● 「いつまでも、泣いていてはだめね……」 金色の巻き毛、ぽってりとした赤い唇の横にセクシーなほくろ。潤んだ瞳、上を向いたまつげ。肉付きのいいグラマラスバディ。 そして、写真を見ただけで分かる、溢れる母性。 『彼女』の明るい笑顔を最後に見てから、半年以上の月日が流れていた。 「あの子に笑われてしまうわ……」 そう言って、かすかに涙の気配を残しながらも再び微笑を浮かべた『彼女』の長い喪は明けた。 運命は再び彼女に『試練』を与えようとしていた。 ● 切なく影を落とす銀の燭台。 きらきらと光をこぼすシャンデリア。 さりげなく品よい調度品。 足首が埋もれそうな上等のソファから、『少女』は立ち上がる。 「どうぞ無粋をお許し下さい」 簡素な服装だ。 白いブラウスに細身のパンツ。 長い黒髪が編み込まれて頭にくるくる巻きつけてある。 まだ襟足に幼さが漂う『少女』は、深々と腰を折った。 大理石のローテーブルの上に置かれた『シャーリー・テンプル』の氷がカランと音を立てる。 「ですが、私も『使命』は果たさねばなりません。出来るだけ穏便にことを済ませたいと存じます」 ですので。と、『少女』は言う。 「三日前、こちらに雇用されましたホステス・源氏名『ニーナ』をしばし貸していただきたく。もちろん、開店に間に合いますよう五体満足でお返しいたします。今後、この件でお邪魔することもありませんし、別件でもお邪魔することのないよう、細心の注意を払わせていただきます。といいますか、年が足りて、お許しいただければ、いかなるコネを使ってでもプライベートでお店に伺いたいくらいでございます。未成年のわが身が憎うございます」 立て板に水を流すように、『少女』は口にする。 「質問してもいいかしら?」 『彼女』は、わずかに首を傾げる。 「なんなりと」 『少女』が頷く。 「ニーナちゃんをどうしなさいって言付かっているかしら?」 「いえ。上からではなく、私の一存で。私の腕で届く範囲でのわがままをお許しいただいております」 「あなたはどうするつもりなのかしら?」 「けじめをきちんと清算してもらった上で、五体満足でお返しいたします」 「どうやって、けじめをつけるのかしら? あなたが金銭取立人には見えないのよ?」 『少女』は、少し困った顔をした。 「私の個人的な感情ですが、あなた様のお耳を汚してしまうのではと憂慮しております」 「おっしゃって」 『彼女』はにこやかにそう言った。 「ニーナが戦場で無断逃亡した結果、傷ついた者がおります。まずはその傷、寸分違わず受けてもらった後、痕跡・障害、一切残さず癒します」 死なせはしません。と、『少女』は言う。 「その後、剣林の名に泥を塗った報いを受けてもらいます。それによって生じた肉体的・精神的不都合も癒します」 時間的には、1分もかかりません。と、『少女』は再び腰を折る。 「その後は、一切私どもとは縁のない者と。どうぞ、そちら様のよろしいように」 「嫌と言ったら、どうなるのかしら」 『少女』は心底悲しそうな顔をした。 「申し訳ございません。この手のことは時を開かずに速やかに済ませるのが肝要と存じます。おそらく、今こうしている内にも、ニーナをお逃がしになる算段をなさっておいでと存じます。ですが、ニーナにとってもここで清算しておいた方が新たな人生を歩く分にもよろしいかと存じます。さもなくば、「剣林に泥を塗った蟲」と、うちの者の気まぐれに道端で屍さらすことにもなりかねません」 『少女』は、尚、頭を下げる。 「本来でしたら、即刻切って捨てます。ですが、ニーナはあなたの庇護下に入りました。あなたの笑顔を曇らせないことが、私どもにとっても益となること重々存じておりますし、個人的にもあなた様の悲しいお顔を見るに忍びません。このようなお話をお耳に入れるのも断腸の思いでございます。誓って、傷は残しません。どうぞ、一時、私にニーナをお預けください」 ママは、目を閉じ、再び開いた。 瞳には、決意がにじんでいる。 「――ニーナちゃんは、欝の可愛い子になったの。私、あの子を守る義務があるわ」 ママは、そう言って立ち上がる。 「だって、ママなのですもの。そうでしょう?」 『少女』は立ち上がった。 「残念です……っ」 高級ニューハーフクラブ「マドンナ」に、血の華が咲く。 開店30分前のことである。 ● 「要は、面子と、圧倒的な庇護欲の問題」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに写真を数枚と相関図を表示させた。 「『賢者の石』奪取戦の資料で見た人もいると思うんだけど。『マドンナ・ママ』 癒し系プロアデプト。玉に瑕の原因が消えた今、ものすごく善人と言っても問題ない」 玉に瑕の原因のため、賢者の石を用立てた。 そして、リベリスタの猛攻から守りきった佳人。 彼女のためなら命もいらない忠義者がたくさん。更に、金の力にも革醒者の圧力にも屈しないファンが各界に多数。 彼女が笑ってくれるなら、できることは何でもしてあげたくなるのだ。 「で。彼女のところに厄介事、発生」 若い。どこか線の細い男。 「ビフォー」 いやな予感がする、若い美人。 「アフター。ノット整形」 ママの所に修行に行きたくなるメイクテク。 「こいつ、新名って言ってね。『剣林』の末席に名前を連ねたばっかりだったんだけど、戦闘の途中で敵前逃亡。戦術的撤退じゃなくて、『こわいよ~。おかあちゃ~ん』状態で。大体、感じ、分かる?」 なんとなく。 「著しく『剣林』的ではない行動に、これが動き出した」 頭に三つ編みを巻きつけた『少女』 「剣林所属フィクサード、大屋緑。見た目どおりの年。自称『剣林最弱』」 イヴは、言葉を切った。 「そう名乗り続けて、今年で五年」 リベリスタたちの顔つきが少し変わる。 アークとは違う。 少数精鋭・舞闘派の剣林で幼子が五年渡り合うということがどういうことか、想像に難くない。 「自他共に認める、『剣林』ラヴ。自分より無様な者が『剣林』を名乗ることを許さない。新入りを試したり、『剣林』の名を汚したと判断した奴にヤキを入れに行く習性がある」 上層部は放置だ。 緑もいなせないような輩は、剣林では必要ない。 緑自身がそう定義つけている。 それゆえ、自称は「最弱」 どれほど成長しようと、いつでも緑が「最弱」でなくてはならない。 「剣林」は常に進歩しなくてはならない。 それが、緑の理想だ。 「他称としては、「第一関門」、「器用貧乏」、「十徳ナイフ」、「砥石」、「試金石」、「先任軍曹」、「ネメシス」、「懲罰係」――一番有名なのは――『削り鏨』 無様な者は、丁寧に痛めつけて『剣林』から放り出す。場合によっては、三途の川の向こうまで。子供だから、妙に潔癖で融通が利かないし、大人の機微など読む気はない」 と、同年代をばっさり切り捨てるイヴ。 今回はそこまでする気はないみたいだけどね。と、吐息を漏らす。 「今、ママのクラブの裏口からニーナが逃がされようとしている。このまま、事がうやむやのままニーナがドロンすると、ママは手向かいするだろうし。そうなったら、ママを煩わせた剣林憎しと考える輩が現れる。ママに動く気がまるでなくとも、勝手に動く馬鹿が困る」 ママは大輪の華だ。 華に惹かれる凶暴な虫達が、牽制しあってその美を守っている。 「ニーナを確保。双方納得にいく「落とし所」を提示し、「穏便に」話しを丸く収めてきて。詳細は、チームに任せる。アークとしては、影響力のある『ママ』とは良好な関係を構築したい」 賢者の石の件は不幸なことだったが、これを機に歩み寄りたいのだ。 「大人の対応を期待してる」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月17日(日)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● お名前は? ……しん……。ああ、新名。 ニーナちゃんでいいかしら。 路地裏に転がっていた俺を拾ってくれた。 「そうね。人を殺すのって難しいわよね」 まして他人の為に、関係ない人を。なんて。 それが普通よと言ってくれた。 いい匂い。優しい声。 剣を握ったままこわばった指を、ほぐして開いてくれた。 「いいのよ。革醒者がみんな命を掛けて戦わなくちゃならない道理はないわ」 だから、これからのことを考えて。 大丈夫。隠してあげる。 怖い人が来たら、逃がしてあげる。 だって、あなた、あの子の子供の頃にほんのちょっと似てるから。 あなたと名前が似てるから。 あの子は戦って戦って死んでしまった。 だから、戦わないあなたには、生き延びて欲しいの。 ● 従業員エレベーターの前。 大時代な機械仕掛けが4Fからゴンドラが降りてくることを知らせる。 『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)の尻尾が揺れる。 ( 豆乳メンタル野郎とマドンナと子供が合わさって大騒ぎと聞いて) 豆乳メンタル、その心は、豆腐にもなれない。 (……てーか、回り巻き込んで連鎖爆発してく分、ホント性質が悪ぃですね) 世の中にはそんな星の下に生まれる者がいるのだ。 (現実と戦ったら、負けかな思うです) 自宅でぐーたらしているのがデフォルトの唯々にやる気はない。 (但しニーナ、アンタは駄目だ) 豆乳をここらで豆腐にしないと、腐ってしまう。 もしも、ニーナが革醒者ではなくて、リベリスタがビフォーアフターを確認していなかったら、見逃してしまったかもしれない。 ごく軽いメイクだというのに、新名の面影は皆無だ。 恐るべし、クラブ「マドンナ」のメイク技術。 「アーク……」 ニーナの護衛兼目くらましにつけたのだろう、クラブ「マドンナ」のおねーさんが小さく呟くのに、ニーナは目を見開いた。 「ごめんね、驚かせちゃって☆ でもね、ニーナさんが逃げちゃうとママのお店が大変な事になるんだ」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は、にこやかに裏口を封鎖していた。 このビルに来るのは初めてではない。 晩秋の賢者の石争奪戦。 電撃作戦に参加し、ぎりぎりのところで撤退を余儀なくされた。 あの時背中で聞いたママのごめんなさいねの声が、今も耳に残る。 (ママさんの事ずっと気になってたんだ……。 うん、彼女の笑顔を護るよ☆) 「あなたが逃げたために傷ついた人がいます。また逃げれば今度はママさんが傷つくことになるのですよ」 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は静かに言う。 「ママさんが大事ならここで逃げては駄目です。今彼女を救えるのはあなただけなのです」 ニーナは背後を振り返った。 おねーさんは首を横に振る。 腕に覚えがない訳ではないが、数で負ける。 「現状を考えてみるです。此処に来てるのは、アンタもよーく知ってる筈の削り鏨、ソイツです」 『削り鏨』の名を聞くと、新名の血の色が引いた。 「あいつが『最弱』だってんなら、『剣林』はみんな化け物だ。あいつ、見かけどおりの年なんだぜ? 初対面で、俺らを散々痛めつけてから何つったと思う? 『さっさと私を追い越して下さい。私より強くなってくれなくては困ります』っつったんだ。どんだけ上から目線なんだよ!?」 『剣林』はみんな化け物だ。 そうでなくてはいけない。 少数精鋭の武闘派。 新名は、それを『剣林』の中にいてさえ、体感できなかった。 人には器がある。 その器ではなかったということ。 「……なぁ、逃がしてもらって、そんでどうするよ? どこまで逃げんだ? 大切なひとは、みんな置き去りか?」 カルラは、大声を出したりしなかった。 それでも、語気に押されて、新名は口ごもる。 「どっか……俺一人なら、なにやってもどうにかなるだろ……。大切な人ったって、俺には……」 『心配しないで。大丈夫。逃がしてあげるから。落ち着き先がわかったら、連絡して頂戴ね』 柔らかな笑み、優しい手。 できることなら、許されるなら、ずっとあなたのそばにいたい。 でも、「削り鏨」が。 あいつが来たら、おしまいだ。 「好きでそんな方に向かってるわけじゃねぇよな。過去をどうこう言う気はない。戦闘なんて、ホントはやりたいヤツだけでやってりゃいいんだからな」 剣道が人より出来ただけだった。 高熱を出した翌日、道場に行ったら、師匠が「彼岸を越えた」とか言い出して。 知り合いという所に連れて行かれた。 それが『剣林』だった。 人を斬れ。 真剣で、藁しか切ったことがない人間にそんなことを言われても。 殺す殺されるなんて、いやだ。 そう本当に思えたのは、間抜けなことに、殺す殺されるの真剣場に来てからで。 人間は、簡単に死ぬんだ。 そう思ったら、頭が真っ白になって、逃げた。 「ここからだ。巻き返せ。筋を通して、ケリをつけるんだ。何も難しい事はねぇ。メイクして着飾ってたあんたは輝いてた」 出来栄えがどうかなんて、カルラには分からない。 だが、アフターの方が、力の抜けたいい顔をしているように見えた。 カルラは、ママの所にいるのがニーナにはいいことだと判断した。 「それが気に入ってるなら、迎え入れてくれたママさんに親不孝はできねぇだろ。 ビシっと決めて、成長を見せた上で……血ひとつ流さず終わらせようぜ!」 ● クラブ『マドンナ』のドアは重厚な観音開きだ。 それを押し開けて、小柄な少女『すもーる くらっしゃー』付喪(羽柴) 壱也(BNE002639)と金髪委員長『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816) 、くわえタバコのドレスの女『鉄火打』不知火 有紗(BNE003805) と厳重に日焼け対策をした紳士、アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792) が入ってくる。 少女と委員長もこの店は初めてではない。 「いきなりごめんなさい、アークです」 壱也は、きっぱりとそう言った。 乱入者を押しとどめようとした黒服は手を止める。 あの日、刃を交わした顔だ。 両手を振って見せるのは、手ぶらのアピールだ。 壱也が剣使いであることを知っている男は、イヤホンからの柔らかい声の了承を得て、リベリスタ達を中に通す。 VIPルーム。 馨しき薔薇色の薔薇。マドンナ・ママ。 そして、むせ返るような香りを放つ真白い梔子、『削り鏨』大屋緑。 「ママは久しぶりだね。っていっても、ちょっとしか顔合わせてないけどね」 「――あなた達」 ママの目が潤んだ。 「あの時は、本当に、ごめんなさいね……」 何について『ごめんなさい』なのか、二人には分かる気がした。 「『すもーる くらっしゃー』に『ソリッドガール』……。アークでも腕利きのお二人ですね。剣林の末席、大屋緑と申します。恐れ入りますが、ただいま私、ママの貴重なお時間を頂戴しております。手短に済ませますので――」 どっかいってろ。ということである。 「今日は戦いにきたんじゃないよ、むしろ逆、止めに来たの。わたし達は戦わない、そして2人も戦わせない」 壱也の言葉に、緑の目がわずかにすがめられた。 「どうして皆様方がいらっしゃるのか、とんと合点が参りませんが」 「あのね、緑ちゃん。本来だったらフィクサード同士の諍いにオレ達が出てくる幕は無い」 こんにちは~。と、片目を隠した少年が入ってくる。 先触れを買って出た終だ。 ママさんは、フィクサードじゃないけどねー☆ と、口調はあくまで軽い。 「でもね。アークが誇る万華鏡とその申し子が、君がママと争う事でかなり洒落にならない事態になると予見した」 ピクリと、緑の片眉が跳ね上がった。 「緑ちゃんと呼ばれるのはまれなので、非常に新鮮です。なるほど。『ハッピーエンド』も差し向けられる事態ということですね」 「剣林を名乗れなくなる事態もあるかもしれないよ?」 「素敵な殺し文句です。戦慄で身の毛もよだちますね。非常に避けたい事態です」 万華鏡は、可能性の一つを見る。 可能性を自覚させることで、一つの絶望的な未来はひとまず遠のいた。 ● 「ニーナのせいで傷ついた人がいるって話は誤解じゃない?」 有紗がそう切り出すと、緑は、おや、と声を上げた。 「アークの千里眼、地獄耳というのは本当のようですね。恐ろしいことです。誤解とは言えません。新名と共に初陣だった者が新名をかばって負傷いたしました」 「傷を負ったのは新人が逃げたせいだ。己の未熟をそう責任転嫁する奴がいるなら連れて来て。あなたがそんな奴を剣林の一員と認めるのならね」 緑の目がじと目になる。 「そのような腑抜けたことを申す者は、剣林にはおりません。怪我したそれも新名を死なせなかったことを誇りにしております」 緑は、息をはいた。 「私は新参潰しをしているのではございません。剣林を支える大樹となろう苗を大事に育てるのが、『最弱』の勤めと私は考えます」 まあ、委細は省きますが。と、緑は言う。 「問題は苗そっくりなウドが混じっていることでして。ウドの方も自分がウドだと分からないのです。非常に不幸です。そういう方には剣林から去っていただきます。そして、剣林との縁は完膚なきまでに削った方が、この先、生きやすいでしょう。ウドはどうあがいても『剣』にはなれません」 そうすれば、禍根に巻き込まれることもない。 非常に分かりにくい緑の温情だ。 「私は傷を負った者の報復に来た訳ではありません。私の考えます『相応』を提示したのです」 緑は、僅かに口元を笑ませた。 「争いを好まぬアークの方々が『相応』を提示してくだされば、私も気持ちよく帰れます」 終から現状を聞いた壱也は、ママの方を向いた。 「ママ、もうすぐニーナちゃんが戻ってくる」 「あなた達、あの子を捕まえてしまったの?」 ママは悲しげな声を上げる。 「違う。わたし達は強制しない。ニーナちゃんが自分の足で戻ってくる。わたしは、ニーナちゃんを立ち直らせてくれると、仲間を信じてる」 だから、ママの所にきたのだと壱也は言う。 「緑さん、賭けをしない? 剣林にいた頃の弱虫新名だったら、連れて帰っていい。でもけじめをつけるときは、ママも同伴させてあげて」 緑は、黙って壱也の言うことを聞いている。 「新しく生まれ変わった、強い意志を持ったニーナだったら、手を引いてほしい。 貴女が罰を与えるべきあの頃の新名はもういない。どちらの姿なのかは、貴女が判断していい。その代わり、偽りはなしで」 緑は、飲み物を飲み干すと頷いた。 「私の人を見る目が試されているわけですね。ようございます。今日お邪魔しているのは、あくまで私の一存ですので。あちこちのフィクサードを次々と懐柔なさっているアークのお手並みを拝見いたします」 ● エレベーターが四階に到着した。 目の前に重厚な観音開き。 小刻みに震える新名にカルラは声を掛ける。 「怖いか? まぁ怖いよな。けど心配すんな。この『逆襲者』が、怪我なんかさせねぇさ。さぁ、いこうぜ。これまで好き勝手してくれた弱い自分へ、逆襲だ」 『削り鏨』を退かせる為に。 勇気を。 完全無欠の無血解決を。 VIPルームの前で、アルフォンソが待っていた。 「ニーナさんに代わって、ママさんが剣林に泥を塗った代償を払うという提案が出ていますが――」 「そんな……」 新名がうめいた。 「ママさんとしては自分が犠牲になって、ニーナさんが助かるなら、きっとその提案を受け入れるでしょう。貴方はそのままで良いのですか? ママさんのことも含めて、今、生まれ変わった貴方がどうすべきか決断する時が来ているのです」 アルフォンソは、新名に道を譲った。 「貴方にとっても、ママさんにとっても良い結果になるような決断をされることを……」 唯々は囁く。 「さぁ、選ぶですよ。何時までもみっともなく逃げ続けるか、ママを助けるためにも男を見せるか。……ま、ドッチ選択しても逃さねーですがね。イーちゃんそんなに甘くねーですし?」 唯々の言葉が新名の背中を押す。 「さぁ、男を見せろー、負けるなニーナ!」 新名は振り返り、唯々にしっかりうなずいて見せて、VIPルームに入っていった。 ● 「――『剣林の名を傷つけたこと』をママが頭を下げて謝罪するってのは、どうかしら」 有紗の交渉が続いている。 その声を漏れ聞いた新名の目が見開かれた。 「ママには悪いけど親の義務を果たして貰うわ。相手は金よりも面子を取る相手だしね」 ママが是を唱える前に、 「だめだ!」 新名がVIPルームに転がり込んだ。 「かわいくなって」 緑はそう言って、すぐに有紗に向き直ると、 「それでは、釣り合いが取れません」 首を横に振った。 「たかが逃げた雑魚一匹の為にママに頭を下げさせたとあっては、『剣林』にはデメリットしか発生しません。却下です」 というか、ですね。と、緑は言う。 「何の解決にもなりません。新名の一人得というか、新名はこの後ママのファンから闇討ちに遭いますね。誰得です」 ずっと黙って見守っていたアンナが口を開いた。 提示される、ニーナ、ビフォーアフター。 「……この写真見比べて見なさいよ」 二枚の写真と薄化粧の新名を見比べる緑。 「別人に見えますね」 「今後、新名は『ニーナ』として生きる」 ママのところの『可愛い子』の一人になる。 「組織としての剣林は兎も角、貴女は新名が罰を受けなきゃ気が済まない。逃げ出した者が自分自身で償わない事は筋が通ってない……まあ、否定は出来ないわ」 「恐れ入ります」 「男としての『新名』は今後一切世の中に顔を出さない。出したら今度こそ剣林が好きにしていい。……生き方の半分を奪う事になるわ。罰としては、これで充分じゃない? 新名にはちょっとキツイ罰になるかもしれないけど……その辺りはママが面倒を見るわよね?」 ママは静かに頷いた。 「私に任せてくれないかしら。剣林にも、この子にも悪いようにはしないから……」 緑は、ちろりと新名を見た。 「最初は師匠。剣林、ママと来て、アークまで出てきちゃいましたよ? あなたの人生、流され放題、超展開ジェットコースターです。男をやめるの前提ですけど、それでいいんですか」 新名の目が泳ぐ。 泳いだ先に、リベリスタ。 終は安心させるように頷いた。 声にならない口パクのがんばれが口々に叫ばれる。 「あなた、それでいいんですか」 緑は言葉を重ねた。 『あいつが『最弱』だったら、剣林は化け物揃いだ』 新名の叫びが冗談ではないことをリベリスタたちは緑の気圧で知る。 それでも。それをまともに受けながらも。 新名――いや、ニーナは、頷いた。 「それでいい。じゃなくて、それがいい。そうしたい。そうする。俺は、この人が許してくれるなら、この人の傍にいたいと思う」 「こちらは、剣林の皆さんも来店します。それでも、ですか」 「それくらいは、覚悟の上だ」 「なるほど。私、あなたの意志表示を初めて聞きました。本人が望んでってことは罰になってない気もしますが……落とし前としては面白いです」 緑は、言葉を切った。 「では、餞にちょんぎりますか」 緑の一言に、あたりは水をうったように静かになった。 何を。 「冗談だったのですが」 全然そう聞こえなかった。 「修行が足りないようです。パーティージョークの一つも覚えて、出直してまいります」 そう言って、席を立ち、新名を見る。 「私が成人した暁には、全てのコネを使ってこちらで成人祝いを開催してもらいます。あなたを指名しますので」 いなかったら。 「追いかけて『相応』の目に遭わせます。皆様、よろしいですね?」 最高級ニューハーフクラブで成人祝いをしてもらうのを、五年も前から根回しする15歳。 『剣林最弱』大屋緑は、場をひんやり冷やしながらクラブ『マドンナ』を後にした。 ● 「前来たとき、ここに手紙置いていったのは、私」 アンナが低い声でそう言うと、ママは切なげに目を細めた。 「……この前さ。天井走ってた、兎の子、いたでしょ。あの子、死んだわ。シンヤと相討ち」 見開かれたママの目尻から、つうっと涙が零れ落ちた。 「そりゃあね。アイツ人の話聞かなかったし。直ぐ突っ走るし。一緒に仕事してて正直やりにくかった事はあった」 アンナは眼鏡を外して、手の甲でこぼれるものをぬぐった。 「でも。死んで欲しいって思った事なんて、一度もなかった」 ママが、アンナに近づく。 「喜んでる人なんて誰もいないわ……こんな馬鹿な話って、無いわよ」 そっと、ママはアンナを抱きしめた。 「……っ……ぅ………ねえ。…人死に、出ない様にしましょうよ。こんなのは……もう、嫌だよ」 嗚咽を漏らすアンナの素直な髪を、ママは優しく何度もなでた。 「そうね、そうね。あなたの……言うとおりね……」 アンナが泣き止むまで、彼女はアンナの髪をなでていた。 ヴィンセントから提示されたアークの保護下に入ることに、ママは感謝しながらも、首を横に振った。 クラブ「マドンナ」は、全ての革醒者に門戸を開く店だから。 それでも。 クラブ「マドンナ」とアークは、できる限り協調していく確認を取り合った。 「ママ、ごめんね、ありがとう。次会うときは、楽しい話題で、お話ししたいな」 「そうね。でも、お酒は、二十歳を過ぎてから。ね」 ママはそう言って、にっこり笑った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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