●序 首都圏某所――逆凪本家。 首座に座るスーツ姿に整髪料で撫でつけられた黒髪の男、逆凪黒覇(さかなぎ・くろは)。 紳士然としたその表情は無感動に見えても、その瞳ははっきりと憤怒の色が込められている。 その脇に控えるようにいた和服の老人は、凍るような瞳で下座にいる仮面で顔の右側を覆った逆凪邪鬼(さかなぎ・じゃき)を見据えていた。 「邪鬼様が今回命じられた事は、御当主の顔に泥を塗るのと同じ事」 「あの件に失敗したしたのは奴だ。俺様ではない」 やや兄の視線には萎縮してはいるものの、邪鬼が食って掛かるように老人に反論する。 彼等の言っている件とは、先日起きた『ドイツ大使館爆破事件』を指していた。 邪鬼が凪聖四郎(なぎ・せいしろう)に命令したのは、来日したドイツ特使アルフォンス=コルネリウスの暗殺である。 それに聖四郎は失敗し、大使館の爆破のみで事が終わっていたのだ。 責めるのならばあの男に言うのが筋であって、自身に言われるのは筋違いだと言いたいらしい。 老人は溜息を小さく吐いて、冷ややかな視線を邪鬼へと向けた。 「……もし聖四郎があの任務を成功させていたら、どうなったかを分かって仰ってますかな?」 この難題を成功されたらされたで、逆凪にとって利する所はあまりない。 無駄にシトリィンの怒りを買い、アークを伴っての報復手段に打って出られる危険性があった。 逆に聖四郎が完全な失敗に終われば、それはそれで逆凪の示威が示せない。 命令を引き受けた分家の当主が、それすら分からぬ無思慮者ではないと黒覇もこの老人も重々承知している。 結果アークを出し抜いて大使館を爆破できた事で、聖四郎は周囲に逆凪幹部としての実力を見せつける事ができた。 しかし短慮な邪鬼には、これ等の本質が全く見えていない。 実力的は決して聖四郎に引けを取っていない邪鬼――たがこの一件で、二人の違いが露呈してしまっていた。 組織の上に立つ人間としての、決定的な度量の差である。 黒覇は少しの間黙すると、淡々と決断を告げた。 「邪鬼。逆凪からオマエに預けていた本家での権限を全て聖四郎に移す」 それは邪鬼の矜持を無視した、余りに残酷な宣告。 『逆凪』という組織は本家からの命令が至上であり、また絶対である。 黒覇はこの裁断によって『不肖の弟』に代わって、『逆凪の異端児』が組織の№2となる事を内外に示したのだ。 「待ってくれ兄者。それは……」 「話しは、以上だ」 唖然とする邪鬼には視線すら向けず、黒覇は一方的に言い切ると同時に立ち上がった。 ガックリと肩を落としている弟を置いたまま、老人も黒覇の後に続く。 取り残された彼は、視線を床に落としたまま屈辱に身体を震わせている。 「……聖四郎……このままでは済まさん………」 その瞳は憤怒と狂気に歪み、異母弟への嫉妬と殺意に塗り固められていた。 ●承前 東京都、港区――晴海組本部。 事務所に集っているフィクサードの男女達。 この組織は以前より邪鬼の配下組織として暗躍していて、その思考も主人と同じく狂気に満ちている者が多い。 以前海外からフィクサードを雇って、仁蝮組と共に逆凪から距離を置こうとした北条連合へ揺さぶりをかけた事もあった。 だがアークの協力によって計画は阻まれた上、北条連合は聖四郎が幹部の座に就いた途端、あっさりと逆凪の配下に舞い戻ってしまっている。 これによって攻撃目標を失い、手持ち無沙汰になっていた所に今回の邪鬼の処遇が伝わったのだ。 「邪鬼様が気の毒でならねぇ……分家如きに立場奪われちまってよ……」 悔しさを露わにして、壁に拳を叩きつける青年。 一同を見回して、語気を荒げて告げる。 「元はと言えばアークの連中が大使館でヘマ踏んだのが原因だろ。糞共がっ!」 「……少し落ち着けや、鳴神(なるかみ)」 冷えた缶ビールを放り、鳴神に飲むように示唆する中年の男。 「邪鬼様は黒覇様と血を分けたご兄弟だ。何れほとぼりが覚めれば元通りの関係に戻るだろうよ」 「田無(たなし)、あの男もその兄弟の内の一人よ」 口を挟むように女は言い放ち、首を横に振って言葉を紡ぐ。 「邪鬼様が元の位置に舞い戻るには、少なくてもあの男を上回る実力を示さなくては無理ね」 彼女の言葉に敏感に反応した鳴神が食ってかかる。 「水無月(みなづき)、邪鬼様があの分家の小倅に実力で劣ってると言いてぇのか?」 「そうは言ってないわ。ただあの男は実力だけでなく、恐ろしい位に頭が良く回る」 落ち着かせるように低く抑えた声で青年を窘めた水無月は、窓の外へと視線を変える。 「納得いかねぇな、大使館を爆破させた位でよ!」 水無月の言葉に怒りに覚えた鳴神は、飲みかけの缶ビールを握り潰して壁へ叩き付けた。 そのまま出ていこうとする青年を、田無が呼び止める。 「おい鳴神、オマエさんどうするつもりなんだ?」 「決まってんだろ!」 中年の男に向かって中指を突き立てた鳴神。 「あの男より、派手な花火打ち上げてやんだよ!」 勢い良く扉を開け放つと、青年は大声で部下を呼びながら姿を消す。 田無は肩を小さくすくめると無言で缶ビールを飲み始め、水無月は小さな溜息でそれを見送った。 ●依頼 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)は集められたリベリスタに向けて、カレイドシステムの映像を見せる。 映し出された場所は、都心のど真ん中にある時村銀行東京本店ビル。 「今夜、このビルをフィクサードが襲撃して爆破しようとします」 仕掛けるのは『逆凪』の配下組織、晴海組の鳴神が率いるフィクサード達である。 「彼等は地下からこのビルの土台部分に潜入し、そこへ爆薬をしかけてビルを倒壊させようとします」 その侵入経路は終電後の地下鉄丸の内線の線路からであり、そのルートは既に特定できている。 地下に入り組んだ営団地下鉄線の東京駅近辺。丸の内に本店ビルがある為に此処から彼等は潜入を試みるらしい。 つまり線路で待ち伏せ、ビルに入る前に迎撃することが今回は可能だという事だ。 「ただ線路は幅が狭く、せいぜい横に二人程度並んで戦闘すれば手一杯の状態です」 それ故戦い方が通常とは異なり、前衛をうまく立ち回らせないと数に勝る敵に押し切られる可能性がある。 狭い通路内ではほぼ互いの射界が通る上、双方共に範囲攻撃や貫通攻撃が有効になってしまうからだ。 「今回は敵の完全な撃退。尚且つ彼等の所持する爆薬を爆発させない事が必要になります。 爆発に巻き込まれれば、流石にリベリスタの皆さんでも無事では済みません。くれぐれも気をつけて戦ってくださいね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月23日(日)23:13 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●複頭の蛇の絡みI 日中の人混みが嘘のように静やかに眠り込むオフィス街の足元―― 「いよいよ、近いぞ」 ――暗闇に包まれた丸の内線のスラブ軌道を踏んだ『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は溜息めいた言葉を零して今夜の事態を思いやった。 「……主を想うその気概は素晴らしいものなのに、その使い所を間違っているのが悲しいですね」 「は。チンピラ何ざ、ある意味暴走するのが仕事みてぇなもんだろ。そんなモンに遅れを取る訳にはいかねぇけどな!」 軍服を身に纏いAK-47を備えるロシア人、涼やかな美貌の少年、全身に赤を纏う大男――ウラミジールと彼の呟きに応えた『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)、『赤い墓堀』ランディ・益母(BNE001403)は何れもそのステイタスに全く統一感が無い。少なくとも武装した彼等は何れも静まり返ったこの街の地下路線には不似合いな顔である。尤もこの時間のこの場所にまだしも似合うのは作業員姿の誰か位のものかも知れないが――彼等が何者かという問いは愚問である。此処に居る理由は今日も単純にして明快だった。 「また面白い事を、と楽観している場合ではありませんね」 「下らぬ虚栄心からのあまりの暴挙に声も出ませんね……必ずや阻止してみせましょう」 ――それは何処か場違いな笑顔を浮かべる長身の明神 暖之介(BNE003353)と、一方で唇を引き結び誇り高き怒気を発した『不屈』神谷 要(BNE002861)のやり取りが示す通りの全く『プレーン』な事実である。 超常の力を我欲が為に振るう悪党(フィクサード)が在るならば、そこには正義の味方(リベリスタ)も在るという事だ。 アークより使命を帯びたリベリスタ達はやがて現れる――筈のフィクサード達の先を取り、この場所に陣取っている。 無論、放って置けば『必ず起きる』不具合な未来を紡ぎ直す為にであった。 「あちらの『お上の方々』の為にも、なるんでしょうかね、これ」 「環境が人を育てるのか、事情が人を突き動かすのか。しかし、権力争いに巻き込まれる市民はたまったものではないな」 肩を竦めた元・フィクサードの暖之介、やけに響く自分の声に苦笑したウラミジールが独りごちる。 逆凪の名を冠する一族が居る。日本では最大最高の組織と呼ばれる『合理的』なフィクサード結社、ビジネスめいた悪。 この国の神秘界隈に身を置く者なら知らぬ者は無い程の大組織は、勢力は冷静で優秀なる『会社』である。東証一部に上場する『逆凪カンパニー』は総合商社じみていて、ある意味で市井の生活にも好影響を与える事もある『優良企業』の顔も持つ。 されど複頭の蛇が絡み合い、骨肉相食むその絵図が『凪に逆らう者』の正体である。圧倒的なまでの実力主義を『合理的に』進めた逆凪のピラミッドは史上最も正しい政治体制と呼ぶべき『完璧なる独裁者による支配』を約束した。逆凪を統べるのは一族で最も『優れた』一個である。それが本家の嫡男であろうとも、妾腹分家の私生児であろうと同じ事。もし『彼』が逆凪本家、分家筋の誰もが認める能力を示したならば、闇の王への道は確かに開かれているのだ。 なればこそ逆凪の家系には早逝が多い。現当主黒覇とて、父親を笑って殺して今が在るという。 今夜、十人のリベリスタが相対せねばならないのは――その逆凪の直系に仕える子飼いの兵力であった。 ウラミジールが『権力闘争』と言った通り、若干複雑な事情を抱える今夜は彼等の『背後』を表に出すものでは無い。 強大極まるバックとの全面戦争に借り出された訳では無いという事実は、せめてもの救いと言えるのは確実ではあるのだが―― 「そろそろ時間か……? しかし、良くやるぜ」 「……逆凪よりむしろ裏野部的ですね、連中は」 「頭がいいんだか、悪いんだか。逆凪も色々ってか?」 「どちらにしても斬るべき悪である事に違いはありませんが」 呆れ気味の『トランシェ』十凪・創太(BNE000002)に表情を変えぬまま淡々と答えた冴は天井を見上げていた。 何れにせよ神秘を悪行に使う者を見逃す心算は無い冴ではあるのだが、そこに在る『悪』の『取り得る手法』の方はリベリスタの仕事に重大に関わる懸案事項であると言えた。ほぼ仲間一同の代弁にもなったその評価は当然にして芳しいものでは無い。悪が悪である以上は、そこに序列をつける必要は無いが――悪いと最悪は別のもの。逆凪と同じく国内フィクサードの主流七派と呼ばれている『裏野部』は『黄泉ヶ辻』と並び最悪の部類である。『裏野部のような事件を起こすフィクサード』等、五回殺して釣りが来る。 人気の無い丸の内線にフィクサードが侵入してくる理由は『この上』のビルの爆破である。 「全く、同じ鳴神の名を持つ者としては至極迷惑な事極まりないな」 『小さく大きな雷鳴』鳴神・冬織(BNE003709)が不機嫌に鼻を鳴らしたのは当然の感情だろう。 「不愉快千万。阿呆な行動を見逃す訳にはいかんのでな。絶対に止める!」 『逆凪カンパニー』の商売敵であるこのビルを壊そうと晴海組幹部――奇しくもと同じ姓の――フィクサード『鳴神』が思い立ったのはその主人である逆凪本家の次男・逆凪邪鬼の立場がこの暫くで急速に悪くなった事に起因している。 「……あれが今回の発端ならば、自らの手で後始末をしなくちゃな。じゃないと俺はあいつに挑む資格がない」 それは『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)以下、何人かのリベリスタ達にも因縁深い事件の『結果』である。逆凪当主・黒覇が分家筋より呼び込んだ『酷く有能な男』――凪聖四郎はこれまでに幾つかの事件を起こしている。その内の最も大きなもの――『ドイツ大使館爆破事件』に纏わる『本家筋との意図の行き違い』が邪鬼の立場を酷く悪くしたと見られているのだ。 ……かくて『合理的な兄』より逆凪における部隊の指揮権を奪われた邪鬼の怒りと不興を察した彼の私兵達は『本家と聖四郎の鼻をあかす為』という至極分かり易い動機から『大使館の爆破未遂』を超える事件を起こそうと考え付いたらしい。 その短絡的な手段と行動が黒覇に覚えが良いかは別にして、今回の事件は邪鬼の命でない以上は『下の暴走』と呼ぶに相応しい。 「聖四郎には悔しいが完敗だった。だが、『そんな目』に遭ったのは俺達だけじゃないって事か」 「……難敵が増える。それもまた一興だとも思うが……いかんな、悪い癖だ」 「口惜しいが、まるで『ゲーム』をコントロールしてるみたいだ」 「……ああ」 零児の言葉に苦笑いと共に頭を振った『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)は思考の中から『無用の期待』を追い払った。 複雑な事を考え付く主人に部下では無いが、それが故に冴曰くの『裏野部的』である。世の中に往々にしてある多くの悲劇と同じように人間に備わる能力は必ずしも人間性や知性とは比例しない。敵の頭がどれ程回るかは別にして目前の相手も強敵である事は間違い無いのだ。 「――来るぜ――」 一段とトーンを落とした創太の声に一同は頷いた。 闇を彼方まで見通す彼の瞳は東京の地下迷宮に蠢くその気配を見落とさない。 一瞬遅れてチラチラと揺れるライトの光は敵がこの場に現われた事を――今夜の始まりをリベリスタ達に伝えていた。 「任務を開始する」 低く響くウラジミールの冷静な声は間近に迫る戦いを意味する緊迫感を夜の地下通路に漂わせている。 ●邪鬼の狂犬達 狭い地下鉄の通路内、荒事に臨もうとする二者がお互いの存在を認識出来ない道理は無い。 「花火大会、にはちょっと季節が違うだろ? 今度は何を目論んでやがる。この裏で何をしてやがる。 唯、暴れたいだけだってなら――どっちにしろ止めるに決まってるだろうが!」 「何だぁ、やっぱり邪魔しに来たのかよ、リベリスタ!」 創太は荒く気を吐けば、粗暴な青年の――フィクサード鳴神の怒鳴り声が響き渡った。 リベリスタ側の戦力は十。敵側の数はそれに倍する。鳴神に加えて紅一点の『水無月』、中年の『田無』、そして二十名からなる晴海組のフィクサード達の姿もあった。 「……ま、意趣返しの機会としてはいいのかしら?」 「始めた以上は仕方ない、とも言う」 水無月と田無の方は『付き合わされている』という風でもあるが、そこはそれ。思う所が無いという訳でもないのだろう。 リベリスタ達の様子をちらりと確認した二人は『想定された事態』にとっとと戦闘準備を整えていた。 「邪魔はさせねぇぞ。これにゃ邪鬼様の面子が掛かってんだ!」 ――より厳密に言うならば『鳴神がそう思っている』と言った方が正しいのだが。 何れにせよ戦意旺盛な彼は目の前の障害たるリベリスタ達に一声吠えて牙を剥いた。 全く直情径行なるその様は主を映して狂犬と呼ぶに相応しい。或いは『波長が合う』からこその忠誠なのかも知れないがその辺りは定かでは無い。 「チッ、話して聞く相手でもねーな。なら最初から姑息な手なんて使うんじゃねーよ!」 「何れにせよ、誰かの不幸を呼ぶばかりの貴方達は徹底的に潰させて頂きます。忠誠とはそう、自分がお嬢様に捧げるもののように……」 動き出したフィクサード陣営に舌を打つ創太と亘がその背の翼を大きく広げた。 「さぁて、暴れてやるか」 狭い地下通路での戦闘に十分な飛行スペースは無いが、逆に並んで戦えるのが二人とあらばこの意味は大きい。 更に彼等は破壊的な威力を誇るランディを飛行による運搬で敵陣中央に切り込ませるという或る意味で『とんでもないウルトラC』を思案していた。確かに万全な状態で暴れ回るランディというのは目を覆いたく存在に違いあるまいが…… 「かかれッ!」 鳴神の号令と共に多数のフィクサード達が動き出す。これを迎撃するのはリベリスタ達。 「……義桜葛葉、推して参る……ッ!」 素早くこれに反応し戦いの号砲となる形で一撃を繰り出したのは勇壮なる名乗りを上げた葛葉である。 「先ずはその数を減らさせて貰おうか――確実に決めて行く!」 深い暗闇さえ見通す彼の瞳は戦場の環境をものともしない。彼の両の爪は空間と空気を切り裂き、敵を貫く疾風の刃と変わり飛翔する。暗闇の奥に位置し動かぬ後方の敵は彼が的に見定めた支援役の一人である。 「鼻息ばかり荒く……止まれ、猪共め!」 更に後方より、向かってくる敵の先頭を指し示したのは冬織の白い指が操る雷神の細突剣である。 シックな黒の舞闘衣が踊り翻り、短い詠唱を一瞬で終えた彼女の『要請』に応え切っ先から魔力の弾丸が迸る。 (しかし、数が多いか――) 纏めて薙ぎ払えるならばそれに越した事は無いが、彼女は今回の戦いに於いて『荒れ狂う雷撃の蛇(チェイン・ライトニング)』の不使用を決めていた。本来ならば敵の多い局面、彼女にとっての得手は有効に働く筈なのだが―― 「さあ、来いッ!」 「蜂須賀示現流、蜂須賀 冴。『参り』ます」 敵の先鋭とリベリスタの最前列――ウラジミールによるオートキュアの支援を済ませている零児と冴がまず初めに激突した。 二者二様に気を吐いた二人は勇猛にして苛烈なる前衛として暴れ始める。 敵の数は多いが、幹部を除けば質の方ではこの二人が上回っているのは確実な話であった。 「……この程度ッ!」 剣と呼ぶには余りに無骨な鉄塊が唸りを上げる。 繰り出された攻撃に怯まず、一閃した零児の戦気を纏う打ち込みにフィクサードの一人が吹き飛ばされた。 「悪も悪――愛した運命さえ簡単に裏切る。まるで不出来な獣ではありませんか」 一方で斬り込んで来たフィクサードをいなしながら、口の端に冷笑を浮かべる冴だった。 美しい、人形のような少女がその唇から零す言葉は外見を裏切る程度には手厳しい。鬼丸とその鞘を狭い空間でも華麗に振るう彼女も又、目前の敵に素早い連続の斬撃を繰り出して正面での戦いをまずは食い止めている。 「……がっ!」 フィクサードの一人が苦悶の声を上げてよろめく。 「これは失礼」 それは二人の後方に立ち位置を置き、その隙を縫うように動く暖之介の力もあっての結果である。 「ですが、ここで行き止まりとさせて頂きましょう」 影を従える彼は影を従え、実に上手く立ち回る。仕事とあらば『本職(あんさつしゃ)』の姿に立ち戻る彼の冷たい目からは、常日頃の柔和な――弱気とも言える姿を想像するのは不可能だ。 「逆凪邪鬼……大した男だな。その部下も思慮が足りないと見える」 「貴様の噂は聞いています。無能と有名な逆凪の出来損ないの無能な部下ですね」 「随分と、点数稼ぎに勤しんでいるそうではないか」 「今、何て言いやがった……!?」 「落ち着きなさい。安い手よ」 葛葉、冴とウラジミールの言葉に瞬時に頭に血を上らせた鳴神を抑えたのはやはり水無月であった。 「でも、その言葉は撤回して貰わないといけないわね……!」 「理念も無く、ただ騒ぎを起したいが為に暴れる無法者如きが私の膝を折れると思ったら大間違いです……!」 水無月の言葉を遮ったのは凛と響いた要の一声だった。 『不屈』こそ美徳とし、是とする彼女はまさに折れぬ者である。アッパーユアハートが血気にはやるフィクサードの何人かを直撃した。フロントに立てるのが二人である以上、後方からの攻撃がそこに集中する事は前衛の瓦解を意味している。まず初手で敵の動きの内、攻撃の内の幾らかを自身に引きつけんとした彼女は成る程、パーティの中で最も堅牢な防御力を誇る『不沈艦』である。 手数の多さは武器になる。数にモノをいわせた敵の苛烈な攻撃はパーティを次々と傷付けていた。 「簡単に崩せるとは思わない事だ」 手数にパーティを苛み始めた状態異常をウラジミールの放った光が払う。 (しかし、状況は甘くは無いな。数を減らさねば押し切られる可能性は――低くは無い) 歴戦の経験から状況を分析した彼の視界の中で、今度はリベリスタ側の攻め手が動き出そうとしていた。 「宜しくお願いします」 「さあ、行け――ランディ!」 「ああ。任せとけ。暴れてやるぜ」 翼を持つ二人がランディの巨体を持ち上げ、敵陣の上へと運び降らせた。 災厄は多くの場合、空から降ってくるとも云う。 「……何だコイツ……!?」 前のめりになっていたフィクサードの陣に強引に降り立った赤い巨影は獣のように獰猛な笑みを見せた。 「見て分からねぇか、ドチンピラ。テメェ等の死神だろうが」 殆ど間を置かずに丸太のような両腕でグレイヴディガーを振りかぶったランディはその一閃で戦いの風を吹き荒れさせた。 退避に失敗したフィクサードの何人かが彼の烈風に叩き巻かれ、小さくない被害を負っていた。 「さあ、どんどん来いよ!?」 ランディの中で滾る――憤怒にも喜びにも似た戦意は苛烈なる赤い炎を思わせた。 怒号の如きその一声と、熱に揺らめく戦斧を前に粗野なるフィクサードさえ一瞬だけ息を呑んだ。 「ふふ、こういう機会は余りなかったのですが……己の力の限り暴れられるというのはなんと心躍る事か」 「この上で生活してる奴等を守る。ああ、負けてられねーな!」 憧憬にも似た目でランディを見る亘、譲れない決意を迸らせる創太がニヤリと笑った。 「だから、落ち着けって言ったんだがなぁ」 双方の『やる気』が十分である以上、激しさを増し始めた『命のやり取り』に歯止めが掛かる事はあるまい。 「――まァ、やるか」 頭をぼりぼりと掻いた気の無い中年のフィクサード――田無は態度とは裏腹の鋭い眼光を『彼』に向けた。 ●穴蔵に咲く徒花 「全く嫌な名前を聞いたモンだ。『自分から飛び込んで来てくれるなら』こりゃ有り難い!」 「言ってろ、数だけのチンピラが――!」 猛烈な怒気を轟かせるランディは然程の時間も置かずに傷だらけになっていた。 田無の命令に答えたフィクサード達の動きは迅速であった。 パーティの中でも――アークの中でも指折りの危険度を持つ事が知れているランディの『飛び込み』は一瞬フィクサード達を慌てさせたが、彼等の対処は早かった。田無は『飛んで火にいる夏の虫』となったランディに徹底的な集中攻撃を加える事を命じたのである。狭い通路において敵がリベリスタ側の前衛を突破するのが難しいのと同じように、リベリスタ側が敵を突破するのも難しい。リベリスタ側が敵の中程に落ちたランディ救おうと考えた所で、それが簡単に成る状況では無い。 宙空に『飛ぶ』二人のフライエンジェも戦闘に掛かるが、敵は指令系統を持つ集団である。 鳴神の頭は良くないが、残りの二人はそうでもない。 後方で戦況ににらみを利かせるウラジミールを要の盾とするならば、ランディは敵側からすれば特に注意するべき矛であった。 「く――!」 多勢に無勢の形で彼がこの状況に呑まれたのはリベリスタとしては確かな失策となっていた。 一人一人の力は大したものではないが、リベリスタ側には多少の油断があった事は否めない。状況上、二倍する敵に対して『容易く圧倒出来るまでは規定路線』と考えたそのプランは些か甘いものとせざるを得なかっただろう。 あくまで当人の能力の比較の問題ではあるが、攻撃性能に比べれば守備力は劣るランディが敵の最中に呑まれた事は誤算である。 「こんな事しやがって……自らの力での末にこそ説得力が、権威が付いてくるんだろうが……!」 一方で苛烈な攻撃に晒され、見る間に余力を失ったのは創太も同じである。敵の頭上を越える事で回り込む隙を伺っていた彼ではあったのだが、その彼も耐久力に自信のある方では無い。 「例え囲まれようが風は風――」 一方でその創太と連携する亘は冴え渡る速剣をもって敵を翻弄してはいるものの、肩で息をする彼の余力は急速に落ちてきている。 (しかし、面倒な――) 個の質に優れるリベリスタ以上にフィクサードはダメージを負っているが、代えが効かないという意味では被害に二倍の差がつかない以上はリベリスタ達の不利である。小賢しくも自身等を『温存』する形となっていた鳴神一派の存在も重要だ。 「何れにせよ、絶対に爆発なんてさせないですよ。力を命を誇りを全てを賭けて……全力阻止です!」 長い時間『持たない』亘のピークタイムは爆発的なスピードによって達成される。 この時間は影も踏ませぬ。華麗に風の欠片を繋ぎ、敵を斬り、魅せるまで! 「それでも、護るべきを護れぬこの身に価値はないのですから――!」 要が凛と声を見得を切り、不屈の矜持を見せ付ける。 「これも仕事だ」 回復役、要の冬織を身を呈して庇うのは援護に防御に忙しいウラジミール、 「戦え勇士達よ! 今再び立ち上がれ! その手に誉を掴む為に――!」 ならばと喉も裂けよと声を張り、消耗を見せる仲間達を天上の歌で激励するのは自身の役目を知る冬織だった。 (幾度でも立ち、阻んでくれよう。かような悪逆、どうして認められる事が出来ようか――!) 正しい形と歪な形。どちらが正義かは単純な論理である。しかし、どちらを『正義とする』かはそれよりも多少難しい問題だ。 「貴様が真にその邪鬼なる男…信頼しているなら、勝手な行動は慎むべきだった。 部下の行動を把握出来ぬ様な者は組織に要らん、お前は奴の何を見て来たのだ!」 葛葉は叫ぶが、力無き正義に意味は無く、如何な想いがあろうとも敗れればそれは徒花である。 血の花を咲かせ、運命を青く燃やし。戦いは続く。リベリスタ側は激しい攻撃を加え、幾人かのフィクサードを打ち倒した。 しかし、傷み始めたリベリスタ達に勝負機を見た鳴神は水無月と田無を援護に残し前に出てくる。 それは鳴神からすれば一気に押し切る為のカードではあったのだが…… (俺が倒すべきはあくまでも鳴神だ――!) その時を待っていたのはもう一人。得物を振るう零児の手に力が入る。 瞬時のアイコンタクトで意図を確認した冴の首が小さく縦に振れた。 「――落ちろッ!」 「生憎と」 振り下ろされたガントレットでの一撃を冴の手にした鞘が弾く。 威力に負けた彼女の柳眉は歪んだが、『斬るべき敵』を目の前に痛みに頓着する娘では無い。 「優秀な異母兄弟がいる事が哀れですね。いっそ本家と分家が逆ならば幸せだったでしょうに」 「この、アマ……!」 「無能な主人に似合いの雑魚ですね。貴様如きでは私を倒すことすら出来ませんから」 「抜かせッ!」 顔を赤らめた鳴神を冴は温く笑った。 言葉は止まない。その実、冴はそこまで『ウェットなタイプ』では無かったが――敵の泣き所を突くのは戦闘の常である。 彼女が作り出したその隙を、渾身の力を込めた零児の一撃が高く買う。 驚異的な反応速度で辛うじて防御姿勢を取った鳴神も肩で息をする零児のその一撃には目を見張る。 「……テメェ……!」 「聖四郎がアークを出し抜いたとか言われてるが、俺は負けたとは思ってない。 実際あれは俺らと戦うのを避けて、姑息に立ち回った結果なんだよ。あいつは結局、俺らを倒せなかったんだからな!」 零児の言葉は「故に聖四郎を超えるならば自分達を倒してみせろ」という挑発であり、誘導であった。しかし鳴神をはじめとしたフィクサード達は事の外、この言葉を気に入った様子であった。 確かに邪鬼でも似たような事を言うだろう。或いは実際に言ったのかも知れない。 「爆破テロなど――させるものか」 ウラジミールのAKが轟音を立て、味方を援護する。 苛烈さを増すばかりの戦闘は短くも長いその時間を闘争の色に染め抜いていく。 「――その拳でその信を貫き通してみやがれ!」 怒鳴り声を共に一撃を繰り出した創太の切っ先が鳴神の肩口を浅く斬った。 お返しと繰り出された重い一撃に血濡れた白い羽が舞う。 「さて、今度は私の番です。実に因果な商売ですが、それは何時も同じ事ですか――」 傷付いた零児に代わるように交代で前に出た暖之介の影が舞う。 闇の中に蠢く彼とその影は――彼の指先が繰る黒いコードは自在に閃き、光糸を引いて鳴神を襲う。 「まだまだ――」 あくまでそれ以上はさせじと背負う暖之介の死の刻印が鳴神を狙う。 パーティは奮戦した。可能な限り戦い、可能な限りの力を尽くした。 短い戦いの時間は矛盾を孕み、長く続いた。拮抗した戦場の様相はやがて『持久力に優れぬ側』の勢いを減じさせていく。 ――『退ける限界』まで力を尽くしたリベリスタ達が後退の選択肢を選んだのはそれから暫く経っての出来事であった。 ●複頭の蛇の絡みII 「黒覇様」 逆凪カンパニー本社ビル。空を衝く摩天楼の最上階に位置する会長室は都内の夜景を楽しむには十分過ぎる場所である。 一面のガラス張りになった窓にそっと触れた逆凪黒覇は背後から自分に呼びかけた男の声に振り返った。 「……例の件でご報告が。邪鬼様の子飼いの兵隊は結局、攻撃計画を実行した模様です。 これに邪鬼様本人が関わっているという情報はありませんが……如何いたしましょうか?」 黒いスーツを着てサングラスを掛けた大柄の男は薄明かりの中、夜景に点った赤い炎を見つめていた主人の機嫌を損ねないように細心の注意を払ってそう尋ねた。男――崎田は黒覇の秘書である。ちらりと確認したその風景が黒覇の命じた仕事では無く、報告事項の『結果』である事は分かっている。 「別にどうも。邪鬼も、暴走した兵隊も」 「……は?」 「いや、むしろ可愛げがあるではないか。アレでも私の弟だ。 逆凪に忠誠を誓う兵隊も、それだけ慕われる主人足り得た邪鬼それそのものも、その点については素直な評価に値する」 黒覇は細い銀縁の眼鏡を外し、胸元のケースにしまった。 長身細身の体に仕草がいちいち絵になる男である。自身でもそれを理解して動く、多少ナルシストの気があるのは否めないが。 何処かの『アーク司令代行に似ている』と言えばお互いが首を振る所であろうか? 「逆凪は相食む蛇の一族。それは知っていると思うがね。 邪鬼はアレで扱いやすい男なのだよ。多少、灸を据える意味で上下をハッキリさせておいたが、本来はその必要も無い」 「……と、仰いますと」 「邪鬼は『逆凪の男らしくない賢明さ』を持っているという事だ。この私の力を、誰よりも知っている。恐れている。 幾ら息巻いてみても、粗野粗暴に振舞ってみても、それはコントロールの範囲の内。 『逆凪の男』にありながら、人生の全てで私に本質的な意味で逆らってはいけないというルールを誰よりも理解しているのだ。 だから、扱いやすい。血を分けた兄弟故に、共に育った故にという事か。一個の駒としては上出来の部類なのだよ。どれだけ聖四郎を憎もうと、邪鬼は私に歯向かう選択肢を知らんのだ。可愛いものでは無いか? 身の程を弁える弟というものは!」 実の弟を冷静に観察し、その限界を指摘する黒覇に崎田は思わず息を呑んだ。 逆凪カンパニーの会長にして逆凪本家の嫡男にしてフィクサード結社『逆凪』の首領。 心底骨の髄まで帝王学を学び、育ってきた彼は会社経営と同じように完璧な『損得』しか見ていない。 いや、彼がそう思ったのは次の言葉を聞くまでの話だったのだが―― 「しかし、聖四郎は別だ。アレこそより純粋に『逆凪の男』らしい。 殊勝な顔をして本家の命令を聞いているのも今の内。その腹等最初から見えている。 何を考えているかは知らんが、それは『逆凪』にとっても私にとっても――或いは七派のバランスにとっても望ましくない話だろう。 アレは最初から私に従い続ける心算等無いのだよ。分かるか、崎田。複頭の蛇が相食むのが逆凪だ」 ――それを理解していてどうして、と。崎田は問い掛けて途中で思い直した。 答えは最初から現われている。黒覇は逆凪の当主なのだ。蛇蝎相食む呪われた血統の黒き王。 その名を誰よりも体現する自身の主人にそれを問うのは愚問が過ぎて侮辱になろう。 彼は誰にも負ける心算は毛頭無いのだ。故に彼は才覚を愛する。愛して止まない。自身の脅威たる者も、獅子身中の虫であろうと。『親友』と称するパスクァーレ神父でも、血を分けた凪聖四郎でも同じ事である。 「……では、邪鬼様の謹慎は」 「そうだな。献身的な部下の『活躍』に免じて解いてやる事にしよう。 聖四郎は抜け目の無い男だが、名の通りの『凪』では退屈だ。世は常に『逆凪』であらなければ」 反目しあう弟同士の競い合いをまるで見世物か何かのように言って、芝居がかった黒覇は笑った。 世は全て事もなし。因果は巡る。ウロボロスの尾を喰らうのは自身である。 眠る東京の夜に『花火』が上がったとしても、意味は無いのだ。まだ、それ自体には。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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