●蛍火 意外に思われがちだが、ホタルが何を目的として光るのかは解明されていない。異性に好意を示す為と言うも説あれば、自分を食べる相手を脅かす為という説もある。食べると不味いことを示す警戒色という説まである。 しかしそれが無害とわかってしまえば恐ろしくもない。夏の夜、水辺で冷たい光を明滅させながら集団で飛び交う様に美しさを感じる人もいる。俳句でも夏の季語として使用され、『淡さ』『儚さ』などを表現する。 ……とまぁ、生物学的&文化的な部分はさておき。 「フォーチュナの予知能力て便利だよなぁ。天気予報までできるんだから」 「能動的にその日の予知できるわけではありませんよ。この日が見えたのは偶然です」 「じゃあ『万華鏡』使うか?」 「……さすがに職権乱用だと思います」 ●大蛍 ゆらりゆらりと 通りけり(小林一茶) 「ホタルとか興味ねぇか?」 『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)は開口一番そう言った。二番目には地図を開き、 「この時期になるとここの川にホタルが飛ぶんだよ。大量って程じゃないが、だからこそ綺麗なもんだぜ」 流れる川と淡く飛ぶホタル。暗闇の中、小さく飛ぶホタルが素晴らしいのさと九条は言う。まぁ、この男の主目的は、 「適度に冷えた初夏の夜。ホタルを見ながら一杯ってのも悪くないもんだぜ」 酒である。そのためにいろいろ準備をするのだから、この男もマメといえなくもない。 「夜の祭りだから、保護者がいるんならきちんと断っとけよ。あとはしゃぎすぎたり川を汚すのもアウトだ」 ホタル狩りにはそれ相応のルールがあるらしい。 「最近は異世界のことやら六道のごちゃ混ぜエリューションやらで忙しいからな。一夜ぐらいは気を抜いてホタルと遊ぶのも、悪くないぜ。 ま、気が向いたら参加してくれや」 徹は笑いながら下駄を鳴らし、センタービル前の広場を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月26日(火)23:38 |
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● 「思ったよりも種類がないな」 河原に来る前から食べ歩きをしていたシェリーが、蛍を見ながらその種類の少なさに肩をすくめる。最もそれも仕方のないことなのだ。 「蛍はデリケートだからな。水が悪かったりしたらすぐ死んじまうのさ」 「そんなものか。しかしこの目で蛍を見るのは初めてだな。なんとも神秘的な光だ」 シェリー・デーモンの記憶の中に、蛍の光の記憶はない。その美しさに、見とれるシェリー。 「おぬし達の光、この星空に負けていないな。 フフ、さてはおぬし達、競っているんだな、この星空と。……む」 微笑むシェリーの鼻に、蛍が止まる。 「おぬし、そんなところに止まっては食事ができないじゃないか。妾が虫を食べれないと思ったら大間違いだぞ!」 「いや、食うなって」 つっこみを入れながら、徹は酒瓶を開ける。早速御猪口に酒を注いで口に含んだ。 「かぁ、美味いねぇ。よく冷えてる」 「そりゃ良かった。たくさんありますよ」 クーラーボックスで日本酒を持ってきたのは、実家が酒屋の快だ。紺地の浴衣を着て、グラスを手に快も日本酒を口にする。 「夏は日本酒の売れ行きが落ち込むから、蔵元さんも夏に合わせた涼しげなボトルやラベルを工夫して、味も暑い季節に合わせた辛口のものを夏向けの商品として出荷してるんだ」 快は言いながらテーブル上にあるカップに酒を注いでいく。蛍を肴にしながら酒を飲み、 「『音もせで思いに燃ゆる蛍こそ、鳴く虫よりもあわれなりけり』だっけ?」 「恋詩だな」 音も立てずに恋心を燃やしている蛍は、鳴いて自らを主張する虫よりも哀れだ。恋心を胸に秘めて口に出せない者は、恋心を主張して無視されている者よりも哀れである。そんな詩だ。 「どうした? 何か思うところでもあるのか?」 「思うところはあるけれど……もう少し、しまっておこうかな」 快は自らの思いを、酒と一緒に胸に流し込んだ。今は、まだ。 「エナーシアさんとウラジミールさんも、一杯どう?」 「いただくわ。肴も用意してきたし」 「ウォッカでよければ付き合おう」 エナーシアが瞬のものを合わせた肴を持ち出し、ウラジミールがウォッカを口にする。 「だんだんと風物詩になってきたわね、九条さんの季節物は」 エナーシアが徹の誘いを思い出しながら、酒を口にする。初日の出に花見に蛍。指折り数えながらそれに付き合っている自分を見つけ、心の中で驚いていた。季節を感じ取れるぐらいには三高平に住んでいるのだ。流れていた頃に比べて、丸くなったのを自覚する。 「今回も蛍と儚いモノだしね」 「自分は危うさを感じしまうな」 ウラジミールは小さく光る蛍に対して、そんな感想を抱いていた。桜に蛍。日本人が儚く幽玄なものを愛でる傾向にあるのは、長く日本にいて理解していた。 「違いねぇ。蛍の光は淡く儚く。そしてすぐに消えてしまう危ういもんだ」 だからこそ美しいのさ、と言ってから杯に酒を注ぐ徹。 「それにつけても酒の旨さよ、ってな。二人も日本にかなり感化されたな。そろそろ和食が美味しくなったんじゃないか?」 「そうね、意外かもしれないけど豆腐が好きだわ。冷奴に揚出し、湯豆腐と季節や酒に合わせられしね」 「自分は、ヴォドカとジャーキが好みだな。だが、こういうものを肴に飲むのも悪くない」 淡く冷たい光と夜景を見ながら、ウラジミールは熱い液体を嚥下した。 「ご同席、よろしいですか? 芋焼酎を持ってきました」 ふらりとやってきたのは与作。焼酎のビンを片手にあるいてくる。 「いいぜ。水で割るかい? 氷もあるぜ」 「ははは。夏の夜には丁度いいですね」 コップに氷を入れて、水と焼酎を注ぐ。そこに写る蛍の光を楽しみながら、コップを持って回転させた。 「……ああ、でも本当に、なるほど。風情があるねえ」 河原に光る蛍の群を見ながら、与作は酒を口にした。 「今時期はネットで動画も見れるけど、実際の美しさは直で見ないとわからない物なのさ」 「ですね。花に例えるなら七分咲き……足らずかな?」 まだ足りない。不十分な光。 だからこそいいのだ、と与作は思う。どちらを向いても綺麗なんじゃない。見回していたらふと、目の端に映る。それこそが蛍の美しさ。 「満開の 七分咲き哉 宵蛍」 「ゆらりゆらりと 月下花咲く」 与作の句を徹が返す。そして二人はチン、と杯を鳴らした。 「ふふ、風も心地よく良い夜ですね。今日もお隣宜しいでしょうか?」 夏の夜風が頬をなで、心地よさそうに笑みを浮かべる亘。おつまみと甘酒を手に歩いてくる。 「そうだな。お前の羽で飛べば、気持ちいい夜のフライトになるだろうぜ」 徹は笑顔で了承し、肴を渡す。未成年の亘は甘酒を飲みながら席に座った。 「そういえば、久しぶりだな」 「ええ、花見以来ですか。最近色々とありゆっくりする時間がなかったですから」 神秘の事件は後を絶たない。アークのリベリスタは毎日忙しく駆け巡っていた。 だからと言うわけでもないが、こういうゆっくりとできる時間はとても貴重だ。河原で優雅に光舞う蛍。ただ緩やかに流れる時間。亘は言葉なく淡く漂う光を眺めていた。 ふと、徹と亘の目が合う。 二人は言葉なく、杯を打ち合わせた。この夜に言葉は要らない。打ち合わせた杯の音が、二人の耳に響いた。 川辺に座る遥紀と綾兎。遥紀が持ってきた拵えたフルーツショートケーキと、魔法瓶のアッサムティーを食しながら、光を眺めていた。 不意に遥紀が口を開く。 「神薙と出逢って2カ月弱か。何時も傍に居てくれるから、もっと一緒だった気がしていた……有難う」 「何だかもっと長い間一緒にいる気がする……何でだろ?」 濃密な時間がそうさせたのか、それとも時間の流れなど気にならないほどの生活だったのか。そこまで考えたあとで綾兎は、 「て、ちょっとお礼言われるような事じゃないし! その……俺だって好きでおにーさんと過ごしてるんだから、さ」 「そうだな」 照れ隠しに頭を撫でる綾兎に、優しい笑みを返す遥紀。二人はそのまま蛍の光を眺めていた。 「蛍が光る理由ってなんだろうな? 俺が彼等だったら……大好きな人に想いを伝える為に灯したいと思う。 神薙は、ううん、綾兎はどう思う?」 答えを聞きたい様な、怖いような。踏み込むことで関係が壊れることを怖れながら遥紀は口を開く。 「光る理由……か。理由はわからないけど、想いが大切なものであればあるほど、伝わるんじゃない? ……て、全く。そんな不安そうな顔しないでよね?」 綾兎は遥紀の顔を見ながら、口を開く。 「今は頼りないかもだけどさ」 それは何かを誓うような真摯な表情で、 「もっと強くなって遥紀のおにーさんが不安にならないよう、笑顔でいられるように、頑張るからさ」 寂しがりやのうさぎは、素直に真っ直ぐに声を出す。 「だから、微笑んでよね?」 その言葉を真正面から受け止め、遥紀は静かに微笑んだ。 傍にいる。護ってくれる。その事実がとても嬉しかった。 「しかしもう外に居ても肌寒くない季節か……」 木蓮は薄緑色の生地に白木蓮がかかれた浴衣を着て、蛍を眺めていた。共に歩く龍治にお酒を勧める。 「おー、蛍って意外と明るく光るものなんだな。実は生では初めて見たんだぜ」 「こうして眺めるのは、幼かった頃以来か」 暗い色合いの浴衣姿を着た龍治が酒を飲みながら答える。着るつもりはなかったのだが、木蓮に押し切られて着ることになった。着慣れないものを着て落ち着かないが、仕方ないと諦める。 「自分の名前と同じ花の柄って何か気恥ずかしいが……どうかな?」 「……良く似合っている、と思う」 浴衣を着て歩く木蓮の姿に一瞬言葉を失う。可能な限り平静を装い、龍治が言葉を返した。気付かれないように呼吸を整え、蛍に視線を向ける。 (蛍の光を人魂に見立てる事があると言う。ならば、この光はこれまでにこの手に掛けた者の魂か) 今まで殺してきた者など、数えたことはない。夜よりも冷たい銃の冷えが龍治の手に蘇り、 「へへー」 その手に木蓮の指が絡まった。その指は温かく、戦場の冷たさを忘れさせる。 「……龍治。俺様は、どんな時でもお前が大好きだぞ」 「……ああ、分かっている」 龍治はその指を握り返し、蛍を見た。 蛍はゆらりゆらりと、幻想的な光を放ちながら夜を飛ぶ。 ● 唐突ではあるが、杏は酔っ払っていた。一人で酔っ払っていた。 がー、っと腕を振り合えて木陰の蛍を指差した。後チェインライトニングの構え。 「何よ、ピカピカ光っちゃって! そんなに自分の居場所を誇示してどうするの? そんなに交尾がしたいの!? したいのね!?」 ええい、折角OPの冒頭に正確な学説不明と書いてあるのにこの酔っ払いは。 「何て破廉恥な! 破廉恥なのはアタシだけで十分よ! キャラ被ってんじゃないわよ! 文字通り蛍狩りしてやんよ! うおお、チェインライトニ――」 「煩悩退散!」 「んぐぅ!?」 すんでのところでフツがはったおし、事なきを得た。 「九条のおやっさんの代わりに、この分身たるオレがちょいと説教してやる。はい雲野、そこに正座! 星座じゃねーよ! まこにゃん座とかねーから!」 「ぶー。ぶー」 勢いに押されたのか、杏は素直に正座する。 「いいか。蛍は、静かに見るもんだ。 確かに生殖行動の一貫として光っているのかもしれんが、それを口に出しちまったら風情がねえだろう!」 「でも交尾とか自然現象じゃない。アナタだってしたくない? 恋人さんとしたくない?」 「それはそれ、これはこれ! あえてそういう部分は見ないふりをして、この清浄な輝きは何を語りかけているんだろうと思いを馳せ……」 「せいじょう? 正しい輝き? 頭光るの?」 「正常じゃねえよ! 光らねぇよ!」 「ああ、男女の営みのこと。男同士でもなく女同士でもない方の」 「そっちの正常でもねえええ!」 杏に大声で叫ぶフツ。おー、よくわかったねー、と顔を緩ませる杏。 しかし酔っ払いに説法とか、はっきり言って意味がないわけで。 「BNEは全年齢対象です、BNEは全年齢対象です!」 「メディアによって発禁の基準が違うけど、その辺どーなの?」 酔っ払いと仏法僧の問答は続く。 「チャイカさんの課外授業ー」 わー、と小さく拍手をするミリィと樹沙。蛍は光が大敵ということで、可能な限り光を抑えての授業である。 「蛍さんはご覧の通り光っている事が重要なのでこれくらい暗くないと出ていってしまうのです。 皆さんも、蛍さんに気を使ってなるべく暗くしてあげて下さいね?」 おにぎりを口にしながら、樹沙が頷く。保護者に断りを入れてやってきた夜の帳。作ってきたお弁当を皆に振舞いながら、話を促した。 「蛍さんは体内で2つの酵素が反応して発光するんですけど、この反応だと熱が全然出ないのですよ」 これを『冷光』と言います、としめるチャイカ。熱が発生しないのは、エネルギー効率がいい為であり、無駄なエネルギーを消費せず光っているのだ。 「ほら、触ってみて下さい」 「本当ですね。熱くありません」 ミリィは蛍の発光している部分に触れる。最初はおずおずと指で触れていたのだが、熱くないとわかると撫でるように優しく触り始める。 「幼虫の頃は虫や巻貝を食べるのですが成虫になると口が退化して水しか飲めなくなってしまうのです。 栄養のある水なら長生きしますけど、それでも持って半月の短い命なんですね」 蛍二十日に蝉三日。その寿命の短さも儚さを表現しているのか。 「半月……」 ミリィは河原を飛ぶ蛍を見る。短い命の中、光り輝く蛍。蛍に知性があるのなら、何を思って生きているのだろうか。 だが、淡く光り、周囲を優しく照らす彼らは、とても綺麗だ。その光景に心討たれるミリィ。お誘いを受けて良かった。そう思う。 お礼を言う為に徹のほうに振り向き、 「ぶ、分身の術……?」 杏の説教が終わったフツと徹を並んで見てしまう。 「も、勿論分かっていますちょっとした冗談ですよ、ええ」 「……そう?」 樹沙の指摘をうけて、視線をそらすミリィであった。 ゆらゆらと飛ぶ蛍の光。それを河原付近で眺めるものもいる。 (ほたるさんきれいです) その中でもまおは誰にも邪魔されない特等席を手に入れていた。河原に枝を伸ばす樹木に面接着で引っ付いてるのだ。万が一、落ちたとき用に落下制御まで使って。景観を損なわないように、暗色系の服装を着ていた。知らない人が見たらホラーだが、まおとわかっていれば驚く人も少ない。 近くを通過する蛍に手を伸ばしかけて、引っ込める。そのままじっと見ていたら、今度は蛍の方から近づいてきた。 じー。見逃すまいと蛍を見る。 じー。やわらかい光に見とれる。 木の上に、蜘蛛一人。静かに蛍を愛でていた。 そんなまおを見ている人が居た。 「うへへ♪」 虫が好きなメタル幼女、輪である。もちろんまおが虫ではないことなど知っている。だが、虫のように木の上を動いて移動するのは、とても興味を引いた。 もちろん周りには虫好きであることを隠している。蜘蛛とか飛蝗とか蟷螂とかそういうのを集めているのがばれると引かれる事は重々承知しているのだ。 今回は蛍なので、捕まえても問題なし。そんなわけで嬉々としてやってきたのだ。 「わきわきしてるー」 関節部とか脚の節々とかを見てうっとり。あと光る時に見える腹部の内部とかガン見。そんなほかの人とは違う蛍鑑賞をしていた。 「第42回! チキチキ☆ベネ研大科学実験ー! どんどんぱふぱふー♪ 今回は、蛍の光で勉強ができるのか、大実験です!」 蛍雪の功。一途に勉学に励む様子を褒め称える故事である。舞姫は教科書を開いて蛍を誘導する。 「ふふん、普段は学校の机にいれっぱの教科書、今日はこのために持って帰ってきたですよ」 家にもって帰りなさいよ。などという学校の先生はここにはおらず。 「よっし、止まりました……って読めないよ!?」 目を凝らしてみても、ギリギリ止まったところの文字が読める程度。 「だまされたよ! 車胤に裏切られたよ、がっでむ!」 車胤。家が貧乏で灯す油が買えなかったために蛍の光で勉強していていたという。後にその努力が実って高官となった人である。いやだから、それ科学の実験じゃなくて。 「むきー、冬になったら、窓の雪も試してリベンジするんだから!」 そのときは孫康に騙されてください。 第42回、チキチキ☆ベネ研大科学実験終了! 「えー、待った待って! ……そう、この淡い光を眺めることが、心の学びなのかm」 カメラ、次に移動しまーす。 「蛍を初めて見たのは幼稚園入ったばかりの時だったかな~?」 終は蛍の光を見ながら、回顧する。それは今から十年以上も前の話。 「光らなくなった蛍さんをそっと葉っぱの上にのせて次を追いかけるオレに『かわいそうだからやめなさい』とじいちゃんがそっとたしなめてくれたっけ」 叱ってくれたから、自分がやった事が良く無い事だと気付く。あの日叱られたから、今こうして終はリベリスタとして生きているのかもしれない。 「じいちゃん元気かな~?」 蛍の光に惑わされたか、終は望郷の念に駆られる。昔のことを思い出しながら、自らの周りを舞う蛍を見ていた。 「この光、なんかすげぇよなぁ……」 「さながら地上の星と言ったところか。幻想的であるな」 翔太と優希が河原を歩き、蛍に見入っていた。二人とも、自然の蛍を間近で見るのは初めてだ。話には聞いていたが、まさかこれほどとは。 「優希、向こうの方にも結構飛んでないか? ちょっと行ってみねぇ?」 「ああ。生き物の力とやらを見せてもらおう」 ゆっくり近づけば、蛍も逃げることなく二人の周囲を飛び舞う。翔太はゆっくりと手のひらで蛍を包んだ。 蛍は淡い光で自分を包んでいる翔太の手のひらを照らす。今ここにある生命の神秘。それを感じさせる。 「またこういう場所に一緒に来ような! 約束だぞ、優希」 優希もまた、蛍を手のひらで包む。生命の素晴らしさを感じると共に、自然の美しさに感動していた。 世界中の様々なものを、翔太と共に見ることができたらば楽しいだろう。世界は広い。どれだけの物が待っているのだろうか? 想像しただけで胸が躍る。 「ああ、約束だ、翔太!」 蛍の光のもとで交わされた約束。二人の絆がまた一つ、結ばれた。 「あひる、あひる、蛍たのしみだな」 「ふふ、とっても楽しみね。いっぱい蛍、見れるといいな……っ」 雷音とあひるはおそろいの浴衣とうちわを持って、手を繋いで河原を歩いていた。あひるが雷音の髪を三つ編に結い、髪型もお揃いである。 そして蛍の群生地に到着し、ゆわりととぶ蛍光を見たとき、二人の顔は同時にほころんだ。幻想的に飛ぶ小さな光。その正体を知っていても、感動してしまう。 「静かに、そーっと……!」 あひるはしゃがみこんでゆっくりと蛍に近づく。 「せーので捕まえよう」 雷音も同じようにしゃがみこんで、ゆっくりと近づいていく。ちいさくこえをそろえて、せーの、 「でっ」 二人で片手ずつ。一匹の蛍を包み込むようにして捕獲する。重なり合った手の中で光る蛍。少し開いた手から漏れる光が、淡く二人の笑顔を照らしていた。 「綺麗だな、うむ」 「うん。綺麗……っ」 優しい光が二人の心を照らす。それは愛を囁く光。太陽のように明るいわけでもない。街のネオンのように色とりどりでもない。切ないからこそ心に映り、儚いからこそ心に残る。 二人同時に包んでいた手を開く。ふわり、と蛍が夜空に飛んだ。小さな光が夜を照らす。雷音とあひるは、互いの手を握りそれを見ていた。 「この気持ち、忘れないよう……」 「うん。ボクも忘れない」 これは一瞬の幻想。うたかたの夢。この感情も日々の戦いの中で薄れていくのだろう。 だからこそ、大切な時間。二人で過ごした大切な思い出。だから忘れない。 「凄いわ」 糾華の感想は、その一言にすぎた。 闇と飛ぶ単色の光。派手でもなく、黄金比に基づいた芸術でもなく、音もなく。ただ光が飛ぶだけの光景。それゆえの美しさを感じていた。 「ほら、糾華」 羽音はふわりと飛ぶ蛍を両手で包み、糾華の前に持っていく。ゆっくりと手を開けば、そこには小さな命の輝き。 糾華と羽音はそのまま言葉なく、手の中で光る蛍を見ていた。蛍はしばらくすると夜空に飛び、二人はそれを目で追う。 「小さな体で……こんなに輝けるのって、凄いよね。素朴なのに、綺麗で……とても、儚げ。 まるで、命を燃やしているみたい」 「命の発する光。道を繋げるための光」 糾華は瞳を閉じ、思い出す。戦いの中散っていった人の名を。顔を。思い出を。 「あの人達も、そんなこと思いながら燃えていったのかしら?」 死者は蘇ることはなく、何も答えない。故にその疑問に答えられるものはいない。 「綺麗じゃなくてもいい。凄くなくてもいい。私はあの人達に生きてて欲しかったわ」 自然、声が上ずっていた。ぎゅ、と糾華の小さな拳が握られる。 「あたしも……誰にも、死んで欲しくない」 羽音の声も自然と震えていた。今は亡き人。もしかしたらこの場にいたかもしれない人。戦いで散っていった仲間を思う。 「でも、あの人達も、きっと……あたし達と同じ想いを抱きながら、燃え尽きていった」 誰かを守るために命を燃やし、命尽きた人達。その犠牲あるからこそ今日という日がある。 「だったら、あたし達は……それに、応えなくちゃ、だね」 それが生きている人の使命。生きること。散っていった人たちが守ったこの世界で、精一杯に生きること。それが彼らに応えることなのだ。羽音はそういって糾華を見た。 その顔は悲しみに耐える顔ではなく、友人に向けられる顔に戻っている。 「話が逸れちゃったわね。余りに綺麗で儚い光だから、つい……」 「ふふ、いいと思うよ? こんなに、幻想的な夜は……少しくらい、素直になっても」 蛍の光は儚く、それは死者の魂を思わせる。 (散り往くも、また、いのち) 命は繋がっている。死者は何も答えないけど、その想いはこうして心の中に。 河原でリンシードが靴下と靴を脱いで、足に水をつけて遊んでいた。パシャパシャと水音を立てて、冷たい水の感覚を楽しんでいる。 そんなリンシードに近づく影があった。 「なんだ、一人か?」 「あ、こんばんわ、九条さん……」 酔い覚ましに散歩していた徹である。水遊びを続けながら、リンシードが顔を上げる。 「今回もお誘いありがとうございます……。前回の桜も……綺麗でしたが……今回の蛍も……綺麗と、感じることができました……」 「そうかい。なら誘った甲斐があったってもんだな」 呵呵、と笑う徹。 (私の心は壊れてるかと、思っていたんですが……案外、まともな部分もあるみたいです……) その生まれから人間らしい感情を失い、自らを道具と定義するリンシード。しかしその心の中に、物事に感動する感性があったことに気付かされる。 「……ふふ」 その微笑みは、年相応の少女の笑顔であった。 「すげー! ほんとに光るんですねやばい!」 ヘルマンが始めてみる蛍にはしゃいでいた。 「ほらほらエリエリさんもそんなとこで突っ立ってないでもっと近くで見ましょうよー!」 「子供ですねえヘルマンさん、こんな蛍にはしゃいじゃって」 呼ばれたエリエリははしゃぐヘルマンを子供を見るような目で見てふふ、と鼻で笑った。 「え? こないんですか……あの、こっちに来て蛍を捕まえません?」 「一人でどうぞ」 「こない……ひどい……つれない。い、いいですもん一人でも楽しいですもん蛍きれいですもん」 わーい、と寂しそうに蛍を追いかけるヘルマン。しかしエリエリは動じることなく蛍を見た。どうやって蛍を捕まえるか、策を練る。 エリエリは頭脳派のプロアデプト。鉄槌で殴るけどプロアデプト。慌てず騒がずに、 「黙ってても蛍は寄ってきますし? 慌てずに近くに寄ってきた蛍を捕まえて――」 包むように蛍を閉じ込めるが、隙間からすぃ、と逃げ出してしまう。 掴む。逃げ出す。そのループが数度続く。 「む、むきー! いい度胸ですね蛍! まとめて狩り尽くしてやるのです!」 「あっきたー! なんですかエリエリさんそんなにはしゃいじゃってー!」 「ヘルマンさんごと! 狩り尽くして! やるのです!」 「なんでー!?」 虫取り網を持って暴れるエリエリ。追いかけられて大声あげて逃げるヘルマン。 「お前等、仲いいのはいいが頭冷やしてろ」 「「うわー」」 二人そろって徹に川に投げられた。ざぱーん、と水に濡れる二人。そしてどちらが悪いかと口論が始まるのであった。 さて、少し時間を巻き戻す。ヘルマンとエリエリから少し離れて、二人を監視するものがいた。 「蛍は綺麗だなー」 風斗である。名目上は蛍の鑑賞という理由で同行したが、実際はエリエリのデートの監視である。 「相手のバルシュミーデさんは執事らしく紳士的なので、間違いは起こさないだろうが……万一のこともある」 「孫の様に可愛いエリエリが初でぇと……しかも相手はヘルマンとな!? これは祖母としてしっかり見届けねば……間違いとか無い様に!」 そしてその横にはレイラインが。蛍狩りにあわせて浴衣を着てきたのだが、少しサイズが合っていない。具体的には胸のあたり。ちなみにうなじがポイント。すらりと覗く白いうなじが、何処となく扇情的。 「うむ、同士レイライン。一緒にがんばろう。二人に間違いがあってはいけないからな」 「まぁ、若いから多少のまちがいもごにょごにょ」 何かを期待するようにレイラインが口を紡ぐ。 そしてそんな風斗とレイラインを見るものがいた。 「……どこ見てんの? 誰か見張ってんの?」 明奈である。蛍を見に来たのはいいが、一人では寂しいため風斗を捕まえて一緒に見ようと思ってたのだが。 なにやら誰かを観察中である。なによあいつ。ちゃんと浴衣着てきたんだぜー。明奈ちゃんセレクト! どーだかわいいだろう。なのにそれに気付かないとは何事か。気付けよーワタシに気付けよー!? 失礼だぞ。ぶー。 しかし向こうは気付かない。ふふん、それならこっちから近づいてやる。風斗の肩の触れる距離までじりじりと近付いていく。 「……ん? なんだいたのか白石。一人なら、せっかくだし一緒に話しながら歩くか?」 そこまで近づいたところで気付く風斗。その誘いに明奈は照れながら手を振った。 「って、二人きりだとカップルみたいじゃんやだー」 「そうか? 友達とこういう場を楽しむのも悪くはないと思ったのだが」 何だこのフラグ折り。 「ん? なんじゃ風斗、お主白石と一緒だったのかえ? だったらわらわに任せてでぇとを楽しんで来るがよいわ」 二人に気を使ったのか、レイラインが監視を任せるように胸を叩く。 「うわ、ゴメンなさいレイラインさん、いたんですね。違うよ全然違うよ? そういう関係じゃないよ? 友人だよ? マジでマジで」 「ぐ。軽くショックじゃ……。なーに、こっちはどうせ一人じゃし、構わんぞよ! ……一人じゃし……」 レイラインさん、なにやら心の琴線に触れたようです。ちょっとうつモード。明奈を風斗の方に押してやる。 「ちょ、そんなに押さないでよ」 「……あれ、なんかいい匂いが……石鹸の匂い? ってうおおおおし、しし白石なんでそんなうわ近いちょっと離r――」 夜の河原は砂利や石などで足場は不安定。慌てた風斗は足を滑らせて明奈の方に倒れ―― ――そして、そんな様子を遠くから見ている人がいる。 「……そ……そう………そっか……」 うさぎは風斗と明奈の姿を見てショックを受けたように走り出し、河原から逃げ出していた。 自分が何から逃げているのか。それはうさぎ自身にもわからなかった。 ただ、あの二人の姿を見続けることが耐えられなかった。 ● ほのかに光る蛍。光はゆらりゆらりと河原を飛んでいる。 沙希は言葉なく、その蛍と行きかう人を見ながら呆然としていた。 六月の夜。蛍と言う幻想的な光が映し出す幻想的な空間。当然、幾人かの人たちは手を繋ぎ愛を語る出すわけで。 『バカッポー? 死ねば良いのに』 は? 沙希さんなんか黒い思念が漏れてません!? 「まさか貴方も居るとは思わなかったわ」 「……お前か、葛葉」 一人で蛍を見るつもりだった廻斗は、祈の姿を見てため息をついた。祈も気まぐれで参加したのだが、廻斗の姿を見つけるや否や、足をそちらに向けていた。 「ねぇ、良かったら少し歩きながら話さない……?」 「話したい? ……勝手にしてくれ」 拒むでもなく、喜ぶでもなく。ただの気まぐれで廻斗は首を縦に振る。 最近は怪我してない、どうしてここに来たの、と尋ねる祈の質問。それに、ああ、大した意味はない、と短く答える廻斗。 「蛍、綺麗ね」 気がつけばあたりを飛び交う蛍。手を伸ばせばつかめそうな幻想的な光。その光景に祈は感嘆の言葉が漏れ出る。 「綺麗……か」 特に感慨なく廻斗は応じた。蛍の寿命は短い。幾らもしない内に散る儚い命。それを見届けるのも、たまには良いだろう。彼がここに来たのもそんな理由だった。 「ねえ」 祈はどうしても廻斗に尋ねたいことがあった。彼に出会い、どうしても理解できないことが。 「どうして貴方は、いつも自らを省みずに戦うの……?」 廻斗の戦い方は異常だ。自ら危険に飛び込み、自分の安全などないかのごとく剣を振るう。 「……お前には関係の無い事だ」 それだけ言って、廻斗は口を結んだ。もはや答えることはない、とばかりに。 沈黙が訪れる。祈は言葉ばなく廻斗に寄り添った。 廻斗もそれを拒むことはないが、ただ沈黙を貫いていた。 (俺は、あの蛍と同じ。ただ死に向かうだけの存在なんだ) ただ敵を討てればいい。その戦いの果てに逝ければ良い。廻斗は自らの命をないものとしていた。 癒し手はただ命を繋げるように、彼と触れ合う部分に力を込めていた。 「いつも真面目に頑張ってる冴たんに息抜きをしてもらわないとね!」 竜一は竜柄の浴衣に下駄をはいて河原を歩いていた。 「ありがとうございます」 冴も浴衣姿で河原を歩く。竜一が「浴衣厳守! 浴衣・水着・夏服(制服)は夏の三大戦闘服だ!」等としきりに勧めるので着てきた次第である。 「そういえば、依頼や別の場所で会ったことはありますが、二人で出かけるというのは初めてですね」 「蛍狩りだけども、文字通り狩らないでね!」 「私だって言葉の意味ぐらいは知ってます」 竜一の冗談に生真面目に答える冴。 「それにしても冴たん浴衣可愛い! なでなでしたい!」 「え、あ、はい。ありがとうございます」 「戸惑ってる冴たんもかわいい! さぁ、こっちこっち」 言って竜一は冴の手を取る。なすがままに手を取られ、河原を歩く二人。そこには飛び交う十数の蛍。優雅に舞う光の演舞。 「普段は学業や修行に打ち込んでいますが、自分が守るものを改めて眺めるのは有意義な事と言えますね」 「相変わらず堅いなぁ。遠慮なく甘えてくれていいんだよ! 俺はいつでも冴たんの力になるから!」 竜一はどちらかと言うと冴の反応を楽しんでいた。十四歳の少女の、年相応の表情を見ようと。 「お言葉に甘え、機会があれば力をお借りする事はあるかもしれません」 相変わらず言葉は堅く、礼儀正しく一礼する冴。 しかしその距離はけして遠くもなく、そして冷たくないものであった。 「音もせで思ひにもゆる蛍こそ なく虫よりもあはれなりけれ」 シエルは川で飛ぶ蛍を見て一句謳う。先に快が謳ったものと同じものだ。 一緒に歩いていた光介がその歌を黙って聞いている。 「音もたてず想いを燃やしている蛍は、鳴いて想いを伝えられる虫よりもあわれだ……という和歌なのですが……」 蛍は古来より俳句などで泣かないことやその光の儚さから悲しい思いに例えられる事もある。この詩もその例の一つだ。しかしシエルはそう解釈しなかった。 「私は、蛍を見るとその儚き命故の想いの強さを感じます……。光介様は……蛍の光をどう感じておられるのでしょうか……?」 「そう聞くと、なんだかとてもいじらしく思えてきますね、この蛍たちも」 光介はシエルの言葉に瞑目する。シエルの言葉を心に浸透させるように、口ずさむ。そして、 「実は……いままでほんのちょっとだけ怖かったんです、蛍の光」 白状する。それは事故で家族を失った光介からすれば、納得できる理由だ。 まるでヒトダマのような蛍の光。遠くで近くで散ってゆく命のような光。目の前で家族を失ったように。この小さい光が小さく消えるように。命の儚さを感じさせる。美しいけれど幾分恐ろしくもあって。 「でもいまは……1つ1つの光が愛おしく見えます」 シエルさんが教えてくれたから。これは命の儚さではなく、短いからこそ輝く命の輝きなのだ、と。 「そうだったのですか……。私は蛍が好きでしたから……光介様が蛍の光を好意的に感じられたなれば……その……嬉しゅうございます……」 「ありがとう。シエルさん。また見に来たいですね、蛍」 恥ずかしげに喋るシエルに、微笑みながら光介が言う。 「ええ。また……来年も蛍……観たいですね」 蛍は来年も二人を歓迎するとばかりに、小さく瞬いていた。… 「蛍……綺麗ですね」 夜の天幕に光る蛍を見ながら、カルナは静かに口を開く。蛍の輝ける間の短さに、不安を感じる。それは命の儚さを想起させる光。カルナはそれに儚く消える命を感じていた。 「ああ、綺麗だな」 返す悠里の台詞も、不安に震えていた。死線なんていくつもくぐってきた。それでも、いやだからこそ生死について考えさせられる。 ずっとカルナと生きていたい。僕の事を君に刻みたい。君の事を僕に刻んで欲しい。その気持ち全てを言葉で表現出来る程、悠里は器用じゃない。 「カルナ――」 だから、たった一言。 「君の事を愛している」 飾りなく、ただ真っ直ぐな気持ち。有史より、あるいはそれ以前より使われてきた愛の言葉。 「悠里」 気付く。死を怖れることは弱さではない。失うことに耐えられないなど当たり前だ。喪失の恐怖は愛情の裏返し。これだけの想いを否定することなど、人にできようものか。 「私も貴方を愛しています」 強く。言葉に答える。 そして二人の顔は互いの気持ちを確かめ合うように近づいていき―― 「歩きにくくない?」 未明はオーウェンの歩きにくそうな様子を見て、声をかける。この前花嫁衣裳を着せられたお返しに、浴衣を着せたのだ。暗いし転ばれても困るので、オーウェンに手を伸ばす。 「ミメイの頼みとあらば、仕方あるまい。……やや動きにくいのだがな」 オーウェンは着なれない浴衣を着て、河原を歩く。洋服と違い大股で移動すると浴衣に引っ張られて歩きにくい。未明の手を取って、ゆっくりと河原を歩く。 未明は飛んでいる蛍をうちわで誘導する。二人の周りにふわふわと飛び交う小さな光。 「ねぇ、やっぱり街明かりの方が好き?」 未明は冬にそんな事を離したことを思い出し、オーウェンに尋ねる。 「好きか嫌いかはともかく、この光は熱を持たぬ故に、まるで人の魂……の様だ。 或いはその蛍は、我らを知る者なのかも知れんな」 「なら、毎夏にいろんな人に会えるのね。ロマンチックだわ。 人の住む家の明かりの方が好きなら、今夜はうちに泊まってきなさいな。蛍の方がいいなら、しばらく一緒にいましょう?」 「どちらも魅力的だな」 オーウェンは微笑み、今ここにある幸福を噛み締めていた。 「凛子さんすごく綺麗ッスよ」 紫陽花模様の浴衣を着たリルが一緒に歩く凛子の姿を褒める。 「ふふっ、ありがとうございます。折角ですから風流にと思いまして……」 凛子は緑に白のラインが入った浴衣を着て、髪の毛を高結いにしている。銀の髪飾りに小物入れ。手には提灯。リルでなくとも褒めたくなる姿である。 二人で手を繋ぎながら、河原を歩く。互いの体温が温かい。そして蛍の光が二人を照らす。 「神秘的ッスよね。ぽつぽつ光る明かりが綺麗ッス」 「ええ、神秘的ですね」 リルと凛子は手を繋ぎ、いつもより寄り添って蛍を眺めていた。時々交わされる他愛のない会話。ゆっくりと流れる時間に鼓動が早くなる。 「綺麗だったスね。また来たいッス」 「はい、また来ましょう」 交わされる約束。繋いだ手を離すことなく、二人は蛍を見続けていた。 「ホタル、か。此処最近、見られる場所がめっきり少なくなったと聞いているが……」 紺色の作務衣を着た拓真が河原を歩いている。ここ数年蛍を見ていない。忙しさよりは心のゆとりが原因なのだが。 「『己が火を 木々に蛍や 花の宿』……夏の風物詩……でしたね、蛍は。 三高平の河川で見られるのですね。見守って行きたいものです」 悠月は河原で飛ぶ蛍を前に、一句呼んだ。水葵の柄の着物を着て、拓真と一緒に歩いていた。不変のものはない。この環境も誰かが守らなければ請わされてしまうだろう。 「先日は星を眺めたが、やはりまた違った趣だな」 「星が天の煌きなら、蛍は生の輝きです。……趣の違う美しさですね」 拓真と悠月は二人で肩を抱き寄せ合い、周りを飛ぶ蛍の光を見ていた。天幕を彩る星にはない、小さな命の輝き。互いの体温を感じながら、同じ趣に浸っていた。 「……また来よう、二人で」 拓真の他愛のない約束。 不変のものはない。彼もまた、失われるかもしれない。しかし、だからこそ。 「はい。何時か来る、観られなくなる時まで……」 そのときまで二人で。失われるかもしれない二人だから、そのときまで一緒に。 「ほーたる恋。こっちのみーずは、もう彼女とらぶらぶ過ぎて甘くて砂糖ゾーン」 甚平を着た夏栖斗がちょっとギリギリっぽい歌を歌いながら、こじりの手を引いて歩いていた。浴衣姿のこじりが可愛くて仕方ない。最もこじりのほうは、 「浴衣を着ることを強いられている。嫌いなのよね、苦しいし」 とのことだった。それでも着てくるのだから、まぁご馳走様である。 やがて二人はの飛び交う河原にたどり着く。夜を照らす星が天空からの神秘的な光なら、蛍の光は触れれば消えてしまう幻想的なもの。 夏栖斗は蛍の幻想的な光景に目を奪われ、ふりむくと幻想的な中の超美少女がいた。 「幻想的。まるで命を削りながら、運命の人に『自分は此処にいる』と告げている様だと思わない?」 こじりだった。その姿はとても儚く、今にもどこかに行ってしまいそうな危うさがあった。 「うん、ここに、こじりはいるよ。ちゃんと見つけてる」 そっと夏栖斗はこじりを抱きしめた。抱き寄せられたこじりは夏栖斗に抱き寄せられるままに体重を預け、彼の左手薬指にそっと蛍を乗せた。光り輝くそれは誓いの指輪にも似て。 「私にとって、貴方が最後の夏になれば良い」 「僕にとっても、同じだよ」 二人、心から言葉を発する。そのまま互いの体温を確かめ合いながら、蛍を見た。 「へぇ、ドイツにもホタルってのは居るもんなんだな」 「Gluehwurmというのですけどね」 猛とリセリアが河原を歩きながらそんな事を喋っている。リセリアはドイツ語講座の後で、少し間をおいて、 「……でも。ゆっくり見るのは……初めて、かな」 「そっか、じゃあ今日はゆっくりと見てこう……っとあれじゃないか?」 猛の指差す先に、飛び交う蛍の群れ。ふわふわと淡い光が夜に飛ぶ。 「綺麗ですね……」 「ああ、綺麗だな」 始めてみる蛍の輪舞に、感嘆の声を漏らすリセリア。猛も何度か見る蛍の光に心が落ちついてくる。 二人、言葉なく蛍に見惚れ……猛がリセリアの手を握る。驚きの顔でリセリアが猛の顔を見た。 「またさ、どっか一緒に行こうぜ。夏もまだこれからだしさ」 猛の笑顔にリセリアは驚きの表情を緩める。猛の手を握り返し、微笑んだ。 「ええ、また行きましょう。日本の夏、色んな事……私に教えてください」 これは猛とリセリアの思い出の一ページ。 ● そして幻想的な宴も幕が下りる。 「ん……」 眠っていたエリスを起こし、皆で撤収の準備を始める。 小さな光が作り出した、ささやかな夏の始まり。 リベリスタ達は夏の風を感じながら、家路に足を向けた。明日はどんな一日が待っているのだろうか? さぁ、夏はこれからだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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