアが捕まったのを見てか、ぶんと懐中電灯を空へ投げた雷音が子犬を呼ばわった。するとすぐに反応した子犬がぴょんと跳ねてそちらへ駆ける。 「ニニギアさん、大丈夫なのです?」 雷音と連携を取って逃げていたそあらが、天使の息で倒れたままのニニギアを回復する。 ニニギアは転んだ拍子に擦り剥いた傷が癒されるのを起き上がって眺めながら、ええ、と頷いた。 「ちっとも何ともないの。あの子、重くないから、踏み潰されないんだわ」 きっと力を込めて叩くなり引っかくなりをされなければ踏まれる分には何ともないだろう。 「もっふもふよ」 しあわせ、と捕まったにも関わらずニニギアはほんわり笑った。 後方での賑やかさを聞きながら、マコトは見張りと言う名目で入り口付近に立ったまま追いかけっこに未だ加勢せずにいた。 「……しかし、みんな元気だね」 ぽつりと呟く。独り言というわけでもない。脳内の存在へと話しかけていた。頭の中に響く応えを聞けば、薄く笑う。 「いつからだろうね、頑張る人をクールぶって斜に構えて見る様になってしまったのは」 当たり障りのない道を選んで進んで、自分から何かに立ち向かって行くような、そんなドラマティックな人生は歩んで来てはいない。 振り返れば、一人子犬に捕まってしまったようだった。けれども皆一様にとても、楽しげに見える。また、頭の中に声が響く。 「……やめてくれよ、頑張りたくなっちゃうじゃないか」 ぱったぱったと尻尾が揺れる。それは子犬のものでもあったし、そあらのそれも同じくだった。 「あたしはわんこの遺伝子持ってるですから、そう簡単には捕まらないですよ?」 雷音と並走しながら、そあらはくるくると尻尾も懐中電灯も一緒に回して子犬から逃げる。勢いよく横切る風には徐々に朝の匂いが混ざり始めていた。 「そあらっ」 「はいですよ、らいよんちゃんっ」 二人は顔を一瞬見合わせる。そして次の一歩でぱっと二方向に別れた。親友と認め合うだけあって、息の合い方はとても良い。 子犬は一瞬きょとんとつぶらな瞳を丸くした。けれどもすぐ狙いを定めて真っ直ぐ飛ぶ。体重の軽い子犬はふわりと浮いて――その先の遊具の上にいたミミルノの所まで跳躍した。 「わあわあっ」 不意を衝かれたミミルノは、慌てて勢いよく遊具の上から飛び降りた。風を孕んで、ふりふりのメイド服がはためく。 「とおくまで、ぴょーん!」 けれどもその飛んだ小さい体を、子犬も楽しげに追いかけた。 もふり。またそんな音で、二人目が捕まった。 「もふーっ!」 そしてやはり、幸せそうなのである。 「……もう二人も捕まったか」 代わろう、と走りっぱなしだった雷音の肩を叩いたのはしばらくの休憩を取っていた零二だった。軽く首もとのネクタイを緩めて、ミミルノのところでぱたぱた尻尾を振っている子犬を見る。 「あれだけ大きいと、ブラッシングのしがいがありそうだ」 渋い笑みで、彼は駆け出す。それに次ぐように、様子を見ていたルーも飛び出した。 「ルー、ハシル!」 野生的な動きで楽しげに子犬に向かって行ったルーを見て、そあらが、あ、と声を漏らす。 「ルーさん、服脱いじゃったです?」 忠告に従って大通りにいたときは一応着ていたシャツも今はどこへやら、すっかりルーは毛皮一枚の姿に戻っていた。 夜空の端が朝の白に齧られ出す頃、子犬は未だぱったぱったと元気よく尻尾を振っている。 一方のリベリスタ達は、代わる代わるに走るとは言え徐々に疲れも溜まって来ていた。既にそあらと雷音、ルーも捕まって、すっかりもふもふの虜である。 もふもふだ、気持ちいいだ、そんな声を聞いていたら、もう捕まってしまおうかとも一瞬過ぎらない事もない。 「そろそろ代わりますよ、四門さん。明け方だ、ラストスパートと信じたいです」 「ああ、では頼もう」 何度目かの交代で、義衛郎が立ち上がる。今子犬は零二が持っていたほねに首ったけのようで、零二は飛び掛ってきた子犬をぎりぎりでかわして、ほねをさっと隠す。 行き過ぎた子犬は地面を滑って公園の入り口付近まで転がり、そこでふと動きを止めた。正しく言えば尻尾はぱたぱた元気よく動いている。まるでそこに、新しい興味の対象を見つけた様に。そういえば入り口の見張りにはマコトがいたはずだ。そう思って見やった先から、スケボーに乗ったマコトが勢いよくこちらへ抜け出して来る。 「おいで、次はこっちの番だ」 ――マコトが淡々と呼ばわった、その子犬の射程内にはしっかりと義衛郎も零二も含まれていた。 ここに、何度目かの男だらけの逃走劇が始まる。 ● 「あー……しんど」 爽やかな朝日が夜に沈んでいた色を鮮やかに照らし出す。その中でくったりと座り込んだリベリスタ達の心情は、マコトのその一言が綺麗に代弁していたかもしれない。 オン、と子犬が鳴いた。鳴いて、そうして尻尾を振りながらぺたりとそこに座り込む。ここまでで初めての鳴き声。その図体にはそぐわないが、愛らしい顔の通りの幼い声だった。 「まんぞくした、だそうだ」 結局なんだかんだと走り回り、へとへとになって座り込んでいた雷音が嬉しそうに言葉を伝える。 「オイカケッコ、オシマイ?」 楽しげに子犬にじゃれついていたルーがこてりと首を傾げる。 結局最後まで逃げ延びたのは零二とマコト、義衛郎の三人で、既に捕まっていたニニギアやそあら達から回復を貰っては逃げると言う文字通り耐久レースを勝ち抜いた。途中参戦のマコトにはスケボーと言う頼もしい手段があったが、途中から落ちて全力疾走となっていたり、アラサーだって、とぼやきながらもあっちへこっちへと逃げ抜いた義衛郎、終盤ではほねを上手く使ってとってこーいまで教え始めていた零二など、三様と言えばそうだが、それぞれ少なからず楽しめたのは表情を見ればよくわかった。 「ああ、みんな。――ありがとう、だそうだ」 もう一声鳴いた子犬は、まるで笑うように口を開けた。そうして、すり、とリベリスタ達に頭を擦り付ける。それはまるで別れを惜しむようにも、好意を伝えるようにも見えた。 「はねこ、おいかけっこおもしろかった?」 ミミルノがぼふりと子犬の首元に飛びついて、見上げる。そしてにぱりと無邪気に笑った。 「またあそぼーねっ」 「ふふ、そうね。また、なんて、無い方がいいのかもしれないけれど。……もしまた来たら、どんなふうに遊ぶか、考えておくわ」 元気でね、とニニギアがもふもふの毛に顔を埋める。続くように、雷音も背中に抱きついた。 「また会いたいな。あそんでくれてありがとう」 無邪気で可愛くて、あったかくて。楽しかった。そんな時間をくれた子犬と別れるのは少し切なくて、目頭が熱くなる。 けれども、このアザーバイドを送り返すまで。それがリベリスタの仕事だ。 「元気でな」 零二の声に後押しされる様に最後に一声、オン、と鳴いて、子犬はひとつ跳躍する。その先にD・ホールはあった。そこにするりと飛び込んで、後には朝日にきらきら光る青の燐光だけが残る。 「……またいつか、会えるといいですねえ」 ブレイクゲートでホールを閉じてから、そあらは優しく笑って雷音にハンカチを差し出した。雷音はこくりと潤む瞳でそれを受け取って、ぎゅうと握る。 そのしんみりとなった空気を励ますように、義衛郎の声がかけられた。 「――皆さん、走り回ってお腹空いてませんか? どうせなら、朝ごはんご一緒しましょう」 無邪気な夜は騒がしく明けて、新しい朝がこれから始まる。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|