● ラ・ル・カーナの三つの月が地表を薄ぼんやりと照らす。 ゆらゆらとたゆたう光は波のようにさんざめいて、魔法めいた輝きが生き物達を包んでいた。 世界樹の加護篤きラ・ル・カーナ。緑多きラ・ル・カーナ。 ああ、美しくたゆけきラ・ル・カーナ。 我らに加護を、世界樹エクスィス。 ……なんてむり。 まじめなのはむり。 むりむりむりーっ! 「……むは」 がさっと茂みから頭を突き出す。私のお友達が飛び出して来たので、慌てて茂みに突っ込んで戻した。 ……大体、ね。 大体なのね。 ずるいのね。 ずるいのよね、エウリスちゃんだけ! エウリスちゃんだけエウリスちゃんだけ、異世界に行って帰ってくるなんて、ずるいずるいんだから! だからリリだって、行ってやるのよ! ……って思ったんだけど。 「……どうしよ、どうしよ」 こまった。 一歩も動けない。 リリの目の前には、体が硬くて、背筋の曲がって、でも筋肉いっぱいのおそろしい生き物が、頭をぼりぼり掻きながら闊歩しているのよ。 異世界のニンゲン達が通っているっているっていう穴の近くまで来たはいいのに…… あの生き物、頭は悪くてバイデン達にいいように使われてるけど……感覚、特に鼻と耳はすっごくいいのよね。 リリはこれでも賢いの。 賢いから、植物の知識は豊富なの。 今隠れているこの草は、とっても強い香りがあるのね。だから、リリの臭いは消えてる。 でも、ここから一歩でも動いたら……たぶん、すぐに見つかっちゃう。 でもじっとしていれば、大丈夫、だいじょうぶ、多分、だいじょうぶ…… ……あ、だめ。 やっぱりだめ。 ふるふると、背筋が震える。そんな、こんな時に、どうしよう……! 「お、おといれ行きたい……」 どうしよう、どうしよう。 困った、困っちゃった……!! ● 「……困ったことになりました」 シェルンが、眉根を寄せて溜息を吐く。心配そうに、3匹のフィアキィがくるくると回りを回っている。 「私共の同胞の……中でも、その、若くて変わり者の子が。どうやら、里を抜け出してあなた達の世界へ向かおうとしているらしいのです」 確かに、それは困った話だ。子供が心配だからか、無鉄砲さに呆れたのか、世界に与える影響からか、とにかくあなた達はシェルンへとその少女の捜索の手伝いを申し出た。 「ああ、申し訳ありません。お願い致します。バイデンや巨獣に攫われたりしていなければ良いのですが……あの子は、博識のわりに詰めが甘いので困り者なのです」 好奇心は猫をも殺すと言う。 罪も無い、本当に純粋な好奇心だが、それだけにその好奇心がその少女の胸に突き立たないか。 困った。本当に困りものなのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月16日(月)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ぱぁん、と乾いた紙を叩いたような音がした。 スピードに恋する『LowGear』フラウ・リード(ID:BNE003909)の残影剣は、やはりそれに見合う速さはある。 「そんな鈍足じゃー、うちの的にしかならねーっすよ?」 ふふん、と自慢げ。 しかし、軽い。巨大な腕に鬱陶しげに振り払われて後ろに跳び下がって、しかしスプリガン達の目は、間違いなく彼らに向いた。 「国へ帰るんだな、お前にも……いや、そもそも此処で仕留めるっすから帰さないっすけどね。さーて、迷子ちゃんはどこっすかねー」 「どこだろねー☆」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(ID:BNE002283)が聞き耳を立ててみる。戦闘は仲間にお任せで茂みに目を向けるが、やはりと言うか、風鳴りも手伝ってそこら中が“がさがさ”で一杯だ。特定するには、もうちょっと時間がかかる。彼らの行動の意味などスプリガンには分からないが、敵対する意志だけははっきりと伝わったようだ。鼻面に皺を寄せて、唸り声を上げている。身体のところどころから鈍色の輝きを見せているその1体の動きが、不意に止まった。『燻る灰』御津代 鉅(ID:BNE001657)のデッドリー・ギャロップ。全身から気糸を出して絡め取りながら、鉅は周囲を観察する。足跡などあるかと見ようと思ったのだが、身体を思い切り引っ張られるような感覚に集中し直す。一瞬でも気を抜くと、持って行かれそうだ。 とはいえ、未だ巨大化は行われない。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(ID:BNE002439)が終を庇うように移動すると、何やらスプリガンがやにわいきり立ち始めた。 「な、何です?」 つまるところ。香水という刺激的に過ぎる香りは、異世界の熊さん達のお気に召さなかった様子なのだ。 そのうちの一体が吼える。彼らスプリガンの爪は扁平で巨大であり、一本一本が複雑な形を取って、指を貫き手よろしく揃えるとさながら何かの武器のような様相を呈した。気に入らない匂いの下へ、剣のような爪を引っさげて突進する。その間に、一つの影が滑り込んだ。咄嗟に目標を変更したスプリガンの袈裟懸けの打ち下ろしが、その肘に添えられた手の平に滑らされる。そのまま影が勢い良く足を転換すると、スプリガンは盛大な地鳴りと共に転倒した。立ち上がる砂埃を掃い、『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(ID:BNE000666)周囲を見渡した。合気の極意とは重心を見極めることであり、その意味では力任せのこの敵は良い的と言えるだろう。 「うーん、森の方は綺麗なのですがこちらは殺風景でいけませんねえ、砂埃で汚れちゃいますし」 けほけほと咳払いをして『スウィートデス』鳳 黎子(ID:BNE003921)が呟くと、ぱちんと指を叩いて幻影を生み出した。生み出された幻影は緑目に緑髪と長い耳。フュリエの姿をとるとたったとリベリスタの方へ駆け出す。ふっと首を巡らしたスプリガン達は、一瞬鼻をひくひくと蠢かせるが、ふいっと目を逸らす。 幻影に、臭いはしないのだ。 「まあ、一瞬の足止めにはなったかな、っと!」 「……それは良いんですが、まずリリさんを探さないと」 空中に、小瓶が一つ舞った。 ツァイン・ウォーレス(ID:BE001520)の刃は破邪の輝きを帯びて、起き上がり様の一頭の肩ごと香水の瓶を薙ぎ払い、流麗に回った手首からの突きが喉元を貫く。巨体が崩れ落ち、吹き上がる血しぶきを煩わしそうに腕で防ぎながら『おとなこども』石動 麻衣(ID:BNE003692)がマジックアローを撃ち放つ。一応、倒れた相手に突き刺すが、丁度とどめと成った様子。 結果として、その行動は、敵の本気を引き出す結果となるのだが。 ● ゴガァ、とかグワァ、とか、そんなような唸り声は、一匹一匹によって違った。共通するのはそれが怒りの声だと言う事で、そのどれもこれもが咆哮と共に全身がびきびきと怒張している。身の丈が1m80cmほどの装甲の間に赤黒い肉が見えて、びきびきと巨大化する。 「ふん、鈍足野郎。テメーじゃどう頑張ろうとうちは抜けね……」 何をやろうとしったことじゃないと余裕の表情で鼻を鳴らすフラウ。ぎゅっと足を踏みしめると一瞬で懐に飛び込み、ナイフを振り回す。ぎゅん、と速く鋭いその攻撃は――鋭く一歩、踏み込むことで回避された。 「って、えー」 斜め後ろの巨大な影。 スプリガン達は、軒並み2mと半分程度に巨大化していた。びきびきと装甲の間から肉が脈打っているのが見て、若干恐ろしい。それを見て、静かにソラウがこめかみに冷や汗を垂らした。 「それは卑怯でしょう常識に考えて。うちのログにはそんなんないっすよ……ムキムキになるのもイヤっすしってうわあ!!」 ぶうんと重爆撃のような一撃が来るのを慌てて回避する。概して巨大な生物というのは動きが鈍いように思われがちだが、質量が大きいというのはつまり、大量の筋肉を搭載出来るということだ。小回りならばともかくスピードは等比例に上がっていく。 そのぶぅん、という大きな音に混じって、がさり、という音がした。風に揺れる漣ではなく、僅かに弾けるようなその音は普通であれば気付きはしない音だ――集音装置で聞き耳を立てていた終以外には。 「みーつけたっ」 『あにゃっ?!』 いかにも気付いてない風に近付いてから突然がさり、と草むらを掻き分けた彼に、びくぅ! と飛び上がる少女が見えた。その背後に、巨大な獣が腕を振り上げる姿が見える。 『にゃー! に゛ゃー! ぎゃー!』 「あ、うん。こっち?」 少女が奇声と共に指差す方向へ、少女を抱きかかえてそのままくるりと終は身を翻す。ナイフを翻して赤黒い鎧の隙間を切り裂くと、ととっと軽い音と共に下がる。混乱してあわあわしている少女――リリ・シャリーネの視界にいる一体のスプリガンに、一本の矢が刺さった。それ自体は大してダメージを与えていないが、如何なる力によるものか。Cait Sithの矢を身に受けたスプリガンは、身体が萎んで仕舞いには元に戻ってしまった。 『助ける。だから。動くな!』 『!! あなた、話せるのね!! わー、素敵!! キャー!!』 「……う、うぬ?」 わさわさと両手を振り回し始めたリリが早口でフュリエの言葉を話すので、レイチェルは目を白黒。 その間に、その少女がフュリエと臭いで気付いたスプリガン3体が突進して来た。 『い、イヤァー! 来たのよ、もうおしまいよぉう!!』 『もう大丈夫。助けるから!』 慧架が、声を掛ける。1体、巨大化したソレを投げるのには難儀するが、やって出来ないことはない。横薙ぎの一撃、巨大な刃を潜ると、振り切った腕を押し込みながら反対側の肩を掴んでぐるりと引き倒す。馬鹿力の分ダメージは大きく、ゴォフと口の端から白い泡を吹いて倒れると、慧架はその頚骨を踏み折った。死体を乗り越えて2体目が来る。ぶん回しの一撃が鉅の身体に。膨れ上がった筋肉の、単純な筋力によるパワーとスピードが防御など突き破って鉅の身体に突き刺さった。 「引き付ければ当てやすい……と思ったが、それは相手にしても同じだったな」 がふ、と血糊を咳き込みながら、デッドリー・ギャロップを打ち込む。びくりと止まったその身体も厭わず3匹目が襲いかかる、その攻撃はツァインが受け止めた。衝撃はバックラー程度では吸収仕切れない。身体がびりびり痺れているのが判る。少し涙目にもなりそう。 「っつあー! 痛ったぁー!」 『いったぁー!』 後ろの方のリリも同じポーズを取ってしまうほど痛そう。なまじ単純な攻撃だけにビジュアル面もちょっとヒドい。ブレイクフィアーを唱えてついでに態勢の崩れた仲間も癒すと、敵味方の位置が少し明確になる。仲間の危地を救うべく再び巨大化する1体のスプリガンの、装甲と装甲のちょっとした隙間にハイアンドロウが埋め込まれて弾けた。反動でダメージを受けながらちょっと下がる黎子、ぱらりとめくられるグリモワールは麻衣のもの。天使の歌で仲間を癒すと、きゃーきゃーかっこいー! と騒いでいるリリに呆れ半分の溜息を吐いた。 「好奇心は猫を殺すと昔から言われていますが、一概に責められるものではありません。ありませんが、無謀と勇気は混同してはいけない……っていうか、あの子はもうちょっと恐怖っていうものを覚えた方が良いですね」 「ちゅっても、変わり者とは話してみたいっすね。異世界のお友達とか悪くない響きじゃねーっすか!」 フラウ奮起。ひゅひゅんと両手のナイフを振り回すと、吶喊する。カウンターで突き出される剣の上に宙返りで飛び乗り、手首をざくざくと掻き切って、痛がる獣はもう片方の手を振り回すのだけど、その下を潜ると腋の下の動脈を切り裂いて首を切り裂いて、崩れ落ちる巨体。戦いが激化する間に、慧架が終とバトンタッチした。慧架の方で何が起きているかはプライバシーの関係で内密にするとして、ソニックエッジはデッドリー・ギャロップに囚われた1体をざくざくと突き刺して切り裂いている。気糸を振り払おうとするが、首にぐいぐいと絞まり、締め落とされてがくりと気を失う。 「ま、そういうの諸々さ……」 スプリガンも、強靭な力とスピードを持つ。だとはいえ、これは獣に過ぎない。連携もなく、技術もなく。 そういう意味では、彼らにとって獣達は敵ではなかった。 「終わってから、考えよーぜ!!」 攻撃を横からバックラーで叩いて、弾き落として。 上から振り落としたブロードソードの一撃は、短くて鈍い音と共に獣の頭部を切り落とした。 ● 『わぁー! わぁわぁわー! あなたたちが異世界の人! すごいわねっ色んな人がいるのねっ、なぁんかゴツゴツした身体の人もいるし凄い何かもうすごーい!』 きゃいきゃいきゃいと興奮しきりの言葉は、何を言っているのか。タワー・オブ・バベルを持つ者のいないリベリスタ達にはてんで判らなかった。判らなかったが、判らないなりに判ることもある。 ひとつ、彼女の声は非常に歯切れが良いということ。ひとつ、その目には紛れも無い理知的な光が宿っているということ。もうひとつ、下手をしたらこのまま飛び出しかねないくらいにそわそわしているということ。 橋頭堡にて彼らは人心地ついていたのだが、もうこのリリーというフュリエをもてあまし始めている。収拾をつけるべく苦笑すると、終は 『えーと、ね』 言うと、紙芝居らしきものを取り出した。 簡略化したラ・ル・カーナにリリちゃん、簡略化した地球にオレ等を描いてそれぞれの世界を表現 ↓ るんたったと地球に向かうリリちゃん ↓ すると地球にひびが!? ↓ しくしく泣くオレ等、オロオロするリリちゃん ポンチ絵だが、言わんとするところはわからないでもない。 『だから……ごめんね』 『……うー』 唇を尖らせる。元々知っていたのだ。 それでもなまじ賢い彼女は、相手にそんなすまなそうな顔をさせて尚、自分のわがままを押し通すほど自分勝手にはなれない。 「うんうん、どうやら判ってもらえたよーっすね。オケーオケートモダチトモダチ! アクシュ!」 ソラウの差し出す手に、しばしためつ眇めつしてから、手を取ってぶんぶん。その横から、紅茶とケーキが差し出された。慧架とツァインが笑っている。 『美味しいよ』 「『コレ、やるよ』……俺達の世界のお菓子!エウリスが食べたのより美味いぞ! 内緒なっ」 短い文節は判るものの、どうにも言葉を聞き取れずまごまごしているのだが、エウリスという文節が聞き取れたのに反応すると、どうやら同じものを食べたらしいと判断してむしゃりとほお張る。 『ン……ウ、ウマァー! な、なにこれなにこれ、このわざとらしい甘味、そしてわざとらしい甘味! 果物じゃ絶対ない甘さ! キャーキャー! やっぱりエウリスちゃんはずるいわ!!』 「さ、騒がしいなあ……」 ツァインが、頬を掻いて苦笑する。 『もっとないの?!』 「え? あ?」 『出して! 出して、出せーーー!!!』 「ぎぃやあああああああああ!?」 金髪の少年の頭を齧ってがじりがじりするリリ。それを眺めながら、レイチェルはふと一つ、考える。 彼女の知識はとても有用だし、出来れば自分達を助けてほしいと思う。そして、そうしたフュリエはきっとこの世界にもっと沢山居るのだ。 通じない言葉、見慣れない行動、奇怪な人種。そういうものを見ていると、ここが異世界なのだと切に実感する。そして、そういう間柄でも、通じるものがあるのだ。新しいもの同士の混交が何かを生み出すことを信じて、今日もリベリスタ達は戦いに赴く。 『あ、そうそう。あなたたち、出来ればシェルンさまにはないしょに……だめ? え、もうバレてる? い、いやぁぁぁ……』 変わり者の異邦人という、友人を一人手に入れて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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