●飢餓に喰う 深夜の公園で。深夜の公園で。泣きじゃくる声。繰り返される謝罪。嗚咽。醜い音。悲鳴。悲鳴。それは。それらは。日常にはあってはならず、それでいて。この上なく似つかわしいのではないかと思えた。でも、悲劇だ。あってはならないのだから、それは悲劇だ。 ごめんなさい。それは、謝っている。否、謝ってくるというのが正しい。私に向けられているのだから。 ごめんなさい。何度目だろう。その声は、別段大きいわけではない。むしろ、公演中に響き渡る悲鳴の方が大きいくらいだ。掻き消されていても不思議ではない。なのに、どうして、こうにも耳に残るのだろう。 ごめんなさい。そう言いながら、それは私の手を釘で打ち付けた。痛い。悲鳴が上がる。条件反射のようなものだ。脚にも肩にも。もう、痛みは麻痺してしまっていた。 ごめんなさい。誰かが助けてくれるのでは。そんな望みなどとうに失せていた。これだけ叫んで誰も来ないのだ。私が死ぬまで、彼女が逃げるまで、誰かが来ることなどないだろう。 ごめんなさい。うわ言のように繰り返される。いい加減、耳障りでもあったが。気になってもいた。どうして、謝るのだろう。私に一切の関係もなく、私に一切の怨恨もなく、私に一切の憂慮もない癖に。 「ねえ……どうして、謝るの」 聴こえたかどうか、定かではなかった。私だってこの出血だ。これで健常で居られるほど、勇者はしていない。でも、通じたようだった。私の言葉に、涙を流しながら彼女は口を開いた。 「……だって。私、お腹が空いてて」 聴かなければよかった。そうか、空腹か。だからか。私を釘で打ち付けて。生きたままその鉈を振り下ろすのか。嗚呼、畜生。畜生。なんだ、なんだ。泣きながら。泣きはらしながら。嬉しそうに鍋など用意しやがって。 ごめんなさい。もういい、狂ってしまおう。これ以上は堪えられない。私は私である以上私であることに私であることの未来にもう堪えてなんか居られない。 響く。鳴り響く。ずっと、ずっと。殺人者の嗚咽と、被害者の狂笑が、ずっと、ずうっと。 ●壊死に蔑む 「人食い」 集まったリベリスタらに向けて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が口にした最初のそれは、酷くシンプルなものだった。 人食い。絶対悪。嫌悪の象徴だが、彼らが相手取る中では珍しい部類とは言えまい。エリューションにせよ、アザーバイドにせよ、人を喰う敵を討ち取らねばならぬ機会は多い。だが、それと慣れてしまうこととは別問題だ。表情はそれぞれにせよ、歓喜であることは少なかった。 「ええ、人食いのフィクサードが出現したわ。深夜に一般人を襲って、食べているみたい」 それを言う彼女の心境は如何なものか。顔には出ない。少なくとも、表面上の動きは見受けられない。だが、その心中が穏やかなものだと断定するわけにもいくまい。なにせ、これでもやはり幼い少女であるのだから。 「あっては、ならないものよ。必ず、打ち倒して」 意識の定まった瞳。何を言っていいのかはわからない。だが、せめてその期待には応えよう。応えてみせよう。だから、面持ちを確かに。しっかりと頷いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月19日(火)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●嗚咽に孕む ある日、突然のことだ。それらを食べられなくなったのは。普通の食事が、気持ち悪くて。気持ち悪くて、気持ち悪くて気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がなかった。食べられない。食べなくてはならないのはわかっている。私だって死にたくはない。無理矢理口へと運んで、何度も何度も吐瀉物を撒き散らした。私は、痩せ細っていく。 日が暮れても、上着を身に付ける必要がなくなってきた。夜といえど熱気が残り、何をせずとも汗が滲む。到来感。生命の息吹。不快感。そういうものだと知っていても、納得がいかない。べたついて、重くのしかかる。 ひとをばかにしやがって。『息をする記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)には、件の人食いへと思うところがあった。食べるらしい。生きたまま、刻んで。刻んで。謝りながら、何度も何度も謝罪しながら食べるらしい。なんと、汚らしいことか。なんと、不快であることか。痛みに気づいて指を開いた。どうにも強く握りすぎていたようだ。嗚呼、早く顔を出せ殺人者。言いたいことが、言ってやりたいことが、数え切れない。 フィクサード。それらが法を犯す理由は様々だ。怨恨であったり、金銭であったり。それが食事であるのだから、扱いに困る某が現れたものだが。人を喰う。人を、喰う。同じ人間でありながら。同じヒトでありながら。常人であることからかけ離れた存在。少女。源 カイ(BNE000446)には、否応なしにひとつの群体が思い起こされる。あれらは、哲学を持って殺していた。これもまたそうであるのだろうか、と。想像する。思考に耽る。 それの味覚がどうだとか。そういうことを指摘するつもりなど、『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)には毛頭ない。常軌を逸して入るものの、それを除けば分からなくもないものだ。生きるために、誰かを殺す。奪い去ってしまう。常時、とはいえないが。ありうることだ。だが、その帳尻はどこかであいもするものだ。食ったのだから、殺したのだから。許されはしない。許されることはない。何より、許さない。 世界には、ルールがある。どこにでも、何にでも。一見無法とされる場所でさえ、物事でさえ。ルールが存在する。人でありながら、人を喰らう。共喰い。それは、人のルールではない。人外だ。畜生だ。虫螻蛄だ。人の住まう場所に、都市という場所に、人食いの居場所はない。だから、『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)が。都市伝説が狩りに来たのだ。 「ハローハロー、鉈女。食べ物を切るのは鉈じゃないデスヨ。ボクのような包丁デショウ? アハハ」 何かを食べることは、必要なことだ。哺乳類は自分で栄養を作り出せない。その欠陥を補うことを、食事と言うのだから。しかし、それが人間であるなら話は別である。何がどうであれ、認めることなどできはしない。それでも、けれどもと。『月色の娘』ヘルガ・オルトリープ(BNE002365)は思う。価値観のまるで異なる彼女。討つのなら、理解をしてからにしたいものだと。人ではない所業。許されないこと。それでもまた、彼女も人間。 『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)の記憶にある限り、食人そのものは古来より世界中で見受けられるもののはずだ。風習、宗教、民間療法、生存意欲、嗜食、哲学、偏食、病、精神性、またはそれらの複合。ありふれた、とは百歩譲っても言えないが。けして存在しないしえないものではないのだろう。生きたまま、解体して、口にする。快楽殺人のそれとも大差ない。何もかも収まってしまえば、何を弔えというのだろう。些か、歓迎できぬ。 人食いフィクサード。人食い、タマムシ。『本屋』六・七(BNE003009)は、それのルーツへと思いを馳せる。ヒトを食べる。ヒトだけを食べる。一体、何をどうしてそんなものになってしまったのか。切っ掛けはどこかに、あったのだろうけれど。人の命を、日常を、未来を。奪う行為は止めなければならない。同じ人間。それでいて、同じ覚醒者。興味はある。美味しいのだろうか。頬の落ちるほど。それは、どうなのだろう。例えば、私の。 『空中楼閣』緋桐 芙蓉(BNE003782)の脳裏に浮かぶ、疑問。人を食べるフィクサード。生きたまま、腹に収めてしまうそれ。それ。どうして、と。思考する。思案する。謝罪をしてまで、謝り続けてまで彼女はそれをやめない。謝りながら、謝りながら何度も何度も間違いを犯す。首を振った。それを、その堂々巡りを戦闘には不純なものだと振り払った。同じ事だ。例え生きていくうえで必要なことだとして、許すわけにはいかないのだから。 蒸し暑い熱気が通り過ぎた。汗をかく。その予兆に辟易する。それでも夜は、夜で、夜だ。中心の届かぬ影は、背中に冷たいものがつたうほど。殺意と悪意で満ちている。 ●未来に咽ぶ 唐突に、気づいてしまった。自分が友人を見る時、親類を見る時、道行く誰それを見る時。生唾を飲み込んでいる。よだれを垂らしている。美味しそう。美味しそう。腹の虫が鳴いた。飢えが食欲を増幅させる。食べられる。あれならきっと食べられる。かぶりつくところを想像するだけで、嗚呼、舌が伸びた。 それを探すということには、さほどの苦労も得はしなかった。夜の公園で、調理器具など広げていれば嫌でも目立つ。あるいは、それこそが目的であるのかもしれないが。目が、あった。立ち上がる。鉈を、構えている。途端に変わる表情。申し訳なさそうな顔。卑屈だ。何処か、同情を誘う姿。 確認を取る必要はなかった。もう、駆け出している。あれが人殺し。あれが人食い。人間であって、人間でないもの。人間であって、人間を外れたもの。嫌悪と忌避と汚濁のそれ。 ●孤高に喘ぐ 禁忌を犯す。知っている。わかっている。それがいけないことなのだと、絶対にやってはいけないことなのだと理解している。それでも、仕方がなかった。食った。かぶりついた。貪った。夢にまで見た満腹感。満たされることへ涙して、自分自身の行いに泣いた。もう、戻れない。私はこれ以外を食べられない生き物に成り果てていたのだ。 殺したいのなら、殺せばいい。食べたいというのなら、食べてしまえばいい。ヒトの理屈を外れても、やりたいのならばやればいい。空腹が満たせるならば、やってしまえばいい。どうして、どうして謝るというのかと、思っていた。思っていたのに。 「ごめんなさい」 謝罪の声。否定しても否定しても終わらない謝罪の声。それは容易く脳内へと這いより、容易く私を侵して犯す。どうして、ほら、謝ってるじゃあないか。謝ってるんだから、いいじゃあないか。行方がくるりと振り返る。タマムシを警戒してか、彼女が動くまで彼らは動かない。だから、自分のこれも彼らより早い。 振り下ろされる肉包丁。仲間へと向けられた殺意。ほら、謝ってるじゃないか。なあ、謝ってるじゃないか。意識は朦朧。自覚は空白。ごめんなさい。心を平らげる蝗の群れ。自分がどうして笑っているのかもわからなくなって。気づいた時には、卑屈な人食いが背後から大鉈を振り下ろしていた。 ごめんなさい。それは心を侵食してくるけれど、侵して狂うけれど。仲間の清浄が、自分の意識を正しく導いてくれていた。嗚呼、畜生。むかっ腹が立つ。赤く滾る何かが胃袋と肺を支配する。その想いのままに、思いに任せたままに。ヘルマンはタマムシの身体を蹴りつけた。 仕返しにと振り下ろされる刃物は強烈だ。一撃は重い。それでも、恐怖は威圧は怒涛を遮る原因にはならない。なりはしない。構わぬまま、蹴打を浴びせ放つ。 謝るな。謝るなよ。自分で喰ったんじゃないか。自分で喰らいついたんじゃないか。それをそんなものを謝って済まそうなんてしてるんじゃないぞ。喰うって決めたんだろう。落ちぶれていったんだろう。なら責任は自分で負えよ。謝るなよ泣いてんじゃないよ胸を張れよ悪党に徹しろよ誠意を持てよいただきますしてごちそうさまして手を合わせて感謝しろよ言えよ言ったのかよどうなんだよ失礼だろうが! 「謝罪を! 免罪符に! してんじゃねえよ!!」 カイの飛ばした錬糸が、人食いを追う。極細のそれ。だが、彼女もまた安易に囚われてくれなどしない。追いつかず、追い抜かず。捉えきるには距離が足りない。殺人者の身体は、前方へ。詰められる距離。振り下ろされる大鉈。鼻先を掠る。反撃に転じようとした時にはもう、距離を取られていた。 「何故人肉に拘るのです? それも人間を生きたまま食べるなんて……」 何も狂っているわけではない。意思疎通はできるのだろう。攻撃の手を緩めるわけではないが、言葉はコミュニケーションを取ろうとしていた。 「人肉が美味しいからですか? それともどんなに不味かろうと食べずにはいられないからですか?」 彼女の顔色は変わらない。あいも変わらず、卑屈なままだ。ごめんなさい。ごめんなさい。うわ言のようにそれだけを続けている。聴き出すことは、できそうにもない。だが、その殺意は食欲で。その殺気は空腹なのだろう。自分のことはさぞ、喰いづらかろうが。 知りたいのだ、と。思うこと。思えること。好奇心というのは、向上性に繋がっている。それは自分を高めるということだ。自分をより大きくするためのプロセスに意欲的であるということだ。だが、それは時に見たくはないもの。見なくていいものまで心に留める結果にもなりかねない。ロマネのそれが、果たしてどちらに向いたものであったのかは、さだかでないが。 知る。知りたい。知ろう。その所作に、その振る舞いに、その心に。触れる。触れて、振れる。大振りの鉈。薪でも割れそうではあるが、きっと人骨をそれとするためのものなのだろう。いくらかこちらの攻撃も当たっているはずだが、息が上がっている様子はない。効いていないのではなく、達していないのだろう。恐るべき膂力。卑屈にねじ曲がった表情。あたりに散乱した鍋。よだれ。調理器具。それらがロマネをひとつの結論に導いた。漏れそうになる悪態を口元で抑えこむ。なんとも。なんとも、悪辣な。 ごめんなさい。その声が、ユートに届くことはない。およそ、呪詛と呼べるものの類には強力な耐性を所持する彼。この八人の中では、彼女の侵食を取り除くのに適役と言えた。だが、それ故に。そうであるが故に。狙われる。狙われてしまう。眼前に敵集団のキーマンがいるのだから、当然のごとく矛先はそこへと向けられる。個としての性能で言えば、遙か高みに位置するであろうフィクサード。人食い少女、タマムシ。大盾を構え攻撃の軸を逸らそうとするものの、その膂力は抑えきれるものではなかった。 流しきれぬ衝撃が、ベクトルが、自分に重くのしかかる。巨人の鉄槌のような。鋼鉄が軋み、骨が悲鳴をあげる。だが、反撃はできない。それは仲間を危険に晒すに等しい。だから。だから。耐え切るしかなかった。耐え忍ぶしかなかった。振り下ろされる。打ち付けられる。圧力でぐちゃぐちゃになった指では支えきれず、己を敵前に曝け出さされる。刃筋が確かに、見えた気がした。 ごめんなさい。もう、何度聴いただろう。危険な言葉。聴かないように、流されないようにと分かっていても、脳髄の奥底へと根付く声。七は頭を振る。流されかけた意識を、戦闘の矛先をきちんと向け直した。 「ご飯は謝りながら食べるものじゃないって知ってる?」 そう言っても、タマムシの言葉は変わらない。まるでそれしか知らないかのように、繰り返す。繰り返す。それだけ続けていれば、何かがどうにかなるのだとでもいうように。 「そうやってしおらしい言葉を吐きながら何人を殺して食べたの?」 変わらない。変わらない。何度も何度も何度も。謝って謝って謝って謝り続けている。ごめんなさい。ごめんなさい。聴こえていないのか。聴くつもりがないのか。それとも、聴こえたところで初めからどうとも思ってはいないのか。刻み付ける死の形。返される刃もまた致死に近しく。 いい加減、耳障りな謝罪は続く。そうするくらいなら、初めから食べなければいいものを。 戦況は荒れていた。最優先で行われていた侵食の治癒。それが消えたことにより、味方に襲われるという窮地が見え始めていたからだ。傷のそれにあたっていたヘルガは、その穴を埋めざるを得なくなっていた。 手を伸ばす。物理的にではない。心にだ。指先で触れる。知りたいと思う。何を思うのか、何をして謝るのか。異常。おかしい。不可思議。それに触れる。心が……気が、触れる。 美味しそう美味しそう食べたい生は嫌焼いて煮て刻んで美味しくことこと作り上げて調理して料理して食べてしまいたい食べてしまいたいご飯美味しいご飯ご飯がいっぱいあれもこれもそれもごれもご飯ご飯みんなみんな美味しそう食べたい食べたい美味しそう美味しそうごはんごはんごはん「ごはんごはんごはん」 目前に殺人鬼。その隙間へと仲間が入り込む。むせ返る嫌悪感を抱えたまま、這うように後ろへ。目尻にたまる涙。理解どころではない。最初から、嗚呼畜生、謝るつもりなんかないんじゃないか。 ごめんなさい。今もって尚、繰り返される謝罪の声。芙蓉はそれを否定する。違うのだと突きつける。 「命あるものに感謝しながらの食事は大切です」 ごめんなさい。謝りながら振り回される凶器。謝罪と同時に殺意を投げつける狂気。 「あなたのそれは、感謝でなく、ただの自己満足です」 人食い。行為としてのそれだけに限れば、分からなくもない。食べるものがなければ、他に何もないと言うのなら。後悔しながら、涙を流しながら。そういうことはある。そうしなければならないこともある。そんな話を聴いたことなら、あるのだ。だから。 理由はあるのだろう。苦しい思いもあるのだろう。だが、ひとつだけ。納得できない。これだけは、許すことができない。 「なぜあなたは、人を生きたまま食べるんですか?」 と。それにだけは、答が返ってきた。その音に、理解したくない音に、吐き気がこみ上げてきたけれど。 「だって……お肉って、死んだらすぐに不味くなるでしょう?」 ●架橋に至る なんちゃって。 さよならって、誰かが言った。それが、戦いの終わりと同じだったから。後から思えば、銅鑼に等しい行いだったのだろう。 倒れたフィクサード。荒い息。それはこちらも同じだ。味方と味方と敵で入り乱れる混戦。少女に付けられた傷よりも、味方の手によるものの方が多いかもしれない。 起き上がらない味方を抱き上げた。息はある。すぐに治癒すれば、命にかかわることはないだろう。 止めを刺す必要はない。見れば分かる。あれは、どうなったところで助からないものだ。振り向けば、彼が少女に向けて生身の己を差し出していた。 「最後の食事として一口食べますか?」 虫の息。か細い声。嗚呼でも。きっと明日になったって、それを忘れやしないだろう。 生肉って、お腹壊すのよ? 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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