●きばのないけもの 最も貧弱で最も醜悪で最も度し難い無様な獣。 ――――『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア ●人間の果て 「アンニュイな六月の雨の日にHotなShining Rayをお届けする! いぇあ、皆のアシュレイちゃんDaeth!」 「どうしたBlack CatのCDでも聞いた(わるいもんでもくった)か?」 「いやあ、毎度似たような登場にも芸が無いので軽くパクってみたのです」 それこそ毎度の事ながら全く悪びれない『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)とのやり取りは深く考える程にリベリスタの頭痛の種になる。少なくとも三百年の時を生きている女怪の頭の中等、想像するだけ実りの無い時間と言えるだろうから――早々にリベリスタは無駄な努力を放棄した。 「そのShining Rayとやらを聞かせて貰おうか」 「へい!」 「仕事なんだろ?」 「勿論。今回の仕事はフィクサード主流七派に属する裏野部の…… 彼等が運営する――とある賭博場をぶっ壊す、というものですねぇ」 「賭博場?」 確かに日本国の法律からすれば賭博は違法行為ではあるが、表の世界のルールを裁くのは司法であり警察である。それが主流七派に関わる事例であっても変わらない。彼等は彼等で表の世界と堂々と争う事を極力避けるし、リベリスタもその点については手を出さないのが暗黙の了解である。 「……となると、かなり非合法な代物だな。『賭博以外』で」 「ざっつらいと!」 指さしたアシュレイにかなり嫌な顔をするリベリスタ。 底抜けに明るく魔女が語る時――美しい女の艶やかな唇からまるで気楽な冗談のように零れ落ちる言葉が酷くどうしようもなく碌でもない事は知れていた。 「裏野部の皆様の運営するのは非合法なコロシアム。 でも、一概にこの件については裏野部の皆様が悪いという事ではありません。そこに到る事情は様々でその様々について裏野部は関与していません。開催されるのは何らかの事情で負債を背負い、咎を背負い、人生の果ての果てまで流れ流された一般人の皆様が最後の望みをかけて殺しあうパーティです。裏野部の皆さんはその必死な姿にBetしてゲラゲラ笑っているという寸法で」 「……」 「正直『見つけない方が良い事件』だったとは思いますよ! 何故なら、そのコロシアムに集まるのは『人間の皮を被りながら、人間らしく生きられなかった』皆様のたまり場ですもの。たまには普通めいた人もいるかも知れませんがね。そんな人はまず間違いなく最初にあの世行きという訳です。必然的に――蟲毒の壷」 「お前、Shining Rayとか言ったよな?」 「ええ、ですから皆様が」 ニコニコと笑うアシュレイの詭弁にリベリスタは苦笑した。 彼女は要するに救うべくは『人を殺し続けたクズばかり』と告げているのだ。恐らくは筆舌尽くし難い、言葉にするのも憚られるそんな連中の為に命を賭けろと―― 「参加者の皆様の生死は大した問題じゃありません。 見つけてしまった以上は裏野部の悪趣味なお遊びは看過出来ない……正義の味方の辛い所です。特に首領の一二三様が好む遊びという事も言われていましてね、はい。沽券の問題もあるのでしょう」 アシュレイから漏れた一際不吉で禍々しい単語にリベリスタの眉が動く。その言わんとする所をここは明敏に察した魔女はパタパタと手を振った。 「一二三様自体は現場には居ませんよ。 現場の障害はフィクサードが十人程。アークの襲撃位は想定している感じですけどね?」 そう言うアシュレイの言葉には不思議に軽やかな『悪意』が混ざっている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月08日(日)23:04 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●獣の誘い 何処か陰気な街の裏寂れた雑居ビル―― 外装も古めかしく、壁もくすんで褪せた『誰も見向きもせぬ』その場所に人知れず秘された悪徳は存在している。 一つの任務を帯びてこの場所を訪れた面々の数は十人。頷き合う彼等がそこに足を踏み入れた時―― 「ようこそ、おいで下さいました。ああ、そんな剣呑な――」 ――受付で一行を迎えたのは冴えない中年の男のまるで阿るような不器用な笑みだった。 「敵同士の自覚はあると思っていたんですけど――?」 ビルが裏野部の拠点である以上はその材質等も含めて千里眼等の探査は限定的に限られる。 配電盤への小細工でビル全体の電源を落とすという『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)の考えは些か実現か実効が難しいという結論には到ったのだが、何れにせよやるべき事は同じである。『運命喰い』なる黒鉄のリボルバーを握った彼女が踊るようにエントランスに飛び込んで敵にDead or Aliveを突きつけている事実は変わらない。 「――例えばあたしを瞬く間に黙らせてやっつけちまいそうな気はどっかへやっちまって下さいな」 受付の男の言葉はその実、パーティの――リベリスタ達の思惑を的確に捉えたものだった。白旗を揚げるように両手を万歳の形で上にやった受付は特に武装をしている様子は無い。何よりも現れた宿敵とも言えるリベリスタ達に対して敵対する気配を醸していないのが奇妙と言えば奇妙だった。そしてその事実はある意味で彼の命を助けているとも言えるだろう。京子が指を掛けた『羽のように軽い』トリガーが引かれなかったのは偏に彼が全く危険な気配を纏わず、何の抵抗もしようとはしなかったからに相違ない。 「へへ、そう。何もしやしませんからね。あたしはむしろ皆さんを待っていた訳でして……」 「奇妙な事を言いますね」 奇妙な言葉に『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)の柳眉が動く。 「私達はそちらの意に沿う目的でここを訪れた訳ではないのですが」 「いや、何。道理ですわ。あたしが皆さんに立ち向かった所で簡単に潰されるのは目に見えてる。 裏野部の一員とは言え、あたしは荒事に呼ばれる事も赴く事も無い三下ですからね。ですから、ええ」 「成る程、ではそれは降伏と受け止めれば良いのですね?」 美しい黒目を僅かに細め、大和は言った。冷静で穏やかな語り口だが彼女も他の面々も目の前の男に対する警戒は解いていない。 相変わらず媚びたような笑みを浮かべる受付の男の反応はリベリスタ達が想定したものとは全く別物だったが、このビルが敵地である事に疑いの余地は無かったからだ。受付の彼が絶命を免れたのも一瞬のやり取りの『あや』。運命が偶然彼を生かしたに過ぎないのだ。 「少し違いますがね。あたしは言った通りここで受付をしろって言われてるだけの人間だ。 皆さんは別にあたしが目的じゃないし、あたしは唯の受付ですからこの場所を守る気もない。 ですから、アンタ達にあたしがとっ捕まるのは理不尽だし、こんな鼠捕まえる意味も無いでしょ? あたしの仕事はこれからで、アンタ達を地下闘技場に案内するように言われてる。そしたらあたしはお役御免で失礼ってね、ええ」 「賢しいですなぁ!」 蛇の道は蛇、魚心あれば水心――と言えるのか。 男の切り出しにむしろ褒めるような声を上げたのは此方も『元』フィクサードの『√3』一条・玄弥(BNE003422)だった。 「全くこのコロシアムは優雅な趣味でさなぁ。あやかりたい位で。 しかし、そうも言ってられないのが残念無念。あっしは悪だと名乗れるほどてぇした人間じゃぁありやせん。どうやらそちらも同じようで…… 精々、お銭銭のためにがんばりまひょ。それ以上の義理はねぇ。良く、分かるもんでさあ!」 「実に度し難い。むしろこれより始まる一時を前に離れたいという貴方を私は理解しませんが」 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)の言葉は冷めていて、嘲笑めいていた。 自称するならば彼女は魔物。魔女にして貴族。血に咽び、魔術を極め、享楽に堕ちる人でなし―― この場所にはそんな彼女を大いに煽り、その色素の薄い肌をざわざわと粟立てる呪いが満ちている。 「自分が助かりたいから殺した、ソレは良いと思うの。 仕方ない事だしね? どうでもいい理由で殺した人は自分が殺される覚悟はあるんだよね? 私はどうだろう、考えた事ナイヤ」 『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)の言葉は可憐な外見に似合わぬ陰惨な色を帯びていた。 人間が血で血を洗い、殺し合う。それを眺める。あろう事かそれを賭け事の対象にする――有史以来繰り返された『持てる者』の唾棄すべき遊戯は流れ積もった二千年の時でさえも完全な抹殺を叶える事は無かったのだろう。 (どういう結果に転んでも後味の悪そうなお仕事ですね) 苦笑交じりの『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)が余分な思考を追い払おうとするかのように頭を振った。 (……とは言えアシュレイさんが言ってる通り放置しておけないのも又事実。だったら私に出来る精いっぱいの事をやりましょう) 無論、世界でも最も治安が良い国の一つとされる法治国家日本の片隅で斯様な外道が罷り通るには理由があった。 「それで手を打ちませんかね、お互いに」 「……案内……ですか」 裏野部なる外道の集団が後ろ盾を気取る非合法コロシアムで何が行われているかを呟いた『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は知っていた。 (裏野部の非合法コロシアム。これまでどういった戦いが行われて来たか……しかし、これ以上下卑た嗤いが響かぬように) 程度は兎も角『悪事』の片棒を担ぎながら殊更に無関係とのたまう目の前の中年の男にも幾らかの不快感は禁じ得ないが、秘匿された階層に存在するコロシアムに素早く到達するには手当たり次第に探すよりは誘導を受けた方が早く適当である。そしていざ『大暴れ』するべき舞台を前に、斯様な小物を構う意味が無いというのも事実である。無論、そこに罠の可能性が無いとするならば――ではあるが。 「……くふふ!」 顔を見合わせ、一瞬どうするか――と思案したパーティの沈黙を破ったのは山田 茅根(BNE002977)の特徴的な笑い声だった。 「その方、どうやら嘘は言っていないようですよ」 朗らかな――そして人の悪い笑顔をその顔面に貼り付けた茅根の異能は容易に他者の心をめくり、その中身を看破する。本格的な神秘戦によるコン・ゲームを考えるならば『リーディング』のみでは不足するケースもあるやも知れないが、今日の相手は恐山に非ず。裏野部である。リベリスタ達は彼等のやり方、在り様を知らない訳では無かったし、何より時間が惜しいのは事実である。 「……余り長い間、時間もかけていられません。事を迅速に進めましょうか」 「……ま、救う価値の無いロクデナシの集まりでさ。あたしの『お勧め』を言うならとっとと帰るのが一番いいとは思いますがね」 茅根の言葉を受けた紫月が消極的に状況を肯定した。返された受付の言葉を認めず反応したのは『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)である。 「命の貴賤など、わたしには判断出来ない。 だけど……目の前に救える命があるのなら、見過ごすことなんて出来ない! たとえ、どんなに絶望することになろうと、未来を、可能性を守るために、なら――!」 気負いは見える。しかし、舞姫はあくまで強く言った。 「へえ」 顎で誘導を促したリベリスタに従って小さな笑みを浮かべた三下がひょこひょこと歩き出す。 「『戦争は非人道的な行為さえ許容するが、須らく有益であるべき』」 その背を追うように向けられた冷たく無機質な言葉は美しい女の声で紡がれた。 「良くも悪くも私の人生に多分な影響を与えた誰かさんの言葉です。 裏野部に関わる者は須らくこの言葉に反する者ばかり。 ……まあ、好んで道を踏み外す生き方を望むのであればそれも良いでしょう。ですが……」 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は敢えてその先を言わなかった。 大粒のサファイアのような瞳はまさに無機質に――硬質の光を帯びている。平素はそれなりに感情豊かと言える彼女のその表情はまるで『仮面でも貼り付けたかのように微笑のまま』微動だに動いてはいなかった。 告げぬ言葉が換気の悪いビルに彷徨う。 ――道を外れた以上、どう扱われようと文句はありませんよね? 言葉は惨めな彼を向いたものであり、その先を向いたものでもあった。 その真意をわざわざ説明してやる程に彼女は人が良くは無かったけれど。 ●獣の檻I 古めかしいビルの秘匿階層は踏み入れたリベリスタにアークの本部さえ思わせる一種無機質な整然さを感じさせていた。 受付の男が『案内』したその場所はぐるりと円形を形作るコロシアムである。見上げれば一面を見下ろすガラス張りのスペースは『客席』なのだろうか。ぐるりと舞台を囲うようにしつらえられた大型のモニターは何れも何の映像も映していなかった。 「ゲームは終わりです、終わらせます! だから、もう、争うのをやめてください!」 舞姫の一声が凛と響いた。 「何だ、お前等は……新しい相手か?」 予想外に開かれた自動扉にびくりと身を震わせた『先客』の面々は何れも何処かどんよりと曇った瞳で現れたパーティの姿を眺めていた。彼等が各々手に『原始的な』武器を持ち、互いに距離を取り……警戒しあっている事から。足を踏み入れるなりリベリスタ達の鼻を強い血の臭いが突いた事から。床にペンキのような赤をぶちまけ、原型を留めぬ程に破壊されている人間が転がっている事からも――状況は一目瞭然だ。 「流れ流れて、果ても果て! 成る程、ここは最果てでしょう!」 歓喜にも似た茅根の声が高らかに響いた。 生き残る二十人に足りない程の人間の何れもが似た空気を持っていた。 何かを踏み外し、何かを失ってしまった人間特有の――或いはリベリスタ達も、フィクサード達も備えるある種の逸脱。 「でも、この期に及んでも生き残るため努力する姿には、私も感動を隠せません。 私達が貴方達の福音となれるのかは分かりませんが――此処まで生き延びた事へ、まずは拍手を」 場違いとも取れる明るさを見せ、わざとらしくパチパチと拍手を始める茅根である。 全く悪趣味な彼のそんな動作には取り合わず、厳然と口を開いたのは大和だった。 「出来る事ならばこの場を逃れる事です。階上まで辿り着けば少なくともここで殺し合いを続けるよりは生き残る目もあるでしょう」 彼女は事前にアークにこの施設から外に出る彼等の監視と確保を要請していた。塔の魔女をして『人間の皮を被りながら、人間らしく生きられなかった』とされる彼等を野放しに出来る筈も無い。尤もそう言う彼女も『出来る事なら』と付帯をつけた通りである。この場所に足を踏み入れたリベリスタ達を迎え撃つであろう裏野部の戦力がそれを認めるかどうかは――読める話では無かったのだが。 「お前等は……」 「助けではありませんから、お間違いなく」 怪訝な顔をしながらも一瞬表情を緩めた『参加者』達にピシャリとした言葉を投げつけたのは彩花である。 「結果的に私達の訪れが貴方達に利する可能性はあるでしょう。 しかし、そうでなかったとしても私は一切関知しません。 私は――少なくとも私は貴方達を助ける心算はありませんし、巻き込まないとも約束する心算はありませんから。貴方達が生き残ろうと死んでしまおうと、この場所で行われたゲームと同じ事。積極的に害する事はありませんが、守って貰えるなんて思わないで下さいね」 彩花を最も良く知る人物は彼女を評して「面白半分にやらない分私よりタチが悪いです」と言った。 上司に当たる戦略司令室長は彼女を口説き、冗談半分で生真面目とからかった事がある。 それはどちらも正解である。つまる所、長い台詞で何ら澱みなく宣告した彼女は今日助けるべき対象を持っていない。任務はあくまでこの施設の破壊であり、己が罪業で身を落とした人間の救出では無いのだ。それでも『路傍の石を蹴るように畜生に気を留める心算を持たない』彼女が『少なくとも私は』と言ったのは彼等に何らか思う所があった訳ではなく、同道する一部の仲間への配慮であった。 「……それでも、私は助けますから。その為なら、どんな努力だって」 京子の言葉を受けて力強く頷いた舞姫も又想いを一つにする一人である。 状況に対するリベリスタ同士の中にもそれぞれ多少の温度差があるのは事実だったが――何れにせよ血に咽ぶこの闘技場は教えている。 何を考える必要も無く、多くを知る必要さえ無く。彼等は自分の為だけに他人を侵せる人間なのだ。それは茅根が悦び、彩花が唾棄し、それでも京子等が救いを求める――きばのないけもの達の姿である。 「逃げられるなら……」 「……でも……」 『参加者』の面々に困惑が広がる。しかし状況の変化は彼等が次の行動を起こすより先に訪れた。 リベリスタ達が入場してきた側から正面の――モニターにジジ、とノイズが走ったのだ。 「思ったより遅い登場だったけどね」 油断無く警戒したままだったシャルロッテが小さく呟いた。 「おお、噂の大将の歓迎ですかいな。こりゃあ、全く痛み入る!」 何処か芝居がかったような調子で玄弥が声を上げた。 「……裏野部、一二三……!」 そう――モニターを注視する紫月の視線の先には凶相の男が居る。顔の半ば程に刺青を入れた言わずと知れた野獣が居た。 『雁首揃えてようこそ、裏野部のパーティへ!』 まさに下卑た獰猛な笑みを浮かべ、その人間性を思わせる調子でモニターの中の一二三は言った。 状況についていけない『参加者』達はまさに彼等に絶対的な恐怖を与える主の登場にがくがくと震え、身を縮こまらせている。 「まるで先刻承知みたいな事を言いますね」 そんな彼等を冷たく一瞥し、きなこは言った。 彼等の生死に余り頓着する気がない彼女は彼等が訪れたこの戦場で弾除けの一つにでもなれば良いと考えていた。最早何が起きるか――どの瞬間に『始まる』かまんじりとも出来なくなった敵地でしかし彼女は様子を伺うように軽口を叩くのだ。 『無論、待ってたさ。裏野部にもフォーチュナは居るんでな。知らないでもねぇだろ、ええ?』 アークがこの場所の内情を知るのと同じく、裏野部も又アークの来襲を知っていたという事だ。 彼等がそれを知りながらここにリベリスタを迎え撃った事実。『案内』を『役目』と称した受付の男。「待っていた」と言う一二三。幾つかの単純な事実が絡めば、聡明なリベリスタ達が方程式のように答えを見出すのはそう難しい事では無い。 しかし、それは一端さて置いて。一二三はもう少し『談笑』を引き伸ばす心算があるようだった。 『オマエ等は空気が読めねェからな。何時も何時もつまらネェ邪魔ばかりしやがる。気分悪ぃ目に合わされたのは一度や二度じゃきかねェよ!』 そう言いながら歯を剥き出してゲラゲラと笑う一二三は酷く上機嫌なようにも見えた。 全く戯言めいて宿敵たるリベリスタ達を『非難』する彼はピタリと笑い声を止め、その先を続けた。 『……で、何しに来たんだい。リベリスタ。オマエ等の目的を聞きたいね! 裏野部はこの件に関してオマエ等に文句言われる筋合いじゃねェぞ。そこの連中は自業自得で人様に迷惑かけて人生をドロップアウトしたクズ共だぜ。裏野部はソイツ等が散らかした後始末をして――ソイツ等のクソみてぇな人生の残りを買ってやった慈善事業ってモンだ。 ええ? 人死に、人殺しが一切許されないってンなら、散々殺してるオマエ等は一体何なんだろうねェ?』 「元より、それは承知の上」 ニタニタと笑む一二三の下品な声に静かな返答を返したのは大和である。 「此処で行われている事、それについて誰が悪いとか言うつもりはありません。ですが、悪趣味なこの施設は必ず破壊します」 この場で善悪と是非を議論する心算は無いとばかりに結論を口にした彼女に一二三は「フン」と小さく鼻を鳴らした。彼の顔を見ていればその目的は自ずと知れる。単に彼はリベリスタで遊びたいだけなのだ。今日、この時の――秘された本当の意味のままに。 「それを欲望と呼ぶならば、私も其方も大した違いは無いのやも知れませぬね」 訥々と語るアーデルハイトの声は地下の空間にやけに良く通っていた。 「そう、これは正義でも信仰でもなく、欲望。愛する者と世界を護りたいという――唯の欲望なのですよ。 貴方達がその形を壊したいと思うのと同じように、もっと強く。私は在るべきを守りたいと思う、唯の欲望」 『ディー・ナハト』――漆黒の夜闇の如きそのマントを翻し、厳かに彼女は言った。 誇りを胸に、まるで謳い上げるように。 私は銀の月 迷いながらも夜に在る 真偽を肯定し否定する鏡 静寂を求めるからこそ動乱に身を投ずる いつか、器が滅び、魂が冥府に堕ちる――遠きを目指して 「――さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで!」 『話せない』リベリスタ達の様子に口角を釣り上げた一二三は肩を竦めた。 同時に響く電子音。リベリスタ達の正面彼方に位置していたもう一方のゲートが開き、『参加者』達は蜘蛛の子を散らすようにその周辺から逃げ出した。ゲートの向こうからコロシアムに足を踏み入れたのはリベリスタ達と同数のフィクサード達である。 「一応、お断りしておきますが……」 彼等から視線を切る事は無く――状況を確信した紫月は言う。 「私達の『参加』は高くつく事になりますよ」 『おお、怖ェ怖ェ。むしろ楽しみじゃねェか? ええ、薬師寺の!』 「一二三サン、こいつ等ブッ殺したら――勘弁してくれるんスよね?」 『薬でも女でも山程やるよ。今度は幹部にしてやるぜ!』 棘の付いた鉄棒をぐるんと振り回して構え、首をコキコキと鳴らした大柄な男が「ハッハ」と笑った。 「何となく予想していたけど――やっぱり『そういう事』なのね」 シャルロッテの声に緊迫が混ざった。 何となくそれを疑い直感していた彼女には驚きが無い。 彼が――『血狂い』薬師寺達人こそがこのコロシアムの番人である。状況から考えて彼等はこの場を守る為に配されたというよりはリベリスタ達の『対戦相手』として選ばれたと言った方が正しいのかも知れないが。何れにせよこの場所は『最果て』である。ブリーフィング・レポートでも触れられていた達人の問題性は『流刑』を受けるに十分だったという事なのだろう。 銀色の首輪がぬらりと光る。メイン・イベントが始まろうとしているのだ。 そして、不意にリベリスタ達の頭上に位置するモニターが光を放った。 『遅ェぞ! 京介! ……ああ、他の奴等はどうしたンだ?』 『逆凪ちゃんからの伝言……っていうか他の人達も大体一緒。一二三ちゃんの悪趣味に付き合ってる暇は無いってさー』 『……チッ、盛り下げやがって。何時か全員ぶっ殺してやる』 『あはは、それはそれで楽しそう。俺様ちゃんもだいさんせー』 パーティは自身等の頭越しに展開する二人の悪趣味なフィクサードのやり取りを最早構っている暇は無かった。 誰が観戦していようと、この戦いに何の意図があろうとも。この期に及べばリベリスタに為すべきは一つである。 「おおおおおおおお!」 始まりの合図も無く、『血狂い』の目が赤を帯びた。それぞれが得物を構えて向かってくる。 まさに――血で血を洗う無意味さを知っているのはリベリスタ達だけなのだ。 ●獣の檻II コロシアムでの戦いは早々と激しさを増していた。 『最果て』を破壊せんとするリベリスタ達の士気は高いが、『最果て』にある裏野部のフィクサードもそれは及ばない。 一二三曰くの「自業自得で人様に迷惑かけて人生をドロップアウトしたクズ共」は何も一般人の『参加者』達だけに向けられているモノでは無いからだ。この場まで流れてしまったフィクサード達も又、彼等と同様に僅かなチャンスに縋らざるを得ないけものなのである。 「戦場ヶ原先輩!」 「行くよ、京子さん!」 公私共に仲の良い二人が向かってきた達人の先手を打つ。 抜群の速度を生かした少女達は京子が撃ち、舞姫が飛び込むという連携を見せた。 しかし――京子の一撃は単純なその言葉で説明するには些か『派手』が勝ち過ぎる。 「私は、助けます。その為には命だって運命だって賭ける事ができます。 色々事情もある人も居るでしょう、家族の居る人だってきっと居る筈ですから――」 「助ける」という言葉を誓いのように繰り返した彼女が放ったのは業火業炎となる神の矢である。 太古のインドでアスラ族の王ラーヴァナの大軍を一撃で死滅させたという――その超兵器には及ばぬまでも。その名を冠した火が一度銃口から飛び出せば敵陣を赤く包む事等余りに容易い。敵陣全体を襲った強烈な火焔の渦は達人をはじめ前衛達の数人には避けられたものの、身のこなしに優れぬ者、受け損ねた何人かを炎に包んでいた。 「この身を盾にしてでも――守り抜く!」 京子の支援を受け、ほぼ同時に。一尺二寸の黒刃を鋭く鮮やかに抜いた舞姫は低い姿勢で態勢を乱した達人を強襲する。 唇に乗せるのは彼女の矜持。容易く砕ける理想さえ、妥協する事は無い彼女はトップスピードから音速の一撃を繰り出した。 瞬断の斬撃が幾つも閃き、達人の身体に細かい傷を刻みつけた。しかし、それは確実な有効打には届いていない。 「軽いんだよ!」 布石後、ここぞの一撃に鋼が高く泣き喚く。達人の鉄棒と刃が絡み、力づくでこれを押し返された舞姫の体が宙に舞った。されど素晴らしい身のこなしで着地した彼女は敵を睨みつけ、既に次なる動きに備えていた。 済し崩し的に始まった戦いは早速乱戦めいていた。 「邪魔です」 何処までもストレートなその一言は全く端的に彼女の感情を表していると言えた。 しなやかな全身とその為にしつらえた格闘兵装に青白き雷気を迸らせ、躍動する彩花が疾風迅雷なる数撃を瞬時に目前に敵に叩き込んだ。 堅牢なる敵を叩くのは彼女の腕であり、肘であり、拳であり――長く美しい脚であった。それぞれに十分な威力の乗った一撃が強かに――鮮やかに敵の体に吸い込まれていく。銀色の首輪を掠めたその一撃に呻いたフィクサードの顔色が変わっていた。 刹那の後に爆花が爆ぜる。 首の上を無くしたフィクサードの身体が転がっても彩花は僅かに乱れた黒髪を優雅な仕草でかき上げるまで。 「あら、『処刑用』の首輪だったようで。御免あそばせ?」 「クソ女が――!」 激昂した敵の猛烈な反撃を受け流した彼女は膝で衝撃を殺しダメージを幾らか相殺する。 『いいね、いいねェ。綺麗な姉ちゃん! オマエって俺の好みのタイプだ。そんなすましたツラはグチャグチャにぶっ壊してやりたくなるぜ!』 その技量と魅せる動きに満悦したのか、長い黒髪が靡く度に一二三の下卑た野次が飛んでくる。 『やめてって懇願させるだけさせてよ。絶対俺はやめねェな。好きにヤッて折るだけ折って、心もバラバラ、身体もバラバラってか!』 「男のお喋りは嫌われますよ」 勝手に盛り上がり、勝手にゲラゲラと笑っている。 全く独り善がりな『男の身勝手』を鼻で笑い、目前の敵と相対するのが彩花である。 彼女が『実際にお喋りな男が嫌いかどうかは定かではない』が、そんな余談はさて置いて。 『俺様ちゃん、あっちの正義ちゃん達の方が弄り甲斐があると思うけどねー』 一方で京介は達人を何とか食い止めんと奮戦する京子と舞姫のコンビの方を眺めている様子である。 達人の猛烈な威圧に対抗する舞姫だが、流石の彼女も格上の猛攻には苦戦は否めない所はある。血が流れれば、苦悶の声の一つも上がればチョコレートアイスを片手に持った京介ははしゃいだ歓声を上げている。 「見ているだけで満足とは無欲なもの。禁断の果実は自ら口にしてこそでしょうに」 モニターに水を向けたアーデルハイトの薄い唇が幽かに歪んだ。 「私なら『この場に降りてくる』所ですがね」 ある種、闘争の陶酔というものはその場に蟠る手酷い破滅さえ引き寄せたくなるものなのか―― 何処まで本気かは分からねど、その身に魔力を溜めた女は漆黒の装いに長い銀糸を僅かに揺らし。荒れ狂う雷撃の蛇で敵を灼(や)く。 よろめいた敵の一人に突き刺さったのは不吉な道化のカードである。 我が身の影を引き伸ばし。戦う大和はフロントで敵を引き付けながら広い視野を持って戦いを展開していた。 「獣とて誇りはありましょう。顧みて、貴方達はどうですか?」 詰るでなく平静な口調のまま――単純な事実を抉り出すような言葉は冷厳が故に良く響く。 貴方達とだけ言ったその言葉は果たして――『参加者』達を向いたものか、フィクサード達を向いたものか、高見の見物を気取る二人の首領を向いたものなのか。その辺りは分からねど、それでも彼女は少しでもこの場にある『ひと』を逃がさんと考える一人でもあった。 (私達の侵入部より逃げられれば……しかし、巻き込まぬよう注意する事が限度ですか) 目の前で始まった超常識的乱戦に足を竦ませ、腰を抜かした状態の彼等は壁際に張り付くように――少しでも戦いから離れるように立ち回るのが限界といった所である。無論、そんな有様で犠牲が出ないという事は無い。リベリスタの内の少なくとも何人かは怯える彼等の犠牲を極力減らさんと意図して戦ってはいたが、全員がという訳ではない。更に言うならば当然フィクサードはそんな事情は汲むべくもない。一人、二人と。戦いの時間が続く程に頭の無い死体が、焼け焦げた死体が増えていく。誰かの死を望むこの場所は誰の死も認めない等という青い結論は最初から許していないのだから。 「適当に殺して爆破して――機能停止でおしまいでさぁ」 嘲るように口元を歪めた玄弥が持ち前の直観力を生かして乱戦の中に楔を打つ。 震えるような漆黒も、放たれる暗黒も黒い閃光もまさに執念深く加虐的な彼の気質を思わせる蛇のような攻め手に違いない。 「アホがみるブタのケツ」 注意の逸れた敵の一人に呪いを刻む『金色夜叉』が突き刺さる。 「戦いって興奮しますしね。酔ってしまうのも少し分かります」 楽しそうに――そう呼べる調子で身を躍らせるのは茅根も同じだった。 敵覇界闘士の繰り出した重い拳の一撃にこれを受け止めた彼はそれでも変わらず笑っていた。 内臓を揺らされ、口の端から血を流し。それでもそれを拭うように舐めた彼は却って昂揚したように声を上げる。 「まあ、私は主に自分の血に酔う方なんですけどね――?」 身を翻した彼のピンポイントが敵後衛を鋭く射抜く。 「少し――派手に行くと致しましょう」 素早く紫月の組み上げた印と構えの術式が周囲に無数の煌きをばら撒く冷気の雨へと姿を変えた。 弾幕の如く降り注ぎ体力を削りにかかる陰陽氷雨に敵陣からは呻きが漏れた。 (長い時間をかけるのは得策とは言えませんからね……) それはある種の予感である。或いはそれはモニター越しに自分達を見物する裏野部一二三の――そして姉からもその名を聞いた黄泉ヶ辻京介による圧倒的なプレッシャーの成せる業なのかも知れないが―― 「そこなの」 ――どうあれ、戦いは続く。回復役に当たる敵ホーリーメイガスを執拗に追撃するのはシャルロッテだった。 彼女の抱く漆黒は深く、暗黒は容易に敵を傷付ける。痛みが刻み込まれる程に威力を増す『彼女の痛み』は次々と敵に襲い掛かった。 「私の血の代わりに――貴方の血を。花のように咲かせるの」 彼女がちらりと視線を投げた先には身のこなしとスピードで達人を翻弄せんとする舞姫が居る。 (舞姫お姉ちゃんを少しでも楽にしてあげないと……) 後衛を崩したならば、次の仕事場がそこになる事は知れていた。 激戦は続く。激しい命のやり取りに傷付かぬ者は無く、消耗しない者も無い。 「しっかりして下さい!」 きなこがここぞと奮戦し、回復役として立ち回るも――堅牢な彼女とて敵の威圧の前に無傷では居られない。 流石に頑丈な所を見せる彼女は味方のフォローを受けずともその防御力を如何なく発揮し、むしろ『壁』の一枚としても機能している風ではあった。『参加者』に同情を持たない彼女は例えば彼等を巻き込む事も厭わない。乱戦の中の位置取りに利用する事さえあった。 しかし、二人の首領が動こうと動くまいとその存在がどうあろうとも目前の敵は決して侮れる相手では無かった。まさに背水の陣で命を賭けて戦う――手負いの獣はリベリスタ達の喉元をまさに噛み破らんと喰らいつき、少なからぬ苦戦を強いていた。 「人間扱いも獣扱いもしない、そんな人達を殺し合わせて楽しんでる――!」 手傷を受け、歯を食いしばりながら京子が気を吐いた。 「でも人間だよ? 決して見せ物なんかじゃない。 皆生きてるんだ。きっとまだ生きてやれる事があるはずだよ。 生きることを諦めないで、私が守るから――」 どれ程理屈でその愚かさを諭されようと、京子の矜持は曲がるまい。 「この身を盾にしてでも、守り抜く!」 強敵を前にも極力逃げ惑う『参加者』達を背に庇い、戦いを展開する舞姫も又、この期に及んでも何らぶれてはいなかった。 卑屈な笑みを浮かべ、有り得ざる光景に発狂したように喚く男の声が酷いノイズになって鼓膜を叩く。 「――守るから、絶対に」 「守ります、私達が!」 京子が、舞姫が。優しき戦乙女達が戦場に誓いを立てていた。 『ほーらね。こっちの方が弄り甲斐があるでしょー?』 繰り返された言葉に、誓いに我が意を得たりとばかりの京介が快哉を上げた。 『毎度毎度、いーい身分だな、リベリスタ。守るねェ。そりゃご立派だが――』 京介が何かを言うよりも先に一二三も京子に言葉を投げる。 『オマエ等は一体何を守りたいんだ? ええ? 秩序ある社会か。平和か、平穏か、誰かの小さな幸福か。 オマエ等は俺達を狩る。悪党を狩る。 ロクデナシを殺し、罪のないヒトを守ろうとするよな。それなのにどうだ、ええ? オマエはオマエの背後に居る畜生を何故守る。何故守らなくちゃならねぇんだ? そこのソイツ、保科亮太、歳は三十一。心底筋金入りの変態で変質者。オマエ位の女を軽く二桁は殺して埋めたガイキチだぜ? その奥の柴田次郎。歳は四十四、遊ぶ金欲しさに女房を殺し、保険金を詐取。味を占めたバカは寝てる娘の細い頸に指をかけて――』 「……っ……」 「――はっ!」 ノイジーな嘲りに息を呑んだのは京子。 一方で『先輩(まいひめ)』は「聞くな」とばかりに裂帛の気を吐いて、達人の腹を切り裂く。 『――法の裁きに任せろって? クソ食らえ。 ゴミを再利用して何が悪い。善良な社会の皆さんの税金にお手数をかけるなんてナンセンス。 獣は弱い獣を殺すモンだろ? 殺される覚悟がねェなら黙ってヒヨっていりゃあいい。 オマエ達はいつもそうだ。テメエ等の都合で善悪に線を引く癖に、一つの責任も取りゃしねェ。 感情だの、主観だの、正義だの悪だの。見方一つ変えるだけで半回転する頼りにならねェもんしか信じねェ。ええ? ソイツ等と獣の何処に違いがある。 人間は獣だぜ。本来自由だったんだよ。爪や牙を持ってたならドイツも皆自由なんだよ。 クズ共ばかりじゃねェ、その辺の連中も、俺達も――私達だけは正義の味方でございってな。済ました顔のオマエ等も。人間は獣でありながら、爪を持たねぇから、牙を持っていねぇから。理性と社会性、虚飾(ようふく)を纏ってこの世界に王国を打ち立てた。 ソイツ等は唯の先祖帰りなのさ。この俺と、俺達と同じ、唯の一匹の獣(けだもの)さ。 弱肉強食のルール大いに結構、したいようにすりゃあいいじゃねェか。 それを望んだソイツ等に――きばのないけものに今更洋服を着せて何になる! 俺は自分を善いなんて言わねェよ。答えろよ、善い顔をしたリベリスタ。 “本当はオマエ等だって”こんなヤツ等生きてなくてもいいって思ってるんだろ? オマエ達、今までにテメェの都合で一体何人殺した? ええ? リベリスタ!』 げらげら。 げらげらげらげら。 「本当に、下劣な……!」 紫月の柳眉が僅かに顰められた。 『逸脱』した人間が元の世界に戻る事はあるまい。裏野部が引き受けたという事は果たして一二三の言う『法の裁き』も今更という事なのだろう。 言葉はリベリスタの正義を唾棄し、憎む毒のナイフ。悪意のみの産物に心を乱す事が無意味なのは分かり切っている。 さりとて、世界の澱を掬いあげる事に意味があるのかどうか。その問いの答えは―― 「――それでも。誰も人間(ひと)なのです」 アーデルハイトが口を開いた。 「それでも、生きんと願う者は己が足で駆け抜けなさい。戦わんとする者は己が手で勇気の剣を取りなさい」 満ちる熱気で涼やかなアーデルハイトの美貌に汗が浮かぶ。 彼女の激励に応えてか、一二三の威圧に耐えかねてか。混乱めいていた面々は出口目指して走り出す。 『分かってンだろ、薬師寺の』 「おああああああああああ――!」 ダメージを受け、より暴獣めいた達人が暴走したかのように暴れ出した。 赤い旋風の名を冠する文字通りの大暴れは然したる力を持たない――周辺のリベリスタごときばのないけもの達を薙ぎ払う。 壁にモニターにパッと夥しい血が飛び散り、赤い花を作り出した。屠殺された獣は唯の肉の塊に成り下がり幾つもそこに転がっている。 戦いは続く。 きなこの放った清かな光が場に満ちる恐怖の数々を打ち払った。 「高火力高命中が私の取り得、だからコレだけは譲れない」 「加勢します――!」 自分の相手を打ち倒したシャルロッテが気を吐き、彩花が傷んだ舞姫に代わり暴れる野獣の懐の中に飛び込んだ。 シャルロッテの強弓の弦がしなり、己が痛みを喰らう呪いを今度は達人に刻み付ける。 体格差にも怯む事無く、構う事無く。柔よく剛を制した彩花の腕が僅かに怯んだ男の腕を捕まえた。雪崩の如く堅い地面に叩きつけられた達人はそれでも身体の力だけで素早く跳ねて起き上がるが、低い態勢で片手を付いた彼は幾らか眩んだように頭を揺らしていた。 「先程も言いましたが――問題は『誰が悪いか』では無いのですよ。『どうするべきか』でもない。単純に『どうするか』なのです」 「ま、そういう事ですよねぇ?」 集中攻撃を加えた大和の一打に元より人間の言う善悪を大した問題に捉えない茅根が畳み掛けた。 裏野部のフィクサード達もひとかどの腕は持っていたが、アークのリベリスタ達の錬度と戦闘展開は辛うじてそれを上回っていたのだ。少なくない手傷を受け、運命に頼る危険なシーンもあったが戦いは徐々に――確実に収束へと向けてその勢いを増していた。 「理想が無い事は知っていますよ」 「貴方達のゲームが『救いの無い』袋小路だという事も」 赤い旋風と怒号が踊る。痛めつけられ、弾き飛ばされた前衛をきなこが、紫月が支える。 一二三の言葉がどれ程にリベリスタの虚無感を煽ろうとも、嫌悪を引き出そうとも。事これに到り、リベリスタの持つ痛みと瑕を、理不尽なる運命のあやを、この世界を形作る多くの不具合を知らぬ者はここには居ないのだ。 「元よりそれもエゴなのですよ。愛する者を守りたいと、そう思う心にそれ以上の理由が必要でしょうか?」 アーデルハイトの紡ぐ魔曲の調べが間合いを灼(や)く。 豊かな女の肢体とは裏腹に、まるで優秀なる戦闘機械のように苛烈なる攻め手を叩き込む彩花の顔は果たしてペルソナの産物なのかどうか。 彼女を良く知る人物ならば――能面のように動かぬその美貌を一体何と評し得るのだろうか―― 「まだまだ戦おうやぁ、おぃ」 一撃を受けても返す刀で執拗に反撃する玄弥。 次々と猛攻が突き刺さる。暴力的な力を持つ達人とて、圧倒的な多数より攻め立てられればひとたまりも無い。 「ごあああああああああ――ッ!」 刃はぞぶりと肉を裂いて潜り込み、一撃は容赦なく命を叩きのめす。血が飛沫き、やがて轟音を立てて崩れ落ちたのは僅か何十秒か先の出来事。 リベリスタの勝利は確実。何人かのフィクサードは息があったが既に戦闘で勝利する目は殆ど皆無である。 「あっしはけものなんて格好ものじゃぁありやせん。ただの人間だったって事でさぁな、くけけ」 『俺様ちゃんの勝ちー』 『ああ、そうだな。何事もテメェの目で確認するのが重要だ。今回は負けといてやるよ、京介の!』 幾らかはシンパシーを感じる所があるのか玄弥は首領達の戯事に却って楽しそうでもある。 Betの結果は京介はリベリスタ、一二三は達人だった様子。しかし、一二三はその凶悪な顔をこれまで以上のご機嫌に歪め高らかに言った。 『このクソ食らえな世の中をクールに面白くしてやる。オマエ等にも、そのキャストになって貰おうじゃねェか!』 一二三の顔がこれまで以上のアップになる。同時に銀色の首輪が光り――フィクサード達の頭が吹っ飛んだ。 息のある者も、無い者も。死体も、それ以外も。『用済み』の闘技場はまさに赤く赤く、死と血ばかりに染まっていた。 「――」 「――――」 血に咽ぶ戦場に荒い呼吸の音だけがやけに響く。 疲労の無い者は無い。それが肉体的な部分を主因にするのか、それとも精神的な部分を主因にするかの違いはあるのかも知れないが。 「あ、あはははは……」 「……ひひひひ……」 生き残った何人かの『参加者』が狂ったような笑い声を零していた。 鼻につく悪臭の正体は泡を噴き、涎を垂らす彼等が垂れ流した『粗相』によるものだ。 『こんなチンケな施設はくれてやる。ああ、楽しいなぁ。リベリスタ。 俺は獣、爪も牙もある獣。オマエ等はどっちだろうな? きばのないけものか、爪も牙もある獣か。 俺はオマエ等と直接会えるその時が、今から楽しみで仕方ないぜ。 はははははははははははははははははは――!』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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