● 子供の頃から、ふと不安に思うことがある。 ――私は、誰なんだろう。 ――どうして、ここにいるんだろう。 目に映るものや、耳に聞こえてくる音が、遠ざかる感覚。 自分を取り巻く世界を、透明なガラス越しに眺めているような。 意識の中で記憶を辿れば、私は自分の名前を思い出す。 自分のいる場所が、生まれ育った家や、毎日通う学校であることを思い出す。 そして、世界は再び私と重なり、私は“私”に戻る。 でも。私はどんどんわからなくなる。 ――私は、どこから来たんだろう。 ――何のために、私は“私”として生まれてきたんだろう。 毎日は、同じ事の繰り返しで。 ささやかな楽しみと、少しばかりの辛さと、たくさんの面倒ごとに占められていて。 長い短いの差はあっても、最後には必ず死が待っている。 私たちは皆、ゆっくりと死に向かって歩いている。 そんな人生の中で、私は何をするために生まれてきたんだろう。 そもそも、この世に生まれてきた“私”は何者なんだろう。 ――あなたは、だれ? 鏡の向こうから、“わたし”が“私”に呼びかける。 考えても、答えは出ない。 いっそ、“私”であることをやめてしまえば楽になれるだろうか。 何も考えることなく、世界に身を委ねることができたら――。 ● 「今回の任務は、自然発生したアーティファクトの破壊だ。 現状、こいつが原因で一般人がひとり危険な状態にある。早急に対処にあたってほしい」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向けてそう告げた。 「アーティファクトは『忘却の魔鏡』、手鏡が偶然に革醒したものだ。 こいつは持ち主に暗示をかけて、少しずつ記憶や人格を封じる機能を持つ。 最終的に、持ち主の自我は崩壊して、何も考えられない状態にまで心が壊されちまう」 一度そうなってしまえば、もう元に戻す術はない。 「持ち主は『早奈(さな)』という十四歳の女の子だ。 もともと大人しい子で、色々と考え込むタイプだったらしいんだが…… 自分の存在意義っていうのかな、何のために生まれてきたのか、とか思い悩んでいるうちに 『忘却の魔鏡』に魅入られた」 今は自分の名前すらも忘れ、『忘却の魔鏡』を胸に抱いて彷徨い歩いているという。 「――今ならまだ、『忘却の魔鏡』を壊せば彼女を引き戻すことができる。 手遅れになる前に、早奈から『忘却の魔鏡』を奪って破壊してくれ」 『忘却の魔鏡』は、自分や持ち主に危険が迫ると、光のE・エレメントを四体生み出して身を守ろうとする。 うちの一体、人型をしたE・エレメントが最も強く、『忘却の魔鏡』の破壊に際して障害となるらしい。 「この人型のE・エレメントは、戦いになると『忘却の魔鏡』とその持ち主の周りに結界を張る。 彼女らの三メートル以内に敵を寄せ付けない上、そこを狙った攻撃を全部跳ね返すという強力なものだ。 つまり、人型のE・エレメントが健在のうちは『忘却の魔鏡』に手出しできない」 逆に言えば、結界が生きている限り早奈は安全ということでもあるが。 「残りの三体、光の球みたいなE・エレメントには結界を張る能力はない。 ただ、『忘却の魔鏡』が壊れても連中は消えないんで、どっちにしても倒してもらうことになるな」 光を自在に操るE・エレメントは状態異常を付与する攻撃も多く、なかなか厄介な相手だ。 きちんと作戦を組んで事にあたる必要があるだろう。 一通り説明を終えると、黒翼のフォーチュナは誰にともなく呟いた。 「自分は何者で、何のために生まれてきたのか――まあ、難しい問題ではあるかな」 数史は顔を上げると、どうか気をつけて行ってきてくれ、とリベリスタ達に言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月21日(木)00:06 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 境目が溶けていく。 世界と私が混ざり合い、一つになる。 苦しみも、喜びも、疑問も。 “私”の全てが形を失い、大きなうねりに呑みこまれて。 ● 手鏡を胸に抱き、少女は独りベンチに座っていた。 外灯に照らされた顔に表情はない。瞬き一つしない漆黒の瞳は、虚ろな闇を湛えている。 アーティファクト『忘却の魔鏡』に魅入られた少女――早奈の姿を目の当たりにしたリリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)は、思わず眉間に皺を寄せた。 「自我を崩壊させる鏡だなんて、とんでもないわね」 自己の再確認に用いるはずの鏡で、自己そのものを失っては本末転倒ではないか。 魔術的には価値があるのかもしれないが……だとしても、この鏡の存在は許せない。 早奈の座るベンチに向かって疾駆するリリィの視線の先で、『忘却の魔鏡』が眩く輝く。 溢れ出した光が四体のE・エレメントとなり、リベリスタ達の行く手を阻むように宙に浮かんだ。 「――行くわよ。『来たれシルフ。我が身を風の衣で包め』」 風の力で反応速度を高め、リリィが人型のE・エレメント――“光体”に肉迫する。至近距離から放たれた光線が、彼女の肩口を掠めた。 反対側に、『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)が回り込む。 「仕事が切れねェのはイイ事だが、 こう厄介なモンがその辺に転がってンの見ると流石に気が滅入ンな」 思うところはあるが、ここで愚痴っても仕方が無い。己の仕事を果たすべく、彼は光体を抑えにかかる。 黒い翼を羽ばたかせる『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)が、自らの集中を高めながら光球のE・エレメントに接近した。 「鏡さんはきっと、早奈様のお願い、叶えたかっただけ、ですよね。 それでも、このままは、よくないです」 彼女はすかさずオーラの糸を伸ばし、光球を絡め取る。 白衣を纏う『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が、仲間達に翼の加護を与えながら口を開いた。 「存在価値や生きる意味に悩む―― よくある思春期の悩みですが、それにつけ込むというのも気持ちいいものではありませんね」 それ自体は若さの証であり、誰にでも訪れる通過儀礼のようなものだ。 だが、そこにアーティファクトが関わってくるとなると話は別だと、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は思う。 「たまには若者の健全な成長に一役買うとするか」 彼はそう言って光球の前に立ち、全身から放つ気糸でこれを縛り上げた。 後方で脳の伝達処理を高めていく『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)が、「思春期にはよくあるコト、か」と呟く。 面倒事はあっても、辛いのは少しだけで、ささやかな楽しみもあって。 何がそんなに不満なのか、とも思うが、それは本人に訊いてみないとわからない事なのだろう。 「オッケー、そこで待ってろ。まだ《自分》忘れんじゃねえぞ?」 魔鏡を抱く早奈に呼びかけた後、彼女は戦いに意識を戻す。 敵の射程外に己の位置を定めた『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)が、小柄な体格にそぐわぬ強弓を構えた。 「……この僕が救いの手か。まあ、仕事だからね」 自嘲にも似た呟きを漏らし、魔力を固めた呪いの矢を射る。 真新しい装備に身を固めた佐々木・加奈(BNE003907)が、緊張した面持ちで口を開いた。 「人の命がかかった大事な仕事、弱気にならずに頑張らないと――」 アークのリベリスタとして初めての任務に気を引き締め、全身を防御のオーラで包む。 安羅上・廻斗(BNE003739)、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)の二人が、前に出ながら破壊の闘気を漲らせた。 「……放って置いて、多くの犠牲者を出す訳にもいかん。面倒だが、対処するか」 「一般人がアーティファクトの餌食になるような事態は崩界を助長させるだけ、ですしね」 廻斗の言葉に、佳恋が頷く。 年端もいかぬ子供――佳恋とて未成年だが――が神秘の危機に晒されているなら、全力で食い止めるまで。 ● 気糸の束縛を受けていない光球が、眩い光を放って佳恋を撃つ。 四属性の魔術を素早く構築したリリィが、そこに魔曲の旋律を奏でた。 「責め苦の四重奏、その身に受けなさいっ!」 連続して放たれた四色の魔光が、光球の動きを封じる。 光球三体の無力化を確認したフィネが、眼前の光球に道化のカードを投げつけた。まずは、一体ずつ確実に仕留める。 直後、人型をした光体が、全身のあらゆる場所から色とりどりの光を輝かせた。 不規則な明滅がリベリスタ達の神経を苛立たせ、心を混乱に陥れる。 追い打ちをかけるように、戦場を真っ白な光が包み込んだ。 記憶を灼かれ、さらに何人かが動きを止める。 「おい今ので何人固まった! 悪ィけど目が離せねェ!」 光体の抑えに専念するユートが、声を張り上げた。 反対側に立つリリィの無事は確認しているが、背後の仲間にまで目が届かない。 「四人だ」 優れた回避力で直撃を逃れた鉅が、己の足元から影を伸ばしながら手短に伝えた。 ユートが肩越しに振り向き、邪を払う光で全ての状態異常を払う。続いて、凛子が聖神の息吹を呼び起こして皆の傷を癒した。 混乱から立ち直り、呪縛から解き放たれたリベリスタ達が、一斉に動く。 プレインフェザーの放った気糸がE・エレメント達を貫いた瞬間、暗黒の魔力を帯びた廻斗のサーベルが光球を切り裂き、その力を奪った。 リィンが、呪いの矢を弓につがえて狙いを定める。敵の向こうに、『忘却の魔鏡』を抱いたまま呆然と座る早奈の姿があった。 「羨ましい、と思っちゃいけないんだろうけどね」 自分である事をやめてしまえれば、なんて。何度、そう思ったか――。 蘇る過去の記憶を脳裏に映しながらも、彼の矢は過たずに光球を射抜く。込められた呪いが、光球の束縛をさらに強くした。 光球の動きが止まっているとはいえ、心を惑わす光体の能力は脅威だ。 可能な限り迅速に、敵の数を減らさねばならない。 佳恋が、両手に構えた長剣「白鳥乃羽々」に全身の闘気を込める。 その名の通り、白鳥の羽を思わせる巨大な白き剣が一閃し、光球を吹き飛ばした。 リリィの魔術が生み出した四色の光が舞い踊り、四重奏の魔曲で敵を撃つ。彼女の眼前で、光体が負けじと全身を輝かせた。 ちかちかと明滅する光に我を失い、フィネが道化のカードをユートに投げる。 「ユートさん!」 凛子の警告を受けて、彼はすんでのところで直撃を避けた。すかさずブレイクフィアーを放ち、仲間達の心を引き戻す。混乱も呪縛も効かぬユートが状態異常の回復を行えることは、戦線の維持に大きく貢献していた。 プレインフェザーが、気力の消耗が激しい廻斗に自らの力を分け与える。くたびれたコートの裾をはためかせた鉅が、全身から放つ気糸で光球を縛り上げ、これを砕いた。光の飛沫が散り、夜闇に消えていく。 敵の射程内ギリギリまで前進したリィンが、残る二体の光球を狙って光の矢を放った。 「的当てには物足りないな、まあ出来損ないみたいだから仕方がないけど」 光球の中央に吸い込まれていく矢を見て、つまらなさそうに呟く。これまで集中を高めていた加奈が、満を持して動いた。最もダメージの深い光球に接近し、全身の膂力を込めて一撃を叩きつける。 「助けを求めている人がいるんです」 ――決して、邪魔はさせない。 忘却をもたらす白き光が、リベリスタ達を包む。 凛子の詠唱で具現化された聖なる者の意思が、呪縛を解くと同時に仲間達の傷をたちどころに癒していった。 回復に背を支えられた佳恋が、巨大な白鳥の羽に闘気を纏わせて光球の一体を屠る。残る光球に向けて、廻斗が駆けた。 持ち主の記憶と人格を破壊するアーティファクト『忘却の魔鏡』。 何のために使うのか、理解に苦しむ代物ではあるが――彼にとっては、エリューションへの憎しみが全て。 「アーティファクトに生み出された存在だろうと関係ない。敵は……滅ぼす!」 暗黒に染まったサーベルが、光球を一刀のもとに両断した。 ● 光球の全滅を確認したリリィが、改めて光体へと向き直る。 手にした刃を閃かせながら、彼女は不敵に笑った。 「ふっ……魔術師が魔術しか使えないと思ったら大間違いなのよ!」 神速から繰り出される澱みない斬撃が、光体に傷を刻む。その全身から白い光が溢れ、戦場を忘却の輝きで満たした。 すかさずブレイクフィアーで呪縛を払うユートの視界に、ベンチに座る早奈が映る。 己の存在意義を見失って魔鏡に魅入られ、今は自分の名前すらも忘れてしまった少女。 「……俺からしちゃァ、特に明日の心配無く生きていられるだけで、 そりゃァ大した幸せだと思うんだがなァ」 ストリートで過酷な現実を生き抜いてきたユートには、彼女の悩みは理解し難い。 彼の呟きを聞き、フィネが控えめに口を開く。 「生きる為だけに、生きられたら、と。のんびりお昼寝中の猫さん見てると、思います」 でも――と、彼女は言葉を続けた。 「――人間だから、この子を守れるのだと。 そんな誇れる何かを探せたら、何者になれなくても、幸せだと思うのです」 空中から放たれた道化のカードが、光体に突き刺さる。 凛子が生み出す聖神の息吹が傷ついた者を優しく包む中、リベリスタ達は次々に光体を攻撃した。 鏡の魔力により、光体の動きを縛ることは叶わない。 ならば――と、鉅は光体に組み付き、牙を立てて力を奪う。回復と吸血を同時に行えるこの技が、今の状況では最善手のはずだ。 プレインフェザーが、煌くオーラの糸を伸ばして光体を撃つ。自らの闘気を雷に変えた佳恋が、光体に肉迫した。 「早々に終わらせましょう。その方が少女の負担も軽いでしょうし」 雷撃を纏う「白鳥乃羽々」が、光体を強烈に打ち据える。 赤髪のツインテールを軽やかに揺らしたリリィが、素早く動いた。 「私の速さについてこれて?」 音速を纏う連撃が、人型の光を鮮やかに切り裂いていく。 リリィを手強しと見たか、光体は眩い輝きを一点に集めると、彼女目掛けてそれを射ち放った。 直撃を受け、光線に貫かれたリリィの小柄な体が宙を舞う。 彼女が地面に倒れた直後、ふわりと身を浮かせた光体の全身から万色の光が激しく瞬いた。 廻斗は咄嗟に目を閉じたものの、神秘がもたらす光は瞼の裏側でなお輝きを放つ。 気力もろとも体力を削られ、膝を折りかけた時、彼は自らの運命を燃やして己の身を支えた。 「こんなものでは……俺は、死ねん」 この程度の相手に、屈するわけにはいかない――。 加奈もまた、運命を代償にして立ち上がる。 人の弱みに付け込み、心を殺す『忘却の鏡』を、許してはおけない。 「自我の崩壊なんてさせません。悪趣味な鏡の犠牲者なんて、生み出させません」 剣と盾を構え直し、加奈は光体を見据えて集中を続ける。 幻惑の光に耐え抜いた凛子が、詠唱を響かせて癒しの息吹を呼び起こした。 「ここで支えられないなら、それこそ存在意義がありませんからね!」 回復手としての矜持を胸に、凛子が叫ぶ。これ以上、犠牲は出させない。 聖なる意思がリベリスタ達を包み、彼らに戦う力を取り戻させた。 再び光体に組み付いた鉅が、牙を立てて活力を啜る。プレインフェザーが、仲間と意識を同調させて気力の消耗を補った。 体勢を立て直した廻斗が、サーベルに暗黒の魔力を纏わせて光体に斬りかかる。青白い雷に身を包んだ佳恋が白鳥の翼を羽ばたかせた直後、一気に距離を詰めた加奈が、神聖な力を帯びた剣を大上段から振り下ろした。 リベリスタ達の猛攻に晒され、光体が大きく身をよじる。 放たれた光線の軌道を見切ったユートは、大盾を翳してこの一撃を凌いだ。 殴る、削るは仲間に任せ、ひたすらに耐え抜く――それが、彼の役目だ。 ユートに射線を遮られて攻撃を免れたフィネが、道化のカードで光体の破滅を予告する。 リィンが、そこに止めの一矢を放った。 「君の役割はここで終いだ、遠慮なく散っていきなよ」 魔力の矢が、光体の胸元へと吸い込まれていく。 次の瞬間、人型のE・エレメントは光の粒子に還元し、儚く霧散した。 ● 敵は全滅させたものの、早奈は未だ『忘却の魔鏡』に囚われたまま。リベリスタ達は、急いで彼女に駆け寄った。 ベンチに座る早奈の瞳は、相変わらず何も映していない。 もはや、それが何であるかも分からぬだろうに、手鏡をしっかり胸に抱いている。 リィンが、優しげな声音で彼女に呼びかけた。 「ねえ、僕に貸してくれない?」 返答はない。 彼は手を伸ばし、『忘却の魔鏡』を早奈の腕からそっと抜き取る。 成長に伴い、彼女はこれからも色々と思い悩んでいくのだろうけど。 「――忘れないで。君は、とても幸せな場所に居る事を、ね」 リィンの囁く声とともに、『忘却の魔鏡』は粉々に砕けた。 「これで、大丈夫……かしら?」 魔鏡の破壊を見届けたリリィが、傷ついた身を支えてぽつりと呟く。 糸が切れたように身を揺らがせた早奈を、加奈が受け止めた。 平凡ともいえる早奈の顔立ちを眺め、佳恋はここに至った彼女の心境を思う。 「自分の存在意義に悩んでいた少女、ですか」 確かに、それは簡単に見つかるものではないだろう。子供であれば、尚更だ。 この世を崩界から守るために運命(フェイト)を得たと考えれば、佳恋自身の存在意義については容易く定義できる気もするのだが……。 早奈の黒い瞳が、徐々に焦点を取り戻していく。 はっと目を見開いた彼女に、フィネが問いかけた。 「こんばんは。あなたの、お名前は……?」 「早奈……小川早奈、です」 まだ少しぼんやりしているようだが、名前が思い出せるなら心配無いだろう。 少し、お話しましょうか――と言うフィネに、早奈は小さく頷く。 「貴女のことを聞かせてください」 凛子に促されるまま、早奈は家族のこと、学校のことを途切れ途切れに語った。 自分の考えを人に話すことも得意ではないのだろう。おそらく、彼女は自分の抱えている悩みを誰にも言えずにいたのだ。 なぜ存在意義を見失ったのか、と問われ、早奈は視線を伏せる。 「……大したことじゃ、ないんです。 毎日、同じことの繰り返しで、学校では皆と同じことをして。 そこからはみ出さないようにしてる私は、何のために生きてるんだろうって。 考え始めたら、止まらなくて……」 「そうですね。確かにそう思う事もあると思います」 相槌を打った後、凛子は一拍置いて彼女に語りかけた。 「貴女はそれでいいのですか? 自分が傷つくのが嫌で諦めたのではないですか?」 言葉を詰まらせる早奈を見て、プレインフェザーが口を開く。 「何の為になんて、答えはないんじゃねえ? 生き物なんだ、生まれたら死ぬまで生きるしかねえしさ。 でもさ――お前のパパとママが出会ってお前が生まれたのって、 全部トータルして、マジですげえ確率じゃん?」 祖先が古代から紡いできた歴史が、《自分》を通して《未来》に続くのだとしたら。 それを繋げることは、《自分》にしか出来ないはずだ。 「――だから、《自分》をやめるなんて、勿体ねえことすんなよ」 そういう考え方もあるのかと目を丸くする早奈に、フィネが言った。 「フィネは、無理して何者かにならなくても良いと、思うのです」 例えば、母親の作ったご飯を食べた時。何を思い、何を感じるのか――。 世界と自分を繋ぐものは、そんな些細な、ちっぽけな欠片だ。 自分にちりばめられた欠片を磨いて、輝かせていくのが課題なのだと、彼女は早奈に説く。 「だいじなの、自分は何が大切なのか、知ること、です」 それは『何者でもない』フィネだからこそ、贈れる言葉。 凛子が、改めて口を開いた。 「理由をもって生まれる人はいません。 生きる理由は、生きて自分で付けていくのです。 もし存在意義が無くなることがあるとしたら、それは貴女が貴女の価値を放棄した時です」 ――夢はあるか。やりたい事はあるか。 問いかけられ、早奈は「夢ってほどじゃないけど……」と小声で答える。 それを聞き、凛子は微笑んだ。 「貴女の存在価値は、これから見つければいいのですよ」 「十数年程度で見つからないからといって、悩むのは馬鹿らしいしな」 これまで沈黙を保っていた鉅が言葉を重ね、加奈が大きく頷きを返す。 「上手くは言えないけど……あまり一人で抱え込まない方がいいよ」 きっと、それは一人だけで見つけられるものではないはずだから。 「てめェが何者かなンてな周りが良く知ってるよ。一人で悩んでねェで隣の奴に聞いてみたらどうかね」 事もなげにそう言ったユートを、早奈が黙って見上げた。 前に進み出た廻斗が、素っ気無く口を開く。 「お前はお前だ。それ以上でもそれ以下でも、それ以外の何者でもない」 何のために生まれたかを決めるのは、あくまで自分自身だ。 「何がしたいか、何を残したいか。 はっきりと、今までの自分と向き合って考え、そして決めるんだな」 しばらく考えこんだ後、早奈は「はい」と頷いた。 きっと、もう大丈夫。プレインフェザーが、神秘に関わる記憶を早奈の中から消す。 「……まったく、らしくないな」 そこに背を向けた廻斗は、誰にともなく呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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