● アタランテになりたい。 一番速くなりたい。 逃げるの。 あいつから。 誰より早くなれば、きっとあいつからも逃げ切れる。 だって、あの時、指差されたのは私だから。 おまえでもいいわ。いらっしゃい。 ● ゴスロリ服に、超ハイヒール。パラソルがトレードマークだった。 足の早い若い男が大好き。 全力疾走で走る男を歩いて追いかけ、死ぬ寸前まで走らせて、最後には傘に仕込んだレイピアで突き刺して殺してしまう。 りんごを渡すと、ちょっとだけ待ってくれる。 生ける都市伝説。 「人混みアタランテ」というフィクサードが、昨年の夏に倒された。 そして、秋になった頃。 死んだ「人混みアタランテ」は皮一枚残して屍解仙という名のE・フォースとなり、現世に戻ってきた。 リベリスタ達は、それを十数キロの逃避行の末、倒した。 そして、冬。 空席になった神速の具現、最も早い女の称号「アタランテ」を賭けて、啓示や薫陶を受けた女フィクサード達が密かに動き始めていた。 「人混みアタランテ」の真似をして、若い男達を密かに殺し始めているのだ。 その行為を、あるものは速度を鍛えるために鍛錬と言い、あるものは、都市伝説となるための儀式と言う。 アークによって、ジョガーアタランテ、トリオ・デ・アタランテが討伐された。 それは氷山の一角。 少しずつ力をつけた彼女たちが、『万華鏡』に映し出され始めていた。 そして、新たな噂。 未熟なアタランテを駆り立て、狩りたてる者たちがいる。 「アタランテ狩り」 都市伝説は、拡大する。 あなたが若い男性なら。 どんなに急いでいても、人混みを早足で通り抜けてはいけない。 アタランテ達に愛されるから。 ● 「超えて見せる。あたしたちが、いや、あたしが、次の『アタランテ』だ!」 三つ子のアタランテが吠えた。 「あたしたちが一番速いの。そうなるの。だから、邪魔するなら皆死んじゃえばいい!」 ● 「歩行者天国にいる」 「足が速い若い男が大好きだって」 「10人追い越すと目をつけられる」 「後ろからずっとついて来る」 「脇目も振らずに追いかけてくる……ここまで、常識」 「アタランテ、実はストーカーに追われてるんだって」 「アタランテ狩りとかいるし。あるかも」 「前に殺された男が化けて出ててね。アタランテの後をずっとついてくるんだって」 「逃げられるけど、振り切れない」 「だから、必死で修行中」 「ジュリエッタ・アタランテ」 「歩いてて、幸薄そうな女の子がついてきたら、ジュリエッタ・アタランテ」 「走っても振り切れない」 「その背後にお化けがいる」 「ニセモンじゃねーの?」 「そんでも、電車より速い」 「バスとかタクシーとかに乗っても歩道をずっとついて来る」 「降りたとたんにやられる。電車に乗ってもホームに先回りして待ってる」 「立ち止まっちゃいけない」 「振り返ってもいけない」 「うちまで自分の足で帰らなきゃいけない。どんなに遠くても」 「うちに帰るまでに追いつかれちゃいけない……ここまで基本」 「そうでないと、『役立たず』って、ばらばらにされる」 「パチモンじゃねーの?」 「うちまで逃げ切ると、電話が来る。『ゆるしてあげる』って言われたら、セーフ」 「人混みアタランテは、りんご上げたら止まってくれたけど、ジュリエッタ・アタランテは自分も追われててそれどころじゃないから、りんご受け取らないんだって!」 「お祓い行くのが先じゃね?」 ● 「『アタランテ』を目指してる女の噂がまた立ってる。被害が出ている以上、それを排除するのがアーク」 神速を目指すためと称し、アタランテを目指すフィクサードはしばしば一般人を狩る。 その力が強くなればなるほど、万華鏡に捕捉されやすくなるのは、皮肉なことだ。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、てきぱきとモニターにとある繁華街の地図を映し出す。 「フィクサード、識別名『ジュリエッタ・アタランテ』」 モニターに映し出される少女。 結構可愛いけど、なんか幸薄そうだ。 何かにとり憑かれているような顔をしている。 「とり憑かれてるの。E・フォース、識別名『ロメオ』。ジュリエッタとのかけっこに負けた男の成れの果て。追われている最中に一目惚れ。命をかけたアプローチ失敗。惨殺されながら告白。死んでからは、ナイト気取りのストーカー」 なんと言ったらいいか。 「ジュリエッタも、この展開は予想外」 だろうね。 「ジュリエッタの出現地点は分かっている。目の前で歩いて人を十人追い越して。そのあと、撃退。更に今回は『ロメオ』の討伐もしてきて。下手に放置してジュリエッタに似た女にとり憑かれても困る」 モニターに赤くルートが書き込まれる。 「これが推奨逃走ルート。ジュリエッタ・アタランテの歩いて男を追うスタミナは5キロ。まあ、大抵、男の方がばてる距離」 モニターのある地点に印をつける。 「そういう訳で、ばてたところで片付けさせてもらう。この辺りが戦闘するには向いている。工事現場。天幕張ってあって、中は更地。人目もあまりない。今回はみんな移動することになると思うから、待ち伏せは出来ない。一撃一撃を大事にして」 モニターに映し出される明朝体二文字。 「ジュリエッタは言うに及ばず、ロメオもなめてかからないように。ジュリエッタが倒しあぐねてるんだから。下手を打つと、両方取り逃がすことになる」 モニターに出る明朝体。 『三つ巴』 「ただし、ロメオはアタランテの敵にはならない。ただずっと付きまとってるだけ。成仏させられないように専守防衛はするけど。でも、アタランテに害する皆には、そりゃあもう牙むくから」 イヴは、首をかしげる。 「殺して自分の側へって発想はないみたい。男心って、よくわかんない」 いや、誰もわかんないから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月13日(水)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 史上最速を目指す乙女達よ。 災いは、自ら排除できなくてはならない。 アタランテは、臣下なき女王だから。 その獲物は、禍を運ぶものではないか? 生贄は、時としておまえ達を呪う。 狩人は、おまえ達を罠にかける。 駆け抜けろ。 それが出来てこその至高の座。 振り切るのだ。 できなければ? 冥府の泥に飲まれるだけだ。 ● (空席になった神速の具現、最も早い女の称号アタランテ) 赤いドレスの裾が視界の端をよぎる。 あの時は、歩く女に追いつけなかった。 (最も速い女? ……笑ワセルナ。全く……ココントコ出てくるパチモンドモが……) 『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は、獲物を追い込む。 「私の限界ハシラネー、デモお前の限界ハワカリソーダナ」 (まだまだ終らないのね。アタランテレース) 『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は、地面から数センチ浮いていそうな足取りだ。 (何度でも相手してあげるの。でも、今回はアタランテが追いかけられるの?) 緑の髪が闇に尾を引く。 (追いかけられるのってどんな感じかな? 貴女にとっては追いかけてくるロメオに振り向いた方が幸せになれるんじゃない?) 本当は、もう幸せになれない。 万華鏡に見つけられたから。 あの時ロメオを殺さなかったら、狩られることもなかったかもしれないのに。 (ふふ、でも、追いかけたいのよね。アタランテは恋する乙女だもんね。その恋する気持ちは分かるけど、人に迷惑かけちゃダメだと思うわ) そして、その報いは命で贖ってもらうことになる。 「……何故アタランテになりたい?」 (こうも一つの称号を争い合う。それはつまり『称号を授ける何か』がいるはずだ) 『アタランテ狩り』司馬 鷲祐(BNE000288)は、命を賭して囮をかって出ていた。 鷲祐の呟きは、ジュリエッタ・アタランテに聞こえただろうか。 鷲祐を追いかけているのか、背後から感じる見えない気配から逃れようとしているのか。 (私が此処へ来る動機は、私の知らない世界がそこにあるから) 間に合わせのバイクを駆る『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)の髪を風がなぶる。 (都市伝説の一部と化した彼の顛末を最後まで見守りたいのもありますね) 視線の先に、青い髪の囮。 (ああ、そうだ。それとアレですよ。私の一番の動機) 我知らず、メイドの頬に凄惨な笑み。 (彼女達が拘るスピード、或いは技術や作戦、そして伝説。そういう信念を『力づくで叩き潰す』って最高に気分が良いじゃないですか) 他人が多大な犠牲を払って積み上げたもの。 普通の幸せとか、殺した男達の命とか。 (社会の大人達は皆がこういう行為は不道徳と咎めますが、それでも人の努力を踏みにじるのってホント楽しいですよね) それも、また積み重ねられることで得た踏みにじる力があってこそ。 「要はフィクサードだろ?」 ロメオとジュリエッタは、欧州製の車。と浮かぶ『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)はそう言う。 (『神速』をはじめとするアーク最速メンバーを見れば分かる。より速くと駆ける者が他者を追って云々とかナンセンスだって) 彼は、幼少時から日本にいなかった。 彼の中に「人混みアタランテ」は、まったく刷り込まれていない。 「そもそも最速に限らず、伝説なんて駆け抜けた後についてくるもんだぜ。だから、速くなる事の「せい」にして殺しをするヤツなんざ、ただのフィクサード」 だから、彼には、彼女たちの行動原理が理解しない。 彼女たちには重要なメソッドも、どうでもいい。 「俺にとって畏怖も敬意も決して芽生えない、憎悪を以って砕くだけの敵だ」 『アタランテ』の舞台が見えない。 それが、カルラの強さになる。 ● (モットハヤク) 乗り物よりも自分の足の方がハエー。 (意味を知るために) 歯を食いしばって歩くジュリエッタの脇を、リュミエールが駆け抜ける。 (もっと加速シテミセル) ただ速度を追い求めた先に私ダケノ何かを知る為に。 リュミエールには見えている。 それは確かにつかめるものだと。 (だから、偽者ナンかに負けない。とことんアタランテとしての自信をへし折る叩き折り砕く) それは凶暴な欲求。 (ロメオにも教えてやる。お前の愛した女はコンナニ遅かったと) そのジュリエッタの横に『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)が併走する。 ぼそりと呟く。 「ジュリさん――」 わずかにジュリエッタの視線が動いた。 「――可愛いなぁ――」 風に流れる小さな呟き。 リベリスタが仕掛ける罠。 死霊から自分を解き放つ為、最速を求めるアタランテ。 彼女に恋して死んだ男。 うねる。 熱をはらんだ空気が。 怒気が満ちる。 いる。 そこに。 ロメオ。 ● 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は、焼け付くような喉の痛みをつばを何度も飲み込んで癒そうとしていた。 ジュリエッタが逃走を計れないタイミングで、滑り込んだバイク組。 カルラは、地形やジュリエッタが闘争をもくろみそうな場所を見て取ると、暗闇の中AFに打ち込んだ。 周到なそれを受け取りながら、ミリィは炯々と瞳を輝かせながら頬を緩ませる。 そういえば、初陣で情報の同期についてミリィにレクチャーしたのはカルラだった。 (不謹慎かもしれませんが……ふふっ、アークが誇る皆さんとご一緒出来てとっても嬉しいです) 体感する、今の自分との圧倒的な壁。 (地を、空を、何処までも速く駆け抜ける彼らに魅せられて。分野は違えど、私もいつか彼らのように――) そのために、今できる一歩。 「効率動作、同期します」 ミリィの持ち得る動きのバリエーションが、より強靭な肉体を持ったリベリスタで再現される。 戦闘官僚の醍醐味と言えた。 「アタランテ狩りなんて、噂だけだと思ってたのに……っ!!」 柔らかな素材のワンピースの上から、白いメンズライクのシャツ。 細い指に握りこむ、銀色のペイパーナイフ。 それが、幾人にも分かれた。 ソードミラージュのお株を奪う、多重幻像攻撃。 それでも、歴戦のソードミラージュたちは危なげなく直撃を免れる。 ごく一部の悲しい事故を除いては。 「うああっ!?」 当たり所が悪かったとしか言いようがない。 一度に体の複数個所を貫かれる混乱が、味方と敵の区別を曖昧にする。 『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)の握り締めた痛みの刺が、アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)に振るわれる。 (此処で為されるは速さの饗宴。その中で私の為すべき事は……) 「皆様の御怪我を癒しに癒す……其れが私の役目」 シエルの詠唱も間に合えばこそ。 一度の詠唱でふさがることのない深手。 工事現場を覆う天幕に無数の穴が開く。 無数の不可視の刃が、恐るべき執拗さで全てを切り裂いていく。 リベリスタの体から吹き出す血が、工事現場のむき出しの地面を赤く染める。 バックリと開いた傷口は、容易にふさがるようには見えない。 放置すれば、三分と持たずと死に至る。 シエルの詠唱が更に複雑さを増す。 すでに、地に伏したアッシュとアルフォンソは動かない。 ジュリエッタは抜け目がない。 正気に戻る前に、倒したのだ。 「浮気はしないんじゃなかったのか?」 「たまたま巻き添えになっただけよ。かわいそうね」 特別の一撃を与える為に、鷲祐はジュリエッタに集中する。 「だから、あんたなんか早く死ねばいいのに」 そしたら、逃げる。 アタランテ狩りからも。忌々しい幽霊からも。 「スクナクトモ、私ヨリ遅エ奴がアタランテを名乗るンジャネーヨ」 自身の高速要素を全て起動させたリュミエールが動く。 熱風が吹く。 それが、若い男の姿をとるまでほんの刹那。 ジュリエッタの前に立ちはだかる、ロメオ。 自分を手玉に取った女に刹那の速度で恋をして、その手にかかって死んだ男。 リュミエールにのしかかるようにして、行く手を阻む。 「無駄に、かてーナ……」 虚ろな眼窩はえぐられた。 真横に裂かれた喉も。 顔に小さく開いた無数の穴。 悲鳴が上がる。 他でもないジュリエッタの口から。 「いやあっ」 拒絶の言葉。 表情が恐怖に引きつっている。 「消えてよっ! 消えてよぉ! あんたなんかいらないのよぉ!」 何故、今まで気配だけで姿を見せなかったのか。 自分の姿がジュリエッタを狂わせるから。 口から漏れるのは、拒絶でしかないから。 純然たる現実。 ジュリエッタがロメオを殺した。 ロメオの体に刻まれた傷が、ジュリエッタの凶行を、拭い去ることは出来ない罪を、常にジュリエッタにつきつけ続ける。 いかにロメオがジュリエッタを愛していても。 ロメオがそばにいることがジュリエッタにとっては己を苛む処罰に他ならない。 そして、ロメオがそれに気がつくことはない。 死んだ者は考えない。 ただ、生前の想いが壊れたレコーダーのように再生され続けるだけだ。 すでに、死により二人は分かたれてしまっている。 「ふふ、可憐であり不幸に憑りつかれてなお健気に最速を目指すその姿……あぁ、貴方は美しい」 亘のモーションは大げさだ。 水色の翼の王子様に、確かに似合っていた。 「そして貴方が苦しんでいるのは心が痛みます。今すぐ苦しみから解放し自分の手で幸せにしてあげたい」 ゴーグルを外し、ぐっと近寄り、彼女の目を見て真摯に熱く蕩ける様に囁く。 ここが月夜のバルコニーなら、イチコロだ。 (ワタル君の甘い声が聞こえるわ。普段見れない一面が見れて、ドキドキするね! 私もそんな風にスケキヨさんに言われてみたいわっ!) 夢見る少女のルアはうっとりしているが。 「――いらいらするっ! あんたねっ!」 ジュリエッタが叫ぶ。 「何時代の人!? ふざけてんじゃないわよ!」 そもそも、「アタランテは、殺すか許すまで、浮気はしない」 すでにアッシュが倒れている今。 本来なら甘系年下亘王子に、ドライ系年上アッシュ王様の二段組でするはずのジュリエッタに熱烈アプローチによるロミオ分断作戦はここで完全に破綻を見せた。 「そんな幸薄そうな人より、私と踊ってはいただけませんか、お兄さん」 ミリィが叫んだ。 亘のくどき文句とは明らかに違う挑発だ。 戦闘官僚の名にかけて、ジュリエッタとロメオは分断されなくてはならない。 ロメオの目が怒りで真っ赤に染まる。 ジュリエッタが幸薄そうに見えるのは。 (そんな子じゃなかったんだ) ジュリエッタがちっとも幸せではないのは。 (そんなはずじゃなかったんだ) ジュリエッタがなりたいもの――アタランテになるのを応援するためだけに存在しているのに。 E・フォース――幽霊がくっついているために悪目立ちして、万華鏡に見つかってしまった幸薄いアタランテ。 おまえが恋などしなければ、彼女は幸せになれたかもしれないのに。 それ以上言うな。 それ以上口を開くなら――! ロメオは、挑発に乗って剣を取る。 物語でも悲劇はそこから始まったということを、この哀れなアタランテの犠牲者の成れの果ては知っていただろうか。 「おまえは、ジュリエッタの後で片付けるつもりだったんだがな……」 ジュリエッタを切り刻む為に集中していた鷲祐が予定を変更し、ありえない位置から飛来し、ロメオを切り裂き、地面に一度も足をつけぬまま、元いた場所に再び立つ。 「少々重すぎる。俺が言えたことじゃあないがな」 一途な男の愛は重くて、時々女を潰してしまう。 「私は、私の仕事をしますよ」 いっそ、のんびりとした口調で、モニカは引き金を引く。 彼女の重火器は饒舌だ。 戦車も殺す弾丸が、空気をずたずたにする為に盛大にばら撒かれる。 一発当たれば、常人など木っ端微塵だ。 甘い睦言を無効にする弾幕。 物語の前提を忘れるな。 アタランテより遅い男に恋を語ることは許されない。 その耳には入らない。 彼女にその塵芥のごとき命を捧げられたことを誉れとせよ。 ● ジュリエッタは、フィクサードとして悪くない。 夢見ることを許される程度に十分速く、的確だ。 同じ速さなら、より短い距離を動いた方が時間のロスが減る。 統制された動きが、実際の速度を上回る効果をもたらす。 しかし、アタランテとして的確かはまた別だ。 彼女は、別の側面で淘汰されつつある。 緑色の花風が戦場を斜めに薙ぐ。 「いくよっ」 ルアの通った後は、かすかに花の香りがする。 「――L'area bianca/白の領域――」 白く閃く両手の二刀が放つ音速の刃が、ロメオを切り裂く。 人体の構造上、そんなに前傾したら転倒する。 ましてやその速度では。 『光狐』 獲物を追うリュミエールは捕食者だ。 驚異的なバランス感覚とつま先一点で体重と速度による荷重を制御しうるリュミエールだけの動き。 ジュリエッタには目指しえない、一つの高み。 レイザータクトの戦術的広角視界から消える、三次元高速移動攻撃。 一瞬前に自分の足元にいた人間がどうして背後に回って深々と切り裂けるのか。 答にたどり着く前に、きっとジュリエッタの命が尽きる。 (別方面特化の威力を見せ付けつつ、速度を殺しにかかるぜ!) 漆黒のナイトランスが、カルラの闘気を吸収する。 ぎりぎりまで引き絞られた魔力が、ジュリエッタの精神ごとその体を刺し貫く。 「あ、あっ、あ……っ!」 暗黒の触手が容赦なくジュリエッタを傷つけ、溢れたものをカルラに還元する。 ジュリエッタの足がもつれる。 と、同時にカルラは背後で激鉄を上げる音を聞いた。 (……威力は、後ろから撃ってくる会社の上司殿の方がアレなんだが気にしない方向で) 振り返ってはいけない気がする。 恐ろしい魔獣が舌なめずりをしているのを目の当たりにしそうな気がする。 見たら、石になれそうな気がする。 上司殿であるモニカに、躊躇はない。 再び耳をつんざく銃声が、天幕の中に響き渡った。 体すれすれを飛んでいく銃弾に、刹那動くことが出来なかった。 ● 血の臭いでむせ返る。 目に見えない刃がリベリスタを切り裂き、そのたびに急速に癒される。 傷はもとより、噴き出す血も止まる。 世の東西の魔力生成術式を同時に起動させたシエルならではの大盤振る舞いだ。 鷲祐は、おもむろにポケットからりんごを取り出した。 「アタランテとは、りんごを受け取らなければならないらしい。ほら、『表彰式』だ」 宙に放り投げられるりんご。 手にしたら、一回休み。 それが、アタランテ。 ジュリエッタは手を出せない。 獲物を殺さなきゃ。 でなきゃ、逃げられない。 ジュリエッタの眼前にりんご。 それを木っ端微塵に切り裂き、鷲祐に向かって飛んでいく指向性の不可視の刃。 正確に鷲祐の急所をえぐる一撃。 でもその場所に鷲祐はすでにいない。 眼前で音速の壁が砕かれる。 無数、不可視の、音速の刃が鱗と連なり、その顎がジュリエッタを飲み込む。 ――神速斬断『竜鱗細工』 「アタランテ狩り……」 断末魔の呟きに、鷲祐は首を横に振る。 「今の俺は蜥蜴だ。ただの捕食者だよ」 切り裂かれる喉。 ロメオとおそろいの致命傷。 「りんごも受け取れない女が、アタランテであるはずがない」 どうせ狩るなら、本物がいい。 ジュリエッタの返事はない。 もう、声も命もない。 声泣き悲鳴が、ロメオからほとばしる。 ジュリエッタが死んだのに、ロメオが生きていい訳がない。 ロメオの暴走と逃走を予測していた亘の銀の刀がロメオを魅了する。 死せるジュリエッタへ、王子様のせめてもの贈り物。 「幸せへの障害は……取り除かないといけないですよね?」 口説くのに失敗はしたけれど、嘘はつきたくない。 だから、ジュリエッタ。 ロメオは、君が落ちる地獄ではなく、天国へ。 ご冥福をお祈りします。 ジュリエッタを殺さば、ロメオも殺せ。 同じ刃で、もろともに。 ● 黒い死体袋に詰められるジュリエッタ。 「林檎を受け取れず、彼を引き離せなかった時点で、既に別物だったのかもしれませんね……」 「だから、ただのフィクサードだろ」 見送るミリィの呟きに、カルラは興味なさげに言った。 「……どうもダメですね。弱過ぎる、脆過ぎる、そして遅過ぎる」 モニカは、少々お冠だ。 今日の『アタランテ』も、モニカのお眼鏡に適わなかった。 「本物のアタランテに縁が無かったのは、私の不運かもしれません」 本物・『人混みアタランテ』 リベリスタを全滅させられたのに、酔狂にりんごを受け取り続け、笑いながら死んでいった女。 命より「アタランテであること」を優先させた女。 本物の足元にも及ばない『アタランテ』達。 「次の当たりを引くまで……もう少しだけこの酔狂に付き合ってみますか」 ● 「ジュリエッタ?」 「心労がかさんで衰弱死らしいよ?」 「運も実力の内というか……」 「アタランテが幽霊にとり憑かれてちゃだめだろ」 「アタランテ狩りを追っ駆け始めたら、終わりだから」 「獲物を選ぶ眼力、欲しいね」 「でも、そろそろ雑魚いのは淘汰されてきた?」 「割と急展開。 『人混み』は百年だし」 「世の中物騒だから」 「物騒といえば――」 アタランテ・レースは終わらない。 今だ、狩人達の目に適うアタランテは現れていない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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