● 自宅の焼け跡を前に、男はただ立ち尽くしていた。 男の一人娘は、一ヶ月前の火事で死んだ。 厳密には、戸籍上の娘であって、血縁上の娘ではない。 男がそれを知ったのは、一年前のこと。 男の妻には、夫に隠れて付き合っていた恋人がいた。 妻は恋人の子を身篭ると、何食わぬ顔で夫に妊娠を告げ、夫の子として娘を産んだ。 男も、自分の子と信じて疑わなかった。目に入れても痛くないほど、一人娘を可愛がった。 一年前、離婚を切り出した妻は男に真実を告げた。 娘を連れて、恋人と三人で暮らすのだと。 裏切られた思いだった。 積み上げてきたものが、足元から崩れ去っていく感覚があった。 離婚の話し合いがいくらも進まないうち、妻は事故で死んだ。 妻の恋人は行方をくらまし、男のもとには一人娘だけが残された。 たとえ血は繋がっていなくても、娘には違いない。 娘も、男のことを父親として慕っていた。 このまま真実を伏せて二人で暮らすのが、娘にとって幸せだったかもしれない。 だが、男は次第に耐えられなくなった。 妻の面影を強く映した娘。自分にまったく似ていない娘。 長年、自分を欺いてきた妻の、裏切りの結晶――。 追い詰められた男は、一ヶ月前、自宅に火を放った。 憎しみが命じるままに、娘と信じていたものを炎の中に葬り去った。 自分をおとうさんと呼ぶ幼い命を、この手にかけた。 ――あの子に罪はない。わかっていた、わかっていたのに。 あの日から一ヶ月が経った今、男の胸に湧き上がるのは激しい後悔と罪の意識だった。 男の犯行は、未だに明るみに出ていない。 何度も警察に行こうとして、それも果たせないでいる。 自殺も考えたが、自分だけ楽に死ぬのも、娘に対して申し訳ない。 炎と煙にまかれて、あの子はさぞ苦しかったことだろう。怖かったことだろう。 だから――死ぬのなら、娘と同じ方法で。 車には、ポリタンク入りの灯油を積んでいた。 これを頭からかぶり、ライターで火をつければ、全ては終る。 死んだところで、娘と同じところには到底行けまいが――。 男が灯油のポリタンクを取りに車に向かおうとした時、子供の泣き声が聞こえた。 慌てて振り向くと、とうに焼け落ちた家の中に炎の塊がゆらゆらと浮いている。 その炎は、娘の形をしていた。 「小萩(こはぎ)――」 呆然と立ち尽くし、男は娘の名前を呼ぶ。 しゃくり上げる娘の瞳が、はっきりと男を見た。 ――お、とう、さん。あつい……くるしい、よ。 娘の全身から立ち上った炎が、男に襲いかかった。 ● 「今回の任務は、E・フォース一体とE・エレメント三体の撃破。 ――そして、現場にいる一般人男性の救出、だ」 アーク本部のブリーフィングルームで、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は集まったリベリスタ達に説明を始めた。 「E・フォースは一ヶ月前に火事で死んだ六歳の女の子で、名前は『久留間小萩(くるま・こはぎ)』。 全身が炎に包まれていて、思考や記憶も死んだ時のままだ。 熱い痛いと泣きながら炎を撒き散らし、無差別に攻撃を仕掛けてくる」 炎のE・エレメントを三体従えており、攻撃力は高い。 子供の姿だからといって油断しないようにしてくれと、数史は念を押す。 「現場は久留間小萩が死んだ家の焼け跡だ。 ここに、彼女の父親である『久留間謙吾(くるま・けんご)』がいる。 皆には急ぎ現場に向かってもらい、彼の救出を頼みたいんだが――ちと事情があってな。 というのも、家に火をつけたのは久留間謙吾、彼なんだ」 小萩は、謙吾の妻の不義の子であったらしい。 謙吾は一年前にそれを知ったものの、当の妻が急死してしまい、怒りをぶつける先を失った。 以来、謙吾は子供に罪は無いと自分に言い聞かせて小萩と暮らしていたが、妻への憎しみと娘への愛情の板挟みになって苦しみ、次第に追い詰められていった。 そして、一ヶ月前に自宅に火をかけ、小萩を殺してしまったのだという。 「今、久留間謙吾は自らの罪を悔い、死を強く望んでいる。 自分が殺した娘の手にかかって死ぬことは、彼にとってはある意味で本望なのかもしれないが―― 神秘が絡んでいる以上、アークとしては小萩に謙吾をむざむざ殺させるわけにはいかない。 ……彼の事情はどうあれ、な」 黒翼のフォーチュナはそう言って、リベリスタ達の顔を見た。 「いつにも増して、気分の良くない任務だと思う。だが、放っておくわけにもいかないんだ。 ――申し訳ないが、頼まれてくれるか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月12日(火)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 全身を炎に包まれた娘が、ゆっくりと近付いて来る。 しきりに熱さを訴え、“父”に助けを求めながら。 それを見た男――久留間謙吾は観念したように立ち尽くし、迫り来る死を待っていた。 ごめんな、小萩。 俺は君の父親じゃない。君を殺した俺に、それを名乗る資格はない。 だから、どうか。君を焼いた炎で、この俺を焼き尽くしてくれ。 炎の赤で染まった視界に、ふわりと白い羽根が落ちる。 天使と見紛う翼を背に生やした『鏡文字』日逆・エクリ(BNE003769)が、謙吾の前に舞い降りた。 「あの子は何も知らない。出生の事も、死んだ理由も」 訳も分からず、ただ助けを求めているだけの女の子に、この上、父親の死を見せるのか。 肩越しに謙吾を見たエクリの赤い瞳が、彼に無言で問いかける。 素早く前に駆けた『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)が、小萩の前に立ち塞がった。いつも一緒の『ぴよこ』は、今日は留守番。 「こっちだチビっこ!」 放たれた十字の光が幼い体を撃ち抜き、少女の心を怒りに染める。鴉の因子を宿す左腕を幻で覆い隠した『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)が防御結界を展開すると、『断魔剣』御堂・霧也(BNE003822)、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)、『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)の三人が、小萩の傍らでちろちろと炎を揺らす三体のE・エレメントを抑えにかかった。 「私は貴方を今、助けます。理由は言えません。だから、その意味は貴方が考えてください」 白鳥の羽を思わせる巨大な長剣を構え、全身に闘気を漲らせた佳恋が、謙吾に語りかける。なおも立ち尽くしたまま小萩を見つめている彼に、霧也が暗黒の瘴気を放ちながら言った。 「アンタはあの子を人殺しにさせてーのか? 俺達はそうさせねー為に、此処に居る」 はっとして霧也を見た謙吾に、さらに声を重ねる。 「――アンタがしでかした事、やろうとした事は知ってるさ。 でもな、此処でアンタを死なせてなんかやらねーよ」 その傍らでは、守が沈痛な面持ちでニューナンブM60のトリガーを絞り、“敵”に弾丸を叩き込んでいた。 ここに至ってしまった父娘の心境を思うと、もはや言葉もない。 後方から暗黒の瘴気で敵を狙い撃つ『極黒の翼』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)も、やりきれない思いは同じだった。 (でも、死んだからって罪を償えるわけじゃない。生きてできる事もあると思う) それを教えるためにも、ここで謙吾を死なせるわけにはいかない。 アーベル・B・クラッセン(BNE003878)が、謙吾の腕を強く引いた。 「久留間さん、貴方は俺とこちらに」 逡巡する謙吾の逃げ道を塞ぐように、彼は淀みなく言葉を紡ぐ。 「小萩さんは貴方の死を、まして貴方を手に掛ける事等少しも望んではいません。 娘が娘がと仰るなら、いい加減自己満足にあの子を巻き込むのはやめて下さい」 抵抗するように強張っていた謙吾の腕から、力が抜けた。 アーベルに伴われて後退する彼に、エクリが呼びかける。 「血の繋がりが無ければ赤の他人だというなら、黙って下がりなさい。 でももし、今でもあの子の父親でありたいと願うなら、あの子を安心させてあげて」 このまま離れてしまえば、父娘の絆は今度こそ断ち切られてしまう。 他人として逃げるか、家族として向き合うか――エクリは、謙吾に選択を迫ったのだ。 ずっと沈黙を保っていた謙吾の口が、大きく開かれる。 「小萩……小萩ぃっ!!」 娘に手を伸ばそうとする謙吾を制し、アーベルが彼を戦場から引き離した。 (不義の子、ですか――) 謙吾の叫びを背中で聞き、明神 暖之介(BNE003353)は妻の裏切りに直面した彼の絶望を思う。 それが真実なら、娘への愛情が憎しみに変わるのも致し方ないことかもしれないが―― 家庭を持つ父親として、謙吾の犯した過ちを見逃すわけにはいかない。 「……さあ、始めましょうか」 暖之介は柔和な笑みを浮かべ、足元から伸びる意思ある影を纏った。 ● 小萩の幼い瞳が、激しい怒りに燃えている。 全身から噴き上がった炎が、アウラールを抱き締めるように包み込んだ。 火炎に耐性を持つ彼にとっても、この一撃の威力は決して侮れない。骨すらも焼かんとする炎に身を焦がされながら、アウラールはこれでいい――と思った。 怒りに我を失ってしまえば、熱いのも苦しいのも忘れられるだろうから。 三体のE・エレメントが、炎の蔦を伸ばしてリベリスタ達を絡め取る。戦場に立つ仲間全員を回復の射程に収めた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が、聖神の息吹を呼び起こして呪縛を払い、火傷を癒した。 「何が間違っていたのか。何処で間違えてしまったのか。 今では全て炎に消えて……ってか」 拘束から逃れた霧也が、フランシスカと息を合わせて暗黒の瘴気を放ちながら呟く。闘気を溜めた「白鳥乃羽々」を一閃させ、眼前の敵を吹き飛ばした佳恋が、凛と前を見据えて言った。 「どちらにせよ、私ができるのはエリューションから彼を守ることだけです。 その後については、彼自身が決めるしかないのですから」 彼女はアークのリベリスタであり、崩界を防ぐために身を捧げた者。 任務として久留間謙吾を守る必要があるなら、全力で守りきるまで。 “最後から二番目の武器”――警官時代から愛用するニューナンブM60を連射する守が、.38口径弾で複数の敵を穿っていく。全身からオーラの糸を伸ばした暖之介が、霧也がブロックするE・エレメントを縛り上げた。 残り二体のE・エレメントが、リベリスタ達を狙って炎を同時に撃ち出す。小萩が呼び起こした炎の嵐が戦場を駆け巡り、あちこちから激しい爆発が巻き起こった。 直後、怒りから醒めた小萩の表情が恐怖と苦痛に歪む。 ――たすけ、て……おとう、さん。 父親を呼んで涙を流す少女に、アウラールが「泣くなっ!」と叫んだ。 このE・フォースは、焼け死んだ小萩の思いを映した残滓。 全ては、あの日を忠実に再現しただけの錯覚に過ぎない。 爆発の衝撃に揺れる膝を支え、彼は再び十字の光で小萩を撃つ。戦場全体を視野に収めたエクリがそこに接近し、冷気を纏った刃で少女の全身を凍てつかせた。 小烏が神聖なる光を輝かせ、炎を始めとする状態異常を一掃する。 前衛の体力にまだ余裕があることを確認すると、霧也は攻撃を再開した。彼に続いたフランシスカが、暗黒の瘴気でE・エレメントの一体を消し去る。己の生命力を代償にするこの技は自分自身にも傷を与えるものの、そんな事は気にしていられない。 荒れ狂う炎の中、リベリスタ達は冷静に攻撃を集中させていく。 触れたものを呪縛する炎の蔦も、ブレイクフィアーの使い手を多く含むこのメンバーにとっては、さほど脅威にならない。 闘気を込めた佳恋の斬撃が二体目のE・エレメントを屠り、暖之介が残る一体に破滅の黒き影を伸ばす。 守のニューナンブM60から放たれた弾丸が眼前の敵を撃ち貫き、E・エレメントを全滅に追いやった。 ● 匿われた建物の陰から、謙吾は食い入るように小萩を見つめていた。 「あれは確かに小萩さんの思念です」 彼の腕を掴んだまま、アーベルが語りかける。 「余程怖かったんですね、死してなお炎に巻かれ、助けを求めている。 我々はその炎から、あの子を解放したい。その為に参りました」 アーベルの声は、反論を許さぬ響きに満ちていた。 小萩を死に追いやった謙吾に、自分達の行いに対して口出しなどさせないと、態度で示している。 悲痛な面持ちで視線を落とす謙吾を見て、アーベルは再び口を開いた。 「……暗いですね。明かり、いります?」 おもむろに蝋燭を取り出し、謙吾からライターを借りて火を点す。 「先程も言いましたが、小萩さんは貴方の死を望んでなどいません。 むしろ何も知らないんです。貴方の裏切りも、奥様の裏切りも」 揺らめく小さな炎を前に、彼は言葉を重ねた。 「小萩さんにとっての父親は貴方一人です。今度はその父親まで殺してしまうつもりですか?」 謙吾は固く口を噤んだまま、蝋燭の炎をじっと見入っている。 ● 「――憎しみにも愛情にも振り切れず、何も選べないまま結果だけが残ったのね」 炎の熱に眉を顰めながら、エクリが小萩を見つめる。 選ぶ事ができなかったがゆえに、謙吾は自宅に火をかけた。 娘の命も、自らの想いも、何もかも全てを運に委ねてしまった。それでは、決して前に進めない。 アーベルに連れられてこの場を離れた時の、謙吾の叫び。 葛藤しながらも、彼はあの瞬間、父親たることを選んだのだ――。 冷気を纏うナイフが炎を切り裂き、小萩に傷を刻む。 霧也の生命力を喰らった暗黒の瘴気が渦を巻く中、フランシスカの放った魔閃光が少女の体を貫いた。 守が、そこに銃弾を叩き込む。小萩に銃口を向けるのは正直辛いが、彼女の苦しみを止めるには他に方法がない。 ――あついよ……ぜんぶ、もえちゃうよ……。 身を縛る氷を砕いた小萩の全身から、激しい炎が上がる。 荒れ狂う紅蓮の炎が、リベリスタ達を瞬く間に包み込んだ。 直撃を喰らったエクリとフランシスカが、運命を燃やして自らの身を支える。 心身を焦がす炎の熱に耐えながら、暖之介が「……成程、熱い」と呟いた。 これは、小萩が死んだ『その日』に、彼女を焼いた炎と同じなのだ。 「受け止めましょう、慟哭も、その思いも。全てが燃え尽きてしまわぬうちに」 黒き鋼糸を携え、暖之介が駆ける。瞬く間に距離を詰めた彼は、少女の胸に素早く呪いの印を刻んだ。 果敢に前に出たフランシスカが、赤く染めた大太刀を振るって小萩の活力を啜る。その身に雷を纏った佳恋が、「白鳥乃羽々」の白い刀身を蒼く輝かせて強烈な一撃を見舞った。 しかし、まだ小萩は倒れない。守の銃撃をかい潜り、エクリを抱擁せんと炎の腕を伸ばす。 咄嗟に彼女を庇ったアウラールの全身から、激しい火柱が上がった。 彼の防御力も、この超高熱の中では意味をなさない。 全てを灰燼に帰す業火に抱かれたアウラールは、己の運命を削ってそれに耐えた。 「気合でチビっこに負けられるか……!」 未だ闘志を失わぬ彼の瞳が、真っ直ぐ小萩に向けられる。すかさず飛び出したエクリが、凍てつく刃をもって少女を再び氷に封じた。 「背徳が生んだ結果はとても悲しいのです」 アウラールに癒しの息吹を届けるそあらが、小萩を見て呟く。 「怖くて熱くて苦しい気持ち、今あたし達が解放してあげるですよ」 罪なき少女を、今度こそ安らかに眠らせてやるために――リベリスタ達は、総力を上げて小萩を攻撃した。 「もう休めよ。今度は迷わない様に、送ってやるから。 ……俺は子供がいつまでも泣き続けてるのは、見たくねーんだ」 アウラールのフォローに入った霧也が、暗黒の瘴気で小萩を撃つ。 彼に続き、佳恋が自らの闘気を雷に変えた。 「――辛いのを、終わらせましょう」 蒼き雷を纏った白鳥の羽ばたきが、炎に包まれた少女の全身を揺らがせる。 暖之介の指がそっと小萩に触れ、死の刻印をもって彼女に二度目の終わりを告げた。 地に崩れ落ちた小萩に、謙吾が駆け寄る。 それは、せめてもの慰めにとアウラールが生み出した幻に過ぎなかったが―― 小萩は父親の姿を間近に見て、ようやく安心したように笑った。 ――おとう、さん。 そのまま、彼女の姿は燃え尽きるように消えていく。 最期まで真実を知らぬまま、小萩は逝った。 消滅を見届けた後、アウラールは謙吾が匿われた建物の方を振り返る。 「残るは懺悔か」 それを見たアーベルは、蝋燭の火を消して謙吾の腕を引いた。 「……終わったようですね。行きましょうか」 ● アーベルに伴われて、謙吾はリベリスタ達が立つ焼け跡へと戻った。 おそらく、彼は善良な人間だったのだろう――と、アウラールは思う。 だが、今は咎人だ。娘を手にかけてしまった罪は、許されるものではない。 「俺達の事はくわしくは言わないし、言ってもわからないだろう。 けれど、俺達はあんたが犯した罪を知っている」 アウラールの言葉に、謙吾がびくりと身を震わせる。 そこに、暖之介が静かな口調で語りかけた。 「貴方を救ったのは、貴方がまだすべき事を残していらっしゃるからです」 視線を合わせ、囁くように促す。 「……どうか、自首を」 唇を噛んで俯いた謙吾に、霧也が声をかけた。 「アンタが今も罪を悔いてんのは知ってるよ。死を強く望んでたってー事もな」 でも、だからこそ生きてほしいと、彼は続ける。 「生きて、罪を償って。小萩の分も、アンタが生きてやってくれ、頼む」 黙ったままの謙吾を見て、小烏が口を開いた。 「なぁ、親父さんよ。死んで終いにしていいのか。 死んでも、娘と同じ所へ行けないなら。 償えるのは、謝れるのは、生きてる間だけじゃねぇのかい?」 そあらが頷き、さらに言葉を重ねる。 「死んで償うのではなく、生きて反省する方が大事だと思うですよ」 愛情と憎しみに心が板挟みになった結果、犯してしまった罪――。 話を聞く限りでは、自殺を望むのも理解できなくはない、と佳恋は思う。 実際、死なせてやった方が謙吾にとっては遥かに楽な道なのだろう。それが良いかどうかは別にして。 だから、佳恋は説得には加わらない。彼の選択を、黙って見守るつもりでいる。 「あの子の笑顔覚えてられるの、貴方だけじゃないの」 エクリの呼びかけに続いて、フランシスカが謙吾に語りかけた。 「第一、あなたまで死んだらあの子の供養をしてあげるの。 あの子の魂の安息を祈る人がいなければずっとあの子は苦しんだままだよ」 何を言おうと、最終的には本人の意思に委ねるしかないと、わかってはいるが。 煮え切らない謙吾の態度に業を煮やしたエクリが、「許されないとか思ってるならバカじゃないの」と声を上げた。 「どんな裏切りが隠されてたとしても、 あの子にとっての父親は久留間謙吾唯一人、それだけが真実なのよ。 父親なら、娘の心くらい守りなさいよ……!」 ゆっくりと、謙吾が顔を上げる。守が、押し殺した口調で言った。 「貴方も聞いたでしょう、あの子の声を。 あの子は貴方をこそ信じて、助けを求めていたんです! 『お父さん』である貴方に……!」 謙吾を真っ直ぐに見て、守は真摯に言葉を紡ぐ。 「今は、生きて下さい。生き恥を晒して下さい。 そして、法が定める所に拠って裁きを受け、償いを果たして下さい」 極刑にせよ懲役にせよ、待つ間は決して楽な日々では無いはずだ。 安易に楽な道を選ぶのではなく、生きてあがき、悔い改めろと、守は謙吾に説く。 「――それこそが、その地獄の日々こそが、貴方に相応しい罰だと思います」 謙吾が、震える拳を握り締めた。 沈黙を破って、アーベルが口を開く。 「俺は自首はお勧めしません。ワイドショーのいいネタですよ」 真実は炎に消えた。あんな不幸は、本人以外の誰も知らなくていい。 罪を秘めて生きるのが辛いなら、神仏に縋るのも一つの道だろうと、彼は思う。 少し考えた後、エクリが言った。 「何とか根回しできないか、打診してみるよ。この事件が、好奇の目に晒されないように」 謙吾が犯した放火殺人そのものに、神秘は関わっていない。 アークで報道規制が可能かどうかはわからないが、頼んでみる価値はあるはずだ。 「どんな火をもってしても罪は消えない。俺は、あんたが罪を償うのをここで見ている!」 一切の逃げを許さないアウラールの瞳が、謙吾を見据える。 やがて、謙吾は消え入るような声で「……警察に、行きます……」と告げた。 堰を切ったように、彼の瞳から涙が溢れ出す。 「ご一緒させて貰いますよ。せめてお役には立てるはずです」 守が謙吾の肩を叩くと、彼はその場に泣き崩れた。 自らが手にかけた娘の名を、何度も呼びながら。 謙吾が守とともに警察に向かった後、フランシスカは焼け跡にそっと手を合わせた。 ここで眠りについた少女の、魂の平穏を祈って。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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