● 「大嫌い」。そう言われたのは何時の話だろう。 最初の言葉。最後のコトバ。 赤と黒のセカイの中。聞こえた言葉は、只、それだけ。 響く度に胸が痛くなった。止めて、止めてと何度思っても、聞こえる言葉はそれだけで、止まない言葉はそれだけで。 男の人。女の人。小さな子供や、年老いた人も。 アイサツのように、軽々と。拒絶の言葉を口にして。その度に、ココロを痛める人が居ると。私が居ると、知りもしないで。 ――苦しいよ。悲しいよ。 聞こえる言葉は、悠久を超えて、尚遙か。 永遠に終わらない痛み。苦しみは、私が私で居る限り、絶える事なんて、有るはずもなくて。 私を保つ、ちっぽけな抵抗。泣き声すらもかすれて、やがて私の口から聞こえなくなった。 ――止めて、止めて。 ――嫌いになんて、ならないで。 一つの絆の、終わりの言葉。 笑いながら、冗談のように、軽々と吐く人々が、私を犯していく。 ――お願い。 沢山の人の、「大嫌い」。 それに連れ去られる、私のココロ。 考えたくない。知りたくない。その果てはきっと、とても辛くて、寂しい結末だから。 ――お願い、私を、 「大嫌い」になってしまう私。「大嫌い」にされてしまう私。 あの人達と同じように。全て、全てを、アイサツのように拒絶して。 そんな未来は、嫌だった。 そんな自分が、嫌だった。 ……だから、どうか。 ――私を、殺して――! 叶うことなら、私が、私である内に。 痛みを、苦しみを、辛さを、切なさを、寒さを。 誰かに与える、「大嫌い」に、成らないように。 ● 「……危険な依頼になる」 時刻は深夜。場所は、アーク本部のブリーフィングルーム。 相対するリベリスタ達を前に、一人の少女――『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、吃とした瞳で彼らを見据えていた。 氷点下の言葉。張りつめた空気。 それにすら怯えを抱くこともなく、リベリスタ達は静かに、各々の席に着いた。 「対象は?」 「三ツ池公園内に発生したエリューション・フォース。フェーズは発生から数時間で既に第三段階に達している」 「……」 一般的に。 アークの……否、リベリスタが一人前とされるレベルがおよそ六から十人集まり、倒すことの出来る段階をフェーズ2と言う。 それを僅か数時間で凌駕したのは、対象自身の素養が高すぎたためか、三ツ池公園という、日本に於ける神秘の『人為的な中核』がもたらした結果か。 「対象は……『彼女』」 言うと共に、イヴの背後のモニターが展開し、『閉じない穴』によって歪んだ世界と――一人の少女を映し出す。 「……っ」 ごわごわの白髪を振り乱す少女だった。 止めどない血の涙を流す少女だった。 怨嗟の苦悶を漏らし続ける少女だった。 焦点の無い瞳に狂気だけを映す少女だった。 狂っている、と。問うまでもない明らかな姿。 神秘に感化された存在は、大なり小なり『現実にそぐわぬもの』としての性質、形質を内包している。 で、有るならば、彼女の在り様に疑問はないのであろうが――なまじ、その姿がヒトそのものである事が、リベリスタの心に少なからぬ動揺をもたらしている。 「……名称不明、仮定識別名『ダイキライ』。 人間が発する否定の言葉、意志の集合体にして、現在も尚、それを集積し続けるモノ」 イヴの言葉は、未だ平坦だ。 それとも……今見せているこの姿こそが、フォーチュナとして在る彼女のデッド・ラインなのか。 「まず、フェーズ3と言ったけど……『彼女』自身には戦闘能力は一切無い。階位障壁こそあれど、そうでなければ一般人でも殺害可能なレベル」 けれど。そう言ったイヴは一旦言葉を句切り――次いで、リベリスタ達の瞳を、じっと見た。 「彼女は自身の周囲に近づいた人間に対し、自身の意識を『接続』し、自身の端末として操り、様々な面で強化する能力を備えている。 これは一人に対して一度しか使えないけれど、抵抗は不可能。貴方達は『彼女』に接近した瞬間、『彼女』の端末となって周囲に破壊を振りまく存在になる」 「……それは」 近づく者全てを、無条件で操ることのできる能力。 それは、或る意味を持って無敵を意味する存在ではないのだろうか。 「……」 けれど。 それは、当のイヴ自身が解っていることの筈だ。 頭を振り、狼狽を捨て、リベリスタ達は改めて、イヴに問いかける。 「対処法は?」 「先ほども言った。『彼女』は自身の意識を貴方達に繋げることで、貴方達を操ることが出来ると。 繋がれた精神環境に於いて、『彼女』との対話を果たし、その心を揺るがすことが出来れば……」 「解除の可能性も、無いわけじゃない……って事か」 「正しく、そのレベルだけどね。解除後は大幅に体力、気力も削られるし、無理は禁物。 尚かつ、繋がれた精神内では、対象者の抵抗を無くすためか、『自分の最も大切な人』が『最も望まない姿』で現れ、貴方を傷つけ続ける。時間経過で否応なく、貴方の精神は『彼女』に屈服してしまう」 「……」 沈黙が、その場を支配した。 フェーズ3の精神支配。味わったことのない新たなカタチの試練に、リベリスタ達はその身を震わせる者も出るほどに。 ――けれど、それでも、と。 一人、席を立つ者が居た。 また、一人。仲間との相談へ向かうリベリスタ達を見ながら、イヴは。 「……私には、祈ることしか、できないけれど」 どうか、と。口の中で、呟いた。 ● あなたは気づかないでしょう。 あなたの言葉が、私を傷つけていることに。 あなたは気づかないでしょう。 あなたの思いが、私を傷つけていることに。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月26日(火)00:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●『ダイキライ』 八つの身体が転がっている。 男の人も、女の人も、子供も、大人も、みんなみんなが、決然とした表情で私に近づき、私にひれ伏した。 ……愚か、だと思った。 想いも、言葉も、力も、全て全てを届かせる前に倒れた彼ら。それを見下して、私はぽつり、口の端に言の葉を乗せる。 刹那、ゆらりと起きあがるオロカモノ。私の代わりに、嫌いな此の世界を破壊に向かう彼らを見ながら、私は、思う。 ――君は優しすぎたんだ。だから、殺して、楽にしてやる。 ……。彼らは、 ――やるしかないんだ……彼女自身の為にもここで終わらせないと! 彼らは、私に。 ――拒絶のみで塗り固められた世界、か。悲しいな。俺達は拒絶したりしないぜ? ……何を、伝えたかったのか、などと。 ●『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004) 拒絶の澱の底の底。 漆黒の世界の中で、唯二人。自分自身と、それに相対する一人の虚像を見て、夏栖斗はふと、笑みを浮かべていた。 「……はは、こんな状況でもさ、お前が現れたことに、安堵してるなんて、おかしいかな?」 洞のような瞳をして、フェイトを失った愛する人は、只彼を見つめている。 虚像だ。解っている。だけど今目の前に居る彼女が『或いは起こり得る未来』の姿であるならば、その理解すら何の役にも立たない。 ――ドウシテ、タスケテクレナカッタノ。 虚像が声を発する。 感情のない、凝った言葉。目を伏せ、耳を塞ぎたくなるそれを、しかし、夏栖斗は歯を食いしばって、耐えた。 ――ドウシテコロスノ。キライヨ、ミクリヤクン。キライキライキライキライキライ―― 意志が、揺らぐ。どうして殺すの、なんて。決まっている。 ノーフェイス。崩壊の源だから、殺さないと、殺さないと。 幻想纏いから武器を出だした。震えながら彼女にそれを構えて、夏栖斗は、 『君達が強いのは良く知ってるよ。操られるとか情けない姿を見せないの』 「……っ!」 『マリーが、クリスが、朱子が命と引き替えに守ったこの世界を! 嫌いだなんて言えるはずがない! 彼女達の誇りと、祈りと、覚悟は誰にも汚させない! 俺もお前もそうだろう、相棒…御厨夏栖斗!』 ……遠く、彼方から響いた声に、その手を止めた。 ――惑いの時間は、永遠にも思えて。その果てに、夏栖斗はその武器を、再び幻想纏いに戻す。 「……はぁ」 一呼吸。嘆息の後に浮かべた表情は、苦笑い。 ああ、言われなくても解ってる。ココロの中でそう言って、夏栖斗は虚像をそっと抱きしめた。 「嫌いなわけない、大好きだよ」 その姿がどれほど変わろうと。 どれほど、否定されようと。 それでも嫌いになれるはずがないんだ。 「だからさ、お前も拒否するな。何よりも拒否してるのはお前なんだ」 最後の言葉は、虚像の先へと送るもの。 ちゃんと解放する。そう言って、彼は虚像を、自らの手で打ち砕く―― ●『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072) 刃と刃が交錯する。 火花を散らし一撃を浴びせる度、その重さに身を揺らがせるのは、常に斬乃の方だった。 「……ッ、あんたなんか……!」 再度、交錯。刃が交わると同時、斬乃のチェーンソーが巻き上げられた。 吹き飛ぶ身体。その直ぐ脇に突き立つチェーンソー。そして、敵は斬乃の鼻先にぴたりと刃の切っ先を当てた。 震える。涙が零れそうになる。顔をうつむけて、斬乃は叫んだ。 「あんだなんか、じいちゃんじゃない……!」 全身から隠すこともない殺気を放つ、嘗ての師に。 虚像は何も語らない。只、嗜虐的な笑みを浮かべ、抵抗の術を失った斬乃の身体を、薄く切り裂いていく。 剣鬼と変じた師の姿を見せられた斬乃が、自らを支える力を失って。 ここまでなの、と。小さく呟いた彼女の視界には―― ――虚像に付けられた傷の直ぐ傍。正しく、今は亡き師に与えられた、愛情の印(きずあと)が、静かに覗いていた。 「……!!」 今なお振るわれる刀を、片手で掴んだ。 滴る血。構うものか。斬乃は笑って、空いた片手でチェーンソーの取っ手を掴んだ。 「……ごめん、じいちゃん。忘れてたよ」 今の私が、此処にいられるわけ。貴方が教えてくれた技が、私を生かしてくれたことを。 「だから……嫌いだって言われても、あたしの好きだっていう気持ちをぶつけるだけっ」 傷だらけの彼女と、傷一つ無い虚像。だと言うのに、状況はまるで冗談のように、斬乃の有利へと働き始める。 『……貴女のその力は人を傷つける為にあるの? 形は違えど私と同じように護る為に、助ける為にあるんじゃないの?』 「解ってる……ッ!」 このまま眠ったままで、誰かを傷つける存在になんて、なりたくない。 だって、それは――彼女の師の名前すら傷つけてしまう。 契りを結ぼう、今、変わり果てた姿でさえも会えた貴方へ。 せめてもの感謝を込めて貴方を斬るという、誓いを。 「……だから『あなた』も。自分のことを大嫌いにならないで、大好きでいてあげてー!」 ●『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210) 愛するものなんて、数えられないくらいいる。 そう語る竜一にとって、けれど、『それでも唯一人』を選ぶとすれば―― ――近寄らないでくれるか、結城。お前と同じ場所で呼吸したくはない。 すたすたと距離を取る、自らの愛しい人。 来ると解っていても、改めてその様を目にすれば、彼にとってそれは万の針に刺されるよりの痛みで。 「……いや、違うな」 大切な人に去って欲しくないという思い。抱いているものがそれだけならば、きっと彼はもっと簡単に割り切ることが出来ただろう。 そうではなかった。彼が最も傷ついているのは、自覚した彼自身の思い。 常に傍にいて欲しい。 常に愛していて欲しい。 恋人だから、なんて陳腐な理由もなく、彼は唯真っ直ぐに、それだけを思い続けている。 人の想いに首輪をつけるような思考! なんという傲慢! 握った拳から血が流れた。ならばと竜一は一歩を踏みしめ、吃と恋人に眼を向ける。 相手の全てを許容し、肯定し続けよう。 そうやって、自己否定して、ひたすら相手を許容するだけが愛じゃないことぐらいわかっている。 それでも、彼に出来る愛し方は、そんな不器用なもの一つだけなのだ。 『竜一お兄ちゃんは何時も変な事してくるけど、とっても面白い人なの。一途なのかな? 恋人のユーヌお姉ちゃん何時も大事にしてる。私も大事にしてもらってるの分かるよ?』 『竜一の一番がユーヌであるように、ユーヌの一番も竜一しか居ない。俺様が、全力をかけて保証してやる!!』 「……ああ、有難うな」 ほんのちょっとだけ、待っててくれ。彼はそう言って、彼方の声に言葉を返した。 さあ、話をしよう、愛しい人よ。 どれほどの罵声をくれても、悪口雑言をくれても、心配なんてすることはない。 それでも俺は、ユーヌたんを愛している。 なに言われたって、嫌いになんかなれないさ。 ●『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314) 褪せた金髪と青灰の目。実母が残した色。 かつての自分の姿を、そのまま視界に収めて。ミカサは小さく、ため息を吐いた。 ――過去を否定して何になる。昔みたいに受け入れろよ、俺は余りに欠けていると。 煩い、煩い。哀れむような声で言う虚像に対して、ミカサは手を振ってそれを否定する。 嘗ての自分。失った自分。全て全てを虚に奪われて、だから空洞を満たすものを、誰かから奪うしかなかった。 利他的と利己的の裏返しだ。彼は唯、リベリスタなんて手触りの良い衣に逃げ場所を見つけていただけ。 ――思い出せ。足掻いても、心を晒しても、届かなかった事を。 救えなかったエリューション、手を伸ばせなかったアザーバイド。彼らの恐怖の瞳が、憎しみの声が、相対する過去の自分自身から流れてくる気がした。 一歩。 僅か一歩を、大きな一歩を退く、ミカサ。 逃げ場など無い癖に、逃げたい気持ちに苛まれた彼が、其処で、ふと片手の違和感を覚える。 視線を、変えた先には――唯一つ、黒いビーズを通した、赤黒いゴム紐の腕輪。 「……嗚呼」 本当は、もっと多くの色を通していた腕輪。 失ったビーズ。残ったこれを見たときに、彼は、確かに想っていた。 もっと、綺麗な色を通しておけば良かった、と――義妹のために。 『過去から目をそらしても、なかった事にはできない。でも、過去と共に現在を生きて、未来を創る事はできる』 ……それを後押しする、声が響いた。 『貴方がそれを受け入れて進む覚悟があるなら、背中を押すくらいはまだできる……目を覚まして決めたらどう?』 「……ああ。もう、見ないふりはやめだ」 ――瞳の行き先が、定まる。 退いた一歩を再度踏みしめて、過去の自分に対し、ミカサは片手を差し伸べた。 心が折れても良い。身が傷付くのも構わない。 人の為に、俺の為に、二度と後悔しない為に、俺はそうして生きると決めた! 「帰ろう。俺の心に戻っておいで」 ●『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329) ――色を失った瞳は、彼女を見ていながら、その実何も見ていない。 全てから逃げて、拒絶して、閉じこもった。そんな過去の自分を目にして、ソラは自分自身に嫌悪を抱いた。 昔、周囲とは違うことに気づいて、拒絶される前に拒絶することを選んだ自分。 部屋に閉じこもり、家族すら自身の信の外に置き、唯一人、死人のように生きるだけの毎日。 虚ろな瞳は空洞のように見えて、耳は塞ぐ必要も無く静寂しか聞こえない。 「やめて! そんな目で見ないで! あの頃の私とは決別したの!」 無貌の自分が、ぱくぱくと口を開く。 じゃあなんで苦しんでるの? 本当は変われてないと思っているんでしょう? 何時までも、貴方は『わたし』にしか成れないと。 ねえ、なら一人で良いじゃない。私と貴方が、私と『わたし』に成ればいいじゃない。 「……わかってるわ。今の自分も好きじゃない」 人と深く接することを避けるためにふざけ合って、嫌な事から目を逸らすためにはしゃいで見せて、自分が住みやすい空間を作り出すために馬鹿やってるだけ。 惨めさに涙と自嘲が零れた。何だろう、これは? 場繋ぎのクラウンにも劣る道化じゃないか。 「でもね……嫌いなら嫌いでいいじゃないの」 白衣の袖で涙を拭いて、ソラもまた、彼女に応えるように精一杯の笑みを浮かべた。 「自分の大嫌いな部分も過去の自分の拒絶も受け入れる。自分の嫌いと折り合いをつけて生きてけばいい」 嗚呼、そうだ。変わろうなんて思う必要はない。 今の自分をすら、認めてくれる場所が、今の自分にはあるのだから。 「それに……」 『どんなもの見せられてるか知らないけれど、貴女がそれにかまけている間に、貴女自身が大切な生徒を傷つけているのよ。早く戻ってらっしゃい!』 「……そうね。人のお手本となる教師として、幻影に負けてられないのよ」 ふわりと、抱きしめた幻影は、何故か、暖かな温度を伝えている気がした。 ●『抗いし騎士』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523) ――自らのアイデンティティを壊された男がいた。 アークの守護神。そうとすら呼ばれた男は、多くの亡骸に慟哭し、守るために使うはずの力を、全て破壊に振りまいている。 近づこうとして、しかし、足を止める。 苛烈な攻撃。正しく誰を誰と認識していない曇った瞳は、きっと、彼女すら容易くねじ伏せる。 その暴力に、その感情に、果たして、自分は耐えられるのかと。そう思って、 「……なんで、でしょうね」 思えば、彼は自分と変わらない、唯の人間だった。 只の凡人として生きていた彼を身近に感じ、しかし、その彼が苦しんでいたとき、レナーテは密かに距離を置いて、穏やかな言葉を掛けるのみに留めていた。 何時しか彼女にとって、彼の青年は天上の存在にすら思えていた。守護神とすら呼ばれた彼を。 「……でも、そうね」 躊躇していた一歩を踏み出す。それは、彼の攻撃圏内に他ならない。 双盾が身を激しく叩いた。激しい痛みに苦悶を上げながら、それでもレナーテは歩みを止めはしない。過日の声を胸に秘めた侭。 ――俺はレナーテさんに会えて良かったと思ってる。 今まで取っていた距離の分だけ、今度は近づいてみよう。 愚痴を聞いて弱音を聞いて、吐き出したいものを全部吐き出してもらって、それをちゃんと受け止めてあげられるようになる。それが、今、レナーテの思うこと。 「……守ってもらうだけじゃあ恰好もつかないしね」 虚像の両手を、自分の両手で包み込む。 持ち手が擦れ、自身の血に塗れた彼を癒すように、レナーテは笑顔を浮かべた。 その、折。 『キャンプの時も言ったよな。君に会えて良かったと。 君がいるから、戦える。だから、これからも俺と一緒にいてほしい――レナーテ!』 ……大袈裟ね、と。苦笑いを。 ●『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675) 失うはずだった命。 無為に終わるはずだった命。 それを、運命は救ってくれた。 それに報いたいからと、信念を持ち、多くの人たちを救う力を得ようと決意していた。 今相対する姿は、何だ。 自らの信念を、決意を放棄し、無軌道に自身の殺戮を繰り返す自分。 今の自分にとっては憐れにすら映るその姿に、かるたは何の逡巡もなく、自分自身へ近づいた。 ――受け容れて、応えましょう。否定して、打ち払いましょう。あなたを。私を。 気づくと同時、虚像はかるた目掛けて咆哮を上げる。 慟哭の血涙、傷つけた胸から、首から夥しい量の血を零す虚像は、もう一人の『自分自身』を殺そうとしているのだ。 幻想纏いから装備を喚ぶ。撃音と共に武器がかち合い、一瞬で距離を取る。 「……ええ、解ります。解っている、つもりです」 自身の救い。自身の贖罪。 相対するのは、その化身だ。彼方が倒れても此方が倒れても、望んでいた者は手に入る。 彼女にとって、拒絶と許容は違うベクトルではない。敗北にしろ勝利にしろ。きっと、果ては決まっている。 ……けれど、望むことならば。 『信念も理想も高くてもいい、それを一緒に目指す仲間がいる。 ボーダーラインの意思と共にある、誇り高き決意は、決して屈しない!』 「……有難うございます。レンさん。」 どれ程久しぶりだろうか。こんなにも、心の底から笑えるのは。 想いを、決意を、何よりも盟友の言葉を胸に。 只一撃に全力を込め、自分と自分が激突する――! ●『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873) 禍を斬る姿は一つの憧憬。 それを失い、只、禍に相為す者を斬り続ける狂剣は、彼にとって悲劇という言葉では温すぎた。 「……成る程、俺にはお前がこうなるのか」 最も近しい存在を斬り、それに何の痛痒も抱かぬ狂剣の姫君は、宗一にとって何よりの痛み。 ……仮に、 仮に、これを拒絶したら、向こうはその意志さえくみ取り、この檻の中に宗一を閉じこめ続けるのだろうか。 刹那の怯え、恐怖が身を苛む。――けれど、 『あたしは宗一君の事が心配だけど……信じてるから ちゃんと帰ってきてね。あたしも、しっかり帰って来るから……!』 その折、聞こえたのは、間違いのないパートナーの声。 驚愕の表情を浮かべた宗一に、もう一つの声が聞こえてくる。 『現実の絢堂さんはこんなにも、貴方の帰りを待っているんですよ……? ここで、期待に答えて……依頼から帰ってくる、彼女を……笑顔で、迎えてあげて……!』 「……うるせぇ、言われなくたって、既に覚悟は決まってるさ」 は、と浮かべた笑みは、平時の彼をして尚色濃く。 剣を振りかぶる手を掴んだ。引っ張って、抱きしめた。 「どんな姿でも受け入れて見せるぜ。だってなぁ!俺は、お前が大好きだからな! 好きな相手を受け入れられなくて何が男だ!」 揺らぐ瞳、震える手。怯えていると解っても尚、離さない。放さない。 ――じり、と。その姿が揺らいだ気がした。 見えたのは、白髪の少女。今、宗一が抱きしめる姿よりも、頭一つ分小さな、『彼女』の姿。 それを……目に捉えて。宗一は一層、その身を強く抱きしめた。 「この世界は拒絶だけじゃないんだよ! ……もう、全て拒絶する必要なんて無いんだ」 ……『彼女』が、瞳にじわりと、涙を浮かべた。 そうして、世界は――ぱきんと、破壊の音を、鳴らす。 ● 全ては、一瞬のこと。 とすん、と倒れた身体を見やって。五人のリベリスタ達は、消えていくエリューションに各々の想いを抱いていた。 「……あの子も、これで救えたのかな」 「わかんないけど、さ。私はお礼くらい、言ってもいいかなって思う」 斬乃の問いに、ソラは曖昧な答えを返す。 苦笑いを浮かべる二人を越えて、夏栖斗は上半身だけとなった少女の手を、ぎゅっと握った。 おやすみ、と。告げた言葉は何人が聞くことが出来ただろうか。 「……一つだけ礼を言わせて貰うぜ。俺自身の気持ちに気づかせてくれて、さ」 若干の照れを交えて、宗一もまた、声に出して礼を言う。 面々が浮かべる下世話な笑み。宗一が狼狽えるより早く、レナーテがパンと手を叩く。 「行きましょう。もう、此処には何もないわ」 応と頷いたリベリスタ達は、全てが消え去った地に一度だけ視線を投げて、去る。 拒絶の怨嗟は、もう、聞こえない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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